IS/SLASH!   作:ダレトコ

98 / 129
第九十八話~鬼ごっこ~

 

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 「う~ん……よし、上手くはいったかな。後は、『動いて』くれるか、ね」

 

 元々考えていた手の中ではあまりいい手ではなかったけど、これはこの際仕方ない、か。

 それもこれも、『彼』が中々一人になってくれないのが悪い。人気者なのは結構なことだけれど、今回ばっかりは流石に都合が悪かった。

 

 いきなり仕掛けてしまったが、まあ事情を知ってる子もいるし、あの子たちなら上手く回してくれるだろう。それだけ、要領のいい子をこっちも選んだつもりだ。

 ……尤も、この作戦の真意については誰にも話していない。もしことが起こったなら、そのことについて間違いなく言及された上で今の関係も続けられなくなることは明白だが、仕方がない。

 全ては、事を為すために必要なことだ。今の私が、この場所にそれ以上のものを求めるのは違うだろう。どの道、最後には手元に残すつもりもないのだから。

 

 「さて……行きますか」

 

 状況は滞りなく順調。後は彼を遠目にマークしながら『次の手』を打つ機会を待つのみ。

 それだけ、だった筈、なんだけど。

 

 「……ふむ。確かにわかりやすい特徴の娘だの。見つけたぞ」

 

 「うひっ――――!」

 

 ――――割と、シャレになってないレベルの『想定外』が目の前に現れたのは、私が動き出してからそう間もなくだった。

 

 

 

 

 「……! 言葉を発したとはいえ今の儂を捉えるか。成程、ただの娘っ子ではないな。あやつが掌で踊らされるだけのことはある」

 

 「……!」

 

 ……嘘、なんなのこの人。目の前に確かにいるのに距離感が掴め、ない。それどころか少しでも集中力をとぎらせれば、このまま見失ってしまいそうだ……!

 実際通り過ぎる人たちも、明らかにここでは浮いている姿をしているこの人に誰一人として気がつかない。今ここで相手を認識出来ているのは、どうやら私だけらしい。

 

 立っているのは、藍色の着物を纏った……声からしても恐らく、男性。顔も、はっきり見える訳じゃないけれど……誰か、知ってる人の面影がある気が、する。もう少ししっかり見れば、わかるかもしれないが……

 ……ダメだ。多分、一箇所だけに意識を集中すれば途端にその虚を突かれて見失う。なんとなくだけれど、それを確信できるくらい、この気配の『捉え辛さ』は異様だ。私の意識だけが濃霧に巻かれているかのような気持ち悪さがある……我ながら、『霧纏の淑女』なんて呼ばれたISの乗り手である私が霧に惑わされるなんてお笑い草もいいところだけど。

 

 「しかも理解の出来ないもの対して冷静に考えを巡らせられる頭もある……うむ、実に惜しい。道を違えなければ、女だてらに良きつわものとして先は明るかったろうに」

 

 「っ……!」

 

 敵……かとも一瞬思ったけれども。

 袖に隠した『レイディ』が全く反応しない。こんな異様な雰囲気と能力を持った相手だが、取り敢えずこちらに対する悪意や殺意はないらしい。

 とはいえ、放置しておくわけにもいくまい。正直逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、学園に危険をもたらす可能性のある存在は無視できない。せめて相手の正体と目的くらいは聞き出しておかないと……と、周囲からギリギリ聞き取れないくらいの囁き声で正体不明の相手に対して対話を試みる。

 

 「えーっと、それで……誰かさん? 声を掛けられたってことは、私に用があるってことでいいんですかね?」

 

 「うむ。お前が虚言でこの学び舎のおなご達を惑わし、儂の大事な愛弟子を追い詰めておる首魁と聞いたのでな。この柳韻、弟子に代わり成敗しに参った」

 

 「はぇ? さ、さぁわたしなんのことだかさっぱりわかんないですぅ~。人違いじゃないんですかぁ~?」

 

 「……目が泳いでおるのう。何にせよお前が一番怪しいのだよ。あやつの言っておった特徴と一致する上、さる人物が恐らくそう遠くはない場所で見ておるだろうとも言っておったからの。そこでいざ探してみると、あやつの気配を追って嗅ぎまわっておるお前を見つけたというわけでな」

 

 「……あやつ? さっき言ってたお弟子さんとやらのことです?」

 

 「応とも。『どうせあの人のことだから、追い立てられて逃げ惑う俺をどこか眺めて楽しんでるんだろうな』とさ……お前さん、随分と根性の曲がった趣味をしておるようだの。その点においては、あやつもお前を信用しておったぞ」

 

 ……おっけー、特定した。い、一夏くぅ~ん。確かに頭悪くない子は嫌いじゃないけど、察しが良すぎる子はおねーさん嫌いだなー。

 にしても……くうぅぅぅ! 外様の招待枠は確かに警戒はしてたけど、流石に全校生徒が誰を招待したのかまで全部詳細にチェックする時間は流石になかったので更識の力も借りて少し洗ってみるくらいに留めたけれど、失敗だったかもしれない。まさか、こんな爆弾が入り込むとは……実質的には背後関係は完璧に『白』だったので、チェックにも引っ掛からなかったんだ。

 

 ――――篠ノ之柳韻。ルーツを遡れば鎌倉時代から続くと言われる古剣術『篠ノ之流』の現師範にして、『天災』をこの世に生み出した片割れであり『戦乙女(ブリュンヒルデ)』の剣の師でもあるという、直接的ではないとはいえ、やはり神城秋一同様ISとは只ならぬ因縁のある人物。

 それだけじゃなく……昔お爺様や両親から話を聞いて、一度会って色々話してみたかった人でも、ある。尤も、こんなぶっとんだ人だとは思わなかったし、今はそんな場合じゃなさそうだけど。

 

 「まあ、そういうわけよ。儂個人としてはお前に恨みはないが、引っ立てる。観念せい」

 

 「う、うぅ……!」

 

 とにかく相手の正体はわかったし、多分放っておいても誰かに危害を加えるような人ではないことの裏は取れたけど……私が絶賛大ピンチであることに変わりはないっぽい。

 ……ここで、捕まるわけにはいかない。いくらかの戦女神のお師匠様とはいえ、現状扱い的には丸腰の一般人に変わりはない。これから始まるかもしれないことに、そんな人を巻き込むわけにはいかない。

 

 同じ理由でISに頼るのもなし……かといって、こちらも同じ条件で挑むには些か以上に分が悪い相手。となれば、選ぶ手段は一つしかない。

 

 ――――逃げるが勝ちっ!

 

 「……ごめんあそばせっ!!」

 

 「きゃあ! な、何なの!?」

 

 「むぅ……!?」

 

 偶然通りがかった一年の女子生徒達の集団の中に迷うことなく飛び込む。当然上がる悲鳴や困惑の声を置き去りに、そのまま人ごみを伝うように生徒や来賓の中を掻き分けるように進み、人の中に紛れていく。

 

 「ふふん。いくら普通の人たちからは姿を隠せるっていっても、流石に人をすり抜けられるわけじゃないわよねぇ?」

 

 おまけにこれだけ人の目があれば、流石に下手には仕掛けられないうえにあの気配を朧げにする技にも綻びが出るだろう。お爺様の話通りの人なら、きっと何も知らない力のない人たちを巻き込むような強引な手を打ってくることもない。待っていれば、きっと私にも反撃の目はある。

 一夏君から一旦目を離すことになっちゃうのは少し不安もあるけど……まあ、今は状況的に全校の多くの生徒達が総出で彼を見張ってくれているようなものだ。私が『次の手』を打たない限り、『敵』も動き出しはしまい。元を正せばそのための、『状況を限定する』ための作戦なんだから。

 

 ……大丈夫。絶対に上手くいく。

 自分に言い聞かせるように心の中で反芻し、駆ける。

 こうして出だしこそ、上手くいったと思った矢先。一夏君の思わぬ反撃により、完全に想定外の幽鬼との追いかけっこが始まった。

 

 

 

 

 「はあ、はぁ、は――――」

 

 前言撤回。なんか諦めるのが早すぎるような気がしないでもないけれど、お爺様、私はもうダメかもしれません。

 

 「うむ。待っておったぞ」

 

 「あまり年寄りに手を掛けさせるものではないな」

 

 「――――遅かったではないか」

 

 ……なんていうか、どこをどう逃げても必ず小休止を入れようと思ったタイミングでどこからともなく声が飛んでくる。さながら気分はホラー映画の主人公だ、回を増すごとに声のトーンが下がっていくのも恐怖に拍車を掛ける。

 

 「行き先を、読まれてる……? どうして……?」

 

 この異常事態に対して、当然出てくる疑問。

 その答えは直後に耳に届いた、カラカラという微かな音だった。

 ……それは、剣道部の子達が前日に頑張って飾り付けてくれた廊下の装飾品。空調や人の動きによって微かに生まれる空気の動きから微かに回る、風車の音。

 

 「まさ、か……」

 

 ISもなしにそんなことが出来るなんて普通なら思えない、が、生憎今の相手はとてもじゃないが『普通』なんて枠に嵌る相手じゃない。可能性があるなら潰しておくに限る。

 よってすぐに行動を起こす。近場の窓を開け放ちながら、ポケットからPDAを引き抜き、生徒会室にいるはずの右腕にタッチ一つで繋がる直通ダイヤルを掛ける。

 

 「虚! B棟の空調、換気の風力上げて! すぐに!」

 

 『と、当代!? いきなり何を……』

 

 「――――『日の輪に向かって風は吹かぬ』とな。大気は熱源を中心に流れる。その中に隠れて移動するお前を探すには、風の流れを追えば良い……それも今、見透かされてしまったようだがの。良い勘をしておるな」

 

 「っ……!」

 

 だが、気づくのが一歩遅かった。すぐ後ろから声に追いつかれる。

 ……でも、タネを見切った以上はここで逃げ切ればなんとか……!

 

 「逃がさぬよ。追いかけるだけにもそれそろ飽く頃合だしの……ふん!」

 

 「なっ……! ちょ、待っ……!」

 

 なんてことを考えた矢先だった。

 パチンッ、と両手を叩くような音が響くのとほぼ同時に、私が紛れ込んでいた生徒の一団が不安そうに周囲を見渡した後、足早にその場から一気に離れ始めた。

 

 慌てて追随しようとするも、反応が遅れた。先ほどの威嚇に体が反応するか、気づかない内にその影響を受けるかの違いがその差を明確に別けていた。

 ……この相手の隠れ蓑を看過できることを、逆に利用された。

 

 「ホント、滅茶苦茶もいいところですね。さっきのも流派の『技』ってことですか?」

 

 「……いっそ、それなら良かったんだがのぅ。あの子達を追い立てたのは儂に流れる血の業よ。儂が不甲斐ないばかりに娘達にも背負わせてしもうた」

 

 周囲から人がいなくなったことで、また霧に包まれるようなノイズ混じりの気配と改めて向き合わされる。

 ……ううん。これじゃさっきと同じ手段も望めないし、ことを構えるしか、ないのか。いや、何とか手打ちにする手は、残っては、いないか……?

 

 「参りましたね……噂はかねがね『聞いてはいましたけど』、お見事です。ここまで追い詰められるのは久しぶりですよ」

 

 「……? 先ほどまでの言動から妙だとは思ってはいたが……お前さん、儂のことを知っておるのか?」

 

 「あは、まあこの見た目じゃわかんないカモ、ですね……直接の面識はないです。けどこの髪の感じ、覚えてません? 色こそ変わっちゃいましたけど、母から貰ったもののなかじゃ、私の一番の自慢なんですよ」

 

 喋りながら髪を一房持ち上げて癖っ毛ぷりをアピール。すると、はっきりと見えないながらも相手の雰囲気が変わるのがわかった。これは、畳み掛けるときと見た……!

 

 「……! 真弓、か? なら、お前さん、は」

 

 「はい……一時は、両親がお世話になったと聞きました。改めて御礼を言わせてください……元JPSAT限定特務課『牡丹』の篠ノ之柳韻サブリーダー、さん。私は更識十七代目当主、今代の『楯無』です」

 

 「…………そうか。文矢と真弓の……あの事件で生き延びた直系の更識は、今や分家に引き取られた末女のみと聞いていたが、生きていて、くれたのか」

 

 戸惑いからか、若しくは他の理由か。先ほどまでは完璧だった気配遮断に次第に綻びが見え始めるのを、お辞儀をしながら上目遣いで確認する。今までぼやけていたその歳からすると信じられないくらい若くて綺麗な顔も見えてきて、表情がわかるようになってくる。

 ……何か、痛々しいものを見るような目をしていた。やめて欲しい。この人の事情を考えれば仕方ないし八つ当たりだって、わかってるけど……友達だったくせにお母さんが『ああ』なってしまうまで放っておいた人の『一人』なんかに、同情なんかして欲しくない。

 

 そんなことを考えていたのが顔に出たのか。相手……柳韻さんもすぐに表情を真剣なものに変えるとこちらに向き直った。

 

 「すまぬ、な。お前さんを貶める意図はなかったのだが……あの時のことは、儂の中でも生涯屈指の不覚でな。つい、顔に出てしまったようだ」

 

 「いえ……本来、内々で処理できなければならなかった事態でしたので。事の顛末を招いたのは、偏に私どもの力不足です。篠ノ之さんが責を感じるようなことではありません。血が途切れなかっただけでも幸運だったと思うべきです」

 

 「齢二十も生きとらん娘っ子の言ではないのう……まあ、よい。お前さんの心の内については後々じっくり聞かせてもらうとして、まずは『楯無』が何故儂の弟子を玩具にするような真似をしておるのか聞きたいものだ」

 

 う……しまった失敗した。あのまま同情を買って会話を続け辛い空気にした方がよかったかも、と探るような視線を向けられるようになってから漸く気づくが、どの道もう遅かったことを私は後になって悟る。

 

 「えっと、そのぅ……ほら、学園祭ですから! 彼は折角この学校でたった一人の男子ですし、彼中心のレクリエーションの一つでもやらないと全校生徒の皆さんも納得してくれないっていうか……いやー、これでも結構苦渋の決断だったんですよー?」

 

 「……それがただの悪戯好きの娘っ子の答えだったのなら、すこぅし懲らしめてやるだけで済んだのだがのぅ……お前さんが『楯無』だというのであれば、また話は別よ。本当は何を企んでおる?」

 

 じ、自己紹介が完全に裏目……? そんな、お爺様達とは知り合いだったんじゃ……

 

 「あのぅ……お父さん達とは仲良かったんですよね? その忘れ形見のお茶目にくらい、ちょろっと目を瞑ってくれたって……」

 

 「確かに、文矢も真弓も真っ直ぐで好い者達であった。儂も随分良くして貰った、今は亡き彼らの子にかつての借りを返すのも吝かではない、が……前にその名を名乗っておったお前さんの爺さまには、現役時代文矢共々大層『世話になって』な。そしてどうやらお前さんも、こちらに一泡食わせんとする時のあの楯無と同じ目をしておるようだ。血は争えんというが……思えばお前さんの母親は更識の中では異端だったのぅ。だから襲名できなかったという訳ではないだろうが」

 

 お、お、お……お爺ちゃ~~~~~ん!?

 なんか、『世話になった』の部分におもいっきり怨念めいた感情を感じたんですけど。ああ、柳韻さんの目元がヒクヒクしてる……まあ聞いた話通りの人なら、昔はさっき話してきた方の娘さんに大分似た性格だったんだろうから、あのお爺様にはさぞからかわれたんだろうな、とは思ってたけど。まさかその通りだったとは……これはさっき娘さんにしてきた仕打ちがバレたら殺されてしまうかもしれない。

 じゃなくて! うぅ、お爺様の作ったツケが世代を超えて私に飛んでくるなんて……末代まで恨むからね、お爺ちゃん。まあここで私が果てたら私で末代になるわけだけども。

 

 「言葉でだまくらかそうとしても無駄だぞ。楯無に言い合いで勝てぬのはわかっておるでな、切り抜けんとするなら己が腕で儂をどかしてゆくのだな」

 

 揺らめくような気配が、身構えるような動きを見せる。

 くっ……結局、こうなるのね。不本意だけどやるしかないか……とはいえ、流石に今となっては衰えただろうが、それでもかつてはあのお爺様とお父さんが二人がかりでも手も足も出なかったっていう歴代最強クラスのSAT相手に無策で挑むっていうのはいくらなんでも無謀に過ぎる。

 ここまで漕ぎ着けて失敗は出来ない。私の主義には反するけど、ちょっとだけ手を貸して貰うわよ、レイディ。

 

 「ふ……」

 

 「ぬ……?」

 

 こちらの息遣いの変化を感じ取ったのか、警戒する気配が高まり、気配の遮断も一層強くなり相手の立ち位置さえ曖昧になり始める……が、もう遅い。いくら気配を消そうが、今の私の前ではどうあっても消せないものが存在する。

 ……両親のかつての恩人に手をあげるのは気が引けるが、こっちも一杯喰わされたんだし。態々人払いまでして私を追い詰めたこと、ちょっと後悔させてあげよう。

 

 ――――今!

 

 「っ……!?」

 

 レイディの仕事は完璧、『心音』を捉える。やり口は殆ど反則に近いが達人相手に一呼吸の差で上をいった。一手だけなら打ち込める。

 動けない相手に『合気』は無意味。よって今使える手はこっち……貫手で狙うは水月。狙いやすくかわし難い場所。意識を奪うまでは難しくとも、少し悶絶してくれるだけでもあの認識を阻む霧を晴らせるなら結果としては上々な上にお釣りが出る。

 

 「ぬぅ……!」

 

 「くっ……!」

 

 手応えは……あった。けど浅い……! ギリギリのところで重心を傾けることで衝撃の大部分を床に逃がされた。予想外の攻撃であの技自体は解除され、姿ははっきりと見えるようになったものの、ダメージは殆どないだろう。

 

 ――――ダメ! 待って!

 

 それに流石に攻撃を受けたことで相手も反応せざるを得なくなったのか、柳韻さんがとっさに放った殺気にとうとうレイディが反応しだしてしまう。淡い水色の光を放ち、自動で緊急展開しそうになる自身のISを押さえつける時間で、私は後退こそ出来たものの逃走と追撃の機をどちらも逃してしまった。

 

 「――――『無拍子』。よくも姿の見えぬ儂の呼吸を捉えてくれたものだ、楯無。お前さんも所詮口だけの者だろうと些か侮ったのは詫びねばなるまいな。儂の遁歩を見極めた上、先程の追跡方法を悟った時といい……文矢と同じ、良い目を持っておる」

 

 「いやー、侮ってくれてていいですよ。割と本気で打ち込んだのに余裕ですかー……もぅ、ヤになっちゃいますね」

 

 柳韻さんの賞賛を、私にしては珍しく心からの本音で返す。

 もう水分探知機能による、擬似心音感知も使えない……彼も警戒するだろうし、何よりこちらが応戦すると思っている以上もう敢えて殺気を抑えるようなこともしまい。となれば、レイディにも気を配らなくてはいけなくなる。流石にレイディを抑えながら戦えるような相手じゃないし、うっかりこの子が起動するようなことになれば……その先は考えたくもない。絶対にダメだ。

 しかし、ならこの場をどうやって乗り切るか――――

 

 

 

 

 ――――かたな!

 

 「え……!」

 

 いきなり、だった。

 考えながら、内心を悟られないよう表面上は笑顔を貼り付けながら柳韻さんと対峙していたところ、そんな、この場では絶対に聞こえる筈のない声が聞こえて、

 

 気がついたときには目の前の柳韻さんが、今度こそ気配ごと完全に消え失せていた。

 

 「……!」

 

 本気で姿を隠されたか、と一瞬本気で焦るが、すぐに違和感に気がつく。

 

 「ま、さか……」

 

 『同じ場所』のはずなのに、微妙に色彩に違和感を感じる空間。時折視界に走る緑がかったノイズ……自分以外、一切人の気配が消えた場所。

 

 ――――こちらから機会を用意する必要なんてなかったのだ。敵は最初から、ターゲット以外を締め出す手段を持っていた……!

 

 「う、そ……嘘よ! なんで……!」

 

 『それ』の存在こそ、私は知っている。が、あれは学園内ですら使用権限が与えられている人間は限られている。外部の人間が軽々しく扱えるようなものじゃないし、そもそもセキュリティは……

 ……考えてる場合じゃない。今更『なんで』なんて無意味だ。起動した以上、今あれが使用されているのはれっきとした事実なのだから。ならまず、最低でも自分が『どこ』にいるのか調べなくては……!

 

 「っ……お願いだから無事でいてよ! ここまで来て……ここまで来て手も足も出せないなんて、絶対に認めないんだからっ……!」

 

 手遅れかもしれない。そんな考えを必死に頭の中から追い出しながら、失態を取り返す……いや、巻き返すために走り出す。

 想定外の事態だった、だから仕方ない――――かつて同じ失敗をしながら自分の中で同じ言い訳をしそうになった、自らの迂闊さと愚かさを呪いながら。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。