IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第九十一話~パジャマ探しとコスプレ喫茶?~

 

 

~~~~~~side「シャルロット」

 

 

 きっかけそのものは、どういう訳か鈴達が更識さんと戦うことになった前日の夜だった。

 

 「…………え~っと。これは、どういうことなの、かな?」

 

 もう時間も四時くらいをまわった深夜。妙な寝苦しさに目を醒ました僕は、直ぐに自身の首にまわされた、白磁のように白い腕に思わず悲鳴をあげそうになるのを何とか堪え、覚悟を決めて振り返ったところ。

 

 「…………くぅ」

 

 そこにはどういう訳か、とても同い年とは思えないくらいあどけない表情で安らかに眠っている、同居人の姿があった。それも、裸で。

 

 「ちょ……ラウラ?! わ、悪ふざけならよしてよ。僕、怒るよ?」

 

 「…………」

 

 最初は彼女なりの悪戯かと思い声を掛けてみるが、参った、本当に寝てる……っていうかこの子、なんで裸なんだろう。そういえば、この子と同居になってからずっと、おやすみを言って電気を消してから何か仕切りの向こうで布摺れのような音が聞こえてきてたような気がしたけど、そっか、あれは服を脱いでる音だったんだなー。

 しかしこの子、本当に綺麗な肌してる、ちょっと羨ましい。それになんか、女の子同士なのに思わずクラッとくるようないい香りがして……って、今はそうじゃなくて!

 

 「もう、起きて、よ……?!」

 

 「んぅ……」

 

 「ひゃあぁぁぁ! んっ……ちょ、ちょっと、どこ、触って……! あっ、くあっ――――!」

 

 寝ていることがわかってからは、今度は揺り起こそうとするも肩を掴もうとした途端に気がつけばマウントを取られていた。それだけで済めばいいんだけど、何か攻撃されたと勘違いしたのか、すやすや眠ったままその体勢でこちらの首の間接を極めてくる。ああ、段々視界が狭まって…

 

 

 ――――い、いけない。このままじゃ安眠どころか永眠してしまう。こうなったら、仕方ないけど……!

 

 イギリスで再会した父さんに、別れ際に『あれ』と一緒に渡された、護身用のスタンガン……正直IS学園にいる限りは使うことはないだろうと思っていたそれを意識がある内に引き抜き、心の中でラウラに謝りながら首筋に押し当てる。

 効果は覿面、ラウラの腕から力が抜け事なきを得たと思いきや。

 

 ――――コキッ

 

 「……………!!!」

 

 いくら力が抜けたとはいえ、ほぼ完璧に首の間接を極められてたのが不味かった。力が抜けて崩れていくラウラの体重につられる形で僕の首は妙な方向に曲がり。

 

 ――――まさか、そんな、ことって……

 

 自らの迂闊さを呪いながら、否応なく僕はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 「――――さて。なぜこのような真似をしたのか説明して貰おうか」

 

 「あうぅぅぅ……」

 

 そして翌朝。

 初めてあった時のような、酷く冷たい表情のラウラに、気絶していた僕は叩き起こされるのと同時に、この小さな体からはとても想像できないような力でネグリジェ姿のまま寮の廊下まで引き摺り出され。僕のスタンガンを証拠の品とばかりに突きつけられなんで自分の寝込みを襲うような真似をしたのかと追求された。

 

 ……そんなの、僕の方が聞きたい。うう、しかもあのまま寝違えたみたいで首が正面を向かない。こんな恥ずかしいところ、クラスの皆に見せられない、今日休みでよかった……ホントにもう、悲しいやら痛いやらで涙が出てくる。

 

 と、この理不尽な状況に内心愚痴を吐きながら、気がついたら君の方が僕のベッドに潜り込んできた、そのうえ起こそうとしたら首を絞められたんだと必死に弁解を試みる。

 

 「私が……? 記憶にない。適当な嘘は為にならんぞ」

 

 「嘘じゃないよ! 最後に何処で自分が目を醒ましたかよく思い出してよ!」

 

 「む……そういえば、確かに自分のベッドではなかったが、しかし……」

 

 「……昨日も、結局夜遅くまで帰ってこなかったよね? 織斑先生の訓練で疲れてて、間違えちゃったんじゃない?」

 

 この娘は、ここ最近織斑先生が放課後に、主に実技の成績が振るわない生徒相手に特別に実施しているカリキュラムに本人の希望で特別に参加させて貰っているらしい。

 

 僕は直接参加したことはないから伝聞になってしまうのだが、これがどうにも相当ハードで初めて受けた娘が次の日からほぼ昏倒に近い状態で数日寝込んでしまうこともザラというレベルのものらしく。それでも一度でも受けた人は今までほぼ確実に成果が出ているということで、成績不良者でなくとも主に体育会系の娘からの受講希望がひっきりなしで、そんな講座の参加枠の抽選に漸く当たったと嬉しそうにしているのを、寮で相部屋になることが決まった日に見ている。

 

 後で知ったことだけど、本当は彼女のような成績優秀者は対象にならないものなのだが、どうやら彼女はここに移籍してきてからずっとこのカリキュラムの受講希望を出し続けていたようで、基本やる気のある生徒に対する助力は惜しまない方針の織斑先生が最終的に折れる形での一時特別参加許可が出たという経緯があったようだ。初めて会ったときからの印象は大分変わったけど、織斑先生に対する彼女の執着と熱意だけは相変わらずだった。

 

 けど、IS適性や身体能力が他の娘とは段違いのラウラ相手に、通常のカリキュラムでは不十分だと判断した織斑先生は、律儀にも彼女用のそれを特別に組んだようで。その結果、ラウラはここ最近日付が変わる頃になってクタクタになって帰ってくるのが普通になっていて……同居人として色々……主に一夏のこととか、話たいことがあった身としては、少し寂しい思いをしたりした。

 

 確か昨日もその例に漏れず、日付が変わっても帰ってこない同居人を待つのに疲れて、先に眠ってしまったんだった……今思えば、やっぱり多少無理をしてでも待っていれば良かったと思うけど。

 その辺りのことを推測しながら指摘していくと、ラウラ本人も心当たりがあるのか次第にバツの悪そうな表情になっていく。よし、なんとかこの場は切り抜けられそう。

 

 「うーん……言われてみれば、そうかも、しれない……事実だとすれば、済まないことをした……」

 

 「ううん、わかってくれればいいよ。こっちも切羽詰ってたとはいえ、あんまり良くないことをしちゃったのは事実だしね。ごめん、ね」

 

 一時はどうなることかと思ったけど。やっとこうしてお互いに頭を下げ、万事解決――――

 

 「って、ダメだよ! 問題まだ残ってるよ!」

 

 「……?!」

 

 してない。これから一緒の空間で過ごしていく上で大事なことが未解決のままだ。思わず声をあげてしまった僕にビクッと肩を震わせて反応、先程までの勢いが嘘みたいに後ずさるラウラにそのまま指を突きつけて食って掛かる。

 

 「君、なんで寝るとき服着ないのさ?!」

 

 「ふえっ……き、着ないものでは、ないのか……?」

 

 「着るの! 今はまだしも、これから段々寒くなっていくんだから……そうじゃなくても訓練で疲れきってるんだし、風邪引いちゃうよ。僕とこれから同居していく以上、悪習は正していって貰うからね!」

 

 「う、うう……! だ、だが私には寝巻きなどないのだぞ! 服などここの制服とドイツの軍服しかない。『せいそう』を着たまま寝るのはいけないのだ、アイロンをかけられない服に皺をつけるなと弟に叱られるからな!」

 

 ……ただ服を着ればいいだけのことを、どうしてここまで拒むんだろう。それもこんな偉そうにして。後まぁ察しはつくけど弟って誰さ……うーん、ちょっと腹が立ってきたぞ。こっちは心配して言ってるのに。別に、一夏を引き合いに出されたからとかじゃないけど。

 

 「じゃあ買おう。どんなのがいい? パジャマ? 僕が今着てるみたいのでいいなら用意できるよ、サイズはちょっと合わないかもだけど」

 

 「寝袋があれば良い。そもそも休眠のために態々別の服を用意するなど効率が――――」

 

 「君にとって必要かどうかはどうでもいいんだ。あくまで僕が必要って判断したことが大事なんだ。わかるよね?」

 

 「う……ちょ、ちょっと怖いぞ。お前」

 

 失礼だな。こんなに出来る限り最高の笑顔を浮かべてるっていうのにさ。

 

 「とにかく! 服はこっちで用意するから着て貰うよ。ちゃんとした君用のを買うまでは、ちょっとおっきいけど僕の予備の方を使って。大丈夫、この件は君の大事な弟さんにも話を通して許可を貰うから」

 

 「く……いいだろう。どうせ許可など出まい、弟は私の味方だからな!」

 

 「うぉ~い、旦那。そろそろ約束の時間やで~。はよしてーな」

 

 「……?」

 

 話が纏まったようでいて、結局先程までのような剣呑さはないもののまた対立するような形になってしまったところで、褐色肌のラフにIS学園制服を着た娘が不意に声をかけてくる。ラウラはそれに対して何か複雑そうな表情をしながら、彼女の方に振り返る。

 

 「……わかっている、今行く。あの話、本当に果たされるのだろうな?」

 

 「おー。受けてくれんならこないだの葛餅、箱で送ったる。この前沖縄から送ってもろうた黒蜜がまた、ええ塩梅でな。前より美味いで」

 

 「うむ……うむ。それは楽しみだ」

 

 と、思ったらなにやらヒソヒソ話を始めて、一気にパアッと顔を輝かせた……ちょっと可愛いけど、なんか良からぬ陰謀の匂いがする。思わず呼び止める。

 

 「ちょっと待って。どこ行くの?」

 

 「? ……ああ、ルームメイトの。取り込み中んとこ悪いけど、ちょっとこの子借りてくで。今日の生徒会長との試合、代わりに出て貰うよって」

 

 「そういうことだ。先程の話はまた後にな」

 

 ……! そうか、あんなことあってうっかり忘れてたけど、『例の試合』、今日だった。あれについては皆には悪いとは思うけど、僕も必要なことだと思うからお手柔らかに、ってお願いするのが精一杯だった。

 しかし、現状一年じゃ最高戦力のこの娘まで引っ張り出すとは……まぁそれも多分、『あの人』の計算の内のような気もするけど。

 

 「……そっか。うん、頑張ってね」

 

 「ん? アンタは見にいかんの? 生徒会長の戦ってるトコなんぞ、そうは見れんで? 今代のは如何せん強すぎてここ最近挑戦者なぞめっきりおらんかったって話やし」

 

 「うん……残念だけど、遠慮しとくよ。内容は記録されるから後からでも見れるし」

 

 まぁ、確かに出来れば現役国家代表の、しかも変則ルールの試合。仮にもISに関わる人間としては見ておきたいところだけど、それ以上にこんな首が四十五度曲がったまま動かせないなんて、とても恥ずかしくて他の人に見せられない。僕は涙を飲んで去っていく二人を見送り、湿布を貰うために保健室に向かい……既に結果が決まっている戦いの結末を、そこで待っていた。

 

 

 

 

 そんなことがあった日から、一週間ほど経って。

 

 「ラウラが悪い」

 

 「一夏ならそう言ってくれると思ってたよ」

 

 「なん……だと……?!」

 

 ラウラの妙な自信から、ちょっと不安はあったものの。いざ一夏にその日のことを切り出してみたら、僕はあっさりと勝利できたのでした。

 

 「悪いなシャルロット、家の姉が迷惑かけて。話はわかったけど俺だとそっちのことには疎いから、出来たらお前の方で適当に見繕ってくれないか。かかった費用は俺の方で立て替えるから」

 

 しかも、なんか怖いくらいこっちにとって都合のいい展開が向こうからやってきてくれた……剥れて涙目になっているラウラの頭をナデナデしながらの発言なのはちょっとアレだけど。これじゃ僕がいじめてるみたいじゃないか……ふーんだ、いいもんね。そっちがそうなら僕だって遠慮してあげない。

 

 「そういうわけにはいかないよ。君のお姉ちゃんのことである以上、君にもしっかり責任を持って貰わないと……そもそも今日、見に行く予定だったから声かけたんだ。一緒に来てくれるよね?」

 

 「いや……でも寝巻きとはいえ女の子の服のことなんて俺にはわかんないし……」

 

 「ラウラもさ、折角選ぶんだったら一夏が似合うって言ってくれるのがいいでしょ?」

 

 「…………」

 

 渋る一夏に対し、明後日の方向にちょっと変化球を投げ込んで追い込みをかける。

 それは結果的に功を奏して、一夏の影に隠れながらも一回小さく頷いたラウラを見て一夏が青褪めていくのがわかる……よし、退路は絶った。ここまですれば彼の性格上……

 

 「……わかったよ」

 

 やった。

 心の中でガッツポーズをとりながら、計画が上手くいきそうなことを一頻り喜び。

 どうせだしほんのちょっとだけ、今日は役得に預からせて貰おうかな、なんて邪なことを考えながら、僕は二人を連れ出した。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 「えーと……場所は、ここであってたよな?」

 

 「うん? そうだけど……どうしたの一夏? 早く入ろうよ」

 

 「あ、ああ……」

 

 一年の代表候補生軍団が更識先輩一人にのされてから、一週間程。

 裏でどういうやりとりがあったのかはわからないが、あの生徒会室での『賭け』はいつの間にかうやむやになり、問題を起こした四組以外は特に予算を減らされることもなく、当初の予定通りにやらせて貰える運びになったようだ。

 それ自体は、両手をあげて喜ぶべきことなのだが……残念ながら、『もうひとつ』の方はなかったことにはならなかった。ただ更識先輩曰く、

 

 『あー、そんな心配そうにしなくても大丈夫だって。一応約束だし名簿上は入って貰うけど、多分当分はこっちの仕事振ったりすることはないから。今のところは暇だったら生徒会室にちょろっと顔出してくれるくらいでおっけー、君が色々忙しいのはこっちも把握してるし。まだ先になるだろうけど、招集の時は本音ちゃんを通して伝えるね』

 

 ――――ってことなんで、今のところは生徒会役員という俺の肩書きが増えたことは大して負担にはなっていない。寧ろ生徒会は更識先輩や虚さんを始めとした、頭が良くて教えるのが上手い先輩揃いで、IS絡みのことで面白い話が聞けたり、今やっている訓練の方針のことで相談できる相手が増えたりと俺個人としては益になってる部分の方が大きかったりする。まぁ、更識先輩には毎度からかられたりもするが。

 

 だから自分たちの都合で勝手に掛け金にしてしまったことに対する後ろめたさのためか、ここ最近あまり話しかけてこなかった鈴やセシリアにはそう言って安心させようとしたのだが、鈴には手懐けられんの早過ぎんでしょ、と却って怒られた。まぁそれ以降は普通に話してくれるようになったので、そうしたのは多分間違いではなかったと思う。

 

 ……そんなこんなで勉強やら訓練やらで過ごす内、自分のクラスの学祭の出し物のことを、蚊帳の外だったのもありすっかり忘れていた俺は、今日はシャルロットに前に箒が言ってたラウラと揉めてた件の話を聞かされ、そいつは家の愚姉が迷惑を掛けたと埋め合わせを提案したところ、その『問題』を解決するための買い物に暫定保護者として同席を求められたので応じたのだが……

 

 「や、やはりこんな非効率的な衣服など私には不要だ! IS学園に戻る!」

 

 肝心のラウラが、散策中に俺達の一瞬の隙を突いて逃げ出してしまい、あえなくお開きになった……つっても、これにはシャルロットにも非がある。いくらなんでも初っ端からファンシー系んとこ連れて行くことはないだろ。あまりにも場違いだ、出来るんだったら俺だって逃げ出したかった。そりゃ、いくらラウラがそれっぽい体格とはいえ、一応俺らと同年代なのである。

 

 「え~……似合うと思うんだけどなぁ。まぁいいや、サイズは測れたし。あ、どうせだから僕のも買っちゃお。ねぇ一夏、ワンちゃんとネコちゃん、どっちの方が僕に似合うかな?」

 

 「……お前これ着んの? マジで?」

 

 「可愛いでしょ? ……本音ちゃん、だっけ? あの子が着てたパジャマ前に見た時から、僕もああいうの欲しいなってずっと思ってたんだよね……わぁ、肉球がプニプニしてる。ほらほら、一夏も触ってみなよ!」

 

 しかしシャルロットはそんなトラブルもどこ吹く風、さっさと目的のものを手に入れてご満悦だった……正直ちょっと驚いた、こいつ変に肩肘張ってなければ鈴とかとは違う意味で結構マイペースな奴だったんだな。でも流石に俺らの歳でそれはちょっと恥ずかしくないかシャルロット……と思ったものの。

 まぁ被害を直接被るのは俺じゃないし、彼女が俺の身内への好意でやってくれていることには違いないので無碍にも出来ない。それに確かにのほほんさんの、本人はなんか狐と主張していたがどう見ても某電気ネズミのアレは版権的に少し危ない気がしたものの似合っていたし。何より本当に嬉しそうなシャルロットを見たら強くは止められなかった。悪いなラウラ、でもお前が自分で止めないからいけないんだぞ。

 そうして買い物も終わり、ことも済んだと思われた辺りで、

 

 「あっ……ごめん一夏、忘れてた! ちょっと、急で悪いけどついでに一箇所付き合ってくれないかな?」

 

 急に学園祭関連のことで手伝って欲しいことがある、と切り出され。今まで意図的に切り離されていたとはいえ学園祭のことを、すっかり任せきりにしていたことにバツの悪さを感じた俺はそれを一つ返事で了承した結果、彼女に連れられるままこの場所に来て、今に至る。

 

 「コスプレ、喫茶か……」

 

 取りに行かなきゃならない荷物がある、とあらかじめ聞かされて向かったその場所は、『@クルーズ』という店名の下にそう書かれており。

 俺は既にこの時何となく、何もまだ説明されていないのに、これからウチのクラスが何をやるつもりなのか、合点がいった……そして、何か無性に嫌な予感もした。

 

 

 

 

 元々既に話は通っていたらしく、シャルロットがメイド服の店員さんに一言声を掛けただけで、相手は俺とシャルロットを交互に見た後ニンマリと、何処か含みのある笑みを浮かべると席に案内され、コーヒーと軽食をサービスしてくれた上で、準備があるからということで少し待たされることになった。

 

 「~~~~♪」

 

 デザートも待ってる間好きなのを頼んでいいと言われ、隣に座りメニューを覗き込むシャルロットのご機嫌もすこぶる良い……俺としては、逆にここまで至れり尽くせりだと何か裏があるのでは、と嫌でも勘ぐりたくなってきた。それにこの最早生地を食うのかクリームを食うのかわからないようなモンばっかのラインナップは本当に何とかならないのか。知ってる人は知ってるだろうけど、生クリームって実質脂の塊みたいなモンなんだぞ。こんな腹の足しにもならないようでカロリーの塊みたいなのを普段から食いまくってる癖に体重がどうこうだの男以上に気にする、女の子って生き物の不可解さよ。

 

 「一夏は何にする?」

 

 「俺はコーヒーのおかわりだけでいいや。シャルルが好きなの頼め……!」

 

 内心げんなりしながらそんなことを考えていたせいか、思わず『また』やってしまった。しまった、と思い顔を上げた頃には既に時遅く、先程までの上機嫌っぷりは何処へやら、こちらを全く威圧感のない頬を膨らませた表情で睨むシャルロットの姿があった。

 

 「もうっ! 一夏だって人のこと言えないじゃないか!! この前だってなんとか誤魔化せたからいいけどさ……」

 

 「……悪い」

 

 周りにIS学園関連の人間はいないとはいえ、こいつは全面的に俺が悪い。頭を掻きながら素直にそう謝り、

 

 「その件なんだけどさ……まぁ俺が気をつければいいだけの話なんだけど、こんなことでお前の心配の種を増やしたくないし、これから渾名で呼ばせて貰うのって、ダメか?」

 

 前にやらかしちまった時から考えていたことを提案する。シャルロットはそれに対して不思議そうに首を傾げ、

 

 「渾名? ……どんな?」

 

 「その……シャル、とか」

 

 「…………」

 

 尋ねてきたのでこれもまた予め考えていたのを返す……が、流石に安直過ぎたのか、シャルロットはそれを聞いていきなり俯いてしまった。

 

 「え~と……やっぱダメ?」

 

 「……え! ……ん、いいよ。好きに呼んで」

 

 いや、ダメって訳じゃないらしい。ならなんなんだろうこの反応。気になったのでもうちょっと探りを入れる。が、

 

 「あ、ああ……でも、嫌なら嫌って言えよ? お前、そうじゃなくてもそういうの表に出さずに我慢しちまう奴なのは知ってんだからな」

 

 「あ、いや、違うんだ。本当、嫌、とかじゃなくて……」

 

 それが薮蛇だったのは、直後に俯いたシャルロットの、真っ赤になった顔を見た時点で気がついた。が、時既に遅く。

 

 「一夏だけが、呼んでくれる僕の名前って、さ。そう考えたら、ちょっと嬉しくて」

 

 ――――っ……! な、なんつー健気な台詞を吐きよるかこいつは。そういうのは思っても口に出すなという。

 

 そんな心の声が露骨に顔に出たのか、今になって向こうも自分の言ったことに気がついたようで盛大に慌て始める。

 そうしてちょっとお互い気まずくなり始めたところで、準備が出来たと知らせるメイド服の店員さんがやってきてくれたのは正直その時は助かったと思ったものの。

 

 「……ごめ~ん。お邪魔だった?」

 

 「あんな可愛くていい子捕まえるなんて、真面目な顔してやるねー。大事にしてやんなよ」

 

 「い、いや。あいつとは別にそういうんじゃないんで」

 

 どうやらこの流れを何処からか出歯亀されていたようで、その後連れて行かれた先で数人掛りでからかわれることになるとは思いもしなかった。ええい、何処も彼処も女って奴は。まぁ、よりにもよって本人にちょっと呼び難い空気にされてしまったものの、あいつ本人は嫌じゃないみたいだし。これで何とか俺のポカであいつに迷惑かける要因は減らせそうだし良かったけどさ。

 

 

~~~~~~side「シャルロット」

 

 

 「……ああ、ビックリした」

 

 お店の人に連れて行かれる一夏を見送りながら思わず溜息を吐く。

 ……全く、もう。いくら不意打ちだったとはいえ、もっと自然に対応出来たら良かったのに。つい舞い上がって、さっきなんてことを言ってしまったんだろう、僕ったら。

 

 そこまで思い至ったところでもうその場から羞恥のあまり消えてしまいたいような気持ちになり、テーブルに額をぶつけて少しの間身悶えしていたが、

 

 ――――今日はとうとう、一夏に『アレ』を試して貰うことになるんだ。今からこんなんじゃ、いざ本人がここに戻ってきた時それこそ卒倒してしまいかねない。気を強く持たなくては。

 

 そう自分に言い聞かせてなんとか持ち直す。そして顔を上げて改めて目の前のチョコパフェの続きに取り掛かろうとしたら、

 

 「……ん?」

 

 鈴の音と共に、見覚えのある制服の女の子達が数人入店したことに気がつく。

 ここはIS学園行きの最寄り駅から近くにあるお店だし、IS学園生がくることは別段不思議じゃないけれど。

 

 「ちょっと……! いつまで付いてくるつもりよ、迷惑だって言ってるじゃん!!」

 

 「そうそう。折角のいいお店に、アンタみたいな根暗な子いたら雰囲気台無しだし。空気読んでよね」

 

 この一団は、空いている席を探しながら何やら揉めている様子なのと、なにより

 

 「……!」

 

 その中に見覚えのある子を見かけたので、つい意識が移る。

 悪いことに、見ている限りじゃ諍いの原因はどうやらあの子らしい。どうも最初に入ってきた三人を追ってきたようだけど、その三人に言いたい事を言えずに言葉に詰まっているような……いや、あれはそういうのとはちょっと違うような。

 相対する三人のIS学園生も、何処かそんな相手の事情をわかっているうえであの子をからかっているような気がする。なんか、ちょっと感じが悪い。それに……真ん中の子が露骨にあの子の目に留まらないように背後に隠してる、あの鞄はなんだろう?

 

 ……向こうの事情はよくわからないし、一方的に顔を知ってるだけで面識がある相手でもない。下手に首を突っ込むべきじゃないとも思うけど。でもこのままだと、ちょっと危ないかもしれない。

 

 『彼』ならこんな時、どうするだろう。そう自問したら、気がつけば席から立ち上がっていた。

 

 

 

 

 「……ところで。お探しの品はこれかな?」

 

 僕がそう尋ねるなり、例の眼鏡の子は目を丸くし、彼女に相対していた三人組の表情が固まった。その反応から、どうやら当たりを引けたようだと安堵する。

 

 ……三人組の真ん中の子の後ろに必死に回り込もうとする眼鏡の子と、巧みに立ち位置をずらしてそれを阻んでいるあの三人組を見れば、あの三人が眼鏡の子から何かを隠そうとしているのは明白だった。

 流石に鞄そのものだったら手に負えないが、三人は全員自分の荷物を一つずつ持っているので多分違うだろうと判断。改めて真ん中の子が眼鏡の子から隠そうとしている鞄を注視すると、鞄のファスナーからこれ見よがしにネコのアップリケが所々に施されているペンケースが飛び出しているのに気がついた。

 

 三人の注意は完全に眼鏡の子の方を向いていた。お陰でちょっと失礼と声を掛けつつすれ違いながらそれを抜き取るのは、そう難しいことじゃなかった。

 

 「そっか、良かったよ。違ってたら泥棒になっちゃうからね、ちょっと心配だったのさ。さ、目当てのものを取り戻したのなら早く行ったほうがいい。ここでお茶していくのはまぁ、君の自由だけれども――――」

 

 ペンケースを眼鏡の子に渡しながら振り返る。

 彼女に先程まで嫌がらせをしていた三人は、どの子も何処か神経質そうな雰囲気のする子だった。特に実行犯だった子は露骨に目の端を吊り上げている、やはりあっさり手打ちって訳にはいかなそうだ。だから、

 

 「君にはもっといい場所がある筈だよ。少なくとも、ここよりは」

 

 「…………」

 

 ヒステリーの流れ弾を被弾する前に、早急に避難すべきだと冗談めかして片目を閉じながら眼鏡の子に忠告する。

 向こうもどうやら意思疎通の出来ない自分がここにいても状況は好転しないことを悟ってくれたようで、少し迷ったようだが最後にはペコリと丁寧にお辞儀をしてお店から出て行った。

 さて……後はもう、折角のパフェが勿体無いし、一夏に申し訳ないしで気は乗らないけど。自分でやってしまったことの責任は取らなきゃね。

 

 「ちょっと――――!」

 

 「……お客様。大変申し上げ難いのですが、そこでお立ち止まりになられますと他のお客様のご迷惑になってしまいます。禁煙席に空きがございますので宜しければご案内致しますが」

 

 そうして三人組に詰め寄られそうになった、丁度その瞬間。

 狙い済ましたかのようなタイミングで助け舟が入ってきてくれた。僕は神様とばかりに背後から聞こえた男の人の店員さんの声に心の中で感謝しながら振り返り――――

 

 「どうぞ、こちらへ」

 

 そのまま動けなくなった。

 なんというか、とっさのことで上手く言えないけど……さっきまで見かけなかった、物凄くカッコいいギャルソン姿の店員さんがそこにいた。

 どうやら後ろの三人も凡そ同じ反応で、今にも怒り出しそうだった表情が嘘みたいに塩らしくなってたどたどしく奥の方の席に連れられていった。

 

 「どうぞ。こちらが本日限定メニュー、白玉抹茶サンデーです」

 

 「へ……? わ、わたし達まだ何も頼んで……」

 

 「いえ、私からのサービスです。その……お嬢様方があまりに可憐だったもので、これをお召し上がり頂いてお顔が綻ぶところを拝見したいという邪な気持ちが押さえられなくて。ご迷惑でしたでしょうか……?」

 

 「え、いや、迷惑、だなんて」

 

 「そ、そういうことなら……」

 

 ……陰からコッソリ見てみれば三人ともあの店員さんからサービスを受けて全員夢心地のようだ。この様子ならもうさっきまでのことはもう記憶の片隅に追いやられていることだろう、助かった。

 それにしてもプロって凄い。元々更識さんにアイデアを貰って、他にも思わぬところからのツテもあったとはいえ、軽い気持ちでコスプレ喫茶のことを提案したのはいいけど。これって案外、思ってた以上に深い仕事なのかな……

 

 「あ、あれ……?」

 

 そんなことを考えているうちに、サービスを終えた先程の店員さんがキッチンに戻るかと思いきや……こっちに向かってくる。

 

 「ったく……何考えてんだ、あの人達は」

 

 いや、それだけじゃなく……そのままさっきまでの丁寧な口調が何かの間違いみたいにそう吐き捨てるように言い放つと、こともあろうか先程まで一夏が座っていた僕の向かいの席に行儀悪くドサリと座り込んでしまったのだ。

 

 「え、あのちょっと!! そこは、連れの席で……」

 

 「ああん? ふざけてんのかシャル。こうなったのも元はといえばお前の差し金だろーが……で? なんだよさっきの。どういう状況?」

 

 「……?」

 

 「シャ~~~ル~~~~?」

 

 さらにそのことに対する僕の反応を見て、何やら不満そうに聞きなれない渾名で僕を呼びながら訝しげに顔を近づけてくる……わ、近い近いちょっと待って、いくらちょっと一夏に似てるからって馴れ馴れしく振舞えば僕が靡くと思ったら大間違い、って……ほえ? その声、は……

 

 「ま、まさか……一、夏?」

 

 「……? 他の誰に見えるんだよ?」

 

 「え、ええ~~~~?!」

 

 ――――結局、先程の決意も空しく。

 いざ衣装に着替えて出てきた一夏に対面して、僕は大いに混乱することになった。

 

 




とても久しぶりの投稿。間があいてしまいましたが楽しんでいただければ幸いです。

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