――――事は、あの生徒会室での出来事の前の一日前に遡る。
「うむ、上出来上出来。その調子で精進してくれたまえ」
その日は、いつものようにあらかじめ二週間分程予約しておいた、放課後のアリーナの使用許可時間中に白煉と『例』の練習をしていると、いつかのように突然更識先輩が乱入してきたのだ。
今のところ成果としては芳しいものは出ていないが、彼女はそれを見ただけで、どうやら俺が彼女の言う『宿題』をこなしてきたことをわかってくれたらしい。満足そうにそう言いながら頷くと、
「まぁ、『やり方』を見つけたのならこれ以上私の方から特別に教えることはもうないけど……君の方から質問があるなら受けるわよ?」
一度講師を受け持った責任感からか、そんな声を掛けてきてくれる先輩。
気持ちは嬉しいのだが、こっちはもう方針が決まって最終的な成果がどうなるにしろ後は積み重ねる段階にきてるので今のところは特に……
と、考えたところで。今の今、他にことIS関連で大いに困っている奴を一人思い出した。
……正直あいつ自身が全く面識のない相手にあいつのことを紹介するのは色々不安だったのだが、俺等の知識量なんかじゃ全然力になれていない現状、国家代表でもあるという更識先輩なら或いは、という思惑もあって、しばらく悩んだ末に俺は話を切り出した。
「えっと、俺の方は特に問題ないんですけど……ガキん時からの知り合いで、ISのことでちょっとトラブってる奴がいまして」
「ふむふむ」
――――……
「ん~……実際そのISを見てみないとなんとも言えないところはあるけど、力にはなれる、かも。私がダメでも整備課には結構知り合いもいるし」
「ホントですか?!」
一通り事情の説明を受けて、口に指を当てて考えこみ始めてしまった更識先輩を見て、流石にこの人でもいきなりこんな相談をされても困るよな、と思って忘れてください、と続けようとしたところで思わぬ反応があって俺は思わず大声をあげた。
「そ、それなら……!」
「うん、まぁ君の頼みっていうんならこっちも是非引き受けてあげたいとこだけどぉ……ちょっとこれ、『気まぐれでイメージインターフェイスの扱いに梃子摺ってる子にちょっと助言をしてあげる』のとはスケールが違ってきちゃうわよねぇ。私も立場上暇じゃないし、最悪私以外の人も動くことになるし」
「……!」
そして更に続けてお願い出来ませんか、と言おうとしたところで、まるでこっちにストップをかけるように言葉を割り込ませる更識先輩。先程まで口に当てていた指をつうっと顎の下に滑らせてながら放たれたその一言で、俺は体感的に一気に五度くらいは体温が下がった気がした。
……つまり、『タダでは出来ない』ということか。まぁ確かにいくら顔見知りとはいえ便乗するみたいでかなり図々しいお願いなのは自覚してるし、妥当なところだとは思う。だがこの人が対価として何を求めてくるかってのが全く読めないのが怖いところだ。他の知り合いならこんなことはないんだが。
しかし彼女以上に本人の知識と実力、そして学園内でのツテのある人に全く心当たりがない以上、今を逃したらこれ以上の条件はもう望めないかもしれない。それを考えたら、もう自分の中で答えは出ていた。
「……へぇ。一応、君のために忠告してあげたんだけどなぁ。ねぇ、その子ってさ。一夏君にとってそんなに大事な子なの?」
そうして答えを告げる俺に、目を細めて興味深そうに訊ねてくる先輩。
「大事っていやあ、大事ですよ。ある意味、今の俺があるのはあいつがあってみたいなモンですしね」
「ワォ、ご馳走様。いい人?」
「……やめてくださいよ、違います。確かに綺麗になったとは思うけど、根っこは全く変わってなくて表向き全然女っぽくない奴ですし。それにちょっと今はそういうの、考えらんないんで」
「そ、そう……やっぱり、弾君が」
「あー言っときますけど俺が年上にはキレないと思ったら大間違いですからね」
「アハハ、ごめんって」
それに応じているうちに、次第にしょーもない話になっていく。が、そんな話を少しの間続けたところで、更識先輩は堪えきれないといった感じで唐突にクスクスと笑い始めた。
「……先輩?」
「フフフ……! あ、うん、ごめん、なんでもない……! うんにゃ、やっぱ君『いいなぁ』。後からでも別にどうとでもなると思ってたけど……このままおいそれと『他』に取られちゃうのは勿体無いや」
「何を言って……?」
更にこっちには何のことかわからない、それでいて嫌な予感をさせるようなことを俯いて腹を抱えながら言い、俺がそれに戸惑っていると、更識先輩は突然いつものニッコリ顔で顔を上げ、
「……おっけ、いいよ。篠ノ之箒ちゃん、だっけ? その子のことも何とかしてあげる。ただ私の方からいきなり声掛けてもびっくりしちゃうだろうから、何か機会があったら君から直接紹介してくれないかな」
「ほ、本当ですか……! いや、それは勿論……あ、でも……」
「何? 『特別授業料』が心配? ……うふふ、冗談だって。ただその子にいい顔したいためだけに、私を利用しようとしてるのかどうかをちょろっと確認してみたくてカマをかけただけ……おねえさんは本当に友達想いの後輩には優しいの。君のその気概に免じて、『タダ』できっちり面倒見てあげる」
「お、おお……!」
謙虚に鉄の斧を選んだことで総取りに成功したということか……ちょっと違う気もするが。だがこれでまだ確定ではないにしろ心配事が一つ減りそうだ、と安堵しかけるが、
「いいんですか? ……流石にお世話になりっぱなしだ。大したことは出来ないですけど、俺からなんか返せるもんがあれば……」
過去を振り返ってこの人には最近何かと借りを作ってることに気がつく。所長曰くタダほど怖いものはないそうだが、そういうのを抜きにしても心情的にどこかで清算は済ませておきたい。
「ん、別に気にしなくていいのに。困ってる後輩を助けてあげるのは先輩として当然のことだし……でも、そうねぇ。折角、そう言ってくれてるだし」
更識先輩は最初本当に別にいい、といった感じでサッパリ笑っていたのだが、それでも食い下がると再びさっきと同じポーズで少しの間考えこんだ後何か思いついたようにポン、と手を叩き、
「じゃあさ……ちょっと一つお願いしたいんだけど、聞いてくれるかな? 無理にとは言わないからさ」
両手を合わせて、拝むようにある頼みごとをしてきた。
その内容に俺は最初ちょっと抵抗があったが、明確に借りをつくってしまった事実もあり、きっぱりとは断れずに取り合えず考えておきます、と半ばお茶を濁す形でその場を収めて、更識先輩の方もそれに納得してくれたように見えた。
――――しかし、今になって思う。
その考えは甘かった……甘かったのだ、と。
例の学園祭を巡る更識先輩と一年のクラス代表勢との諍いに決着をつけるXデーは、あの生徒会での騒動があった一週間後に決定し、瞬く間にその日はやってきた。
その辺の事情こそ当時生徒会室にいた面々以外には知らされなかったが、この学園始まって以来異例の四対一の変則ハンディキャップマッチという試合内容、それも戦うのは一年生の選りすぐりの精鋭であるクラス代表軍団と、真偽すら定かでない噂がいくつも飛び交いその実力すら下級生は良く知らない生徒会長というのもあり、アリーナには多くの観客の生徒や教師が集まっていた。
この俺織斑一夏は、そんな群集の中で一人頭を抱えながらこれから始まることを何も出来ないまま見守っていた。
「おい。一体どうしたというのだ」
そんな見るからに一人場にそぐわない様子でソワソワしている俺を、心配そうに覗き込んでくる隣の箒。
「……正直相手を舐めていたというか。なぁなぁで済ませようと対処を怠っていたら外堀を埋められ始めたというか」
「何?」
「いや……なんでもない」
それに対して曖昧で要領を得ない返答しか出来ない俺に、箒はさらに首を傾げた。
くそぅなんだその可哀想な人を見る目は。元はといえば、こうなったのはお前のためであってだな……とは言えないのが辛いところ。言ったところでまた私の与り知らないところで余計な真似をして、等と突っぱねられお互いにとって面白くもない事態に発展するのが目に見えてるからだ。
「最近特撮に嵌ってちょっと寝不足なだけだから気にするな……ところで他の代表候補生の面子はどうした? 鈴とセシリアはこれから試合だけど、ラウラとシャルロットは?」
「特撮だと? お前そうでなくともこの忙しい時期に貴重な時間を削ってそんなものを見て遊んでいる余裕が……む。あの二人は私も知らん。今日の朝何やら二人で揉めているのを見てそれきりだな」
だから適当に、強ち嘘でもない事実を口にしてごまかす。それを真に受けて箒は一瞬呆れたような表情をしながら尤もな説教しようとしたものの、その途中で普段散々俺に他人じゃなくて自分のための行動をしろと言っている自分の身の上を思い出したのか、少しブスッとしながらもこちらに応じてきてくれた。
……そんな姿を見せられると、改めて心配されてんだな、と感じて内心ちょっと申し訳なくなる。けれどそういう俺の在り方を俺自身が変える気がない以上、謝るのも礼を言うのも違う気がして、結局俺はいつものように何も見なかったことにして会話を続ける。
「揉めてた? あの二人、何か繋がりあったか?」
「山田先生から聞いた話では、寮で相部屋になったそうだぞ。共同生活を送る上で何か諍いがあったのだろう……遠目から見た限り部屋の前でシャルロットが何やら慌てた様子で一方的にラウラに詰め寄って、それに対してラウラが不思議そうにしている感じだったな」
「…………」
「……そんな心配そうな顔をするな。二人ともあまり険悪そうな雰囲気ではなかった、だから私も間に入らなかったのだ。そう大事ではあるまいよ」
が、それは結果として俺に新しい不安を齎した。箒はさほど気にしてはいないようだが、こいつと違ってシャルロットの正体を知っている俺としてはあいつ絡みのトラブルとなると正直気が気じゃない。相手が色々なところにこっちも良くわからないパイプを持つ現役軍人のラウラとなれば尚更だ。
……まぁ今のあいつなら、『それ』を知ったところでそれ関連で下手を打つような真似はしないだろうとは思うし、一組の皆のあの反応を見るにそもそもこの秘密は今となっては、少なくともこのIS学園においてそこまで重要なものなのかもわからなくなってきてはいるが。
「一応、探してきたほうがいいかな」
「友人想いなのは結構なことだがな、こちらももう始まるようだぞ……それに、片割れはもう『見つかった』」
「……へ?」
心配になり立ち上がりかけた俺に向けられた箒のその言葉の意味がわからず俺が首を傾げるのと同時、ピットに直通するカタパルトから四機のISが続けざまに空に打ち上げられる。
そしてその中に、見覚えのある重厚な黒い装甲を持つISの姿を認めて俺は漸くその意味を理解した。
「な、なんでラウラが出てんだよ? クラス代表四人相手の試合の筈だろ?」
「会長本人がゆうとったんや……『自信ないなら代わってええ』ってな」
「?!」
そのことに戸惑う間もなく後ろから声を掛けられて、俺と箒は聞こえた方を振り返った。
するとそこには、本来ならあの場所にいなきゃいけない娘が、何事もないかのように客席に鎮座しながらポップコーンを頬張っていた。
「アンタが織斑一夏か。噂通りの男前やな。隣のも知っとるで、篠ノ之箒。ウチのが随分前の新聞持ち出して未だに騒ぎよってな」
「君は……三組のクラス代表の」
「レベッカ・モンティ。三組の連中からはベッキーって呼ばれとるわ。よろしゅう」
「…………」
そして相変わらずとっても軽い調子で自己紹介する三組のクラス代表のレベッカ。一方で見覚えのない相手に急に声を掛けられた緊張から露骨に眉根を吊り上げ警戒モードに入る箒を見られるのは不味いと思った俺は、
「お、おう。宜しく。初めまして……じゃないよな、集会んとき何度か顔合わせてる」
脊髄反射的に速攻で彼女に対応した。目論見は上手くいき、レベッカの注意が箒から逸れる。
「んー、あーせやったかぁ? ……おーせやったなぁ、アカンアカン、忘れとった、堪忍や。どうも一ヶ月以上前のことはすぐ忘れよるよって、そんなやから未だに代表候補にもなれん有様や」
そして俺のその指摘にテヘヘと頭を掻きながら謝ってくるレベッカ。
……まぁ俺も一週間前のことがなければ彼女のことは多分思い出さなかっただろうし、その辺りはお互い様だ。まぁ違うクラスの奴のことなんてよっぽど目立つ奴でもない限りそんなモンだろ、と気にしていないことを伝え、話を続ける。
「でも適正高いって聞いてるけどな。この前なんて二年相手に模擬戦で勝ってたって」
「アレは事前の山勘対策がばっちし嵌っただけ、フロックちゅうヤツや……一応イタリアの仲間ん中じゃ一番適正高いっちゅうんはホンマやけどな。ま、ウチは元々ジプシー生まれよって、審査が厳しいんはそこら辺もデカイんやろけど。余所モンがええ待遇受けるんには相応の結果ださなアカン」
「んー、その辺の事情はよくわかんないけど……実績欲しいんなら自分から降りることなかったんじゃないか? 相手は国家代表だけど、四対一で戦えるんだぞ?」
「今回はちぃっと、そういう私情抜きで勝たなアカン勝負よって。念には念を、ちゅうヤツや。あのちっこいのはあのタッグマッチ以降一度も黒星ついとらん、一年じゃ今んとこ一番の実力者やしな」
そう言って、そらウチとしても苦渋の決断やったんやで、と溜息を吐きながらこれから始まる試合の方に目を向けるレベッカ。
……確かにまず負けは考えられないような勝負とはいえ、いやだからこそもしその万が一が起こってしまうようなら、一年全体の威信に関わる上に学祭も台無しになる。その事態を絶対に防ぐための、彼女としてはダメ押しの一手なのだろう。
俺も立場や心情的には当然あいつらに勝って欲しいというのはある。流石にここまですれば安泰だろう、と思いたくなるが、
――――負けるために、買った勝負じゃないよ。
……あの更識先輩の『自信』。それが、どうしても頭から離れない。俺が今まで知ったあの人の性格上、根拠のないそれを迂闊に振りかざすような人だとはどうしても思えない。だから結局、今日という日まで俺の不安が消えることはなかった。
それに――――
「ラウラが無敗……? ん? あいつこっちきてから誰か相手に模擬戦とかしてたっけか?」
「……? 妙なこと言いよるな? 自機や他国のデータ取りが主な目的で来とる代表候補生がその辺り疎かにすると思うか?」
「い、いや、それはそうなんだけど。いつも結果だけ聞かされるんで実感ないというか……あれ? 俺、そういやあいつが試合に出てるの見たことないような……」
「…………」
言いかけたところで、相変わらず始終無言の箒がなにやら露骨に気まずそうにこちらから目を逸らした。
「……お前何か知ってんな?」
「……! な、何を言っているのかわからんな」
「白々しいぞ箒の分際で……そういや前からおかしいと思ってたんだ。ラウラの取り組みある日に限って一組の誰かしらがいっつも用事があるとかで声掛けてくるしさ。それも最多は確か、お前だったよな、箒」
「ぬ、ぬぅ……」
「……吐け。なんで今まで、俺がラウラの試合見ようとすんの妨害してきやがった? それもクラスぐるみで」
「いや……そのだな。これは一応善意の行いというか、人助けというか……」
「あぁ?」
それに気がつき、そのうえらしくもなくのらりくらりとした返事をする箒に若干イラつきつつ詰問を続けていると、
「あちゃあ、何ぞ余計なことゆうてもうたか。どうどう、痴話喧嘩は後にしぃ、お二人さん。もう、始まるみたいやで?」
何が楽しいのか、ケラケラ笑いつつではあるが、後ろのレベッカが止めに入ってきた。
まぁ、確かに今ここで追求すべき事柄ではないかもしれない。後でまた話を聞かせて貰うぞ、と箒に視線を一度送ると、先程四人が飛び出していった試合場の方に目を向ける。
が、その場には相変わらず更識先輩の姿は見えない……もうすぐ試合時間の筈なのだが。
ISを展開しフィールドに滞空している四人も、一向に現れない対戦相手に困惑している様子だ。
「……? 更識先輩、来ないじゃないか。何かあったのか?」
「なにゆうてんの、もうおるで。アリーナのパネルんとこ見てみぃ」
「……?!」
言われて視線を移し、驚いた。
確かにそこには、既に更識先輩のISがフィールドに出撃していることを示す緑色のランプが点灯していたからだ。だが……
「でも、実際見た限りじゃどこにも……」
いないぞ、と言い返そうとした、まさにその瞬間。
「――――ばぁ」
『ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ?!』
とても間の抜けた声がオープンチャンネルで聞こえたかと思ったのと同時、アリーナ全体に轟く様な、尻尾を思い切り踏みつけた際の猫の悲鳴のような凄まじい絶叫がやはりオープンチャンネルで響き、その場にいる全員が思わず耳を押さえた。
「あ、あのバカ! なんて声で叫んで……!」
これは鈴の声だ。未だに先程の音響攻撃でグワングワン回っている頭を押さえつけながら何事かと空を見上げると、そこには形振り構わず狂ったように怒りながら双天牙月を展開して振り回す鈴の駆る甲龍と、丁度それから逃れるように下に向かって飛び降りていく人影が見えた。
「な……!」
その人影は、見るからに生身だった。にも拘らず、甲龍から地上まで、ゆうに二十メートルはあろうかという距離を垂直に落下し、何事もなかったかのように着地した。
彼女は修道女のような……というより、修道女の姿そのものだった。少し明るめのコバルトブルーで統一されたカソックとウィンプルを纏い、首に全体的に骨で出来ているような禍々しい意匠が施された鎖で繋がれた、青い光を放つ水晶のようなもので作られたロザリオを掛けているその人影。最初あのウィンプルで良く顔が見えなくてわからなかったが、間違いない。あれは……!
「……くっくっく。二度目の不覚よ鈴ちゃん。んー発展途上とか青い果実とか、それはそれでナニかイケナイ感じがして胸がトキめくわよねぇー」
「こ、この……このぉ……!!」
ああ、あのダメな感じは更識先輩だ。一方で言葉を向けられた鈴は顔を真っ赤にし目尻に涙を溜めながら、最早いつもの憎まれ口が出てこないレベルまでブチ切れていた……あの人一体さっきの一瞬であいつになにした。
「何……奴は一体何処から現れた?」
「そんな……! センサーには何の反応も……!」
「…………」
そして突然姿を表した更識先輩に対し戸惑いを隠せない様子の他の面々。当の本人はそんな彼女達の様子を目を細くしながら何処かガッカリした様子で見つめ、
「ふぅん……ま、元々期待してたワケじゃないけど、こんなモンなのね。いいわ、まずは軽く揉んであげるトコから始めましょうか。さぁおいで」
その妙な修道服のコスプレのまま、挑発するように手を上げて宣言。それと同時に、試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。いや、鳴り響いて、しまった。
対する四人は動けない……当然だ、見るからにISを展開してもいない相手にISで攻撃するなんて、普通の感覚をしていれば到底出来ない。だがその感覚は更識先輩には思い至らないのか、彼女は試合が始まっても一向に動き出す気配のない相手に不思議そうに首を傾げながら、
「ん~? ……ああ、そっか。そういえばあなた達にはまだ見せてなかったわね。『これ』が、私のIS。『ミステリアス・レイディ』よ。もうとっくに展開は終わってるから、遠慮せずにかかってきていいのよ?」
やがて漸く何か思いついたようにポン、と手を叩くと、自身のカソックの裾を摘んで翻しながら、そんな衝撃の事実を告げた。
「あれが……ISだって?!」
「……!」
未だ一年生では見たことのある人間が殆どいない生徒会長のISの思わぬ正体に、一年生の観客席からも動揺の声が広がっていくのがわかる。特に箒は、その言葉を聞いて明らかに驚きを隠せない様子で目を見開き、更識先輩に視線が釘付けになった。
「装甲のない……ISですって?」
「まさか……いや、しかし……」
そしてそれは、今試合に出ている四人も同じ……いや、簪だけは知っていたのか、いつものように感情が表に出ていないからかは知らないが特に堪えた様子はない。鈴とラウラも、一瞬何か思うところがあるような顔でこちらを……箒を見たような気がするのは気のせいだろうか。
「ふふ、信じられないって? しょうがないなぁ、先手は譲ってあげるつもりだったけど、そこまで物分りが悪いんならちょっとだけ、私のISのチカラを見せて――――」
一方で事実を告げても尚動く様子のない四人を見て、更識先輩は半ば呆れた様子でそう言いながら首にかけたロザリオに手を伸ばそうとして……最後まで言い切ることが出来なかった。
いや、恐らく言い切ったのかもしれないが、その前に彼女の言葉を凄まじい爆音が遮ったのだ……更識先輩が動きを見せたのと同時に容赦なく発射された、打鉄弐式のミサイルの着弾によって。
「ぬ……布仏さん?!」
ISがなければ人一人なんて容易く吹き飛ぶ威力のそれによる爆発に一年生の観客席のところどころから悲鳴があがり、俺も思わず立ち上がって声をあげかけた。簪のすぐ近くで滞空しているセシリアも彼女に抗議するような声をあげるが、簪はそれを聞こえていないかのように無視し、もうもうと立ち上がる黒煙の中に消えた更識先輩からあくまで視線を外さない。
「――――ふむ、火力はそこそこ。でも普通のISならともかく、私のレイディに届かせるには全然『足りない』わねぇ」
「っ……!」
「な……!」
その簪の態度が癇に障ったのか、さらに彼女を追及しようとするセシリアだが、それは直後にオープンチャンネルから響いた声に遮られる。自然と発信源を追った残り三人の目は、自ずと簪が既に視線を向けている場所と一致した。
……すなわち、次第に晴れてきた黒煙の中からミサイルが直撃したにも拘らず全く無傷の状態で姿を現した更識先輩の方に。
「だから、ね? 他の子達も早くきなって。あなた達にあげる時間はきっかり四分。そこから先は……一人一分の配分で落とさせて貰うって、今から宣言しとく。つまり少なくともこれから八分以内にこの試合は『必ず』終わって――――」
更識先輩はそのままさっきの一撃などなかったかのように薄らいでいく黒煙の中から悠然と歩み出ながら、再び滞空する四人の前に立ち、
「『今の』あなた達が私に勝つには、私の攻撃が始まらない前半戦でどうにか私に致命打を撃ち込むしかない。さぁ、どうするの? もう第一ラウンドのカウントは始まってるよ?」
余裕の表情を崩さず、再び彼女達を煽る。
「……上等! さっきのお返し、百万倍にして返してやる!!」
「こ、こうまで舐められてしまっては、一度考えを改めて頂かなくてはなりませんわね……その言葉、後になって後悔しても遅いですわよ……!」
「う、話と違う……些か不本意だが。受けてしまった以上は、どんな条件であろうとやらねば……」
「…………」
その挑発がどれほど効果的だったのかは、明らかに四者四様という感じだったものの。
あのミサイル直撃で無傷だったいう事実も背中を押したのか、簪以外の三人もここに来て目の前の相手を撃破すべく動き出した。
「うふふ……」
代表候補生四人の波状攻撃。普通に考えれば、いかに国家代表クラスといえど絶望的な状況。にも拘らず、更識先輩は相変わらずいつもの陽気な、それでいて底の見えない不気味な笑顔を浮かべていた。
かつてないレベルで酷い副題。略してIS(死)。
なんてアホな話はさておき、長らく更新できず申し訳ありません。あまり忙しいことを言い訳にしたくないのですが、ちょっとここ最近本当に立て込んでました。
たっちゃんのISの外観は別にこの副題がやりたかったからという訳では当然なく、色々立て込んだ事情があったり。それを全部説明できるのは、また後の方になってしまいそうなのですが……