IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第九十四話~喧騒の中に潜む闇~

 

 

 偵察兼、簪の様子を見に四組に足を運ぶと、行列が出来ていた。

 

 「おお……」

 

 元々四組は例の決闘騒ぎ以来一時は学祭の参加を見送ることも検討に入っていたらしいが、あのレベッカの働きかけで三組と合同で参加することになったと話には聞いていたが……これは思わぬ伏兵である。何か考えがある様子の簪に白煉が手を貸していたらしいことはこっちでも把握していたが、あいつらはどうも賭けに勝ったようだ。敵は二組だけじゃないとは……いよいよもって頭が痛くなってきたな。

 客層を調べてみると、外部からの来場者が殆ど。男と女が半々……若干男が多いか、ってところか。出し物の内容は……

 

 『簡易IS管制制御シュミレータ、通称『スタディインスカーレット(緋色の研究)」です』

 

 「うおっ!」

 

 突然携帯から響いた声に思わず声を上げると、行きかう人たちが俺の声に驚いて振り返る。

 そこで何とか気を取り直した俺は周囲に軽く取り繕うように会釈すると、携帯をとる振りをしながらいきなり声をあげた相棒に抗議することにした。

 

 「ばっかやろう、お前、普段あれだけ人に注意しといて自分はそれか!」

 

 『ご安心を。マスター以外には聞こえない音量に調整はしています』

 

 「俺が驚くからやめろつってんだよ」

 

 これで意外と小心者なんだ。寿命が縮んだらどうしてくれる。

 ……自分で言ってて情けなくなってきたからもういいけどさ。

 

 「で、その気取った名前のシュミレータってのはどういうモンなんだ?」

 

 『命名に関しては私の管轄外ですのでそこに文句をつけられても困りますが……早い話、ISの操縦を擬似的に体験できるものと言えばわかりますか?』

 

 「へえ、そりゃ凄いな……しかし、お前も段々話の噛み砕き方ってのがわかってきたな。簪のお陰か?」

 

 『まあ、ある意味そうかもしれません。第三者の視線を交えて、改めてマスターの理解力を理解できるようになってきましたから』

 

 「…………」

 

 何でこいつは一言多いというか、言葉尻でいちいち色々抉ってくるのか。

 わかってるさ、簪のISについての造詣の深さは俺なんかとは比べ物になんないんだろうってことくらいは。実際知り合って早々に二人でそんなものを作ってしまえるあたり、改めてそれを思い知らされた気分だ。

 

 『今日当日に間に合う可能性は正直なところ五分五分だったのですが、篝火様とある伝手からの協力もありなんとか形になりました。私としては完成度に不満は残りますが、簡易シュミレータとしては及第点といったところです』

 

 「……そうか。簪のクラスのことはあの決闘騒ぎの時から気になってたんだけど、お前がいてくれて本当に助かったよ。ありがとう」

 

 『どういたしまして、です……いえ、まあ、私も少しは、楽しめました、から……』

 

 「ん? 何か言ったか?」

 

 『っ……! な、なんでもありませんっ!』

 

 まあ、こっちも意趣返しが出来たからいいか。こいつは本当に簪には弱くなったな。俺にも少しその優しさをわけてほしい。と、言葉にしても一蹴されるのがわかってるので言わないが。

 

 「しかし、なるほどな。それでこの行列か。本当上手くやったな。こんなに並んでなきゃ、俺も一つ体験してみたいもんだが」

 

 『作成に携わった者の言としてはなんですが、実機の経験者にとっては子供騙しのようなものです。マスターが使用しても得られるものは少ないと思います』

 

 「いや、そういうんじゃないんだよ。この、祭りの雰囲気を楽しむ流れでこういうのもありかな、って」

 

 『はぁ?』

 

 俺の答えに何所か抜けたような、不思議そうな返事を返す白煉に、思わず苦笑する。

 こいつも随分人らしくなったが、流石にまだこういうノリで話が出来るようになるには時間がかかりそうだ。

 

 「ま、今はこれでよしとするか……簪に一声かけて、一組に戻ろう。そろそろ宣伝も潮時だろうし」

 

 『はい。稼働状況は念のためモニターしていますが、問題はなさそうですしそれでいいと思います』

 

 取りあえずこの場は問題なし、と纏まったところで、混雑しているクラスの中を扉越しに覗き込んで簪を探す。

 簪は……いない。それどころか、四組のクラスと思われる娘も殆ど姿が見えない。出し物自体はレベッカが中心になって上手く纏めているようだが……

 

 「? どこかに出かけてるのか?」

 

 と、流石に怪訝に思ったものの。

 

 「いやー、やっぱISって凄いんだな! なんていうかこう、いつもと同じ感じなのになんでも出来る感があるっていうか……それにあの子! いいよなー一生懸命応援してくれてさー。失敗すると涙目になるのも可愛くてさ、つい出来心で何回かわざとぶつけちったよ」

 

 「わかる。午前中にも来たけど最高だったぞ。あの子じゃない、なんか白い感じの子でさ。こっちは失敗すると冷たい声で罵ってくれるんだ。『お疲れ様でした。時間の無駄でしたね』って」

 

 「……お前そっちの人だったのか。でもマジかバリエーションあるのか! あー、もっかい並んでこようかな」

 

 出し物を体験して出て行く二人組みの話が耳に飛び込んできて、ついそっちに意識が逸れた。

 

 ――――ん? シュミレータって話じゃなかったか?

 

 白煉の話を思い返しながら、改めて稼働中の出し物の方に目を向ける。

 ものとしては、コントローラーの無いゲーム、ってところなんだろうか。体験者はなんかビームが発射できそうな形状のゴーグルのようなものを装着さえすれば、そのままISの操作感を体験でき、CPU相手に軽い対戦のようなことも可能、という触れ込みのようだ。

 その形式上プレイヤー以外はどういったものがわかりにくそうなものだが、そのあたりの難点を解消するためか、プレイヤーとは別視点からのプレイ画面が、授業にも使用している教壇の大型スクリーンに映し出されるようになっている。

 

 見れば実機にも搭載されている、対戦相手のステータスや戦況ログデータ等が表示されるショートウィンドウも表示されており、白煉の言の割にはなかなか本格的なものっぽい。

 だが、今重要なのはそこではなく。

 

 『いいですよ、そこです!』

 

 『ああっ! 諦めちゃダメです! まだチャンスはあります! 立って、立ってください!』

 

 画面上の情報表示ウィンドウの左端で必死になって対戦中のプレイヤーを応援している小さな女の子の存在である。

 肩で揃えられた金髪のショートカットに、全体的に赤を基調としたブカブカのキャディさんの服。背中にはファンシーなデザインの小さな一対のピンクの翼が生え、何故かゴルフクラブではなく無数の刀が収納されたゴルフバッグを重そうに抱える彼女は、見た目相応の舌っ足らずで幼い声を張り上げていたが、

 

 『ああっ~!!』

 

 その声援も空しくやがて画面には『YOU LOSE』の青い文字が表示され、悲痛な声を上げる。その様子を見ていた観客たちからも、残念そうに息を漏らす声があがっていき、

 

 「はーい、おしまいでーす。次の人に代わってくださーい」

 

 列の整理をしている女の子が現在のプレイヤーに交代を促す。どうやらプレイヤーは小さな女の子だったようで、残念そうにプレイ用のゴーグルを周りの三組の人たちの手を借りながら外していた。

 ……あの女の子自体に見覚えは無い。けれど気になったのは、あの声には覚えがあったからだ。

 

 「おい白煉。お前、ある伝手つってたよな。それって、まさか」

 

 『……紅椿の調整が、未だ難航しているんです。どうもそれが原因でこの頃気落ちしていたようなので、気分転換にでもなるかと思いまして』

 

 「さりげなくいい話っぽく持っていこうとしてんじゃねえよ。お前自分が嫌だからって妹人柱にしたのか」

 

 『人聞きの悪いことを言わないでください。箒様からも頼まれたことですし、紅焔一人に役割を背負わせたわけではありません。私も午前中の間は見世物の立場に甘んじました』

 

 自分で見世物って言ってんじゃねーか。

 白煉の開き直りっぷりに思わずそう突っ込もうとするも、

 

 「ごめんね」

 

 『ううん、いいんですよ。また遊んでくださいね』

 

 紅焔とプレイヤーの女の子との最後のやり取りを見て、出かけた声を引っ込めた。

 紅焔は目に涙こそ浮かべているが、申し訳なさそうにする女の子にブンブンと首を振りながら笑顔で対応している。それを見て、女の子の顔にも笑顔が戻る。

 

 「うんっ!」

 

 元気よく返事をしてタタタと駆け出していく女の子。それを親と思われる客の女性が慌てて追いかけていき、紅焔はそれを手を振りながら見送っていた。

 

 「……ま、あいつも楽しんではいるみたいだし、いいか」

 

 『やはり私の判断は間違っていなかったとわかったでしょう』

 

 「うるさいぞ。お前は反省しろ」

 

 このアーパーAIに無理矢理やらされてんなら助け舟でも出そうかと考えていたが、あの様子なら問題ないだろう。折角の祭りだ、楽しめているならそれに越したことはない。

 と、なると、この場はいいとして後は簪だが……

 

 『私の方で探しましょうか?』

 

 「……いや、一回戻ろう。もう結構いい時間だ。それに最初こそなんか反応薄めだったみたいだが……」

 

 「ねえ、あの人、やっぱり織斑君じゃない?」

 

 「もうこれだしな。今簪のとこ行っても迷惑かけそうだ」

 

 耳を澄ますとヒソヒソと話す声が聞こえてくる。

 服装なんかのお陰でいつもと大分容姿が違うのもあり、どうやら最初こそ鈴のとこみたいに外部からの応援要員か何かと思われていたようだが、午前中に一組に来てた客などからいよいよ正体がバレ始めたようだ。次第に包囲網が築かれつつあるのがわかる。

 ……客引きって目的はどうやら達成できたらしい。予想よりも反響が大きいのはまあ、俺としては嬉しくもあり少し困りものでもあるが。

 

 「取りあえずはお客様をご案内か。皆さん、一年一組、『@クルーズIS学園支店』をどうぞ宜しく!」

 

 「……! やっぱ織斑君だ!」

 

 「わぁー、なにアレウェイター!? ちょっとワイルドだけどそれもまたイイ……!」

 

 「つ、捕まえなさい! 折角だしウチのクラスで出張サービスして貰うわよ!」

 

 「いいや、こっちのクラスに……!」

 

 「させるかー!」

 

 均衡が崩れる。それを事前に予測していた俺は、人の波を掻い潜って一組まで一気に駆け出した。

 偵察もできた。どうも、今回のライバルはどこも強敵揃いらしい。ここは一つ、『負けない』ためにも俺もクラスに貢献しなきゃな。

 

 ――――そう、この時までは、祭りを楽しもうって気持ちだけしかなかった。

 だから。この楽しい時間の終わりがすぐそこまで迫っていたなんて、まだ俺には予期することすら、出来なかったんだ。

 ……一年前。俺とあいつから未来を奪った、不穏な闇を孕んだ足音を響かせながら、もうこの時にはそれは確かに近づいてきていたっていうのに。

 

 

~~~~~~side「簪」

 

 

 広大なアリーナを七つまで持つIS学園。

 ただ、やっぱり全体生徒数に対してはやっぱり数もスペースも足りないわけで、二年生以降になると人工島っていう地形を活かし、沖に出て行っての海での演習が許可されるようになる。

 といっても、一年生の私たちにはまだ関係の無い話。つまり私たちがISの訓練をしたければ必然的にアリーナの使用登録を事前に済ませなければいけないわけで、これがまた面倒くさい……尤も、他の人たちはそれとは別に訓練機の使用登録も並行して行わなければいけないことを考えれば、私は恵まれてる方なんだと考えるべきなんだろう。前者についても、この国の代表候補生の特典として倉持技研の設備が好きなときに使えるので、ある程度なら無視できるし。

 

 ……なんて、さっきからずっとそんな今更ここの生徒なら誰しも知っているようなことを改めて確認しているのかというと、それくらいしかもうここで出来ることがないからだ。

 

 状況を一言で言ってしまえば、第六アリーナに閉じ込められた。

 そう、先日あの二人目の戦女神の人が天井に大穴を明けたアリーナだ。復旧こそ進んでもう殆ど直ってはいるものの、大事をとって今回の学園祭のイベントを行う会場として唯一外されたアリーナで、表向きは生徒は立ち入り禁止になっている。

 そんな、本来なら学園祭中になんて立ち入ることなんて無いようなところになんでいるのかといえば、クラスメイトに呼びだされたから。

 

 元々仲がいいどころか、良く他のクラスメイトと絡んで嫌がらせみたいなことをしてくる子だったから、嫌な予感はしていたけど。

 まさか、入り口の隔壁のセキュリティが今日一日だけシステムの自動点検のために一時的に解除され、手動で操作できる状態になっているのを目ざとく見つけて、それを利用してこんな真似をしてくるとは。

 怒るとかもうそういう以前に、よくもここまでするものだと却って感心してしまう。今思えば、あの三年生の出し物の設備を壊したのも嫌がらせの一端だったんだろうか。

 

 ……本当に、良くわからない。最初のうちは、代表候補生だから、なんて理由でクラス代表に祭り上げられて勝手に期待していたようだけど、私のハンデが聞いていた以上に重いことを知って勝手に失望して、挙句の果てに見下しの対象にして。

 こっちは、そんなのはもうとっくの昔に慣れてるけど、煩わしいものは煩わしい。

 今回の学園祭のことだって、本当はこんな特別興味もないことなのにわざわざ恋ちゃんやモンティさんの手を借りて、やることはやったんだからいい加減、放っておいてほしい。

 

 私には、ここでやらなきゃならないことがある。

 追いかけて捕まえなきゃいけない人がいる。

 だから――――私のことをきちんと見てくれる人はまだしも、勝手な色眼鏡で見て見当違いの蔑視や同情を向けてくる人たちになんかに、使える時間なんてない。

 

 ――――そうだ。今の立場のせいでこんな目に遭わされるのなら、いっそ今回の学園祭が終わったらクラス代表も辞退してしまおう。

 

 誰も文句は無いはずだ。最初私に身勝手に期待していた人たちは、もうあのクラスにはいないのだし。

 けど、そんな心配しなくてもそうなるかな。何せここのセキュリティが停止しているのは今日一日、日が終わって動き出せば復活したそれに私は引っかかって、立ち入り禁止を言い渡されていた場所に侵入したことで罰則が下る。普通の生徒ならまだしも、私は代表候補生だ。その私がこんなくだらないことで罰則を受けたとなれば、必然的にクラス代表としての責任感を問われることになる。

 こうなった経緯をきちんと正直に説明すれば、酌量くらいはされるかもしれないけど……もうそんなことも煩わしい。あの子達は当然知らぬ存ぜぬで通すだろうし、どちらかを疑わなければならない事態になれば一時期深夜の徘徊をやっていた経歴のある私が不利なほうに傾くのはわかりきっているからだ。別に疑われるくらいならなんでもないけれど、過去のことを徒に穿り返されるのは私にとってはこれ以上ないくらいの苦痛だ。そうなれば、きっと冷静じゃいられなくなる。

 

 だから、もういい。下手すれば退学……とまではいかなくても停学くらいにはなるかもしれないし、そうなったら所長にはまず怒られるし、仲良くしてくれてる人たちには心配かけちゃうかもしれないけど。でもきっと私自身は、今より身軽になるだろう。

 

 ――――でも、お姉さんたちや兄さんのことを話すかんざしさんは、楽しそうでしたよ。

 

 「っ……!」

 

 なのに、何故かこの間ふと恋ちゃんに言われた言葉を思い出して、少し胸の疼きを感じる。

 わかってる。私だって、本当は――――ううん、いいんだ。仕方が無い。悪いのは全部どうしようもないくらい弱かった私で、この体も結果もそれに対する罰。

 あの人か、あの日、いなくなってしまった皆か。誰が許してくれるのかなんて、もうわからないけれど。せめてその時がくるまでは、こんな身勝手な弱音なんて、抱くことすら許されない。

 

 いつも、近くにいてくれるわけじゃないけれど。でも、こんな私でも、受け入れてくれる人たちがいる。今の私には、それで十分だ。

 

 「…………」

 

 そんなことを、考えたからだろうか。

 今まで自分以外の人間が存在しない、暗く広いアリーナに一人でいても何も感じなかったのに、いきなり寂しくなって、誰かに会いたくなって。

 暗い闇夜の中、いなくなった大事な人たちを探し回って。それでもどんなに探しても見つからなくて、唯一の心の支えの思い出の中にしかいない人たちを忘れるのが怖くて怖くて、皆の絵を描いては見つめ返していたあの頃みたいに彷徨う。

 

 ――――なんで、誰もいないの?

 

 そうしているうちにいつしか、そんなこの場では当たり前のことすら、受け入れられなくなる。

 暗い場所に、一人。何もかもが壊れた、あの日と同じ。なら、今もし外に出たらまた、あの時、みたいに……

 

 「……!」

 

 思い出した瞬間、殆ど反射的に指に収まっている自身のパートナーに助けを求めていた。

 実はISは待機状態でも、ごく一部の抑えられた特殊能力なら発現させることが出来る。このことが現状あまり知られていないのは、基本的に武装に完全に依存した力だと無理なことや、ISそのものとの適応率がかなり高い水準で一定量を満たしていなければならないなど、色々と条件が厳しく、ISの最大数の都合で専用機持ちが少ない事情もあってのことなのだが、ISのコアネットワークから情報を引き出す『識武』の使用訓練の際に得た副産物として、私は打鉄弐式の搭乗を始めてからかなり早い段階で、この所長が作ってくれた眼鏡型のデバイス通すことでこれを発現できるようになった。

 

 とはいえ、流石にISの力を用いても制御が難しい『紫』は無理で、使えるのは劣化した『和泉』と『藤』だけ。

 打鉄弐式に尋ねられ、迷わず『藤』を発動。同時にその場から一歩も動かないまま、私の『視界だけ』が飛翔するかの如く移動を始める。

 

 『藤』。IS同士で常に行われている情報のネットワークに自身の『視覚情報』を乗せて飛ばすことで、ハイパーセンサーをもってしても捉えなれないような遠距離や遮蔽物に覆われ見通すことが出来ない場所を覗くことができる『識武』搭載機能の一つ。

 その性質上、使用中は自身の視覚が封じられ殆ど無防備になるという大きな欠点があるため、基本的に常に相手が見えており特に視点を飛ばすような状況に迫られることは稀なISバトルにおいては使い道に乏しい機能だけど、逆に『こうやって』使う分には、特に何かを『探す』際には三つの機能の中でもとびきりの利便性を持つ。

 

 今回探すのは、『今の』私を受け入れてくれる人。

 一枚、二枚と、次から次へと生身であれば阻まれる壁を突きぬけ、漂い、彷徨いながら、やっと見つける。

 その人は、何故か沢山の学園生徒に追われて、それでも楽しそうに笑いながら廊下を走っていた。

 

 ――――織斑、くん。

 

 私の声のことを知って尚、なんでもないように話しかけてきて。

 彼のそんな態度が信じられなくて、つい後ろ向きな気持ちをぶつけてしまった私に、前向きな気持ちで応えてくれた人。

 

 ……何処かちょっと、昔のあの人を思わせるような、私みたいな性格の人間にはちょっと眩しい男の子。

 恋ちゃんはよく話のなかで彼は物分りが良くないって溢すけど、それはきっと彼女にとって大事なもののことを、彼には誰よりもわかっていて欲しいって気持ちの裏返しなんだって、最初に話したときからわかって。

 そんな少し生意気なおませさんが夢中な彼を、気づけば目で追うようになったのは、いつからだっただろう。なんでかは自分でもわからないけれど、彼が笑っているとそれだけで私も嬉しくなる。

 

 ほら、今だって……彼が楽しそうにしているだけで、さっきまで潰れそうになっていた心が、こんなにも楽に、なって――――

 

 「……!」

 

 これで、もう大丈夫。ここから出ても、私が今いる世界は変わらない。

 今、この瞬間までは。何にも疑わずにそう信じることが出来たのに。

 

 すぐ直後。走り去る織斑君を見送って、『藤』の発動を切ろうとしたその時に、私は『見つけて』しまった。

 

 ――――鮮血の色に似た、真っ赤な光を湛える瞳。優しい家族、暖かい日常、穏やかな日々。私にとって何より大事で守りたかったものをあっという間に食い散らしていった、『くろいおばけ』の姿を。

 

 「……………ぁ」

 

 出来たことは、必死に逃げるように『藤』を落とすことだけ。

 あの日の悪夢の再来の前に、私は、わたし、は

 

 どうして強くなろうとしたのかも

 なにに立ち向かおうとしたのかも

 誰を守ろうとしたのかも

 

 全部、ぜんぶ、忘れて。ただ、

 

 「――――ぇ! ――――ぁ!」

 

 こんな。出来損ないの体で、叫ぶことすら出来ず。

 あの時とは全然状況が違うのに、その場から動くことすら出来ないまま、足元が崩れていくような感覚に、飲み込まれていくことしか出来な、かった。

 

 「……ああァ? ……-ルの野郎、ここから入りゃ誰もいねぇつってたのによ。ンだよこのメスガキは……ったく。『また』厄介事のニオイしかしやがんねぇなぁ」

 

 そんな。

 誰もいないはずのこの場所で、誰かの声を聞きながら。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 「さて……ここか」

 

 面倒なことだ。まさか、建物の二階。それだけならまだしも、一メートルにも満たない厚さの壁の中に地下へ『直通』の入り口があるなど、この場所の『本質』を理解していなければ思いつくことすらあるまい。ここに至る前に標的とすれ違ったようだが……生憎私の役割はこちらだ。これ以上の仕事をこなす義務もない。

 

 それに確信はないが『現層』から一瞬見られていたような気配を感じた。恐らくはコアネットワークとイメージインターフェイスをを応用した変則的なセンサーサーチ……流石はIS教育機関の総本山といったところか、随分と特異な能力を保有したISと搭乗者がいるようだ。先のことを考えれば『界隔』の向こう側を覗くことが出来る力というのはそれだけで私たちの脅威足りえる、できるものなら始末しておきたいが……性質上『これ』のことを知っている人間はここでも恐らくそう多くはないし、知っていたところで直接的な介入ができる人間は非常に限られる。そのためだけに現層にシフトさせる程の優先性はない、向こうから介入してこない限り今回は放置でいいだろう。

 

 『来訪者、確認。キーリソースの提示を要求します』

 

 ふん……流石に厳重だな。これの構築者があの女ならどうせ鍵は形のあるものでは無い筈だ。成程、こんなものを置いているなら織斑千冬があんな仕事に収まりながらここを離れない理由もわかろうというもの。だが……

 

 「今回ばかりは失策だったな、天災。君自身がかつて好き勝手に撒き散らした血識によって、君は足元を掬われるということだ」

 

 『……承認。オーダーを受領します。『篠ノ之束』様』

 

 ここまでは薄気味悪い程に順調。後は、こちらが上手くいくかになる。尤もこればかりは、ドクトルを信じるしかないのだが。

 

 「限定要項七条を執行する。『世界を捲り返せ』」

 

 『受領……パスワードの入力が必要な要項です』

 

 「『人は須らく、翼を捥がれて生まれてくる』」

 

 『………………………入力を確認。第七要項の執行を承認します。発動条件を指定してください』

 

 「……驚いたな」

 

 あの少年……話に聞いたとおりなら、ただの簒奪者に過ぎない筈なのだが。端から信じていたわけではないが、嘘なのだとしたらそれこそ彼は何者なんだ?

 ……まぁ、いい。彼が何であるにせよ、これで私は何の滞りもなく勤めを果たせるわけだ。現状、他に必要な事実などない。

 

 ならば、もうここに用もない……行くか。なんてことはない、いつもの殺しを果たしに。

 

 




アンテ面白すぎませんかね(浮気)

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