IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第八十二話~一組の日常~

 

 「……いかんのか?」

 

 「いかんでしょ」

 

 「いや……悪くはない。悪くはないけど……ン~、なんというか、二組に勝つにはもう一押し欲しいトコ」

 

 「……?」

 

 学園に戻ってきた頃にはもう大分遅くなっていた。よって、流石にもう今日はお開きになっているだろうと半ば諦めながら一組のドアを開けた俺の目に飛び込んできたのは、どうやら始業式を前に今日いつの間にか戻ってきていたラウラを交えてウンウン唸っている面々だった。ただ箒とセシリアの姿は見えない、そういや今日専用機を扱うための注意事項をセシリアに教わるって箒が言ってたっけ。箒がある程度落ち着いてきてからは、あの二人は一緒に行動することが多くなってきている。のけ者にされる俺としては少し寂しくもあるが、いい兆候ではある。

 

 ……いや、今はこっちだ。なにやら議論っぽい話もしているが、主語が抜け落ちた会話をしているので後発としては全く肝心の内容を理解できない。くそぅこれだから最近の若いのはダメなんだ。なんか嫌な予感しかしないが、見なかったことにしたらしたでどの道後で酷い事になるような気もしている。ここはもう虎穴に後ろ向きで飛び込むしか手がなさそうだ。

 

 「おっすー。何? なんかいいアイデアでたのか?」

 

 「む……弟か、久しい……というほどでもないか。うむ、何やら難儀しているようなので私から一つ提案したのだがな、どうやらやはりまだ凰に対抗するためには『ぱんち』が足りないようなのだ」

 

 「へぇ、パンチね……意味わかって使ってるかそれ?」

 

 「? 破壊力が足りないということだろう? ……どうやら私は学園祭というものに対して理解が足りなかったらしい。文化を披露する場にも火力が要求されるとはな。ここに対して今まで抱いていた認識をいよいよ以って改めねばならないかもしれない」

 

 よって一番手近にいた、どことなくしょんぼりしているラウラに声を掛ける。人選は当たりだったようで、それだけで大まかなことは大体わかった。何か致命的な勘違いをしていることもわかった。でも今大事なのはそこじゃないので取り合えずそっちはスルーした。

 

 「でも、ちょっと意外だな。お前がこういうことに自分から関わろうとするなんて」

 

 「正直なところ乗り気ではないな。だが、この度の日本滞在で部下にまで世間知らず呼ばわりされたのが堪えた。だから勉強も兼ねて、こういったことからは逃げないことにしたのだ」

 

 と言いつつも、そんなことを言われても今までずっと施設の中で育ってきたのだから仕方ないではないか、とむくれながら独り言を呟くラウラ。内心全く納得出来てはいなさそうだ。まぁ、それでも余程(主に千冬姉関連)のことでない限り問題に対しては感情抜きで行動できるのはこいつの美点でもある。

 うーん、この夏休みの俺の帰省中、たまに近況報告みたいな感じで貰っていたラウラからの電話で、色々こっちの見えないところでトラブルがあったという話は聞いていたけれど。しかしこっちが心配しても任務には支障はない、の一点張りで詳しいことは教えてくれず、まぁクラリッサさんもついてるなら大丈夫だろうとそれ以上は追求しなかったが、この様子じゃもしかしたら結構相当やらかしていたんではなかろうか。

 ……そういやここ一週間くらい、家の近所で不自然な爆発が起こったとか変な服を着て夜にうろつく不振者の目撃談とか妙な噂がひっきりなしにあがるようになったって弾が言っていたような……やめよう。多分こっから先は考えすぎるとドツボに嵌る。もしかしなくてもそうだろうし。それにまだ肝心なところがわかってないし。

 

 「ま、まぁいい心掛けだと思うぜ、何事も体験だからな……ところでラウラ、そのお前が提案した『案』ってのは……」

 

 「ふぁ、ふぁらいあ~!」

 

 そう思考を切り替え、今度こそ本題に入ろうとしたその絶妙なタイミングで、まるで上級呪文のような奇妙でいて気の抜けた声に遮られる。迂闊にもアクティブターンを確認し忘れた俺が勝利を逃した瞬間だった。

 その奇声をあげた我等がクラスメイトは、いつにも増してフラフラと千鳥足でなんとか教室の中に入って来たのだが、数歩踏み出したところでベシャッ、と音を立てて倒れたまま動かなくなってしまったのである。

 

 「ほ、本音……?!」

 

 「ちょ、どうしたの? しっかりして!」

 

 その様子を見て、後から入ってきた俺にも気づかずウンウン唸っているのを一旦中止し一斉に倒れたのほほんさんに駆け寄る一同。しかし、

 

 「はれほれひれはれ~……」

 

 ……当の本人は既に疲労困憊といった体で、大量のファンの女の子に囲まれた時の箒のような目をしている。これではすぐに話を聞くのは無理そうだ。

 

 「目に充血、微量だが熱もある。恐らく疲労と……睡眠不足で免疫力が低下しているな。何か栄養のつくものを与えて休ませてやったほうがいい」

 

 のほほんさんが倒れるなり真っ先に駆け寄り、すぐ近くで様子を見ていたラウラもすぐにそれがわかったのか、そう診断結果を皆に告げると制服の懐を弄り出し、やがて丸いプラスチックのようなもので出来たケースを取り出すと、蓋を開けた。

 

 「……うっ!」

 

 「ぐっ……?!」

 

 そして途端に周囲に立ち込める、いかにも薬品といった感じの異臭に、俺を含めた回りのクラスメイト達が思わず顔を顰める。が、俺たちのそんな反応にも慌てず動じず、恐らく臭いの発生源と思われるケースの中に入っていたクリームのようなものをナイフで掬い取り、あろうことかこの追い討ちで顔面が蒼白になり始めたのほほんの口元に持っていこうとするラウラに、俺は慌てて声を掛けた。

 

 「え~と、ラウラ。それは……」

 

 「我が『黒兎部隊』特注の軍用レーションだ。この微量で一日の活動に必要な栄養素が全て摂れる優れモノだぞ」

 

 マジかよ、ドイツのは美味いと聞いていたがこれは……こいつらが特殊なんだろうか。いや今はそうではなく。

 

 「……まさかとは思うが。今から『そいつ』を、のほほんさんに食わす気か?」

 

 「? ……何か問題があるのか?」

 

 いや、問題があるも何も。本人さっきから両腕で口塞いで首ブンブン振って嫌がってるんだけど。

 それにはこっちから教えてあげるまでもなくラウラも気がついたのか、すぐにのほほんさんに向き直ると、

 

 「何、心配はいらん。最初こそ私も口にした時は正直あと少しで泣くところだったが、一月もこれ以外の食料がない状況下で訓練すればいずれ病み付きになるものだ。私が保証する」

 

 こいつらしくない妙に優しい声で、この場ではなんの救いにもならないことを言った。当然納得がいかないであろうのほほんさんはさらに激しく首を振るが、

 

 「食べるのだ! 食べないと死ぬぞ!!」

 

 ラウラは話は終わりだとばかりにのほほんさんを無理矢理押さえにかかる……つーかそもそもそーいう話だったか?

 

 「ダメだってラウラちゃん!!」

 

 「そ、そうだよ! そんなの食べさせたらそれこそ本音死んじゃうよ、女の子として!!」

 

 そして周囲の女の子達は、そうじゃなくてもフラフラな状態で強烈な臭気の元を鼻先に突きつけられ最早瀕死状態ののほほんさんを救うべくラウラを止めに入る……ああ、俺もいい加減そうしないと不味いな。

 

 ――――結局その場は、ラウラのレーションの代用として俺が明日の昼飯として荷物に忍ばせていた、黄箱固形栄養食チーズ味一袋をのほほんさんに献上する形でなんとか纏めることに成功。そしてラウラのレーションの時とは打ってかわって嬉しそうに袋をあけ、某げっ歯類の如くモキュモキュと中身を頬張るのほほんさんを見てからのラウラの無言のもの欲しそうな視線に屈する形でもう一袋も失ったところでタイムアウト、消灯時間間際の見回りにやってきた千冬姉に見つかり全員教室から叩き出され、のほほんさんは有無を言わさず保健室に連行された。

 

 つまり最終的には、明日の俺の昼飯が消し飛び、肝心の学祭に関する情報は一切手に入らなかったという結果だけが残った……そうでなくとも明日からはもう新学期、にも拘らず心機一転どころかなんとかしなくてはいけない頭痛の種は山積み。うん、なんというか、泣きたい。

 

 

 

 

 「で、結局どういうことになってんだ? あの二人は」

 

 『それが……どうやら、当初想定していた以上に厄介なことになっているようです』

 

 そんなこんなで失意に塗れてなんとか自分の寮室に戻ってきた俺だが、狙い済ましたかのようなタイミングで以前から白煉に頼んでいた箒の件に関する調査報告が来た。それも、恒例の二者択一すらない『悪い報告』である……いや、このタイミングなのは簪の件に対するこいつなりの意趣返しだったのかもしれない。頼りにこそなれ本当に性格の悪い相棒だ。しかも、

 

 「『紅椿』が動かない?!」

 

 そいつはただ悪いってだけでなく、俺の想像の範疇を超えている事柄で、俺は思わず声をあげた。

 

 

 

 

 『動かない、という言い方には語弊があります。全く稼動しない訳ではないのですが……あの『福音』の一件以来、『紅椿』の単一仕様能力が一時的に凍結されたことは知っていますね?』

 

 「あ、ああ」

 

 そのことについては既に千冬姉から聞いて、箒本人にも裏をとった。

 ……あの福音戦で、今こそピンピンしているものの当時は一番の重傷を負った箒。その怪我の原因は戦った相手の福音による攻撃ではなく、ほぼあいつのIS『紅椿』の単一仕様能力の暴走によるものだという事実。

 そのことを知っていたから、紅椿のそれが一時凍結されるという話になったとき、自分が至らなかっただけ、紅椿が悪いわけじゃないとゴネる箒を千冬姉と一緒に説得した。どんなにそれで強くなれるにしても、代償に自分が傷つくような力なんて、あいつには使って欲しくなかった。そんなことを熱心に伝えたら、あいつは俯きながらも首を縦に振ってくれたのだ。

 

 『ですが単一仕様能力というのはそもそも、ISという存在の根本に根ざしているもので、発揮できる力の源泉とでも言うべきものです。そうでなくともあの『紅椿』は能力そのもの自体一から創造それた機体、『絢爛舞踏』がシステムの内側に組み込まれてしまっている以上、無理矢理そのものだけを封じようとすれば、それに伴う弊害も発生してしまいます。それが……』

 

 『絢爛舞踏』の発動と維持を支える、『紅椿』の展開装甲全体に仕組まれたマイクロジェネレータの機能不全。

 早い話、単一仕様能力凍結の副作用として発生した問題はそれだと白煉は言った。元々紅椿はコア本体とその各外部ジェネレーターによって生み出されるエネルギーを交互に循環させる特殊な機構を有しており、その機能上片方が上手く機能しないともう片方に大きな負荷が掛かってしまう。

 そしてコアは元々、永久機関ともいえる量のエネルギーを生み出すことが出来る代物らしいが、現行のIS技術ではそれを無制限に取り込んでしまうと機体そのものがどうしても持たず搭乗者にも危険が及ぶため、現存している全てのISには、コアの個体や搭乗者のIS適正、ISと搭乗者のシンクロ率等によって幾らか違いは出てくるものの、一度に出力できるエネルギーに制限が掛かっている。俺達が使っているような競技用ISは、競技上公平を規すためそれに加えて二重にリミッターを掛けているような状態らしい。

 そうじゃなくともギリギリまで押さえ込まれている状況で、ISの機構の不調によって負荷を掛けられることを強いられているのが今の紅椿のコア。こんな状況でまともに動けという方が、そもそも無茶だったわけで。

 

 「どんな省エネでやりくりしてみても、実質経戦可能時間は約一分、か……そりゃ、もう『動かない』ようなモンだよなぁ」

 

 ISの試合は、展開すればそのまま打って出れる、なんて単純なモンじゃない。一回戦闘可能状態に移行してからも、絶対防御やシールドといった防御機構や装備に不備がないかといった点検や確認の工程が必ず入る。一分なんて、そんなことをしているうちにあっという間に消えてなくなる。

 つまり単一仕様能力の凍結という、安全のことを考えて施された処置は、本来現行最高クラスの性能を持つISである紅椿をある意味最適化前の白式以下の使い物にならない欠陥品にまで転落させてしまったということになる。

 

 ――――倉持技研にISの調整に行ったとき、妙に元気がなかった上に脈絡もなく紅焔のことを相談してきたのは、そういう事情があったからかと今更ながら勘ぐる。所長が紅椿のデータ採取だけやけにあっさり諦めたのも、設備云々は口実で本当はこのことを知っていた上で気を利かせたからかもしれない。

 本来なら責任はそんな問題作を突然現れた末押し付けた束さんにこそあれ、箒にはなんら負うべきものはないと考えるところだが、変なところで責任感の強いあいつのことだ。そんな、自分ではどうしようもないことまで背負いこんでいても不思議じゃない。と、なれば当初の問題の方も自然と察しがつく。

 

 「じゃあ、紅焔は……」

 

 『……はい、『箒様に申し訳が立たない』とだけ。実に愚かしいことですが、こちらにも意図的に彼女のことをさけているきらいがあるかと』

 

 「はぁ……やっぱりか」

 

 どこからしくもなく苛立った様子で予想通りの答えを口にする白煉に、俺は思わず溜息を吐いた。

 要するにどちらにも解決できない共通の問題に対して触れることが出来ず、お互いに遠慮してしまっている状態なのか。溜め込む者同士ってのも考えものだ。しかし、そういうことならあの時知った気になって見当違いなアドバイスをしたかもしれない。どうも上手くいかないもんだ……いや、今更過ぎたことを悔やむくらいなら、これから出来ることを考えたほうが建設的か。

 

 「紅椿のこと、どうにかならないのか?」

 

 『ISは自らの状態に問題があるなら改善のために自己機能を変革します、コアに対する負荷の件はいずれ解決する筈です……ただ、時間はかかるかもしれません。あの機体はあらゆる意味で『例外』が多いので、コアネットワークを通じて取得できる過去の経験則(データ)を殆ど活かせず工程の簡略化が難しいのです。肝心の補佐(AI)も残念ながらあまり優秀とは言えません』

 

 「AIの問題、ってんならお前が手伝ってやれないか?」

 

 『今日余計な任務を押し付けられさえしなければ、それも考慮に入れていたのですが……』

 

 「うっ……」

 

 やっぱこの野郎根に持ってやがる。くそぅ、だからあれは別に俺が楽をしたいからとか、そういう動機で頼んだわけじゃないのに。どうしてこうも理解がない。

 

 『まぁ……かといって同じ親元を持つ機体がいつまでも欠陥品のレッテルを貼られているのも癪です。不本意ですが、この件につきましては元々そうする気でいました。尤も、私の専属機体でない以上出来ることは大分限られますが』

 

 と、己が相棒の心の狭さを嘆いていると、思っていたのとは逆の方向で後を引き取られた。そのことに何も返せずに思わずキョトンとしていると、白煉は呆れながらもなにか吹っ切れたような声で、

 

 『箒様のお言葉を借りるわけではありませんが……マスター、他人の心配をしていられる場合ですか? 紅椿の件とは多少状況が違うとはいえ、今のままではいずれ似たようなことになると自覚してください。その結果、期待外れと笑われるのをマスターは気にしないかもしれませんが……私は嫌です。私の……白煉のマスターは貴方しかいないんですから』

 

 そんなことを、言って来た。。

 正直、頭を殴られたような気分だった……こいつ。今までやたらと勝ち負けとか体裁に拘るのは、ずっと自分の出自に対する矜持からくるものだと思っていたが、まさか。

 

 『……いえ、とにかく。私が言いたいのは、紅椿のことも含めて、多少本来の意向を曲げてでもマスターが勝手に持ち込んだ問題の解決に協力するのですから、マスターも……』

 

 「……ああ。わかってるよ。折角第二次形態移行できたってのに、それから休みで全然訓練やってこなかったもんな。それで他のことに感けてるってんだから、確かにお前も不満だよな。まぁちょっと今日は無理だけど、明日から早速イメージインターフェイス制御の続きをやろう。この前の更識先輩の話聞いてから色々考えていくつか試したいって思ってることあるんだ。手伝ってくれるよな?」

 

 『え? あ、いや……マスターご自身にお考えがあるのなら、それは当然……』

 

 珍しい俺の素直な返事で今更ながら自分がさっき言った事を自覚したのか、急に一転してしどろもどろになる白煉。

 ああもう、こいつ本当に素直じゃないな。こっちも言われて悪い気はしてないんだから、思ったことはどんどん言葉にすりゃあいいのに……尤も、それが出来るようになってきたって気づいてきたのも最近になってきてからだが。自分で言うのもあれだが、つくづく俺も鈍い。

 まぁ、それでも一応俺、マスターだし。からかってやる権利くらいは、あるか。

 

 「おっけ。じゃあ宜しく。あと、心配してくれてありがとな、見栄っ張りのAIさん?」

 

 『……ッ! まぁ、そう解釈したいのであればご自由に。幸せ頭のマスター』

 

 おお、ここであくまでクールに返すあたりは箒や鈴より一枚上手か。でもそこでそのまま人の携帯を勝手に切って逃げるのはクールじゃないぜ、白煉。すぐさま反撃が来そうだから口には出さないけど。

 

 「それに……ああ、『わかってる』、さ」

 

 何か『俺一人の力』で特別なことが出来たわけでも、誰かを守れたわけでも、ない。

 姿も能力も大きく変わった俺の『IS(チカラ)』にしても、単純に強くなったとは大手を振っては言えない状態。とてもじゃないが、思い上がってなんかいられない。

 

 千冬姉の背中を我武者羅に追いかけるのはやめた。その決断は、今でも変わってない。だけど。

 ――――そんなどっちつかずで、中途半端な俺でも。『強くなること』さえ諦めなければ、千冬姉や皆の為に、何か出来ることはあるかもしれない。あの銀色に輝くISが、何もかも投げ出して大事な人を救おうとして、最後にはそれを成し遂げたように。

 

 「……おし! そうと決まったら、行動!」

 

 そう、『諦めない』から、いつくるかわからない『次』の時まで自分を磨く。そのための時間はいくらあっても足りない。俺は初めてこここに足を踏み入れた夜の時と同じように、けれど気持ちだけはあの時と少しだけ違うことを感じながら、模擬刀を手にとって忍び足で暗い外に踏み出した。

 

 ――――尚、そうして勇み足で出発したのはいいものの、やはり最後に千冬姉に見つかり一学期と似たようなやり取りを繰り返したり、やけにテンションの高い鈴にばったりぶつかったりして幸先としてはあまり良くなかったことを記しておく。なんかいつもこういときに限って上手くオチないのはなんでだろうね。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 「今日は遅くまで済まなかったな。それに……先程の話のこと、力になれず重ね重ね済まない」

 

 「いえ……寧ろ本当のことを仰って頂いて助かりましたわ。それに最初に身勝手なお願いをしたのはこちらですもの、わたくしこそ、申し訳ありませんでした」

 

 セシリアからの手ほどきは存外に長引き、予定時間を大きく過ぎた上に宿題まで持たされてのお開きとなった。締めにあの個人的にはあまり思い出したくない福音との戦いの時のことを色々聞かれたのもあり、私がセシリアの部屋から出たときには既に消灯時刻を大きく過ぎていた。

 ……専用機持ちになるというのは、当初想像していた以上に責任の伴うことらしい。今日の話でそのことを改めて認識し直した私は、自分で思っていた以上に気を重くしていた。しかも肝心のその専用機が、自身の未熟により模擬戦の一つも行えない状態になってしまっているとなれば尚更だ。

 

 そのことを多分、最初から見透かされていたのだろう。セシリアは去る私の背中に、こんな言葉を投げてきた。

 

 「浮かない様子、ですわね。『こんなことなら、専用機なんていらなかった』とでも言いたげですわよ」

 

 「……!」

 

 感情の篭っていない、静かな声。それでいてこちらを煽るその言葉に、私はつい頭に来て振り返る。

 だが口をついて出そうになった、その言葉を肯定する返事はどうしても出なかった。出せる訳がなかった。先程まで専用機持ち、代表候補生としての矜持を語られ、

 

 「まぁ、貴女には一学期初頭の大失態を見られてますもの、そんなわたくしが専用機持ちの心得を語るなんて失笑ものだなんて百も承知でしたけれどね。でも、一応先達である事実は変わりませんし、その立場からもう一度忠告しておきますわ」

 

 その上こんな、見たこともないような厳しい顔で、まっすぐこちらを見つめる様子を見てしまったら。

 

 「貴女があの専用機を手に入れた経緯をわたくしは知りませんし、興味もありませんけれど。それがどのようなものであれ、ISを手に入れた時点で貴女は『出来る』側になりましたの。それをしっかり自覚してくださいまし。貴女でなければ出来ない、『貴女にしか』できないことがあります。それがどんなに厳しく、困難でも、それが『出来ない』方達のために、わたくし達はそれを果たさなければなりません……少なくとも、わたくしはそう考えています」

 

 「…………」

 

 「認識の仕方に多少の違いはあるかもしれませんが、きっと今の貴女を見たら鈴さんやラウラさんも似たようなことを仰ると思います……今ここにはいらっしゃいませんが、シャルルさんも。あの方達も、貴女があっさり手に入れたものを手に入れるために分相応の努力をしてきた筈ですわ。貴女のそのご自身の立場を軽んずる態度が、それをいかに愚弄するものかを理解して頂きたいの」

 

 「! ……私は、そんなつもりは……!」

 

 「貴女にそのつもりがなくても、今のままでは結果的にそうなってしまいますのよ……突然転がり込んだ力に、いきなりの不調。戸惑う気持ちもわかります。ですが、そういう時だからこそ後ろ向きになってはいけませんわ。そうではなくて?」

 

 「……ぬ?」

 

 セシリアの厳しい口調が、急にいつも話すときのような明るい調子のそれに変わる。それに気づいてつい俯いてしまった顔を上げれば、彼女の表情はすでにいつもの自信と活力に満ちた、眩い笑顔に変わっていた。

 

 「稼働時間が一分、模擬戦もまともに行えない? ……結構じゃありませんの、これはまだ誰にも喋ってませんけれど、わたくしもまずは完全に展開するところからのスタートでしたのよ? ビットを全基完全稼動状態で出現させるのに、少なくとも一月はかかりましたわ……いや、そもそもやっぱりフッティングからあそこまで一気に出来る貴女方がそもそもおかしいんですのよ、今だから言いますけどわたくし、IS学園(ここ)に来て以来ずっと自信を失くすようなことばっかりだったんですから!」

 

 「あ、ああ? ……よくわからんが、済まん」

 

 と思ったら、一転してなにやら現在のいかにも天才肌然としたイメージを覆すような昔話を暴露をしながら額に青筋を浮かべて怒りだした。なんというか、忙しい奴だ。

 ……そもそも、そうは言われてもだな。一夏ではないが出来てしまうものは仕方ないというか、意識してやってるわけではないのだが。

 

 「そういうのが一番性質が悪いですのよ、はぁ……ま、まぁとにかくそういうことです。『普通なら』結果なんてすぐにはついてくるものじゃありませんもの、胸を張っていればいいのですわ。そこで気まで落ちてしまったら上手くいくものも上手くいきませんし、なにより……まだ始まってすらいないのに自分はもうダメだなんて諦めてしまったら、まだ絶対に伸び代を残している『自分の力』があまりに可哀想じゃないですの」

 

 「……!」

 

 が、そんなセシリアの様子に私がしどろもどろになっている時間はそう長くなかった。

 未だ何処か納得いかないといった表情ながらも毅然と言い放ったその言葉が、一本の矢のように私の胸を深く抉ったからだ。

 ……最初に口にした厳しい言葉もまた、セシリアの本心だろう。その中で他の代表候補生達を引き合いに出したが、何よりこいつ自身が、その中の誰よりも今までの私に苛立っていた筈だ。しかし、それでいて。

 

 ――――まだ絶対に伸び代を残している『自分の力』があまりに可哀想じゃないですの……

 

 ……私自身よりも。私のことを、信じていて、くれていたのだ。

 

 「……ああ。そう、だな」

 

 そのことが何かとても嬉しくて、首肯を返す。

 セシリアはそんな私を確認すると、何処かホッとした様に息を吐いた。

 

 「……? どうした?」

 

 「いえ……わたくし、一夏さんみたいに貴女と特別通じ合えるわけじゃありませんから。言葉だけで貴女に言いたいことがちゃんと伝わるか、少し不安でしたの。けれど、その様子なら取り合えずはわかって頂けたようね」

 

 「む……」

 

 ……その余計な一言で、ほんのちょっぴりだけ心が冷える。

 なんだそれは、まるで私が一夏以外とは話が通じない人間だとでも思っていたようではないか。

 そこで我ながら心が狭いと呆れつつも、ちょっとした意趣返しを思いついた……最近嫌なところが一夏に似てきた気がするな。

 

 「ああ、理解できたよ……セシリアの励ましは少しわかり辛い、ということがな」

 

 「な、なぁ……!」

 

 その私の返事に急に慌てたようにワタワタし始めるセシリア……私がこんな返しをするとは思ってもいなかったのだろう、申し訳ないと思う気持ちもあるが少し微笑ましい。

 

 「ええと、それは少し厳しいことも言いましたが……あれはその、激励の意味もあったといいますか……」

 

 「いや、あれは確かに正論だったし反省している、が……私としては、その後の言葉が先に欲しかったところだ」

 

 「あ、あれはなんというか最初は言うつもりじゃなくて、つい勢いで……そ、それにそっちを先に、したら……」

 

 「……?」

 

 先程の堂々とした態度も何処へやら、喋りながらモジモジとどんどん小さくなっていくセシリア。

 ……軽い気持ちでいじりすぎたか。感謝しているのは本当だし、早めに謝ろうとセシリアを制しようとすると、

 

 「どうしても、話的にわたくしが最初はブルーティアーズの展開一つまともに出来なかったことに触れなきゃいけなくなるじゃないですかー!!」

 

 どうやら遅かったらしく、向こうが先に爆発してしまった。

 私はその予想もしなかった答えをポカンとしながら聞き、最初彼女に会ったばかりの時に思いを馳せた。

 ……思えばよく言えば気位が高く、悪く言えば見栄っ張りで自身の汚点を晒すなどもっての他、といった気質は、その時から持ち合わせていたものだったと思うが。未だに変わっていないそこを、うっかりとはいえ他人のためにあっさり曲げてしまえるようになったのはいつからで、一体誰の影響か。

 

 「フフッ……!」

 

 「!」

 

 それを考えたら昔から見知った顔が、頭の中で間抜け面でこちらを振り返って、ついおかしくなって私は噴出した。

 状況的に仕方ないがセシリアはそれを自分が笑われたのと勘違いしたらしく、顔を真っ赤にして私に食ってかかり始める。

 

 「わ、悪かったですわねー! 言っておきますが、このことを口外したらひどいですわよ、わかりまして?!」

 

 「いや、違うんだ……そのことじゃなくてな……ハハッ!」

 

 「流石に笑いすぎですわ! もーう! 今となっては貴女も同じような状況の癖に!」

 

 ――――結局その日のうちは勘違いは解けなかったが、それはそれで良かったと後になって思う。

 セシリアの話を聞いて私の問題が解決したわけじゃない、寧ろ気負わなくてはならないものは増したけれど。それでもこれからは……この優しいけれど不器用な友人のためにも、表向きだけでも強がっていようと思った。

 けれどこの場でだけは、本心を悟られないまま素直に浮かべることが出来たのだ。

 ……精一杯の、感謝の笑顔を。

 

 





 ダ「そうだ、ちょっと時間できたし、資料がてら原作読もう」

 ――――数時間後

 そこにはジョジョ七部を読了しているダレトコの姿が!

 ……そんなわけで数時間前の自分を「どういう判断だッ! てめぇ終わりだッ!」って言いながら殴り飛ばしたい衝動に絶賛駆られ中のダレトコであります。だって嬉しそうに飛行機の話してんのにウェカピポに総スルーされてしょんぼりするマジェントさんが可愛すぎるのがいけないんだ……

 そんな感じで相変わらず筆の進みは遅いですがちょっとずつ書いてはいます。
 紅椿は設定のスペック上いきなりフルパワーだとここから先箒無双が幕を開けてしまうため、弱体化は避けられない道でした。まぁその後に繋ぎたい展開があるというのも大きいのですが。
 そしてもうセシリアさんは本作においてはいいとこみせようとしてオチ要員になる宿命の星の下にいるのかもしれません。次回はいよいよ今まで思わせぶりな登場を繰り返してきたあの人がいろいろな意味で大暴れする予定です。

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