IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第八十六話~仕組まれた触発~

 

 

 「さぁ、唄ってもらうわよ生徒会長……まぁあんなふざけた通告、撤回するまではなに言われても納得する気なんてないけどね」

 

 「ええ。いかに生徒会長とはいえ、ここにきて一方的にわたくし達の学園祭を台無しにしようなんて、認められるものではありませんわ」

 

 満面の笑みを絶やさないまま、テーブルに肘をついて腰掛ける更識先輩に詰め寄る鈴とセシリア。

 特に鈴は今にも先輩に噛みつかんばかりの剣幕だ。セシリアにしても、平静を装ってはいるが大分眉間に皺が寄っている。俺ならこんな状態の二人に詰め寄られたら、腰の一つは間違いなく引けることは受けあいだ。

 

 「ハハッ、暑いなー。ほらほら、そんな暗くなったらアカンて、自分。アンタは何もしとらんのやし、あの二人に任せときゃ何とかなるよって」

 

 「…………」

 

 よく見れば、他にも鈴達と一緒に入ってきていた娘達がいた。

 うち一人は先輩に直接絡まず様子見しながら気軽な様子で一緒にいるもう一人に怪しい関西弁で声を掛けている、健康的な日に焼けたおなかがチラリと見えてしまっているくらいIS学園制服をラフに着崩したラテン系の少女だ。見覚えがある……そうだ、最初のころのクラス代表の集会で、セシリアに頼まれて補佐としてついていった時に見た娘だ。確かイタリア出身の、三組のクラス代表だった筈。

 そしてもう一人。彼女に声を掛けられても返事を返さずただ俯いている方の娘は、もっと見覚えがあった……って、簪?!

 

 「ま、あなた達の立場に立てば言いたいことはわからなくもないけどねー……けど、悪いけど従ってもらうわ。当初の規定にしっかり書いてあるもん。クラス各単位で対処できる範囲を逸脱した事態が起こった場合は、同学年全体に連帯責任を負って貰うってね。この場合はまさしくそうなんじゃない?」

 

 「っ……!」

 

 ここにきて思わぬ人物の登場に驚く俺を尻目に、とうとう現在進行形で二人のクラス代表に詰め寄られている更識先輩が、座っている背もたれ付きの椅子に体重を預けて寛ぎながら、余裕綽々といった様子で二人の詰問を突っぱねる。

 その返事に鈴は露骨に大きく舌打ちして余計強く先輩をにらみ付け、心なしか最初から俯いていた簪がますます小さくなったような気がした。

 

 「で、ですが! 一部の問題のある生徒の行動の為に、何故わたくし達まで……!」

 

 そしてセシリアは憤懣やるかたないといった様子で、どういう訳か先輩ではなく簪の方を睨んだ。

 すると、そこで今まで傍観していた三組のクラス代表の娘が簪を庇うように前に進み出る。

 

 「待ちぃ、一組の。発端は確かに四組、けど別にこの子がやらかした訳やない。それに、今大事なんはそんな話なん?」

 

 「……そうね。問題起こすだけ起こしてさっさと停学食らって消えたバカの話なんてここでしたところでどうしようもないわ。今大事なのは『私達の学祭』を潰さないことよ」

 

 その娘の言葉に、鈴も苦虫を噛み潰したような表情ながらも同調する。

 セシリアもそれを受けて内心は鈴達と同じ意見だったのか少し恥じ入るように俯いたが、それでも何処か納得がいかないように唇を強く噛んだ。

 

 ……学祭の話、か? それも、何か一年全体の行事参加に関わるような出来事が起きたってこと、なのか。そういや、簪ってクラス代表だったんだな。

 

 俺がそんな感じで今まで入った情報を頭の中で纏めているうちに、向こうの生徒会室で動きがあった。

 今までずっと俯いていた簪が、何か決心を固めたように顔を上げ、更識先輩の前にずいと進み出たのだ。そしてメモを一枚千切って、先輩の前に差し出す。

 ……ここからじゃ位置が遠すぎて、なんて書いてあるかは見えなかったが。先輩はそのメモを見て、余裕の態度を崩さないままゆっくりと目を細めた。

 

 「ふーん……ま、そうね。元はと言えば確かにあなたの監督能力の無さが招いた事態とも言えるわね、布仏さん。で、それが? あなたが、あなたのクラスの娘達が壊した二年生の出し物の舞台を元通りに直すためのお金を出してくれるってこと? 言っておくけど、それが出来たとしても『ダメ』よ。『決められた予算の上での運営』……これは絶対。生徒会は一切の例外を認めない」

 

 「……!」

 

 「だからさぁ……あなたのクラスに配分された予算全部返上しても間に合わないから、こういう話になってるってわからない?」

 

 「ほな、ウチのところも減らしてくれていいわ。幸いまだ出し物決まっとらんし、そんなら予算かからんやり方なんて全然やりようあるしな。その分をもう動き始めちゃってるそっちの奴らに回してやりゃええやろ、なぁ会長。そんじゃアカンの?」

 

 「……ベッキーちゃん」

 

 そして二人は片方が筆談の状態で言い争いを始めたが、そこですかさず三組の娘が簪の援護に入る。

 ……なんだ。あいつ、ちゃんと俺等の他にも味方になってくれる奴いるじゃんか。

 

 そう俺が少し安堵したのも束の間。更識先輩は二人の説得を受けてやっとその飄々とした態度を若干改めたものの、首を横に振った。

 

 「ダメよ、決まりは決まり。最初の通達通り、一年生は全クラス当初の予算の『半分』で計画を進めて貰う。これはもう決定よ、変更はないわ」

 

 「そんな……もう準備は始まってますのよ。今更そんなことを言われても、もう計画の変更は……」

 

 「だってあなた達の計画がどうとか、私達には関係ないしぃ~。まぁ一つ言えるのは、私の『決定』通りにやれないってことならあなた達の学園祭とやらはぜーんぶおジャアア~~~ン! になっちゃうってことねぇ~」

 

 「……!」

 

 先輩の無慈悲な宣言に絶望的な声を上げるセシリア。

 それを聞いて尚明らかにそこにいるクラス代表達を挑発するように、台無し、といった感じで両手を広げる先輩に彼女達全員が殺気立つ。

 

 「っ……! ダメだ鈴、セシリア! 乗せられるな!」

 

 届かないとわかっていても、思わず叫ぶ。

 ……更識先輩の目的は見えない。だがあれは、間違いなく最初の一言目から『意図的に』あいつらを煽ってる。先輩は多分、学祭のこととは『別に』、冷静さを奪ってまで彼女達から引き出したい『何か』があるのだ。そしてこの話は、あいつらが『それ』にさえ気がつければなんとかなるような気がするのに……!

 

 そんな俺の願いも空しく、バン! とテーブルを叩く音が響いた。

 ……しかし、それを行ったのは俺の当初の予定と違った。四人の中では一番大人しそうな、簪だったのだ。

 

 「……!」

 

 そのまま更識先輩を強く睨みつける簪。その段になって、俺はただ簪がテーブルを叩いたわけではないことを悟った。

 簪は、新しいメモを先輩に見えるようにテーブルに叩きつけていたのだ。先輩は、相変わらずここからでは見えないそれの内容をチラリと確認し、

 

 「へぇ……」

 

 ほんの、一瞬だけ。ニヤリ、ととても嫌らしい笑みを口元に浮かべた。

 

 「成程、成程……確かに確かに。『そのやり方』なら、私のこの『決定』を覆せるかもね。それもまたこの学園のルールだし。けどー……こうも舐められちゃうとはねー。私が一年生の一学期からここの生徒会長やってて今まで一回も変わってない『理由』、少しは考えたことあるのかな? 布仏さん?」

 

 「…………」

 

 そしてテーブルに頬杖をつきながら、どこか嫌みったらしい口調で簪に問いかけるが、簪は動じずただ真っ直ぐ更識先輩を見つめ返す。先輩はその反応が単に気に食わなかったのか、それとも彼女にとって何か予想外だったのか。ここにきて、先輩から初めてその不適な笑みが消えた。

 

 「……いいわ。『受けてあげる』。ただ、はっきり言ってあなた一人じゃ役不足もいいトコだし……『あなた達全員』、きっかり面倒見てあげるわ。なんだったら、代役立てても構わないわよ。自分の実力に自信がなければね」

 

 「……!」

 

 そして直後に放たれたその言葉に、その場にいる全員が衝撃を受けたように表情が固まった。

 ……なんだ、どういうやりとりが交わされてる? あのメモが見えないのが痛い、なにか肝心なところだけ知りかねているような気がするが……

 

 「本気なの? そりゃ、アンタのキャリアも実力も知ってるけど……『四対一』よ?」

 

 「わたくし達の内、三人が代表候補生ですのよ? レベッカさんにしても一学期では適性値Aの、専用機持ちでない一年生としては箒さんに勝るとも劣らない実力者として名前が通っていました。貴女の言葉を借りますが、舐めていらっしゃるのはどちらかしら?」

 

 俺がそうもどかしい思いをしているうちに、鈴とセシリアの声が響く。二人とも一見冷静な声だが、あれは多分却って『頭にきすぎて』声が冷え切っているだけだ。これはもう、いよいよもって本格的に不味いかもしれん。

 

 「まぁ、ええやんかお二人さん。まーアンタ等には代表候補生の面子ってモンもあるんやろうけど、そいつはウチらの学祭を無事にやり通すためのチャンス潰してでも通さなアカン程のモンなんか?」

 

 「…………」

 

 と思ったところで、宥めるような三組のクラス代表の娘の声が掛かる。簪も手にしたメモで口元を隠しながら何処か申し訳ないような視線で二人に送り、それを受けた鈴とセシリアは一度グッと息を飲み込んで自分を抑えていた。

 

 「話は決まったみたいね。じゃあ、改めて予定を組むから。決まったらまた通達するから今日はもう帰っていいわよー……っと、あーそうそう」

 

 更識先輩はそんなクラス代表達の様子を楽しそうに見守っていたが、なんとか纏まりそうな頃合になってそう声を掛けると、最後に急に何かを思い出したように手を叩き、

 

 「この件は確かに『受ける』けど……ぶっちゃけリスクなしで『こんなこと』を毎回認めてるなんて思われちゃうと後々立場上面倒くさいのよねぇ。だから……もしあなた達が『失敗』した場合、『掛け金』を頂くわよ。いいわよね? そうじゃなくともこの上なくあなた達に有利な条件なんだしさ」

 

 そう告げた。その言葉で落ち着きだした二人の表情が、再び曇る。

 

 「……何? なんか、あたし達に要求するものでもあるワケ?」

 

 「そうねぇー……ああ、そうそう。この生徒会室の張り紙見てくれた? 私達、今一年生のフレッシュな人材を絶賛大募集中なんだけどぉ……どうも今年は今一つ集まりが悪くてね」

 

 「へぇー。ほんならなんや? ウチらが負けたら会員募集のビラ配りの雑用でもしろっつーんか?」

 

 「む……ま、まぁですがそれくらいのことであれば……」

 

 「ばーか、何呑気なこと言ってんのよ! この狸女のことよ? そんな甘っちょろい話で済むわけ……!」

 

 「…………!」

 

 更識先輩が続けた一見ただの悩み事のような話を聞いて、セシリアと三組の娘はまだどういうことかわからなかったようだが、鈴と簪がここになって何かに気がついたように焦り始めた。更識先輩はその後者の二人を見てまるで彼女達が思っていることが事実だと肯定するようにこの上なくニッコリ笑い、

 

 「まぁそれも悪くはないけど……それよりもっと手っ取り早いやり方があるじゃん。私が勝ったら、一年生の中から私が気に入ってる子を生徒会に引っ張らせて貰うわ。それが『掛け金』よ」

 

 「……!」

 

 止めを刺した。四人の顔が、またしても凍る。

 

 「そ、そんなこと……!」

 

 「そう? でも『ベット』出来ないなら残念だけどこの話はナシよ? 今から半分になった予算のことをクラスメイト達に知らせてがっかりさせるか、それとも私に返り討ちにされて知らず知らずの内にあなた達のために『賭け金』にされた娘に恨まれた上に全部ダメにするか……」

 

 「っ……!」

 

 「――――四人がかりで私を倒して『決定』を撤回、『あなた達の学園祭』とやらにケチをつくのを見事防いで見せるか。あなた達に選べるのはこの三つだけ。これを理解した上で、まずは『伸るか』『反るか』を決めなさい」

 

 まぁ私はどっちでもいいけど、と本当にどうでも良さそうに続けながら、三本指を立てて四人に突きつける更識先輩。

 余裕の表情を崩さない先輩とは裏腹に、クラス代表四人は息を飲む音が今にも聞こえてきそうなくらい緊迫した雰囲気だ。

 

 「……一つ、聞いていい?」

 

 「なぁに?」

 

 その中で、一番最初に口を開いたのは鈴だった。更識先輩は特に気負った様子もなく、鈴の質問に対してただ続きを促す。

 

 「その『掛け金』とやらを誰にするかは、こっちが決められるワケ?」

 

 「……鈴さん! こんな話……!」

 

 「黙って、セシリア。大事なトコロよ」

 

 セシリアはこの更識先輩の提案自体が納得出来ないのか、条件次第では乗ろうともとれるそんな鈴の問いを聞いて抗議の声をあげようとするが、有無を言わせぬといった様子の鈴の二の句をでそれを封じられた。

 

 「ああ、何そんなこと? さっき『私が気に入った子』って言ったじゃん、それにこれはあなた達がダメだった場合の話よ? 誰にするかはもう大体当たりつけちゃってるし、四人がかりで私に負けちゃう程度の相手に一々お伺いを立てる必要なんてあるの? ……だから、『誰にするのか』なんて聞くのもナシね? それを教えちゃったら面白くなくなるしぃ」

 

 「……チッ」

 

 そして返ってきた更識先輩の言葉に露骨に舌打ちする鈴。といってもその表情は予期せぬことに対する動揺というより、寧ろ想定通りの答えに対する苛立ちといった感じが強い。やっぱあいつは一回面識あるだけあって、ある程度は相手の性質の悪さをわかっているようだ。

 なら後はもう少し冷静になってくれたらいいのだが――――

 

 「いいわ、それでもあたしは四組の子に『伸る』……こいつ前からムカついてたのよ。先輩気取りでルーキー舐めてると痛い目見ることをわからせてやるわ。つーか泣かせる」

 

 なんて俺の願いも空しく、鈴が一番最初に名乗りをあげる。

 畜生鈴の野郎学祭云々よりも多分私怨に走りやがった。なんか泣かせてやるとか言ってるが、その相手に前に逆に一回くすぐり攻撃で泣かされちゃってる事実を知っている身としては格好のつかないことこの上ない……しかし意外と執念深い奴だ。普段からかうのも程々にしたほうがいいかもしれない。

 ただ思いっきり悪い顔になってる辺り、あいつにはそれの他にも別に何か考えがあるような気がするが……

 

 「鈴さん?!」

 

 「じゃ、ウチも。要は勝ちゃええってコトやろ? それにそうなりゃ追加で貰える『副産物』も美味そうやしなぁ」

 

 「なっ……!」

 

 鈴の決意表明に大声をあげるセシリアだが、そのすぐ後に三組の娘も進み出て余計に慌てだす。

 ……まぁこんな話、あいつは納得は出来ないだろうなぁと思う。だがかといって周囲にもう味方はいず、事の詳細こそ俺にはわからないものの、話の流れ的に拒否すれば一人勝負から逃げた形になる。人一倍プライドの高いセシリアが、そんな事実を易々容認できるとも思えない。

 

 「くぅ……!」

 

 「ふーん、一組のクラス代表は最初決闘騒ぎまで起こして決めたって聞いてたからさぞ血気盛んな子だと思ってたんだけど……やっぱり噂ってのはどうも一人歩きしがちみたいね。蓋を開けてみればただの怖がりのお嬢様じゃない。ああ成程、だから強く出れるのは精々ISを動かしたばっかりの何も知らない、ズブの初心者相手くらいってワケね」

 

 「……今、何と仰いました?」

 

 結果案の定そうして自分の中でジレンマに陥っている内に、非常に判りやすい更識先輩の挑発がクリーンヒットしまんまと乗せられてしまうセシリア……間違いなく事実であろうに、『お嬢様』呼ばわりはある意味彼女にとっての禁句であるらしい。おまけに何であの人が知ってるのかは知らないが、本人が未だに気にしているらしい一学期初頭の黒歴史をピンポイントで抉っていった……ダメだ相手が悪すぎる。更識先輩、多分あいつらのことを事前にある程度調べた上でこの場を設けたな。

 とはいえ目の前の壁や窓を叩いても向こうには伝わっていないようで、目の前で繰り広げられる状況に対して何も出来ないまま俺は思わず頭を抱え、恐らく全て目論見通りに事が動いたのであろう更識先輩が、壁の向こうで満面の笑顔で纏めにかかった。

 

 「OK、じゃあ全員伸ったってことでいいわね? 日付と場所は追って通達するわ、その日まで各々頑張って腕を上げてきてねー。楽しみにしてるわよー」

 

 「そうやって調子に乗ってられんのも今のうちだかんね、目にもの見せてやるわ……!」

 

 「……ううっ、わたくしとしたことがこうもあっさり乗せられるとは。で、ですがああまで言われては引く訳には参りません。先程の言葉は撤回して頂きますわ」

 

 「あっーと、会長。さっきまでのアンタの台詞、一字一句言質とったで。後んなって卑怯とか言いよっても聞かんよって、そこんとこ忘れんといてや?」

 

 それを受けて三者三様の反応を見せながら捨て台詞を言い、これ以上話すことはないとばかりに次々に生徒会室を去っていく三人。そうして最後には、

 

 「…………」

 

 今まで俺が見たこともないような強い視線で、更識先輩を睨みつけている簪だけがその場に残る。

 更識先輩はそれを興味なさげに半眼で軽く受け流しながらこれ見よがしに簪を指し、背後に控えている虚さんに声を掛けた。

 

 「ねぇ、虚。あの子、今私に何か訴えてきてるワケ? 私『布仏』じゃないからわかんなくてさぁ~」

 

 「……!」

 

 「……ああ。やっぱ言わなくていいわ。大体わかった」

 

 どういう訳か、それを受けて露骨に虚さんの表情が強張る。それを確認した更識先輩はほんの少しの間だけ表情を曇らせ、自分で促しておいて虚さんを制すると、簪に向き直った。

 

 「私情でこんなことしてるなんて本気で思ってる? だとしたら酷い思い上がりよ。私は生徒会の仕事を『しなきゃいけない』だけ。そうでもなきゃ、好きであなたをここに呼びつけたりなんかしないわ」

 

 「…………」

 

 「ふ~ん……そこでそんな顔、するんだ。本当わっかんないなぁ、あなたは。ま、私の認識が『その程度』なのが悔しいなら、違うってことをこの機会に私に見せてみることね。『簪ちゃん』?」

 

 「……!」

 

 そして今度は露骨に煽り始める。それでも簪は途中までは表情に感情が表れにくいのもあるだろうが平然としていたものの、最後に猫なで声で名前を呼ばれた瞬間眉が吊り上った。

 

 「っ……!」

 

 その反応に俺が驚く間もなく、火がついたような勢いで生徒会室から出て行く簪。

 ――――その目に、確かに何か光るものを湛えながら。

 

 「……当代!」

 

 そんな彼女の様子を悟っていたのは、どうやら俺だけではなかったらしい。簪が部屋から出て行った直後、虚さんが明らかに何処か責めるような声で、更識先輩に詰め寄る。しかし先輩はそれを片手で制し、

 

 「後で聞くわ虚。あなたの感情がそれを許さないにしても、私に文句を言うより先にすることがあるんじゃないの?」

 

 「うっ……」

 

 らしくもなく、余裕に満ちたさっきまでとは一転して少し苛立った声で彼女を黙らせた。そして、

 

 「おっけー、もういいわよ本音ちゃん。出ておいでー」

 

 「は~い」

 

 「!」

 

 のほほんさんの言うことが正しいなら明らかに壁の向こうからは見えない筈の、こちらに向けて手を振って合図し。

 のほほんさんがそれに対して間延びした返事を返した瞬間、あの押しても引いてもビクともしなかった壁がまたしてもクルリと回転し、俺は最初から何事もなかったかのように、のほほんさんと一緒に生徒会室に戻された。

今度は心の準備が出来ていたので、わかりやすく戸惑ったりはしない。だから戻ってきて早々、俺はあの一緒に墓参りをした時みたいに、テーブルに頬杖をつきながら何処か物憂げな様子の更識先輩に声を掛けた。

 

 「えー、まぁ色々と言いたいことはあるんですが……とりあえず、説明して貰えますよね?」

 

 「それは構わないけど……逐一全部教えないとダメかな?」

 

 「いや、そこまでは。ただこっちの答え合わせに付き合ってくれれば結構です」

 

 「うふふ、ものわかりのいい子は嫌いじゃないわよ」

 

 ……ううん、やっぱなんというかこの人こっちを試してる節があるな。どうにも話していて気が抜けない。

 だがああして友人達が何やら得体の知れないことにまんまと乗せられてしまった以上、話の内容的に嫌な予感しかしないが、だからといってシラを切って逃げ出す訳にもいかない。俺は溜息を吐きながら、更識先輩に話しを切り出しだ。

 

 

 

 

 「――――ってことで、わかってくれたかしら?」

 

 「……大体は」

 

 幾つか俺から更識先輩に質問してわかったことと、元々あの隠し部屋で先程までのやり取りを見ていて得られた情報を照らし合わせ、自分の中の答えが凡そ間違っていなかったことに、俺は複雑な心境に陥りながら手近にある椅子に力なく座り込んだ。

 内容的には俺個人としても文句を言いたくはあるが、一応筋は通っている。それにあいつらでもう話を決めてしまい、更識先輩の方ももうそれを覆す意思はないことがわかって、俺は結局その言葉を飲み込まざるを得なかったのだ。

 

 ……要するに三年生の出し物の設備が四組の娘の些細な悪戯で壊れてしまったのが事の発端で、学園祭を仕切る立場の生徒会長である更識先輩はこの状況に対する対処を元々決められていた実施要項に基づき壊れてしまった設備を修復するための予算捻出と、問題を起こした一年生に対するペナルティを兼ねて、一年の全クラスに元々与えられていた予算を半減させるという裁定をくだした。その決定を受けた各一年クラス代表達が納得できずに先程ああして生徒会室に殴りこんできた、というところまでが今回の顛末。

 

 そして彼女達は当然抗議したものの、更識先輩はにべもなく突っぱねた。最高責任者がそう決めて覆らない以上、本来ならあの四人にはそれ以上打つ手はない筈だった……ここが普通の学園、なら。

 

 ――――しかし、あの簪がなぁ……

 

 あの時テーブルに手を叩き付けたの簪のことを反芻しながら、改めてらしくないことやってんな、と頭の中で一人ごちる。

 ……というのも、俺も知ったのはつい最近なのだが。この学校には校則にも載っていない暗黙のルールのようなものがいくつかあり、そのうちで最もよく知られているらしいものが、

 

 ――――生徒会長とは即ち。学園において、『最強』の生徒であることを意味する。

 

 と、いうものだ。

 それもこれは単純に一番成績がいいとか、勝率が高いとか、そういうありきたりな要素で決まるものではなく。生徒会長という役職に一度就いた以上、決して敗北は許されないというシビアな世界の話らしい。

 ぶっちゃけ、俺がこれを最初に聞いたときは正直噂話の域を出ない適当な話だと当初思っていたのだが……今回の話を聞いた限りじゃ、どうやらこの不文律は確かに存在するようだ。つまり簪は、このルールを利用して更識先輩を生徒会長の座から引き摺り下ろし、『決定』そのものをなかったことにする気らしい。

 

 「まぁ、いくらにっちもさっちもいかなくなったとはいえあんな話吹っかけたあいつもあいつですけど……『無茶』っぷりで言えば、先輩程じゃない。四人同時に相手にするなんて、本気ですか?」

 

 しかし、事実そうなると気になるのはあまりにクラス代表勢に有利な条件で勝負を受けた更識先輩だ。

 ……基本競技用ISの試合というのは一対一で行うことを想定されており、使用できるSEはリミッターにより均一に調整される。

 そしてISは、基本的にISと連動することによって飛躍的に強化された武装でしか決定的なダメージを与えられない。こと競技IS同士の戦闘において、多対一という状況は容易には覆せない。それが出来ると、するなら……あの福音のように、IS自体がとんでもない規格外の武器や性能を持っているか、いつかの山田先生のように搭乗者が相手を遥かに上回る卓越した技能を遺憾なく発揮できるか。或いはその両方が必要になる。

 更識先輩がどれほどの実力を持っているかはわからない。だがあの三組の娘のことはわからないにしても、残る三人は紛れもない実力者なのは俺自身身をもって知っている。俺が心配することではないかもしれないが、更識先輩の四人同時に相手にするという判断はあまりに無謀に思えた、そう考えての質問だったが、

 

 「ん~? ……まぁ、結構悪くないシチュエーションだと思うわよ」

 

 そんな、答えになっていないような返事を返してくる更識先輩。しかしそれが不服なのを俺の表情から感じ取ったのか、彼女は人差し指を立てながらもう一度口を開いた。

 

 「言っとくけど、『負ける』ために買った勝負じゃないよ。別に生徒会長の椅子に執着はないけど、今はまだ辞めるわけにはいかないし……あの子達には、残念なことになっちゃうけどね」

 

 そして、本当に何事もないかのようなこの強気な発言。この人の性格からして、根拠のない自信じゃない筈だ。まさか、なにか裏があるんじゃ……

 

 「あー、その心配は杞憂よ。ちゃんと真っ向勝負するから。確かに性分じゃないけど、今回はそうじゃなきゃ意味がないしね」

 

 「……!」

 

 なんて考えていたのがまたしても顔に出ていたらしい。思考を読まれて先に釘を刺される……しかし、『意味がない』? どういうことだろうか。この勝負には、生徒会長の椅子を巡って争う以外に何か意味があるということか?

 疑問はつきず、俺は引き続きこの胡散臭い生徒会長を問い詰めようとした。だが彼女は嫌らしくニヤニヤ笑いながらそれを遮るように身を乗り出すと、

 

 「そんなあの子達のことばっかり心配してる場合なの? ……この話、態々始める前に君を連れてきて『聞かせた』理由、わからないかなぁ?」

 

 「! それは……」

 

 何となく察しはついていたものの、こっちが意図的に触れるのを避けてきたことを切り出す。

 そしてとっさのことで答えられない俺を尻目に、更識先輩はさっさとその答えを口にしてしまった。

 

 「私が勝ったら……一年生から一人、人を引っ張るって言ったよね? それ、君にするつもりだから。だから呼んだの、だって自分の与り知らないところで勝手に話を進められるなんて、納得いかないでしょ?」

 

 ……相も変わらず、その内で何を考えているかわからないニコニコ顔で、微笑みながら。

 

 






 次回から会長戦開始です。設定改変上の理由もあり本作のレイディは色々な意味で原作の原型をほぼ留めていない代物になってしまう予定です。

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