「ほうきちゃ~ん?」
寮に戻るなり、猫なで声で幼馴染に迫る俺。
それにビクンと肩を震わせる箒。
もう、こんなやり取りを何度繰り返したか正直わからん。
「まったくもって、どうしてあなたは僕がしてあげたお膳立てを毎度毎度台無しにするのですか?あなたに話しかけて無視された谷本さん達がどんな思いをしたか分かりますか?あなたは僕に話しかけて無視されたらどんな気持ちになりますか?」
「その・・・すまない」
俺の攻撃に対してタジタジになって謝る箒。
まぁこんな様子を見せられて可哀想だと最初のうちは思ったが、逆に情けをかけるのはこいつのためにならないと思うのにそう時間はかからなかった。
「おまけに簡単に鈴に乗せられやがって。お前、相手は腐っても代表候補生だぞ、分かってるのか?」
あ~駄目だ、やっぱりあの口調は維持できん。自分でやってて鳥肌が立ってくる。
こいつには確かに有効ではあるがこれはある意味諸刃の剣だ。
「それに関してお前に言われる筋合いはないな。お前だって代表候補生に乗せられて決闘をやらかしただろう!」
くそう、やっぱ元に戻っちまった。
いやまぁ確かに言う通りではあるんだが。
「俺の場合その結果がアレだからな?それも専用機があってもだ。あいつらは別に見た目だけで代表に選ばれてるわけじゃない。それは、お前だってわかってるよな?」
「・・・わかっているさ、それでも勝つのは私だ」
一貫して自分の勝利を疑わない箒。いやどうしてここまで自信が持てるのか知りたくなってきたね。
千冬姉から、箒のケースが少し『特殊』な件は聞いている。だがそのこと自体の凄さが分からず既に代表候補生の出鱈目さを我が身で感じている俺としては、『それ』だけで専用機との戦力差を埋められる程のアドバンテージになるとは到底思えなかった。
それなら少し位、こいつに肩入れしても問題ないか。
そう思い、スマフォを手に取る。
「鈴の機体はどんな奴だかわかるか?白煉」
『中国の第三世代型『甲龍』です。格闘戦を主軸に置く戦闘を得意とする機体で、非常にSE効率が悪いという第三世代型の弱点を克服するために、効率の良い兵装をメインに搭載しているのが特徴です』
説明と同時に、スマフォの画面に、紫がかった装甲を持つISが映し出される。
ゆったりとした鎧の様な印象をうけた『ブルーティアーズ』のそれとは対照的な、体のラインが分かるくらいシャープな装甲をしており、それに鈴の小柄な体も相まって、随分小さなの機体のような印象を受ける。
それに、『白式』同様ぱっと見た限りは武装らしきものを積んでいるようには見えない。って、白式といえば、
「ちょっと白式に似てるかもしれないな」
腰の辺りから伸びている特長的な尻尾状のウィングスラスターや、バイザーに装着されている角のようなセンサー等、細かい所を比べれば違いはいくらでもあるが、全体的にシャープな装甲と、なによりこの肉食獣の後ろ足のような形状の脚部装甲は特によく似ているように感じる。
『元々この脚部装甲フレームはマイスターが独自に考案したものです。しかし、それを中国のIS開発部がマイスターに無断でコピー品を作成した挙句利権が自分達のものであると主張、その事実に腹を立てたマイスターがオリジナルの開発途中で開発を凍結した経緯があります。よって、見た目は同じでも『白式』と比較すれば基本性能には歴然とした差があります。『甲龍』の装甲は、形だけ模倣した劣化品に過ぎません』
何故か吐き捨てるような口調でそんな経緯を説明する白煉。間違ってもこんな奴と自分を比べてくれるなとでも言いたげだ。
確かに、『甲龍』の脚部には『白式』最大の特徴である『可変展開スラスター』らしきものは見当たらない。まぁ、世界広しとはいえあんな非現実的な武装をしれっと造ってしまえる人はそうそういないということか。しかし、世界最強の兵器を以ってしても利権とか面倒なものは付き纏うものなんだな。
「で、具体的にはどんな武装を積んでいるんだ?」
「やめろ、一夏」
一番肝心なことを聞こうとしたところで、箒にスマフォを取り上げられる。
「なんだよ。お前の勝率を少しでも上げるために調べてやってんだぞ」
ただし調べるのは白煉だけどな!
「不要だ。尋常な勝負を仕掛けられた以上それに則る」
「いや、だから公平じゃないんだよ。どうせお前『打鉄』で鈴と戦うつもりだろ。量産機の基本性能なんて、ISの勉強してるやつだったら誰だって知ってる。せめて、こっちも向こうのことを調べるくらいはやっておかないと同じスタートラインにすら立てないぞ」
「そうだとしてもだ」
いかんなぁ。
箒はどうも、俺と違って決闘というものに妙なこだわりがあるようだ。
セシリアじゃないが、ここまで自分に馬鹿正直に生きるのも却ってどうかと思う。やっぱ何事もバランスだよな。
「とにかく代表戦のことは気にするな。私が自分の意思で決めたことだ。どのような結果になるとしても、お前に迷惑は掛けん」
結局、最後にくるのはライトな拒絶。
最近はずっとそうだ。
壁を作られている印象は、実は大分前からあった。最初は結構そのうちなんとかなるだろ、って感じで構えていたが、それも限界が近い気がする。出来る限り無理のないアプローチを今まで心がけてきたつもりだが、どうして上手く出来ないのかという理由まで来たところで、いつもこいつは黙り込むか、こんな感じで拒絶する。
「・・・実に頼もしい言葉ですこと。対人関係の方も、早くそういう台詞を聞きたいぜ」
だからこそ、今の状況に苛立ちそんな言葉が思わず出た。
大いに皮肉をこめた俺の言葉を、箒は何か思いつめたような顔で吟味するように聞いた後、
「・・・一夏。そのことなのだが」
「ん?」
「お前にとって迷惑なら、これ以上この件で私に関わらなくてもいいんだぞ」
そんなことを、言った。
「・・・そういうわけにはいかないって、前に言ったはずだぜ?」
「違うな。お前は自分が多忙だから私の人間関係について関わっている余裕はないと言っただけだ。なら、わざわざ世話を焼かなければいい」
この言い草には、流石に頭にきた。まるで、俺が余計なことをしているとでも言っているようなものだ。
「ふざけるなよ箒。お前、このままで・・・」
「問題があるか?少なくとも私は困った事などなかった。お前と別れてから、ずっとそうだった。父も母もいなくなり、私の居場所は全部他人が決めた。きっと、これからもそれは変わらない!なら、他人と馴れ合うことなど、今更何の意味がある!」
しかし、感情に任せ怒鳴ろうとした俺の言葉は、箒のさらに強い言葉に塗り潰され、俺は我に返った。
父と母がいない?他人が・・・なんだって?
見れば、箒は思わず口を滑らせた自分に対して怒ったように顔を歪ませている。
「箒・・・お前」
「・・・お前には、話したくなかった。だが、理由を知らなければお前は納得しないのだろう?」
先程の勢いが嘘のように箒は力なく項垂れた。
そして、ゆっくり、ぽつぽつと喋り始める。
六年前の、箒の突然の引越しの理由。
それは、次第にISが有名になるにつれ、重要な立場に置かれる様になったこいつの姉が原因だった。
ISの動力源にして脳でもあるISコアを、唯一作成出来る人間。その突然の失踪は、大いに世界を騒がせた。
関係者は血眼になって彼女を探し回り、彼女の肉親である箒も、ことあるごとにそいつらに詰め寄られる毎日だったと言う。
「・・・いつからだ?」
「姉さんがいなくなってすぐだ。状況が悪化する前に、父が『重要証人保護プログラム』を承認して引っ越したからな、お前が知らないのも、無理はない」
『重要証人保護プログラム』。
それは文字通り、重大な事件や事故に関する証人を、それを証言されると不利益を被る人間達の魔手から守るためのものだ。
箒の場合は少し勝手が違うかもしれないが、実質同じようなものだ。束さんの居場所をしつこく聞かれるくらいならまだいい、最悪束さんに対する人質として拉致される可能性もあったんだから。箒の親父さんがそれを受け入れたのも仕方のない話であるのはわかる。
だが、安全の代償は、まず今住んでいる土地と、両親との決別だった。
このプログラムは、住所や名前を変え、他人になることで追跡者達の目から逃れるものだ。
箒が、あの道場からいなくなったあの日。
こいつと、こいつの父親、母親は、全くの別人になってしまったのである。
「・・・でも、お前、姓も名前も変わってないんじゃないか?」
「・・・ああ、私が無理を言ったんだ。父上や母上、姉さんとの繋がりを断ちたくなかった。だが、戸籍上では既に別人だ。家族のことを聞かれても姓が全く同じだけの赤の他人だと、そう言う様に言われている」
しかし、そこまでしても、箒の心は休まらなかった。
結局、箒を追い詰める人間が変わっただけだった。今度は政府が派遣した人間から、束さんのことをしつこく尋ねられる
日々が続いた。学校にも通ったが、そこにいるのは先生、学友の殆どが政府の用意した人間で、どいつもこいつも箒に話しかければ束、束だった。違いがあるとすれば、それが二言目か、三言目か程度のもの。それでも頑なに口を開くのを拒めば、今度は安全のためと銘打たれて違う環境に連れて行かれ、同じ事の繰り返しを強要された。
そんな中で一人ぼっちになってしまった箒が依存するものは、もう父親が与えてくれた剣道しか残っていなった。
箒に言わせれば、それは周りを見ず自らの裡に埋没する逃げでしかなかったしかなかったと言う。
だからこそ、全国大会で優勝と言う結果も、箒にとっては誇るべきものには出来なかったそうだ。
「・・・そんなことを、六年間も?」
思わず呆然とする。
「ああ・・・私は、弱かったんだろうな。次第に私の周りにはこんな人間しかいないのでないか、と考えるようになった。
馬鹿な話だ、お前や、姉さんみたいな人もいたって知っていた癖にな」
「束さんを、恨んでいないのか?」
「当たり前だろう。多くの人を助けられる研究がしたい、というのが昔からの姉さんの口癖だった。しかし、色々しがらみが増えて、それが出来なくなったからあの人は逃げた。きっと、今も何処かで誰かを助けるために研究を続けているに違いない。そんな姉さんの夢を、妹の私が辛いなどと言う理由で邪魔していい筈がない」
「箒・・・」
いや、お前は強いよ。強すぎるくらいだ、そんな状況に身を置かれて尚、誰も恨んでないどころか、その結果他人が信じられなくなったのも自分のせいに出来るんだから。
それに引き換え、俺は・・・
「泣くな、一夏」
「泣いて、ねーよ」
口ではそう言いつつも、涙は止まらなかった。
誰よりもこいつのことをわかったつもりになって、こいつのためなんて言って、抱えている傷もわからず自分のやり方を押し付けた。
自分が結局、一年前と何も変わっていなかったことが、何よりも悔しかった。
「全く・・・だからお前には話したくなかったんだ。昔から、お前はそうやって他人の傷を勝手に背負い込んでしまう奴だったからな。
最も、そんなお前の勝手なところに惹かれた私も、どうしようもない人間であることに変わりはないが、な」
そんなことを言って苦笑すると、優しく頭を撫でてくれる箒。
畜生子供扱いしやがって。もう構図的には子供扱いされても完全にいい訳出来ない。
恥ずかしくなって思わず首を振るが、箒がやめる気配はない。
だから、せめて何も出来ない子供じゃないと宣言することにした。
「箒・・・俺、諦めないからな」
「・・・そうか」
「お前は、幸せになんなきゃいけないんだ。そうしなきゃ、今まで苦労した分の帳尻が合わない。頑張った奴には、絶対に相応の結果が待ってなくちゃいけない」
「ああ、そうだな」
「だから、お前がそう感じられる様に、頑張るから。俺にきっと、それは出来ないけど、出来るようにしてくれる奴は、絶対にいるんだ。
だからせめて、お前が自分の力でそういう奴を見つけられるようになるまでは、俺が、ついてるからな」
「ああ、ありがとうな」
ああくそ。他にも言いたいことがあるのに、頭がこんがらがっちまって、言葉が出てこない。
「そう、気を張り過ぎるな。頑張らないといけないのは私だ。ごめんな、今まで中々出来なかったからとはいえ、それを言い訳に私はお前に甘え過ぎた」
「・・・そんな、ことは」
「あるさ。実際、私はお前と、千冬さんさえいればそれでいいとずっと思っていた。お前のそれではいけないという言葉にも、真剣に向き合わなかった」
「箒・・・」
「見ていてくれ、一夏。正直まだ、お前達以外の人間は怖くてたまらないが、私も頑張る。お前が見ていてくれるなら、私はそれが出来る気がする」
「当たり前だろう。後から嫌だって言っても遅いぞ、お前がみんなの前で笑えるようになるまでしつこくストーキングしてやるからな」
「ふふ、素直じゃない奴め・・・一緒に、強くなるぞ一夏。私達は元来、そういう関係だろう?」
「ああ、そうだったな。でもそれなら台詞が違うぞ箒。俺達の場合は、こうだ」
「「お前には負けない」」
お互いに拳を突き合わせて宣言し合い、耐えられずに同時に笑い出す。
ああそうだ、馬鹿みたいに息が合うくせに、対抗せずにはいられないこの在り方。
良くも悪くも、これが俺達の『関係』なんだ。
こんなだから、きっと最後は上手くいく。そんな確信が、なにがあってもこいつといれば持つことが出来る。
「よし、そうか、そうだよな。そうとなれば、やはり改めて己を研鑽せねばなるまい。一夏、道場に行くぞ」
・・・ああ、最後はやっぱ上手くいくよな、多分。こういうオチさえつかなければ。
本当は前の話と一緒になってた箒さんのお話。分割しない方が良かったかも。男女である前に人と人同士、こういった関係の二人も個人的にはアリかなーと。・・・デレデレな箒さん好きの人にはごめんなさいとしか言えません。