IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十九話~仲良くなれる?~

 

 

 「は……? あいつの親族……家族が失踪? それって、どういう……」

 

 「一時期は少しニュースにもなったんだがな。まぁ当時はアンタは小学生だ、そこいら辺の世間のいざこざ話とは縁遠かったか。そうじゃなくてもあんな過保護な姉貴が二人もいたんじゃね……ほら、そん時の新聞と、アタシの方で纏めた資料だ。少しでも気になったんなら読んでみろ」

 

 所長の話が頭の中に入ってこなくて呆然とする俺に、所長は一冊のファイルを渡してきた。開いて見てみると、確かに八年前の新聞や所長の手記のようなものが、数ページに渡りスクラップされている。それに食い入るように俺が目を通している間にも、所長は淡々と話を続けた。それによって、簪の過去の情報が嫌でも頭に入ってくる。

 

 ……結局、簪の家族は、当時たまたま外出していた彼女の母親と、家にある隠し扉から繋がる部屋に閉じ込められていた簪……そして事件の一日後に事件が起きた簪の家から少し離れた森中で無残な惨殺死体となって発見された、彼女の祖父以外は行方不明。唯一事件当時の状況を説明できる肝心の簪が喋れなくなってしまったこともあり、警察は行方不明者の足取りどころか事件の手掛かり一つ満足に掴めずに、お決まりの『なんらかの事件に巻き込まれた可能性』という曖昧な状況から捜査が進展しないまま、事件は迷宮入りした。

 その時彼女達の家を訪れていなかった親族や分家の家系はまだ多く、その後簪の家庭の生活は彼らの手厚い庇護もありなんとかなりたったが、簪の母親は突然夫や簪の姉にあたるもう一人の娘を失った悲しみ、広い家に声を失った娘とたった二人で残された孤独感や不安から程なくして心を壊した。簪はそんな母親の面倒を見ながら過ごしていたが、その母親も事件から一年程経った頃に亡くなり、一人になった簪を見かねたある分家の親族が、彼女を引き取ることにしたようだ。

 だが、母同様、簪の苦しみも深かった。母を亡くしてから彼女は特に不安定になり、学校にも行かず食事も碌にとらずに家に篭って、夜になるとまるで誰かを探しているかのように家を抜け出して外をふらつき、眠るときは必ず薬の力を借りなければならなかった。自殺未遂も何度も繰り返したらしい。

 所長が初めて簪に会ったのは、簪がそんなどん底にいた頃だったという。

 

 「あの頃はまだ、束の奴が雲隠れする少し前位だったか……いやー、こんなこと言うとこの歳で老け込んだみたいで嫌だが、あん時は楽しかった。例のAIの話は実はISが出来る前……アタシ等が小坊の時に始めてた話でね。結局束の奴が半年足らずで形にしちまったんだが……そんでもそいつが終わった後も、どうもアイツに負けたくなくてね。学校ほったらかして、毎日のようにアイツんトコに技術盗みに行ったもんだ。確かあの子に初めて会ったのも、ちっと驚かしてやろうと思って真夜中に束の家に押しかけようとしてた途中だったな」

 

 

~~~~~~side「ヒカルノ」

 

 

 ……ん、何? アタシの昔の話は聞いてない、シンの助の話をしろ? あ、この野郎信じてねぇな、いや、マジなんだって、確かにシロとクロはアイツが一人でいつの間にか作ってた連中なんだが、連中だって元はと言えば……どうでもいい? ああそう。

 

 ええと、わかってるよ。今思い出す……ああそうだ、シンの助ね。

 絵、描いてたんだよ、あの子。最初、会った時に。ちょっと興味もって覗き込んでみたら、上手いんだ、これがまた。あの子と同じ位の、女の子の絵でさ。

 まーあん時はさ、確かに思いっきり零時回ってる時間にこんなちっちゃい子がなにしてんだとはちょっと思ったけど、初対面だしそんな複雑な家庭の事情がある子だなんて思いもしないだろ? だからアタシはその子の上手い絵に花丸をやるような気持ちで、持っていたマーカーでその絵の中の女の子の額に『内』の字を書いた。

 

 ――――何? やってることが今と変わらない? 馬鹿言うな、今だったらもう一捻りくらい加える。もうそんな小学生みたいな真似はしない。

 

 ……ったく、一々話の途中で茶々入れんな。

 で、だ。アタシはそうしてあの子の反応を待ったんだが、あの子は一度アタシをちらっと見ただけで、何事もなかったようにスケッチブックのページを捲って新しく同じ女の子を描き始めた。少しイラッとしたので、その絵が完成するのを待ってアタシはまた同じことをした。そうしたらまたあの子はページを捲って……と、しばらく同じことの繰り返しになった。

 だが最終的にアタシは勝利し、あの子は最後には泣き出した……あー、わかってるわかってる、そんな白い目で見るな。アタシも泣き出したあの子を見て、流石にやり過ぎたと反省した。

 

 ――――それにあの子……喚く様に泣いてんのに、声が出ないんだよ。そいつがまた、中々胸を抉るモンがあってね。アタシはひたすら謝り倒して、泣き止んでくれたらなんでもするから、って言った。

 それでもあの子は中々泣き止んでくれなかったが、最後にはスケッチブックに文字を書き合って意思疎通して何とかなってね。ただあの子は自分が泣いてる間にアタシが言ったことをはっきり覚えてて、アタシが当時世界を賑わしてたISの世界に片足突っ込んでる人間なのも知られちまって、そんならって、一つ約束をさせられたんだ。

 

 ――――将来アタシがISに関わる仕事をするようになったら、自分を一度でいいからISに乗っけてくれ、ってな。

 

 ……なんであの子がんなこと言い出したかって? さぁな、元々感情があんま顔に出ない子だし、そうじゃなくても口が利けないせいで思ってることのアウトプットが極端に少ない子だ。結構長い付き合いになるが、未だにあの子が何を考えてるのか、アタシもわからんことは多々ある……だから、想像することしか出来んがね。

 当時は……『白騎士事件』から二年経って、当初はお偉いさんや金持ちだけの玩具だったISが、競技ISの登場で少しずつ一般層に浸透しだした頃でね。世間にISってモンがどういったモンか、漸く知られ始めた時期でもある。ただ、あくまで本当に『知られ始めたばかり』って域を出ない微妙なラインでね、その癖変に宣伝してんのもあって、最初はISについてはあることないこと含めて、色んな噂が飛んだ。そん中には、『ISは実は宇宙開発のための機械なんかじゃなくタイムマシンの類で、搭乗した人間は過去や未来に行くことが出来る』なんて、荒唐無稽なのもあったんだが。あん時のあの子とのやり取りから察するに、多分当時あの子『それ』を信じてたんじゃないかと思うんだよな……ISに乗れば、いなくなった家族に会えると思ったんじゃないか、ってな。いや、これはアタシの勝手な想像だけど。

 

 けど、約束したんはいいけど、困るだろ? この篝火さん、なんだかんだでその手の約束事は破ったことがないんだよ、遅れることは多々あっても。ただ今回のは、そうしてきた中でも結構な無茶振りの部類でさー……まぁ結局それから色々手を尽くして今の地位について、なんとかそいつも守ったんだけどな、アタシは。そのことがあの子が願った通りの結果を生んだかどうかは別にしてもね。

 だがあの子がISなんてモンに何を願ったのかは兎も角、結果的にはいい方向に向かったと思ってる。あの子は幸い適正も才能も十分で、代表候補生としての役割や未完成の専用機の調整に追われてる内は塞ぎ込んでる時間なんてないし、アタシもそれなりに楽しい仕事が出来て飯が食えるし。

 

 ……実際、ここまで来れたのはあの子を引き取った家の親戚の子等が全面的に協力してくれたのも大きいんだが、今はあれでも大分持ち直した。つっても、声がでないのは相変わらずなんだけどね。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 「……その、声が出ない、ってのはなんとかなんないのか? 医者にはかかってるんだろ?」

 

 「最初は確かに、『物理的』に声が出せない状態だったらしい。事件があった日、あの子はほぼ一日ずっとその明かりのない部屋に閉じ込められたまま、泣きながらずっと家族を呼び続けてたみたいで、やっと中から助け出されたときには声帯が完全に腫れ上がっちまってたそうだ……だけど、喉が治っても結局声は戻らなかった。医者からはPTSDって診断結果が来てる、要するにあの子が今喋れないのは心の問題なんだとさ」

 

 「…………」

 

 「……話聞いたこと、後悔した?」

 

 「……少し」

 

 珍しく少し気遣わしげに尋ねてくる所長に、俺はぐったりしながら正直に答えた……いやだって、正直ここまでハードな内容だってのは全く予想してなかった。こんな話聞かされて、これからどんな顔して簪の顔を見ればいいというのか。

 そんな俺の様子を見て所長はあちゃー、とでも言いたげに頭を押さえ、

 

 「確かに軽い気持ちで声かけて地雷踏み抜くような真似して欲しくなかったから話したけど、かといってあんま気を遣い過ぎて欲しくもないんだよなー。要は仲良くしてやって欲しいんだよ。あの子あんなんだからさ、今学校でも上手くってないみたいでね……あわよくば、喋れるようになるためのリハビリをやってもらう流れに持ってきたいってのもある。あの子最近じゃもうすっかり筆談に慣れちまって、このまま一生声が出なくてもいいなんて思ってるきらいがあるからね」

 

 困った調子でそう言った。

 つってもな……同学年なのはわかってるんだが、今まで見たことない娘だ。一組はもうクラス全員の顔と名前は把握してるし、二組も鈴づてに顔出したりしてるのでそこそこ面識ある娘は多い、全く知らないという相手は多分いない筈。となると、三組か四組の娘なんだろうけど……あっちの方へは、まだ手を伸ばしてないんだよな。ぶっちゃけ一組の面子の対応が奇跡的なのであって、あっちの方は男の俺がIS学園にいることをあまり快く思ってない人が結構いるみたいな話も聞いてて、今まで中々踏み込めずにいたのだ。

 まぁ折角だし、この機会にアンテナだけでも立ててみるというのは、なしではないが……

 

 「……んだよ、あんな可愛い女の子と仲良くなるチャンスをくれてやってるってのに、浮かない顔だねワン坊、好みじゃないって? つれないね、会った時はあんな情熱的に口説いてたのに」

 

 「そういうんじゃないって、つーかその会った時ってのは何処の次元の話だ……知ってると思うけど俺も学内で極度の少数派で肩身狭いんだよ、その上でクラス別の、それも訳ありの女の子と仲良くなるってハードル高いなってさ……」

 

 「でも、アンタ二組の子と仲いいって聞いてるが?」

 

 ……この人はそういう情報を何処から仕入れてるんだろう、まさか一組に草が? ……まさかな。

 まぁ鈴のことを言ってるんだろうけど、あれは向こうから来る頻度のほうが圧倒的に多いし、俺はあいつのように図太くもないし愛嬌もないからなぁ。それに今までの生活である程度は耐性ついたが、元々素面で女の子相手に平気でペラペラ喋れるような人柄でもない。

 

 「あいつは例外……つーか鈴だからなー。所長も知ってんだろ」

 

 「あー、あのちっこいのか! あいつ、あんな大見得切っといてもうこっち帰ってきてんだ。ははっ、あいつらしいっちゃらしいが」

 

 「何の話?」

 

 「! ……っと、悪いこっちの話さね。しかし……『今の』丸くなったワン坊でも厳しそう?」

 

 所長まで本当に失敬なことを言ってくれる。中学時代の俺なんて弾のそれに比べりゃ大人しかった方だろうに……何度か迷惑かけたのは事実だから強く出れないのが痛いが。

 

 「本人目の前にしてその言い回しは少し引っかかるんだが……まぁやれる範囲でやってみるくらいなら。いきなり向こうのクラス乗り込むのは流石に厳しいから、まずは……休み明けに学祭あるって話だし、そん時になんとかコンタクト取れるかどうかってトコかな」

 

 やっぱ、俺としてはこの辺りが落としどころだろうと思う。そうじゃなくても内向的なタイプっぽいし、鈴みたいな相手じゃない限りクラスが違うというのはやはり厳しい。とはいえ力になってやりたい気持ちもあって、自分の中でもあまり納得のいく結論ではなかったものの、それでも所長は満足そうに頷いてくれた。

 

 「よし……ワン坊も味方になってくれるってんなら心強い。一応、IS学園には他にもあの子を助けてくれてる奴はいる……まーアタシの弟子なんだが、話は通しとくから協力してコトに当たってくれ。後今後この施設も、立ち入り禁止区画にさえ入らなければ好きに使って構わない。あの子もここにはよく来るし、もしかしたらこっちに来た方が会えるチャンスは多いかもね」

 

 「OK。俺も学校始まったらまた忙しくなりそうだけど、時間あったら顔出してみるよ……で、成功報酬は? そもそも成功のボーダーはどんくらい?」

 

 さて、話が決まったならここは聞いとかなければならない……別に俺ががめついとかではなく、一応仕事という形で請け負った以上交渉しないとこの人の場合こっちが怒られるのだ。所長曰く大人の勉強ってことらしい。

 

 「んー……難しいトコだねぇ。キスまでいけたら満額ってのはどうだ? その上脱がせたら追加報酬」

 

 「おいコラ大人」

 

 「はは、流石にジョークだよジョーク……ジョークだからな?」

 

 「わかってるから満面の笑みで迫ってくるな」

 

 「まーその辺は信用してるよ、なにせワン坊だからな……そいつについてはぼんやりしてて悪いが、アタシがいいと思ったら、ってトコになっちまうね。額については……そうだな。昔アンタとダン十郎が二人して小遣い稼ぎして寄せ集めで作ってた単車あんだろ? あれをサラッピンでもう一台買えるくらいは出してもいいと思ってる」

 

 「……マジで? 言質取ったぞ、大丈夫か所長? そんな出して生活できんの?」

 

 「ワン坊は知ってんだろ? 大抵アタシの『依頼』の『払い主』はアタシ本人じゃない……アタシに遠慮する必要はないさ。そもそも、成功報酬制なのもいつもと変わらんからな? そして合否の判断基準がアタシにあるのも」

 

 「それこそこっちも信用してる、ってね……わかったよ、時間はかかるかもしれないけどやれるだけやってみる。期限はないよな?」

 

 「ああ……頼んだ、と……シンの助、まだ第三棟の資料区画にいるみたいだな。帰るんなら、その前に一言掛けておけば? 流石にもう頭も冷えてんだろ。得点を稼いどくチャンスだぞ、少年」

 

 そうして話が一通りついたところで、示し合わせたように目の前に広げたノートパソコンを見ながら早速行けとの指示を飛ばす所長……うう、気が重い。しかし試合のことも含め、あんなことがあった後で挨拶の一つもなしに帰れるほど、俺の面の皮は厚くなくて。

 結局、簪がいるという第三棟の資料区画とやらに、俺は重い足を運ぶこととなった。

 

 

 

 

 所長から教わった、明かりがついている部屋に入ると、確かに簪はいた。彼女は沢山の本棚に囲まれたその部屋の閲覧スペースで、あのいつも持ち歩いてるスケッチブックに視線を落とし、真剣に何かを描いているようだった。

 こうして改めてみると、少しやつれてはいるがやはりとっても綺麗な子だとわかる。サラサラと手を動かしてスケッチブックに描き込んでいるその姿は、本人の落ち着いた容姿もありまさに美術少女といった感じで中々様になっている。

 邪魔しちゃ悪いかな、と思い一回出直すことも考えたが、その前に向こうが足音で俺が入ってきたのに気がついた。

 

 「…………」

 

 すると簪は、やはり所長の言ったとおりもう大分落ち着いたようで、一回恥ずかしそうに俯くとスケッチブックのページを捲って素早く何かを書き、俺に見せてくる。

 

 『さっきは、ごめんなさい』

 

 そこに書かれている文字を見て、俺は何処か肩から重いものが抜けるような気がした……さっき聞いた話もあって正直ちょっと構えてたが、この娘、普通にいい子だ。

 

 「いや……客観的に見ればあん時の俺、普通に寝込みを襲おうとする不貞の輩みたいだったし、仕方ないよな。俺の方こそごめん」

 

 だから俺も、気がかりだったことを口にして謝り返す。すると簪は少しの間呆けたような表情をした後、急に顔を真っ赤にして自分の顔をその大きなスケッチブックに隠し、

 

 『さっきの、なし。変質者には、当然の報い』

 

 先程の謝罪の言葉に大きく×をつけられ、追加で綴られたその言葉で、俺は自分の言葉が大いなる誤解を招いたことに気がついた。

 

 「ち、違う! 誤解だ!!」

 

 『変質者は、みんなそう言う』

 

 「だ、だから違うんだ! 俺はただ、君を助けようと……!」

 

 『それ以上近づかないで。人を呼ぶ』

 

 「う、うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 こうして、冤罪の歴史は繰り返されていくというのか……! この世の全てに絶望しきった俺は、絶望の雄たけびをあげながらその場に崩れ落ちた。

 すると簪は、そんな俺を見て不意に立ち上がり、トテトテと歩み寄ってくると、

 

 『図書室では、静かに』

 

 新しくページを捲って、そう書いてあるページを見せてきた……心なしか、その口元は少し微笑んでいるように見える。どうやらからかわれたらしい。

 ……前言撤回。この子、大人しい顔して悪女の素養がある。畜生、清楚な雰囲気出しやがってこの野郎、俺はもう騙されないぞ。

 

 『何か、用?』

 

 と、俺が心の中で決意を新たにしていると、簪が声……じゃなく、新しい文を書き出して俺に用件を尋ねてくる……あれ俺何しに来たんだっけ?

 

 「いや、えーと……そうだ。試合、凄かったよ。お前強いな、俺、負けると思った」

 

 ……危ない、さっきのやり取りで用意してあった言葉全部吹っ飛んで頭空っぽだった。そんな中で、なんとか言うべき言葉を捻り出す。だが簪はそれを聞いてもあまり関心のなさそうな顔で手を動かし、

 

 『ここ、私のホームだから、当然。普通の試合じゃ、あんな手は使いたくても使えない』

 

 「あの鉄骨のことか? そりゃ、演習場あんな物置みたいな状態でほっぽっとくのなんて所長くらいだろうけど」

 

 『それに、そこまでしても、勝てなかった』

 

 「!」

 

 応答する……しかも所長は気づいてないだろうと言っていたが、ちゃんとあの試合の結果がどうなったかも理解してるようだ。それを……流石に全く気にしていないという訳ではなさそうだが、見た感じはそこまで気落ちした様子はない。

 

 『だから、訓練、やり直してる。自主練中。静かに』

 

 「あ、ああ……」

 

 そして最後に訓練中だから、と再び静かにするよう念を押すと、また席につくと先程まで続けていた作業に戻る。

 ……訓練? 絵を描いているようにしか見えない。無性に気になり、不味いかなと思いつつもそっと覗き込んでみると、どうやら先程の試合でこちらを苦しめた、あの鉄骨の檻の絵を描いているようだ……それも描いている絵は、最初に組み上がったあのビルの骨組みみたいなのじゃなく、寧ろ後半戦のところどころが崩された後形を変えて修理され、歪な形の茂みのような姿になったもののそれに近い。

 

 「これが、訓練?」

 

 『イメトレ』

 

 話しかけたつもりはなかったが、思わず声に出すと絵を描いている画用紙の隅っこに一言そう書くことで返信が来た。流石にこれ以上は迷惑だろうと簪から一回離れるが、疑問は解けない。一度部屋から出て、白煉に説明を求める。

 

 『……最適とは言えませんが、有効なやり方ではあります』

 

 すぐに返ってきた白煉の返答は、何処か関心を持ったような声色だった。

 

 『イメージインターフェイス兵装の原動力は、名前の通り搭乗者の強い『イメージ』です。それが強固であればあるほど、かの兵装は現実において強い力を発揮できますが、逆にそれが曖昧だったり不確かなところがあると急激にその効力を失ってしまいます。マスターもご存知の『ブルーティアーズ』や、『シュヴァルツェア・レーゲン』と戦う際突破口になったかの機体達の弱点は、この兵装のそういった問題点を浮き彫りにしている部分でもあるのです……先程の戦闘でも、『打鉄弐式』の搭乗者のイメージが『甘い』場所を重点的に崩すことで、あの檻を倒壊させることに成功しました』

 

 「じゃあ、あいつが今、やってるのは……」

 

 『例の檻の構成イメージを強固にするための、彼女の言葉通り彼女なりの『イメージトレーニング』だと思います。イメージした情報を現実に出力にする際の感覚は、搭乗者個人によって大きく異なるものらしいですが……彼女の場合、それが恐らく空間というキャンバスに落とし込む『絵』という形なのでしょう』

 

 「へぇ……じゃあ、俺の場合はどうなのかな?」

 

 『それはマスターがご自身で見つけなければならないことです、『人』の精神構造を持たずイメージインターフェイスの運用方式が根本的に違う私に説明を求められても困ります……逆に言えば、マスターご自身がそのイメージを掴めていない時点で、マスターのイメージインターフェイス兵装の使用技術は彼女に大きく水をあけられているということになります。精進してください』

 

 「うぐ……」

 

 俺も『雪蜘蛛』を手に入れた以上、もうイメージインターフェイス兵装なんて知らん、なんて言ってはいられない。だから簪の訓練を見てIS自体を展開しなくてもそれの使用技術を磨く術があると知り、俺は少しワクワクしながら白煉に尋ねたが、返ってきた返事はこの上なく冷淡だった……こいつが言うには、そもそも俺はそれが出来るレベルにまですら到達出来ていないということらしい。そんな状態でイメージの訓練だけしたところで効果は見込めないどころか、それで下手にイメージの仕方が凝り固まってしまうと却って効率的な兵装の運用に悪影響を及ぼす可能性すらあるそうだ。

 

 『……とはいえ、そういう訳であまり焦って事を進めるのも推奨できない分野ではあります。しかもサポートAIとして実に申し訳の立たないことですが、この件に関しては『人間』でない私ではあまりマスターのお力になることが出来ません。ヒカルノ様の『仕事』とやらにはあまり関心はありませんが……このタイミングで、『倉持技研』に来れたこと、そして高いイメージインターフェイスの制御技術を持っている彼女と関われることはある意味僥倖かもしれません。どうせならこの機会に、彼女から使い方を学んでみては如何でしょう。出力の仕方そのものはマスターとは異なるかもしれませんが、どの道手探りで進むしかない現状ではなにかしらの糸口にはなる可能性はあります』

 

 「…………」

 

 『……マスター? 何か?』

 

 「あ、いや……」

 

 白煉の思いがけぬ提案につい言葉を失い、そんな俺の対応に怪訝そうにする白煉に数刻遅れて返事を返す。

 ……普段周りの人間に殆ど関心を持たないこいつから、まさか進んで誰かと関われなんて言葉が出る日が来るとは思わなかったのだ。そんならしくないことをする位、イメージインターフェイスに関しては役に立てないことをこいつはこいつなりに気にしているのかもしれない。

 それか、若しくは……

 

 「白煉、お前ひょっとして……イメージインターフェイス云々の前に、あいつにこのまま実質『勝ち逃げ』されるのが我慢出来ないだけじゃないか? だからあいつのIS解析するためにも復讐のチャンスが来るまでは張り付いていろと」

 

 『………………何を仰っているのか全く理解出来ません。試合自体は私達の勝利でしたし、あの手合いにしても最初から『識武』があのようなものだと少しでも認識出来てさえいればそこまで計算に入れて対応出来ていました。別に私が執着することなどありません、マスターの為を思って出した提案をそのように勘ぐられるのは不本意です』

 

 いつものようにすっとぼけようとしてるんだろうが、いつになく声が硬い。おまけに返事を返す前の長い沈黙が、俺の言葉が図星であることを暗に示していた。

 ……要するに。先程の試合で、自分の能力が全く役に立たずに簪にボコボコにされたのを、こいつは多分根に持ってるんだろう。自分で自分は人間じゃないなんて言っておいて実に人間臭い意地の張り方だと思うが、仕方がないとも思う。あれは格闘戦にはある程度自信が出てきた俺自身少なからずショックだったし、何よりあんなことは今まで一緒にやってきて一度もなかったのだ。

 

 「はいはい悪い悪い。そうだな俺のためだもんな。白煉は俺と違って得意分野で一回ヘコまされたくらいでイジけるような子じゃないもんな」

 

 『マスター、本当にわかっていますか? ……いいでしょういい機会です、今日こそはいつもの見解の相違について話を――――』

 

 しかしこちらからこいつをからかえる機会などそうないので、ここぞとばかりにいじってみたら例の如く電話越しに説教されそうな気配を感じ取ったのでさっさと電源を落としてしまう……後になって余計に怒られる可能性が大だが、見るからに集中している簪の近くで、部屋から出ているとはいえいつまでもぺちゃくちゃくっちゃべってるのは流石に配慮が足りない。再び資料室に入って簪に一言挨拶してから、今日は撤退することにしよう。

 

 「じゃあ俺、用も済んだし帰るから。所長に宜しく」

 

 「…………」

 

 当然だが返事はない。ただ聞こえてはいるようで、コクンと一回こちらを見ずに頷くことで対応はしてくれる。

 

 「……またお邪魔するかもしれないけど、構わないか?」

 

 「…………」

 

 どうにも反応一つ一つがそっけないのでわかり辛いが、進んで歓迎されてる訳ではないけど、特に邪険にされてる訳でもないっぽい。

 言外コミュニケーションに少し馴染みがある身としてなんとなくそう感じた俺は、次に繋ぐためもう一歩最後に踏み込んでみる。簪はそれに対し、今度は少しの間手を止めて考えるような仕草をした後、絵を書いているページを捲ってから再びスラスラとペンを滑らせ、

 

 『うるさくしなければ、いい。ノルマの達成に付き合って貰えると、私も助かる』

 

 「……ノルマ?」

 

 『所長。放課後、ずっとここにいて誰にも会わないままでいると、うるさい』

 

 「……ああ。そういうこと」

 

 どうも所長対策といった感じが拭えないが、一応のOKは出してくれた。

 ……今度は、何か共通の話題になるようなこと考えておいた方がいいな。色々付随する要素も含め、どうも初めて会うタイプなもんで距離感がいまいち掴み辛いし、

 

 『でも、本当に変質者なら、お断り』

 

 「しつこいな?! だから違うっつってんだろ!!」

 

 ……おまけにちょっと油断できないところもある奴だ。でもあの面倒そうな筆談で、今日会ったばかりの相手になんだかんだでそれなりにはきちんと対応してくれる辺り、きっと悪い娘じゃない。仕事とか抜きに、出来ることなら仲良くなりたい……白煉に言われた件もあることだし。

 それに、白煉と言えば……

 

 ――――現状あまり好ましい感情によるものではないとはいえ、あいつが関係者以外の人間に、初めて少なからず関心を寄せている。

 ここでISの調整中に箒と話したこともあり、その事実が頭を過ぎる。これは前々からどうしようかと悩んでいたことへの解決のために、もしかしたら使えるんじゃなかろうか?

 

 そんなことを考えながら、遅くならないうちに倉持技研を後にする。

 ……そしてそうしている内にほんの悪戯心で思いつき、流石にないなとすぐに頭の中でダメを出した案を、まさかそう遠くない未来に本当に実行する羽目になるとは、この時は想像すらしなかったのである。

 

 






 スコールさんの正体は後半の展開上、伏せておいたほうが盛り上がったのではと今更ながら凄い後悔してます。まぁそれをするにはご本人に全く隠す気がないのが一番の問題になるのですが。
 二章の執筆全然捗ってないのに三章のプロットをゴリゴリ起こしてる現状……正直ペースを上げたいのですが難しいものです。

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