IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第八十三話~流星教師襲来~

 

 「な、な、な、な、な、なぁ」

 

 「……信じられん。まさか、あんな、ことが……!」

 

 「キャー!キャー!! 凄い凄い! カメラ! カメラどこ?!」

 

 「ほえー……」

 

 大混乱だった。

 目の前で繰り広げられる非現実的な出来事についてすらいけず呆然と立ち尽くす人、身の危険を感じて逃げ出す人、もう開き直ってこの状況を楽しんでる奴……一組(ウチ)の連中はほぼ全て一番最後ってのが始末に終えない。いや、一部違う反応の奴もいるとはいえやっぱなんかおかしいよ俺のクラス。

 

 「アハハハハハッ……! まだまだァ!!」

 

 「いい加減にしろっ、この大戯けがッ!!」

 

 そして残念なことにそれは今も尚現在進行形で続いており、相手が相手だけにもう誰にも止められそうにない。

 俺のIS学園での新しい区切りのスタートは、始まった時と同じ……いや、それ以上の大波乱から幕を開けた。

 

 

 

 

 発端は、新学期恒例の全校朝礼。

 はっきり言ってこういう行事はこの学校における俺という存在の浮きっぷりヤバいくらい際立たせるので何か理由をつけてバックれたかったのだが、残念ながら千冬姉が引率している中では逃げ出す隙をみつけることは出来ず、俺は渋々皆と一緒に朝礼に向かった。

 そして辿り着いた場所は案の定花の園なんて言葉が温く思える程の魔境であり、ぶっちゃけもともとあんまり関心のない先生方の挨拶なんか聞いている場合ではなかった。まぁ直前に渡された目次で、少なくとも俺のクラスメイト達はセシリアのような一部を除き一学期初頭のそれを大絶賛していた生徒会長(更識先輩)の挨拶が入るのはわかってたので、それだけは少しだけ楽しみだったのだが。だがどの道それが予定通りに行われていたとしてもちゃんと聞けたかは怪しかった。

 それに関してはそもそも別の事情もあったのだ。

 

 「だ~れだ♪」

 

 「……おっかしいな俺の後ろはのほほんさんじゃなかった筈なんだけど」

 

 「うふふふふ、ちょっとお話したかったからかわってもらったのだ~。むーでも、おりむーいつも振り返らずに当てちゃうの、つまんないよー」

 

 「だってこんなビロビロの裾してんののほほんさんしかいないし。そんなお粗末なことじゃ、悪いけどその指トラップには引っ掛かってやれないぜ」

 

 「うー」

 

 それが、朝礼始まるなりいきなり俺の目を後ろから塞いで来たこのボンヤリ娘である。昨日本当ダウン寸前といった体で戻ってきたのほほんさんだが、あの後しっかり休息をとったらしく、今日の朝教室に現れた時にはもういつもの調子を取り戻していた。

 この娘とはクラスでは割と仲がいい方ではあるんだが、大体話す時はいつも周りにいつもの二人がくっついてるため個人的に話を持ちかけられるのは珍しい。それもあって、こんな時とも思ったが俺は彼女とこういう場ではおなじみのヒソヒソ話を開始した。

 

 「……で、なんの話? 千冬姉見てて危険が危ないから手短に頼む」

 

 「んーとね。ししょーから、おりむーがかんちゃんのこと、手伝ってくれるって聞いてね。だから、わたしからもよろしくおねがいします、って言いたくてね――――」

 

 「『ししょー』? 『かんちゃん』? ……悪い、誰のことだ? 難しいかもしれないけど本名思い出してくれ、なんとなくだけど凄く大事ことな気がする」

 

 「え~とね……」

 

 が、肝心なところで考え込んでしまうのほほんさん。ああもう、だから人のこと変なあだ名つけて覚えんのやめろってあれ程、ってあれ……? 前にも、こんなことがどこかであったような……

 

 ――――と、のほほんさんが思い出すより先に、俺が何となく頭の中でことが一つに繋がったような気がした、その瞬間。

 『それ』は、唐突に起こった。

 

 

 

 

 音はなかった。いや、或いは壇上で喋っている先生方のそれや周囲の生徒達のざわめきより微かなそれだったために掻き消されたのか。

 新任の教師を紹介する場で、そのうちの一人の到着が遅れている、という話が出たのとほぼ同時。集会の場としているアリーナの天井が、突如『消えた』。

 

 「!」

 

 いや、正確には『消えた』といっても差し支えない範囲の大穴が、青い炎のような光が走ったかと思った瞬間まるで紙切れに赤熱化した鉄の塊を落としたかの如く焼き切れるように広がった。それは瞬く間に行われ、一片の破片を落下させることもなく、空いた穴の中心から壇上目掛けて恐らくそれを行ったと思われる黒い影が一直線に落ちてくる。

 

 「あ……?」

 

 あまりに突然に起こったこの異常事態に、集められた生徒達はおろか、危機が迫っている壇上の教師達さえ数人はとっさに反応できず呆然と見ていることしかできない。そんな中で真っ先に、いや、恐らく事態が起こる前から動いていたのは千冬姉だけだった。

 千冬姉はとっさに逃げ遅れた教師達を目にもとまらぬ早業で壇上から蹴り落とすと、そのまま空いた手で壇上の階段の手摺の鉄格子を一本引き千切り自分目掛けて落ちてくる影に一撃を叩き込んだ。

 

 ……何か凄く非現実的な動きが目の前で再現されたような気もするが、何度でも言う。あれが俺の姉だ。

 

 「じゃなかった、皆下がれ! なんかよくわかんないけど危な……?」

 

 なんだかんだで俺も別の理由で忘我状態からの復帰が遅れた。だがあの千冬姉がもう対処してくれるだろうし、大丈夫だろうとは思ったが念のため巻き込まれないよう他の生徒達を避難させようと声を張り上げようとしたところで、

 

 「え……?!」

 

 相変わらず壇上に釘付けになっている皆の視線を追い、まだ何も終わっていないことを理解した。

 

 「フフッ……!」

 

 「くっ……!」

 

 黒い影は、体勢的にも回避は絶対に不可能かと思われた千冬姉の一太刀を、信じられないことに空中で大きく身を捻り紙一重で回避し、トスンとあの高さから落ちてきた割には軽すぎる音を立てて、忍者のように腰を低く落とした状態で無事壇上に着地成功していた。

 その際に身に纏っていた黒いマントが引き裂かれて吹き飛び、その中にいた赤いスーツを纏った金髪の女性が露になる。千冬姉は姿が晒されたことに焦る様子もなく立ち上がり、自分に向けて満面の笑顔で手を振るその彼女の姿を見て、珍しく露骨に動揺した。

 

 「ハァイ、チフユ。一年ぶりかしら……見ないうちに少し老けた?」

 

 「貴様……! これはどういうことだ……!!」

 

 「『一年前』持ち越した決着をつけに、じゃダメかしら?」

 

 金色の女性はその隙を見逃さない。千冬姉に答えながら、手にした細身の剣で千冬姉に斬りかかる。

 

 「チッ!」

 

 だが、そこは千冬姉。突きこまれたその一撃をなんなくかわすと、手にした鉄片で返しの太刀を浴びせる。

 

 「! っと」

 

 「……嘘だろ?!」

 

 しかしその最早途中からは手の動きが見えない猛烈な一撃を、千冬姉の間合いから出ることなく片足の軸を動かすだけでヒラリと避けてみせた女性を見て、思わず呻きが漏れる……アレをかわせる『人間』っていたんだな。

 そんなこっちの思惑なんて知る由もない壇上の女性は、妖艶に微笑みながら相変わらずに千冬姉の間合いから離れず、剣の切っ先を下ろしたまま千冬姉に指を突きつけた。

 

 「ここで『今のは覚えた』……とか言ったらそれっぽいかしらね?」

 

 「茶番のためにこんな真似をしたなら玉代は高くつくぞミーティア……老けない代わりに常温で腐る体にしてやろうか?」

 

 「あ、怒った? ……ゴメンゴメン、冗談よ。相変わらず美人よアナタ、思わず剥製にして飾ってしまいたいくらい」

 

 そしてそんな物騒な会話の後、片や鉄片を構え全方位に殺気をばら撒きながら、片や先程千冬姉に突きつけた、剣を持っていないほうの手を頬に当てててニコニコと笑いながら睨み合うこと数刻。

 

 ――――!

 

 俺が瞬きする一瞬にも満たないその瞬間。

 常人じゃとても目に追えないとんでもない速さで互いに激突した。

 

 

 

 

 「教官……!」

 

 「馬鹿ラウラ、無茶だ!」

 

 突如全校集会に割り込む形で始まった人外二人の頂上決戦の中、真っ先に千冬姉の助太刀に動こうとしたラウラをまず押さえつける。壇上は既に秒単位でその場にあるものが風圧で悉く細切れになっていく超常現象が発生する異界と化している、人間が生身で飛び込むのは自殺行為だ。ISを展開していても危ないかもしれない。

 

 ……それに俺に辛うじてなんとかわかる範囲の戦況を見る限り、襲撃者も相当化け物染みた手練だが流石に相手が悪い。恐らく得物があんな間に合わせでなければ、千冬姉なら数手合いで捻れる。このまま放っておけば勝てるだろう戦いに、第三者を突っ込ませて流れを変えてしまうようなことになるのは不味い。この状況で俺達に出来ることがあるとすれば……

 

 「箒……! 『彦星』!」

 

 「こんな場に持ってきている筈ないだろう阿呆がっ!」

 

 「だよなー!」

 

 ダメだなんだかんだで俺もテンパってるな、今の時代刀をホイホイ持ち歩いてる人間なんて危ない人でしかない。かといって場所が場所だ、そうコンスタントに鉄片よりも有効な武器になりそうなものなんてそうは見当たらない。どうする……!

 

 「余計な気を回すな織斑、ボーデヴィッヒ! 下らんことを考えてる時間があったらそこで呆けてる馬鹿共を叩き出せ!!」

 

 「! ち、千冬姉!」

 

 「っ……はっ!!」

 

 と、思考が行き詰まり始めたところで壇上の千冬姉から叱咤が飛ぶ……大丈夫だ、あの状況でこっちに気を遣う余裕があるのだから。あの千冬姉がそうそう負けっこない。

 そう自分に言い聞かせ、ラウラと一緒に既に大半の生徒が逃げ出した中で、言われた通り一部目の前の状況をIS学園式のアトラクションか何かと勘違いしてワーキャー叫んでいる奴らをこの場から追い出すべく動き出そうとした。が、

 

 「おい……? どうした? どうしたのだセシリア!!」

 

 「ちょっと! 返事くらいしなさいよ、頭ん中以外まで石になったワケ?!」

 

 一組を初めとする残念な人たちを問答無用でワイヤーで片っ端から拘束し引っ張っていくラウラを他所に、大声でセシリアのことを呼んでいる箒と鈴の声を拾って立ち止まる。

 すると向こうもこちらに気がついたのか、鈴がこちらに寄ってきた。

 

 「鈴! ……二組の方は大丈夫なのか?」

 

 「だいじょぶ、全員なんとか外に追い出した……多分外で必死に中の様子見ようとしてると思うけど」

 

 「二組も大概結構自由だよな」

 

 「未だに大半が残ってる一組ほどじゃないわよ……まーあの様子なら心配ないだろうけど」

 

 答えながら鈴は詰まらなさそうな様子で壇上に視線を向ける。こいつも凡そ千冬姉が優勢なことがわかる範囲では『見えて』るようだが……相変わらず溝は深そうだ。

 

 「っていうか、そんなことよりセシリアよ。箒の話聞いた限りじゃあのイカれた金髪が天井ブチ破って降ってきてからずっとこの状態らしいんだけどさ、なんか心当たり、ある?」

 

 「セシリアが……?」

 

 言われて目を向けてみれば、セシリアが千冬姉が戦っている壇上に目を向けたまま固まっていた。顔は真っ青で、ブルブル震えながら、なんで、と何度も繰り返し呟いている。

 

 「おい、セシリア?! どうしたんだよ? ……もしかして、『あいつ』のこと、なにか知ってるのか?!」

 

 「え……あ……その……」

 

 ……ダメだ、呆然としていて要領を得ない。少なくとも今この場で一番混乱しているのは、間違いなくこいつに違いない。しかしいくら下手すりゃパニックになるような状況とはいえ、こいつがこんなことになるとは思いもしなかった、あの命をかけた福音との戦いでさえ、自らが戦闘不能に追い込まれるその瞬間まで毅然としてたってのに。

 

 ――――!

 

 「!」

 

 そうして俺がセシリアの普段見ない様子に戸惑っている内に、背後で何か重いものが落ちるような音が響き振り返った。

 すると丁度千冬姉の一閃により敵の腕から弾き飛ばされた剣が、アリーナの床に落下してバウンドしているのが目に入った……どうやら、勝負あったようだ。

 

 「……覚悟は出来ているな?」

 

 「……覚悟なしでアナタに吹っかけられる人間なんているのかしら?」

 

 「そうか」

 

 武器を失い無手になった敵に、千冬姉が手にした手にした鉄片を振り下ろす。アレも生身の人間相手には立派な凶器だが、千冬姉なら死なないように加減できるだろう。よし、これで……

 

 「……『お姉さま』!!」

 

 「……!」

 

 終わった。そう思った瞬間、不意にセシリアが声を張り上げた。

 それにより、敵に今正に止めを刺そうとしていた千冬姉の意識が、ほんの僅かな間、こちらに逸れた。

 

 ――――他の、例えば俺のようなレベルの木っ端が相手なら、そんな僅かな時間はなんの救いにもならなかった筈だ。千冬姉の無慈悲な一撃に為す術なくそのまま粉砕されていただろう。だが、とても不味いことに今の『相手』は普通じゃなかった。

 

 金色の女性はその『一瞬』で、振り下ろされる鉄片を左手で掴み取って軌道を逸らし、今まで剣を持っていた右手を千冬姉の頭に突きつけた。

 その右手には、いつの間にか精々一、二発くらいしか装填できないような小型の拳銃が握られていた……どこかから取り出すような時間はとてもじゃないがなかった、今となっては信じがたいが、あの女、最初から剣と一緒にあの銃を『握った』ままさっきまでの立ち回りを演じていやがったのだ……!

 

 「――――It's finally ready(その隙、待ってた)! Thank you, baby(ありがと、子猫ちゃん)……!!!」

 

 「ッ……!!」

 

 「……千冬姉ェ!!」

 

 とっさにもう後先や周りのことなんて考えられず、ISの展開を試みようとするも、その『僅かな時間』にそもそも反応すら出来なかった俺が、間に合う筈もなく。

 一瞬で静まり返ったアリーナに、一発の銃声が無慈悲に轟いた。

 

 

 

 

 ――――ポン。

 

 ……ああ、銃声は、確かに響いた。こんないかにもジョークアイテムといった感じの、チープで情けない音が。

 そして音と共に、金色の女性が手にした小さな銃からは、色鮮やかなリボンやら紙片などがパァッと飛び出し壇上に散らばった。千冬姉はもうとっくに銃の射線を見切って退避を済ませており、恐らく千冬姉の顔面にぶちまけることを狙ったそれは千冬姉にかすりもしなかった……ああ、まぁ千冬姉なら不意打ちとはいえ例え実弾でも当たらないだろうと思ってたさ、本当だよ?

 

 「Fucking shit! ああもう、なんで最後の最後で梯子外すのよチフユ! アナタと親密アピールして生徒達に慣れ親しんで貰おうっていう私の計画が台無しじゃない!」

 

 そして襲撃者の女は最後の一撃が見事に外れたことを悟ると、なんか地団太を踏んで悔しがり出した。

 

 「それをアピールすべきガキ共が殆どいなくなった時点でその計画は既に破綻しているがな。というか、勝手に私を巻き込むな、迷惑極まりない。大体お前と親密になった覚えもない」

 

 「ちょ……」

 

 「え~と、ち……織斑先生? お知り合い?」

 

 なんか場の空気が一気に緩くなってきたので、どういう状況なのか説明して貰うべく、壇に近づきどうやらこの変な女と面識があるらしき千冬姉に声を掛けた。

 が、千冬姉がそれに答える前に、千冬姉に冷たくあしらわれすっかり意気消沈したようすの変な人の顔を漸くしっかりみることが出来た箒と鈴があっ、と声をあげた。

 

 「ん……? お前ら、あの人知ってんの?」

 

 「いや、知ってるもなにも……一夏、お前知らないのか?」

 

 「……! ま、まぁしょうがないわよ。あんた最後まではいなかったろうし……帰ってきた後もあんな状態じゃ、モンド・グロッソの特集なんかだって碌に見てないでしょうしね」

 

 「……?」

 

 箒の怪訝そうな様子と、鈴のどこか慰めるような笑いの意味がわからず俺が首を傾げていると、話の渦中にいる女性が顔をあげ、不敵な微笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきた。

 ……よく見るとまさに『金色の女性』という他に表現が見つからない、それこそずっと見ていたら本当に人間かどうかすら疑ってしまうような、あらゆる意味で『完璧』な女性だった。そんな印象を抱いたのは、多分単にその溢れるようなブロンドの髪のせいだけじゃない。なんというか上手く言えないが、一寸の明かりも入らない真っ暗闇に放り込まれても燦然と輝いていそうな、『そういう』オーラのようなものが全身から迸っている感じがするのだ。

 だからいざ近づかれるとその迫力ともつかない雰囲気に思わず気圧され二の足を踏みそうになったが、なんとか持ちこたえた。

 

 「アナタが、チフユの弟さん? ……話には聞いてたけど、思ってた以上に似てるのね。初めまして、イチカくん。私はエリザベス・ミーティア。気軽にベスって読んでくれていいわ……一応、アナタのお姉さんと同じ称号(ナマエ)を名乗らせて貰ってる、IS搭乗者よ。まぁ、おこぼれで貰ったものに過ぎないし、アナタの立場からすれば認められないかもしれないけど」

 

 「……!」

 

 そうか、この人が……! まぁ千冬姉とああまでほぼ互角に渡り合える人なんてそうはいないだろうし、只者ではないとは思っていたが。

 さっきの箒と鈴の反応の意味を、俺はここで漸く理解した。一年前のモンド・グロッソのことに触れるのはこの一年意識して避けてきたとはいえ、この世界に関わっている人間としてこれはちょっと恥ずかしい。

 

 「あ、いえ……そんな、ことは。勝負は時の運なんて言いますし、結果的に勝ったんならそれも実力の内ですよ。千冬姉のことは……確かに、残念でしたけど」

 

 「フフッ、アナタにそう言って貰えると少し気が楽になるわね。でも、さっきのでわかっちゃった。ホント、ラッキーだっただけだってね……あの決勝で、チフユとアリーナで向かい合うことになっていたら、きっと『戦女神』の名前は未だ彼女だけのものだった。あの詰めの一手も、『あの子』が声を上げてくれなかったら『打つ』ことすら出来なかったでしょうし」

 

 「…………」

 

 その言葉に何か違和感を感じて、俺は答えることが出来ずに思わず黙り込んだ。この人は……もし戦ったら勝てなかった、運が良かったとこんなはっきり言葉に出しているのに、それとは裏腹に表情がどうしてこんなに『残念』そうなんだろう?

 

 「……自己紹介はそんなところでいいだろう、ミーティア。ついて来い、あんな狂人でも今時やらないようなテロ紛いの大馬鹿をやらかした事情について逐一説明して貰うぞ。あとこの消失したアリーナの天井も直して貰う。言っておくがIS学園からはビタ一文費用を出すつもりはない。これについて異論があるならそこから先は法廷で喋って貰うことになる」

 

 「はーいはい、わかってるわよ。ホントに『高くついた』ってワケね」

 

 この違和感に俺が戸惑っていると、ミーティアさんが二の句を継ぐ前に千冬姉から声が掛かった。

 ミーティアさんはウンザリした様子で千冬姉に返事を返すと、俺にシーユーレタァ、と本場の人間とは思えないような適当な英語で別れを告げるとアリーナの出口に向かう千冬姉に連行されていった。

 そしてセシリアとすれ違う際、彼女に何か思わせぶりにウィンクを飛ばし、受けたセシリアの肩がビクンとはねる。セシリアは何か言いたそうにも見えたが、結局カチコチに緊張したまま一礼するのが精一杯だった。

 ……さっきのことといい、やっぱ知り合いなんだろうかこの二人。なんか結局あの人の名前と立場くらいしか聞けなかったし、何しに来たのか聞けないかな……いや、この反応じゃ多分セシリアにとっても不意打ちだったんだろう。あまり期待は出来なそうだが。

 

 「……にしても、セシリアすっごい声出してたわよね、『おねえさまー!』って。なんなの、姉妹なワケ? 似てないけど」

 

 と俺がセシリアが未だどこかボーっとしているのもあり二の足を踏んでいると、鈴が俺も気にはなるがなんかデリケートっぽい話題にズバッと切り込んだ。こいつのこういうところは少し羨ましくもある反面直させるべきかと真剣に考える時もある。

 尤も鈴自身もその表情を見るにセシリアの様子から返事が返ってくるとは思っていたなかったようで、本人としては俺らも交えた軽い笑い話のつもりだったようだが、

 

 「し、し、しま、姉妹なんて……恐れ多いですわ、冗談が過ぎますわよ、鈴さん」

 

 「……え、なに? なに?」

 

 ここになって漸くセシリアから返ってきた返事に猫のように反応して食いついていく鈴。なんか千冬姉とあれだけ立ち回りをし、挙句の果てに結果として失敗したもののコケにしてみせた相手に興味深々といった感じだ。俺としては当然面白くない。

 

 「鈴、あまり煽るな……あの女は一年前見た新聞に載っていたことが確かならイギリスの国家代表だった筈だ、普通に考えれば同国出身のセシリアが知らない筈がないだろう。先駆者として慕っていてもなんら不思議ではあるまい」

 

 それは箒も同じらしく、明らかに仏頂面でセシリアに鬱陶しく纏わりつく鈴を引き剥がしにかかる。だが鈴は納得いかない様子で、

 

 「えーでも、ただ慕ってるだけの相手におねえさまーなんて言う様なキャラじゃないでしょセシリアはー。あたし気になるなー」

 

 箒に抱え込まれながら口を尖らせてブーブー文句を言う。しかしこうして並んでみるとやはり小さ……ごめんなんでもないから拳を作るのやめろ鈴、俺はまだ何も言っていない。

 

 「……知りたい?」

 

 「そりゃあ、ねェ……って、へ?」

 

 「ひゃあああぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 だが、基本的に鈴は話がわかる奴なので、俺が言い聞かせれば最終的にはその場は収まる筈だった……直後に響いた、先程聞いたばかりの女性の声がした直後にセシリアの悲鳴がアリーナに轟くまでは。

 

 「Oh dear(なんとまぁ)……『また』おっきくなったわねぇ、セシリア。いやはや、善哉善哉。日々オトナになっていく妹分に一抹の寂しさを覚えつつも喜びを隠せないお姉さんなのでした」

 

 「な……!」

 

 いつの間にか先程出て行った筈のミーティアさんが俺達の背後に戻ってきており、気がついたときにはセシリアの後ろから思い切りセクハラをかましていた。

 ……マジかよ、油断はしてたかもだがそれにしても気配全く感じなかったぞ。あの箒も明らかに驚いてるし。

 

 「やぁ……あぁ……」

 

 いや、そんなことよりセシリアがライブで大ピンチだ。俺とかもう直視したら訴訟不可避な状況になりつつあるので慌てて目を逸らす。鈴、箒の陰に隠れたたけどこいつも相当あるのね、なんてアホなこと抜かしてないで早くなんとかしてくれ、いやもう箒頼む!

 

 「セシリアを離せ変質者が!!」

 

 と、頼むまでもなく行ってくれるのが我らが箒さんである。セシリアとミーティアさんの間に無理矢理割って入って引き離そうとする箒。だが、

 

 「っ……!」

 

 「なぁんだ……アナタも混じりたいなら、早く言ってくれればいいのにぃ」

 

 次の瞬間にはミーティアさんの肩にかけようとした右手を捻られあっさり床を転がってた。くそぅダメだわかってたがこの人所長みたいなダメな人のノリの癖に理不尽に強いぞ厄介過ぎる。多分ここにいる面子じゃ束になって掛かっていったところでセクハラの片手間でやっつけられてしまう。だがこのままでは箒までミーティアさんの毒牙に……くっ、仕方がない。男としてのプライドが大いに傷つくが、最終手段。仲間の貞操がかかっている以上ここは体裁に拘るところじゃない筈だ、恥を捨てた俺は強いぜ。

 覚悟を決めた俺は大きく息を吸い込むと、腹の底からさけんだ。

 

 「助けてちふ……!!」

 

 「ごめんなさい。本当にごめんなさい。出来心なの。腕の骨一本犠牲にしてなんとか逃げてきたところなんだからお願い勘弁して」

 

 結果言い終わる前に後ろに回りこまれて口を塞がれてしまったが打開は成功、最終的に勝てばよかろうなのだ。こういうダメな人間に対抗するには、とにかく一切の冗談が通じない手の人間に対処を委ねることだと相場は決まっている。つーかこの人千冬姉を出し抜くとはやっぱ只者じゃないぞ、そもそもいなくなったと思ってから一分も経ってないし。さっき出て行ったのは分身か影武者かなにかか。

 

 「なんか今男として最高にダメなところを見たような気がするんだけど」

 

 「うっせぇ黙ってろ……えーと、大丈夫か箒、セシリア?」

 

 「くっ、不覚……!」

 

 「は、はぃ……なん、とか……」

 

 ジト目でこちらを見てくる鈴から意図的に逃げながら二人の無事を確認する。

 ……いや一人は割りと無事でない上、もう一人もプッツン五秒前といった感じか。二度目の危機を未然に回避するため、俺は二人の前に立ってミーティアさんから遮る形で彼女と向き合う。

 

 「で、何でそこまでして戻ってきたんですか? 俺らになにか?」

 

 「そーよそーよ、セクハラのためだけに戻ってきたとは言わせないわよ。それに大体、アンタセシリアのなんのなのよ」

 

 するとここぞとばかりに鈴も援護に立ってくれる。対するミーティアさんは少しの間だけ考えこみ、俺は本当にセクハラのためだけ戻ってきたのではないかと一瞬本当に不安になったが、彼女はすぐに思い出したように手をポン、と叩くと、

 

 「いやね、本当自己紹介だけで肝心なこと話してなかったって思い出してね……ん、セシリアのこと? だから言ったじゃない、妹分だって。まぁ家族ぐるみでちょっと付き合いがあったってだけで、本当の妹ってわけじゃないけれどね」

 

 「そ、そんな。勿体無いお言葉ですわ……今となっては、わたくしの家は数ある家扶の一つに過ぎませんもの」

 

 「? あに言ってんのよ? 確かにこいつは『戦女神』の一人かもしれないけど、だからってそれだけで王様みたいに扱われなきゃいけない理由には……」

 

 「知らん割には的を得た言い方をするな、凰、ああ、実際その通りなのだ」

 

 「……?」

 

 ミーティアさんの言葉に対するセシリアの異様ともいえる恐縮っぷりに怪訝そうに疑問を口にする鈴の後を引き取ったのは、漸く野次馬の駆逐を終わらせて戻ってきたラウラだった。ラウラはミーティアさんの姿を見つけるなり溜息を吐き、

 

 「……外で教官が待っている、エリザベス・ミーティア。あの人本人が直接ここに来ずに私に言伝を頼んだ意味はわかるな……?」

 

 妙に重々しい声で、そう告げた。その本人でもないのに何故か伝わってくる異様な怒りの気迫に、お前を処断するのにここでは不都合だという聞こえる筈のない千冬姉の声まで聞こえた気がして、本来関係ないはずの俺達まで一緒になって震え上がった。

 

 「お、OK。すぐに行くわ、行く」

 

 当事者のミーティアさんにもそれは十分過ぎるほど伝わったのか、大人しく降参のジェスチャーをとると俺達に背を向ける……まぁ結局何をしたいのかはよくわからなかったが、今無理に聞くことでもあるまいと、俺もいい加減ここまできたら諦めがついた。

 

 「ね、ラウラ。さっきの話だけど……」

 

 だが鈴はそうはいかなかったようで、まだ本人いるにも拘らず話を蒸し返し始める。ラウラもラウラで、鈴の問いかけに律儀に答えてしまう。

 

 「ああ……彼女の出自の話だ。そもそも彼女の本当の名は……」

 

 「エリザベス・R・ウェンザー……だったかしらね、うろ覚えだけど」

 

 「!」

 

 突如こちらを振り返らないまま返ってきたミーティアさんの答えに二人して驚く身長低い組二人……だからそういうデリケートな話はせめて本人いないところでしろっつの。

 しかし……聞いたことがあるようでない姓だな。箒も同じくわからないようで無反応だが、鈴は心当たりがあるのか、急に顔が引き攣った……何か、ISの世界では『戦女神』以上に有名な名前か何かなんだろうか。

 が、俺のそんな疑問は次のミーティアさんの一言で粉々に吹き飛んだ。

 

 「一応、元イギリス女王様の長女、ってことに『なってた』筈よ……今はどうだかわからないけれどね。色々好き勝手やってたのが祟って勘当されちゃったのよ。もう三年も前のことかしら。その子……セシリアは昔私と兄でどっちが王位を継ぐかってことで世論が割れた時に、私側の勢力を後押ししてくれてた有力者の筆頭だった家の子でね。そのこともあって色々と付き合いがあったって訳」

 

 「何……?」

 

 それって、つまり……イギリス王室出身で、それも元王位継承候補者だったってことだろうか。はぁ、なんというか庶民出身としては、話のスケールが違いすぎていまいち実感できないけれども。少なくともセシリアがこうして竦み上がるくらいには、凄い立場の人なんだろうな。

 

 「それは……クリスティア女王陛下は、何か勘違いをなさっておいでですのよ! おねえ……王女様が今からでもきちんとお話くだされば、きっとわかってくださいますわ!!」

 

 こと話がここに及んだ途端、急に瀕死状態のセシリアが起き上がり、振り絞るように言葉を口にした。しかし、

 

 「これはもう昔のことよセシリア、OK? ……アナタのお友達が興味津々だったから教えてあげたけど、本当ならこの話はしたくないの。それに……王女さま、はやめなさい。その立場はもう、名前と一緒に捨てたのよ」

 

 「っ……!」

 

 今までとても感情豊かな口調から一転、急に平坦な声になったミーティアさんに一蹴される。セシリアは悔しそうに唇を噛んだが、結局それ以上は続けられずに黙り込んだ。

 それを知ってか、ミーティアさんはまた先程までの口調に戻り、微笑みながらふっと振り返った。

 

 「あとね……仮にも百年続いた由緒正しいオルコット家の末裔のアナタが、主筋の非を疑うようなことを言ってはいけないわ。本来ならアナタも周りの時代遅れの貴族気取り達と一緒になって、私を攻撃する側にならなければならないの。それがアナタの言うところの責任というものでしょう?」

 

 「そうだとしても、わたくしはっ……! だってお姉さまはお母様達のために……!!」

 

 「はいはい、この話はもうお終い。こわーい人も待ってることだし、私はもう行かなくちゃね……あ、そうそう。せめて最後に、これだけは伝えないといけないわね」

 

 そして未だに納得がいかない様子のセシリアを軽くいなしながら、とても気軽な調子でとんでもないことを告げた。

 

 「私、しばらくの間IS学園(ここ)で臨時教師やることになったから。宜しくね、ベイビーちゃん達?」

 

 「な……」

 

 なんですと?!

 突然の衝撃カミングアウトに、俺だけでなくその場にいる全員が硬直する……じゃあ着くのが遅れてた新任教師って、もしかしなくてもそういうことなのか……ハハッ、マジかよ。凄い人なのは確かだろうけれど、同時に色々な意味で問題が多そうな人なのも今日会っただけでわかった。千冬姉、いよいよもってヤバいんじゃなかろうか、ストレスが。

 

 この俺達の反応に、ミーティアさんはいかにもしてやったり、といった表情で笑うと、どういう訳か俺に明らかに何か思わせぶりな流し目を送り、

 

 「フフッ、それに私だけちょっと先走ってきちゃったけど……とっておきのお土産を持ってきてあげたわよ。あっちももうすぐ着くと思うから、楽しみにしてて頂戴ね」

 

 今までの彼女の言動からして嫌な予感しか感じない言葉を残し、未だ動けない俺らを残し颯爽とその場を去っていった。

 

 ――――夏休み中に知り合った喋れない少女に、遅々として進まない学園祭の計画。

 そして何か大事なことを秘めていそうなのほほんさんに、突如それこそ名前の通り流星の如く現れた、色んな肩書きとやはり何か秘密がありそうな金色の新任教師。

 

 どうやら新学期は当初俺が思っていた以上に大変な日々になりそうだと、去っていくミーティアさんの背中を見ながら俺は予感していた。

 

 


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