Cross Ballade(けいおん!×School Daysシリーズ)   作:SPIRIT

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 言葉のことを気にしながらも、止に追われて唯を連れて逃げる誠。
 一方、七海一派に私刑にあいながらも、なんとか逃れて誠たちを探す澪と言葉。
 澪の中には、既にひとつの思いがあり……。
 ここから先は、つらい時が始まります。
 この先、どんな結末になるのか。
 別に楽しみにしていなくてもかまいません。



第12話『変転』

 白いレンガをあしらったかのような壁に、3つのカウンター。背後には、滝がざあざあと音を立てている。

 ここは榊野ヒルズの最上階だ。

 

「もう開いているのか」

 20人くらい並んでいる列の最後尾に位置して、誠は呟く。

「あれえ、マコちゃん知らないの? 榊野町のプラネタリウムって、8時からすでに開園するんだよ」

 誠の利き腕にしがみついている唯が、したり顔でしゃべる。

「……知らなかった。唯ちゃん初めてなのに、俺よりヒルズのことを知ってるって、どういうことだろう。」

「私もチェック入れてたからねえ。いつか一緒に行こうって思ってたところなんだ」

 唯は、にっこりと笑った。

「そうか……。とはいえ、この分だと30分ぐらいは待つな……」

「ま、とりあえずニンテンドーDS持ってきたから、やってみない?」

「あはは、参ったなー……DS今回持ってきてないんだよ……」

 誠は困り顔。

「いいから! 見てるだけでも楽しいもんでしょ?」

 

 唯が笑いながら、ニンテンドーDSを取り出そうとした時、

「誠君っ!!」

 突如背後から、大声がしたので、2人ともそちらを向く。

「……心ちゃん」

 振り向くとそこには、小学5年生ぐらいのセミロングヘアー、髪を触覚のようにまとめている少女。

 まぎれもない、桂心であった。

 2人の中に、どす黒い靄が入ったような気がした。

 

 

「どうしてここにいるの!?」

 心が2人を睨みつけて叫ぶ。

「それは……」

 誠は思わず、目を伏せた。

 まわりが彼女の話を聞いているのか、ちらちら視線を向けてくる。

「……心ちゃん、とりあえずここだと人目につくから、場所を変えよう。」

 誠が進めてくるが、

「だめっ! ここで話すのっ!! 大事なことなんだから!!」

 心は意固地になって、言うことを聞かない。

 周りは「修羅場だ修羅場だ」などと騒ぎ立て始めた。

 いちかばちか、誠は心の腕をグイッと引っ張り、強引に人気のないところへ行く。

 唯も、心の後からついて行った。

 

 

 青いタイルが鮮やかな、男子トイレの入り口。

 ここなら通路もせまく、人目につきにくい。

 1人の用務員が、モップがけをしているだけ。

 気のはやる心を誠は抑え、彼女の不満を受け止める準備をする。

 

「お姉ちゃん、大変なんだよ!! 同級生に絡まれて!! なのになんで誠君は、違う人と付き合ってるの?」

「心ちゃん……。それは……」

「お姉ちゃんが可哀想だよ!! そっちのお姉ちゃんだって仲良くしないでよ!! お姉ちゃんの彼氏は誠君なんだよ!!」

「そっちのお姉ちゃん、って……」唯は苦笑いしながら、「一応平沢唯って名前があるから、そうやって呼んでくれる?」

「じゃあ平沢唯、誠君の彼女は、うちのお姉ちゃんなんだから! ちょっかいを出すのはおかしいよ!! 仲良くしないでよ!!」

「違うの、私は……」

「2人とも、」誠は唯と心を諌めると、「俺はな……」

 ところが、後の言葉が、どうしても出ない。

 すると、唯のしがみついてない方の腕に、ぎゅっと心が抱きついてきた。

「心ちゃん……」

「お姉ちゃんのところに、戻ってよ……」

怒り心頭の表情だが、目だけはなぜか涙をにじませている。

「……唯ちゃん。とりあえずプラネタリウムは後にして、言葉のところへ行く」

唯はチクリとなった。

 この妹さんの言う通りにすれば、誠との2人きりの時間が短くなるのは確かだ。

 でも、言葉も……。

 心配だ。

「……わかった。いいよ」

 自分ではその意識はなかったが、口調に不満が出てしまっていた。

「………………」

 誠は、その不満げな口調と、彼からそむけた視線を見て、妙な悪寒のようなものを感じた。

 まるで、自分の求めているものが、消えてしまうような……。

 

「いたいた」

 声がしたので、皆、そちらを向く。

 まぎれもない、世界と刹那。

「世界、それに、清浦……」

「何だか、ここで修羅場ってたって聞いたから」刹那は相変わらずのクールっぷり。「だいぶアツアツだよね」

「そう? やっぱり?」

「清浦、余計なことは言わなくていい」

 紅潮して笑う唯に対し、誠はちょっと恥ずかしげに片手を出して懇願した。

「何があったの?」

 相も変わらずの無表情だが、刹那の目はいたって真剣である。

 誠が前に進み出て、今までのいきさつを話す。

 言葉が何者かに襲われていること。彼女が誠を待っていること。

「桂さん、か……」黙っていた世界が、つぶやく。「桂さんがやってきたら、平沢さんと誠は、二人きりの時間を楽しめなくなっちゃうよ……」

「私も」唯は落ち込み気味の表情になり、「それは辛いけど、やっぱり桂さんも心配だし……」

「優しいよね、平沢さんは……」

「普通だよ」

 唯は苦笑いをする。

「貴方が笑えば、私も笑える。そう思ったんだけどな」

 世界はつぶやく。

 

「とにかく、行くか」

「でもどこに?」

「実はさっき」心が口を開く。「お姉ちゃんにメールしたんだよね。榊野ヒルズで誠君と落ち合ったって」

「じゃあさ」誠がいのいちに、「榊野町駅の改札口で待つということにしようよ」

 誠はそう言って、言葉にメールを送った。

「マコちゃん……」

 唯が誠の目をまっすぐ見て、潤んだ瞳で話しかける。

「唯ちゃん……」

「あのね、桂さんが無事でも、そうでなくても、そばにいてね。

私、マコちゃんのことが好きだから……。

マコちゃんは、私の一部だから」

懇願が少し混じった声であった。

 ふと、誠の中に、アブのような思いが入り込んだ。

 自分のそばに居続けることで、唯の純粋な思いが穢れていくのではないか……。

 自分を思い続けるあまり、他の人のこともどうでもよくなって……。

 ありえない。とは思った。

 しかし、そういう思いがこまつぶりのように回転していた。

「マコちゃん?」

 唯が目を丸くして聞いてくる。

「……何でもない。」

 誠はこれだけ、答えた。

「平沢さん……」刹那が、唯に小声をかけた。「伊藤は、平沢さんの純心さを好きになったんだと思う。

だから、自分の欲を出しちゃダメ」

「…………」

 唯は、刹那が何を言っているのか、よくわからなかった。

「純心?」隣の世界が、刹那に声をかける。「なぜわかるの?」

「なんとなくはね」刹那は無表情。「もうこのことは、世界を傷つけるから関わらないようにしてたんだけど、どうしてもほっとけないんだ」

「そう……」

 世界は苦笑しながら、小走りの誠についていく。

 誠は、

「親父が来てないといいけどな……」

 と独りごちた。

 用務員が携帯で、こんなやり取りをしていることには気付かなかった。

「もしもし、はい……。え、平沢唯? ショートボブで桜ヶ丘の学生服……。

それらしい人はいましたよ。榊野町駅に向かうみたいです……」

 

 

 物々しくムギのSPが配置された、榊野学園。

 道行く人々は、桜ケ丘生徒も榊野生徒も、窮屈な思いで通っている。

 

「まだ沢越止は、来てませんね」ムギはSPと連絡を取り合いながら、注意深く様子を見ていた。「休憩室は?」

「休憩室は、生徒たちが行為をする場所だから、あまり位置してほしくないと言っていますが……」

「何いってんの! そういう人目に付かない場所こそ危険でしょ!!」

 ムギが珍しく怒鳴る。

「まあ、確かに……」

 SPのリーダーは、あわてて配備につく。

 ムギは、それぞれのSPが配置した位置を確認していた。

「とりあえず、休憩室には2人入って」

 びしばしと、手厳しく指示をしていく。

「何としても、止を止めないと……」

 

 

 ただでさえ鉄とコンクリートで殺風景な教室の中に、SPが立ち並ぶ。

 生徒たちは唖然とした顔で、ぞろぞろと歩いている。

 2階で七海と梓は、後ろ手で見張っているSPの横をこそこそと通り過ぎながら、話をしていた。

 長身の七海と小柄な梓は、傍から見ると大小の漫才コンビといった外見。

 しかしその雰囲気は、シリアスだ。

 

「ほんっと、ムギさん張りきってるな……」

 多少皮肉を込めて、七海はつぶやいた。

「何としても、止に好き勝手させたくないんだろうねえ。唯先輩も止に狙われてるし」

 七海の横で、梓は手を顎に当てて解説する。

「平沢さんもかい? 平沢さんは、伊藤が好きなんだろ?」

「そうだけど、止は伊藤のお父さんで、彼は唯先輩が好き……って、昼ドラみたいだよ……」

「伊藤の親父もロクデナシか……。厄介なものだな」

 七海は一つ、息をつく。

 

「あ、律先輩!!」

 梓の声。

 左手の階段から、律と憂が駆け足で階段を上ってきていた。

 多少眉にしわが寄っている。

 大雑把でいい加減な部長の、あまり見せない表情を見て、梓はドキリとなった。

「梓、甘露寺……」

律もこちらに気づいたようだ。

 足を速めて梓と七海のところにたどりついた。

「甘露寺、あんたに聞きたいことがある」普段見せない、律の真剣な視線。「なぜムギを裏切った?」

「知ってるんですね……」

 七海は認めるだけで、はっきりとは答えない。

「桂が気に食わないのは私も同じだ。だが、なぜムギを脅して、いじめの片棒を担がせようとした?」

「そうだよ。なぜムギ先輩を?」

「……味方を作っておくに、越したことはなかったからですよ」

妙に開き直ったかのような発言だ。

「味方……」

「あのデカ乳女に、いいとこはとらせたくないからねえ。なんとしても世界を幸せにしたかった」

「…………」

「でもまあ、世界が平沢さんのことを応援したいというのなら、素直に従うしかないですよね……」

 七海は、空を仰いだ。

「……もっといい方法があったと思うけどな」律はため息をついて、「せっかくあんたがHTTファンクラブに入ってくれたのに……。正直、ファンクラブに入った人たちとは、わけ隔てなく接したかったのに……」

「悪いのは全部私ですよ。ムギさんを無理に仲間に引き入れたことは」妙に潔い返答だ。「ムギさんのことでどうしても私が許せないなら、除名してもいいです。ただ、世界や光はいさせてやってくれませんか?」

「……まあ、西園寺や黒田は何もしてないしな。とりあえず、これからのこと、桂とのことはじっくり考える。」

 律は不本意ながら、うなずくしかない。

「まあ今は、私も止から唯を守らなくちゃいけないからよう」只でさえぶっきらぼうな、律の姉御口調がさらにぶっきらぼうになった。「後でムギに謝っといてくれ」

 七海はとりあえず、うなずいて生返事をした。

 

 急に電話が鳴って、七海は、携帯を取り出す。

「あ、もしもし! あ、恭一!! なに、是非ともしたい……とはいっても、ムギさんのSP達が休憩室にいるからなあ。いい下着はいてきた?」

 どうやら彼氏と話をしているらしい。

「なんとかあのSPに、立ち退いてもらうよう頼むとするか」

 しゃべりながら、七海はどこかに行ってしまった。

「ああやって重点配備しても、必ずどこかでほころびが出るんだけどな……」

 そう呟きながら。

 律、梓、憂が、後に残った。

 

 他の生徒達も、3人を気にせず、めいめいそれぞれの話をしている。秋風が紅葉を飛ばし、秋らしい風景を作っている。

「……ったく、甘露寺は何様のつもりなんだか」

 律はぼそりとつぶやく。

「律先輩」梓は苦虫をかみつぶしたような顔で、「なんだかやっかいですね」

「いまさら何を言ってるのさ」律はため息をつく。「こんな入り組んだところに、すでにはいってるんだから」

「何で甘露寺は、あれだけ桂に嫌がらせを繰り返そうとしてるんでしょうか……」

「さあ……。桂も、あまり榊野ではいい噂を聞かないからなあ……。まあいいさ、あくまで桂と私らは、中立だからよう。澪に任せればいいさ。さて、伊藤に電話しますか」

 今まで黙っていた憂の表情が、目に見えて不安を帯びる。

「お姉ちゃん、大丈夫ですよね」

「まあ、伊藤がかくまってるとするならな。まずは居場所を何としてもわからないとな」

 

 

 3組の喫茶店で、七海は彼氏と落ち合うことにしている。

 もどってみると、殺風景な部屋にも関わらず、中は多くの生徒達がたむろして賑やかだ。

「鈴木、そっちの方をお願い」

「うん」

 ちらりと見ると、友人の光が、なぜか見知らぬツインテールの少女にあれこれ指揮している。

「光、何やってんの……それにその子、桜ケ丘の子でしょ?」

ツインテール少女のエプロンの下にある制服は、桜ケ丘のもの。

 それを見て不審に思い、七海は光に尋ねた。

「ああ、この子は鈴木純って言って、確かに桜ケ丘の子。でも私の家のケーキの試食コーナーを全部食っちゃったから。食うだけ食って買わないと。これは罰」

 光の家は洋菓子屋で、レモンカスタードケーキが名物。試食コーナーも使って大いに宣伝していたのを、純がひとつ残らず食べてしまった。

「だって」純は指をつんつんしながら、「黒田んちのケーキって、あまりに美味しかったんだもん……」

「罰、ね……」ひきつり笑いをする七海。「まあ、伊藤や世界や澤永や刹那が休みで、大変なのも分かるけどさ……」

「うるさい、今日も猫の手を借りたいほど忙しいんだからね。止って奴か知らんけど、それを捕まえるとか言ってへんなオッサンも来ているし。

澤永の奴、ほんと何やってんのよ……」

「案外さ、好きな女の子持って帰ってるんじゃない?」純はあっけらかんと言う。「んでもってキスしたり、あんなことやこんなことしてるとか」

 びくん!

 光が色めきたった。それを七海は感じ取って、

「余計なこと言うなよ、鈴木……」

「あ、そうなの? ははは……ごめんね。」

 が、すでに遅かった。

 光は控室にあわてて戻り、教室の壁に、頭突きを繰り返している。

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛…………!!」

 喫茶店中に、彼女の蛙声が響き渡った。

 皆、びくりと声のする方を見た。

 

 

 8つほど券売機のある、駅としては比較的大きな榊野町駅構内。

 構内アナウンスが、大きく流れる。

 ラッシュアワーの時刻は過ぎており、今はスーツの男女がまばらに乗り降りしている。

 駆け足で唯と誠、それに心、世界、刹那は、この大きな駅に来てしまっていた。

 

 あたりを見回すと、ちょうどプラットホームに続く階段から、澪と言葉がかけ下りていくところだった。

「言葉……それに、秋山さんまで……」

 手を振ると、向こうもそちらに気づき、よりかけ足を早くして合流する。

 5人の目の前で、澪と言葉は、その姿を見せることになった。

「その顔……」

 澪の顔には、誰かに殴られたかのような青いあざが、ところどころにある。

「秋山さん……」心は言葉から、すでに澪のことを聞いている。「大丈夫?」

「……気にしなくていい……」澪は空笑いをして、「一つ、言っていいか」

 と、申し訳なさげな誠と、彼の腕にきつく抱きつく唯の目を見据える。

「いい加減、桂か唯かはっきりさせてほしい……と言いたいところだった……」

 低い口調の澪の声。

「はあ……」

「でも今回は……桂を選んでくれないか?」

「え?」

「澪ちゃんっ!!」唯が不満げに、誠の前に出た。「そりゃあ、桂さんが狙われたことは心配だったけど……それとこれとは別だよ!!」

「唯……。榊野の生徒達に、私もぼこぼこにされてな。桂をかばってた、それだけの理由で」澪は 諭すような口調。

 

 やがて、重々しく口を開き始めた。

「私はもう、桂から手を引くから。」

「え…………!!」

 一同は、ひやりとなった。

 しばしの間、電車の警笛の音と、車輪のゴトゴトいう音だけが聞こえた。

「どうして……」

 ただただ、呆然として言うしかない言葉。

 澪は片手で両目を隠しながら、

「もうこれ以上……あんな目に合うのは……いやなんだ……。私の代わりに、伊藤が桂を守ってほしいって思うんだ。唯は律やムギがいるし」

「………………」

「だけど言葉には、私がいなくなったら誰もいなくなっちまう。だから私の代わりに桂を守ってほしいんだ」

「………………」

 どうしたらいいのか、分からなかった。

 唯だって、自分の父親に狙われて、下手をすれば手籠めになるかもしれない状態なのに。

「あんな目に合うのはもう、ごめんなんだ……。沢越止は他の桜ケ丘生徒も襲ってるって聞いたし」

 何があったかは、分からない。

 しかし、誠も唯も、澪が碌でもない目を見たことは察しがついた。

「澪ちゃん……泣かないでよ……」

 唯がそばにいて、慰めてくる。

「誠君っ!!」心は再び誠をなじる。「お姉ちゃんだけじゃなくって、秋山さんだってこんな風になっちゃったんだよ!! 誠君がそばにいてくれないと!!」

 誠は、無言のまま。

「私……私だって……」唯は、抱きついた誠の腕にぐっと力を入れながら、「マコちゃんと一緒にいたいんだよ……」

「唯ちゃん……」

 唯の痛々しい顔が、誠にとっては切なく思えた。

 どっちを取っても、最悪の結末しかないように感じられた。

「まあ、」こんな状況になっても、刹那は飄々としている。「同情で付き合っても長続きしないからね。伊藤、自分の気持ちで決めなよ」

 言葉と誠の間に入りながら、アドバイスをする。

「俺は……」

 この先の言葉が、やはり出てこない。

 誰もせかすような発言もしない。

 

 その場で沈黙が、5分ほど続いた。

 唯も言葉も、息をのんで誠の答えを期待していた。

 電車のアナウンスと、鉄道の音が響いて少し。

 ふと、聞こえた声。

「いた!」

 聞き覚えのある声。

 誠は思わず、ぞくっとなった。

 まぎれもない、沢越止。

 入口付近のファーストフード店で、革ジャンと長髪をなびかせている。

「しまった!」

 誠は焦った。

 何でここにいるんだ。

「唯ちゃん、行くよ!!」

「え、マコちゃん……」

 戸惑う唯の手を、誠は強引に引っ張っていく。

「ごめん、やっぱり親父に狙われている唯ちゃんを助けたい」

 皆に言い聞かせて去ろうとする2人。周りは一瞬、面喰っていたが、

「誠君!」

 少々打ちひしがれている言葉だけが、声をかけてきた。

 しかしその目は、真剣。

「言葉……」

「誠君と最初に付き合ってたのは、私ですよ。沢越止さんと同じ道を歩みたくないなら、最初に付き合っている人を裏切ったりしないですよね!?」

 誠は、はっと胸をつかれた。

 無意識のうちに、ブローチと指輪を取り出し、

 それを言葉の右手に持たせていた。

 思い、分かってくれるかな……。

 誠は強く思って仕方なかった。

「誠君……」

 こちらの思いをわかってくれたかどうかは、分からない。

 しかし言葉の発した声には、鬱と失望が七三ほど含まれていた。

「くそ、逃がすか……」

 止は、急いで唯と誠を追いかけようとするが、袖をがっとつかまれる。

 世界だった。

 その目に怒りの炎がある。

「知ってるんだよ。私は貴方の子供だって……。

なのに、お母さんを捨てて……。

貴方は一体、何なの……?

なんで私は貴方に捨てられなければならないの……?」

「知らないな」

 止はまるで他人事のように言い、世界の手を払いのけると、急いで改札口を潜り抜けた。

「榊野ヒルズに、貴方の知り合いがいたんだね……」

 刹那の言葉に、止は足を止めて振り向き、

「何故知っている……?」

「別に。ただ言ってみただけですよ」

 彼は図星をつかれたといった表情になったが、すぐに気を取り直してプラットホームへ向かう。

「………………」

 世界は、顔がくしゃくしゃになっている。

「……行こう」

 刹那が彼女に、手を差し伸べる。

 そのまま、澪と言葉、心を背にして、榊野ヒルズの方へ向かった。

 

 

 唯の手を引っ張って駈け出す誠。

 ちょうどそこに、電話が入る。

「はい?」

「あ、もしもし伊藤か? 放課後ティータイムの田井中律だ!」

「田井中さん……」

「唯は無事か?」

 一番問題となることを聞いてきた。今が大変な時。

「……幸い、朝、俺んちに来てくれましてね。とりあえず親父には何もされてないみたいです。

ただ、今親父に見つかってしまって。急いで逃げているところです」

やっかいだなあ。携帯の奥のくぐもった声が、今の彼にはよく聞こえた。

「……ったく、あんたの親父もしつけえなあ」

「ほんと、すみません」

「しかし、まあ、言っておこう。ムギが止を勾留しようと、榊野学園に何人もSPを用意していた。そちらの方に止をおびき寄せてくれ」

「そうですか……分かりました。ありがとうございます」

 彼の胸に、どこか安心感と同時に、申し訳ない思いがもやっと上がった。

 何かしないと……。

 

 そんな思いもあったのだろう、誠は澪のことを話してしまっていた。

「田井中さん、ちょっといいですか?」

「ん?」

「実は、秋山さん、もうこの争いから、言葉からは手を引くって言ってるみたいなんです……」

「は?」

「どうも榊野の生徒達に何かされたらしくて……。もう痛い目にあいたくないといったような感じでした」

「はー!?」電話の奥の律の声が、荒くなってしまう。「こんちくしょー! 私がファンクラブに助けを呼んだ意味ねえじゃねえか!!」

「助け? ファンクラブ? どういうことですか?」誠は尋ねがらも、「まあとにかく、今の言葉には秋山さんが必要だと思いますから、何とかなりませんか?」

そうこうしている間に、2人はプラットホームにたどりつく。

「あ、電車が来ました。切りますね。」

 

 焦って携帯を切り、折から来た銀色と緑の電車に、あわてて乗り込む。

 あたりを見回し、父親がいないことを確信して、ようやく誠は一息ついた。

 それと同時に、電車のドアが閉まり、動き始める。

 唯は…………。

 誠の一連の行動があまりにも速く、わけがわからない状態だった。

 だが、少なくともあの男から、自分を守ろうとしているんだということを、すぐに理解していた。

「マコちゃん……」

「ん?」

「ありがとうね……」

 唯はぽつりと囁いた。

 誠は、唯になんと言ったらいいのかわからなかった。

 電車は少しずつ、速度を速めてゆく。

 止がプラットホームに駆け上がる姿を、彼女は偶然目にとめた。

 電車が動いているのを見て、唯は安心感を覚えた。

 

 

 残った澪、心、そして言葉。

「伊藤の奴……」

 澪はあさっての方向を向きながら、呟いた。

「秋山さんっ!!」心が澪に、文句を言ってきた。「なんでいきなり手を引くっていいだすの!? 今のお姉ちゃんにとって頼れるのは、秋山さんしかいないんだよ!!」

「だって、もう二度とあんな目には会いたくないし……。沢越止だって、桜ケ丘の生徒を無作為に襲ってるって話だし……」

 澪の気持ちが、さらに沈んでいく。

 自分の思いと、言葉の行方とがないまぜになって、板挟みの状態になる。

「私は……。どうすれば、いいのか……」

ますますどうすればいいのか、分からなくなってきていた。

「……心」言葉が心に話しかける。「秋山さんは今まで、私を助けにきてたんだから。

感謝しても足りないくらいなんだよ……。

本当は私一人で何とかすべき問題だったんだけど、秋山さんは、初めて会ったときから私を守ろうとしていた」

「お姉ちゃん……」

 その場に、沈黙が流れた。

 

 カタカタと電車の音が鳴り、続いて、警笛。

 道行く人は、3人を全く気に掛けず、通り過ぎていく。

「桂……すまないな……」

 うつむいたまま、澪は答えた。

「秋山さん、どうするんですか……?」

 言葉はそっと尋ねた。

「いったん家に帰って、それから考える……」

 精も根も尽き果てたというような、澪の声。

「……桂……」

 言葉を見ると、良心がさらに疼いてくる。

「……ごめんな……。本当は、ずっと貴方のそばにいたかったんだけど……」

「……もういいんです……私が助けてほしいと言ってた時はもちろん、言わなくても、頑張って私の面倒を見てくれたんですし」

「そう……」

 うつむき加減に、穏やかに澪は笑みを浮かべた。

 今度の微笑は、自嘲も入っていた。

「でも最後まで……私を……守ってほしかったな……」

「…………行くね」

 フラフラと、澪は、言葉を背にして、止に気づかれないように歩き始めた。

 

 スカートのポケットの中で着信が何度もあったが、それに応対するどころか、気づく気配もない。

「心も、いい加減帰りなさい」

「お姉ちゃん、ほんと、大丈夫?」

「大丈夫だから、ね」

とはいっても、声にかすかな震えがあることに、心は鋭く感づいていた。

「お姉ちゃん?」

「ん?」

「必ず、帰ってきてね。お姉ちゃんがどんなになっても、お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんだから、ね」

思わずおかしさがこみ上げた言葉。

「まるで、私が二度と帰ってこないかのようなセリフね」

 

 

 言葉は、一人になった。

 やせ我慢の糸が、切れていた。

 誰にともなく、呟いていた。

「どうして……こうなるの……? 私なんて……いなく……なっちゃえ……」

 呟いているうちに、なんだか妙なおかしさがこみあげてきていた。

「あは……あはは……私なんて……いなく……なっちゃえ……」

 周りは、恐怖と奇異さが混じった目で、言葉を見る。

「あは……あははは……みんな……みんな…………壊れちゃえ…………あははは……あははははははは……」

 彼女の目に、光はなかった。

 うつろな笑い声が、駅構内に、響き渡った。

 ちょうど、その時。

 妙な予感がして、榊野町駅に戻ってきた世界。

 そこには、ふらりふらりと歩き始めた言葉の姿。

「桂さん……?」

 妙な好奇心がわき、急いで言葉を追いかけた。

 気づかれないように。

 

 

「畜生、何で澪と連絡がとれねえんだ!」

律は苛立たしげに携帯のボタンを押すと、片足を床に向かって蹴りあげた。

「どうしたんですか、律先輩」

「伊藤から聞いたんだけどよ、澪の奴、桂から手ぇ引いて逃げちまったみてえなんだ」

「澪さんが……?」

憂は唖然となる。

 

「……もう、どうでもいいじゃないですか」

 なぜか梓は、投げやりだ。

「な、何でだよ!?」

「あいつらをかまえばかまうほど、介入すればするほど、どんどん厄介なことになるだけじゃないですか。

ムギ先輩も甘露寺に脅されて、わざわざボディガード呼ばなくちゃならなくなって……。

澪先輩だって、このままいけばさらにややこしいことになってたかもしれませんよ……」

「馬鹿野郎!!」

 律の声が、急に大きくなった。

「律先輩……」

「私達にはそうかもしれないけど、2人にとっては一種の縁だろ! 澪と桂が初めて会ってから、そんな気がしてたんだ。伊藤だって、心配しているみてえだし。そんなにあいつらと関わりたくないなら、梓はもういいよ」

「律先輩だって、自分と桂は中立だって言ってたじゃないですか」

「細けえことは言わない!! それによ、あいつに後悔はしてほしくねえんだ。とにかく、澪んちに行ってくる! いつも挫折した時、澪の奴は家にこもっていたことが多かったから!!」

「え、ちょっと律先輩!?」

 梓が止めるのも聞かず、律は生徒たちの合間を縫って駆け出し始めた。

 

「律さん!! お姉ちゃんは!?」

 憂が律に尋ねてきた。

「唯と伊藤はこちらに向かってる! 沢越止をそちらにおびき寄せるよう、伊藤にも伝えた。

榊野町を出発したそうだから、30分くらいで来ると思う」

「わかりました」

 憂はシャドーボクシングのように、ワンツーの練習を始めた。

 ついにはコンクリートの壁に向かってワンツーパンチを行い始めた。

「拳を固くしておかないと……」

 手首のスナップを間に入れつつ。

 人の目も気にせず、憂はボクシングの練習を続ける。

 

「ほんと、律先輩も憂も元気だよね……」

 梓は相変わらず、げんなりとしている。

「梓ちゃんも、そんなにいやならば、帰っていいと思うよ」

「そうはいかないよ。清浦の勧めもあるし……私も唯先輩が心配だし……。

自分で言うのもなんだけど、唯先輩って幸せよね。あんな奴が彼氏候補で、その父親もごろつきだというに、それに気づかないまま羽を伸ばしていて。挙句後輩や同級生を心配させて、世話させてさ」

「梓ちゃん。それは結局、お姉ちゃんが好きってことじゃないの?」

「……そう……なるかな。

 どっちにしても、今は伊藤に唯先輩を任せるしかないんだろうなあ」

 梓は一つ、ため息をついた。

 

 

 銀と緑のローカル線に無事に乗ることができても、誠は止がいるかどうか、心配でならなかった。

「とりあえず、親父はいないな……」

 電車の中で、誠は呟く。

 ラッシュは過ぎて、乗客は数えるほどしかいない。ところどころ座れる場所もある。

 唯はすぐに空席を見つけて座った。

 誠も、「ここいいかな?」と言って、唯の隣に座る。

 すぐに唯の左手は、誠の右手に重なった。

「…………」

 誠のぬくもりを今ここで、少しでも感じ取りたかった。

 彼の横顔は、多少染まっているものの、それでも落ち着いている。

 誠の横顔と、絶望する言葉の表情が、唯の頭の中でクルクルと回った。

「……桂さん……」

 唯は、ぽつりと言う。

「唯ちゃん?」

「桂さん、大丈夫かな、と思って」

 それを聞いて、誠は……

 意を決して、唯にあることを打ち明けようと思った。

「唯ちゃん」誠は胸にきゅっとなる感触を覚えつつ、「一つ、言っておかなければならないことがあるんだ」

「なあに?」

 と、唯。

 すると、電車のアナウンス。

『間もなく、榊野学園前に到着します』

 唯は、急に空元気になり、

「マコちゃん、行こう!」

屈託ない笑顔で、声をかけてくる。

 その無邪気な笑顔を見て、彼女に打ち明けることが、すべて消えてしまった。

 誠は黙ったまんま、唯の手を取り、榊野学園へ向かった。

 

 

 

続く

 




 ついに壊れた言葉。
これからどう動くか。
 
 けいおんキャラとスクイズキャラは、1対1で絡ませようという構想だったんですけど、女同士の組み合わせは、最初は百合っぽくしようとも考えていたんですね。
 けれど、百合ってどんなものなのかイメージがまとまらなかったし、本編にも関係なかったんで流れました。
 それが入っていたら、物語がどんなものになっていたかと思うと、今もドキドキしますけどね。

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