Sword Art Online ”Camellia” 作:りこぴん
期末試験も始まるというのに何をやっているんだろう......。
今回はアスナ視点からのスタートです。
それから数週間が経った。
毎日とはいかないものの、時間の許す限りはキャロルの元に向かい、勉強を教わる。
教科書もメモ帳すらも持たない彼女の口から語られる数々の内容は学校の教師に教わるよりも数倍分かりやすく、お陰でここに囚われる前に学校で難しいと感じていた場所が片手間で解けるようになってしまった。
自分が忙しい時は此方まで出向いてくれることもあった。
お陰でキャロルのことがだんだんと噂になってきている。あれ程綺麗な容姿をしているのだから当然だが、同時に少しの寂しさも感じていた。
とはいえ、わざわざ自分に勉強を教えるためだけに来てくれるキャロルは、申し訳なさで一杯になるくらい有難いものだった。
そして今日も、近々行われるボスの攻略会議の為五十五層を離れられない私の為に出向いてきてくれた。
「つまりここの因数分解は......っと失礼。もうこんな時間ですか」
キャロルの言葉に釣られ顔を上げれば、窓から差す光は既にオレンジ色になっていた。
「アスナは教えたことをすぐ理解してくれるから、ついつい教えるのに夢中になってしまいますね」
「そんな......キャロルの教え方がとてもわかりやすいからですよ」
今試験を行えば一番を取れる自信がある、それほどにキャロルの教えはするりと頭の中に入っていった。
本心から伝えると、キャロルはくすぐったそうに笑う。
「ありがとうございます。......では、夕飯の支度等もあるでしょうし私はここで失礼しますね。明日のボス攻略、頑張ってください」
「キャロル、待って!」
此方の都合を気遣い帰ろうとするキャロルを慌てて呼び止める。
危ない危ない。
今日はせめてもの恩返しをする為に、会議の合間に食材集めに奔走していたのだ。
ここで彼女に帰られては、この前の二の舞になる。
先日共に外食した時、代金を持とうとしたのに本当にさりげなく二人分支払われてしまったことを思い出す。
借りばかりが増えてゆくこの状況。こんなことで返せるとは思っていないが、せめて少しでも喜んでくれたら嬉しい。
「良かったら夕飯を一緒に食べませんか?」
「......よろしいのですか?」
「キャロルさえ良ければ、是非」
キャロルは暫し考え込む様子を見せる。
ドキドキしながら返事を待っていると、やがて微かに頷き笑顔を見せてくれた。
「わかりました、是非御一緒させて下さい。それで、今日は何処に行きましょうか?」
「あ、いえ。今日は材料を買ってあるので私が作ろうかと」
「アスナが?」
目を丸くする様子に、急に不安に襲われる。
「もしかして、迷惑でしたか?」
「いえいえ、とんでもない。作って頂けるとは思わなくて......ですが、とても楽しみです」
先程より柔らかな笑顔に、思わず目を逸らす。
あの日から、キャロルの感情表現が豊かになっている気がする。
勿論、一緒に過ごすことで感情の起伏に聡くなったというのもあるだろうがそれだけじゃない。
とても嬉しいけれど、今みたいにふとした拍子にドキッとさせられることも多くなり、心臓に悪い。
「じゃあ作ってきますね。キャロルはゆっくりしていて下さい」
「わかりました、お言葉に甘えさせて頂きます」
出口に向かっていたキャロルが戻って来てソファーに座るのを見届けると、安堵の息と共にキッチンへと向かった。
テーブルには、今アスナが作れる最高クラスの料理が並んでいた。
「これは美味しいですね......。お店を開けるんじゃないですか?この世界で食べたどんなものより美味しいです」
ドキドキしながら感想を待っていると、キャロルはにこにこしながら美味しいといってくれた。
「お店だなんてそんな......」
「いえいえ、出せますよ。もしそうなったら言ってくださいね、近くに引っ越しますから」
そこまで言ってもらえるとは、作ったかいがあるというものだ。
「ありがとうございます。もしそうなったら、キャロルにウエイトレスを頼んじゃおうかな」
「ふふ、言っておきますが私のコミュニケーション能力は平均未満ですよ?」
「そこは......私が教える、ということで」
「成程、分かりました。ではその時はお願いします、アスナ料理長」
「任されました」
そこまで言って、堪え切れず笑い出す。
キャロルを見れば、彼女もつられたように笑っていた。
「ですがそういうのも悪くないですね、アスナと一緒なら」
「え?」
「いえいえ。これも貰っていいですか?」
「は、はい。どうぞ」
聞いてしまった。
聞き返しはしたが、彼女の独り言はばっちり耳まで届いていた。
別に聞かれても問題はなかったのだろう、その程度の声量だったが聞いてしまったからには無視出来ない。
否応なしに赤くなってゆく頬を感じながら、ふと思う。
この感情はなんだろう?
普通、同性にこんなことを言われた程度で照れる事などない。もしリズとこの話をしても、ただの冗談で終わるに決まっている。
しかしその問いに対する答えを、彼女はまだ持っていなかった。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「ありがとうございます」
終始和やかに雑談を交えつつ、夕食は終わった。
一息ついた後片付けをしようと立ち上がると、後を追うようにキャロルも立ち上がる。
「あ、大丈夫です。どの道大して手間もないですから、キャロルはゆっくりしてて下さい」
スキルやオブジェクトが処理するこの世界では、家事はほとんど手間にならない。
「では、お言葉に甘えて」
座り直したキャロルの前で手早く皿を纏めると、台所へと運んでいった。
部屋に戻ると、キャロルはなにかを読んでいた。
って、あれは私のノート?
「アスナ、ここ間違ってますよ」
「えっ!?」
慌てて近寄り見直すも、どこが違うのかさっぱり分からない。
よくよく見れば、そこは後で自分で考え直そうと思っていた所だった。
「ここの変形です。途中で終わってしまいましたからね。次の時に簡単なやり方を教えます。......ふむ、やっぱり今日教えましょうか」
そんなやり方があるなら是非教わりたい。
そんなことを思いながらキャロルを見ていると、キャロルはそう言い直した。
そんなに顔に出てしまっていたのか。
多少の気恥ずかしさをおぼえつつも、教わりたいものは教わりたいのでキャロルの横に座る。
「ここはですね、この項を別の文字に置き換えて――」
「――分かりましたか?」
「はい、ばっちりです!」
一段落ついた頃には、先程難しく感じていたのが嘘のようにすんなりと理解できるようになっていた。
ふと時計を見ると、しまった。
思ったより長く時間が過ぎてしまっていたらしい。もう日を跨ぐ寸前だった。
「キャロル、良かったら泊まっていきませんか?」
彼女は顔を上げると時計を、その後窓をちらりと見る。そして何かを考えている仕草をした。
あれは、迷惑がかかりそうと考えている顔だ。
「全然迷惑じゃありませんよ。それに、商人を紹介する話があったでしょ?キャロルさえ良ければ、明日紹介をしたくて」
もう1ヶ月近く経つのに予定が合わなかったり忘れてしまったりで、結局紹介できていない。
すると、キャロルは苦笑と共に頷いた。
「アスナは最近、私が考えていることが読めるのではないかと思えるくらい正確に発言を先回りしてきますね」
確かに最近、キャロルの考えていることがわかるようになってきた。
最も、相手の都合を最優先で考えるキャロルだからこそ、思考が分かり易いというのもあるが。
「そうですね、では泊まってもよろしいですか?」
「はい!」
友達とのお泊りはこの世界にきてから初めての体験で、しかも相手がキャロルともあれば浮かれるのも無理はないことだろう。
しかし忘れていた。実家でも何でもないこの部屋に、お泊り用のベッドなど用意しているはずもないことに。
ソファーで眠ると言うキャロルを止め、ソファーで寝ようとしてキャロルに止められ。
結果、二人で同じベッドに寝ることになった。
大きいベッドではあるものの二人用ではなく、二人で寄り添うようにして毛布を掛ける。
「......寝れない」
お陰で隣で眠るキャロルの暖かい体温を感じながら、アスナは眠れぬ夜を過ごすこととなるのだった。
翌日。
結局殆ど眠れず、早朝から剣のす振りをすることで眠気を紛らわせていた。
実戦には比べるまでもないが、実際これで少しはスキル経験値も手に入る為案外バカには出来ない。
「お早う御座います、朝から精が出ますね」
一通りの動きを終え、一息ついていると後ろから声が掛かる。どうやら見られていたらしい。
「いつもやってる訳じゃないんですけどね、今日はスッキリしたくて。あ、今朝食を作りますね」
「いえいえ、お構いなく」
「実はもう材料を買ってしまってあるんです。良かったら食べてくれませんか?」
「......わかりました、是非」
苦笑とも笑顔ともとれない表情で頷くキャロル。
多少無理やりな感じになったが、こうでもしないとキャロルは遠慮の姿勢を崩してくれないから仕方ない。
本心を言えば、もう少し気を使わないでくれて良いのだけれど。
「では、ちょっと待っててください」
剣をストレージに仕舞うと、どんな味付けにしようか考えながらキッチンへと向かった。
それから朝食を取り、日差しが暖かくなってきた頃合を見計らって第五十層の主要都市であるアルゲートへ向かうこととなった。
入り組んだ路地を抜け、とある店の前で立ち止まる。
そこでは褐色のがたいの良い男性が、商売品を陳列しているところだった。
「こんにちは、エギルさん」
「ん?おぉ、アスナじゃねえか。珍しいな、こんな所まで」
彼の名前はエギルといい、商人の中でも数少ない、最前線で活躍している中の一人だ。
「そちらのお嬢さんは見ない顔だな?俺はエギルだ、ここでしがない店を開いてる」
「キャロルです、よろしくお願いします」
差し出された手を握り返すキャロル。手を握られ嬉しそうなエギルが何となく気に入らず、急かすように話し出す。
「実はですね......キャロルは四十六層に住んでいるんです」
「四十六......経験値は良いが寒いしずる賢い奴らがいる人気の無い所だったよな」
エギルは椅子に座るよう促しつつ、自らも座り込んだ。
「そうそう。それでですね、なんと手に入れたドロップ品を全部NPCに売却していたんですよ!レアドロップも武器も、そういうもの全部!」
「なに!?」
突然の大声に、キャロルはびくりと身を震わす。
すまねぇ、と言いつつも彼の頭の中ではめまぐるしく損得計算が行われているようだった。
「四十六層となれば......軽くみても五倍から十倍近くか。なんて勿体ねぇ......」
「そう思いますよね?私もいてもたってもいられなくって......それで、とりあえず売却を待ってもらってここに来たんです」
「それはありがてぇな。さっそく見せてもらってもいいか?」
「はい、どうぞ。トレード申請しますね」
キャロルの細い指がウインドウを操作し、遅れてエギルが了承をする。
少し経って、彼は驚きの声を上げた。
「こいつはすげぇ......レアドロップだけ見ても、家がひとつ建てられるレベルだぞ」
「欲しいものがあったらどうぞ、差し上げますよ」
「ちょっと、キャロル!」
慌てて言葉を遮る。それでは、何の為にここまで連れてきたのかわからなくなってしまう。
しかし、彼は首を横に振った。
「こんななりでも商売人だ、きちんと買い取らせて貰うさ。ただ、生憎そんな大金持ち合わせちゃいない。......だから、こういうのはどうだ?」
「......成程、いいですね!ぜひそうしましょう!」
エギルから成された提案は、双方の利益になるとても素敵なものだった。
と、そこでキャロルがさっきからずっと黙っていることに気づく。
そういえば彼女は殆ど物欲がなかった。もしかしたらこの提案も迷惑なだけかもしれない。
「あの......キャロル、もしかして余計なことでしたか?」
不安に駆られそう尋ねると、キャロルはくすりと笑い私の頭を撫でた。
「いえいえ。アスナの様子がとても楽しそうでしたので、口を挟みたくなかっただけですよ。私の為を思ってやってくれているんです。有り難さはあれど、迷惑だなんて気持ちにはなりませんよ。......ただ」
そこでキャロルは、不安そうな表情になる。彼女がこういう表情をするのはとても珍しい。
「余り大勢の人と話すのは不安で......もし良かったら、サポートしてくれませんか?」
消え入りそうな声。人付き合いが苦手だということは聞いていた。今までそんな素振りが全くなかったのでてっきり冗談だと思っていたけれど、様子を見るに本当に苦手らしい。
初めて見る弱々しい様子に、思わず庇護欲に駆られ手を握り締める。
「任せてください!ちゃんと仕切りますし、商売も得意なエギルさんもいます!」
「お、おう!任せておいてくれ!」
ドンッと胸を叩く様子は頼もしいが、顔がにやけているので台無しだ。
しかしキャロルはそんな様子に気づくことなく、深く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「ああ。それじゃ、俺は商人仲間に声を掛けて来る。二人は場所を確保しておいてくれ」
「はい!」
エギルと別れ、キャロルと手を繋いだまま歩き出す。
場所の設定と、宣伝もしなくちゃ。
大通りに向かう足はとても軽く、これから行われることに想いを馳せていた。
きりが悪いような気もしますが、とりあえずここで一区切り。
テスト期間に入るので更新遅くなることと思いますが、長い目で見守ってやってください。
誤字脱字の報告、感想等お待ちしています。