IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第八十一話~作戦、いち~

 

 

 「あっ……」

 

 「…………」

 

 最早休み中に会うのは諦めていたそいつに漸く会えたのは、未だ残暑の厳しい、夏休み最後の日だった。

 二学期を迎える前に食材を補填しておこうかと思いIS学園直近のスーパーに向かったところ、野菜コーナーで特売品を物色している簪を見つけたのだ。

 

 「料理、するんだ」

 

 「…………」

 

 人参の袋詰めを手に取る簪に声を掛ける。だが前持っていたスケッチブックは流石に嵩張るのか今は持っていない、マズったかと思ったら、彼女はカゴを腕に引っ掛けると、持っているバックの中から小さなメモ帳を取り出した。

 

 『簡単なのだけ。多分人並み以下』

 

 「そっか。何作るんだ?」

 

 『カレー。所長、もう三日くらい何も食べないで研究室篭ってる。倒れる前に無理やりでも食べさせるつもり』

 

 「……苦労してんだな」

 

 『慣れた』

 

 そしてこちらの質問に、それのページを千切りながら対応してくれる。ただ筆談しながら歩くのは危ないので早々に切り上げる。しかしかといってこのままこの機会をふいにするのもちょっと勿体無かったので、

 

 「これから倉持技研行くんだろ? 送ってく、その量だと結構重いだろうし。持つよ」

 

 ちょっと、お節介を焼いてみることにした。

 

 

 

 

 『面倒臭く、ない?』

 

 「……?」

 

 相手が喋れない以上、道中はおのずと沈黙が続いて少し気まずい思いをしたのだが。それは簪の方も同じだったのか。

 少し途中で休んでいくかと立ち寄った公園で、ベンチに腰掛けた簪が一番最初に尋ねてきたのは、そんなことだった。

 

 『私があなただったら、筆談しか出来ない人の相手なんてしたくない』

 

 「……面倒だから?」

 

 『何か聞かれても、すぐに返せない。普通だったら、もどかしいって思う。他の、ちゃんとお話が出来る人と話した方が、楽しい筈』

 

 少し迷うような素振りを見せながらそこまで書いて俺に渡し、露骨に視線を逸らす簪。

 ……う~ん。俺といても楽しくないから構うなっていう、遠回しな意思表示だろうか。いや、流石にそれは我ながら思考がネガティブ過ぎるだろうとなんとか思い直し、俺は素直に思ったことを言うことにした。

 

 「そりゃ、全く面倒じゃないって言えば嘘になるけどさ。お前は時間掛かってもちゃんと話そうとはしてくれるじゃん。そういう『気持ち』ってさ、多分お前が思ってる以上に、見てる相手には伝わるモンだよ。だから、気にならない。寧ろ、そういう面倒臭さなら好きだな、俺は」

 

 「…………」

 

 が、それは残念ながら簪が期待していた答えと違ったのか、彼女は途端にブスッとした顔をするとペンを走らせ、

 

 『あなたは、変。所長と同類』

 

 なんて直球で物凄く失礼なことが書かれた千切ったメモを俺に渡すと、さっさとベンチから立ち上り俺に背を向けて歩き出した。

 俺はせめて後ろの方だけでも訂正させるべくすかさず後を追おうとした。しかしその直前、反射的に握りつぶしたそのメモの裏面にもなにか書かれているのに気がつき、もう一度広げて見てみる。

 

 『けど。そういうの、私も嫌いじゃない』

 

 「…………」

 

 ……やはり、どの道すぐに追いかけなくてはならないようだ。こういう卑怯な『言い逃げ』を、もうやらないように言い聞かせるためにも。

 

 

 

 

 「…………」

 

 「ん~、弟子? 帰ったよ、メール来て。なんか『おねえちゃんがげきおこだよ~』とか喚きながら」

 

 「…………」

 

 「はいはい、どうせアタシのせいですよ。しゃーないじゃん、思ってた以上にこの前のお前らの試合で取れたデータが面白かったんだからさ」

 

 ――――それから簪を倉持技研まで一旦送った後、お世話になったし折角だからと、倉持技研の休憩室で所長と一緒に簪のカレーをご馳走になることになった。

 簪のカレーは普通に美味かった。所長が嫌いな人参を細かく刻んであったりして、特別に何かあるって訳でもないがなんというか『愛』を感じる味だった。もの心ついた時から両親がいなかった身としては、母親の味ってこんなんなんかな、と思い至るとつい涙が出そうになり、所長にからかわれたりもしたが。

 

 ……いや、今はそっちじゃ、なくて。

 

 「…………」

 

 「あ~もう! 今は飯に集中させろよ、お小言は後、後! つってもアタシはもう関白モードに入った、これを食い終わったらもうフロメシネルの最後の工程しか残ってないがな……!」

 

 ……所長のエクストリーム独り言が凄い。

 いや違う、片割れ普通に終始無言なのに会話が成立してるだと……おかげでこっちとしては間に入るタイミングが中々掴めないので物凄く肩身が狭い。

 

 「……?」

 

 そんな俺の様子に気がついたのか、簪が首を傾げながらこちらを見てくる……ただしもうこの娘、所長と一緒にいるせいかもう完全に言外コミュニケーションのノリになってしまっている。一応ある程度それに関しては経験のある身だが、流石にこんなに付き合いが短い相手では上手くいく筈もない。なにか聞きたげな感じなのはわかるが……

 

 「おかわり? だとさ」

 

 と、もの言いたげな視線で見つめられ焦る俺に、所長からすかさずフォローが入る。だから何故わかる。

 

 「いや……俺は大丈夫。つーかしようがないだろ。さっきから所長が鍋占拠してるし」

 

 「…………」

 

 「こ、これは渡さないぞ! 元はといえばシンの助がアタシのために作ってくれたカレーだからな!」

 

 「……だからいらないって」

 

 「…………」

 

 「……ハッ! シンの助が少しガッカリした……! オイコラキサマ折角こいつが作ってくれた手料理を『いらない』だと……!!」

 

 「どうしろってんだよ!!」

 

 「…………」

 

 ……が、そこから所長と不毛な言い争いになり、簪と話すのはここでも失敗に終わった。尤も簪本人は俺のそんな気も知らず、俺等のそんなやりとりを見て楽しそうにクスクス笑っていたけれども。

 

 

 

 

 「……そもそも簪も例の人も今まで学校に来てなかっただぁ?」

 

 「いや……悪かったって思ってるからさぁ……その床に散らばった汚物を見るような目で見るのをやめてくれ。昔のトラウマが蘇る」

 

 食事を終え、簪は食器を片付けるべくキッチンに引っ込んだ。

 手伝おうかと申し出たが、彼女は、

 

 『今日は、お客様』

 

 そんなメモを俺に突き付けてキッチンの扉を閉めてしまった。結局することのなくなった俺は、休憩室でぐうたらし始めた所長をここぞとばかりに例の簪のことに関する助っ人の件を聞き、真相を知って一気に脱力した。

 

 「あの白式と打鉄弐式の試合で新しい兵装の構想が浮かんできて、IS学園にいる『そいつ』呼び寄せて今日まで一緒になって研究に没頭してた、か……あのさ、所長。俺の記憶が正しければ元はといえばこれ、所長から頼んできた話だよな?」

 

 「だーかーらー。ゴメンっつってんじゃん。いや、アンタやあのお嬢のISが思った以上の上タマだったんだわ、これが。畜生束のヤツ相変わらずいい仕事しやがる負けらんねぇと思ったら、どーも久しぶりに尻に火がついちまってね」

 

 「なんで所長はいつもこうやる気スイッチ入るタイミングが悪いんだよ!」

 

 「ハハハハハ」

 

 本当この一週間はなんだったのだろう。そうと知ってれば針の筵なのは承知で四組に何度も出向いたりしなかったぞ俺。

 

 「いやでも、流石に二学期以降も拘束したりはしないよ。連中にも学業があるからね。例の話は、それからのんびり進めてくれりゃあいい。あんま変に焦っても意味のないことだし」

 

 「そりゃわかるけど……まぁいいや。じゃあさ、いい加減もったいぶらずに『そいつ』が誰だか教えてくれよ。こっちから声掛けてみるからさ」

 

 ……まぁ、過ぎたことをいつまでも女々しくグチグチ言うのも性分じゃない。釈然としないものはあるが、ここのネタで苛めるのはこのくらいにしておき、さっさとここ一週間で聞きたかったことを問いただすことにする。

 

 「だから、アンタも知ってるヤツの筈だよ。学校が本格的に始まれば嫌でもわかる、だからそれまで待て。つーかさ、何を焦ってるんだよ。今日二人でここ来た時には、もう結構いい感じに見えたけどね」

 

 「そうか? ちょっとここに来るがてら話しただけだよ、寧ろちょっと不機嫌にさせた自覚ある。まぁ怒ってた訳じゃないみたいだけど……いや、最初思ってた以上にこれから学校忙しくなりそうでさ。あんまあいつのことだけに時間使えない可能性高い以上、自由に動けるうちになんか話の取っ掛かりみたいのが欲しかったんだけど……」

 

 「ふ~ん……ま、確かに頼んだのはアタシだ。アンタがその気になってくれてんならまぁ、そんくらいのことは協力してやんのも吝かじゃないが――――さてどうしたもんか」

 

 所長は相も変わらず協力者については勿体付けたものの、俺の話は理解してくれたようで、何かニヤニヤしながら考え込むような素振りを見せ、

 

 「と、そうだった……お~いシンの助。今日朝お前が見れなかったって言ってた番組、録画予約して落としといてやったぞ。取りにこいよジーレンジャー」

 

 身に纏っている汚いツナギの懐から、プラスチックのケースに収まったディスクを取り出し手の上でヒラヒラさせながら、台所にいる簪に、椅子に腰掛けたまま仰け反って呼びかけ始めた。

 反応はすぐにあった。なにやら台所からドタドタと慌しい音が聞こえてきたかと思うと、ドアが勢いよく開いて簪がそこから飛び出し、所長の手からディスクを引っ手繰ると、顔を真っ赤にしながら何か書かれているだろうメモを所長に突きつけた。

 

 「『なんで今言う』だって? だってそこの奴がお前の趣味がどうしても知りたいって喚くもんだからさ。別にいいだろ、朝八時からやってるような、それも同時刻に他チャンでやってるフリキュアそっちのけでお子様向け特撮見てる女の子なんて、中々レアだぞ。胸を張っていい――――うぶ!」

 

 「~~~~!!」

 

 と、それに対して所長が答え終わらない内に、簪の左手から稲妻のような灰色の光が迸ったかと思うと、次の瞬間には所長が空中で一回転して頭から床に落ちていた。

 ……『和泉』を利用した所謂巴投げである。受身も取れずに強かに床に打ち付けられた所長そのまま目を回して起き上がれず、簪はそんな彼女を見もせずにキッと俺の方に向き直ると、

 

 『やっぱり、変質者』

 

 とっさにメモを取り出しそれだけ書いて突き出してくる。

 

 「な、何でだよ! ジーレンジャーカッコいいだろ!!」

 

 ……そして俺も俺で突然のこの予想外の反応にテンパったためか自分でも意味不明の弁解を試みる。当然それでは簪の機嫌は直らず、

 

 『私が本当に見たかったのは、三十分後のライダー』

 

 そんなやはり斜め上の返答を返してくると、肩を怒らせてキッチンに戻っていった。

 俺はその背中を呆然としながら見送り、

 

 「そっちだったか……」

 

 と、何か激しく負けたような気がしながら呟くと、またしても援護したつもりで全く役に立たなかった、床に転がってる駄目な大人を蹴っ飛ばした。

 

 「……アタシに対する扱い酷くね?」

 

 「黙れよ。よくわかんねぇ自爆に俺を巻き込みやがってこの野郎。これで上手くいかなくなったらアンタのせいだからな」

 

 

 

 

 ぶっちゃけ、この所長の所業は完全に裏目に出た。簪は自分の趣味を俺に知られたのが相当恥ずかしかったらしく、あれから全くこちらに取り合ってくれずに、所長がこの倉持技研で彼女のために用意している個室に閉じこもって出てこなくなってしまったのだ。

 

 「所長ェ……」

 

 「お、お~いシンちゃんそろそろ出てきなさーい。つーか頼む、そうしてくれないともれなくアタシがライブでピンチだー」

 

 状況はそこから進展を見せず、特にすることもなくなってしまった俺は、最早最近では定番になりつつある千冬姉七変化で所長を苛めて過ごしていたが、流石にいつまでもそうしている訳にもいかず、最後には所長と一緒に開かずの間に呼びかけてみるものの。

 

 「…………」

 

 ……うん。だよな、向こうに『声』というコミュニケーションツールがない以上、こうして顔の見えない場所に行かれてしまうと意思疎通なんてしようとしてもどうしようもない。今のままでは、こちらの声が向こうに届いているのかすらわからない……さて、どうしたもんか。

 

 『今戻りました。いやはや、今期はやはり当たりです。ややマンネリ気味なきらいはありますが、あの決め台詞はいいもので……マスター、何をなさっているのですか?』

 

 「! ……と、お前か」

 

 と、途方にくれていたところで、今日の朝から応答がなかった白煉がいつもの日課を終えて帰ってきた。

 いつもの、というのはこいつは特撮……というよりそういう系でお約束のクッサイ台詞が大好物で、日曜日の朝の時間帯はふらっといなくなっては毎回録画して何度も見返すのが習慣化しつつあるのだ。お陰で最近は大分影響されたのか、今は台詞だけでなく理想的な決めポーズの開発に夢中であり、お陰で俺はいつ零落白夜発動の条件に光魔法が追加されるのかと日々戦々恐々とする羽目になっている。

 

 ……ん? 待てよ、録画……?

 

 「白煉、今日のライダーの放送って、例によって録ってあるよな?」

 

 『突然なんです? ……まぁ、はい』

 

 「……よし!」

 

 光明が見えた。俺は早速白煉に頼んで『それ』の準備をしてもらうと、俺は天岩戸に立て篭もったお姫様に引き続きお伺いを立てる。

 

 「お~い、えっと、布仏さん? その、例の見たかった特撮、俺の知り合いが録ってていま落としてくれてるんだが。こっち来てみないか?」

 

 「…………」

 

 すると沈黙は相変わらずなものの、明らかに扉の向こうから漂ってくる雰囲気が変わった。その事実に手ごたえを感じ、そのまま待つこと数分。

 

 「…………」

 

 開かずの間から、漸く簪が顔を出した。彼女は未だに恥ずかしいのか、それても流石にバツが悪いのかはわからないが、こちらと目を合わせようとせずに、

 

 『別に、どうしても見たかったわけじゃ、ない』

 

 なにやら意地を張っていた。その姿は昔の誰かさんを見ているようで、ついおかしくて笑い出しそうになるが、そうしてしまうと元の木阿弥になりそうだったのでなんとか堪える。

 

 「……じゃあ、いいよ。俺と所長だけで見るから」

 

 『見ないとは言ってない』

 

 が、つい癖でちょっとからかい半分で意地悪をしてしまう。ニヤニヤしているのも隠せなかったらしく、簪はそんな俺を見ていっそうブスッとした表情を濃くすると、俺から動画のデータの入った携帯を取り上げた。

 

 

 

 

 人数もそんないるわけじゃないし、俺は最初普通に携帯の画面で再生しようとしたのだが、所長の提案で大型のモニターを一つ貸して貰えることになったので、最終的にそれに携帯を繋いで大画面で見れることになった。

 ……が、あまり良い言い方ではないかもしれないが、結局内容は毎週三十分の定番の域を出ないと言わざるを得ないもので、俺は見始めて十分もしないうちに飽きがきた。いや、本来なら昔は好きだったし、今でも偶に見るくらいなら楽しめる筈なのだ。このシリーズが好き過ぎて、暇さえあればこっちが嫌になるくらい話を振ってネタバレを連発してくる相棒がいる弊害が間違いなくある。

 

 「…………」

 

 そんな訳で早々に映像から意識を離した俺は、隣に座る簪を見た。

 ……なんというか、傍目は物凄く退屈そうに映像を見ているように見える。ただそれでいて視線は全く動かず、集中しているようにも感じられるのはどういうことだろう。所長はこいつはあまり感情が表に出ないと言っていたが、俺としては逆に色んな感情が表情にない交ぜになってしまっているがために、逆にそこから何かを感じ取るのが難しいだけなのでは、とこの時思った。

 

 ――――過去に心に大きな傷を負い、声も奪われ。それでも傍目にはそんなことは感じさせないくらい、元気とはいえなくとも普通に生活してる、ちょっと変わった女の子。

 所長から頼まれたとかそういうの抜きで、仲良くなれたらいいな、と思う。根を詰めて無茶をしている所長を陰で支えてくれてるのは、今日の彼女を見ればすぐにわかった。そもそも、美味い飯を作れる奴に悪い奴はいないものだ。

 それに――――こいつのこの『趣味』は、もしかしたらこっちの問題解決にも繋がる可能性がある。

 

 「なあ、布……!」

 

 思い立った俺は丁度特撮が終わったタイミングを見計らい、簪に声を掛けようとしたが、それと同時にマナーモードにしてあった俺の携帯が急に震え始めた。

 

 「うおっ……ちょ……」

 

 とっさにとったのはいいものの、そうこうしている間に簪は立ち上がって何処かに行ってしまった……畜生間が悪いにも程がある。いったい誰だ、こんなときにメールなんて……

 

 「……ん?」

 

 と、ここにきて受信したアドレスが未登録の、心当たりのないものであることに気がつく。件名に『どうも』とだけ書かれたそれの内容を確認してみると、なんとついさっきまで隣に座っていた簪からのメールだった。

 

 『今日は色々お世話になりました。アドレスは所長から聞いてた。特にこちらからあなたに話すこともなかったから今まで使わなかったけど。これからあなたから何か用件があるならこのアドレスにメールをお願い。私、電話出来ないから……専用機の調整がまだ残ってるから、今日はこれで。帰る時には一声掛けて。見送りくらいはする』

 

 「…………」

 

 その女の子らしからぬ、絵文字の一つもない無機質な文字の羅列を、俺は全文読み込んだ後もしばらくボーとしながら眺めていたが、最後にはつい笑いが漏れた。どうやら思いつきでお節介を焼いてみたのは正解だったようだ。尤も先にこっちの連絡先を知っていたのに今の今まで連絡をくれなかったのは少し寂しい気もするが、まぁいくら同じ学校の同学年とはいえ、出会って幾ばくもない、共通の知り合いがいる程度の男相手に積極的に関わろうとしてくるタイプではないだろうしそれについては仕方ない。先程ここに来る前の公園での問答から察するに、自身がハンデを負っているが故のこちらに対する遠慮のようなものもあったのだろうし。

 

 ……しかし、成程。通話が出来ないからメールで連絡を頼む、か。当初から思いついていたことではあるが、今日知った彼女の趣味のことといい、これはいよいよもって都合がいい。彼女には利用するような形になってしまうのは些か申し訳ないが、これは多分上手くいけばお互いの為になる。

 そんなことを考えほくそ笑みながら、俺は早速貰ったメールのアドレスを登録すると、それに対する返信を打つことにした。

 

 「うっわ、ワン坊がいつになく不気味な顔してるな~。なにか良からぬことを思いついたか。まー、大体何かは予想ついてるけどにゃー」

 

 ……横でそんな俺の様子を見て面白そうな声をあげる、所長をガン無視しながら。

 

 

 

 

 『冗談じゃないです』

 

 ……が、まぁわかってはいたのだが俺の目論見は前途多難そうだった。簪に対して返信したメールの内容を不審に思った白煉に早速説明を求められた俺は、それに対して誠心誠意自身の計画を答えたところ予想通りの大反発を食らっていた。

 

 『冗談じゃ、ないです』

 

 二回言ったな。そんなに大事なことか。だがこっちも相応に考えがあってのことだぞ。

 

 「今学期の頭から色々立て込んでるのはお前だってわかってはくれてるだろ。けど、それを言い訳にして布仏のことを疎かにもしたくないんだよ。所長にも頼まれてるし、なによりあの四組の様子見てると普段あいつがどうしてるのか心配になる。気が進まないのはわかるけど、せめて学祭終わるまでは協力してくれないか?」

 

 『確かにマスターの事情は把握しています。しかしその件につきましては他に適任がいるかと。私にとってマスター以外の人間への対応は管轄外です。『私』というプログラムを構築する段階で『出来ない』とされていることをやれと言われても困ります』

 

 「『出来ない』ってことはないと思うけどな、俺は。お前が自分から『しない』だけでさ。だって、それこそ数こそ多くなくても、こうしてお前と実際話せる相手って俺だけじゃない訳だし」

 

 『ですから、本来であればそれすら『必要がない』ことなのです。私の役割は、マスターである貴方様のお役に立ち、マスターの手足となる『白式』の最適化を補助し完成させること。その為には、本当ならマスターに対してのみ一定の意思疎通が出来るようにさえすれば良かったのです。会話が出来る機能など、自身の創作物に対し常に一定の方向性を求めるマイスターの『こだわり』で付け足されたものに過ぎません……こんなことで本来の私の責務に対して使用できるリソースを食い潰されるのは、元来私に取っても大いに不満でした』

 

 だが、いくら言っても白煉は頑なだ。挙句の果てにはなにやら半分自虐のような親批判をし始めた。思ったよりも根は深いのかもしれない。が、かといって折角お膳立てした以上ここで諦めてしまうのは俺としても面白くない。なによりその言はこちらにも納得はいかないものだ。

 

 「そんなん、お前一人の思い込みじゃん。俺に束さんの意図がわかるわけじゃないけど、少なくとも俺は相棒が『今の』お前で良かったと思ってる。でも、だからこそ、さ」

 

 ……だからもう思い切って、怒られるの覚悟で前から思っていたことをここで口にしてしまうことにした。

 

 「ぶっちゃけ、布仏の事情とか学祭のこととか抜きにして俺、最初から今回のことはお前になんとかして貰えないかな、って思ってた」

 

 『……どういうことです?』

 

 「そのまんまの意味だけど。んー、ま、強いて言い換えるなら……俺は前からお前の『友達』になってくれそうな奴を探してて、布仏はその最初の相手としていいかな、って思ったわけさ」

 

 そう、それこそ随分前から考えていた、俺の計画だった。いや、俺もなんだかんだで今の今まで相応の努力をしてあの学園でそれなりの人脈は出来た、頼む相手が他にいなかったって訳じゃないのだが。

 問題なのは、本人が今のところ頑として自分の存在を一部の人間以外に知られるのを嫌がっていることだ。正体を隠して学外の知り合いとして紹介することも考えたが、気心の知れた相手ってのは、一度隠し事を持ったまま付き合おうとすると往々にして案外ポロポロとボロが出るものである。いや、人間全員がそういうわけではないとは思うが、残念ながら俺自身自分が根本的なメンタル部分で器用なタイプではないことは自覚している。嘘に嘘を重ねてその場を凌ぐようなことの繰り返しになるのは避けたかった。

 だがその点、言い方は悪くなるが簪はそういう意味では都合が良かった。面識自体殆どない上に、同級生とはいえクラスが違うため接触する機会も限られてくるためだ……そのお陰でここ数日は随分苦労させられたりもしたが。

 

 『いえ、私が言いたいのはそういうことではなく……』

 

 「ああ、『動機』の方か。だからさっきの話の続きだよ。せっかく『できる』んだ。無意味とか無価値とかそんなの関係なしに、『やった』ほうが面白いじゃん、ってこと」

 

 『……マイスターのようなことを仰いますね。そもそもの答えになっていない気がしますが』

 

 「お前がそう感じてくれたなら俺からこれ以上言えることはないな。あの人が突拍子もなく『そう』言い出したその時点で話に納得できたことが、お前には一度でもあったか?」

 

 『………………』

 

 思いっきり図星だったのか、黙ってしまう白煉。

 ……自分で言っておきながらそこでこいつも結構苦労してんだな、ということを言外に感じ取ってしまい思わず同情しかけるが、ここで攻勢を緩めればここまで進めたことが全部ご破算になりかねない。敢えて心を鬼にする。

 

 「別にお前一人に全部任せきりにするつもりはない。布仏と付き合う上で何か困ることがあるんだったらいくらでも相談に乗るし、どうしても無理だってんなら最悪途中で降りたって責めやしない。でも……せめて、一回くらいは話してみて欲しいんだ。なんとなくだけど、少なくとも『今は』、俺よりお前のほうがいい意味であいつに近づけるような気がする」

 

 『………………』

 

 改めて頼むが、返事はない。やはり相当気が乗らないようだ。

 だが経験上、こいつは本当に『無理』であればどんなに頼んでも基本秒殺で『NO』を叩きつけてくるので、それを考えればまだ『脈』が期待できる反応だ。なのでこちらも何も言わずに待つこと数分。

 

 『……それが、『ご命令』ということでしたら』

 

 ……何というか、事務から営業まで手広く完璧にこなし本人も自信とやる気に満ち溢れたリーマンが、最初の仕事として子供のお使いを頼まれたようなテンションの返事が返ってきた。いや、表現にこそ語弊はあれど強ちそんな感じで間違っていないような気もするが。

 とはいえ、『YES』が返ってきたのは間違いない。目算ではもう少し梃子摺るかと思っていたのだが。まぁ多分、俺のこんな考えなんて、こいつには随分前から『知られて』て、それでも敢えて触れてこなかった負い目みたいのがあるのかもしれない。もしそうなら弱みに付け込んだようで少し申し訳ない気もする。だけど、ここを逃せば次のチャンスなんていつくるかわからないから。

 

 「おっけ、頼むぜ白煉。『メル友作戦』開始だ……ま、作戦つっても計画とか何もないんだけどな。お前の好きなようにやってみてくれ」

 

 『はぁ……全く。何故、私がこのような……』

 

 ボヤく白煉を他所に、再びメールを着信し鳴り出した携帯を手に取る。

 あいつらしい、件名に『いいよ』とだけ付け足されて返ってきた簡素なメールだった。まぁ向こうにしてもいきなりの話だっただけに戸惑いはいくらかあったろうが、どうやら少なくともセッティングは順調に行きそうだ。

 

 ――――悪いな、『こっちの』面倒に巻き込んで。でも、ちっと偏屈だけど根は悪い奴じゃないんだ。俺の相棒を頼むぜ、簪。

 

 心の中でそう簪に謝りつつ、さっきからガヤガヤ煩い携帯の電源をさっさと落として部屋を出る。『こっちの問題』もまだこれからどうなるかは未知数だが、それを今気にしていても仕方ない。今日はもう戻って、もう一つの目先の問題に取り掛かるとしよう。

 

 






 割と最初の方から狙っていた組み合わせ。簪の登場により漸く実現できました……ここからどう転ぶかは、続きをご期待ということで。ただまだ幾つかイベントを残してるので、本格的にやれるまでちょっと間が空いてしまいそうですが。

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