~~~~~~side「シャルロット」
「……一応確認しとくけど。元々この話持ってきたのお前だったんだよな?」
「だ、だって! 一夏は執事服だって聞いてたし……」
「ふざけろ、プロじゃないんだコスプレとはいえあんなクッソ高そうなうえにガッチガチのフォーマルで給仕なんか出来るか。これだってホントはもっと色々変えたかったんだからな」
「あはは……そっかそこまで考えてなかったよ、ごめん。えっと……それってピアス?」
「それっぽく見えるイヤリングだと。本式なんてぜってーヤダよ、穴の開いた耳なんて千冬姉に見つかってみろ、耳を引き千切られるぞ……だいたいこういうシャレオツアイテムは肌にあわないんだよ、髪にワックスなんてつけんの今日が生まれて初めてだ」
「何事も経験だよ、一夏。初体験の感想はどう?」
「最悪。なんか頭がヌルヌルしてて気持ち悪い。二度とつけるかこんなの」
すっかり様変わりしてしまった一夏を前に色々な意味で舞い上がってしまった僕は、立て直すのに相当時間を要した。
そんな僕の反応を、当の本人はあまりいい意味で解釈しなかったらしく、どうせ俺にこんなんは似合ないですよーだ、とか言ってなんとか僕がいつもの調子に戻ったときには既に何て言い繕っても遅くてすっかりふて腐れてしまっていた……彼はもうちょっと自分に自信を持ってもいいのに。さっき自分が対応した子達が今もこちらをチラチラ気にしてるのがわからないんだろうか。
「でも一夏って織斑先生にそっくりってこと考えれば素材は凄くいいんだからさ、たまにはそうやってお洒落してみるのも悪くないんじゃない?」
「千冬姉に、か……」
「あ、あれ……僕なんか変なこと言ったかな?」
拗ねる一夏を見て何気なく言ったその一言で、彼はいっそうどんよりしてしまう。
改めて話を聞くと、織斑先生を見ているとすぐに血縁者だとわかってしまう自分の見た目で得をしたことはあまりなくて、かといって織斑先生を知らない小さな子達を中心にした人たちには寧ろ怖がられることが多かったみたいだ。
今となってはちょっと信じられない気持ちもあるけど、まあ、ちょっとはわかる、かな……一夏は笑うと一気に表情が柔らかくなるけど、そうじゃない時はその整ってはいる故に愛嬌の少ない顔の造りから憮然としたイメージが先行してしまい、内面を知っていないと普段は少し近寄りがたい雰囲気があるにはある。僕も向こうから話しかけてきてくれなかったら、関わりを持つのに少し尻込みしたと思う……尤も、その頃は役目があってここに来てたから、いつまでもそういうわけにもいかなかっただろうけれど。
「ってゆうか、素材の良さっていうんならシャルだってそうじゃんか。『シャルル』の時は想像すらしてなかったけど、女子の制服も似合ってて最初見たときは結構ビックリしたぞ、マジで双子の妹なんじゃないかと思ったくらいには……ま、中身は『シャルル』のまんまだったけどな。お前、一人称『僕』のままでいいんかよ?」
「いやー、昔は『私』だったんだけどね、ずっとこっちを使ってたら案外板についちゃってね……今から戻してもなんか、逆に取り繕ってるみたいで怪しいかなって思ったから、もう開き直っちゃおうかなって」
「まあシャル自身が気に入ってるなら好きにすればいいんじゃないか? ……はあ。ったく、どうすんだよこれ。俺、本番でもこんな格好で給仕しなきゃいけないのか? キッチン担当じゃ駄目か?」
「あはは……まあ、当日は僕もメイドさんで行く予定だから一緒に頑張ろう?」
そんな訳で今目の前で相変わらずギャルソン姿の一夏が、自分で淹れてきたコーヒーを飲みながらグチグチと今の状況に対する不満を零してる。この様子じゃ裏に行ってから相当いいように玩具にされたんだろう。片棒を担いだ身としておとなしく付き合ってあげよう……これはこれでまぁ、役得ではあるし。
そう考えながら改めて一夏を見る。最初は立ち振る舞いも優雅な立派なウェイターさんに見えたが、よくよく見ればタイが緩められ首周りが開いていたりシャツの腕が捲くられていたりとところどころに本人が言うような抵抗した後が見られる。後からみている分にはよかったけど、いざ対面して接客されるとちょっとラフな不良っぽい雰囲気のせいで緊張するかもしれないような風体だ。
けど彼の内面をある程度知っている今なら、それも何処か微笑ましいというか、彼らしいな、と思える。
「だから、さっきはビックリしちゃっただけだってば。カッコいいよ、その格好」
「む……」
あ、ちょっと照れた。あまり直球で褒められるのは慣れていないのかな。さっきの対応といい、結構器用になんでもこなしちゃうイメージあるから少し意外だ。
でも、いきなりそんな素直な反応を返されるとこっちも照れてしまう。そのまま話が止まってしまいそうだったので、慌てて一夏が僕の分まで淹れてきてくれたコーヒーカップに視線を落とす。
「そ、それに淹れてきてくれたコーヒーもおいしいし! 一夏は凄いね、本職のバリスタさんみたい」
「さ、流石に本職にゃ足元にも及ばないって……まぁ、ちょっと前まで割と淹れる機会はあったから少しは自信あるけどな」
「……あれ? 一夏ってどっちかっていうとお茶派って言ってなかったけ? セシリアから紅茶の淹れ方習ってるんでしょ?」
「別にコーヒーが嫌いって訳じゃないぞ、まぁお茶派であることは否定しないが……千冬姉が好きなんだ、あの面倒臭がりがたまに自分で豆買って挽くところから始めるくらいだから相当だぜ? お陰で俺も嫌でも覚えさせられる羽目になった、うっかり不味く淹れようモンなら露骨に不機嫌になるからな」
「へぇ、織斑先生が……一回挽いてるとこ見てみたいな、そっちは僕見たこと無くてさ」
「ああいいぜ、今度の休みにでも家来て見てみるか? 俺も一応多少は出来るし」
「本当?! うん、一夏が良ければ是非……でも、織斑先生は盲点だったなぁ。今からでも協力してくれないか頼んでみようかなぁ」
「ははっ、千冬姉がバリスタか。確かに面白そうだけど、アホかの一言で一蹴されるだろうなぁ。あの学祭絡みに対する関心のなさ見てりゃわかると思うけど祭り嫌いなんだよ、家の姉貴は。昔っから一匹狼気質なのもあるけど、下手に感覚鋭いせいでガヤガヤした環境が嫌みたいでな」
「確かに、煩いの嫌いだよね織斑先生。コソコソ話しててもすぐに気づかれるし」
「そんな姉貴のおかげでガキんときは遊びには不自由したぜ、なんせ連れてってくれるのなんて精々郊外の森や山にキャンプに行くくらいだったから。まあ束さんいる間は楽しかったけど、あの人もあの人で昔から世界中飛び回ってて近くにいない時間の方が長かったからな。ゲーセンとか映画館とかの存在知ったのも鈴達と知り合ってからだし……悪い。話逸れたけど、そういうことだから千冬姉を引き込むのは諦めた方がいいと思う」
「そっかぁ、残念」
確かに、先生は別件で忙しそうだからこっちのことで迷惑をかける訳にはいかないし、ノリノリでキッチンに立つ織斑先生というのもちょっと想像できない。最後の決め手としては会心といってもいいくらいの手だったけど、諦めるしかないか。まぁでも……
「別にそんなダメ押しを用意しなくても、これなら全然勝てちゃいそうだし」
「慢心は良くないぜシャル。少なくとも二組は足並み揃わなかった俺らよりも先んじて準備してたんだし、鈴のことだから何かしらとんでもない隠し玉仕組んでてもおかしくない……っと、それとな。言い出し難いんだが」
「ん~?」
「……流石にさっきからずっとそうやってじっと見つめられるとだな、なんというか……恥ずかしいというか」
「…………ふぁ?!」
今目の前に、今まで見たことのないような格好をして、照れてる一夏がいる。
その事実がそこはかとなく幸せで、つい彼を見つめながらぼーっとしている自分に指摘されて漸く気がつき、一気に顔が熱くなるのを感じる……全く何やってるんだろう、折角最初のミスからいい感じで立て直せたと思った矢先に。
「ご、ごめん!」
「……あーいいよいいよ。あれだろ、やっぱ変なんだろ笑えよ笑え」
「い、いや、だからそうじゃないって……あ、あー!! や、やめてやめて勿体無い!」
……色々紆余曲折はあったものの、これでようやく準備の方も最終段階に入った。
この彼を皆にも見せるのは、出来れば独り占めしたい身としてはちょっと複雑な気分だけど。けど今は、今ここにこうしていられるようにしてくれた人たちに報いるためにも、私情は抜き。
そんなことを考えながら、また勘違いして綺麗に纏められた髪をゴシゴシと掻き乱し始める一夏を慌てて止める。
学園祭は、もう既に一週間先にまで迫っていた。
~~~~~~side「???」
無心。
世に達人として習わされる者とそうでない者を別けるのは、偏にそれが会得出来るかそうでないかで決まるとされる。
最適解を常に考えながらことを為すのは間違いではないが、その道を志す人間が行うものではない。儂のように自らが器用な方ではないと自覚しているのであればなおさらだ。
故に、『考えない』。一つの理想的な『型』をまず模索し、それが決まったら、後は単純に動作を繰り返す。『動き』を頭にではなく、体に染み込ませるのだ。
「しかし……それもまた、上手くはいかぬものよ」
完成したその行いの『結果』をとくと眺めながら、思わず一人ごちる。
やはり、この度出来上がったのもただの鋼の塊。昔収集した古の偉人達のそれとは、並べることすらおこがましいような代物だ。
――――やはり、全て手放してしまったのは早まったかもしれん。
ふと、そんな考えが胸を過ぎる。預けた相手に間違いはないと信じてはいるものの、いざ手元に一つも残らないとなるとそれはそれで寂しいものだ。
「はて……あの刀の今の主達は、今頃どうしているのやら」
同時に思い出されるのは、かつての教え子達。
……どうにも、今日は良くない。こうまで邪念まみれでは、改心の作など見えるべくもないだろう。
よって、一度手を止め風に当たりがてら月でも見ようと、外に向かったまでは良かったのだが……どうも、不謹慎のつけが回ってきたらしい。表に出た自分を待ち構えていたのは、思わずらしくもなくそんな後悔をしたくなるには十分すぎる相手だった。
「やれやれ……ようやく見つけましたよ。まさかこの私が、親友を探す程度のことに都市伝説のようなものに頼る羽目になるとは思ってもみませんでした」
そやつはいかにも疲れたといった風体で肩を竦ませながら、フラフラとこちらに歩み寄ってくる。それを見て、儂は自分でも自分がどのような表情をしているのかわからないうちに、火掻き棒を手繰り寄せて構えていた。
「寄るな。衰えは自覚しているがな、それでもこれでお前の首を落とすくらいは訳はないぞ」
「やれやれ、久しぶりの再会だというのに、つれないですね」
「そう思うならその気色の悪い口調をやめんか。誰の真似だ、それは」
「口調……? ああ、そう、口調か」
指摘を受け、そやつは最初心底不思議そうな顔をして、その後すぐにさも可笑しそうに笑い始めた。
「ははっ、あはははっ!! 悪い悪い、最近また仕事を始めてな、どうも使い勝手がいいんで老師に習って最近はずっとこんな感じなんだよ。どうだ、中々嵌ってるだろう?」
「……呆れたものだ、あいも変わらず無礼極まりない男よ。轡木さんと違いお前のそれは、お前という人間の内面にある不穏さを醸し出しているだけだと気づかんのか」
「あ、そうなんだ……ま、それならそれでいいさ。交渉なんてもんは相手を怖がらせてナンボだ。なら今のトコ上手くことが運んでるのも、老師様サマサマってことか、感謝しないとなぁ……線香の一つでも供えときゃいいのか? いや、まだ生きてるんだったかな?」
「…………」
何が楽しいのか、その実に数年ぶりになる来客はくつくつと笑いながら陽気に話し続ける。
……この軽薄な態度にはもう慣れていたつもりだが、隠居生活が長かったのが祟ったのか、若しくは恩師を愚弄されているせいか、知らぬ間に苛立ちが募り始めていた。それを向こうも悟ったのか、こちらの様子を見てすぐに話を切り上げて両手を上げる。
「そんな顔をするなよ、リュウ……軽いジョークさ、あの人が今じゃIS学園の理事に納まってることは俺だって知ってる。ま、どうせあの人のことだから表向きは用務員にでも化けて好き勝手やってるんだろうけどな」
「相変わらず、お前の冗談は笑えぬな。それにお前にそのように気安く呼ばれる覚えはないが、神城。もう儂の前に姿を見せるなと言っておった筈だが」
「まだそんなこと言ってるのか……そっちこそ、相変わらず頭が固いんだな。折角、こんな山奥に一人で篭ったままじゃじゃさぞ寂しいだろうと思って態々足を運んでやったってのに。お前、ここの近くの集落でなんて呼ばれてるか知ってるか? 霧深い朝の渓谷に砂鉄を採りにどこからともなく現れては気づけば消えうせる霧天狗だとさ……そんな怪人の正体がお前って知った時は笑わせてもらったよ」
「余計な世話だ……大体元を辿れば誰のせいだと思っておるのか」
「証人保護プログラムのことか? そりゃあ、お前の娘だろう? 俺はあくまであの子が作ったものを売り込んだだけだよ、逆恨みされても困るな」
「言った筈だ、そのことで今更誰かを恨んではおらん。それに、どういうわけかあれは数年前に失効した。ここに居を構えておるのはあくまで儂自身の意思よ」
「そいつは良かった……けどまあ、俺自身正直ここまで大事になっちまうと思ってなくてな。お前まで巻き込んじまったことに関しては責任感じてるんだぜ? だから侘びがてら、こういうものを土産に持ってきてやったんだ」
「……?」
話しながら、神城は懐からなにやら紙切れを取り出しこちらに投げて寄越してきた。
風に乗って流れてきた葉書ほどの大きさのそれを受け取って確認すると、どうも何かの催しものの招待券のようだった。
「一週間先だ。そいつに書いてある住所の学校で、学園祭をやるらしい。その招待券だよ……わかるだろ? 箒ちゃんが通ってる学校さ」
「……!」
「もう長いこと会ってないんだろ? 会いに行ってやったらどうだ。あそこは警備が厳しいからな、こんな機会でもなきゃそうそう入れないぜ? ……うーん、けどお前なら忍び込むくらいは出来るかもしれないが」
「……何を企んでおる?」
「人聞きが悪いな、言ったろ? 俺に出来るせめてもの侘びだよ、侘び。胡散臭いってんなら、さっさとその竃の中にでも放り込んじまっても構わない。そいつをどう使うかは、お前の自由だ」
渡すものを渡して、用件も済んだのか。神城はそのままあっさりと振り返ると、手を振りながら去っていこうとする。
奴とは既に袂を別った、引き留める理由もない。だがこうして会った以上、確かめておかなくてはならないことがある。
「神城。お前、これから何をするつもりだ?」
「……何、ただ親父に戻りたいだけだよ。今更だがな」
「親父……だと?」
それは額面どおりに捉えるなら、あの子や儂が十二年前に望んだ言葉の筈だった。
尤も、確かに奴の言うとおり今となっては遅すぎ。
「……一夏のことは?」
「……?」
さらに続けた儂の問いに対する、心底不思議そうな神城の表情から、何一つ十二年前から状況は好転していないことを、改めて悟らされるものでしか、なかったと知った。
「……さっさと去るがよい。もうこれ以上、お前の顔など見とうない」
「おいおい、意味のわからんこと聞いといて一人でキレてんなよ、十二年前じゃあるまいに。お互い、あん時よりは落ち着いただろ?」
「まこと、心底失望させてくれる男よ。未だお前がそれでは、千春もさぞ嘆いておることだろう」
「……あまり寝ぼけた口を利くなよ、柳韻。あいつはもうどこにもいない。笑うことも泣くことも、会えることもない……勝手な奴だよ。誰よりも幸せにしてやるって誓ったのに、それを果たす前にいなくなっちまうんだからさ」
「……だから、一夏を許せんと言うのか?」
「だから、誰だよそれは。そんな名前に覚えはないな」
「お前……!」
「おっと……怖い怖い。わかった、もう行くよ。正直、ここは空気が澄みすぎててさっきから月の明かりが眩しくてね……そこにお前までいるとなると、どうもダメだ。嫌でも少し、良くないことを思い出す」
いきり立つこちらを受け流すように両手を上げながら、目を逸らし空を見上げる神城。
「…………」
その目は、ほんの少しだけ。
出会って程なくして、互いに友と思っていた頃の奴のものを思わせ、思わず言葉を失う。
それをどうとったのかは知らないが、神城は再び視線を落として儂に向かって微笑みかけると、
「ま、そういうことだ。そうじゃなくてもこんな辺鄙なとこに住んでんだ、もういい歳なんだし、『その髪』も酷いもんじゃないか。体には気をつけろよ。じゃあな、リュウ」
好き勝手にそういい残すと、踵を返して来たとき同様飄々と去っていった。
「……全く、人を年寄り扱いしおって。大体歳はお前と同じだというに」
嘯きながら、手元に残された紙片に改めて視線を落とす。
……箒の通っている学校、か。あの子は真摯だったが、反面頭が固く中々他人に気を許さないところがあった。重に生き写しの束と違い儂に似てしまったが故の気質なだけに、それを正せぬどころか、碌に親らしいことの一つも出来ぬままこんなことになってしまい心配していたのは事実だ。だが……
「……なればこそ。今更、どの面を下げてあの子に会えという」
結局は、そこに行きつく。少し迷いかけた自分を諌めるように首を振ると、儂は竃の中に手にしたそれを放り込んだ。
――――だが、些か長らく神城と話こみすぎたらしい。すっかり種火が鎮火した竃の中からは、いつまで経っても奴の持ってきた招待状とやらは、消えることはなく。
先程出来上がった出来損ないの剣は月の光を浴びて輝き、その光でまるでここから歩き出せない儂を責立てるように、照らし出していた。