IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第八十四話~嘘吐き少女の帰還~

 

 我らが期待の新星、ミーティア先生は、結局もう一度天井に大穴の開いたアリーナでもう一度仕切りなおされることになった集会で、あれだけの大事を起したにも拘らずほぼ満場一致による喝采と歓声によって迎えられた。

 ……それはこの業界における『戦女神』という称号がどれだけ大きなものなのか、改めて実感させられるものでもあった。同じ名前を持つ身内を持つ身としては、誇らしいようというか、でも何か悔しいというか。なんというか、複雑な気持ちなのだった。

 

 そしていつもの家のクラスのノリであれば大体ご想像はつくと思われるが、彼女は一組でも大人気だった。その日の午後のSHR中にフラッと新しい環境の視察という名目でミーティアさんが姿を現した途端、クラス中に割れんばかりの黄色い声が響き、二度目の不覚を取ったセシリアが、あの夏休み中の騒動に始まり今度は困った姉貴分の唐突な移籍と、色々と心労も重なったせいなのか目を回して倒れてしまい、箒に保健室に運ばれていった。

 

 結果ミーティアさんには今日のことも含めてクラス中から質問が殺到し、彼女もゴキゲンで気前良くそれに一つ一つ答えていくためもうSHRどこじゃなかった……詰まるところクラス委員で進行役のセシリアと千冬姉がさっきの事後対応に追われていないことをいいことにやりたい放題していた。山田先生とかもう半泣きである。ホント可哀想に、こんなクラスの担当で。

 ……まぁ俺もこの空気に便乗してのほほんさんからさっきの話の続きを聞こうと思っていたので一概にクラスメイト達を責められないけどさ。しかし肝心の彼女はいざ声を掛けようと思ったところで、上級生の、真面目そうで何処か雰囲気の似た眼鏡の娘に呼び出されて何処かに行ってしまったのだった。

 

 「――――あー飛行機の時間間違えちゃったんですか。それでここにくるの遅れちゃったんですね」

 

 「そうなのよー。でもぉ~、仕事始めの第一印象ってすっごい大事でしょう? 初日から遅刻とかもう印象最悪じゃない。だからねぇ、どうしても遅れたくなかったのよ。でも自分用に飛行機チャーターするにも時間掛かるし、ISで飛んでく訳にもいかないし、困っちゃったのよねぇ」

 

 「でもでも、ちょっと遅れただけでちゃんと着きましたよね。どうしたんですか?」

 

 「フフ……それがね。日本行きの便はもう時間的にもう無理だったらから、他の便で日本上空が航路になってる便を探して飛び込んで……『途中下車』しちゃったのよ。そうすれば面倒くさい手順も省いて直接ここに来れるし、いやぁ、我ながら名案だったわね」

 

 「えー?!」

 

 「そ、そんなバカな。バスや電車じゃないんですよ? 飛行機から直接飛び降りてここまで来たっていうんですか?!」

 

 「まさか。そんな都合良く飛行機がIS学園の上空通ってくれたら苦労しないわ。降りてからはパラシュートとハングライダーの旅よ……んー、偶にはああいうのもいいものねー」

 

 「うひゃ~……」

 

 「……か、カッコいい!!」

 

 「まぁ、ここに来たまでの経緯は凡そそんなところね。わかって貰えたかしら?」

 

 いやもうツッコミどころ多すぎるというかどうしてそうなるというか、とにかく話が異次元過ぎてわかんねぇよ。精々わかるのはここに来るまでに人間の常識とか社会のルールとかその他諸々をダース単位で軽くブッチ切ってきたってことくらいだ。クラスメイト達もクラスメイト達で明らかに反応がおかしい……もう誰か助けろ。

 

 「つーか、今の話マジならホント洒落にならんだろ。日本の税関通ってないならまず密入国じゃねぇか、バレたら着任早々お縄だぞ」

 

 「問題ないだろうな……ことが、あの女のことなら」

 

 そういう訳で俺はもう話を理解しようとするのを早々に諦めてミーティア先生を取り囲むクラスメイト達の輪から離れ、こりゃ千冬姉今日は戻ってこないかもなぁ、なんて我が姉の不幸を嘆きながらそんなことを呟くと、思いがけず同じく波に乗らずに俺の隣で調子に乗る先生を、詰まらなそうに頬杖をついて見ているラウラから返答があった。

 

 「何か知ってるのか、ラウラ?」

 

 「この前の……お前の知り合いの少女が拐かされた事件で少し気になることがあってな。その件を個人的に調べさせた際の副次的な情報としてあの女のことも知ったのだ」

 

 「……待ってくれよ、『あのこと』とミーティア先生が何か関係あるっていうのか」

 

 今となっても忘れもしない、蘭が何処の誰と知れん馬の骨に誘拐されたあの事件。色々紆余曲折の末結果的にはほぼ未遂という形で決着がつき犯人もお縄になったものの、あれがどういった経緯や目的で行われたものか等について、それ以降の続報はない。まぁ以降のラウラの様子からこいつは知っている上で喋っていないのは丸わかりだったので、あの日のクラリッサさんの警告と照らし合わせても少なくとも『動機』の方はほぼ俺絡みであることは間違いないと見ており、それだけに思いがけずこのことをラウラの口から聞いて俺は思わず息を詰まらせた。

 だがそんな俺の様子から心情を察したのか、ラウラはこちらを安心させるように笑うと、

 

 「何度も言っているが、この件についてお前が心配することはない……副次的な情報だといった筈だが」

 

 はっきりと『関係ない』と言い切った。

 

 「……なんかお前も千冬姉みたいなこと言うようになってきたな」

 

 「弟にそう言って貰えるとは光栄だ。いや、無論流石に今となってはあの人になりきろうなどとは考えていないが、『あらゆる意味』で私の目標があの人であることは変わらんからな……と、それはともかく」

 

 そしてなんも教えてくれないことに対するイジケの入った俺の皮肉も完全にスルー、さっさと話を次に進める……まぁこいつにとってこれじゃあ皮肉にはならなかったか。

 

 「そうでなくとも色々と複雑な生い立ちと立場であることに加えて……あの女はとんでもない富豪なのさ。自らの専用機の特殊性をイギリスの企業に売り込んで得た金を転がして未曾有ともいえる程の大成功をしてな」

 

 「富豪……?」

 

 まぁ、確かにあの雰囲気から凄い金持ちって感じはするけれども。それがなにか、今回のことを帳消しにできるような要素なんだろうか。

 イマイチピンときていない俺の様子を悟ったのかラウラは少し困ったような顔をして、ひとさし指を立てながら説明を続ける。

 

 「ああ、そうだ。それこそ今あの女が急逝したとしたら、その後の資産相続の手筈を一歩間違えればそのまま欧州のマーケットが共倒れしかねないレベルのな。一年前のモンド・グロッソで、それまで碌な搭乗者としてのキャリアがなかったあの女が国家代表として出場できたのも、その財力にモノを言わせて各所に圧力をかけたからだと専らの噂だ」

 

 「……はぁ?」

 

 ……ダメだ今度も俺には正直預かり知れない次元の話だった。なんでそんな既に生涯どころか末代資金稼いだような人がここで教師なんて始めるようなことになってんだよ。

 

 「まぁつまり……『お金と権力さえあれば、大抵の事は道理が引っ込む』ってことよね」

 

 もう話を聞くうちに色々な意味でやけっぱちになり始めた俺と話すラウラの後を引き取る形で、どうやら聞き耳を立てていたらしいミーティアさんが会話に割り込んでくる……それこそ、今まで俺が生きてきた時間の中で聞いた中でも最大級にダメな言葉で。うん、わかっちゃいたがこの人アレな人だ。

 

 「あまり調子に乗るなよスクルド。ここにいるのは『成金の戦女神』風情を両手をあげて有難がるだけの人間ばかりじゃない。気をつけないとその名前『も』金で買った事実をすぐさま見抜かれる羽目になる」

 

 ラウラは不意に会話に割り込まれたから……という訳ではなく、多分最初からミーティア先生のことを気に入らなかったようで、頬杖をつくのをやめもせず、更正してからは久しぶりに聞くかなりキツい言い回しで先生に突っかかる。

 

 「ええ、言われなくとも弁えてるわ。ここにはすぐ比較対象にされちゃうような相手もいるからね……まぁ、私としては望むところだけれども?」

 

 「フン!」

 

 とっさにフォローに入ろうとする俺だが、ミーティア先生が先にあくまで余裕の大人の対応をしたため踏み止まる。

 ラウラの方も心配そうにことの成り行き見守る俺やクラスメイト達に配慮したのか、鼻息荒くそっぽを向いたもののそれ以上は続けなかった……一学期の俺の時のことを考えれば上出来だが、一応小声で注意くらいはしておくか。

 

 「……仲良くやろうぜ、今となっちゃ先生なんだしさ」

 

 「……私は教官以外の『戦女神』など認めん」

 

 ……ううん、取り付く島がない。しかしさっきまでの態度と口調でミーティアさんにいい感情持ってないことはなんとなくわかっていたが、そういうことか。所謂俺には『ちょっと面白くない』レベルのところが、こいつの場合はもう少しマイナス面に傾いているっぽい。

 千冬姉を慕ってくれてるのは俺としては嬉しいのだが、前にクラリッサさんに言った言葉もまた嘘じゃない。千冬姉の俺を巻き込んだ作戦の成果もあり大分最初に比べりゃ状況は改善されてはきているものの、どうもこいつも根が顔見知りのようで、ちょっと苦手な相手だとすぐ俺の後ろに隠れてしまう困った習性が出てきた。

 まぁ基本的に俺の知り合いの代表候補生、特に鈴とは上手くやれてるみたいだし、以前の箒みたいに意図せず無駄に剣呑になってしまうわけでもないので差し迫った事情というわけではないが、ここで変に満足して守りに入って欲しくもない。

 

 と、そんなことを考えながら、俺は本当なら味方であって然るべき筈の俺に諭されて拗ねてしまい、視線を合わせようとしない手間のかかる小さな姉貴分を複雑な心境で見ていたのだが、そうしていると程なくして、不意に一組の入り口のドアを遠慮気味にノックする音を喧騒になれつつあった耳が拾った。

 音は相変わらず多くのクラスメイトに囲まれて質問攻めを食らっているミーティア先生にも届いたようで、途端に彼女の目が待ってましたと言わんばかりに輝いた。

 

 「おっと……とうとう来たわね、そろそろだと思ってたわ。入っていいわよ~」

 

 そして外にも聞こえるよう、はっきり通る声で外にいる人物に入室を促す。

 許可を得たその人は、それでも何処か入ることを躊躇うように、おっかなびっくりといった様子で教室のドアをゆっくりと開けていき……とうとう姿を現した。

 

 「え……」

 

 俺は外にいた『彼女』の姿を目にした瞬間。

 さっきまで考えていたことを一瞬で忘れ去り、間抜けに大口をあけたまま硬直することになった。

 

 

 

 

 尤もそれは俺だけの反応ではなかったようで、ミーティア先生に夢中だったラウラ以外のクラスメイト達も俺に少し遅れる形で硬直、さっきまでガヤついていた室内が一気に静まり返る。

 彼女……いや、『そいつ』はそんな俺らの反応に怯んで一歩を踏み出せない様子だったが、すぐに後ろにいた誰かにそこに立っていると邪魔だとばかりに背中を突き飛ばされつんのめるように教室に転がり込んだ。

 

 「……何故お前がここにいる?」

 

 そして『そいつ』を押しのけて教室に入ってきた千冬姉が、ミーティア先生の姿を認めるなり嫌そうな顔を隠そうともせずに彼女を睨み付けるながら唸るように訊ねるも、

 

 「だって、『立場上』引率したのは私だもん。この場に立ち会う権利くらいはあるでしょう? ……いえ、この場合は『義務』かしらね」

 

 当の本人は至って涼しい顔で千冬姉の刺さるような視線を受け流すと、二人の『戦女神』に挟まれおっかなびっくりしている『そいつ』の後ろにソロリと回りこむと両手で肩を抱き、俺たちに向かい合わせた。

 

 「わっ、ちょ……」

 

 「ほぅら、『私達』のお役目はここでお仕舞い。これはアナタの『願い』だもの、最後はアナタ自身が叶えなきゃ、ね。もうそのためにどうすればいいかはわかっているんでしょう?」

 

 「……はい」

 

 『そいつ』は最初こそおどおどして要領を得ない感じだったが、諭すようなミーティア先生の言葉を受けて次第に落ち着きを取り戻した。ミーティア先生はそんな『そいつ』の様子を見届けると満足そうに微笑みながら一回大きく頷き、もうここですべきことは済んだとばかりに着崩した赤いスーツを翻し、颯爽と一組を立ち去っていった。そしてそれを止めることも出来ないくらい呆然と立ち尽くす一組全員と自分の意思でしっかりと向き合うと大きく息を吸い込み、

 

 「――――シャルロット・デュノアです。えっと……以前お世話になった『シャルル・デュノア』の妹にあたります。今日から皆さんと一緒に勉強させて貰うことになりました。兄から皆さんのことは聞いてます、仲良くしてくれると嬉しいです」

 

 はっきりと、そう言い切った。

 

 ――――いもう、と……?

 いや、でも……この気配。この感覚は……

 

 硬直こそ解けたものの、今度はその自己紹介と自身の意識のズレに激しく混乱する俺を尻目に、同じく復活したクラスメイト達が歓声をあげて彼女を迎えた。

 

 「キャー! クリソツ~!!」

 

 「くっ……! シャルル君ってば、急にいなくなちゃった上にこんな娘のこと秘密にしてるなんて可愛い顔してやってくれるわね……!」

 

 「おっ、織斑君織斑君! 制服の予備ない?! 着てもらおうよ、絶対似合うって!」

 

 「それシャルル君になるだけじゃない……いや、アリだけどね!」

 

 「あ、あははは……」

 

 ……ああ、いつもの一組だった。もうこっちがシリアスになってるのが馬鹿みたいだ。見ろよ、シャルルだって引いてるじゃ……いや、シャルルじゃない、のか……

 

 そんなことを考えていると、かつてない盛り上がりをみせる一組の面子に囲まれ、困った顔で笑う転校生と目が合う。彼女は途端に一時戸惑ったように大きく目を見開いたがすぐに持ち直し、はにかむように笑ってみせた。

 

 

 

 

 ミーティア先生の来訪により、テンションが極限まで高まった現在の一組にもたらされたこの新たなクラスメイトの登場という状況は、まさしく飢えて興奮したピラニアの群れの中に肉を投げ込んだようなもので、シャルロットは当然のように群がられ質問攻めにされた。

 しかし本来彼女達が真っ先に気にするであろう、彼女の兄のことに関して訊く娘は誰一人としていなかった。すっかり周囲から取り残されながらも俺がそのことを不思議に思っていると、真っ先にシャルロットに押しかけていった谷本さんがこちらを振り返って思わせぶりにウィンクをしてみせて、それを見て俺はハッとした。

 

 ……どこまで彼女達が知っているのかはわからない。けど少なくとも、なんとなくその話題が彼女にとってタブーなのを皆察しているのかもしれない。いつもの馬鹿なノリにつき合わされているとつい忘れそうになるが、彼女達は本来俺が混ざるのが場違いといっていいくらい色んな意味で『デキる』娘達なのだ。

 

 「……そういうことは放課後にしろと何度言ったら理解出来るんだ? 私はいよいよ以って貴様等全員が脳足りんかどうか頭蓋を切り開いて調べなくてはならなくなるのか?」

 

 ――――……

 

 まぁ結局内容云々に拘らず最後には千冬姉の絶対零度の一言で全員黙らざるを得なくなったのだが。お陰で俺も完全にこの時はシャルロットに話しかける機会を逸した。

 だがやっぱり、我らが一組は俺が思っていた以上に『こういう時』はやってくれる存在で。

 

 「はいはい、解散解散!」

 

 「ま、若いもん同士積もる話もあるでしょ」

 

 「お兄さんの話、いっぱいしてあげなよ。同室で仲よさそうだったし、色々ネタはありそうだしねー」

 

 「ラウちん茶道部行こー。活動初日でお茶菓子補充してある筈だから今日は狙い時だよ」

 

 「何……? た、確かな情報か? それは……行かねばなるまい」

 

 放課後になるなりそんな感じである娘は手を叩き、ある娘は俺の背中をバンバン叩きながらどんどん教室からいなくなって、俺等はあっという間に教室に二人で取り残され、チャンスはあっという間にやってきた。

 

 「ふふ……皆、変わらないね」

 

 夕闇が入り込み始める教室の中、最初に口を開いたのはシャルロットだった。

 ……まぁ、そうだとは思ってたさ。例え双子だったとしても、気配なんかは違ってくるものだ。それに、少なくとも俺は本当のことを知っている。だから、こいつもここにきて隠す気なんてないんだろう。

 

 「…………」

 

 ただ参った、ここにきて急のことで心の準備が全く出来てなくて、何を言ったらいいかわからないし目も合わせられない。いや、俺を取り巻く状況が落ち着いてきて自由に動けるようになったら、なんとかしてまた会おうとは、ずっと思ってはいたが。

 それがまさか、こんなに早く。それも、こっちから行動を起こす前に実現してしまうなんて、思ってなかったから。

 

 ……大口叩いた割りに何も出来なくてごめん、か。もう、家のことは大丈夫なのか、とか。

 言うべき言葉こそ浮かんではくるけれども、どれもこいつが望んでいる言葉ではない気がして喉から出てこない。

 

 「メール、さ……いっぱい、くれたよね。電話も。すっごく、嬉しかった」

 

 「……見てて、くれたのか」

 

 「うん……ごめんね。色々事情があって返事できなかったけど、ホントはそう、したかった。全部、全部。ありがとう、って」

 

 「……そっか」

 

 「いいや……事情があるなんて、それも言い訳。しようと思えば、多分出来たんだ……けどもしそうしてまた返事がきたら、多分僕、我慢出来なくなっちゃうって、思って……」

 

 「…………」

 

 「……軽蔑、した?」

 

 ……ああ、軽蔑してるさ。

 多分今、後ろでまたあの時の夜みたいにボロボロ泣いてる、お前に対して振り返ることすら出来ない自分を。

 ただその沈黙を肯定と受け取られたらまたこいつが何処かへ行ってしまうような気がして、俺は何も言えないまま首を横に振る。すると、ほぅ、と何処か安心したような吐息が聞こえて、

 

 「わかってるんだよ。やっぱり僕って、根が卑怯者なんだって。でもさ……それでも、そんな僕を全部受け止めてくれた君に、嘘を吐いたまま逃げ続けるのだけは絶対に嫌だったから……戻ってきちゃった。ねぇ、一夏?」

 

 後ろから腰に両手を回される。あの千冬姉の偽者と戦った時、ただ相手を否定したくて何もかもが見えてなかった俺を、正気に戻してくれたあの時みたいに。

 

 「君から貰いっぱなしだったたくさんのものに対するお返し……今からでも、間に合うかなぁ?」

 

 「……俺は何もいらない。そんな、お前が勝手に『借り』にしたもんに対するお返しなんて、頼まれたって受け取ってなんかやらない。けど、一つだけ約束しろ」

 

 「なにかな?」

 

 「……もう、『二度と』。俺に黙って、俺の手の届かないとこに行ったりするな」

 

 「……!」

 

 その約束は、少なくとも俺にとってはとても大事なことだったのだが、残念ながら取り付けるには至らなかった。俺が言い終わるや否や、シャルロットがまるで今まで抑えていた感情が溢れ出したかのように、俺の背中にそのまま顔を埋めて泣き出してしまったからだ。

 

 「あ……」

 

 ……そしてそんな段になって漸く、俺は言うべき言葉をスッと思いつくことが出来た。ったく、遅いんだよ。こんなん、この面倒な泣き虫が泣き出す前に言わなきゃいけないことだったてのにさ。

 

 「おかえり……『シャルロット』」

 

 しかしだからといって、口に出さないのも違うと思ったので、背中で泣き続けるシャルロットに『それ』を投げた。

 届いていたかはわからない。けれど、俺の心はそれを口にしただけで大分軽くなった。けれど。

 

 ……そうして心のつっかえがとれたところで、俺はがんじがらめの自分の心に漸く気がついた。

 こんなこと、本当ならちゃんと向かい合って言ってやるべきことだ。心の準備が出来てないなんて嘘だ。だって『それくらい』のこと、いつもの俺なら準備なんてする必要はないんだから。なのにふたりきりになってから、ずっとそれが出来ていないワケ。

 

 ――――夕闇に染まる光景。そして、よく似た姿に声。

 間違いなく、無意識の内にまた『重ねた』。それを意識した途端、さっきまで自分が口にした言葉すら誰に向けたものかさえ一瞬わからなくなりかけて、俺は思わず自分の頭をカチ割りたくなるくらいの強烈な自己嫌悪に襲われる。

 

 『自分を慰めたいだけなんだろ?』

 

 『……本当になりたい自分自身から目を背けるための、理由が欲しかっただけ』

 

 同時に、今まで俺の在り方を根っこから否定してきた奴等の言葉が頭を過ぎる。

 わかってる。そんなどうしようもなく弱い自分がいることはもう認めたし、それを受け止めたうえでまだやれることはあって、成長できると信じた。だけど。

 

 苦しい。

 『あいつ』とシャルロットは違うのに、またあの時のことをやり直せるかもなんて一瞬でも思って喜んだ。

 そんな下心や自己満足が未だに想いの根底にあることが許せないのに、それでも傍にいてやりたい、守りたいという気持ちを抑えられないことがどうしようもないくらい苦しい。

 

 ことが『あいつ』絡みじゃなけりゃ、まだ開き直れた。

 どんな感情が裏側にあったとして、最終的に誰かを救えたり、守れたりできていたならそれでいいって。

 でもその感情が、自分の中でどうしても譲れないものである以上は、この『苦しさ』はきっとずっと逃れることはできないものだ。

 

 ――――大丈夫。こんなのは、俺が我慢すればいいだけだから。俺は、今度こそこいつが誰に遠慮することなく笑えるようにすることだけ考えてればいいんだ。

 

 そう自分に言い聞かせ、卑怯者の俺は俺の腰に回された、震えるシャルロットの手を強く握った。

 ……嘘吐き癖に全く人を疑うことを知らず、俺のことを信じていると言葉以上に語りかけてくるその手に、許しを乞うように。

 

 





 なんだかんだでまだ完全には吹っ切れていないワンサマ回。そしてやっとあの娘が帰ってきました。
 ミーティアさんは自分のイメージ映像ではどういうわけかなんか常にジョジョ立ちしてるような人になりつつあります。なんかこう、俺はお前に近づかないのポーズでドヤ顔で迫ってくる感じの。

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