IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十六話~倉持技研~

 

 一週間の自宅での滞在期間も無事……というには色々あり過ぎたがなんとか終わり、俺はIS学園に戻ってきた。

 

 「戻ったか……と言うのも、可笑しな話か。休みは満喫できたか?」

 

 やっぱりというか、学園の門を跨いで一番最初に俺を迎えてくれたのは千冬姉だった。

 ……見ない間に、少し、やつれたように見える。ラウラづてに、ここしばらくの間俺を守るために色々動いてくれていたことは知っていたし、心配になったが、

 

 「少し、日に焼けたか? ……全く、少しは自分の立場を弁えろ。お前が好き勝手に出歩く度に、お前が思っている以上の人間が右往左往する羽目になるんだぞ?」

 

 小言を言いながらも楽しげに笑う千冬姉。そのあくまでもいつも通りを装う姉の強がりを、無駄なものにしたくなかったから。

 

 「わかってるって。今日から至って真面目で模範的なIS学園生に戻るよ」

 

 「模範的、で通るには今一歩成績が心元ないぞ、織斑」

 

 「……それは言わない約束じゃねっすか、織斑先生」

 

 ラウラから言われた件には一切触れずに、そんな馬鹿なやり取りをいつものように交わし、俺はIS学園(ここ)の生徒に戻った。

 

 

 

 

 そうして帰ってきた俺は、まずは荷物があったので、寮に運ぶために寮を目指そうとしたのだが、

 

 「これは私の方で運んでおく。帰ってきて早々悪いが、お前はこれからあるところに向かって貰うことになる。案内が来るまで、しばらくここで待機してくれ」

 

 「はぁ……」

 

 早々に千冬姉に出鼻を挫かれた。まぁ量はあまりないにせよ面倒な作業がなくなったのは喜ばしいことだし、特にそのことに反抗する理由もないのだが、

 

 「あるところって何処です?」

 

 せめて何処に行かされるかくらいは聞いておくべきだろう。そう思って千冬姉に尋ねたところ、

 

 「少し待て……お前の他にもう一人連れて行く。詳しいことは奴が来てからにし――――」

 

 「準備、整いました師範代! いつでも行けます!」

 

 「……『先生』だ、篠ノ之。何度も言わせるな」

 

 千冬姉が答え終わる前に、凛と澄んだ、それでいてはっきりとした声が千冬姉の後ろから響いた。

 箒だ。今となっては久しぶりなような気もするIS学園の制服に身を包み、右腕には『紅椿』の待機状態である金と銀の鈴がついた赤い紐飾りをつけている。あの日以来電話での俺の必死のフォローもあって、少なくとも流鏑馬のことを特に引き摺っている様子もなく、俺は取り合えず安堵した。

 

 「まぁ丁度いい。篠ノ之も到着した、一度しか言わないから心して聞け。お前達二人には、これから『倉持技研』に向かって貰う」

 

 倉持技研……確か、日本のIS技術の一端を担ってる、俺の『白式』の製作にも関わってる企業、だったか。俺はそこまで反芻すると、

 

 「なんのために?」

 

 当然ここで湧いてくる疑問を千冬姉にぶつける。

 千冬姉もその質問がくるのは予想していたのか、頷きながら目を瞑って答えた。

 

 「前回の福音の時のことを覚えているか? ……あの一件で、お前達は得体の知れない連中に付け狙われているのが明らかになった。当然、学園は出来る手段を全て使ってお前達を守る所存だが、連中の使う力はどうにも底が見えない……よって、『お前達自身』にも、有事の際最低限の対応が出来るよう、戦力の底上げを図る決定が下された。今回の件はその一環だ。具体的には、お前達が所有している専用機に、競技用のIS全てに取り付けられているSEの出力リミッターを、緊急時には一時的に解除出来るようにする機能を取り付ける」

 

 「成程……」

 

 ……確かに、白煉も言っていた。あの時敵が使っていた技術は、束さんが保有しているものの中にも存在しないものだと。そしてその危険さは、あの時自身の身をもって知った。あれを敵として相手にするのは、いくら歴戦のIS学園教師陣とはいえ危険が伴う。千冬姉は勿論、彼女達だけに、そんなものを背負わせてしまうのは俺は嫌だ。

 正直あんなことは、俺としてはこれっきりにして貰いたいが、向こうからこれからも来るとなれば、手を拱いているわけにもいかなくなる。その時のための備えをしておくという理屈は理解できたので、俺はその千冬姉の答えに納得して首を縦に振ったが、

 

 「………………」

 

 箒は千冬姉の話を聞いて、こいつにしては珍しい何処か少し不安そうな目で、自らのISの待機状態を見つめていた。

 千冬姉もそれに気がついたのか、箒の方に向き直ると、

 

 「心配するな、篠ノ之。これはあくまで『保険』に過ぎない。お前達が最低限、自分自身の身を守れるようにするためのな……お前に独り善がりで『それ』を押し付けた奴には私としても言ってやりたいことは山ほどあるが、少なくとも、大きな力を与えられたことにお前が負い目を感じることはない。今はその『力』を以って自身を守ることだけ考えていろ」

 

 厳しい調子ながらも安心させるような、はっきりとした声でそんな言葉をかける。箒はそれでも少しの間暗い顔をしていたが、

 

 「……はい!」

 

 すぐに苦笑のような表情を浮かべると、千冬姉に負けず劣らずはっきりとした声で返事を返した。さしもの箒も、やっぱり千冬姉には敵わない。

 

 「後、お前もだぞ織斑。多少力が出るようになるからといって、いつものようないざという時に率先して前に出るような真似は許さんからな……未熟者の『お前自身』を守るための措置だということを忘れるなよ」

 

 ……へへえ。はい、本当に敵わないのは俺でした。

 

 

 

 

 で。

 一同これからの説明も終わり、さてこれからその『倉持技研』とやらに向かうかという段になったのだが。

 

 「遅い……!」

 

 肝心の案内役の人とやらが来ない。ひぃ、千冬姉殺気飛ばすのやめてくれちびりそう。

 どうにも、千冬姉に連絡を寄越した向こうの人の話をよれば、もうとっくにこちらについている時間の筈らしいんだが……

 

 「ん……? 何、こんなトコでなにしてんの? もう夏も後半とはいえ、こんな直射日光直撃のところで突っ立ってんのは関心しないぞ坊やた――――」

 

 と、そんなことを思い出しながら待ちぼうけを食らっていると、後ろから不意に聞き覚えのある声が響いた。

 

 「……!」

 

 それと同時に千冬姉が動く。その人物が言葉を全て言い終わらないうちに鉄板すら余裕でブチ抜きそうな手刀を俺の直ぐ後ろに叩き込み、俺の髪を数本持っていく。

 危うく巻き込まれかけたことに青くなりながら振り返ると、俺の後方から突然現れた不審者がその攻撃を紙一重のところでかわしているところだった。が、それ以上は流石に幸運は続かず、手刀から掴みに派生した千冬姉の追加攻撃まで避けることはままならずにそのまま胸倉を掴まれ引き寄せられた。

 

 「IS学園にようこそ。当校は今絶賛警備体制強化月間でな、お越し頂いた招かれざるお客様には素晴らしいサービスを提供することになっているんだ。具体的には私のストレス軽減の為に、面倒な手続きを一切省略してそのまま海底散策ツアーに出発して貰う。片道切符だが何、昔人様の弟を迷い込んだら二度と出てこられないと噂の某樹海に興味本位で放り込んだお前なら余裕で帰って来られる筈だ……素敵だろう?」

 

 「や、やだなー許可はちゃんととってるっての。ただ、どーせならちょーと中も見させて貰いたかったってだけじゃん? つーか、アンタまだあん時のこと根に持って――――?!」

 

 「許可だ……? 『私は』お前にそんなものを出した覚えはないが?」

 

 「うごごごご……はめほひふふ、ひぬふぬ――――」

 

 そしてすぐさま素敵な笑顔を不審者に向けながら、その顔面を得意のアイアンクローでギリギリと音を立てて握りつぶし始めた。

 不審者は最初こそ威勢よく抵抗していたものの、あっという間に全身がビクビクと痙攣しだした……いかん、これは本当に死ぬ。そう判断した俺はとっさに止める。

 

 「気持ちはわからないでもないけど、出会い頭に幼馴染を亡き者にしようとすんのはやめようぜ千冬姉。箒に至っては初対面だしさ」

 

 「わかっている……少し目の前の現実を直視したくなくなっただけだ」

 

 千冬姉は言いながら大きく溜息をついて応じ、不審者をそのまま放り投げる。

 ドサッと頭から地面に落ちた不審者は、未だに顔に受けたダメージは抜けていないようだったが、それでも千冬姉のアレを食らったにしては随分早く復帰した。

 

 「あー……くそ。いくらなんでも、久しぶりに再会した『同期生』に対して容赦なさすぎんでしょ千冬。マジで一瞬綺麗な花畑が見えかけたよ」

 

 「お前が『内』から出てこなければ少しはやり方を考えたんだがな、篝火。いつから来ていた?」

 

 「んー、結構前よ。んで、打ち合わせよりも大分早く着いちまってすることもないし、ここにゃちょっとウチで面倒見てる子や弟子もいるんでね、ちょっくら仕事の前に挨拶してきたワケ」

 

 「……やはりか。では倉持技研から派遣されてくる案内人というのは――――」

 

 そしてそのまま、いつもの軽い調子で、偏頭痛が再発したように頭を抱えている千冬姉と話し出す。

 ……つーか、何かしらの研究してるってのは聞いてたけど、まさかIS絡みだったとは。『この人』とは俺も久しぶりだし、挨拶がてら俺もそれに混じろうかと考え始めたところで、

 

 「……彼女は?」

 

 箒が遠慮がちに話しかけてくる。その表情にはこの顔を知らない相手の突然の登場に、明らかに警戒の色が強く出ていた。

 顔見知りは相変わらずか、と俺は内心嘆息しつつ、箒を安心させるべくそれに答えることにした。

 

 

 

 

 とはいえ……篝火ヒカルノっていう名前と、昔千冬姉の小中学通しての同級生だったってこと辺りしか、俺にもこの人に関しては『確か』な情報はなかったりする。付き合いはそれなりに長いのだが、なにせ千冬姉はあまり昔のことを話したがらないし、この人はこの人で普段から言うこと為すこといい加減で、発言にあまりにも信憑性がないのだ……例えば初対面から自分のことは『所長』と呼ぶようにこちらに言いつけておきながら、実際は所長でもなんでもなかったりしたりする。あれ? そういや今は違ったんだっけか……?

 しかし、そんなでも中学時代には結構お世話になった人でもある。間違いなくダメな大人にカテゴライズされる人種ではあるもののとても頭のいい人で、顔も広く色んなところによくわからないツテを持っており、いざ仕事をしようと話になっても雇い先がなくて苦労している俺達に、色々『そういう』話を持ってきてくれる数少ない当ての一人だったのだ……尤も、この人が持ってくる『それ』は、条件(払い)が破格な代わりに大抵危険度もバカ高いものが大半で、受けるには毎度相応の覚悟が必要だったけれど。

 

 大体そんな内容のことをサラッと箒に掻い摘んで話すと、案の定箒は彼女の方を見ながら微妙そうな顔をした。

 

 「千冬さんの旧友、か。その……なんだ。確かに交友を広く持つことは大事だな」

 

 「いや、そんな無理矢理フォローしなくていい。ぶっちゃけ見たまんまの変人なのは確かだ」

 

 そう、そもそも見た目からして残念な人なのだ。気の強そうな目元が特徴の顔立ちは清楚なイメージとは遠いものの整っていて、間違いなく美人ではあるのだが、服がいつ会っても変わり映えのない、首に耐熱ゴーグルを引っ掛けくたびれたツナギを着てるだけという格好で、それでいて着方が物凄くラフで明らかに上は下着をつけてないので、今にもアレが中からこぼれてしまいそうでぶっちゃけ男としては相当目に悪い……幸い今は、先程千冬姉が彼女の胸倉を掴んだ際ファスナーを引き上げてくれていたので大分マシな状態にはなっているが。そういや束さんも俺や箒のコーディネイトは異常なまでに気にする癖に、自分のそれに関しては全くと言っていいくらい頓着しない人だったな。研究者っていうのは大体皆こんな感じなんだろうか。

 

 「聞こえてるよワン坊。だぁ~れが変人だとぅ?」

 

 「友達に紹介する方の身にもなってくれよ所長……他に言いようがない」

 

 「まー奇人変人扱いは慣れてるし別にいいんだけどねー」

 

 と、箒に説明をしているうちに千冬姉との話も程ほどに、所長がこっちに絡んできた。箒にはちゃっと片手を挙げて挨拶しながら、俺の首に寄りかかるように腕を巻きつけてくる。

 ……この人のこういう絡み方は昔からなので、もう今更焦ったりはしない。あくまで冷静に対処する。

 

 「……一応人目ある場所なんであんま引っ付かないで欲しいんだけど」

 

 「んだよ冷たいじゃん。姉貴一筋のシスコンがとうとう身を固めやがったか? ……そこのおっぱいデカい彼女とか?」

 

 「ななっ……!!」

 

 が、今日初対面の箒はそうはいかない。所長に指を指された上での、セクハラ紛いのその言葉に顔を真っ赤にすると、そのまま気炎をあげて食って掛かろうとした。しかし、

 

 「話が進まん、さっさと行け篝火。予定が詰まっている」

 

 これ以上続けると厄介なことになると判断したのか、絶妙なタイミングで千冬姉が間に入ってくれた。お陰で箒はそれ以上進めずに何とか思いとどまってくれる。だが、

 

 「まーまーそう急ぐなって。その前に一服……」

 

 ここで敢えて空気を読まないのが所長が所長たる所以である。俺からは一度離れたものの、動こうとする様子はなく俺に寄りかかっている間に咥えた煙草に火をつけるべくマッチを擦る。

 が、つかない……いや、正確にはついたのだがそれとほぼ同時に鎮火した。

 ―――― 千冬姉の、恐らくは出勤簿から放たれたと思われる、滅びの風によって。そいつはマッチの火を消すに留まらず、所長が咥えていた煙草を根元から引き千切り、ゴォと恐ろしい音を響かせ逆巻きながら校庭の砂を巻き上げ、青々と茂った木々をあっという間に丸裸にした。突然降って湧いたこの事態に、そこらじゅうで悲鳴があがっているのがわかる。

 その惨状を見て一同唖然としていると、

 

 「お前のその出来の悪い頭に理解できるように一度だけ説明してやる……この学園は『全面禁煙』だ」

 

 直後に最後通牒と言わんばかりの冷徹な声がかけられ、関係ないはずの俺と箒まで思わず震え上がった。しかしそれでも止せばいいのに所長は悪足掻きをやめない。

 

 「いや……でもほら、ここ外だし……」

 

 「……二回同じことを言うつもりはない。いいからとっとと出ろ。内側でやらん分には文句は言わん」

 

 「……くっ、石頭め。まぁいいさ、どうせ直ぐそこだ。そこまで我慢するだけでお前を敵に回さず済むなら、それに越したことはない」

 

 しかし有無を言わさぬ千冬姉の態度にとうとう最後には折れ、外に向けて歩き出そうとした……ように見えた。

 

 「……と、でも言うと思ったか? だが断る。このヒカルノ、自分で強いと思ってる奴に『NO』と言ってやるのが楽しみでね……!」

 

 が、少し千冬姉が目を離した瞬間、ツナギの裾に隠し持っていた煙草の箱を凄いスピードで口まで持っていくと、言いながら今度こそ着火を試み、

 

 「あれー」

 

 やはりそれと同時に吹き荒れた暴風に今度は全身を攫われ、まるでハリケーンに巻き込まれた牛のように虚空に吸い込まれていきやがて見えなくなった。その場には怖いくらい透明な真顔を顔面に貼り付けた千冬姉と、今この瞬間まで一歩もその場から動けなかった俺と箒が残される。

 そして俺はそんな千冬姉と目が合った瞬間、本能的に身の危険を察知してとっさに箒の手を取り駆け出していた。

 

 ……いつもも大抵人間離れしている千冬姉だが、流石にここまで派手にやらかすのは珍しい。先程再会した時は、なんとか抑えていたのかもしれないが。

 休みなく仕事に追われる日々は、俺が思っている以上に千冬姉にストレスを与えていたのかもしれない。今度オフで会った時には、家族サービスは手厚くしようと心に誓った瞬間だった。

 

 

 

 

 「お~い、生きてるか所長~」

 

 「……ぐあ~。あの鉄腕百万馬力女滅茶苦茶やりやがって、アタシじゃなかったら十回は死んでるぞ。大体どうやったらあんなちゃちい厚紙で人間をヤード単位ですっ飛ばす風を起こせるんだ?」

 

 「千冬姉のやることに一々人間の常識で突っ込みを入れてたら身が持たないぞ。つーか、そもそも怒らせんなよ。今でこそ大分大人しくなったけど、一度キレると容赦ねーのは変わんねーんだから……あ、所長左間接が逆方向に曲がってる」

 

 「うおっ、マジだ……おしっ、これでよし」

 

 校門から出てしばらく歩いたところでボロきれのようになっていた所長をこんなやり取りをしながら回収すると、俺達はこの人の所属している『倉持技研』の研究所やらに向かった……なんというか千冬姉も千冬姉だがこの人もこの人で、俺の指摘を受けゴキッという音ともにワンアクションで変な方向に曲がっている腕をあっさり元に戻す辺り只者じゃない。

 

 「おほっ、可愛こちゃん二人、確かに預かった。まーパパッとやっちまうからちょいと待っててくれ。そんな時間はとらせない」

 

 「……大丈夫か? 知ってると思うけど、これどっちも束さんの作った奴だぞ」

 

 「はは、確かにアタシ一人じゃ確かにちょい荷が重いかもだけどね、幸いお前等のISに関しては『指南役』がいるだろう? ……今回は素直に連中に頼るとするよ」

 

 「……え?」

 

 で、着くなり俺たちは所長に待機状態のISを渡し、取り合えずあとは待つだけになった。その際所長が少し気になることを言ったが、それを確認する前に彼女は俺たちが入れない区画の奥に引っ込んでしまった。

 ……というか。結局やることはISの調整な訳で、所長にISを手渡した後は所在ないことの上ない。ぶっちゃけついてくる必要あったのか俺ら。まぁ所長はあまり時間は掛からないと言っていたし俺は別にいいのだが、

 

 「………………」

 

 箒は大分落ち着かない様子だった。ここに来てからというもの、研究所の待合室のソファーに座ったまま、携帯を手にし一言も発さずに俯いている。

 ……それこそまるで借りてきた猫のように。結局ここに向かう時も俺と所長ばっかり話してて、所長が話を振っても二、三言適当に返すだけだった……おかしいな、こいつのそういうところは、最近大分改善されてきたと思っていたんだが。慣れていない環境にいきなり連れてこられることになって、緊張しているんだろうか。

 

 「……一夏」

 

 「うん?」

 

 確かに、大体であれば俺達はお互いが考えていることはわかる。かといって、このまま一緒にいるのにお互い何も喋らないというのも気まずい。だから俺は何か適当に休み中の話でも振ってみるかと口を開きかけたところで、箒から俺に話しかけてきた。

 

 「その……この場を借りて、少し相談したいことがあるのだが……」

 

 「ああ、いいぞ。言ってみろ」

 

 こいつが鍛錬のこと以外で自分から話を振ってくるのは珍しい。ひょっとして今日会った時からなにか様子がおかしかったのと関係あるんだろうかと考え、相談したいと言っておきながら口ごもる箒の言葉を待つ。

 そうして、大体十分くらいだろうか。そこで漸く、箒は覚悟を決めたように口を開いた。

 

 「……お前は自分のIS……いや、『白煉』とは、どのように付き合っている?」

 

 「……何?」

 

 そして漸く聞くことの出来た箒の『相談』とやらは、思いも寄らないことで、俺は最初その言わんとしている意味がわからず、思わず目を丸くして聞き返してしまった。

 

 

 

 

 その後ポツリポツリと語る箒の話を聞いて、俺はやっとその内容を理解することが出来た。

 ……要するにこいつは今、こいつのISである紅椿のサポートAI『紅焔』とちょっと諍いを起こしているということだった。何でもあの流鏑馬の後、自分自身の至らなさを痛感した箒は、専用機持ちとなった責任感もあり、ひたすら自主練と知識の詰め込みに専念していたらしい……それこそ、寝る間も惜しんで。

 そんな箒を、紅焔は酷く心配したが、箒はこれはお前に相応しい主になる為のことと言って譲らず、寧ろ他にも紅椿の所持者として自分に出来ることはないかと紅焔に詰め寄り続けていたところ、どういう訳か最近話してくれなくなったそうだ……なんていうか、極端なんだよなこいつ。そして結局やっぱり流鏑馬のことは引き摺ってたっていう。

 

 「……箒さ。お前、人懐っこい子猫とか見ると、構いすぎて引っ掻かれるタイプだろ?」

 

 「! お前……何処から見ていた?!」

 

 箒の話を聞いて思いつきでそんなことを言ってみたところ、箒は心底驚いた表情で俺を見つめ問いただしてきた。マジで経験あるんかい、と俺は思わず頭を抱える。

 

 「んなこと、見てなくても今の話聞きゃ大体わかる……そのことで俺からお前にアドバイス出来るとしたら、一つだ。今は紅焔はほっとけ」

 

 「しかし……!」

 

 「しかしもなにもないの……さっきのお前の質問の答えだけどな、俺も結構、あいつに相手にして貰えないことはあるぞ。ああ見えて結構自由な奴でさ、たまに呼びかけても返事がないと思ったら、ふらっといなくなってたりする。つーか、最初の頃あいつが何日か勝手にいなくなったのはお前も知ってる筈だろ」

 

 ……まぁその場合、大抵は束さんのところに顔を出しているらしい、どうせ紅焔もそんなところだろう。尤も、白煉の場合は時に変な画像や音楽を勝手に落としてきてたりするが。お陰で今の俺の携帯のメモリはやたら恥ずかしい台詞を連呼することに定評のある架空ヒーローで溢れている。これをIS学園のクラスメイトにでも見られようものなら俺は首を括りかねない。

 

 「そ、そういえばそうだったな……心配になったりはしなかったか?」

 

 「まぁ最初はな。けど、結局あいつにも俺達みたいな体がないだけで、人みたいに意思があって感情があるんだってある程度わかってからは気になんなくなったな。あいつ等にだって俺達みたいに親に会いたくなったり、一人になりたい時はあるだろ……特に紅焔は気弱そうだし、鬼気迫った顔のマスターに昼夜問わず質問攻めにされたら逃げ出したくもなるかもな」

 

 「うっ……!」

 

 痛いところをモロに突かれて呻く箒。自分も一度は通った道だし少し言い過ぎかなとも思ったが、こいつの場合は誰かが言っておかないといつまでもこじれたままのような気がした。だから、意を決して続ける。

 

 「だから、焦るな。右も左もわからない状況であいつ等に頼りたくなるのはわかるけど、白煉達は便利な道具じゃないぜ。んなこと、お前ならわかってるだろ?」

 

 「……ああ。そうだな、すまん。今は少し、頭を冷やすことにする」

 

 「謝るのは、『俺』にじゃないだろ」

 

 「わかってる」

 

 箒は俺の言い回しが気に入らなかったのか少し憮然としたが、それは逆にこいつが『そう』思ってはいないことの証明だったので俺は思わず安心して笑ってしまう。箒はそれがますます気に食わないのか、俺の返しに返事をしながらそっぽを向く。

 

 「そんな拗ねんなって……お前が俺に相談した意図は汲んでるつもりだよ。一応俺からも、白煉通して紅焔には話聞いてみるから」

 

 「……お前が迷惑というなら、別に」

 

 「部屋一緒だったときに、そういう気遣いはお互いナシにするって話にしたと思うんだけどな」

 

 「……あり、がとう」

 

 ……いや、案外照れてるだけなのか。最後に礼を言いながら少し頬を赤くする箒に、俺もつられてクサいこと言ったかなと少し恥ずかしくなり、思わず目を逸らした。

 

 そもそも実を言えば俺も、我が相棒のことがある程度わかってきただけに、逆に思うところも出てきたってのはある。いよいよ新学期も始まる。その前に、ここでこんな話があったのを一つのきっかけにして、一度箒と一緒に本腰を入れて考えてみるのもいいかもしれない。

 

 

 

 

 「おし……取り敢えずはこんなところかね。発動条件ととしてはいくつか小難しいのもあるんだが、基本的にはISが競技試合と認識していない状況でのISの使用、後はお前等自身とISの『危険』っていう認識が重なれば、自動的にISの方でリミッターを解除してくれる。特別な操作はいらないから安心しな」

 

 「具体的にはどれくらい強くなるんだ?」

 

 「んー、ぶっちゃけ、ISとしての所謂『ステータス』、戦闘能力自体が特別上がるってわけじゃない。ただ競技用に設定されてる、一回の戦闘におけるSEの出力上限値が実質軍用機並みになる。継戦能力についてはダンチになると思っていい。ワン坊の『白式』に関しては『単一仕様能力』の使用回数も増える筈だよ」

 

 所長の言った通り、俺達のISの調整は、実質十分も待たされないうちに終了した。所長の言葉は、こと仕事に関することのみある程度は信用できる。この辺が、一見ちゃらんぽらんに見えるこの人が千冬姉と友達なんてやれてる所以なのかも。

 ……しかし、これで試合では使えないとはいえ、『白式』の最大の弱点の一つが解消されると思うと感慨深い。いや、有事なんてないに越したことはないのは勿論だけどさ。

 

 「ただ……そっちのお嬢のISの『単一仕様能力』についちゃ、アタシじゃどうにもしてやれん。まぁあんなやたら物騒な力なくても十分基本性能的にはお化けだし、今はそいつで満足しとくんだね」

 

 「はい、大丈夫です」

 

 所長から紅椿を受け取り、身に着けながら丁寧にお辞儀する箒。先程のやり取りで些か気の支えくらいにはなれたのか、その表情は心なしIS学園を出た時より明るくなった気がした。

 所長はそんな箒を見てウンウンと満足そうに頷くと、

 

 「よし。じゃ、今日ここでやることは終わりだ。今日は急に時間を取らせて悪かったね……研究所の外にタクシーを手配してある。気をつけて帰んな」

 

 そう言って、口に煙草を咥える。

 そしてそれが『お前は残れ』の合図だとなんとなくわかった俺は、

 

 「悪い箒、ちょっと俺この人とまだ話したいことあるから、先戻っててくれ」

 

 箒に先に帰るように促した。だが箒は合図の事など知らないので首を傾げると、

 

 「なら、待っていたほうがいいだろうか」

 

 尋ねてくる。俺はそれに首を振り、

 

 「いや、流石に外にタクシー待たせてんなら待たせんのも悪いだろ。大丈夫だよ、そんなIS学園から遠くないし、最悪遅くなるようなら所長に送って貰う」

 

 尤もらしい理由をつけて断った。

 

 「ああ、その辺は任せろ。大事な幼馴染の弟妹を預かってる身だ、最後まできっちり面倒は見させてもらうさ」

 

 ここで所長も乗ってきてくれる。箒はその言葉で、漸く千冬姉の幼馴染ということはイコール束さんのそれでもあるということに思い至ったのか、目を丸くしたが、直ぐに納得したように小さく笑うと、

 

 「わかりました。では、一夏をお願いします」

 

 そう言い残すと、俺たちに背中を向け、研究所の自動ドアから出て行った。

 俺は箒が出るまでそれを見送り、見えなくなったところで、やはり箒がいなくなるのと同時に煙草に火をつけた所長に向き直った。

 

 「……で? 何だよ所長、用件は。『仕事』だったら無理だぞ、俺もう昔みたいに好き勝手には動けないし」

 

 「んだよ、用件なかったら引き止めちゃいけないのかい? ……まー大正解だけど。『反応』してくれたってことは一応話だけでも聞いてくれるってことでOK?」

 

 「内容次第。時間の無駄だと判断した時点で俺も直帰する」

 

 「あー大丈夫大丈夫、『今回』は危なくないよ。ちょっと機体の調整ついでにここで『白式』の戦闘データとって貰いたいだけだから。本音を言えばあの子の『紅椿』のデータも欲しいんだが、残念ながらあっちは所属についてまだ各国間で派手にドンパチしててで下手な真似は出来ないし、なによりIS学園よか数段も貧弱なここの設備じゃ、あの火力のISが暴れたら施設保護の為のシールドが耐えられない可能性があるんでね。仕方がないんで、こっちは涙を飲んで諦めることにした」

 

 「……ふーん。まぁ大体事情はわかったけど」

 

 その大丈夫、って台詞が今まで信用できた試しがない気がするんだが。それに……

 俺としては問題ないが、一応この倉持技研の所属扱いのISとはいえ、勝手にISを俺の判断で使っていいのかという疑問がある。

 しかし所長は俺のそんな不安を見透かしたようにニヤリと笑うと、

 

 「実はな、許可はとってあるんだな、これが。だから『そういう』問題についちゃ、ワン坊が心配することはない。何も考えずに、ちょっとウチの子と模擬戦してくれりゃいい」

 

 そう言って、俺の逃げ道を塞いだ。だが俺としてはまだ安心できない。

 

 「またいい加減なこと言ってないだろうな。後になって『許可が出たと思っていた』はナシだからな?」

 

 「信用ないな……前科あるから仕方ないけど。心配すんなって、流石にここでいい加減なことやるとアタシも首が飛ぶ。マジの話だよ」

 

 「……わかったよ。で、模擬戦する相手って誰? まさか所長じゃないよな」

 

 本当に仕事で頼まれてることなら、俺の一存で迷惑をかける訳にはいかない。仕方なく首を縦に振る。

 そして生憎倉持技研のことを殆ど知らない俺としては、ここ所属のIS搭乗者というのにふと興味が湧いて、ついでに対戦相手のことを冗談交じりに聞いてみた。

 

 「う~ん、そうさな。アタシが直接ワン坊イジめてみるのもこの際ナシではないが……生憎、アタシはアンタの姉貴や束と違って天に二物を与えられてなくてね。適正も実技もさっぱりなのさ。だから素直に予定通り、アタシと違って『出来る』子に戦って貰うよ。ここに来る前声は掛けたしそろそろくると思うんだが……」

 

 俺の質問を受けて、何が面白いのか所長はニヤニヤしながら外と繋がる自動ドアに目を向ける。

 それと同時にドアが開き、人が入ってきた……見るからにここの研究員の人じゃない、眼鏡を掛けた女の子だ。着ているのは、IS学園の制服。それもリボンの色は、俺と同学年であることを示していた。

 

 「お! 噂をすれば来たな、シンの助。じゃー準備でき次第早速頼む。ああ、第三棟の、いつものロッカールーム使っていいからな」

 

 「…………」

 

 所長は彼女が入ってきたのを確認するなりそう声を掛け、新之助……? と呼ばれた少女は無言のまま所長をジロッと睨むと、脇に抱えている大きなスケッチブックを捲り、

 

 『その呼び方はやめてって言ったはず』

 

 と、とても綺麗な字で書かれたページをそのままスケッチブックをひっくり返して俺達に見せてくる。スケッチブックで隠れた口元の上から覗く彼女の目は、少し怒っているように見えた。

 

 「あーはいはい悪かった悪かった……そうだ、今のうちに紹介しとくよ。まーアンタは知ってると思うが、こいつが今日アンタが相手してもらう例の世界初の男性操縦者ってヤツだ。で、ワン坊。この子がウチで今ちょっと日本の『第三世代機』の開発の為に手を貸して貰ってる、日本の代表候補生さ。名前はえーと、あー……」

 

 だが所長は特にそれを意に介した様子もなく、目の前で静かに怒る少女を紹介してくれる……が、肝心の本名が出てこないらしい、言葉に詰まる。だから人に変なニックネームつけて覚えんのやめろって前から言ってんのに。

 少女のほうもこの人のこういういい加減なところは承知してるのか、呆れたような目で所長を見ると、またスケッチブックを捲ると今度はに何かを書き込み、

 

 『簪』

 

 と書いた面を俺に見せてくれた。

 

 「ええと……シン?」

 

 だがとっさのことで、先程の所長の呼び方もありそこに書かれた文字を思わず音読みする俺。

 するとどういうことか少女はますますムスッとした顔になるともう一度追加でその面に書き込み、もう一度ひっくり返す。

 そこには簡素だが可愛らしい絵で後ろを向いた結髪の女性が描かれており、髪を結っている簪に矢印が付けられている……あっ、そうか訓読みだ。

 

 「……簪。『かんざし』、か。綺麗な名前だな」

 

 「…………」

 

 どうやら今度は正解出来たらしく、スケッチブックをこちらに見せたまま少女がコクンと頷く。

 そしてこれで用は済んだとばかりに、結局最後まで一言も口にしないまま、肩の辺りまで伸ばした、綺麗だけれど微妙に内巻き気味の癖のある黒髪を靡かせて、その場から去っていった。

 

 「……俺、嫌われてる?」

 

 「あの子は割りと誰に対してもあんな感じだよ、気にするな……ちょっとシャイな子なのさ。後ワン坊、ウチの子をさらっと口説くな。何が『綺麗な名前』だ恥ずかしい」

 

 そのことに軽くショックを受けていると、所長がなんだかフォローなのか追い討ちなのか良くわからないことを言ってきた。

 ただこれに関しては断固俺としても言いたいことがあるので反撃させて貰う。

 

 「んなつもりなかったっつの。つーか、読み方一回間違えたんであんな反応だったんなら所長のせいだからな。おかしいと思ったんだ、何が新之助だよこの日本社会の恥部」

 

 「そこまで言うか?! ……仕方ないだろ、アタシも最初自己紹介された時あんな感じだったんだから。そりゃシンって読むでしょ」

 

 「読まねーよぜってー所長だけだよ百歩譲っても普通だったらこれなんて読むのってなるよ! そこで敢えてそっちで呼ぶのは寧ろ一回りして悪意を感じずにはいられねーよ!!」

 

 「な、なんだとー!!」

 

 その結果所長と頭の悪い責任の擦り付け合いに発展しながら、粛々と別棟に向かう簪という名前の少女の背中をもう一度見る。

 ……やっぱり、初めて見る娘だ。けれど。一番最初に見たとき一瞬だけ感じた、この『既視感』は一体、なんだ?

 

 所長との諍いもひとまずの終局を迎え、やはり準備をするために俺も実験用の演習場があるという場所に向かいながらこの感覚の正体を掴もうと思案したが、結局今日この場所では、それを見つけることは叶わなかった。

 

 





 漸く更識妹の方も出せました。本作のかんちゃんは設定変更であるハンデを抱えてます。その影響もあると思いますが、キャラが原作とは結構異なる感じになるかもです。どうかご了承ください。
 次回は早速対簪戦になる予定です。弐式は本作では篝火さんが少し頑張ったため、結構形になってます。それに伴い原作であった一夏と簪の遺恨もなかったことに。更識姉妹の機体は構想練る時間が長かったのもあり、正直原作組の中では屈指の魔改造機体だったりします。

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