IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十一話~戦のち黒兎~

 

 「怖い思いをさせて済まなかった……!」

 

 「申し訳ない……!」

 

 蘭の監禁場所と思しき場所に漸く到着したと思ったら、何故かセシリアがいてなんかメイドさんに応接間に案内された挙句部屋に入ったらラウラと知らない外人のお姉さんが蘭に向かって土下座してた。

 な……何を言ってるかわからねーと思うが、俺もどういう状況かわからなかった。蘭も実際俺と同じようなポカンとした表情で全力土下座を続ける二人を見ている。

 

 「む……ゆ、許しが得られません隊長! 私はどうすれば……!」

 

 「……仕方がない。ここはこの国の最上級の『ワビ』であるという、『ハラキリ』を実行するしかあるまい。クラリッサ!」

 

 「……はッ!!」

 

 「『カイシャク』は任せてください。いやーこれ一回やってみたかったんですよねー」

 

 「ありがたい……!」

 

 が、呆然としている間もなくマッハで話がヤバい方向に向かい始める。ラウラがクラリッサと呼んだ女性はおもむろに刃渡り10センチはあろうかというナイフを取り出してそれを自分に向け、先程のメイドさんは何処からか物騒な広刃剣を抜き出し……なんなんだこの外人共は。

 

 「や……やめてください! よくわかんないですけど許します、許しますから!!」

 

 「……チェルシー、事が進みません。話をややこしくしないでくださいまし」

 

 が、俺が慌てて動くまでもなく蘭とセシリアが場を収めてくれてなんとか事なきを得た……良かった、この流れからガチでスプラッタオチとかになってたら軽く発狂できた自信がある。

 

 「……悪い、ちょっと今どういうことになってるのか、説明して貰っていいか? 俺はそこの蘭って奴が誘拐されたってそいつの母親から聞いて、そいつを探してる内に色々あってここに辿り着いた訳なんだけど……」

 

 だが、まだ安心できるような状況じゃない。よってここからまた変な流れになる前にさっさと話を切り出してしまった方がいいと判断した俺は、胸を撫で下ろすラウラ達や、残念そうに広刃剣を片付け始めるメイドさんを余所に早速皆から話を聞いてみることにした。

 その判断は間違ってはいなかったようだ。彼女達は俺の言葉にそれぞれお互いの顔を見合わせた後、

 

 「……ではまず、わたくしが知っていることから説明を。宜しいですわね?」

 

 セシリアから順を追って話をしてくれて、結果的になんとか俺はことここに至るまでの経緯を知ることが出来たのだから。

 

 

 

 

 「……成程。セシリアんとこのメイドさんが最初に蘭を助けてくれて、追って蘭を探しにきてくれたそのラウラの部下って人と、お互い素性もわからない状態でかちあっちまってここでやりあったと、要するにそういうことだな?」

 

 「そういうことになりますわね」

 

 「凡そそんなところだ」

 

 「ええと……と、なると、鈴の言ってた協力者って言うのは……」

 

 「お前は凰鈴音と既知の者か? ……それは恐らく私のことだろう。彼女にここのことを教えたのは私だ」

 

 「なんかすいません。結果的に知り合いのことで怪我までさせちゃったみたいで」

 

 「構わない。私が余計な世話を焼いた上で、自らの不手際によって負傷しただけのことだ。そちらに落ち度はない」

 

 うわ、なんかカッコいいなこの人。っていうか、明らかに俺より年上なのにラウラの『部下』なのか。ドイツ軍のキャリアってどんなふうになってんだろう。

 ……じゃなくて。まぁ、幸い冷静になれば頭のいい人ばかりだったので、俺みたいな馬鹿でも話はすぐにわかった。要するに一番最初の問題はとっくの昔に片付いていたのに、こちらが思っていた以上の人間が関わったことで却って事態をややこしくしてしまったということらしい。なんというか、世間は狭いというにも限度がある。

 

 「ですけど、さっきも言った通りこちらが彼女をお預かりしちゃったのはホント偶然の産物でして……ぶっちゃけ、実行犯はまだ野放しなんですよね。ホッっとするのはまだちょっと早いんじゃありません? 私、全員顔覚えてるんで何なら捕まえてきてあげますよ」

 

 「……確かに。いや、そちらは今度こそ私に任せて貰おう……何、心配はいらん。何処へ逃げようとも地獄の果てまで追いかけてみせよう。いいですか、隊長」

 

 「許可する。必要であれば本国からあと二、三人呼んでも構わん、必ず見つけ出して生まれてきたことを後悔させてやれ」

 

 「はッ!!」

 

 ……だから何ゆえ何かと話が物騒な方向にかっ飛んでいくんだこの人たちは。ラウラ頼むから止めてくれよ。

 

 「えー、そっちは俺等のほうでシメたんで問題ないです。どうかお気遣いなく」

 

 「そうか……」

 

 いや、そんながっかりされると却って罪悪感が沸くんだけど。しかし多分譲ってはいけない。ここで回答を間違えると貴重な人命が失われる予感がする。

 

 「じゃあ、彼女については今後の憂いもナシ、ってことで……後は、私達の『落とし前』の話ってことでいいんですかね?」

 

 「ああ……そうだな」

 

 と、何と変な流れを修正できたと思った矢先に、またセシリアがチェルシーと呼んでいるメイドさんが前にズイっと出てきてドイツ軍二人と話始める。ラウラは対応しようとするも、セシリアは彼女が話の主導権を握ろうとするのが面白くないらしく彼女を呼び止めようとするが、

 

 「じゃあ、お嬢様を一度休ませてきても宜しいでしょうか。本件に私達が関わったことに関する落ち度は全面的に私にあって、彼女は巻き込まれただけなんです。こと責任の所在追求という話であれば、お嬢様は関係ないはずです」

 

 「なっ……!」

 

 彼女はそれに先手を打って、セシリアを話から締め出しに掛かった。

 

 「チェルシー! わたくしは認めませんわよ!!」

 

 俺も一瞬彼女のこの対応を怪訝には思ったが、ここにきて流石に俺も違和感に気がつく。納得できないといった様子でチェルシーさんに噛み付くセシリアの声に、IS学園にいた頃程の張りがない。先程は暗い中でわからなかったが、注視してみれば顔色も良くない……明らかに、体調を崩してる。

 これは、確かに一回無理矢理でも休ませるべきかもしれない。そう思った俺は出来るだけさり気なくチェルシーさんの援護に回ろうかと考えたが、

 

 「あっ……そうですよ! こんなところにいちゃダメです! すごい熱なんですから早く横にならないと……あ、すいませんタオルか何かあります? 出来ればあっついお湯で一回濡らしたのがいいんですけど……」

 

 思わぬところからそれが入った。蘭が急に何かを思い出したように弾けるように立ち上がると、すごい剣幕でセシリアに詰め寄っていったのだ。

 

 「後でお持ちします。兎に角今はしょっぴいちゃってください。ベッドは隣の部屋にありますんで」

 

 「ありがとうございます! お願いします!」

 

 「ちょ、まっ……まだ話はついて……! こら、離しなさい! チェルシーッ!!」

 

 セシリアは必死に抵抗したが、やっぱり本調子じゃないのかおかんモードが本格的に発動した蘭のパワーに対抗することが出来ず、程なくしてお姫様だっこで連れて行かれた。チェルシーさんはそれを満面の笑顔で手を振って送り出した後、蘭が出て行って開いたままになった部屋のドアを何事もなかったかのように閉めて戻ってきた。

 

 「ホントいい娘ですねー、あの子。今日初めて会ったお嬢様のことを、体調がお優れにならないってだけでああまで気にかけてくれるんですもの」

 

 「なにかとお姉さんぶって人の面倒見たがるところあるんですよあいつ。多分末っ子でずっと家族から子供扱いされてきたことに対する反動だと思うんですけどね」

 

 「あらあら、おませさんなんですね。お兄さん?」

 

 「友達の妹ですよ。あいつの兄貴はさっき逃亡したチンピラっぽいほうです」

 

 「ああ……さっきの」

 

 言ってからわからないかなと思ったが、チェルシーさんは少し頬に指を当てて考え込むと思い出したように手を叩いた。この人がお屋敷から出てきた時はあいつはもう結構遠ざかっていたような気がしていたが、あの暗い中でも見えていたらしい。かなり目がいいようだ。

 ちなみに弾はさっき言った通り、ここに集まってるのが軒並み俺の知り合いだとわかると、クラリッサさん殴ってバツが悪いやら女の人だらけで居心地が悪いやらで、クラリッサさんに二、三言謝ってさっさと逃げ出してしまった。おかげで今俺が一人でこの居心地の悪さを噛み締める羽目になっている。まぁ既に制裁の一手は打ってあるのでそちらについては急がない。

 

 「一夏……そろそろ」

 

 「あ、悪い」

 

 と、そうだ、元々この人達が話し合いをするためにこの場が設けられたんだった、こんな話でチェルシーさんを捕まえて無駄な時間を取らせる訳にはいかない。

 ラウラに声を掛けられて漸くそれに気がついた俺は一言謝ると、

 

 「じゃあ俺、外したほうがいいか?」

 

 蘭はもう大丈夫だろうし、ここらでお暇させて貰ってもいいか確認をとった。

 

 「ああ。本当に済まないことをしたな。早く凰鈴音を安心させてやってくれ」

 

 「いや……もし時間があるようなら外で待っていてくれ。お前にも後で話しておかなければならないことがある」

 

 するとクラリッサさんとラウラからそれぞれ返事が返ってくる。ラウラには待っていてくれと言われたが、どの道蘭を送っていかないといけないから元々そうするつもりだったので問題はない。部屋の三人に見送られながら、俺は鈴に一報を入れるべく携帯を手にして一回部屋から出ることにした。

 

 

 

 

 「……お互いに今回のことが表に出るのは避けたかったのでな、結局今日のことは『無かった』ことにすることで話はついた。後は当事者であるあのお前の知り合いの少女にそれで納得して貰えるかどうかだが……」

 

 「う~ん、多分あいつなら俺の友達だったってことで話せばその辺は大丈夫だと思うけど」

 

 「そうか……まぁいつか何らかの形で賠償はさせて貰うことになる筈だ。あのオルコットの家のメイドの怪我のことも含めてな」

 

 「おいおい、結果はどうあれ善意でやって貰ったことなんだからそんな気にしなくても……って、あの人怪我してたのか?! そんな素振り欠片も見せなかったぞ」

 

 「肋骨が二、三本粉砕していた。私も最初は気がつかなかった、検証の話の際彼女とクラリッサがやりあったと聞いて患部を見せてもらって漸く、だ。正直あれでよくも平気で立っていられたものだ……尤も、この馬鹿者が本当に『血塗れ兎』まで使用したというなら、それで済んだのならまだ軽いほうではあるのだが」

 

 言いながら、ラウラは後ろを軽く睨み付ける。すると俺達のすぐ後ろを歩いていた、俺よりも背の高いクラリッサさんが露骨に小さくなった。

 ……俺はあの後、話し合いが終わって部屋から出てきたラウラ達と合流し、蘭を呼んで帰ろうとしたのだが、セシリアの容態が思ったより良くないらしく放っておけないとのことで結局蘭はまだお屋敷に残ることになった。まぁ無事であることは家に電話させて蓮さんに確認して貰ったので問題はないのだが、かといってこの流れで俺だけ帰るというのもあまりに具合が悪いし、ちょっとこの後に控えてる計画が狂う。とはいえあの広いお屋敷ですることもなく待っているだけというのも所在無いので、日本にある拠点に一度戻ると言い出したラウラ達を駅まで送っていく運びになった。今は最早人通りもまばらになった、駅に向かうための夜の街を横切る道を、ラウラとクラリッサさんの三人で話しながら歩いているところだ。とはいってもクラリッサさんは基本的に後ろからついて来るだけで道中殆ど喋らず、実質話しているのは俺とラウラの二人だったけれども。

 

 「その、『血塗れ兎』とかいう物騒な名前のモンは何だ?」

 

 「『黒兎部隊』は元々『特定凶悪犯罪者の非殺傷確保』という任務を与えられていた部隊の名でな。ISの実働実験部隊として再編成されるに当たって、最初期の隊員には各々『黒兎部隊』であることの証として、ISとは別に彼女達が使っていたその本来の役割に特化した武装が与えられた。私の場合はこれだな」

 

 そう言ってラウラが軽く腕を振ると、シュル、と空気を切る音と共に、着ている服の袖から先端にアンカーのついた黒いワイヤーが一瞬だけ飛び出した。

 

 「ああ、さっき使ってた……なんかお前のISの武装に似てるな」

 

 「当然だ。あのワイヤーブレードは普段私が標準装備としている武装に合わせて作られたものだからな」

 

 「へぇー……」

 

 変わった武装だとは思ってたが、そういう裏事情があったわけか。ちょっと面白いかもしれない。しかし……

 

 「つーかさっきのことといい、そんなそっちの事情俺に話していいのか?」

 

 「お前も当事者の一人だろう、私達の都合で締め出すわけにもいくまい……ただ出来れば今回のことはあまり口外しないで欲しい。ある程度落ち着いてきたとはいえ、未だ本国における私の部隊の肩身は狭い。ここでまた問題を起こしたことが知られれば、全て逆戻りだ……全部私自身の未熟さが招いた事態だが、それでこれ以上隊員たちが不自由な思いをするのは耐え難い……」

 

 「わかってるからそんな死にそうな顔で頼まないでくれ。頼まれなくたって誰にも言わんから」

 

 後ろでクラリッサさんが声を噛み殺しながらボロ泣きしてるのが二重で辛い。つーかクールな時との落差が凄いなこの人。リアクション芸人か。

 

 「助かる。一夏ならそう言ってくれると思っていた……まぁどの道、お前には言わなければならなかったからな」

 

 「? ……どういう、ことだ?」

 

 「今回の件……お前も、人事だと思って欲しくないということだ」

 

 そこまで言って、ラウラは一回口を噤んだ。何処か、ここから先を言うべきかどうか迷っているように見えたが、やがて意を決したように再び口を開いた。

 

 「実はな、私が予定よりも早く日本に戻ってきたのは、お前の周りで不穏な動きがあるという情報を掴んだからなのだ……私よりも早くそれを察知していた教官は、今その真偽を確かめた上でお前に手が及ばないよう各所で奔走している……そんなあの人に、この私も僅かでもお力添えが出来ないかと訪ねたところ、直接お前の様子を見てきて欲しいと頼まれた」

 

 「……!」

 

 その言葉を聞いて、反応したくはなかったのに殆ど反射的に顔が引き攣る。『また』、千冬姉が俺のために……?

 ラウラはそんな俺の様子に気がついたのか、どういうわけか一度とても後ろめたそうに顔を伏せ、

 

 「心配するな。教官はこのことを苦になど思ってはいないさ……お前は、多分お前が思っている以上にあの人に想われているんだ。お前はもっと、そのことを誇ってもいいんだぞ」

 

 それでも無理矢理笑って、俺の手を握ってそう言ってくれた。多分それは、この場において他のなにより、俺にとって救いになった。

 

 「……ありがとう、ラウラ」

 

 「感謝などいらん。姉として当然のことをしたまでだ」

 

 「はは、お前もわかってきたな」

 

 「……!」

 

 だから、素直に感謝の言葉を口にした。それに対するラウラの返事にクラリッサさんが異様に反応したのが少し気になりはしたが、それ以上に胸を張りながらふふんとドヤ顔になっているラウラが微笑ましくてつい頭に手が伸びる。

 

 「……! こ、こら。だから何で撫でる」

 

 「いや、なんとなく」

 

 「なんとなくで姉の頭を撫でるな、もう……」

 

 口では反発しながらも振り払おうとしないのはいつものことだ。それをいいことに、つい移動中なのも先程までの話も忘れて人のものとも思えないほど綺麗な、サラサラな髪の感触に夢中になりかけたところで、

 

 「……取り込み中のところ申し訳ないが、本当に気をつけることだ織斑一夏。今回の件、深刻な事態になることは図らずも阻止できたとはいえ、お前に近しい人間が攫われたという事実は変わらないし、我々が独自に掴んでいた情報では先日お前の内情を探るよう金を掴まされ依頼された人間が、留守を狙ってお前の住居に侵入したとのことだ……幸い、そちらもどういう事情かは知らないが、上手くいかずに失敗したらしいが」

 

 「!」

 

 突然クラリッサさんに声を掛けられて正気に戻る。そうだこの人いたんだった、特に疚しいことはない筈なのだが、後ろから一連のやりとりを見られていたかと思うと妙に気恥ずかしくなって手をラウラから離してしまう……ってあれ? そういえば俺、この人に名乗ったっけか……? 予想外の展開の連続過ぎて、まだ自己紹介を済ませてなかった気がしたんだが……

 と、首を傾げる俺の横で、ラウラは何やら急に不機嫌そうに頬を膨らませてクラリッサさんを少しだけ睨み、

 

 「そう脅かすなクラリッサ……何、私が来たからには何も心配はいらないぞ一夏。これから夏季休暇中の間は、我々『黒兎部隊』が責任を持ってお前とお前の周囲の人間を秘密裏に警護する。もう誰にも手を出させはしない」

 

 と、サラリととんでもないことを言った。

 

 「い、いや……そこまでして貰うのって、なんか悪くないか……?」

 

 「そうは言われても、既に決まったことだ。お前が拒否しても我々は任務を遂行する。そういう命令だ」

 

 「何、表向きには私達はお前と関わることはない。あくまでいつもと同じように日常生活を送ってくれて構わない」

 

 「はぁ……」

 

 いくら護衛とはいえ、こんな見るからに物々しい人達に付き纏われるのは正直遠慮したかったのだが、結局軍人二人にとても事務的な口調で押し切られた。というか、そもそも仕事ということで、こともあろうか俺のために正式に依頼されているなら今更俺の都合でやめてくれというのも失礼な話だ。

 ……それに今日の蘭のことが本当に俺と無関係でないなら、次は誰が狙われるかわからない現状……今回蘭一人、自分の力で満足に助けられなかった俺だけではきっと、皆を守りきれない。だからこのラウラの提案に何処か安心している自分がいて、そのことが俺は何か無性に悔しかった。

 

 ――――やっぱり俺は、一年前までと同じ。

 無力な自分のまんまだって、嫌でも気づかされたから。

 

 

 

 

 「お前……いや、貴方、だったのだな」

 

 「?」

 

 駅にて。

 若干浮世離れしている感のあるIS学園直通のモノレールは兎も角、こっちの一般が利用するような駅の構内の様子がもの珍しいのかおのぼりさんが如くキョロキョロと周囲を落ち着きなく見ているラウラを後ろから二人で見守りながら、隣を歩くクラリッサさんが突然ポツリとそんな呟きを漏らし、俺は彼女に振り返った。

 

 「俺が……何か」

 

 「孤独だった隊長を救ってくれた織斑教官の弟……ただ頑なだったあの人を変えてくれた人間、織斑一夏。一度、直接会って話をしてみたいと思っていた。貴方達兄弟は、隊長と浅からぬ因縁のある人物だからな」

 

 「千冬姉がラウラに慕われてるのは知ってます……千冬姉とあいつとの間にどんなやり取りがあったのかは、俺は知らないですけど。多分千冬姉があいつにしてやれたことに比べれば、俺が出来たことなんて大したことじゃないですよ」

 

 実際今の俺とラウラの関係の発端はそもそもあの姉の策略によるものである。多分あの人は俺とは比べ物にならないくらい、ラウラの気性というものを理解した上で今の形に持っていったんだろう。結果的には良かったのかもしれないが、一々踊らされる方からすればたまったもんじゃない。

 そういう意味で俺は少なからず本心を述べたつもりだったが、クラリッサさんはそんな俺の言葉を薄く笑いながら首を横に振って否定した。

 

 「そんなことはないさ……少なくとも隊長は、そうは思っていない。今となっては、あの人は貴方の方が気になってしょうがないようだ。日本に来たのも先程は織斑教官をだしにしたような言い方をしていたが、殆どはあの人自身の意思によるものだろう」

 

 「そう……なんですかね」

 

 なんか改めてそう言われると照れるが、悪い気はしなかった。少しくらいは懐かれている自覚はあったし、何だかんだで気にかけて貰えるというのは嬉しいものだ。

 

 「ああ……だからこそ、少し心配だったのだ。まぁ、織斑教官の弟だから大丈夫だろうと思いつつ……もし万一、今は本性を隠しているだけの、あの織斑教官とは似ても似つかない性根の爛れた男があの隊長に付け入っていたらと一度考え出すと、夜も昼も眠れなくてな。仮にそうであればその場で即刻跡形もなく消すくらいの算段をして、完全武装した上で今日は会うつもりだったが……」

 

 「……え?」

 

 ……なんか今、物凄く背筋が寒くなったんだが。い、いやまぁ、ジョーク、だよな……最後の方は聞かなかったことにしよう。

 

 「どうやら、私の杞憂だったようだ、な。先程のあの人と貴方を見て、そう思った。私から頼むのもおかしな話かもしれないが、どうかこれからもあの人の家族でいてやって欲しい。あの人には、それが何より必要だ」

 

 「……はい。まぁ、今はそうするつもりです」

 

 「今は……とは?」

 

 俺のその返しに途端に怪訝そうな表情になるクラリッサさん……いかんまた何か寒気が。ちょっといい加減に答えすぎたか。

 

 「ラウラがそれを必要としてるうちは、ってことです。あいつちょっと周りが見えないところあるんで、取り合えずってことで俺達姉弟の中に入れたままにしておいたら、結局そこで満足して括りを作っちまうような気がするんですよね……確かにそれも楽だけど、あいつがそうなっちまうのは少しもったいないな、って思うんですよ。だって軍人とかそういうのの前に、あいつはあんなに可愛い女の子だし。世界が広がれば、もっと楽しい生き方が出来るって思う。俺はあいつがそう生きるための枷にはなりたくないし、千冬姉だって多分同じことを言うでしょう」

 

 「………………」

 

 「あー……なんか変なこと語っちゃってますね俺。いや、なんかカッコつけましたけど、どっちかっていうと今は世話になってるっていうか……ぶっちゃけ当分寧ろ世話になるつもりですし。別にすぐにあいつを見放すとか、そういう意味では決して……」

 

 そう思い説明をしてみるが、思ったよりも上手く言葉に出来ず。そして一向に無表情を崩さないクラリッサさんの様子に思わず焦り、グダグダと言い訳を続けると、

 

 「ふふっ」

 

 彼女は突然、さも楽しそうに笑みを浮かべた。

 

 「……クラリッサさん?」

 

 「いや……失礼。色々あったが、やはり今日出てきたのは正解だった……重ねて、隊長のことを頼む。対価といっては短い間になるが、『黒兎部隊』副官の肩書きに誓って、隊長の家族である貴方をこの夏は全力で守り抜こう」

 

 「クラリッサ! 何をのんびりしている、あと三分で電車がきてしまうぞ! さっさとこちらにくるのだ!!」

 

 「……はっ!!」

 

 そして、その笑顔の意味がわからない俺にそう言い残し、改札口の向こうで呼びかけるラウラにビシッと敬礼すると、そのままあっさりと背を向けていってしまう。

 

 「全く。本当にいつもお前は、一人で勝手な真似をしてくれる。どんな状況だろうが、定時報告は欠かすなと言っているだろう。お陰で私はこの建物の前にある集合場所で日が暮れるまで延々待たされる羽目になったのだぞ」

 

 「大変申し訳ないことをしました。猛省しています」

 

 「……本当に大変だったのだぞ。何が面白いのか数人の男女が携帯電話やカメラを私に向けてきた。『がいじん』だの『こすぷれ』だの言って、息を荒くして近づいてくる者までいた」

 

 「なんということだ……!」

 

 「……心細かった。怖かった。私が為す術もなく敵前逃亡を図ったのは初めてだ。お前のせいだ」

 

 「も、も、申し訳ありませんでしたァーーーーー!!!」

 

 「さらばだ一夏ー!!」

 

 「ぜ、全力の謝罪を完全にスルー?! だ、だがそれでいい!! もっと隊長が味わった恥辱はこの程度では済まなかった筈……! この私をもっと辱めてください隊長!!!」

 

 「え~いこっちが恥ずかしいわ! 見られてるだろうが馬鹿者ー!!」

 

 俺は結局それ以上何も言えず、漫才みたいな会話をしながら去っていく二人を見送った。ラウラがこちらから見えなくなる直前で全力でこちらに向けて手を振ってくれたが、周りからの視線が痛すぎて返すことは出来なかった。構内では静かにしような。

 ……まぁ、あいつもあいつで色々大変なようだが、どうやら学園外でもいい理解者には恵まれているらしい。あいつの現在置かれている立場は千冬姉から聞いていて心配だっただけに、それがわかったのは俺にとっても良かった。もしかしたら、こんな俺の心配事なんて実際にはラウラにしてみれば余計なのかもしれないな。

 

 そんなことを考えながら、踵を返し来た道を引き返す。少し時間を食ってしまった、流石に蘭もそろそろ帰さないと不味い。さっさとするべきことを全部済ませて、波乱に満ちた今日という日にいよいよ終止符を打つことにしよう。

 

 





もうちょっとだけ続くんです。

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