IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第九十話~進む意思と、拒む意思~

 

 

~~~~~~side「鈴」

 

 

 遮蔽シールドによって、少し赤みがかった空が見える。

 頭はそんなに重くない、あまり長い間ではなかったようだがどうやらあたしは今まで倒れていたらしい。そうなった以上、少なくともあたしは負けたのだろう。

 ……あの規模の攻撃を受けたにしては、もう痛みも全く消えていた。多分、手加減されてた。ムカッ腹は立つが、元々格上だった。いかにISを展開していたとはいえ受けた攻撃本来の威力を考えれば、ラウラの時みたいに後に引くような怪我をさせられなかっただけ幸運だったのかもしれない。

 

 そんなことを漠然と考えたところで、味方が脱落したことを知らせるブザーと、それとは別に試合終了を告げるブザーが二回連続で鳴り響いた……どうやら、『あたし達』も負けてしまったらしい。

 こんな理不尽に倒される展開は今までにもあったし、そのこと自体は悔しさはあるものの大して気にならないが……これで予算はオジャンか、こっちは流石に凹む。責任者である以上後悔しない学祭にしたくて、一組を焚きつけてまで盛り上げようとしたのが、一人で舞い上がってたみたいで馬鹿みたいだ。

 

 ――――でも、あの生徒会長の話に真っ先に乗ってしまったのは紛れもなくあたしだ。それは、言い訳できない……あ~あ、二組の皆に、なんて言って謝ればいいのやら。

 

 そうして今度はらしくもなく若干欝になりながら、倒れたまま今後のことを考えるあたしに、ふと影がかかった。それに気づいてなんとか意識を現実に引き戻すと、あのいけすかない生徒会長があたしを立ったまま見下ろしていることに気がついた。

 

 「大丈夫? ……立てる?」

 

 そして、いつかあたしを片手でブン投げてくださった時みたいに、あたしに向かって手を差し伸べている。

 

 「……気安いって前に言ったわよね。余計なお世話」

 

 はっきりいって子供の意地の張り方だって自分でも思うけど、今回はその手を取らない。負けたこと自体は仕方ないけど、負けた側にも負けた側のプライドってモンがあるのだ。

 

 「あっちゃあ、嫌われちゃったか。それとも怒ってる? じゃあ……って訳じゃないけど、そんな君のゴキゲンがちょっとだけ良くなるニュース」

 

 そんなあたしを見て仕方ない、といったように眉尻を下げながら笑うと、会長はそう言って自らの背後にある電光掲示板を親指で指した。

 そちらに目を向けると、そこには予想通りの試合結果が映っていた。あたし達四人のISの表示が消え、対するこの生徒会長のISの表示だけが明るく点灯している。

 

 「……何? あれがなんなの? 寧ろ却って腹立ってきたんだけど?」

 

 「結果の方じゃないって。大事なのはその下」

 

 「……?」

 

 言われるまま視線を下に移す……そこには、試合時間の表示。08:00:03……ほぼ八分ジャスト。何よそれ、結局殆ど最初のこいつの宣言通りの結果になったってことじゃない。これこそ一体何だって……

 

 「問題大アリ。私、これでも自分の発言にはけっこー責任持つ方でね……例えコンマコンマ三秒だろうと、宣言した時間をオーバーしたのは変わらない。これじゃ、わたしの完全勝利なんて胸を張っては言えないよ」

 

 「……嫌味?」

 

 「そんなんじゃないって……単に私の心情的には一点張りの一人勝ち(ブラック・ジャック)は出なかったってだけの話。だから一部払い戻しにも応じるってコト。具体的には、そうね……元々我慢してきた今の上級生の不満を晴らしてあげるために先代の悪しき風習に渋々乗っかったとはいえ、特に三年生には全体的に予算あげすぎちゃった感じあるのよね。で、配分見直そうとして上手くいきかけてた矢先に今回の機材への悪戯騒動でしょ? もう先輩方こっちの話聞く余裕ないくらいカンカンでさぁ……でも、私がコトの発端の一年の代表格の君達をこうして『公衆の前面でやっつけた』ことで先輩達の溜飲も大分下がっただろうし、もう一回交渉してみる余地はある……成功すれば、一年『全体』の予算まで引き下げる必要はなくなる、カモ。まぁ、元々話のわかる人達も多かったし、ほぼ間違いなく上手くいくと思うケドね」

 

 「……!」

 

 「……言ったでしょ? 『最後には、悪いことにはならない』って。このことはちゃんと他の子達にも伝えてね……ウンウン、結果的には君達のお陰で学園祭は滞りなく上手くいきそうよ。ホント、ありがとね♪」

 

 っ……は、嵌められたっ! 何が一人勝ち出来なかったよ、何が悪いことにならない、よ!! これ程の実力差がある以上、あたし達が伸った時点でこいつの方が上の数字になるようになってたようなモンじゃない……!!!

 そも、予算の件を早々に一年生全体に知らせず、まずあたし達だけに話してあからさまに煽ってきたのはこういう裏があったからか。あの四組の代表の宣戦布告を、きっとこいつは内心舌なめずりをして喜んでいたに違いない。あたしは、この時になって漸くあの爆発を受ける直前でのこいつの謝罪の意味を知る……要は、顔も知らない同学年のバカがやらかしたことのツケを、あたし達代表候補生の顔を潰すことで払わせたってことだ。怒りも沸くが、その前にもう脱力してしまう。そうだ、考えてみれば初めて会った時からこういう女だったじゃないか、この狸は。

 

 ……それに学祭がダメにならないなら、それに越したことはない。他の連中はどうか知らないが、それと引き換えになるならあたし個人の黒星一つなんて安いものだ。でも、やはり何か釈然としないものを感じるあたしは、せめてもの抵抗として。私が一人で立ち上がったのを見届け、言いたい事を言い終わってルンルン鼻歌歌いながら上機嫌に去っていく腹黒生徒会長の背中に向かっておもいっきり舌を出しながら中指をおっ立てた。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 幸い試合に出ていた俺の愉快な仲間達は皆負傷した様子はなく、その点は安堵したものの。

 

 「あによ……笑いにきたの? そーよ大口叩いといてボロ負けしたわよバーカバーカ!! 笑いなさいよ――――って、ホントに笑うなばかー!!!」

 

 「くっ……またも不覚を……! ですが、次はこうは参りませんわよ! 今度は一対一、正々堂々とあのミステリアスレイディを打ち破って御覧に入れます! そのためにも一夏さん! ティアーズが直り次第、また格闘戦の手解きをお願いしますわ!」

 

 「私は恥を知った……露骨な甘い誘惑にはもう二度と屈しないと誓ったのだ。甘い、あま……」

 

 流石にああまで一方的にやられてしまっては、内側の部分までは完全に無事とはいかなかったらしい。皆それぞれ俺の前では笑って茶化したり、雪辱に燃えていたりしていたが、それが虚勢とわかるくらいには凹んでいるのはわかった……ラウラの落胆ぶりは他の二人とは若干性質が違うような気がした上に、お前本当に反省してんのかと言いたくなったが。

 

 まぁそのあたりは、俺と違って一時落ち込んでもまた自分の力で立てる奴等であることはわかってるので、あまり心配はしてない。俺はそれぞれ違う励ましの言葉を掛けて彼女達の元を後にした。ある意味、色んな意味で一番心配な奴のところに行くためだ。

 

 『…………』

 

 一時期急にこちらに声も掛けずにいなくなり、いつの間にか戻ってきていた白煉が何も言わないのも、不安に拍車を掛ける。そうじゃなくても最後の方こそ人が違ったように奮戦していたが、その分四人の中で誰よりも手酷くやられている。大事なければいいが……

 

 「…………!」

 

 「! おっ、と」

 

 と、些か落ち着かない体で簪が運び込まれた保健室に向かう途中、階段の曲がり角から出てきた娘と衝突しかけてブレーキを掛ける。顔を上げて見れば、その娘は今まさに探していた相手だった。

 やはりあの攻撃を受けきるのはISの絶対防御を以ってして尚厳しかったようで、久々に会ったような気がする簪の制服から覗くその体には所々包帯が巻かれていたが、心なしか表情は今まで見てきた中でも何処となく明るくて、何か吹っ切れたような、そんな印象を受けた。

 

 「布仏……! お前、出歩いてていいのか?」

 

 「…………」

 

 俺の問いに簪は『怪我は、大したことないから』と久々に見るスケッチブックを掲げるが、そう言う割にはそのか細い指にも白い包帯が巻かれていて痛々しい。これではこっちと話すのに筆を取るのも辛かろう。

 

 「そ……そっか。あ、無理しなくていいぞ。ちょっと、心配で見にきただけだから。これくらいなら大丈夫とか、慢心せずにしっかり治せよ」

 

 だからあまりこっちのことで無理させるのも申し訳ない。とっとと話を切り上げて退散しようとするが、

 

 「…………」

 

 とっさに制服の裾を掴まれ阻止される。振り返ると、簪は横に大きく頭を振った。行くなという意思表示だろうか。

 

 『伝えたいことがある。だから、探してた。時間、くれる?』

 

 俺が戸惑っていると、多分こっちはあらかじめ用意してあったのだろう、ペンを動かすことなくスケッチブックのページを捲って、そう尋ねてきた。

 

 ……元々今日は休みだ、時間はあるし問題はない。俺が首を縦に振ると、簪は普段固く閉じられている口元をほんの少しだけ緩め、

 

 「…………」

 

 言葉にこそ、ならないけれど。

 良かった、と……そう、口にした気がした。

 

 

 

 

 立ち話もなんだということで、俺は既にお昼時も終わり人も疎らな学食に簪を誘い二人で向かい合って座った。

 

 『恋ちゃんの、こと』

 

 そして、簪の一筆目に首を傾げた。

 

 「あいつ……いや、あの子がどうかしたか?」

 

 『助けてもらった』

 

 「……?」

 

 『…………!』

 

 その怪我だらけの見た目とは裏腹に、いつになくはつらつとした様子の簪の筆談はいつになく情報が断片的で、こっちとしてはイマイチ何を伝えたいのかよくわからない。

 が、白煉のことであればと、簪にちょっとメールが来たと言い訳して携帯を取り出し、確認をする振りをしながらカメラで簪のメモの内容を白煉に見せると、俺にしかわからないくらい微かに、それでも確かにこいつは息を飲んだ。それで、俺はまさかと勘ぐる。

 

 ……あのもう立てないのでは、と思われた状況から再起してからしばらくの簪の戦いっぷりは、あの更識先輩相手にも引けをとっていないほどだった。あれは俺が最初に簪と戦った時に使用した、予知能力のような力を使ってのものだとばかり思っていたが――――

 

 何となく状況を察した俺は、どうしたものかと考え込む。

 基本白煉のことを周りから隠すのは、こいつと組み始めて最初に決めた約束事の一つだった。だからこそ俺も無理強いはせず、白煉のやり方に合わせてきたが……本当に白煉が簪のISのサポートをやったうえで簪とコンタクトをとってしまったのなら、少なくとも俺よりは絶対にIS詳しい簪には、俺からは下手な誤魔化しは出来ない。寧ろこいつが自分から簪を信頼して『そういう』選択をしたのなら、もう簪には全部明かしてもいいんじゃないだろうか。俺は簪のことを良く知っているわけではないが、少なくともこの偏屈を捕まえて『可愛い子』にしてしまう簪なら、教えてしまってもこいつが困るようなことはしないと思う。

 けど、ISのサポートAIという、確固とした人格こそあるが根本的に人とは違う存在であるということを知られて、それを受け入れてくれるかという問題もある。簪が俺や箒みたいに順応できるとも限らない、気味悪がられて今のこいつ等の関係を壊してしまうような事になればこの判断は完全に裏目になる。

 

 と、葛藤する俺の内心を見透したかのように、簪は手を動かしながら首を大きく横に振った。

 

 『いい。あの子の事、詮索したい訳じゃない』

 

 「……そうなのか?」

 

 簪のメモを見て確認を取る俺に、今度はコクン、と縦に首を振って頷く簪。そして右手の中指に嵌められた、水晶の指輪のような待機形態の自身の専用機を一回軽く撫でると、再び指を動かし始めた。

 

 『ただ、お礼が言いたかっただけ。私とこの子を信じてくれてありがとう、って伝えて欲しい』

 

 「それを、なんで俺に?」

 

 『なんとなくあの子はもう、私とは連絡取ってくれないような気がしたから。あなたなら、伝えてくれると思った』

 

 「……そっか。わかった。絶対に伝える」

 

 『ありがとう。あなたがいてくれて良かった』

 

 相変わらず書くスピードは凄く早いのに読みやすい綺麗な字でお礼の言葉を文字にすると、簪はペンを置いてちょこんと俺に頭を下げたが、その後何か思いついたような表情になるとまた素早くペンをとって、

 

 『ごめん、追伸。恋ちゃん。私、諦めないよ』

 

 何処か白煉というより自分に言い聞かせるように、今までにないしっかりとした字体でそう書き込み。それで用事は済んだのか、すっと立ち上がってからまた改めて俺にお辞儀をして去っていこうとする。俺は、思わずその背中に呼びかけた。

 

 「――――返事は絶対にあいつの口からさせる。だから……布仏も、その時はまた宜しくな」

 

 すると簪はこちらを振り返り、

 

 「…………」

 

 ……今まで俺が見たことのない、とっても綺麗な笑顔を見せてくれた。そしてどういう訳か。

 

 ――――うん。楽しみにしてる。

 

 所長でものほほんさんでもないのに、俺はこの時簪が何て言ったのか、わかった気がして。

 元々、仕向けたのは俺だ。つまりこの結果を俺は両手をあげて喜ぶべきであって、ネガティブな感情を持つようなことは無い筈なのだが……この時俺はその笑顔が本来向くべき相棒に、ほんのちょっぴりだけ嫉妬した。

 

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 「お疲れちゃーん。いやぁホンマ強いなぁ、会長。あのIS学園史上最高レベルなんて言われとった代表候補生ルーキーズがメッタメタやんか。あれで泣く子おらんかったんは奇跡やで」

 

 「その辺りも含めて過去最高なんでしょ、メンタル強い子多いのは助かるわ。この時期の生徒会長の一年しごきはIS学園の恒例行事とはいえ、実際にマジ泣きとかされると流石に罪悪感あるしね」

 

 「三分も経たん内に三人やられた時はホンマ焦ったで……あのドイツのちっこいの抱き込むのも一苦労やったんやで、もちっと自重してえな。後半かんちゃん巻き返してくれんかったら、どないして残り一分半舐めプに見えんよう凌ぐ気やったん?」

 

 「うあー、言わないでよーアレ内心私もすっごい焦ってたんだから! やっぱ鈴ちゃんの時にもうちょっと時間稼いどくんだったなぁ……ちょっと危ない攻撃受けそうになって焦っちゃって。やっぱあの子、あらゆる意味で将来私を脅かすかもしれない天才だわ……」

 

 「会長にそこまで言われるっちゅうんは中々将来有望やな。こら卒業する時何ぞ私物の一つでも記念にもらっとかなアカンわ」

 

 ピットインして直ぐ、ピットの壁に寄りかかりながら私に声をかけてきたのは、一年三組のクラス代表レベッカ、もといベッキーちゃん。

 何を隠そう、この子は正規生徒会員でこそないが、私、更識楯無が個人的に懇意にしてる生徒会の草の一人だったりする。最初、この試合のきっかけになったあの生徒会室のことも、実は万一あの子達が日和った場合はこの子が火付け役を担当する手筈になっていました……つまり、どう足掻いてもあの子達は今日ここで私に負けるしかなかったんです。えへ♪

 

 ……尤もそれも余計な手回しだったけど。寧ろあの子達は何もしなくてもグツグツに茹っていたので、あの時は逆に熱を冷ます役に回って貰った。まぁ予想できなかったことがあるとすれば、最初に私に喧嘩を売ったのが『あの子』だったってことくらいだ。この子にはそういえばあの子のことも頼んでたっけ。

 

 「ほんで、会長――――」

 

 「はーいはい、わかってるってベッキー。ズルにならない範囲内でだけど、一応IS学園生徒会長としてあなたの本国に、代表候補生としてあなたを推薦しといてあげる。それだけの実力があるのはホントだし」

 

 「やりィ♪ 毎度おーきに、こんで給料アップや!!」

 

 「全く……別にそれが悪いとは言わないけど、候補生目指すならもうちょっと夢のある志を持って貰いたいものね」

 

 「なにゆうてんの。お金より夢と可能性を秘めとるモンなんてそうそうあらへんで?」

 

 「はいはい、それは聞き飽きたよ」

 

 基本明るくて気の回るいい子ではあるんだけど、このとおりちょっとがめついところがあるのが玉に瑕。まぁ案外そういう人の方が利用自体はしやすいトコロはあるので私としては強ち短所であるとも……

 

 「と、アカン。そうやなくてやな……いや、それもごっつ大事なんやけど……会長?」

 

 「あっ……ん? 何かな?」

 

 おっと危ない。ちょっと悪い顔になってたかも。こういうことを考えるのは人前ではしないようにしなきゃ。まぁ、幸いベッキーには気がつかれなかったみたい。

 

 「まー、そんなエラい怪我やなかったみたいやし、良かったけど……ちょっと、かんちゃんにはやり過ぎたんちゃうの? あの子のISが潰れたカエルみたいんなって外壁叩き付けられよった時は、ホンマウチも肝が冷えたで。あそこまでやらんでも、あの槍の最初の一発でもう勝負はついとったんちゃう?」

 

 が、そう安堵したところで今度は違う意味で表情が固まる。いや、そのうち来るだろうなぁとは思ってたけど。その話か……

 

 「……相手ISにまだSEがあって、搭乗者にも戦意がある限りは、それに応えるのがIS搭乗者の義務よ。それは、ベッキーだってわかってるでしょ?」

 

 「……よーわからんなぁ。ウチにはあの子に優しくして、なんて頼んどいて己はあんなドギツく当たるんか。会長はあの子をどうしたいんや?」

 

 「別に、どうしたいも何もないわ。ただの親戚の子だもん」

 

 「ホンマかぁ……?」

 

 「……何か含みのある言い方ね? 言いたい事があるなら言ってもいいのよベッキー?」

 

 ……参ったな、他の事ならなんでもないんだけど、どうもあの子絡みのことだけは他人にどうこう言われると苛立ちを隠せなくなる。特に、今は。

 ベッキーにもそれを悟られたみたいで、それでもこの子はこの子なりにあの子の為に何か言おうとして、

 

 「……別に何も。お金にもならんのに、下手にアンタを敵に回すような真似はせえへん」

 

 結局両手をあげて踏みとどまってしまった。まぁ、そういう子なのはわかってた。だからこそ信用してるし、今みたいな関係が築ける……それが、いいことなのかは別にしても。

 

 「……そ。じゃ、話はお仕舞いね。なら悪いけど、少し出てて貰えるかしら? 武装を一つ壊されちゃってね。自己修復機能でもう殆ど直ってると思うけど、一応見とかないといけないから」

 

 「なんや、そんくらいなら別にウチおってもできるやろ?」

 

 「私は別にいいけど……そうしちゃってうっかり見たもの次第じゃ、漏れなく明日の夜辺りに黒服のでっかい人に枕元に立たれるよ?」

 

 「うえぇぇ……さっすがロシアIS、殺伐としとるな。そういうことなら、言われんでもすたこらさっさやで。ほなな、会長。またごひーきに」

 

 「ええ……悪かったわね、こんな面倒なこと頼んだりして。まぁ、後は少なくとも学園祭が始まるまでは平和だと思うし。多分こっちから何か頼むこともないから、だから――――」

 

 「わかっとるって……今んトコそんな心配はいらんと思うで。ウチの他にも、ここにはおせっかいやらお人好しがぎょーさんおるみたいやし。ただ……そういう周りがどないしよったところで、最後の最後はあの子自身がどーにかせんとあかんトコロがあんのは変わらへん。今回の発端のことかてそーやしな」

 

 「……そうね。でも」

 

 「それでも頼む、やろ? はあぁぁぁぁ……ホンマ、わからん。ウチなんかより、IS学園生徒会長サマの方があの子にしてやれることなんぞ何倍もあるんとちゃうか……?」

 

 けど、納得はしていなかったんだろう。最後の最後で、多分その言おうとしたことを捨て台詞にして残していった……彼女のそんなところも嫌いじゃないけど。ことがことだけに、この時ばかりはちょっとイラッときたので、

 

 「わかってるよ、そんなこと……けど、出来ないから頼んでるんじゃない」

 

 ベッキーの背中がピットの扉の向こうに消えてから、独り言で返事をする。

 

 ……けど確かに、彼女やあの所長さんの言う通りなんだと自分でも思う。別に、親戚として普通に接してあげることくらいなら問題はない筈だ。それも出来ないなら、いっそ突き放してしまうべき。なのに私は今のところ、そのどちらも出来ていない。

 それこそ所長さんが言ったように、必ずしも帰ってくる必要だってなかった。一度光の当たる場所に導いて貰った以上、私はロシアに残っても良かったし、先生にだって、断られたけどもっと頼み込めばついていけたかもしれない……いや、多分そうすべきだった。そうしていれば、少なくともあの人とこんなに後悔する別れ方をすることはなかった筈。

 

 それでもそういったものを全部振り切って戻ってきたのは、更識がなくなるかもしれないと聞いたから。

 もうとっくに失くしたつもりになっていた、かつての私の居場所。ただそれを私のせいで失くしたくない一心で、私は日本に戻ってきた。本当に、それだけだった。

 

 『…………』

 

 だから。

 親族への挨拶回りで実際にあの子に出会うまで、私は彼女のことを思い出すことすら、なかった。

 ……声も、更識の姓も失くしてしまった、かつての家族。何よりも、かつての私の『居場所』であってくれた子。成長しても確かに面影があるその子を、とっさに何も言わずに抱きしめてあげたい衝動に駆られた私は、

 

 ――――直後に自身の血塗れの両手を幻視して、それを諦めざるを得なくなった。そしてその時、あの子との訣別を決めた……私の両手は穢れている。自分が生きるために、多くの人達の温もりを吹き消してきた。そんな人間が、今更家族なんて求めていい筈はない。そうでなくとも八年前にこの子を守りきれなかった時点で、私はそんな資格などとうに失くしていた。だから、

 

 ……本来あの子を抱き締めてあげられる存在は、既に死んだのだ、と。そんな言葉で、自分を納得させ。私は抱擁ではなく心無い言葉をあの子に浴びせ……それでも無理をして笑いながら涙を流すあの子の前から立ち去った。私達にこの結末を用意した存在に、一段と憎しみを募らせながら。

 

 けれど、あの子は何度も冷たく、嫌な人間を演じて見せても私から離れていく気配を見せない。その事実に苛立ちながらも、安堵してしまっている自分がいる……私がそうする度に、あの子は確かに傷ついているのに、だ。

 そんなことをいつまでも許している訳にはいかない。けれど、やっぱり普通に親戚や後輩として接するのは無理だ。そうでなくとも愛おしくて堪らないのだ、自分ではそのつもりで接していても、そのうちきっと何処かで私はあの子に甘えてしまう。そして、恐らくあの子もそれを許してしまうだろう。そうして一度繋がりが出来てしまえば、弱い私は多分自身ではもうそれを断ち切れない……私はここですべきことを全部終えたら、血に飢えた餓鬼にも劣る、ただ一つ残された執念だけで動き続ける穢れた骸に戻る。それは絶対、何があっても変えられない、変えてはいけない未来だ。万が一でも袋小路の血路にあの子を伴わせるような可能性は排除しなければならない。

 だからといってまだ、私はIS学園(ここ)から去れない。更識や国家代表のこともだが……何より私の『本懐』を遂げるために、ここでなければ出来ないことがある。

 

 そうなれば、残された道は一つしかない――――今日は、他でもない自分の手であの子を傷つけた。もうこれ以上はないだろうって思うくらい、痛かった。さっきベッキーと話してる時も、手の震えを抑えるのが大変だった。こっちも、そろそろ限界が来てる。

 嗚呼――――早く来て、私の敵。そうじゃないと、ダメだ。お前達を皆殺しにする前に、私、自分の■■に、壊されて、しま――――

 

 「あの……すみません。誰かいますか?」

 

 「……! ああ、君か。入っていいわよ」

 

 ……外から呼びかける声と、扉を叩く音でとっさに我に返る。そしてあの子のことを頭から追い出し、まだ大丈夫、まだ何一つやり遂げていないと自分に言い聞かせながら声に答えると、元々会う約束をしていた子が控えめに扉から顔を出した……思ったより早かったな、早めにベッキーに出て貰っておいて良かった。

 

 「……どうしたの?」

 

 「あははは……出来れば、聞かないでくれると助かります……」

 

 その子はどういう訳か、首にソフトカラーを巻き明後日の方向を向いたまま入ってくる。事情を尋ねると、暗い顔になって落ち込み始めた……うん、このことはあまり追求しない方が良さそう。それに彼女の意識が本格的にこちらに向く前に、早く仮面を被り直さないと。

 

 「そう言う更識さんこそ、顔色良くないですけど。大丈夫ですか?」

 

 「あ、あはは。うん、へーきへーき。ちょっと季節の移り変わり際で体調崩しちゃってるみたいだけど、薬も飲んだし今日早めに寝れば治るよ」

 

 「え、ええっ?! そんな状態で今日の試合やってあの内容ですか?! ……って、そうじゃなくて、それなら試合なんてやっちゃダメじゃないですか!」

 

 「だいじょぶだって。心配してくれてありがとね」

 

 「はぁ……まぁ、済んだことは仕方ないですけど。今日は早く休んでくださいね?」

 

 「はーい」

 

 しかし、切り替えは完璧とはいかなかったらしい、心配させてしまった。けれどなんとかその場は誤魔化して、話題を変える。

 

 「ところで……『例』のことは、上手くいってる?」

 

 「はい、お陰様で。紹介して貰ったお店の服も可愛くて、皆納得してくれてます。クラス代表の娘がちょっと着るのに抵抗あるみたいですけど、反対って訳じゃないみたいなんで、多分、決まりだと思いますね」

 

 「おお。そりゃ結構。彼は?」

 

 「彼の衣装が見繕えるところまできたら手伝って貰おうかな、って思ってます……最近専用機のこととか訓練で忙しそうにしてたから、更識さんに言われた通りせめてこっちのことだけでも負担を軽くしてあげようって、皆と相談して決めてたんですけど。流石にここまできたら、逆に蚊帳の外にしておくのも可哀想なので……丁度今日、口実も出来ましたし」

 

 「うん、そうだね……いいと思う。っていうかこの件はもう私の手からは離れてるから、君達の好きにしていいよ。これからは私に一々報告しなくてもオッケー。あんまし私が一クラスに肩入れしてるって思われても困るしね」

 

 「あ……そうですね。ごめんなさい、そこまで考えが及ばなくて」

 

 「いいって。で、あの話はどう? 考えてくれた?」

 

 「はい……お受けします。更識さんには僕がここに戻ってくる前のことも含めて、お世話になってますので。それで、少しでも恩返しができるなら……」

 

 おお。こっちは正直期待半分だったけど、受けてくれるんだ。こりゃ欝になってる場合じゃないかも、今後の楽しみが増えた。それに、後に控えてる『あの計画』も、彼女がこちらにいれば立ち回りやすくなるかもしれない。ちょっと後で見直してみよう。

 ……と、そうだ。こっちのことに夢中になって、本命の話をし忘れるところだった。まぁあの子達なら大丈夫だろうとは思ってるけど、万が一ってことがある。こっちの事情につき合わせてしまった負い目もあるし、フォローが必要そうならこっちで動くくらいはしないといけない。

 

 「そっか。助かるわ。ウチは優秀な人材多いけど、人手不足だったからね……そうじゃなくても今日一年生相手にちょっと大人げないことしちゃったから、少なくとも一年生からはもうしばらく希望者は望めないかなー、って思ってたトコだったのよ……あの子達、落ち込んでなかった?」

 

 「いや……大人げないなんて。条件で言えば更識さんが圧倒的に不利でしたし、そこで文句は出ないかと。僕の友人の代表候補生達も悔しそうでしたけど、負けたこと自体は皆受け入れてるみたいでしたよ……まぁ、僕が顔を出す前に皆彼に励まして貰ってたみたいなんで、思ったより元気だったのはそれもあると思いますけど」

 

 ほう、そうきたか。

 ふむ……一年の手綱を握る上でのキーマンは、彼っていう見立てはどうやら間違いじゃなかった。ある意味今回一番の戦利品はあの子だ。けど、だからこそ切るタイミングは慎重に、だ。下手を打てば、目の前のこの子も含め一年の実力者の殆どが敵になってしまうのだから。

 そんなことを考えていた私は、だからこそ。この次に続いた、薄く困ったように微笑んではいるものの内心複雑そうな彼女の言葉に耳を傾けざるを得なくなった。

 

 「それに、あの四組の代表の娘も。学食で、楽しそうに彼と話してるのを見ました。試合を引き摺ってる感じはなかったですよ……うう、でもしばらく会わないうちに違うクラスの女の子まで。ライバル多いだろうなぁとは思ってたけど、ここまでなんてなぁ……」

 

 「……!」

 

 あの子が、『楽しそうに』? ……普段、学校では殆ど無表情のあの子が?

 倉持技研での、専用機の調整を兼ねた模擬戦以降、あの二人にある程度親交があることまでは掴んでいたが……この短い間に、あの子の心をそこまで開かせるとは。

 一瞬嫉妬に似た感情が胸を過ぎるが、直ぐにそんなものは『私』が抱いていい感情ではないと叩き伏せる。そうして冷えた部分が戻ってくると……今度はそれが事実なら『使えないか』と、打算が働き始める。

 

 ……あの子も、かつてとはいえ一時は更識だった人間だ。具体的な部分まではいざ知らず、概念としては更識がどのような存在なのかという、触りくらいは理解出来ている筈。

 私の『復讐』に、あの子は巻き込まない。それは、自分の中で絶対に曲げてはいけないルールだ。だが今回のことが全て終わった上で、あくまで表面上の『更識の仕事』としての部分の事実を交えた情報を、脚色を加えた上でほんの少しだけあの子に教えるくらいであれば、問題はない。彼女の話が事実なら、あの子はそれを嫌悪し怒るだろう。その感情が私に向けば――――

 

 「っ……!」

 

 そこまで思いついて、猛烈な自己嫌悪に陥る。我ながら、下種極まる手だ。だが……ここから先、あの子を危険に巻き込まないためにも。そして、私が本懐を遂げる前に、壊れてしまわないためにも。それくらいのことは、覚悟しておかなければならないのかもしれない。

 

 「そっか……でも、シャルロットちゃんは二人だけの秘密を共有してるっていうおっきな強みがあるじゃない? 全然チャンスあると思うわよ?」

 

 「う……ま、まぁ、それは、そうなんですけど……って、あ、あの別に僕はそんなじゃなくて! ただ、あの眼帯の子まで別人みたいになってたのに驚いたっていうか、流石彼だなって思ったっていうか……これなら案外遠くにいた時の方が想い続けて貰えたのかな、とかちょっと考えちゃったりとか」

 

 「……誤魔化してるつもりなのかもしれないけど、段々本音出てきてるからね?」

 

 「あぅ……」

 

 「あは、いいっていいって。さぁ、どんどん来たまえ。更識先輩は恋する乙女の味方、おのろけでも愚痴でも何でも聞くよ!」

 

 「だ、だから違うんですよぅ……!!」

 

 幸い、悩み多き少女は今目の前にいる私よりも気になる人がいるようで、そんな私の胸中は悟られずにすんだけど。

 いつもだったらこんな極上の反応を見せる子をからかうのはとっても楽しいことなのに、この時ばかりは、それは私の心をちっとも満たしてはくれなかった。

 

 






 たっちゃんは個人的に仲良くなりたい人とそうじゃない人とで意図的に二人称を使い分けてます、一応ミスとかではないです、念のため。
 なんだかんだで二章において簪はヒロインというより主人公的な立ち位置になるような気がしてます。

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