IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十五話~『捨てる』ための、懺悔~

 

 

 「そんな寂しいこと、言ってはいけませんよ。確かにあなたは、全てを一度失ったのかもしれません。ですが未来だけは、命ある限り絶対に失くす事も、誰にも奪うことも出来ないものです。未来は元からあるものではなく、これから築いていくものなのですから」

 

 ――――声が、する。

 大切な人の声。もう二度と聞くことが出来ないと思っていた、私の前からいなくなった人の声。

 

 夢。夢を見ている。

 私が、初めて『先生』に出会った日の夢。

 あの時、正体すら掴めない、凄まじい力に為す術なく叩き潰された私は生きることすら諦めて、ただただ目の前に迫る死を待っていた。

 

 ……けれど、そんな私の前で、失敗した私に掛かった手をことも無げに『踏み潰した』、私が殺す筈だった『あの人』を見て、思ったのだ。

 

 ――――私にも、あの時。

 これだけの、これほどの力があったなら。

 大事な家族を、失うこともなく。この手も、ここまで汚れてしまわずに、済んだんじゃないかって。

 そう思った瞬間、あの果てのない白い世界に置き去りにされた時に湧き上がって以来燻っていた激情が、再び音を立てて燃え上がった。

 

 「私には、あなたの姿を『見る』ことはもう叶いませんが……目が見えないからこそ『見える』ものもあります。あなたの、輝かしい『未来』とか、ね。もう長くは持たぬ身ですが、せめてその残された時間の中でそれを見届けることが出来るのなら、この至らない私の生も意味のあるものになるでしょう。だから……生きる理由がないと言うのであれば、どうか私の為に生きてください、カタナ」

 

 ああ、そうだ。

 あの出来事の後、心も体も、吹雪の中で息絶えた私はこの日、きっとこうしてあの人に抱きしめられながら、もう一度『生まれた』のだ。

 

 ――――昔話に聞く『不死鳥』の如く。『憎しみ』という名の、炎の中で。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 私は、滅多なことでは夢は見ない。

 そんな私が、今日に限ってこんな昔のことを夢に見たのは、

 

 「お盆……か」

 

 心当たりを口にして溜息を吐く。

 結局、迎えにも送りにも顔を出さずに夏が終わろうとしている。こんなことだから『あの子』との中途半端な関係をいつまで経っても終わらせられないし、そもそも当主としてそれはどうなんだと自分でも思うが、やはりどうしても踏ん切りがつかなかったのだ。しかしそうして出なかったら出なかったで、こうして後ろめたさが夢枕にまで立って出てくる。

 ……まぁそういう意味じゃ、お爺様の夢じゃなかったのは、不幸中の幸いとも言えるけど。

 

 ――――やっぱり一回くらいは行かなくちゃ、よね。

 

 虚達は、私の気持ちの整理がついてからでいいと言ってくれた。でもそんな彼女達の気持ちにいつまでも甘えているようでは、流石に当主としての面目が立たないし、何よりご先祖様に申し訳ない。

 

 「今日は、予定もない、っと……」

 

 スケジュールを確認しながら、布団から起き上がる。

 仕事が全くないわけじゃないが、珍しく完全にフリーの日だ。もしかしたら、これは夢の内容的にも今日行けという先生からのお達しなのかも。そうならますます、後に引けなくなる。

 

 「もう、お目覚めになられたのですか、当代」

 

 私が起きたのに気がついた虚が、襖を少しだけ開けて覗き込んでくる。

 その心配そうな表情を見て、私はとうとう最後の覚悟を決めると、

 

 「うん……今日ちょっと出てくるね、虚。他の人もいるし大丈夫だと思うけど、一応留守をお願い」

 

 「承知しました」

 

 彼女に家のことを任せ、出かける準備を始めることにした。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 箒が、どういう経緯かは知らんが流鏑馬をするらしい。

 そんな面白……興味深い話を聞いたのは、件の蘭の誘拐騒動の後、五反田家に集まって食事をした時だった。何故にあいつが馬なんぞで俺等のところに駆けつけたのか聞く流れに当然なって、そのままある程度白状させた感じだ。そしてその数日後、IS学園のクラスメイト数人から誘いの電話やメールも来た。

 

 で。折角の休み、こんなイベントを知ったまま不参加というのはあまりに友達甲斐というものがない。だから俺はその場にいた奴等以外にも軒並み声をかけたところ、簡単にIS学園のいつものメンバーを集めることが出来たので、全員でそれを見にいくことになったのだが、

 

 「わーおりむーおひさー」

 

 「おお、織斑君も来たんだ」

 

 「………………」

 

 何人かいるだろうなとは思っていたが、こともあろうかその場には一組メンバーが勢ぞろいしており、着いた途端準備万端の箒に何故来たと無言の圧力をかけられた。

 そしていざ本番が始まると、箒はカチコチに緊張してしまい、落馬こそしなかったものの結局射は全て外してしまった。流石に却って悪いことをしたかなと思った俺は謝りにいったのだが、牧舎で一人失意に沈む箒に今は一人にしてくれと、怒られるよりもキツい反応を貰って追い出され、俺達は一度帰るしかなくなった。

 が、悪いことは続くものなのか、それとも良かれと思って勝手な真似をした罰が当たったのか。丁度駅のホームに着くのと同時に駅に滑り込んで来た電車は、『俺だけが』乗れない電車だった。

 

 ……所謂、『女性専用車両』の全体版みたいな奴だ。本数は多いわけではないが、女尊男卑の拡大に伴いちょっとずつ出てきたようわからん優遇措置である。

 鈴を始め、一緒に来ていた面子は、その表示を見てあからさまに嫌そうな顔をすると俺と一緒に次の電車を待つと言ってくれたが、流石にそこまでして貰うのは悪い。それに丁度あのまま箒を放っておくのも後味が悪くて、もう一度様子を見にいってみるかと思っていたところだったので、俺は鈴達をその電車に乗せて一人ホームに残り、来た道を引き返そうとして、

 

 「何、その態度? アンタのせいで私の服が汚れたのよ?」

 

 「か、肩が当たっただけじゃないか。それに、そっちからぶつかってきたんだろ……」

 

 ……嫌な場面に遭遇してしまった。気の弱そうな男性が、先程の車両から出てきたどぎつい目をした派手な服を着た女性に詰め寄られている。

 女性の方は随分と大声を出して絡んでいるが、周りは知らん顔だ。気持ちはわからないでもない、最近稀に見るようになってきたこういう手合いはこっちの話を聞かない上に、こっちが勝てないのをわかっていて直ぐに警察沙汰にしてくる。誰だって巻き添えは食らいたくない。俺も似たような経験が何度かある以上、すぐさま割って入るのは少し躊躇われた。しかし、

 

 「さっきからブツブツ言って、何言ってるかわかんないって言ってるでしょ!」

 

 流石に男の人を思い切り突き飛ばしたのは見過ごせなかった。勢い余って線路に転落しそうになる男性を、俺はなんとかとっさに腕を掴んで引き戻すと、反射的に女性に食って掛かった。

 

 「アンタ何考えてんだ! 一歩間違えば大怪我してるとこだぞ!!」

 

 「知らないわよ。そいつが勝手にふらついて落ちそうになっただけでしょ?」

 

 「本気で言ってやがんのかテメェ……!」

 

 だが女性は特に反省した様子も見せず、その言い草に頭にきて思わず胸倉を掴みそうになるがなんとか堪える。頭に血が上ったら負けだ。

 しかし女性のほうは、既に俺のその反抗的な態度が気に食わなかったらしく、俺から目を逸らして大声で近くで通りかかった駅員さんを呼ぶと、

 

 「なんとかしてよ、コイツ。さっきから訳わかんない因縁つけてくるのよ! 早く警察呼んで捕まえて!」

 

 「なっ……!」

 

 俺を指差して何やら喚き始めた。こんな理不尽が罷り通っていいのかと内心憤るが、絵面的には俺も女性相手に声を荒げてガンをつけていた形になる。周りからの援護はなし、何も知らない駅員さんの目は俺の方を向く。

 

 「ち、違います! その子は、僕を――――」

 

 「なにやってんのよ! アンタ達の仕事は何?! 客が危ない目に遭ってるっていうのに、助けないワケ?!」

 

 いや、先程因縁をつけられていた男性が助けようとしてはくれているのだが、女性の声があまりに大きくて助け舟の弁明がかき消されてしまう。駅員さんはまくし立てられて本当に困った顔になると、何処かに連絡しようと無線機を取り出して……

 

 「その人がこの男の人を突き飛ばして線路に落とそうとしたんです! 私見てました!」

 

 何処かに連絡しようとする、その直前。何処かで聞いたことのある声が、声を張り上げる女性に負けないくらいはっきりとその場に響いた。

 

 

 

 

 「さ、更識先輩……?」

 

 思わぬところで入ったその援護を出してくれたのは、思いもよらぬ意外な人だった。

 今日は夏休み中なのもあり私服だった。IS学園時はストで拝めなかった、ホットパンツから覗く健康的な生足が眩しい……いや、今はそれどこじゃない。

 ……兎に角彼女はその綺麗な髪を揺らしながら、戸惑う俺には視線を合わせずに、ただズイッと俺達の間に割り込んだ。

 

 「あ、アンタ何よ? 横から口出さないで貰える?!」

 

 「ふふーん、私にそんな口きいちゃいます? これ以上ない証拠だって押さえてるんですけど?」

 

 女性のほうも戸惑いを隠せない様子だったが、それでも新しく現れた邪魔者に食って掛かる。

 それに対して更識先輩は頬に指を当てながら、いかにも底意地の悪そうな笑みを浮かべ、手にした携帯を俺達全員に見えるように掲げた。

 

 ――――今まさに目の前にいる女性が男性の胸倉を突き飛ばしているところの、写真が写った画面を。

 

 「これは……! ちょっと、あんた……!」

 

 それを見た駅員さんは大きく目を見開いて女性を咎めようとするも、その時には既に女性は分が悪いと見てさっさと逃げ出してしまった後だった。逃げ足速ぇ。

 

 「……申し訳ありません。最近ちょっと、ああいった困ったお客様が多くて。私共の方でも、気をつけるようにはしてるんですが」

 

 「ホント、気をつけてくださいよー。私、折角のデートの日に彼氏が冤罪で補導なんてされたら、それこそあなた達を名誉毀損で訴えてますからね」

 

 「……すみません」

 

 駅員さんは女性が既にいないことに気がつくと心底申し訳なさそうに俺達に頭を下げ、更識先輩の冗談めかした抗議にもう一度小さくなって頭を下げると、その場を去っていった。

 

 「あの……君達。ありがとう……」

 

 俺達がそれを見送っていると、今度は先程絡まれていた男性が、立ち上がって俺達にお礼を言ってくる。

 俺はそれに返事を返そうとしたが、それよりも先にまたしても更識先輩が前に出て答えた。

 

 「いえいえ。私は彼氏がいき遅れの年増さんにかまけてるのに、ちょーと嫉妬しちゃって横取りしたくなっちゃっただけですので。どうかお気になさらず」

 

 「ちょ、先輩……!」

 

 そして答えながらいつの間にか俺の腕に自分の腕を絡ませ、男性への返答もそこそこに俺を引っ張って本当に楽しそうに歩き出した。

 

 「ほら、行こう一夏君! 今日はレゾナンスのお洒落なお店巡りだよ!」

 

 「いや、だからちょっと待ってくださいよ!」

 

 俺もその細腕からは信じられないほどの力につられ、一緒に歩く。俺の立場は駅のホームでタチの悪い女性と言い争いをしている男から一転、頼りになる可愛い彼女に連れられこれからデートに出かけるリア充の構図に。

 周囲の視線が、厄介なのに絡まれて可哀想にの憐憫のものから、一気に殺意に変化するのを感じたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 「……その。助けてくれたのは感謝しますけど……恋人演じてあの場から連れ出す意味はあったんですか……」

 

 「まぁまぁ、いいじゃない。最終的に臭いご飯食べることになるよりはいいでしょ?」

 

 「いくら女尊男卑つったって、あんな言い争いくらいでそこまでいったらたまげますけどね俺」

 

 結局駅の構内の、改札近くの人気のあまりないところにいくまで腕組をさせられ、周囲の殺気に当てられてヘトヘトになって漸く開放された俺は、思わず壁を背にして床に座り込み、更識先輩はそんな俺の様子を悪戯っぽい笑みを浮かべながら、相変わらず楽しそうに眺めていた。

 彼女のそんな様子を見て、少しイラッときた俺は先程助けて貰ったんだし敢えて言うまいと思っていたことを、思わず漏らしてしまう。

 

 「……にしても、あんな写真とってる時間あったんなら、最初っから更識先輩があの人助けてくれりゃよかったじゃないですか。ああいうのは女の人には強く出ませんよ、理屈が通らないと勝てないですし」

 

 「ああ、あれね……この写真のこと?」

 

 「そう、それです……って、あれ?」

 

 俺のその言葉を受けて、更識先輩はもう一度あの写真を見せてくる。俺はそれをもう一度落ち着いた状態で見て、漸く違和感に気がついた。

 ……よく見れば、どちらも似たような格好こそしているが違う人間だ。そもそも撮影場所自体、雰囲気こそそれっぽいがさっきまでいたホームじゃない。

 そのことがわかって思わず呆然とする俺を見て、更識先輩は可笑しそうにクスクス笑い、

 

 「人って結構単純な頭してるわよね。ここぞって状況じゃ、はっきり証明できるとか、証拠があるとか言われると、多少胡散臭いソースでも案外信じちゃうんだから」

 

 そんなことを言った……断言する、わかっちゃいたがこの人色んな意味で結構悪どい。

 

 「じゃあ……もしかして、最初から見てたわけじゃ、ない?」

 

 「まぁ、ちょっと様子見したのは流石に認めるよ。この画像探すのに大体十秒ってトコかな。私が一番最初に見たのは、あの年増さんが駅員さん呼んで何か大声であーだこーだ言ってたところ」

 

 「マジっすか……」

 

 と、なると、それはそれで些か汚いはったりを使ったにしても、この人はほぼ行き当たりばったりで俺の危機を救ってくれたことになる……なんとなく不満を言ったことで、却ってますます借りを作ったことを認識する結果になってしまい焦るが、そんな俺の様子に気がついたのか、更識先輩は、

 

 「別に個人的に君に貸しを作る為にやったこととかじゃないし、気にしないで。あれは、私がやりたくてやったの。きっと絡まれてるのが誰でも多分同じことやったと思うし」

 

 悪戯子悪魔モードの笑顔からいつものニッコリ顔に切り替えると、本当に軽い調子でそう言ってくれた。

 

 「ああいう外面とか言葉だけの中身薄っぺらい人って、無性に泣かせたくなるのよねー……男女問わず」

 

 ……何気にズキリとくる最後の一言が余計だけど。言いたいことはなんとなくわかるし、俺を指しての言葉ではないことはわかってはいるのだが。

 

 「はは……そう言ってくれんのはありがたいですけど、借りは借りですし。なんかあったら言ってください、出来る範囲のことなら何でもやりますんで」

 

 しかし更識先輩自身が気にしなくていいと言ってくれているとはいえ、窮地から救って貰っておいて、全面的に向こうの好意に甘えるというのも宜しいことではない。だからつい、そう返したのだが、

 

 「んー……まぁ君の気がそっちのほうが楽っていうんなら、そういうことにしてあげてもいいけど。私に安易に借りを作ると、後々後悔することになるかもよ?」

 

 「う……」

 

 千冬姉を彷彿とさせるSっぽい笑みで返され、早くも自らの発言を後悔しそうになる。だがまぁ、流石にそれ程近しい仲というわけでもなし、千冬姉程の無茶振りはないだろうと思い直し、男に二言はないと何とか返した。

 その返答は更識先輩にとっては予想外だったのか、少し目を丸くして俺を見て、

 

 「………………」

 

 しばし俺を見つめながら顎に手を当てて考え込む。距離としてはそれほど近い訳でもないが、それでもはっきりわかる充血一つない綺麗な瞳で見つめられ、俺の心臓が早鐘を打ち始めたところで、

 

 「うん……丁度、いっか」

 

 更識先輩は何か思いついたように、自分の手のひらをポン、と叩くと、

 

 「一夏君……今ちょっと時間、あるかな? もしあるなら、これからちょっと私に付き合って貰える? それで、今日の分の貸しは全部チャラってことにしてあげる」

 

 「……はい?」

 

 気のせいか少し申し訳なさを湛えたような微笑みを浮かべながら、そんな提案をした。

 

 

 

 

 正直なところ箒のことは気になったが、先程の借りを全部チャラにして貰えるという話が魅力的だったのと、何より。

 ――――この話を持ちかける際少しだけ更識先輩が見せた、この人にしては珍しい寂しげな表情が気になって、箒には後で電話すればいいかと思い直し、俺は先輩の提案を飲み、言われるまま帰りとは違う電車に二人で乗り込んだ。

 

 更識先輩は最初こそ本当にデートだね、なんて言いながら、初めて会った時みたいに俺をからかいつつおどけていたものの、乗り込んだ電車が最初に彼女が言った目的地に近づくにつれ露骨に元気がなくなり、最後には隣に座る俺に声をかけてくることもなく、物憂げに流れていく景色を眺めているだけになった。

 そんな彼女の様子を傍で見て、俺はこれから何処に連れて行かれるのか今更ながら不安になったが、その疑問は目的の駅に着き、直ぐ近くにある花屋に、更識先輩の提案で二人で入り、

 

 ――――菊……?

 

 先輩が選んだ花を見て、ある程度は察することが出来た。そうとなればと、俺もある程度先輩のチョイスを真似ていくつか選ぶと先輩に続いて会計を頼み、

 

 「その人のと一緒に纏めてください。俺持ちますんで」

 

 「一夏君?」

 

 店員さんに追加でそう頼むと、驚く更識先輩に文句を言った。

 

 「何処にいくか位、事前にお願いしますよ……俺にも挨拶くらいはさせてください。このまま何も持たずについてって、勘違いされて祟られるのとか、御免ですからね」

 

 「あはは……そうだね。ごめん、気を遣わせて。ちょっとおねーさんらしくもなくアンニュイみたい」

 

 それに対して先輩は少し照れたように笑い頭を掻きながら謝ると、

 

 「じゃあ、ついてきて。大丈夫、そんなにここから遠くないから」

 

 店から出ると、脱いでいた麦藁帽子を、その外にハネた癖っ毛を押さえつけるようにかぶり歩き出す。俺もそれ以上は何も言わずに、花を受け取るとそれに続くことにした。

 

 

 

 

 そうして十分も歩かない内に着いたのは、先程の花屋で俺が予想した通りの場所だった。

 日も暮れて赤い光が差し始めた墓地で、『更識』と書かれた墓石を二人で綺麗にした後、先程買った花を供え、線香を立てて拝む更識先輩の横で、俺もそれに習う。

 

 「あーあ……こんなことなら、もっと早く、来るべきだったのかな」

 

 そうしながら俺が心の中で、今日は一緒に来ましたが貴方達の子孫の彼女とはなんでもありません、と言い訳をしていると、ふと横で屈み込んでいる更識先輩が、そんなことを漏らした。さっきまでのもの憂げな態度といい、ちょっと気になったので尋ねてみる。

 

 「と、いうと……お盆に来れなかったとか、ですか?」

 

 「ううん、来れなかったんじゃなくて、来なかったの……きっと怖かったんだと、思う。お爺様達を目の前にして、平気でいられる自信がなかった。でも……実際来てみて、ちょっと拍子抜けしてる。だって、ここにお爺様達がいる訳じゃないもん。お爺様達『だったもの』が収められた小さな箱が埋まってるところに、立派な石で出来た表札が建ってるだけ……そんなこと、知ってた筈、なんだけどな」

 

 「………………」

 

 まるで自分自身を納得させてるような言い方だった。

 ……俺としてはそんなことを言い出したら、そもそも墓という概念自体無意味なものになってしまいそうだが、と思ったものの、態々ここで言うことでもないなと思い、引き続き手を合わせながら黙り込む。

 

 「ふふ、こんなこと言っても、君にはわかんないわよね。ごめんね、こんなことにつき合わせて。ただ、一人だったら『また』逃げちゃいそうだったの、今日も。いくらでも時間はあったのに、結局色んなところウロウロしててさ。かといって、私がそうしないように誰かについて来て貰うにも、知ってる人だと変に気を遣われちゃうし……」

 

 すると更識先輩は一人で喋った後、よいしょ、と掛け声をあげて立ち上がり、

 

 「今日、あそこで君に会えたのは正直私にとってもラッキーだったよ。ありがとう、お陰で一つ、やりたかったことが『果たせた』」

 

 そう礼を言うと、もうここに何の未練もないように振り返ると去っていこうとする。

 ……多分、聞くべきではないことなんだろうと思う。俺が何一つ理解できてなくても、彼女の中で納得できたなら、それでいいのではないか、と。

 しかし、やはりどうしても、更識先輩が家族の墓参りにここまで二の足を踏む理由がわからない俺は最後に、

 

 「……お爺さんとは、仲悪かったんですか?」

 

 そんな言葉を、去ろうとする更識先輩の背中に投げた。

 すると彼女は立ち止まり、しかし振り返らないまま、

 

 「ううん……厳しい人ではあったけど、それでも私にとっては大好きなお爺様だったよ。お爺様が先代『楯無』だったから、私も何の躊躇いもなく、その名前を継ごうって思えたの。でも……」

 

 地平線に消えていく、赤い光を背負って、風で飛びそうになる麦藁帽子を押さえながら、

 

 「――――そんなお爺様は……私のせいで死んじゃった。だから、恨まれてるかな、って思っちゃて、ね」

 

 とても静かな声で、そう答えた。

 

 「え……?」

 

 その思いも寄らぬ返答に思わず間抜け声を出してしまう俺を、更識先輩は振り返って一瞥し、この上ない笑顔で手を振って、今度こそ元気に走り去っていった。

 

 「どういう……ことだ?」

 

 更識先輩が、彼女のせいで亡くなったと言う、彼女のお爺さんが眠る場所の前で途方に暮れる、俺を残したまま。

 

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 良かった。きっと、もう、これでいい。

 余計な未練はいらない。どうせ、私は絶対にあそこには入れない。

 例えそれがなれの果てでも、もう一度『会えた』。その事実があれば、いい。

 

 仇は必ずとると約束してきた。その約束を、守れればいい。

 

 ――――決定的な情報を掴んだ。後は待っていればいい。前の機会こそ関われないまま逃したが、今度は絶対に捕まえる。

 ……そう、何をしても。この『私』が、壊れるまでに。

 

 






 更識姉妹編……といえるかはちょっと怪しいですが、ここから少しずつ二人の話が展開していく予定です。雰囲気は今までもそこはかとなく出してた(と思う)のですが、本作におけるこの二人の関係は設定変更につき原作以上にどんよりしてます。例によって、仲良し姉妹を期待されてる方には結構キツい展開になるかもです。
 冒頭で少しだけ登場してる方はオリキャラなんですが、原作者様が言われたという、ある設定を反映させたキャラだったりします。バチカンという単語でピンときた方は多分当たりです。

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