IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十三話~とあるバイク屋さんでの一幕~

~~~~~~side「???」

 

 

 『……だからお前からも何か言ってやれよヤクモ、あの先のことなんも考えてねーあの馬鹿に。『好きな仕事が出来るならお金は大した問題じゃないじゃない』なんて、今更学生でも言わねぇようなこと当たり前のように言ってやがんだぜ?!』

 

 「だからアイツがそれで納得してんならいーだろうがよ……しかし、あれだけデカい問題起こしといてよくそれで済んだもんだな。パイロットはともかく、ISの方はコアの凍結くらいはあるもんだと思ってたが」

 

 『好きでやった訳じゃねぇし、そもそもあたし等が起こした訳じゃねぇ、人聞きのワリィ言い方すんな……なんでも開発部のお偉いさんから鶴の一声があったんだと。事件自体もIS学園のガキ共様々で公にはならなかったし、まぁ確かにその辺は割りとツイてはいたな……現場に急行中に敵の正体不明機に殺られた日本の兵士の奴等には、演習中の事故ってことで片付けられちまって気の毒なことになったが。慰めにもなんねーかもしれんが、せめて近々あいつと一緒に花の一つでも供えにいきたいから、ワリーが調べといてもらえねーか』

 

 「チッ……しゃーねー、そういうことなら頼まれてやるが。お偉いさんってのは?」

 

 『ああ、悪いな……聞いた話だが『アニムス』開発の第一人者だそうだ。そいつがいねーと、ウチの第三世代型IS開発は完全に滞っちまうってくらいの奴らしいんだが、今回幸いにも福音に新しく積まれてた専用兵装がそいつの作品だったみてーでな。お陰で首の皮ひとつで繋がったってトコだよ』

 

 「成程、な……」

 

 『けどまぁ、どの道当分は『地図に無い基地(イレイズド)』での試験運用を強いられて、現役に戻れる見込みは今んとことんとねぇ。最新の第三世代機なのにだぞ? 結局体だけ整えた封印みてぇなもんだよ、そいつにナタルまで巻き込んでいきやがった……今となっちゃ、『福音』を扱えるのは本当にアイツだけになっちまったからな』

 

 「だけどそれ以前にアイツは自分で決めたんだろう?」

 

 『だからこそ余計にタチワリーっつってんじゃねーか! 給料半分以下になんだぞ!! そうじゃなくてもエリート組じゃねぇあたし等軍上がりは安月給なのに、それでどうやって生活してくんだよ?!』

 

 「どうせ無計画なあいつのことだからいざ給料日になったら泣きついてくんだろさ。助けてやれば、親友なんだろ?」

 

 『テメェ他人事だと思って適当なこと言いやがって……!』

 

 「他人事なんだよ、俺はもう『そっち』の部署じゃない。だからあんま掛けてくんじゃねーよ、愚痴なら他をあたれ」

 

 『チッ、冷てーモンだ。碌に英語の一つも話せねー頃面倒見てやったのは誰だと思ってやがる』

 

 「世話になったのは事実だから、そうやって恩着せがましくしなきゃ感謝してやってもいいんだけどな……時間だ、国際は高い。どうせ一ヶ月先にはナターシャにタカられるんだ、貯金出来るところでしとけ。じゃあなイーリス」

 

 『おい?! まだ話は――――!』

 

 ピッ。

 

 正直面倒くさいのもあるが、本当にヤバイのでさっさと携帯を切り、ついでに電源まで落としておく。こちらの事情を話せない以上仕方のないところはあるが、それにしてもアイツはもう少しこっちに配慮ってヤツをして欲しい……そうじゃなくても、これから色々動かなくちゃいけないって時なのに。

 

 「電話は終わったか~? 誰からさね?」

 

 「元同僚……部署変わったしこっちは正体バレたらヤベー仕事だから関わってくんなつっても聞きゃあしねぇ。正直困ってる」

 

 「ほー……声は聞こえてたよ、女か。かつては机をこすると出てくる机の精ジミーくんと呼ばれていた里見氏も、今や女を泣かせるようになったってことかい。元同級生としては中々に感慨深いね」

 

 「そんなんじゃねぇよ。アイツ等にすりゃあ、精々文句の一つも言わずに話を聞いて適当に相槌を返してくれる相手ってくらいじゃ……って篝火テメー! 勝手にこっち入ってくんなっていつも言ってんだろうが! ……それに店開いてるときならまだしもこんな時間にきやがって」

 

 しかも電話に気を取られているうちに面倒臭い女(幼馴染)が不法侵入してきた。そいつは気がつけば既に台所の冷蔵庫を我が物顔で開け、中を物色している。

 昔から変わらない、気の強そうな切れ目が特徴的な女。気を使えばそれなりに見れる容姿であるのだが、如何せん仕事柄か全く飾りっ毛のないってのを通り越して体裁ってものに全く関心のない奴で、今も薄汚れたツナギを下着もつけずに適当に纏ってるだけという華やかさの欠片も無いくせに目には非常に悪いという女としてとても残念な姿を惜しげもなく晒している。これで今まで外出歩いてここまで来たのかと思うと本当に頭が痛い。

 

 「チッ……安麦酒(ビール)しかない。里見ぃーもっとキツいヤツないわけ? 残業明けの頭にガツンとくるような」

 

 「テメエのために買ってるわけじゃねぇんだよ、つーかいい加減にしやがれ。出ること出るぞ」

 

 「ちぇー。じゃあしゃーない、これでいいやプハー」

 

 「この野郎……!」

 

 そいつが挙句の果てには人のなけなしの生を勝手に空けて飲み始めた辺りで、とうとう俺の癇癪玉が破裂した。目の前のクソ女に詰め寄って、今日こそは一発殴ってやると立ち上がる。が、

 

 「いいじゃんかこれくらい。情報料ってことで」

 

 ……どうやら今日は単に酒をタカりにきたわけでもないらしい。下手に手を出してここで掌をひっくり返されるのもそれはそれで癪だ、よって俺は結局歯軋りしながら自分を抑え、煙草を咥えながら定位置に戻ることになる。

 

 「……で? なんだよ、こんな夜更けに人ん家に直接乗り込んできてまで話さなくならねーといけねーくらいのことなんだろうな?」

 

 「別にそういう訳じゃないが、ちょっとこっちにも思うところがあってね……あ、それもくれ。お前の寿命を延ばすのに特別に貢献してやろう」

 

 「タカり文句としては斬新だな。一本五分だったか……火は?」

 

 「あるから大丈夫……そこの裏通りで配ってたゲイバーのマッチがな」

 

 「……お前何しれっと貰ってんの?」

 

 「貰えるものは貰う。物に罪はないだろ。使えればいい」

 

 さも当然とでも言いたげにそう言い放ちながら、安物の煙草に火をつけ本当に美味そうに吸う篝火……これがかつて、同じ学校で平均点の模試の点数を爆上げさせて俺達を苦しめた秀才少女の一人だと思うと、煙草の煙が目に染みた訳でもないのに涙が出てくる。

 ……と、今はそうじゃなくて。

 

 「……篝火」

 

 「あーはいはいわかってる。ったく、もう少しくらい一服させろっての……ダン次郎の妹君の件、聞いてるかい?」

 

 「チッ、んだよそのことか……知ってるよ、俺の方で動こうと思ったら勝手に片付いた。まぁどの道事後処理がいるからこれから出ねーといけないのは変わらんが」

 

 「ははっ、流石カンパニー、情報が早いようで何より。アンタも苦労するね」

 

 「わかってんならさっさと帰れ。俺はこう見えても忙しい」

 

 他者に対して閉鎖的なスペシャリストとしての仕事をしてる割りには、どういうわけか色々なところにパイプのあるこいつの『情報』に期待して一度話を聞く気にはなったが、そのことであればこれ以上は時間の無駄だと判断し、俺は篝火に背を向け仕事の準備の続きをしようとしたが、篝火は台所の床にだらしなく座り込んだままそれを止める。

 

 「まぁ待てって……じゃあさ、ぶっちゃけアンタはこの件、『誰が』裏で糸を引いていると思う?」

 

 ……それも、現状あまり考えたくない話題を使って。

 

 「……さぁな。心当たりは大分ある。今からそいつを絞り込まなきゃならないわけだが」

 

 「やっぱワン坊絡み?」

 

 「だろうな。本人を直接狙うのは、一年前のことを考えればリスクが高すぎる。交渉材料としては、微妙なところかつ手頃な『落とし所』だ……例の福音騒動のお陰で、アイツの価値は今まで以上に跳ね上がっちまった。これ以上何か新しい芽が出てきて相場が上がんないうちに、多少ダーティな手を使っても確保したいと考えてる連中は間違いなく増えてる」

 

 「……胸糞悪い話。今回の件じゃ、そっちより明らかに本来目を向けるべきは得体の知れない手を惜しみなく幾つも使った『亡国機業』の連中だろうに。まさか、アンタんトコの家元じゃないだろうね?」

 

 「それこそまさか、だな。第一それならまず俺のところに話がくる、一番『そいつ』がやりやすい位置には潜り込んでるからな……まぁ所詮雇われの身だ、上から信用されてない可能性もなくはないが。『亡国』の連中は仕方ねぇよ、『今のところ』は、表向きはあいつ等はまだ忠実な家畜の貌を続けてるからな。寧ろ今回の件で、思ってた以上に使える駒かもしれねぇなんて考える馬鹿は正直俺んところにも多い」

 

 「まーんなこったろーと思ったけど。そいつがマジなら連中のトップは今の各国首脳なんかよりよっぽど優秀なのがいそうだね……しかしお前もサラッと言うね。じゃあアンタ、今回の件の実行犯になれって、もしお上に言われてたらやったのかい?」

 

 「……それが仕事だからな」

 

 「成程成程」

 

 俺の返事を聞いて、どこか見透かしたような、人をイライラさせるニヤニヤ笑いを浮かべて篝火は俺を見つめてくる。

 ……畜生、そうだよ。んな真似がもう出来ないくらいには、俺は今の生活に慣れちまってるし、何より。

 

 ――――そんな『あいつ』を裏切るようなことをやらされるぐらいなら、まだ『雇い主』を敵に回した方がマシだ。

 

 「……ま、そいつを聞いて少しは安心したよ。ならメリケン共に関してはアンタが手綱を握ってる限りは問題なさそうだ……と、なると、やっぱクサいのは欧州の連中かねぇ?」

 

 「どうしてそう思う?」

 

 「現状一番焦ってるのが連中だからさ。折角第三世代機なんてモン苦労して作って取ったアドバンテージも、ここ最近の米中の追い上げで早くもなくなりつつあるし、露に至っては第三世代兵装が『どういったもの』かすら未だに満足に解析一つ出来ない有様だしねぇ……んで、危機感覚えてイグニッション・プランなんてもん立ち上げてみたはいいけど、結局EU内でも足の引っ張り合いで大した成果が出せないときた。そんな状況じゃ、新しい糸口の一つでもあるなら飛びつきたくもなるだろ? それも現状じゃ世界に二つとない、千冬と全く同じISを一撃で仕留められる『単一仕様能力』持ちな上に、ISの生みの親の作品なんていわくのあるモンなら尚更」

 

 「だが今回の件、寧ろその欧州の奴等が事態の収拾に協力したって情報がきてるんだけどな」

 

 「そりゃあ欧州だって一枚岩じゃない。強行路線を主張するのもいれば、恩を売って今後の取引を有利に動かそうとするのもいるだろ……そういう意味じゃ、今回は独逸の一人勝ちになるだろうね。まぁ、あそこが動いたのは千冬の手回しもあったんだろうけど」

 

 「神城が……?」

 

 「……アンタ、いい加減それ気をつけたほうがいいよ。アイツの旧姓は本人の前じゃ最大の禁句だ。おまけにアンタがご執心の『アイツ』も怒らせる羽目になるよ、姓が変わる前の千冬の来歴抹消するために色々手を回したのは他でもないアイツだからねぇ……お陰で今となっちゃ、千冬の旧姓知ってる奴なんてそもそもアタシとアンタくらいしかいないわけだけど」

 

 「そう、だったな……」

 

 参った、あいつとは特に仲が良かった訳でもないんだが、だからこそ昔の呼び名が簡単には抜けてくれない。それが不味いことは、俺自身も良くわかっているのだが。

 だが篝火は自分の指摘で俺が浮かべた苦い顔を違う意味で捉えたらしく、

 

 「いや、気持ちはわからないでもないんだけどね、ああも見事に周りを洗脳されたら。けど後手に回った時点でアタシ等の負けだよ、くだらない見栄のために勝てない喧嘩を売んのも馬鹿らしいだろ?」

 

 そんな見当違いの言葉を口にした。だから、そのまま苦笑しながら俺はそれを否定する。

 

 「そんなんじゃねぇよ。俺達だけ蚊帳の外だったのはアイツなりの俺達への配慮だろうし、今となっちゃ気にしちゃいない」

 

 「お人好しだねぇ。アタシにとっちゃありゃあ完全に嫌がらせでしかなかったね、なんせ呼び間違える度にあの千冬が殺気立つんだぞ。アタシゃあの日だけで寿命が一日分は縮んだよ」

 

 「確かに。あの日は酷かった、お前が織斑に話しかけるたびにクラスの半分くらい泡吹いて次々失神して減ってったからな。最後にはもう授業になりゃしなかった、お前マジでわざとやってんじゃねーかと思ったぞ」

 

 「んなワケあるかい、あん時のアタシはもっとピュアな人間だったよ……しかし、そのアイツが今となっちゃ教師だ。ホント、人生何が起きるかわからんモンさね」

 

 「そいつに関しちゃ、俺等も人のことは言えねーだろうが……じゃない、篝火、昔話がしてーならまた今度にしてくれ。それよりも、織斑が手を回したってのはどういうことだ?」

 

 が、そうしたらそのまま話が脱線しだしたので慌てて軌道を修正した。こいつはさっき少し気になることを言った、それをまずは確認しなければならない。

 当の篝火は不満そうだったが、追加で煙草を一本渡すと一応それに応じてはきた。

 

 「千冬が一年前のことで一時期独逸でIS運用の指導員やってたことは知ってんだろう? アイツ自身はこないだの福音の件の火消しやら、国内のキナ臭い奴等の押さえ込みやらで今手が回らないってんで、そん時のツテでワン坊の護衛を頼んだらしいんだな……その、指導員の時に直接指導した部隊に」

 

 「おい、そいつって、まさか……」

 

 「ああ、『黒兎部隊』……メタメタの手負いの状態で尚、日本の対暗部の切り札を叩き潰してみせたあの『バケモノ』共が全盛期の時でさえ、独逸に近づけなかった最大の原因だって言われてる正真正銘の怪物部隊だ。尤も千冬が監督してたのはそいつらの名前だけ継いだ連中で、当時のメンバーはもう一人も残ってないらしいが……それでも実力は未だ健在っぽいな、今回も色々想定外の件が重なってアタシでも探し出せなかった妹君の居場所を、真っ先に嗅ぎ付けて救出したのは連中だって話だし」

 

 「……それは、確かか?」

 

 「ああ、今回は確かなトコからの情報だよ……まぁ、そんな連中が今日から配備されてワン坊達の護衛に当たってくれるってんだ、結構なことじゃないか。いや、アタシもよくこんなこと石頭の日本のお偉いさんがOKしたなとは思うけどさ。どうせ今回もIS学園のあの古狸ジーサンが裏で根回ししたんじゃないか?」

 

 「テメエ……」

 

 なんでそれを先に言わない、と思わず叫びかけるが、篝火の嫌らしいニヤニヤ笑いを見て思い直す。どうせ確信犯だ、そんな反応を返せばそれこそこいつの思う壺だ。

 だから俺は代わりに何も言わずに咥えていた煙草を灰皿に押し付け、部屋のソファで篝火に背を向け不貞寝を決め込むことにした。

 

 「おや、忙しいんじゃなかったのかい里見クン?」

 

 「わかってて言ってんだろお前……ドイツの特務部隊が日本でんな活動する許可が下りてる時点でもう俺の出る幕じゃないんだよ、当の事後処理だって、お前の言ってることが本当ならとっくの昔にそいつらが片付けてるところだろうよ。今更他所の国の草の俺がホイホイ出て行って下手に首突っ込もうとでもしようもんなら、それこそ突っ込んだ首から下がなくなっちまいかねない。今は様子見するしかねぇ」

 

 「それはそれは。アタシの情報が役に立ったみたいでなによりだね。命拾いしたじゃないか」

 

 「チッ……」

 

 一応それは事実は事実なので強く出れない。あの一匹狼だった織斑の『ツテ』ってのに考えが及ばなかったのは確かに俺の失態だ。

 だがだからといってこいつに素直に頭を下げる気にもなれず、引き続き寝たふりをしていると、

 

 「そう拗ねんな……これでも心配してアンタがこの件で動く前に間に合わせてやったんだ、多少の茶目っ気くらい目をつぶんなよ。それに言ったろ? 今日こうして来たのは、アタシなりに思うところがあったからってさ」

 

 苦笑交じりの、そんな篝火の言葉が聞こえてくる。

 その声で流石にこの対応はガキっぽすぎるかと思った俺は、体を起こして漸く台所から立ち上がった篝火に向き直った。

 

 「……んだよ、その思うところってのは」

 

 「ああ、大したことじゃないんだけどね。アタシもこれからなんだかんだで忙しくなる、当分ここにこうして顔出すのも難しくなりそうなんで、そうなる前に一回アンタのマヌケ面を見ておきたくてね」

 

 「そうかい、そいつは助かるぜ。こちとら誰かさんのせいで毎度毎度冷蔵庫の中から買った筈の酒類がなくなる生活はいい加減嫌気がさしてたからな……で、忙しくなるってのは、例の『第三世代機』のことか?」

 

 「ご名答。金出してやってんだからいい加減結果出せって、国の禿げたオッサン達に尻叩かれてんのよねー。だったら最初からあのワケわかんない束のISの調整なんてさせんなっての、それも一番『おいしいトコ』だけはアタシに黙って進めてたくせに、イザ手に負えなくなった途端にこっちに丸投げときたもんさ……ま、『識武』の方は『あの子』が臨海学校返上して頑張ってるのもあって形になってきてはいるし、束の『アレ』はアレで面白そうだし、別にいいんだけど」

 

 「毎日が楽しそうで結構なことだな。なんだったら酒を減らして研究に打ち込む時間を増やせばお偉いさんも喜ぶし、お前ももっと楽しいで一石二鳥じゃないのか」

 

 「冗談。ま、仕事が楽しいのは否定しないけど、ストレスないワケじゃないし。コレ取り上げられたらアタシは確実にテロを起こすね。具体的には手始めにアタシが仕事の合間に独自開発した瞬間脱毛剤、命名『KAMIは死んだ』を国会議事堂に霧状にして散布して、あの往生際の悪い生え際の連中に軒並み止めを刺す」

 

 「少し見てみたい気もするがやめろ。俺が悪かった」

 

 普通に歴史的な大事件になってしまう。というかお前は仕事の合間に何をやってる、第一人者の一人であるのお前がそんなだから、この国はIS発祥の地でありながら新型の開発が遅れているのではないのか。

 そんな俺の心の声が顔に出たのか、ここに来て初めて篝火は少しだけバツの悪そうな顔で俺から目を背けると、

 

 「手は抜いちゃいないよ。ただ、その状態を維持するためには一定の心の潤いってヤツが必要って話さね。こちとらそうじゃなくても最近はアンタがアイツ等こっちに回してくんないから遊び道具が足りないってのに」

 

 そんな言い訳をしながら、手にした空になったビール缶をゴミ箱に放り込む。が、狙いは若干逸れ、缶はゴミ箱のふちにあたって弾き返され床を転がる。

 しかし特に篝火はそれを気にした様子もなく、もう用もないのか部屋の出口に向かって歩き出した。

 全く、散らかすだけ散らかして知らん顔かよ。と、心の中で悪態を吐きながら、俺はそいつを拾って今度こそきちんとゴミ箱に収めるべく立ち上がり、その背中に返事を返す。

 

 「知らねーよ、んなそっちの事情は。大体一夏についちゃ完全にこっちにとっても予想外のことだったし、弾にしたってアイツが抜けた分の穴埋めの為にもそうそう手放せないのはわかるよな? こっちは本業じゃねーにしても、いい加減な仕事をするわけにゃあいかねぇんだよ」

 

 「はいはい、わかってますよ。だからそれに関しちゃ今の今まで文句の一つも言わないでやっただろ……それに一応新しいのは確保出来てるし、おまけにあそこにはワン坊も弟子もいるからこれからはなんとかなりそうだ。いやぁ……今まで我慢した甲斐はあった」

 

 「……? 何を言って……お前、忙しくなるって、まさか」

 

 「ああ、そういやまだ言ってなかったか」

 

 篝火の話に嫌な予感を俺が感じ取ったのとほぼ同時。篝火は部屋の敷居の前で不意に立ち止まり、何処か思わせぶりな表情でこちらに振り返る。

 

 「アタシはこれから、日本の標準第三世代兵装『識武』のテストユニットを搭載してる『打鉄弐式』の最終調整に入る訳だが……それとは別に、今んとこ何処の手にも負えてない爆弾『白式』と『紅椿』の、今後の有事に備えての調整を頼まれていてね。どちらにせよ、機体もパイロットもIS学園。まぁ前者は前からにしても、後者は今まで誰も手を出せなかった連中が向こうからホイホイアタシの巣に来てくれることになる……ほら、こいつはなんとも――――」

 

 「……!」

 

 と、ことそこに至って俺は屈んだ姿勢のまま思わず固まった。

 篝火に対応しながら拾おうとした、ビールの空き缶が、篝火が振り返った時そちらに気を取られた一瞬の内に消え失せていたのだ。そして振り返ってゴミ箱の中を見れば、いつの間にか先ほど弾かれて転がっていき、俺が今拾おうとした空き缶と寸分違わないものが、きっちりと収まっていた。

 この狐につままれたような事態に戸惑う俺を、篝火は本当に楽しそう眺めながら言葉を続け、

 

 「――――面白そうな話だろう?」

 

 一瞬だけ灰色のノイズが電流のように走った左手をツナギのポケットに突っ込むと、そう言い残して部屋から出て行った。

 

 「識武、か……」

 

 突然の来客に散々振り回された挙句に再び一人になった俺は、思わずその傍迷惑な奴が口にしていた言葉を呟いた。

 ……確かに、手を抜いてないってのは嘘じゃなさそうだ。これはウチも本当にうかうかしていられない。そうじゃなくても、フランスで今までに無い新しい構想の第三世代機が出てきたって話が入ってきてるのに。

 

 ――――今度はこの日本から、とんでもないのが出てきそうだぞ。

 

 

 

 

 「……やっさん、いるか?」

 

 「? ……弾か。どうした、こんな夜分遅くに」

 

 篝火が出て行って、そう数分も経たないうちに入れ違いのように訪ねてきたのは、先程話題にもなった奴の内の一人だった。

 妙に暗い顔で店の敷居を跨いだそいつは、俺の前に来るなり、

 

 「悪い。今日もちょっと、ここ泊まっていっていいか?」

 

 と、そう珍しくもない相談を持ちかけてくる。

 

 「そいつは別に構わないが……お前今は一夏んトコで世話になってるんじゃなかったのか? そういや今はアイツ家に戻ってるんだったか、さては……またくだらねぇことでやりあったな? ったく、相変わらず仲いいのか悪いのか良くわかんねぇ奴等だな」

 

 「うっせぇ……違ぇよ、ちっとクソジジイ絡みでやらかしただけだ。ただあいつもその件に関して無関係って訳でもないから、今あそこ戻っていらねぇ気を遣われんのが嫌なんだよ」

 

 「……成程ね。そっちもついでに都合よく解決、ってわけにはいかなかったワケだ」

 

 「? 何一人でブツブツ言ってんだ?」

 

 「なんでもない、こっちの話だ……ソファでいいな? 毛布は出しといてやるからさっさと休め」

 

 「いらねぇよ、こんなクソ暑い中んなモン使うか。ま、寝る場所貸してくれんのは感謝する。サンキューな」

 

 それをいつものノリでOKしてやったのは良かったものの、その後の会話でつい油断してボロが出かけたが、弾は特に気にした様子もなくソファに横になり、

 

 「にしても……酒臭ぇぞこの部屋。飲んでたのかやっさん」

 

 腰を落ち着けて漸く部屋に立ち込める匂いに気がついて、顔を顰めた。

 ……クソが。さっきの篝火の時といい、今日はなんか気が抜けすぎだ。だから頭をスッキリさせるべく、二本目を咥えて火をつけながら、弾のクレームに返事を返す。

 

 「俺じゃねぇよ、さっきまで篝火が来てて、例によって人の酒を飲み漁って逃げていきやがったんだ」

 

 「ああ……所長か。つーか確か前に本当に所長になったんだろあの人、そんでまだんな調子なんかよ……で、あの人がここに来たってことはまた妙な仕事持ってきたんか?」

 

 「いや、今日はそういうんじゃない。仕事が忙しくなるからしばらくはこっちに顔は出さんと態々言いに来ただけさ。ホント、変なところで律儀な女だよ。ああ、後……」

 

 言いかけて、どこまで言ったものか迷う。俺はこいつにとってはあくまでバイト先の雇い主、あまり情報を持っていることを知られて勘ぐられるのは不味いが、かといって篝火の暴虐を被ることがほぼ確定している知り合いを、このまま見て見ぬ振りして見殺しにするというのも忍びない。弾の口から警告くらいはさせておくべきだろう。

 と、数秒悩んだ末。俺は最終的に無難な言葉を選ぶことにした。

 

 「―――― 一夏が、色々苦労することになりそうだと」

 

 「……ああ。でもまぁ、結局それっていつものことだよな」

 

 「…………」

 

 ……が、どうやら本当に無難すぎたらしい。お陰で弾から注意を促してもらう俺の目論見は敢無く失敗に終わった。仕方ない、生きろ、一夏。

 

 

 

 

 ――――と、まぁ、色々と二転三転はあったものの。

 この俺里見八雲は、なんだかんだで結局本来の仕事に戻ることなく。

 今日も街角の、寂れた個人経営中古バイクショップの店長という肩書きのまま、今日という一日を終えた。

 

 




 大幅キャラ改変された篝火さん回……いや、ホントきたない篝火さんで大変申し訳ないことになっております。ただ本作では人間的にダメになった代償にいくぶんか優秀な方になってます。一応キャラ的なコンセプトとしては『説明役兼アネゴ』って感じの人をイメージしてます。
 あと今回のぱっとでオリキャラである里見さんは個人的には結構気にいってるキャラだったり。だから今回は彼視点の話なので容姿には一切触れてませんが、一応身長180センチ越えのパッと見チャラ男系眼鏡男子っていう今後役に立つのかよくわからない設定まであります。弾の例に漏れず結構報われない恋をしてる方です。今後もごくたまーに出番はあるかもしれません。

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