Sword Art Online ”Camellia”   作:りこぴん

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雪に染まる街

アインクラッド第四十六層。

一面が雪に覆われたそこは、人もほとんど寄り付かない静かな階層であった。

フルダイブ方式がもたらす感覚により寒さや雪の冷たさは現実と相違なく、日常生活を行うには適していないその環境が人を遠ざけているのだろう。

或いは、出現するモンスターが雪という環境に適した者ばかりであるというのもその理由かもしれない。

雪原に慣れていない人々にとって、それは決定的な不利になるのだから。

 

「......まぁ、お陰で私は誰にも出会わず静かにやって行けるのですが」

 

思考の海から意識を引き上げ、彼女は苦笑した。

先程まで交戦していたモンスターのドロップ品を集めると、取捨選択を行った後それをインベントリにしまい込む。

これだけあれば、二日三日は生活するのに困らないだろう。

最も、もはや日課のようになってしまった狩りのせいで生活してゆくのには何ら問題ない分のコルは溜まってしまっているのだが。

 

「......帰りましょうか」

 

この白一色の風景は嫌いではないが、ここは戦闘区。いつまたモンスターに遭遇するか分からない。

索敵にかかる様子はないが、近くにリポップされる可能性も否定できない。

髪にかかった雪を払い、キャロルは居住区への道を歩き出した。

 

 

 

彼女がこのゲームに囚われたのは、ほんの偶然が重なった結果だった。

 

彼女は俗に言う天才と呼ばれる存在であった。

16歳で博士課程を完了した彼女は企業の全面的補助の元、かねてからの夢であった世界旅行に出る。

 

世界中の技術をこの目で見てみたい。

 

そんな感情と共に飛び立った彼女がまず最初に向かったのが技術大国と言われているここ、日本だった。

空港に降り立ち、最初に目にした巨大な広告に書かれていたこのゲームの存在を知った時、彼女は感動で胸が震えたのを覚えていた。

彼女だからこそ分かる、このゲームに詰められた技術の数々。

一体どんな人がこれほどの技術を開発したのだろうか、と。

短い滞在中にその技術に少しでも触れようと無理を言ってナーヴギアを手に入れて貰い、ログインした矢先に起こったのがあの事件であった。

GM(ゲームマスター)茅場晶彦によるログアウトボタンの消去、そしてデスゲーム化。

 

申し訳ないことをしてしまった、とキャロルは思う。

今頃、自分の頼みを聞きナーヴギアを手に入れてくれた職員は辛い思いをしているかもしれない。

自信過剰になるつもりはないが、客観的に見ても自分という人間が昏睡状態に陥ってしまったことにより企業に起こる損失は小さくないと理解できる。

そして失われた責任の矛先がどこに向くのかも、なんとなく想像がついた。

しかしキャロル自身はといえば、このような状態になったことに特に負の感情は抱いていない。

やらなければいけなかったことや現実への思い入れはあるが、こうして素晴らしい技術に間近で触れ合えることに喜びを感じているのもまた事実であった。

勿論、その代償が自分の命という所には若干の理不尽さを感じざるを得ないが。

 

(......ゲームをクリアしたら、真っ先に彼に謝りましょう)

 

それまで自分が生きていられれば、の話であるが。

浮かんできた負の感情を打ち消すように顔を上げれば、いつの間にか村の入口へと到達していた。

門の左右に設置された松明が、本物のように冷えた身体を微かに温めてくれる。

しばし立ち止まって身体を温めていると、そんなキャロルを嘲笑うかのように突風が吹いた。

風を受け大きな鉄籠の中で煌々と燃える炎は、製鉄の炉の輝きを連想させる。

 

「そういえば、そろそろ武器のメンテナンスの時期ですね」

 

さっさと家に帰って暖まることにしたキャロルは、製鉄の炉から思いを馳せていた。

武器は使っていくうちにだんだんと耐久が低くなっていく。

手入れを欠かせたことはないが所詮素人のレベル、スキルも持ち合わせていない自分では些か不安が残り、定期的にちゃんとした人に見てもらう必要があった。

それに彼女は、月に一度くらいは必ず顔を見せに来るようにと口を酸っぱくして言っていた。

前回訪ねた日を考えるとそう.........丁度明日で一ヶ月経つ。

 

余り積極的に他者と関わらない自分にとって、彼女のような存在はとても有難いものだった。

交友関係を広く持ちたいとは思わないが、全く無いというのもそれはそれで寂しくもある。

とは言っても大抵のプレイヤーは、キャロル自身では無く少女という物珍しさから声を掛けて来る為、交友関係を持ちたいととても思えないが。

明日は久々に顔を出そう。

自分の中の予定帳に外出の予定を組み込みながら、キャロルはNPCの経営する店のドアを潜った。

 

 

 

「どうもありがとうございます」

 

先程倒したモンスターの素材を売却し、お金を受け取る。

NPCの店は流行や量によって売却価格が変動しないメリットがある。

同じ階層に留まり続けるキャロルは必然的に同じものを纏まって入手することが多い為、これはとても有難いことだった。

しかし反面売却価格は余り高くはなく、レアドロップをしても大したお金にならないことも多かった。

こういうものは商人と呼ばれる、商売に関するスキルを所持しているプレイヤーに売り払った方がお金になる場合が多いのだが、あいにくこの四十六層に商人はいない。というよりプレイヤー自体がほぼいない為、商人が寄り付かないのも当然のことであった。

そして残念なことに、自分自身商人の知り合いはひとりもいない。

 

"オンライン"ゲームをやっていながら、なんて寂しいことでしょうか。

思わずため息を吐きながら、変わらぬ言葉を吐くNPCの店を後にする。

 

「真剣に友人作りに取り組むべきですか」

 

自分のことながら情けない台詞だ。

再び負の思考に陥り始めた自分を悲しく感じながら、キャロルは購入済みの我が家の門を潜るのであった。

 




キャロルは人と話すのが苦手なのではなく、人付き合いが苦手です。

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