IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第八十五話~波乱の幕開け~

 

 

 シャルロットが編入……戻ってきてから、三日が経った。

 まぁ心配はそんなにしてなかったが、案の定彼女は持ち前の人当たりのよさであっという間にクラスに馴染んだ。

 

 『でゅっちー次の授業なんだっけ~』

 

 『えっと……一学期の時と変わってないなら理論じゃなかった、かな』

 

 『……あれ? 今一学期って言った?』

 

 『え?! あ、いや、あはは……ごめんちょっと勘違いしてたみたい!』

 

 ……その過程で幾許かボロを出すことも何度かあったような気もするが、一組の皆は何事もなかったかのようにスルーしていた。

 

 「えーと……もしかして、バレちゃってるのかな?」

 

 「さぁ、な」

 

 それは本人も自覚してたようで、そんな相談をシャルロットから受けた。

 わかった上で気を遣ってくれてるのか、単に能天気なのか。個人的には両方を押したいが、もうこの際どちらでもいいんじゃないかと思う。少なくとも彼女達にとって目下学園祭が迫っている状況で、シャルロットの細かい事情、それもある程度解決済みのことなんてそれに比べたら重要なことではないことなのは確かで、結果的にはそれに救われる形になっているのだから。

 

 「でもさ、結局のところ、今のお前の立場ってどうなんだ? 相変わらず、フランスの代表候補生ってことではあるみたいだけど」

 

 「形式上はデュノア社の試作機の実戦経験を積むために、外国の他社に研修生として出されてるテストパイロットって感じかな。そういった口実で、あれから結局祖国にはずっと帰らずにイギリスの、ミーティアさんの資本の息が掛かった企業でお世話になってたんだけど……父が始めた新しい構想の第三世代機事業が、現状最高の第三世代機を公式試合で撃破したことで一気に軌道に乗り出してさ。そうして彼の会社での発言権が上がってきたら……急にあの人、僕の実質的な研修先に顔を出してきてさ。これからは、僕の好きなようにするといいって、言ったんだ」

 

 「なんだよそれ……」

 

 娘にスパイ紛いのことまでさせといて、いざ立場が変わったらもう用済みって言いたいのかよ。

 そんな胸糞悪い思いをしているのが顔に出たのか、シャルロットは急に慌てた表情になって付け加えた。

 

 「いや、違うんだ。あの人、『謝ったんだよ』……お母さんこととか、僕にそれまでやらせてたこととか、全部。泣きながら、さ」

 

 「何……お前それだけで、全部水に流したってのか?」

 

 が、それでは生憎俺の感情は完璧には払拭出来なかった。

 色々ととんでもない危険が伴うことをよりにもよって実の娘にやらせて、そうじゃなくても周りを騙し続けることにこいつがどれだけ苦しんだのかを知っていれば当然のことだと思う。大の大人が、泣いて謝ればいいのかって話になる。

 しかし当のシャルロットの方は全く憤った様子はなく、寧ろ相変わらず剣呑な雰囲気を解かない俺に対して困ったように笑うだけだった。

 

 「んー……それはちょっと自分でもよくわからないんだよね。でも、許したいとは思ってるかも。きっとあの人も今まで、自分一人じゃどうしようもないことばっかりで、がんじがらめになってたんだと思うんだ……あの時のあの人、ここで自分のことを君に話したときの、僕みたいだったから」

 

 「…………」

 

 「僕には君がいてくれた。けど……あの人はきっと、お母さんがいなくなってからずっと一人だったんだ。泣くことすら許されなくて、ずっと一人で戦ってた。だから、さ……ちょっとずつでも、僕があの人の、僕にとっての君のような存在になれたらな、って思ってるんだ……けどまぁ、それもそのうち。結局今は言われた通り『好きにしちゃってる』ワケなんだけどね。すぐにはあの人のところに帰ってあげない、少なくとも僕自身の、気持ちの整理がつくまではね」

 

 ……なにが『わからない』だよ。そういうのを普通はもうとっくに許してるって言うんだ。本当なら誰よりも中指立ててふざけんなって言うべき立場のお前がそんなんじゃさぁ、俺一人外野で地団太踏んでるみたいで馬鹿みたいじゃないか。それにそんな台詞を恥ずかしげもなくサラッと言うなと言いたい、反応に困る。

 全く、こいつは未だに自分のしたことを許せないでいるくせに、どうしてその原因を作った他人はこうもあっさり許せてしまうのか。元々そういう損な性分なのか、それとも……

 

 「『他人』じゃない、からか」

 

 「うん……お母さんが亡くなるまで顔も声も知らなくて、漸く会えてからも色々あったけど……それでも、たった一人の僕のお父さん」

 

 「……わかんねぇな、そういうの。シャルロットには悪いけど、俺はお前の親父さんを許せそうにないや。そもそも俺、気づいたときには千冬姉と二人だったから親父とかそういうのイマイチピンとこないし」

 

 「……え?」

 

 俺としては特に意識して喋った事ではなかったのだが何か引っかかることがあったのか、俺の父親の話に少し触れた途端に大きく目を見開いて俺の顔を見つめてくるシャルロット。

 

 「……どうした? 急に人の顔ジロジロ見てさ」

 

 「あ、いや……うん、何でもないんだ。ごめん……」

 

 正直なところ、あんまり女の子に見つめられるのは慣れてない。なのでとっさにそう指摘すると、向こうも漸く自分が何をしているのか自覚したのか少し照れたように顔を赤くしてやっと視線を外してくれた。ただその後お互いに照れが残ってしまい少し気まずい空気が流れかけるが、

 

 「お~い、シャルロットちゅわ~~~~ん!」

 

 「集会集会! 前の話どうなってる?!」

 

 ちょうどいいところで俺たちを探しにきた一組の面子が来てくれた。谷本さん達の呼び声に反応して、シャルロットが弾けるように座っていたベンチから立ち上がった。

 

 「えっと、その、一夏……呼ばれちゃったから、僕行くね」

 

 「お、おう。頑張れよ」

 

 俺はそんな彼女を引き止められずに、結局気まずい空気を引き摺ったまま俺たちは別れた……う~ん、流石にIS学園生活も長くなってきているのだからいい加減ああいう不意打ちにも余裕で対応できるくらいのメンタルは欲しい。まぁ俺も年頃の男であるからして、美少女に見つめられて平然としていられる精神力というのは結構ハードルが高い気もするが。

 

 「……にしても。相変わらず蚊帳の外だなぁ」

 

 そんなことを考えながら、シャルロットが去り独占状態のベンチに横たわりながら一人ごちる。

 シャルロットが連れてかれたのは、十中八九学園祭に関する話し合いのことでだ。どうやら満を持して一組の新戦力として加わった彼女は、行き詰まりかけていた一組の作戦に対してアイデアを持っていたようで、お陰で幸いなことに学園祭の方は順調に行きつつあるようだ。

 ただこの俺にとっては未だに『ようだ』状態なのが問題で、なんか『女の子同士の話』とかいう卑劣極まりない論法で俺は現在議論から締め出されており、具体的に何をやるのかまだわかってないのだ。味方はいるのだがセシリアは最近なにか余裕がない感じで訊きにくく、箒は気がついたときには寮で同室の鷹月さんと一緒についに念願の剣道部への入部を果たしており、最近掛け持ちで忙しそうにしていてこっちのことにはあんまし噛んでいないのであいつも知らない可能性が高い。一方ラウラは一週間分の甘味と煎餅にあっさり釣られ俺を裏切った。これにはシャルロットも一枚噛んでるらしいのでこのことに関してはあいつも俺の敵ということになる。戦況は絶望的である。

 

 ……まぁ最後の摺り合せじゃ俺も参加させてもらう約束は取り付けてるし、ちょっと覗いてみたかんじ全員楽しそうだったので多少の理不尽は多めに見るつもりではいる。なんだかんだで本気で俺が嫌がるようなことを強要するような娘達でないのはわかってるんで、この状況についてはあまり焦ってはいない。寧ろ今俺の中で問題になってるのは……

 

 『…………』

 

 「……あと白煉。来てんならいい加減なんか言え。もう周りに誰もいないんだからさ」

 

 『こっち』のことである。

 いや正直、俺の判断は間違っていなかったとは未だ思ってる。少なくとも簪には、この前倉持技研で会った時に真っ先にこいつのことを尋ねてくるくらいには好感触だった。まぁ訊かれた内容的にアドレスと一緒に作成して送ったSNSのプロフの設定がちょっと無茶すぎて不振がられての結果だった可能性もなきにしもあらずだが。だって仕方ないだろ、意思こそあるが実際には存在しない人間を紹介してくれと言われたところで適当なことを書くしかない……いや、少し面白半分で書いたことは否定できないが。

 ちなみにこれは白煉の方からも大いに不評で、お陰でここ数日まともに口を利いてくれない。が、この時はこっちから促したのもあって漸く口を開いてくれた。

 

 『……なんか』

 

 機嫌は相変わらず最悪っぽいが……それにしたってこんな小並返しをするような奴だったか。

 ……んー最初はまぁ悪かったにしろここまでではなかったんだが。やはり簪からこいつ宛に最初に送られてきたメールを見せてもらった時に、その小さい子の相手をするような文体と話の内容につい笑い転げてしまい、挙句の果てに、

 

 『いやぁ~レンちゃんかー……ククッ、その発想はなかったわ。俺も今日からそう呼ばせてもらおっかなー』

 

 なんて高テンションのノリのまま口を滑らせたのが物凄く不味かったっぽい。あれ以来こいつはパスワードを勝手に変えてロックを掛けてしまい、メールもSNSも俺からは見ることが出来なくなった。後悔したときには既に遅かったのだ。

 

 『もうマスターなんか知りません……私、白井恋子ですもん。今年小学三年生の、織斑家の遠縁の子ですもん。その歳にしてISとライダーにしか興味ない、友達がいなくてSNSしか居場所がないオタクですもん』

 

 「だからあのプロフは悪かったって、反省してる。それに後でちゃんと書き換えたろ、お前が」

 

 『なんの意味もなかったじゃないですか、それは……』

 

 そして今じゃこの通りだ。

 どうもここまでキャラが半ば崩壊するくらいのレベルで、『物知りだけどちょっと生意気な小さな子』扱いはこいつのプライドを大いに傷つけたらしい。俺としては特に悪気があってそう設定したわけではなく、あの臨海学校での不思議な体験で人の姿をしたこいつの姿を思い出してそこから逆算したのだが、後にそれを憤る白煉に説明したらあれは束さんが勝手に自分のイメージ像として作ったもので本当の自分の姿じゃないとさらに酷く怒られたものだ。

 しかしこいつは自分で言う割りには、その趣味やこだわりといいちょっとからかうとすぐにムキになるところといい結構子供っぽいところもあるためか、数回やり取りを交わした上で尚凡そそのプロフの内容をそのまま簪は受け入れてしまったようで、後日それを変更しても小さい子が格好つけて背伸びしている程度にしか取られず、それが白煉に更なる追い討ちを掛けた。

 

 『後で、レンちゃんに会うことがあったら伝えておいて。飾らないあなたが好きです、って』

 

 そのときの簪の最後の一筆を思い出してつい噴き出しかける。ダメだ、笑うな。

 折角似た趣味の奴が親戚にいて誰とも打ち解けずにいて困ってる、所長ノルマ処理要員に出来たらそいつを追加してくれないかって話を持ちかけて上手くいきつつあるのだ。白煉のプライドには申し訳ないことになるが、それでもちゃんと定期的にこいつからコンタクトを取ってくれてるあたり白煉の方も少なからずまだやる気ではいてくれてるのだ、俺のうっかり一つで全部台無しには出来ない。ここは一つ褒めておいて何とかとりなそう。

 

 「まぁ結果的に不幸な認識になっちまったけどさ……お前、上手くやってくれてるじゃん。所長、感謝してたよ。お前がメールくれるようになってから布仏、表情が明るくなったってさ。お陰であいつの専用機の最終調整も思った以上に上手くいってるとも」

 

 『それが何か? ……元々マスターのご命令だからこそ引き受けた話です。諜報対象の状態など、私には関係のない話ですし興味もないです』

 

 「……その割には打鉄弐式の第三世代兵装の基幹システムの構成について随分横から口出ししてくるって布仏が言ってたけど」

 

 『それは! 彼女が自分で扱っているものの危険性に対する認識と自覚が足りなすぎて見ていられないからです! あれには本当に呆れました、こと自分を大事にしないという点において、まさかマスターと同レベルの人間がいるなんて……!』

 

 ……と思ったんだがいかん、またつい余計なことを言って白煉を怒らせてしまった。まぁ声を聞く限りこれは怒っているというより、IS講義中に物分りの悪い俺を嘆く時の半ばやけっぱちじみたヒスのそれに近い感じだが……ん? もしかして俺馬鹿にされてる……?

 

 『……オホン。と、とにかく。そのように露骨にこちらの機嫌を取るようなことをなさらなくても、一度受けた命令(オーダー)を途中で投げ出すような真似はしません、どうかご安心を。不本意なことに変わりはありませんが、あの特殊兵装(識武)の解析は私にとっても一応益にはなるものですので』

 

 しかもこっちの考えがバレてやがる。わかっちゃいたが本当可愛くない。

 だがまぁ、一応思惑通りにはなってくれているので、紅焔の爪の垢レベルでも素直さがあればいいのに、という小言をなんとか飲み込み今度は交渉の余地がないかと試みる。

 

 「助かる……ところで白煉、諜報対象って認識ならちょっとくらい簪とどういう話してるのか教えてくれよ。メール見せてくれとは言わないからさ。もうこのことに関しては絶対に笑わないって約束するから」

 

 『あーすみません『設定上』お花にお水をあげなきゃいけない時間なんです失礼します』

 

 ただ結果は見るも無残だった。こいつ……

 しかし今回ばかりは本当に自分で蒔いた種なので強く出れない。それに……

 

 「あ~! おりむーいた~」

 

 「……?」

 

 どうやら急に白煉が退避したのは単にこの話題から逃げるためだけって訳でもなかったみたいだ。携帯が落ちたのと同時に不意に遠くの方から声が聞こえて、俺はそれに漸く気づいた。

 

 「おや、誰かと思えば……ついこの間、倉持技研所長の一番弟子にして生徒会の走狗(書記)だったことが判明したのほほん軍曹じゃないか」

 

 「そうだけど~……おりむーなんで説明口調なの~?」

 

 「ここで説明しとかないと多分もう説明する機会がないからだ」

 

 「ふ~ん」

 

 俺の返事に呑気にコクコクと頷くのほほんさんを前に、思わず溜息を吐く。

 ……そう、あのミーティア先生の騒ぎがあった日からなんだかんだで聞きそびれていたあの時の話の続きは、二日前になんとか決着をつけることが出来た。この娘は肝心な話をしてる時に限って会話中によく主題をド忘れするので、最終的には彼女と仲良しの例の二人の力を借りねばならなかったが。

 そしてそれによって判明した事実が、この渾名の通りの雰囲気を持つ彼女にそぐわない肩書きを、彼女がいくつも持っていたということには最初こそ驚いたものの、思い返してみれば前からの所長の勿体付けっぷりといい、見たこともないような上級生がたまに彼女を呼び出しにくるようになったことといい、彼女の『本当の苗字』といい……ヒントは割かしあったことに気がついて、改めて自分の察しの悪さを呪ったものだ。

 

 「それと布……いや、のほほんさんも布仏、だから。簪とは姉妹、なんだっけか」

 

 「うん。三姉妹なの~。私は真ん中~」

 

 これは、それらのことよりも少し後になってわかったことだ。

 前に倉持技研に行った時、二人が一緒にいるところに遭遇して、その時改めて簪に紹介して貰ったのだ……約束だし表には出せなかったものの、所長の言っていた簪が家族を失ってから引き取られた家が何処だったのかということも、普通に考えてみれば当然のことなのだが俺はこの時漸く悟った。

 状況的には例のイメトレ中の簪にのほほんさんが一方的にちょっかいを出してる感じで、簪は若干煩そうにはしていたが邪険にしている感じはなく、姉妹仲は良好に見えた。

 

 『おりむー、かんちゃんとおともだちになってくれたんだってね~。えへへ~ありがとね』

 

 実際のほほんさんはその場で開口一番俺にそう言って、簪は子ども扱いしないでと、ニコニコしているのほほんさんを尻目にスケッチブックを突きつけながらプンスコしていた。所長は学校生活が上手くいっていないと言っていたが、少なくとも味方はいるようだ。

 ……まぁ結局四組でのあいつを知らない以上、だからといってそれですっかり安心できる訳ではないが。のほほんさんにしたってあいつと同じクラスじゃない。ただのほほんさんは感情が表に出ないのか、それとも本当に何も考えていないのかはわからないが、少なくとも表面的には俺より簪のことを心配していないように見えた。彼女が所長の言う『協力者』だと判明してからも、何か簪のために特別に動こうとする気配はない。

 

 尤もそれに関しては、現状俺も白煉に託してしまっているところがあるのであまり人のことは言えないのだが。

 いや、そもそも頼まれたのは学園におけるあいつの理解者になることまでだったので、ここまで気を回すのは却っておせっかいなのかもしれない。ハンデを抱えているとはいえ結構強かなところもある奴だし。

 ……と、内心思うようにしても、やっぱり少し心配で。

 

 「そう、なんだよな……ならさ、のほほんさん。姉ちゃんとして、色々あいつから相談受けてんだろ? そん中で、何か困ってるようなこととか、あったらさ……俺が手を貸してやれることって、なんかないかな?」

 

 「う~ん……」

 

 ちょっとだけ、探りを入れて見る。のほほんさんはそれを受けて急に考え込んでしまい、俺は訊き方が不味かったかな、と少し後悔し始めたところで、

 

 「あ、そうだ思い出した~。おりむー、たっちゃんが呼んでるの~」

 

 それが無駄な後悔だったとすぐに思い知らされた。あ、こいつ話聞いてねぇ。

 たっちゃんとやらが何者かは知らない、少なくとも一組勢のニックネームの中では聞き覚えのない名前だ。ここは倉持技研ではないゆえ恐らくは生徒会関連だろうか……ああ、なんか嫌な予感がしてきたぞ。ここは何とか軌道修正して逃げられないものか。

 

 「いや、だからのほほんさん。そうじゃなくてだな」

 

 「あ~……おりむー生徒会室行った事ないっけ~。でも大丈夫~、私が連れてってあげる~。えっ~と、こっち……だったっけ~?」

 

 「そこで俺に聞くのかよ……あ、ちょ、引っ張るなって!」

 

 「うふふふ~安心して~。きれいなお洋服を着せて白いごはんを食べさせてあげるからね~」

 

 しかしそんな俺の抵抗も空しく、カビが生えたような人攫いの常套句を貰い、有無を言わせず裾を引っ張って連れていかれる。指の先すら出ていない袖に吸い付かれ引かれるその光景には軽く恐怖を覚えたが、力そのものは女の子だけあって大したことはない。抵抗することは容易だったが、ここで下手に逃走すれば後にもっと厄介なことになる予感があったので俺は大人しく従い……

 

 「あれ? あれれ?」

 

 「…………」

 

 ……当然のように広すぎる校内で迷子になった。仕方がないので俺は手近に通りかかった先生に生徒会室の場所を尋ね、のほほんさんを引率しながら自らこの小動物のような人攫いのボスがいるところに向かうことにした。

 

 

 

 

 「食われた……」

 

 俺が生徒会室のドアを開けて中に踏み込んだ時、最初に目に飛び込んできたのは、『生徒会長』のプレートが立てられた、会議用のテーブルの上座の席に陣取り、突っ伏してテーブルを涙で濡らしている悪の親玉の姿だった。

 

 「なんでよぉ……開会に間に合わないように『わざと』予定より一時間遅れた時間を事前に向こうに通達までして、仕込みは完璧だった筈なのに……あんなおいしいタイミングで、天井蹴破って劇的に登場ってどういうことよぉ。おかしいわよぉ、もう私訳わかんないわよぉ……」

 

 「あの……えっと」

 

 「……御気になさらず。三日前からずっとあんな調子なんです。はっきり言って因果応報なので安易な同情は一切掛けないようお願いしますね」

 

 あまりに予想外の展開に戸惑う俺にそう声を掛けてきたのは、この間からちょくちょく一組にも姿を見せるようになった布仏姉妹の長女、布仏虚さんだった。布仏姉妹は、日本の代表候補生の仕事で色々と忙しい簪を除き二人とも生徒会所属であり、この虚さんはその中でも生徒会長の右腕と取りざたされるくらいの人らしい。

 簪と違ってのほほんさんとは血の繋がった姉妹の筈なのだが、非常にマイペースでほんわかとした妹とは対照的ないかにも仕事が出来るクールビューティーといった感じの、眼鏡の似合う彼女は俺の到着を見届けると、

 

 「会長。織斑君が来てくれましたよ、いい加減にしてください」

 

 とても冷たい声で、突っ伏す悪の親玉……もとい更識先輩にそう告げた。

 

 「ふぁい……」

 

 更識先輩はそれを受けて最初とても胡乱気に重そうに頭を上げたが、そうして生徒会室の入り口に立ち尽くす俺ふいにと目が合うなり、

 

 「わっはっははは!! よく来たね一夏君! 我が眷属にまんまと騙されノコノコと! この私の居城に足を踏み入れた以上、君の命運はここで尽きるのだぁー!!」

 

 ガツンと唐突に椅子の上に立ち上がると、俺に指を突きつけて勝ち誇ったような高笑いを始めた。

 この切り替えまでに掛かった時間は二秒。もう役者になればいいと思うよ。

 

 「わぁ~い、たっちゃんすっごいわるそ~!!」

 

 「……ハァ」

 

 そしてこの突然の生徒会長の乱心にそれぞれ全く逆の反応を示す布仏姉妹。姉の方に関してはもう溜息の重さにちょっとした年季が入っている。本当に同情を禁じえない。

 まぁ状況的に俺もあまり他人の心配をしてる場合ではなさそうなので、変に悪乗りせずさっさと話を聞いて退散する方針を固める。

 

 「……で? 生徒会長じきじきに呼び出しなんてして何の用です? 俺も暇じゃないんで出来れば手短にお願いしたいんですけど」

 

 「あら? そうなんだ、ごめんねぇ……こっちとしては割りと暇そうなタイミングを見計らって声を掛けさせて貰ったつもりなんだけど、図り違えてたかな~?」

 

 が、まるでこっちがそうくるのがわかっていたかのように、一転してニヤニヤと嫌らしい薄ら笑いを浮かべながらカマをかけてくる更識先輩……ああそうとも学祭関連からも程よく締め出され、当初色々やる気になってた割には肩透かしを食らったような気分で退屈はしてたさ。どこまでこっちの事情を掴んでるのかは知らないが、本当に気が抜けない相手だ。

 

 「…………」

 

 「ふふ、そんな怒った顔しないでって……『ちょっとだけ』これから始まることに君にも立ち会って貰いたいだけ。最終的には、多分君にとっても悪い話にはならない筈よ」

 

 「だから、何の話……?」

 

 結局曖昧で内容のない更識先輩のその返事に改めて問い直そうとしたところで、閉ざされた生徒会室の入り口のドアからノックする音が響いた。更識先輩はそれを聞いてあちゃあ、と頭を抱えると、

 

 「ん~……触りのトコだけでも教えてあげようと思ったけど、残念ながらタイムアップみたい。本音ちゃ~ん、お客様一名様後『秘密の部屋』にご案内してー」

 

 「りょ~かいで~す。ごめんねおりむー」

 

 「ちょ、なっ……!」

 

 指を鳴らしてのほほんさんに合図を送る。

 そこから先は、もう反撃をする猶予すらなかった。俺の後ろに控えていたのほほんさんが、俺のすぐ後ろの壁をトントンと叩いたかと思った瞬間、急にその叩いた場所を基点に壁が回転しながら『翻り』、俺はのほほんさんと一緒にそれに巻き込まれて気がついた時には今までいたのとは違う部屋に放り込まれていた。

 ……なんだこれは、IS学園の生徒会室は忍者屋敷か何かか。

 

 「ちょっと更識先輩! 生徒会長! これはいったいどういうことですか!」

 

 最初こそ呆気に取られたが、すぐに立ち上がって入ってきた場所から戻ろうとしたがビクともしないことを悟り、次に生徒会室が見渡せるようになっている縦長の窓から更識先輩の姿を確認し詰問する。が、向うはそれに気がつく様子もなく、入ってくる後から来た来客を迎え入れようとしている。

 ……そういや、この窓。確か向こうの間取りじゃ丁度窓じゃなくて鏡があった位置の、ような……

 

 「無駄だっておりむー。ここは向こうからの音は聞こえるけど、こっちからの音はぜーんぶ聞こえないようになってるんだよ。たっちゃん特製の隠し部屋なの~」

 

 「いやあの人ホントなにやってんの?! 隠し部屋ってだけで怪しさ満点なのに、このマジックミラーといい無駄に手の込んだ構造のお陰で余計に倍率ドンだよ!! 尋問部屋か? それとも告解にでも使うのか? ここ学校だよな?!」

 

 「なに言ってるのおりむー、隠されてなきゃ『秘密の部屋』じゃないじゃない~……あ、お菓子食べる~?」

 

 そして一緒に閉じ込められた娘とはイマイチ会話が噛み合わない。挙句の果てには部屋に校則違反上等とばかりに積み上げられた飲み物やお菓子の山からクッキーの箱を持ってきて開けるとモキュモキュと食べ始める。そんな光景を前にして俺はもう色々と諦めることにした。

 

 「……それで? のほほんさんはこれから何が始まるのか聞いてるのか?」

 

 「ん~? 私もよくわかんないけど……たっちゃん、おりむーはここで『みてるだけでいい』って言ってたよ」

 

 「……? どういうことだ?」

 

 なのであまり期待はせずにのほほんさんにそう問いかけ、それに対する彼女の返事……いや、正確には更識先輩の言葉の意図が掴めず俺は思わず首を傾げるが、その状態も長くはもたなかった。

 

 「ちょっと生徒会長! これってどういうことよ?!」

 

 「一組のクラス代表として明確な回答を願いますわ!」

 

 ……妙に聞き覚えのある声が、直後にすぐ隣の生徒会室から響いてきたからだ。

 声に釣られて窓を覗き込むと、そこには相変わらず意図の読めないニコニコ顔で腰掛けている更識先輩に詰め寄る、鈴とセシリアの姿があった。


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