IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第九十三話~祭りの幕開けと禁忌への誘い~

 

 

 「し、しんどい……」

 

 「ううーん織斑君、くたびれてるところも決まってるー!! その調子で私たちにもサービスして欲しいナー!!」

 

 「うるさい黙れ。軽食急げよ、もう三人待たせてる」

 

 「お、お帰り、なさい、ませ、ご、ごごご……」

 

 「……セシリア、固い固い。カプチーノ淹れたからこれ飲んでゆっくりしててくれ」

 

 「お、織斑君! おおお、織斑先生がきたー!!」

 

 「ラスボスくんの早すぎだろ、つーかあのクソ姉顧問の癖に客みたいに綽々で寛ぎやがって……! おい、キッチン代われ! コーヒーだけでも俺がやる!」

 

 学祭当日。シャルロットプロデュースの一組のコスプレ喫茶は想定以上の大盛況を見せ、初日である今日から俺は他の出し物を見る間もなく押し寄せてくる客への対応に忙殺されていた。とてもじゃないが、メイド服で働くクラスメイトを見て楽しむ間すらありはしない。

 

 「しかし、この人数分のメイド服なんて良くあの予算で確保出来たな」

 

 「ん、服の出所は実はラウラなんだよね。メイド喫茶をやろうって言ったのも、元はというとこの子の提案でさ。皆の分はそれをちょっとコーディネートするだけでよかったんだ。けど、一夏の服だけはどうしようもなくて困ってたら、更識会長があのお店紹介してくれて話まで通して貰っちゃってさ。それで、この前借りにいったんだ……なんか一緒に僕の服まで用意してくれたみたいだけど」

 

 「あーメイドの方がよかったのはもうわかったから拗ねんなって、後で着替えてこいよ……えっと、ラウラが? なんでメイド服なんてこんなに……」

 

 「……クラリッサは知っているな? この前の日本での任務を終えて帰国の折に、あの阿呆、あの服を『この国では非常に優れた戦闘服として認識されているとこの前読んだ資料に記載されていたので、我が軍でも運用できないか検討を』などと抜かして自費で大量に仕入れてきてな。処分に困り……」

 

 「……ごめん。今それどころじゃなかったな。聞かなかったことにしてくれ」

 

 「……賢明だ」

 

 そんな中、漸く先程まで小さな体で転がるように店内を駆け回っていたラウラと、髪を後ろで束ねた執事服姿でフロアとキッチン両方で幅広く対応に当たっていたシャルロットと小休止を取る機会に恵まれ、その中で俺が知らないうちで行われていたことと知り、果てはラウラの部隊の闇の側面に足を突っ込みかけたりもしたが、そんな事情もどうでも良くなるくらい、午前中は今までずっと一組に缶詰だった。

 

 「しかし……ここまでやっても二組もこっちに負けないくらい盛況なんてな」

 

 「うう……織斑君とでゅっちーの二人がかりでもこれって……こんなの絶対おかしいよ」

 

 「癒子、偵察どうだったの?」

 

 「いた……なんか凄いかっこいい人いた! しかも二人!!」

 

 「マジ?!」

 

 「マジマジ! 赤い長い髪の人と、背高くて筋肉凄い人!」

 

 「わ、私も偵察に……」

 

 「逃げるなー! 忙しいんだから手伝えー!」

 

 「赤髪と……筋肉質な背の高い男……」

 

 そんな中、スパイとして送り込んだ、谷本さんが持ち帰ったどうも覚えのある特徴を持った二人の情報を聞いて思わずテーブルに突っ伏す……鈴のヤロウ、やりやがった。つーか、招待枠を客引きに使うのってありなのかよ。それに生徒一人につき招待できんの一人じゃなかったか。

 

 「やっぱ、篠ノ之さんに戻って来てもらったほうが良くない?!」

 

 「でも剣道部の方にとられちゃってんじゃん、少なくとも三時以降じゃないと……」

 

 と、あまりこっちがショックを受けてる場合じゃないらしい。クラスの皆も、この予想外の事態に浮き足立ち始めている。

 それを感じ取った俺は、すぐさま立ち直ると手を叩いて皆を鼓舞した。

 

 「大丈夫大丈夫! 向こうは材料いいの使ってて飯は美味いみたいだけど、その分他節電して皆私服で接客してんだろ。間違いなくキャッチーさじゃこっちが上だ。今だって負けてるわけじゃないんだ、衣装のことが上手く校内に広まってくれれば、後半は十分巻き返せる」

 

 「そうそう。それに向こうの二人っていうのがどんな人かは知らないけど、僕たちが総動員してコーディネートした一夏より格好いい筈ないしね」

 

 「うむ……! 私の自慢の弟がそうそす負けることなど在り得ない。余計な心配だ」

 

 シャルロットとラウラも援護に回ってくれる。

 ……けどそんな手放しで褒められると流石に恥ずかしいんだが。

 

 「う、うん……そうだね!」

 

 「……けど、いいの? 三人とも、今日朝からずっと詰めっぱなしじゃん」

 

 こうして士気上昇にはなんとか成功し、個々にまた仕事に移りだす皆。しかしそんな中、帰ってきたばかりの谷本さんが気遣わしげに、コーヒーに取り掛かり始めた俺たちに向けて声を掛けてきた。

 

 「平気だよ。たまにはこういうのも楽しいしね」

 

 「教官のしごきに比べればこの程度ぬるいものだ……この衣装は未だに慣れないが。スカートは苦手だ……」

 

 「おいラウラ、千冬姉行ったばっかなんだから気をつけろ。あの地獄耳下手すると聞きつけて戻ってくるぞ……ま、そういう訳だよ谷本さん。普段激務に晒されてる専用機持ちの地力を舐めて貰っちゃ困るぜ」

 

 「あはは、そりゃ頼もしいなぁ。うん、じゃあ私たちの命運は君たちに託した! まだちょっと休憩時間余ってるから差し入れ持ってくるよ」

 

 「助かる……動きながらだし軽くて摘めるモンがいいな」

 

 「たこ焼きとか?」

 

 「わ、私はりんご飴が……」

 

 「あれラウラにはでかくないか? 口ベトベトするぞ。服汚すと不味いし他のに……」

 

 「……いや、谷本さん、お願い。おっきかったら僕がラウラと半分こするから」

 

 「あんま家の姉を甘やかしてくれんなよ、シャル。最近図太くなってきたって千冬姉から愚痴られてる」

 

 「?! い、いや、私はただ……!」

 

 「いいんだよラウラ、頑張ってるんだもん、ご褒美ご褒美。もう、一夏ったら女の子に向けて図太いなんて……」

 

 ……いや、そういう意味じゃないし、そもそも俺が言った訳じゃ。

 しかし気がつけば、周囲は冷ややかな視線だらけですっかり反論できる空気ではなくなっていた。はいはい、俺が悪いんですね。

 

 「ほらラウラ、こんなトウヘンボクな弟君なんてほっといてお仕事! 谷本さんが戻ってきたらちょっと休憩にしよう」

 

 「……うん」

 

 けど、まあいいか。俺の知らぬ間に一悶着あったらしい二人だが、なんだかんだで結果的にはいい方向に向かったみたいだし。ちょっと寂しくもあるが、まあ心配事が減るのは歓迎すべき事柄だろう。

 さて、俺も仕事仕事。鬼も去ったことだし、改めてフロアに注文を取りに繰り出すと……

 

 「……誰が地獄耳だと?」

 

 「ウギャー!!」

 

 「ほ、本当に来たぁぁ?!」

 

 キッチンから出たところで、突如正面から襲ってきたアイアンクローに為す術なく吊り上げられる俺。

 ……く、くそ。余計なこと、言うんじゃ、なかった……

 徐々に狭まっていく視界の中、鬼の突然の帰還にパニックを起こすラウラの声を遠くに聞きながら、俺は遅すぎる後悔に駆られながらそのまま沈んでいった。

 

 

 

 

 「アハハハハ!!」

 

 「ぶっ……!!」

 

 千冬姉の逆襲から数時間後。

 本当は今日はずっと詰めてるつもりだったが、折角のギャルソンだしそのカッコで外で宣伝してきてと言われ外に放り出された。

 もしかしたら気を遣われたのかもしれない。なら無駄にも出来まいと、変なのに捕まらない範囲で折角の祭りを楽しもうとブラつく決意をした、のだが。

 よりにもよって休憩時間が被ったらしい、今最も出会いたくない奴らに、一番最初に出くわしてしまった。そいつらは俺の装いを見るなり、憚ることなく笑いだしやがった。

 

 「うく、うくくく! な、なにそれウェイター? ホスト? 何、アンタのトコって客を脅して注文とるワケ? 新しいわね~」

 

 「ハハハ! うっわ、ホントにこんなチャラいカッコで給仕してんのか。よく客逃げねえよな、こんなのに睨まれたら俺ならそっこーで身の危険を感じて店を出てくね」

 

 その上好き勝手にコメントを一々残してくださる鈴と弾。うるせー似合ってないのは百も承知だっつーの。

 流石にこいつら相手に言われっぱなしは性に合わないので、ふて腐れながらこっちも反撃することにする。

 

 「お前らこそ、いいご身分だな? こちとら宣伝で行く当てもなく一人寂しく歩いてるってのに、そっちは自分の出し物そっちのけで二人仲良くペアルックで学祭デートとは」

 

 そう、どうやらどこも考えることは同じらしく、二人も宣伝なのか中華風の風体だった。

 鈴の方は大胆なスリットの入ったチャイナドレスで、色っぽさこそ頑張りましょうといった体だが逆にそういういやらしさがないのが一周回って健康的な生気に満ちてる鈴の味を高めている感じだ。実際このどこを見渡しても器量よしが揃ってるこの場にいて尚存在感を放っており、男女問わず注目を集めているのがわかる。

 弾はあちらの拳法家といった体のゆったりとした衣装で、こいつの長身とがっしりした体格には悔しいが似合っておりいかにもって感じだ。俺があれを着たら多分タッパが足りなくてネタっぽくなる。こっちもなかなか好評なようでIS学園生来賓問わず幾人もの女の子たちが遠目から弾の方をチラチラ見てはキャーキャー言ってるのが見える……この野郎中身は残念なノータリンバイクゴリラの分際で生意気な。

 

 「べ、別にそんなんじゃないし! 色々手伝って貰ったお礼に、学園を案内してるだけ!」

 

 「……そ、そうだ。下種な勘ぐりはやめろよな」

 

 ぶっちゃけ殆ど茶化しの入った皮肉だったのだが、この返しで大いに慌てだす鈴。

 ……一方弾はあまりの鈴の強い否定の語調にちょっとダメージ入った様子だった。悪い、悪気はなかったんだ。後でなんか奢りな。

 

 「そうだそれだよ。鈴、テメー卑怯だぞ。何外から助っ人なんて呼んでんだよ。弾はともかく里見さんまで巻き込みやがって」

 

 「アンタんとこも似たようなもんじゃん。ちょっと覗いたけど、あんな高そうな服元々の予算で調達できるわけないしさ。どうせ、セシリアあたりのツテで用意して貰ったんでしょ?」

 

 くっ、それを言われると反論できない……まあ、流石にツテがラウラってのは予想できなかったみたいだが、態々言うようなことでもないか。それに内装や道具については正直かなりセシリアに色々工面して貰ってる事情がないわけでもない。

 

 「けど、ま……出遅れた割には頑張ってるんじゃない? アンタのクラス。正直ここまで食い下がられるなんて思ってなかったし。宣伝、効果出るといいわね」

 

 「……随分余裕じゃねーかよ」

 

 「べっつにー。そりゃ、やる以上は勝つけどさ。けどそういうの以前に、ここまできたら本気でぶつかってきて欲しいだけよ。一夏にも、一組の奴らにも」

 

 「お前……」

 

 「その、さ……さっきは結構笑っちゃったけどさ。なんだかんだで、良く見てみたら、さ」

 

 珍しい素直な鈴の言葉に戸惑う間もない。鈴はそのまま俺の前に向かい合ってつま先から頭の天辺までこちらを改めて眺め回した後、

 

 「今のアンタ……ちょっとカッコいいよ」

 

 ほんの少しだけ、頬を赤らめながらそんなことを言うと、

 

 「ほ、ほら、弾! そろそろ第二アリーナのライブ始まっちゃうわよ! いこ!」

 

 言うだけ行って勢い良く振り返り、すたこらと逃げていった……ふむ。

 

 「まあ……あいつにお墨付き貰えたんなら効果はあるかね」

 

 「……あいつ、そういう意味で言ってねーと思うぜ」

 

 「じゃなきゃなんだよ?」

 

 「……知るかよ!」

 

 その場に残された弾も、どういう訳か妙に不機嫌になってさっさと鈴を追いかけていき、当初一方的に絡んできた悪友二人は来たとき同様唐突に俺の前から去っていった。

 

 ……まさか、な。

 

 そんな二人を見送りながら、今までずっと考えないようにしてきた一つのことがふと頭を過ぎったが、すぐに考えを打ち切った。

 仮に、そうだとして。今の俺には、まだ答えなんて出せそうにないから。

 

 

 

 

 「むっ……」

 

 「げっ……」

 

 らしくもなくボンヤリと歩いていたのがいけなかったのか、またも出来れば会いたくなかった奴とエンカウントしてしまった。

 そいつは最初こそ俺のことを認識できず一瞬そのまますれ違いそうになったが、すぐに振り返って目を見開くとズンズンと足音を立てながらこちらに近寄ってきて、

 

 「な、な……なんだそのだらしない格好は!」

 

 「え、え……? 何、篠ノ之さん、この人知り合い?」

 

 開口一番ダメだししてきやがった。一方先程までそいつ……箒と一緒に楽しそうに歩いていた鷹月さんが、俺のほうを見ながら箒の陰に隠れる。

 ……そんなに怖いかな、この格好。一組で客引きしてたときはそこそこ好評だったんだけど。

 

 「何を寝ぼけている鷹月! 服装こそ乱れに乱れてはいるが、この気配を持つ者など一人しかいないだろう」

 

 「わ、私にそういうフィーリング的なのを求められてもなぁ。えーと……あ! ひょっとして……織斑君?! わー凄い、ホント見違えたね」

 

 なんて少しこちらが落ち込んでいる間に、何やら好き勝手言い始める剣道部二人組。

 それに対し改めて抗議しようとして、

 

 「……!」

 

 間抜けなことにその時になって二人もいつもとは違う風体なのに気がついた。二人とも、赤を素地にそれぞれ花の柄のついた着物纏っていたのだ。意匠自体は清楚で大人っぽい雰囲気のある鷹月さんと、スラリとしていてクールな印象のある箒には少し子供っぽいものの、それが逆に二人の普段と違う顔を引き立ててるようで、少し戸惑う。

 特に箒には不意をつかれた。こいつの着物姿なんて見慣れてるつもりでいたが、そういや六年近く会ってなかったんだな、と今更改めて認識せざるを得なくなる。

 

 「篠ノ之さん、可愛いでしょ?」

 

 「た、鷹月! いきなりなにを……」

 

 「……まあ、馬子にも衣装って感じだな」

 

 が、その隙を不覚にも鷹月さんに見透かされ付け込まれる。なにやら慌てだす箒を余所にとっさに取り繕うが、

 

 「む」

 

 「ふふ、大丈夫だって篠ノ之さん。織斑君照れてるんだよ」

 

 肝心の鷹月さんの方には効かなかった。いかんな、今まで意識してなかったが意外とこの娘強敵かもしれん。いずれにしても、ずっとこの話題はこちらに有利な要素がない。

 

 「二人はそんな格好で何をしてるんだ?」

 

 「あ、逃げた。ま、いっか。はい、織斑君にもあげるね」

 

 「……これは?」

 

 よって話を変えようとした俺に鷹月さんが手渡してきたのは、折り紙で作られた風車だった。

 

 「今回の学園祭の廊下の飾りつけ。私たち剣道部が担当だったんだけど、ちょっと装飾用の紙が余っちゃってね。どうしようかって話になった時に、じゃあこれを作って当日入場者さんたちに配ろうってことになったの」

 

 「それなら俺に渡しちまっていいのか?」

 

 「いいの。だって、影の功労者は織斑君だから」

 

 「……? 俺、そっちのことに関して関わった記憶ないんだけど」

 

 「それはね……実は折り紙にしよう、って提案したのは私だけど、この風車にしようって提案してくれたのは篠ノ之さんなの……その時に聞いたんだけどこれって、織斑君が昔一番最初に篠ノ之さんに教えてくれた折り紙なんだって?」

 

 「あ……」

 

 ……そういや、そんなこともあったなぁと思い返す。確か束さんがいつものように前触れもなく何処かに出かけていって、数日の間戻らなかった時だ。いつものように道場に遊びにきたら家で妙に寂しそうにしている箒を見かけて、自分でも何を思ったのか今でもわからないが、たまたま手元にあった色紙と重さんが出してくれたジュースのストローを使って丁度こんな感じのを作って箒にあげた。

 すると喜ぶどころか何故か対抗心を出されて、執拗に作り方を聞かれたので教えたのだが……

 

 「驚いた。あれっきりのことなんて、よく今まで覚えてたな、箒」

 

 「……ふん。私にとっては、あれっきりの出来事ではなかったというだけだ」

 

 そこまで思い出して、つい口をついて出た俺の言葉に、何故か箒はブスッとしながら踵を返して去っていく。

 

 「もうっ! 織斑君ってば何にもわかってない!」

 

 「……?」

 

 そしてどういうわけか更に鷹月さんの顰蹙まで買った。いや、確かに何もわかってないのはこっちなんだが。

 

 「ああもう、頼りないなぁ……その様子じゃ、気づいてないでしょ? 最近、篠ノ之さんが何か思い詰めてる感じなの」

 

 「いや……それについては知ってるし、原因についても心当たりはある、けど……」

 

 「……ふーん、そっか。やっぱ、なんだかんだで幼馴染なんだね。いや、でもそれが逆にいけないのかな……」

 

 「……?」

 

 頭に?マークを浮かべるこちらを余所に、癖なのか額に指を当てて考えだす鷹月さん。まあ、箒の心配をしてくれてるみたいなのはわかるしそれは有難いのだが。

 

 「……まあ、織斑君には話してるってことなら、やっぱり今はあなたを信頼するのが一番いいのかな。織斑君、篠ノ之さんのこと、ちゃんと気にしてあげてね」

 

 「わかってるって。鷹月さんも箒のこと宜しくな。あいつ、なんだかんだで鷹月さんと相部屋になってから、楽しそうだからさ。部活のこと、あいつと一緒に話しつけてくれたの、感謝してるよ」

 

 「大したことはしてないよ。剣道、私も興味あったし。けど私でも役に立ててるなら、嬉しいかな」

 

 ……ったく、なんと健気な台詞だろう。箒と部屋が別れることになったときは正直不安に思いもしたものだが、結局千冬姉の采配は間違ってなかったということか。

 不満はない。寧ろ、感謝してしかるべきだろう。しかし、その事実にほんの一握りの悔しさを何故か感じた俺は、去り際にそれを表に出すべく言葉を探し、

 

 「……でも、あいつを泣かせたら、許さないからな」

 

 「え……あなたが言うんだ、それ」

 

 何か、色々間違えた。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 和気藹々と列になって進む人ごみの中を歩く。

 どうやら近くであの最近着任した非常識な新任の教師が近くのアリーナで射撃のデモンストレーションをしているようで、それがなかなか好評ゆえの混雑具合らしく、人の多さに思わず顔を顰めそうになる。

 

 ……別に、怒ってるわけではない。こんな、逃げ出すようなことをする理由なんて、本当はなかった。

 そうだ……あれは、少なくとも一夏にとっては別に特別なことでもなんでもなかった。立ち上がれなくなった誰か、今にも泣きそうな誰かのために手を差し伸べるのは、本来のあいつにとっては何も疑うようなことではないのだ。

 

 私自身、あいつのそういうところが気に入っている。だからこれは、一夏のではなく、私の問題。

 

 「全く……いつから、こんな心の狭い人間になってしまったのだろうな……」

 

 「おやおや。そんな可愛らしい格好で、お年寄りみたいなことを言うのね」

 

 「……!」

 

 そんなことを考えながら歩いていた私を現実に引き戻したのは、階段の踊り場に差し掛かった時だった。

 周りから人がひけたのをいいことに、誰も聞いていないだろうと呟いた独り言に返事を返され、羞恥から少し苛立ちながら顔を上げると、階段の手すりに腕を組みながら身を預ける、見知った上級生がいた。

 

 「参っちゃうのよねー……時期が時期だしさ、学祭を言い訳にされたらそりゃーそれ以上深入りできないじゃない? ……ホント、今の今までよくもまあ逃げ回ってくれたわね」

 

 「……別に、逃げてたわけじゃありません。本当に用件があっただけです……それで? わざわざ一夏を懐柔してまで何故私に関わろうとしてくるのです?」

 

 というのも何度か、仮配属という形でいつしか生徒会に所属していた一夏に、ISのことで相談できる相手がいるということで紹介されたのが彼女だったからだ。

 無論、その話自体に興味が無かったといえば嘘になるが……どうにも、初対面の時から言いようのしれない雰囲気を纏うこの上級生からは何か嫌なものを感じて、それ以来打診こそあったものの丁度学園祭や部活動があることを口実になるべく会うことを避けるようになっていた。

 尤も、私が彼女に頼りたくない最大の理由は、別にあるのだが……

 

 「またまたぁ~、そんなこと言って。本来なら、私に話があるのはあなたのほうじゃないの? 篠ノ之さん。なにせあの『試合』、まあ他にも色々といざこざは絡んでたんだけど……私としては、あなたに『見せる』のが一番の目的だったのよ?」

 

 「……!」

 

 ……ああ、その通りだ。この間のあの試合を見たとき、私は確信した。

 彼女の力の運用法は、私のISの単一仕様能力のそれと似通っている。彼女は恐らく、今私が求めている答えを持っている。しかし……

 

 「私に頼るのが、そんなにイヤ? それは何故かしらね……まさか、一夏君? 彼が『一人』で、自分の問題を乗り越えたから、あなたもそうしないと彼に示しがつかない……そんなところかしら」

 

 「っ……!」

 

 私は何も喋っていないのに、まるで心の中を見透かすような言葉を叩きつけられ、思わず目の前の相手……更識生徒会長を睨み付ける。

 しかし相手は特に堪える様子もなく、寧ろその感情が見透かせない目をいっそう細めて言葉を続けた。

 

 「あなたみたいな子、知ってるわ。だから私個人の感情としては、その意思を尊重してあげたいところではあるけど……生徒会長の立場としては、『制御出来ない危険物』を持て余してる子をいつまでも放置しておくわけにもいかないの。その辺り、わかってくれるかしら」

 

 「……私のISは、そんなものではありません!」

 

 「そうね。あなたの手の内にある限りでは、その通りよ。けど、ここから先もそうである保障はどこにもない。最低限、あなたがそれをちゃんと使いこなせるくらいにならないことには」

 

 「それは……」

 

 「ちゃんとしたところに渡るぶんにはまだいいわ。けど知ってるでしょ、あなたたちを狙ってる、わるーい人たちのこと……間違っても、彼等の手にそのISが渡るような事態は避けなきゃならない。確かに先生方は必死にあなた達を守るでしょう。けど……私は、それでも不十分だと思う。多分、偉い人たちや先生方ですら内心そう思ってはいるでしょうね。この間の倉持技研での緊急措置がその証拠。前の福音の事件に巻き込まれたあなたのお友達も、それぞれ祖国に戻った時に同じ措置を受けてるのよ、知ってた?」

 

 「…………」

 

 反論の余地はない。そもそもあの福音のことでさえ、私たちの手で収められたのは奇跡のようなもので、下手を打てばあの場にいた全員が死んでいてもおかしくなかった。当時の力すら失った今の私に、またあの時と同じようなことが起こったとして、一体なにが出来るというのか。

 

 「……けれど、あなたの場合それだけじゃ足りなかった。いいえ、そもそも根本的な解決にすらならなかった。だから、私がもう一手間加えてあげる。これで全部解決、ってなるほど甘くはないけど、これから試行錯誤に当たる上での何かしらの材料にはなるはずよ」

 

 「っ……!」

 

 言葉と共に、丁度拳に収まるくらいの小さな二つ折りのケースを私に向かって投げてくる生徒会長。的確に私の顔面を捉えていたそれをとっさに掴み取り、

 

 「どうぞ? あなたにあげたものよ。別に遠慮せずに開けちゃって」

 

 促されるまま、少しの逡巡の後にケースを開けた。

 

 「こ、これは……」

 

 中に入っていたものは二つ。小指と同じくらいの大きさのアンプルと、丁度その中身を収められるくらいのサイズの、小さな注射器。

 

 「……あなたのISのデータは見させてもらったけど正直滅茶苦茶でね、IS学園の整備課でもちょっとお手上げ。で、ISの方をいじれないってなると……必然的に、『搭乗者』の方をいじるしかないってわけ」

 

 ケースの中身を見て呆然とする私を前に、生徒会長は特に何も気負った様子もなく、無邪気な子供のようにその場でピョンピョンと軽く飛び跳ねながら当然のような口調で説明を続ける。

 

 「IS適正調整用の、脳波制御剤のアンプルよ。試す気になったら、その前に一回私に声をかけて。元の薬がちょっとアレなヤツでね、分量間違えると危ないの。ま、一応適量についてはケースの蓋についてるメモにかいてあるけどね」

 

 「あ、あなたは……」

 

 「あー……不安? 一応、臨床は済んでるから量さえ間違えなけば大丈夫だよ……まあ、被検者は一人だけなんだけどさ。そこは信用して貰わないと――――」

 

 「そういうことを言っているんじゃない! ……これは、こんなことは明らかに不正行為ではないか! このようなものを使って、適正を操作、するなど……!」

 

 「そうよー、だから?」

 

 「……!」

 

 唐突に、生徒会長が先程から無意味に続けていた連続ジャンプをやめる。

 表情は先程の邂逅時から変わらない、恐らく誰が見ても悪い感情は抱かないであろう人好きのする屈託のない笑顔のままで、その話している内容とのあまりの乖離に思わず薄ら寒さを覚える。

 ……直感は正しかった。やはり、この女は何処か危険だ。どういうわけか一夏は今生徒会に所属しているようだが、こいつから遠ざける意味でも今度折を見て抜けるよう諭すべきか。

 

 「話、聞いてた? 私、別にあなたの成績が悪いから特別講習してあげるとか、そういう親切心で言ってあげてるわけじゃないのよ? ただ、あなたが今のままだと必然的に私を含む誰かに迷惑が掛かる。それを避けるために、今のうちに行動を起こしてるに過ぎないわけ……まあ要するに自分のためよ。だから正しいとか正しくないとか別に興味ないし、あなたが方法に対してどう思うかなんてもっとどうでもいいのよね。でも流石に可哀想だとは思うから、せめて自分で『選ばせて』あげてるのよ?」

 

 そのあまりに無責任な言い草に、思わず手にしたケースを持った手に力が入る。

 同時に一瞬、このままこれを廊下に叩きつけて、何も聞かなかったことにしてこの場から立ち去りたい衝動にも駆られるが、

 

 「けど……利害自体はあなたと一致すると思うんだけどな。仮にあなたに危険が迫った時……あなた自身がそれから身を守れたとしても、あなたの『周り』も同じようにいくかしら?」

 

 「っ……!」

 

 続く言葉に踏みとどまらざるを得なくなる。

 ここに来たばかりの頃なら違ったかもしれない。だが、今となってはその言葉を無視するには、私は少しばかり荷物を持ちすぎた。

 

 「篠ノ之さん、ちょっと、待って! ……もう、一人でずんずん行っちゃうんだから。って、え……?」

 

 「…………!」

 

 さらに、間が悪いことに。

 直後、その『荷物』に入っている一人が、私の後ろから駆け寄って来た。

 

 「こんにちは。鷹月静寐さん、だっけ。着物姿、可愛いねー。剣道部には準備の段階でも大分お世話になったけど、当日までこんなに頑張って貰っちゃって。生徒会としてもホント、頭が下がるわ。ありがとね」

 

 「え、いや……その。わ、私は別に、そんなに大した、ことは……」

 

 私が声をかける前に、まるで先程までの私との会話などなかったかのように、ニコニコと人の好い笑顔を浮かべながら鷹月に話しかける生徒会長。鷹月の方もそんな表情を向けられて悪い気はしないのか、照れたように頬を掻きながら会長に答える。

 

 「そんなことないって。この風車のアイデア、あなたと篠ノ之さんの、きっとどちらかが欠けてもこうして実現することはなかった筈よ。そしてこうして実現した案は、実際学園の皆やご来場者様に楽しんで貰えてる……そう、あなた達は『結果を出した』。胸を張るべきよ」

 

 「は、はいっ!!」

 

 「ふふ……二人には、これからも期待してるからね。じゃ、私は見回りの続きがあるからこれで。御勤め頑張ってね」

 

 生徒会長に認められて感無量といった様子の鷹月を余所に、生徒会長は私たちに改めて労いの言葉をかけると私とすれ違いながら雑踏の中に紛れ、あっという今に姿が見えなくなった。

 ……もう、用事は済んだとばかりに。

 

 「うわ~……ねえ篠ノ之さん、ひょっとして更識生徒会長と知り合いなの? あの人、私ちょっと憧れてるんだ。あんなに可愛い感じの人なのに凄く強くてやり手でさ。えへへ、褒められちゃった」

 

 隣で浮かれている鷹月の言葉が耳に入らない。それ程に、先程生徒会長がすれ違いざま私だけに聞こえるように言い残した言葉は私の頭に響き続け、思わず渡されたケースを強く握り締める。

 

 彼女は、確かにこう言ったのだ。

 

 ――――そう、頑張って『結果』をださないと。あなた、遠からずこの子を失うことになるよ?

 

 


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