IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十七話~空這蜘蛛VS鉄檻の主~

 

 

 「ルールは基本的なヤツでやってもらう。同一の規定内のSEを削りあって先に数値がゼロになるか、単純に戦闘続行不能になったほうが負けってやつだな。じゃ、宜しく頼むよ」

 

 オープンチャンネルから所長の声が響く。今俺は、倉持技研にある演習場でISを展開し、先程の眼鏡の、簪と名乗った女の子と向き合っていた。

 相手のISは、量産機『打鉄』の発展系である機体であると聞いていたが、その外見は少なくとも大分違うものに見える。打鉄にはあった、大型のラウンドシールドとは別にあった全身を守るように存在するシールド型非固定浮遊部位(アンロックユニット)は取り外され、代わりに三段ウィングスラスターと、パッと見ただけでは何に使用するかわからない、円形の紋と何かの漢字のような文字が描かれたユニットを装着し身軽になったその姿は、現状武装を展開せず無手なのもあり鎧武者を髣髴とさせる打鉄よりも、寧ろ『武芸者』といった印象を与えてくる。

 

 『『打鉄弐式』。本国、日本の第三世代機、ということですが……未だ公式では未完成ということもあり、詳細な情報は現在開示されていません。こちらで調べた情報によれば、敵機専用第三世代兵装『識武』はコアネットワークを駆使した『情報収集』に特化した、複数の機能を併せ持つ武装とのことですが……具体的な性能に関しては不明です。戦闘に平行して情報収集を行います、ハイパーセンサーの戦闘情報表示欄には気を配るようお願いします』

 

 白煉からの、いつもの戦闘情報が頭の中に流れ込んでくる……しかし、いつにも増してそれには空白の部分が多い。未完成の実験機ということで、開示されている情報が少ないというのはマジっぽい。

 

 「白式も第二形態移行でリニューアル、おまけに今日は少し手を加えて貰ったわけだが……調子はどうだ、白煉?」

 

 『性能に関しては問題ありません。ただ、わかっているとは思いますが今回のアップデートにつきましては本試合ではなんら効力を発揮しません。SE上限値についてはいつも通りだと思ってください』

 

 「だよな……正直新武装については俺自身まだ使い方把握出来てないとこあるし、もう安請け合いしちまったとはいえ厳しいかな」

 

 『武装の多様化に伴い、演算領域の処理範囲は増大しています。『羅雪』は兎も角、『雪蜘蛛』に関してはマスターのイメージインターフェイスから直接操作入力して頂かなければなりません……私としては、出来れば実戦を経験する前に何度か練習する時間を作って欲しかったのですが』

 

 ……しゃーないじゃん、結局あの福音事件の後も色々ゴタゴタしてしまって、あっという間に夏休みに入っちまって訓練なんてしてる場合じゃなかったんだから。俺だって出来りゃあ新しい白式で思いっきりもう一度飛んでみたかったよ、まぁ『白鷹』使わないと無理だしアレ使ってマッハ10でアリーナの中飛ぶのはいくらなんでも無謀なので、どの道それは当分は叶わない夢なのだが。

 そんな心の中の言い訳も、IS展開してる現状では全部白煉に聞かれてしまっているようで。白煉はあからさまに一度溜息をついたような間を作ると、

 

 『はい、マスターの多忙さは私も理解しているつもりです……基本、福音戦で使用した時と同じイメージで戦って頂ければ今は問題ないと思います。私も出来る範囲でサポートさせて頂きます、全力を尽くしましょう』

 

 と、なんとも頼もしいことを言ってくれる。こいつがこれでは、俺も言い訳ばかりしている頼りないマスターではいられなくなる。

 

 「……ああ!」

 

 だから、出来るだけ腹の底から力を捻り出しなら、返事を一つ。目の前の相手に目を向けて、

 

 「じゃ、宜しくな」

 

 「…………」

 

 挨拶を一つ。返事はない。

 しかしこちらを見返すその真摯な瞳には確かな戦意が宿っており、言外にいつでも来いと告げていた。

 

 ――――そんじゃ、ぼちぼち始めるか。

 

 それを見て、所長からもゴーサインが出ているのを確認した俺は、早速目の前の『打鉄弐式』を倒すべく前に踏み出した。

 

 

 

 

 白式は、実質そのスラスターの特性から単純な瞬発力なら、自分で言うのもなんだが数あるISの中でもズバ抜けているというのは、今まで経験してきた演習や実戦から自覚はあった。

 だからある程度踏み込みから斬れる間合いに入ってしまえば、バカ正直に真正面から突っ込んでも、余程近接戦闘が得意な相手でもない限り大抵一発か二発は入れられることが多い。それを最初から『零落白夜』にしてしまえば、上手くいけば初撃で終わる。

 ただ今回は全くその力の全容が見えない相手ということで、いきなり燃費の悪い切り札を使って失敗した時のリスクを考え、俺は通常の物理ブレード『雪片二型』のままで踏み込んだ。

 

 俺が動き出すのと同時に、相手も動いた。簪はPICを利用してこちらを向いたまま、空中を滑るように一気に後退を始めた。その動きは、決して初めて見る機動傾向じゃない。直ぐに相手の戦闘方針に当たりをつける。

 

 ――――中、遠距離戦志向の機体か!

 

 接近しなければ攻撃できない白式が最も苦手とするタイプの相手だ。そのことを知った上で場当たり的にこの戦法をとってきているならまだ何とかなるが、先輩達やセシリアクラスの『本物』になると手も足もでないまま負けることもままある。

 兎に角、距離をとらせるわけにはいかない。かといってこのまま真っ直ぐ突っ込めば、もし相手が射撃メインの相手だったりすればいい的である。ここは方針を変換し、

 

 「っ――――!」

 

 スラスターで得た推進力を維持したまま、強化された脚力で思い切り地面を蹴り上に『跳ぶ』。そして、打鉄二式を跳び越すような軌道で着地体勢に入る。

 簪はまだ対処できると考えているのか、未だに武装を展開していない。それはそれで隙ではあるが、同時に何をしてくるかわからない怖さもある。読まれる可能性はあるが、一回こちらが敢えて隙を見せて相手の手を見ておこうとしたのだ。

 

 が、簪は俺が真上を跳び越し、下から攻撃されると対処が難しい位置にきても行動に移さない。流石にあからさまに煽り過ぎたか、なら次の作戦に、と俺が動き出そうとしたところで、

 

 『攻撃、来ます! 警戒してください!!』

 

 白煉から警告が入った。言われてハイパーセンサーで相手を注視すると、あの背中の丸いユニットからまるで花弁が展開するように、カキン、という何かが外れるような金属音の連続と共に金属の棒のような何かが次々と姿を現し出している。

 それらは数秒で一回停止した後、直ぐにIS本体から離れると、うねりをあげてこちらに向かってきた。

 

 「そうきたか……!」

 

 ミサイル―――― 一度発射されれば自動で相手を追尾し炸裂する、近代兵器の切り札。

 ISの反応速度なら慣れれば割と簡単に撃墜出来てしまうので対IS戦ではあまり有効ではないとされる武装だが、それでも圧倒的な物量で押されたりすると厄介なことに変わりない。特に白式は飛び道具がないので、飛んでくるアレを安全に撃ち落す手段がない。

 

 「それなら……!」

 

 即座に空中で反転、足元に『糸』をイメージし『蹴り飛ばす』。すると俺の両足は確かに何もない空間を捉え、そのまま一気に地上に向けて落下する運動エネルギーを発生させる。

 

 『雪蜘蛛』。第二形態移行に伴い、白式に追加された新武装。ものとしては、白煉がラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』戦の際に編み出したAICの対抗プログラムを元に構築した武装で、空間に質量を持つ物体に干渉できる特殊な糸状のPICの力場を発生させることが出来る。

 白煉によれば、使いこなすことさえ出来れば使用法は実に多岐にわたる非常に汎用性の高い武装らしいが、目下今の俺にとってこの武装の一番重要な利点は、『空中に自由に足場と取っ手を作れる』ことにある。

 

 ――――正面からミサイルの群れに思い切り飛び込む。視認出来ている数は少なくとも十以上。

 俺はそいつらを出来る限り引き付け、白式が滞空している一点に収束しだしたところで、

 

 ――――!

 

 PICの糸を思い切り『握る』イメージ。そのままぶら下がるような形で空中で急ブレーキをかける。ある程度俺の軌道を予測して飛来してきたミサイル郡は、この突然の急停止を予期出来ず、俺より遥か下の空中でお互いに接触、信管が反応して一斉に爆発を起こす。

 

 「……!」

 

 この段になって、今の瞬間までピクリとも動かなかった簪の瞳が、初めて大きく見開かれた。

 ……向こうは一度も公式戦を経験していない試作機ということだが、生憎こっちも形態移行してからは一度も試合や模擬戦はやってない。この新しい力について知っているのは現状ではあの福音戦に関わった人間だけだ、知らない情報に戸惑うのも無理はない。

 そして俺は、この『揺らぎ』こそ攻め入るチャンスだと確信し、再びスラスターの噴射と『雪蜘蛛』の二つを利用して、先程のミサイルの爆発が起こした爆煙を突っ切り急降下を開始した。しかし、

 

 「な……!」

 

 こちらの身を隠せると紛れた煙の中。最悪の視界の中で尚はっきりとわかる、無数の黒い柱のようなものが突如一斉に浮かび上がって行く手を阻み、俺は激突を避けるために足を止めざるを得なくなった。

 

 

 

 

 「これは……」

 

 周囲の煙が晴れ始め、次第にこちらの行く手を阻んだものの正体が見えてくる。

 それは、この試合場のそこらじゅうに無造作に置かれていた、建設資材の鉄骨だった。実はこの試合場、最初思わず俺が初見で本当にここで試合をしていいのか確認をとったくらい、いかにも工事中、といった体を有していたのだが、

 

 「あー、問題ない。ちょっと前にここを建て替えようとした時があったんだが、色々準備をしてから結局予算が足りないことに気がついてな、それからずっとこんな状態なんだ。ここにある資材は今となっちゃ何処も引き取ってくんないような鉄屑なんで、思う存分ブッ壊してくれて構わない」

 

 その所長の色々問題が在り過ぎる発言によって結局押し通された経緯がある。

 ……しかし、その鉄屑がどうして今、一瞬で組み上がって建設中のビルみたいになって、俺を閉じ込めてんだろう?

 

 『マスター! 第二波が来ています! ボケッとしないでください!』

 

 「……はっ!」

 

 このあまりに予想外の事態に一瞬忘我状態になっていた俺は、白煉の叱責で何とか正気を取り戻した。

 だがその瞬間、黒く細長い塊が、白式のEシールドギリギリの辺りを掠めていった……そして、ここまで近づかれて、俺は漸くあのミサイルの異質さに気がつく。

 

 「おい……ミサイルなのに被ロック時の警告アラートが全然反応しないぞ?!」

 

 『既存のトレースシステムが『全く』使用されていない……? この資材のことといい、やはり『あれ』は……!』

 

 白煉はこの異常な事態で、何かを悟ったようだ。ハイパーセンサーに『検索中』の表示が点灯する。

 が、相手はこっちの事情なんて当然待たない。黒いミサイルは、同じく組みあがった黒い鉄骨に紛れながら襲い掛かってくる。

 

 「くっ……!」

 

 おまけに動きが俺の知ってるミサイルの『それ』じゃない。本来ならミサイルにはなくてはならない、推進用のロケットすらないまるで楔のようなそれは、こっちが身をかわしても空中でまるで曲芸のようにクルリと反転、そのまま再びこちらに向かってくる。それも全部が全部そんな無茶苦茶な軌道な上に、組み上がった鉄骨を利用して巧みにその身を隠し積極的に奇襲を仕掛けてくる。そんなのが何十発も飛んできたら、いくら『雪蜘蛛』があるとはいえ、そうじゃなくてもこの動きが制限される鉄の檻の中で、全部回避するというのはあまりに困難だ。かわせないものが徐々に出始める。

 

 ――――!

 

 そういうのはとっさに雪片で迎撃するが、そんな真似をそれば当然ミサイルは炸裂する。直撃ではないものの爆風をモロに受け、白式のSEが予断を許さないスピードで減少し出した。この急転直下の劣勢に、俺は堪らず白煉に助けを求める。

 

 「白煉! このままだともたない! 何か手はないか!」

 

 『わかっています! 後十秒で敵機機能の解析が終わります、今は一刻も早く、この檻から脱出を!』

 

 「さっきからやってる!」

 

 確かに、この鉄骨さえなければまだ自由に空間を動ける分やりようがあるのだが、ミサイル郡は明らかにこの中からこちらを逃がさないよう生き物のような動きで迫ってくる。一点突破しようとしても、必ず蜂の大群のようなミサイルが行く手を遮ってくる。そしてそうして足止めされている間に、こちらが壊したりミサイルの誘爆で吹っ飛んだ鉄骨は、そこがなくても倒壊しないよう一から新しく組み直されることによって修復され、檻は次第に歪な形になりながら膨れ上がっていく。この調子では、あと一分もすればこの試合場全体にその範囲が及ぶだろう……それだけの素材は、流石にここにはないと思いたいが。

 

 『……なら、ちょっとした我慢比べにはなりますが。マスター、なんとかこの攻撃を凌ぎながら、今から連続して指定するポイントに移動しつつ、そこにある鉄骨を破壊して頂けますか』

 

 「……?」

 

 そんなことを考えていると、突拍子もなく白煉から指示が入った。その意図がよくわからない指令に俺は少し戸惑ったが、

 

 「……そうすれば、このピンチを打開できるか?」

 

 『マスターにそれが『出来る』なら』

 

 こう吹っかけられたらやらないわけにはいかない。こうしている間にも襲ってくるミサイルを必死にかわしながら、俺は反撃の為に動き出した。

 

 

~~~~~~side「ヒカルノ」

 

 

 「ん~……個人的にはワン坊には頑張って欲しいけど、流石にアウェーに持ち込み過ぎたかねぇ……まぁこの場所はあの子の庭みたいなモンだしね」

 

 アタシの作った『打鉄弐式』に徐々に追い詰められていく『白式』を見ながら、そんな独り言を漏らす。

 ……そう、元来IS同士の公式戦は、何の障害物もないフィールドで実施するのが一般的だ。こんなゴチャゴチャと邪魔物が溢れている場所で戦うのは、そうじゃなくてもISを使い出して日の浅いワン坊には荷が重かろう。おまけにそうじゃなくても、ぶっちゃけことこの場所における戦闘なら、シンの助は普通の国家代表クラスくらいならなんとか渡り合えるくらいは出来るレベルの子だ。幾らなんでも分が悪いと考えるのが普通。

 実際アタシと別のところでこの試合を観戦しているここの連中も、シンの助の勝ちを疑わずに今頃ニヤニヤしていることだろう。ま、それが面白くないからアタシはワン坊に賭けてたりするんだけれど。

 

 「さて……上手く事が運んで、当の本人のシンの助にもちょいと油断が出始める頃合いだね。それ、マズいんだけどねー、ワン坊は、いつも『追い込まれてから』が怖いのに」

 

 組み上がっていく鉄骨に囲まれながら、その場から動かずイメージインターフェイスを通じて『識武』の制御に集中するシンの助を見つつ、届かないとわかっていながらそう語りかける。

 それと完璧に組みあがっていたはずの鉄檻から、軋むような嫌な音が響きだしたのは、ほぼ同時だった。

 

 「ほら、言わんこっちゃない……ま、これは間違いなく『あいつ』の入知恵だろうけど、ワン坊はもう、アンタの力の弱点に気づいたみたいよ」

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 「……識武参ノ項『和泉(いずみ)』?」

 

 『はい、それが敵機が今使用している特殊兵装の名称です。根本的には、本機の『雪蜘蛛』よりもAICに近いものです。ISのPICを本体以外の質量を持つ物質に干渉させ、慣性質量を操作する効果を巧みに利用して空間内を『滑らせる』ことで、一定の範囲内で自在に『操る』ことが出来ます』

 

 白煉の指示に従い手ずから、時に敵のミサイルの誘爆を利用し、鉄骨の檻を少しずつ切り崩しながら、俺は今解析が終わった白煉から敵機の武装の説明を受けていた。最早向こうは全くの無傷のまま、こっちのSEは半分を切った。もうあまり猶予はないってのに、白煉から聞いたそれは思った以上にとんでもない代物で、俺は思わず泣きそうになる。

 

 「……それって、ヤバいんじゃないか? 要するに、捕捉されたら動き止められる処か操られちまうってことだろ?」

 

 『いえ……『和泉』は捕捉範囲、最大捕捉数が広く、多い代わりにAICのように元々独自のそれを持つISのPICを、強引に書き換えてしまえるほどの強制力はありません。よってISそのものに対してはさほど脅威にならない代物ではありますが……』

 

 「成程……『それ以外のもの』に関しては、それこそ何でもアリってことか」

 

 それこそ、推進装置が搭載されていないミサイルを自由自在に飛ばすことも、山のような鉄骨をあっという間に組み上げることも。

 ……こっちの動きがそれで直接止められることがないのは取り敢えずは安心できる要素だが、どの道厄介極まりないことには変わりない武装だ。

 

 『しかし……敵機武装の本懐は、恐らく『和泉』ではありません。これほど大量の物質の『操作』の処理を、イメージインターフェイスからの情報入力だけで賄うのは、人一人だけの力ではまず不可能です。恐らくは……ISの自意識が持つ特定の波長を、搭乗者の脳波のそれに限りなく近づけてリンクさせ、並列処理を行うことで限界まで効率を上げる情報処理機能。それこそが、本来の『識武』と呼ぶべきものなのでしょう』

 

 「……なんだって?」

 

 『……わからないなら今はそれで構いません、説明している時間が惜しいです。兎に角大事なのは、この仮説が確かなのだとしても、やはり根本的なイメージインターフェイスの使用者は人であるということ。ISの自意識とて、完璧なものではありません……彼女達は搭乗者に近しくなるにつれ、人そのものに近づいていく存在なのですから』

 

 何処か自身に言い聞かせるような白煉の言葉に首を傾げながら、指示された鉄骨を蹴り飛ばす。そいつは回転しながら吹っ飛び、近場の鉄骨を数本、追ってくるミサイルを巻き込みながら、ボーリングのピンのように薙ぎ倒す……いかん、そんな場合じゃないのは百も承知だが、ちょっと楽しくなってきた。そんな不謹慎なことを少しだけ考えた瞬間、俺は異変に気がつく。

 

 『この檻は綿密に建て方が計算され、自動修復のための演算方式まで組んでいるような徹底振りですが……それでもこれだけ重心を支える基点が無造作に増えてくれば、そのうち必ずどこかで式の構築が『甘く』なる場所が発生します。今は私達が実行しているのは、その解れ目を徹底的に『ほどいて』いる工程です。これは後から式を追加されれば修正されてしまう程度の些細な抵抗ですが、一度それを始めてしまえば『新しい』式を構築する余裕はなくなってしまいます。かといって式の矯正を無視して次の演算を始めてしまえば――――』

 

 鉄骨の檻の様々な部位を、無作為に破壊して回った影響なのか。檻は内部でバランスを崩し始め、ギシギシと嫌な音を立てている。今にも崩れそうだが、それでも鉄の檻は何とか立ち続けていた。

 しかしそれに伴い、どういうわけかこちらを執拗に追いかけていたミサイルの動きが、少しずつ鈍くなっていった。最後には浮力を失い追跡から脱落するものまで現れ始める。

 

 『一度狂った計算式に、決して正解は出せません。待っているのは瓦解(不正解)という名の行き止まりです……案の定、ミサイルの追尾機能まで完全にイメージインターフェイス兵装に頼っていたのが仇になりましたね』

 

 そしてとうとう、『限界』が来た。白煉の言葉と同時にそれを悟った俺は、とっさに白煉に指示を飛ばす。

 

 「白煉!」

 

 『承知しています……『羅雪』を使用します。落下してくる資材に衝突しないよう気を配るようにしてください』

 

 白煉もわかっていたのか、俺の言葉がかかるよりも先に背中の鞘に収まった大剣のような非固定浮遊部位が割れるように展開し、中から青い光が漏れ出すのと同時に、『零落白夜』を思わせる青白い電流のようなエネルギーの奔流が『白式』全体の装甲に走り始めた。

 

 『羅雪』。第二形態に移行した白式に追加された、二つ目の新武装。それが実質的にどういったものなのか、実は俺自身まだよくわかっていない。白煉は説明はしてくれたのだが、ぶっちゃけ話を聞くだけではイマイチ具体的にどう効果を発揮するのか理解できないものだったのだ。こういうのは実際に使ってみるに限るのだが、意識して使うのは多分今回が初になる。

 

 「……!」

 

 と、俺が何かしようとしているのに気がついたのか、先程からこの鉄の檻の中で自らを守るように鉄骨を配置しこちらの様子を伺っていた簪が少し苦しそうな顔をしながら反応する。彼女は片手で何かを握りつぶすような動作をし、それと同時に連結された鉄骨が一斉に『バラけた』。組み上がったそれを足場にしていた俺は、一瞬の浮遊感に襲われた後空中に投げ出された。

 どうせ捕らえておけないのなら、このまま崩落する檻の下敷きにして逃げ場を奪い、この中に大量に残されたミサイルを爆破して決めてしまおうという魂胆かもしれない。それだと一緒に檻の中にいる彼女も巻き込まれるが、あっちには何かしら自らを守るための策があるのだろう。

 

 「っ……! もういけるか?! そろそろ不味い!!」

 

 『問題ありません。『跳んで』ください、マスター』

 

 檻から無数の鉄骨に分かれた鉄の塊が、重力に引かれ自由落下を開始する段になって白煉からOKが出る。俺はすかさず再び足元に張られた糸を思い浮かべると、それを蹴って上に跳んだ。

 

 

 

 

 いや……確かに跳んだ、筈だったのだが。

 気がついたときには俺は試合場最上部の遮蔽シールドにしこたま頭を打ちつけ、

 

 「ぐべっ!!」

 

 間抜けな声を上げていた。どうやら物凄い勢いで衝突したらしく、ISを展開していながら頭部に受けた衝撃は完全には殺せず暫く視界が緑色に染まる。

 ……なにがあった? と、混乱しかけるが、ハイパーセンサーに表示されてる戦況ログを見れば、それはすぐにわかった。どうやら俺は普通にジャンプしようとして『雪蜘蛛』の力場を蹴り飛ばした瞬間、そのまま一瞬の内に音速の壁を突き破り、発射されるICBMの如く天井まで馬鹿みたいに垂直上昇したらしい。

 その際に発生した衝撃波は降ってきていた鉄骨を纏めて吹き飛ばしており、こちらにはかすりすらしなかった。地上を見渡せばグネグネに折り曲がった鉄骨がそこいら中に散らばっていくところで、そいつらが地面に落ちたところでミサイルが一斉に起爆し大爆発が起こる。

 

 『いや、危機一髪でしたが無事脱出できたようでなによりです……『実際に使ってみた』ご感想は? マスター』

 

 「テメェ……」

 

 そして俺はそのまるで他人事のような白々しい調子の声で、こんなことになったそもそもの元凶を一発で特定する。

 ……どうやら何度説明されても『実際に使ってないからわからん』を連発して適当にあしらったのを未だに根に持っていたようだ、こういう姑息で執念深いところが会った時から治らないのはホントどうにかならんもんか。

 

 『これが『羅雪』です。この世界において質量を持つものが『動く』際には、必ずそれに反発する様々な力が作用します。ここまでは、前から説明していましたね?』

 

 「……そこだけじゃない、そこから先も一応覚えてるよ。『こいつ』はその反発力とやらの方向性を『捻じ曲げる』ことが出来る特殊なSEの膜を一部、若しくは機体全体に一時的にコーディングさせる武装……なんだろ?」

 

 ……いや確かにそんな適当なあしらいかたをした俺にも非があるのはわかるが、言葉としては一応覚えているし、どういうことをやるものかはなんとなくだが理解はしていたんだ。ただ、それだけわかったところで、はっきりと『空中で移動する際の取っ掛かりになる』という非常に具体的かつわかり易い用途のある『雪蜘蛛』と比べてしまうとどうしても、どういうものかイメージし難かった。

 

 『……運動に対して反発する力は、その運動エネルギーの大きさに比例して強くなります。IS程の力を持つものの『それ』となれば、指先一つ動かすだけでも相当なものです。それ程の力が枷になるどころか、本来の力に相乗されて発揮される……そのことがどれだけ凄まじい効果を生むか、これで漸くご理解頂けましたね?』

 

 「ああ、嫌ってくらいにな」

 

 未だ少しクラクラする頭を押さえながら、ネチネチと説明をやめない白煉に出来る限りの嫌味を込めた返事を返す。ああ、確かに実質地面を蹴っ飛ばしただけで超音速ですっ飛ぶ羽目になるとは考えもしなかったさ。ISってよくよく考えるとホントとんでもない代物だよな。なんか今なら何でも出来る気がしてきたぜ……あれ、でも。

 

 「……だけどこんな真似が出来るんなら、最初から使ってくれよ。あの檻の中で逃げ回ってた時間完全に無駄じゃん」

 

 『……残念ながら、『羅雪』に使用するSEは通常戦闘用のものとは別に充填する必要があり、それには若干の時間を要します。羅雪は実質、あの時点で私が使用を宣言するまでは使用出来ませんでした』

 

 「おい」

 

 ……と思っていたらそういうオチがつくのか。なんだその思い切り物理的な意味でも上げておいてから落とす手法は。結局零落白夜に輪をかけて使用制限という嫌な縛りに追われる機体になるのか俺のISは。

 

 『確かに制限は付き纏いますが、零落白夜同様有効に使えれば強力な一手になりえます。制御が大変難しい武装になりますので基本操作は私にお任せ頂く形になりますが、使用が可能になりましたら私の方からお知らせ致します。お役立てください』

 

 「じゃあ今使いたい」

 

 『……あ、マスター『打鉄弐式』がこちらに向かってきますよ』

 

 この野郎……まぁいい、使えないものに拘っても仕方ない。

 それにどの道簪ももう弾がないのか、先程の爆発を防御するのに使ったらしい所々が赤く融解した無数の鉄骨で構成された壁を突き破り、いつの間にか展開していた薙刀のような近接武装を手に、真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。接近戦をやるつもりなら、あんなこちらでもいつ移動したのかわからなくなるくらいの高速移動手段は却って邪魔だ。

 そう割り切った俺は雪片を掴み直し、正面から薙刀を振りかざす簪を迎え撃つべく突きこもうとしたが、

 

 「……!」

 

 「なっ……!」

 

 イメージは完璧だった。しかし敵機の胴を捉えていた俺の雪片は、どういう訳か直前で不自然に宙を『滑り』。

 逆に読みでは俺の頭上をギリギリのところを逸れていく筈の簪の薙刀は、とっさに剣から手を離してガードに回った俺の『白式』の腕部装甲を、破断させていた。

 

 






 実質もう『山嵐』まで出来ちゃってる打鉄弐式お披露目回。更識姉妹の機体は表面的は要素は原作の色を残しつつも、根本的なところで『違う』ものになってるのを出していけたらな、と思ってます。
 一応それの一端である本作のオリ兵装である弐式の『識武』。コンセプトは『超能力』です。簪も箒同様、機体のポテンシャルを十全に使えることが出来れば、味方勢の中では結構強キャラだったりします。まぁ、お姉ちゃんはそれ以上に凄いのですが。
 一方白式はめでたく色んな意味で面倒臭い武装が増えました。そして例によって上手く使えず苦戦するのは最早予定調和になりつつあるような気がします。いや、いずれ見せ場は作る予定なのですけれども。

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