IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十話~夏休み戦線・締~

 

~~~~~~side「蘭」

 

 

 「は……ハァ……ハァ……!」

 

 ああもう、体力には自信があったけど、流石にぐったりした人一人抱えて全力疾走は辛い。

 おまけにこのお屋敷大きすぎる、階段を二つ下りて一番下まで降りても、まだ出口まで長い廊下があった。

 

 「…………」

 

 背中の女の子はさっきまでは大丈夫だから降ろしてくれと何度も叫んでいたが、それで却って体力を使ってしまったのかまたダウンしてしまっていた。

 ……だから無理だって言ったのに。この人、見かけによらず結構なうっかりさんなのかもしれない。

 

 「でも、これで……!!」

 

 クタクタになりながら漸くお屋敷の出口に辿り着いた。重そうな扉だったが、幸い内側からは特に問題なく開けられた。

 急がないと、自分が逃げるために、知らない人とはいえ人を残して来てしまった。早く助けを呼ばないと。

 

 「……!」

 

 そんなことを考えながら迷いなく扉から外に躍り出る。もう外はすっかり日が落ちて真っ暗だったが、なんとか道がわかるくらいの月明かりはある、兎に角外に出て……!

 

 ――――!

 

 「……え?」

 

 そうしてお屋敷の外の庭らしき場所を一気に走りぬけようと走り出した直後、ガシャン、と何かが割れるような音が背後から聞こえ、直後にドン、と重い音が軽い地響きと共に鳴り響いた。

 振り返っちゃいけない。そうわかってはいたけれど、何か猛烈に嫌な予感がして、私は思わず足を止めて背後を振り返ってしまう。

 

 ――――丁度今先程まで私が立っていたところで、黒い影がゆらりと立ちあがっていた。

 

 「……っ!!」

 

 さっき、私達を襲ってきた奴だ……あの、この女の子と一緒にいたメイドさんじゃない。じゃあ、あの人は一体どうなったんだ……?

 そんなことを一瞬でも考えてしまったのがいけなかった、そうじゃなくても疲れでフラついた足が竦む。

 あいつはそんなこちらの事情など意に介さない、むしろ足の止まったこちらを見て好機とばかりにまっすぐ向かってくる。

 

 黒い手がすぐそこまで迫る。私はそれからなんとか逃れようと走り出そうとして――――

 

 ――――!

 

 振り向こうとした、その時。私の顔のすぐ横を何かが掠めていって、黒い影は私に向かって伸ばしていたその手でそれを掴み取った。

 

 「スパナ……?」

 

 影は怪訝そうな、女性の声でキャッチしたものを見ながら呟いたかと思うと、それが何処から飛んできたものか確認しようと顔を上げ、

 

 「!」

 

 「ひゃ……!」

 

 不意に、横に視界がブレる。後ろからいきなり飛び出してきた誰かに横から突き飛ばされた。背負った女の子に怪我をさせないよう、何とか空中で身を捩って彼女の下敷きになるように倒れこみながらそう気がついたときには、見覚えの背中が私の前に出て黒い影の顔を殴り飛ばしていた。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 『弾が一人で蘭の監禁場所に向かっていったぁ?!』

 

 「声がデカいんだよお前!! 電話越しにキンキン声で喋んじゃねーよ目立つんだよ!」

 

 そうじゃなくても夜の街を全力疾走しながらの会話である。これ以上こちらのダメージを増やさないで欲しい。最初鈴から掛かってきた時は電話を取れる状況でもなかったので無視していたのだが、こうしてバイクから降りてからは鳴り続ける電話に苛立ちついとってしまったのだ。本当に自分の律儀さが恨めしい、今思えばさっさと電源を落としておくべきだった。

 

 『どういうことよ! あんた一緒にいたんじゃないの?! なんでこんな時にあいつ一人で行かせたのよ!!』

 

 「だからちょっと予想外のことが起こったんだって何度も言ってんだろ!!」

 

 『だからその予想外のことってなんなのよ!! あんたさっきからずっとそうやってはぐらかしてるじゃない!!』

 

 言える訳ないだろ、見かけによらず人のことになると心配性になるお前に、腕をやっちまって掴まってらんなくなってバイクから落ちた、なんて。

 まぁ、正確には自分から『降りた』。あの時はこれ以上ないくらいしっかり掴まったつもりでいたし、精神的に高揚していたのもあり全く気がつかなかったが、あの犯人グループの車を止めるために使った『強硬手段』の際やはり何処かを打っていたようで、走り出してしばらくして左腕の異変に気がついた。流石に骨まではいっていないと思うが、それでも弾の無茶な運転に付き合うには些か厳しい状態だったのも確かで、しばらくはやせ我慢していたものの、一度マジで痛みで気を抜いて転落しそうになったのだ。

 

 だが、だからといって蘭のことが最優先なのは変わらない。ここで足手纏いになる訳にはいかないと思った俺は、弾に事情を話して途中で降りた。弾は流石に心配してくれたが、やはり蘭のことが気になるんだろう、少し嗾けたらすぐに行ってくれた。

 

 「心配すんな。あいつは確かに馬鹿でチンピラ丸出しだが、約束は守る奴だ。一人で勝手なことはしないって言質はとってある、少なくとも俺が着くまで無茶なことはしない……筈だ」

 

 『最後妙に自信なさげなのはなんなのよ……はぁ、まあいいわ。ここはあんたとあいつの、あたしには良くわかんない友情を信じてあげる。それにもう一人、なんか余計なおせっかいで動いてくれてるのもいるし、なんとかなるでしょ。蘭は絶対、大丈夫よ。そんなヤワな奴じゃないしね』

 

 「だよな。確かに大人しくお姫様らしく攫われるようなタマじゃないし、案外自分でもう逃げ出してるかもな……っと、あとお前に中間報告とか言って蘭の居場所教えてくれた人、だっけ? 俺にしてみればその人の方が心配なんだけどな、女の人なんだろ?」

 

 『そうだけど、なんかその『筋』の人っぽかったし。それに多分……』

 

 「?」

 

 鈴は一回そこで何か躊躇うように言葉を切ったが、俺が怪訝に思う間もなく少し悔しそうな色を声に滲ませながら続けた。

 

 『あんたの姉貴程じゃないにしても、滅茶苦茶強いよ、あいつ。少なくとも、あたしじゃ手が出せないくらいには。だからあっちの心配は要らないと思う』

 

 マジかよ。『今』のこいつが勝てないレベルって結構なモンだぞ。前の更識先輩といい、世は女尊男卑の時代なんて言われるが、IS関係なく単純に最近は女が色々な意味で強くなってるってことなんだろうか。

 

 『とにかく! 蘭を連れて無事に帰ってくること!! 怪我なんかしたら許さないわよ、あたしは診てあげないんだからね。勝手に飛び出して行ったそっちの自己責任なんだから』

 

 「ははは、わかってるって……蓮さんのこと、頼む。弾と蘭連れてすぐ帰るって伝えといてくれ」

 

 『当たり前、もうお母さん呼んでご飯の支度始めてるんだから。早く帰ってこなきゃ、あんたのはお預けよ』

 

 「ひでぇ。それが今日一日走り回ってクタクタの奴に対する仕打ちかよ」

 

 鈴の拗ねたような調子の言葉に、少しおどけながら返す。しかし俺の予想に反して鈴は空気を読んで乗ってきてくれず、

 

 『なによ、平気なふりしちゃって。弾のこと馬鹿にしといて、一番無茶してるのあんたじゃない。ホント、ばか』

 

 本当に小さな、こいつらしくない泣きそうな声でそう呟くと、一方的に電話を切ってしまった。

 ……やっぱ、バレちったか。まぁ怪我がどうこう言い出した辺りで何となく察してはいたが。昔から、どうにもあいつにはここ一番ってところで隠し事が出来ない。こりゃ、帰ったらまた怒られるだろうな。

 

 「ま……今は」

 

 終わった後のことを気にする時じゃない。なにはともわれ、全部終わらせてからだ。

 そう決心して、大事な友達を泣かせたことで少し萎えた心を切り替え、夜の街をひたすら走る。

 

 この調子でいけば、弾に追いつくまでに後五分も掛からない。荒事になった場合今の俺が使い物になるかは微妙なところだが、光物を持ってる以上最悪敵の足止めくらいは出来ると思う。蘭を逃がす時間くらいは稼げる筈……

 

 『ISに頼る、という選択肢は結局出てこないんですね』

 

 「そりゃなぁ。さっきまでの周りになんにもない場所ならまだしも、こんな市街地で亜音速でかっ飛ばす訳にはいかんだろ。それも夜中に」

 

 『マスターの身を危険に晒すことに比べれば軽微な被害で済むと思いますが』

 

 「……気持ちは嬉しいけど、やめてくれ。さっきも言ったけど、それをやっちまったら結局最後に責任を取るのは俺じゃなくなる」

 

 『………………』

 

 そんなことを考えていると、思考を読まれたのかこうして一人で走り出してからはもう何度目になるかわからない、白煉の不平が漏れ出す。かといって、こっちもこれは譲れない。息を切らしながらも、その意思を伝える。

 

 「そうだ……もう、力がないからって立ち止まるのは……諦めるのは辞めたんだ。どんなに無力でも、情けなくても……それでも、『今の俺』に出来ることは、きっと、絶対にある筈なんだ」

 

 『マスター……』

 

 わかってくれたのかはわからない。そう俺の呼び名を呟いた白煉の声は、いつもの平坦な抑揚のないものじゃなくて、何処か悲しそうな色を持っていたから。だがそれ以上の反論はなく、これ幸いとばかりに、俺は脚を動かすのに集中する。

 既に夜は深まりつつある。この事を今日限りのことにするためにも、せめて日付が変わってしまう前に蘭を助け出そうと――――

 

 「っ!」

 

 「あっ!」

 

 が、あまりに急ぐことに意識を傾けすぎたためか。建物のある見通しの聞かない曲がり角から急いだ様子で飛び出してきた、小さな人影に俺は直ぐに反応できずに正面衝突してしまう。体重差からか俺は少し疲れた足がよろけた程度で済むが、相手は衝撃で道路の上を一回転してしまう。

 

 「す、すいません!」 

 

 実質的にはお互い前方不注意による飛び出しだったので責任的にはフィフティーだろうが、小心者の俺はつい反射的に謝りながら手を差し出して――――

 

 「……って、なんでお前がここにいんだよ!!」

 

 こちらのその手を握ることもなく、やけに滑らかな動きでスッと立ち上がったその相手を見て、思わず周囲を省みず大声をあげてしまった。

 

 

~~~~~~side「弾」

 

 

 最初は、約束通り一夏を待つつもりだった。だが、明かりという明かりが消え人の気配がしない目的地に到着した俺は、その時点で何か起こっていることがなんとなくわかって既に気が気ではいられなくなった。

 

 ――――!

 

 極み付けには中からガラスの割れるような音すら聞こえてきて、とうとう耐えられなくなった俺は跨ったバイクをそのまま踏み台にして、屋敷を包囲する高いフェンスを一息に乗り越えた。

 やたら豪華な屋敷だったのでその瞬間はヒヤリとしたが、幸い警報が鳴ることもガードマンがすっ飛んでくることもなかった。庭の様子を見た限り定期的に人の手は入っているように思えるが、警備のほうはザル…ますます『臭い』。

 そう感じて屋敷に向かって走り出した俺は、直ぐに自分の直感が間違いではなかったことを悟った。何か重そうなものを背負って呆然と屋敷の方を見つめる蘭の姿を見つけて安心したのも束の間、その蘭に黒い人影が急速に迫っていたのだ。

 

 とっさのことだったが、体は動いてくれた。いつも持ち歩いている工具の簡易キットの中から適当なものを引っ掴み、黒い人影に向かって全力で投擲する。確実にそのまま行けば顔面に直撃する軌道で蘭の直ぐ横を飛んでいったそれは、その直前で影が前に突き出していた右手によって止められる。

 だが蘭に対する注意は逸れた、その僅かな時間で俺は前に飛び出し、蘭を横に突き飛ばすと、

 

 ――――!

 

 黒い影に一撃をお見舞いする。だが渾身の一発だったのに拘らず、相手は後退することもなく顔面でそれを受けて見せた。

 

 「……女の顔を躊躇なく殴ったな」

 

 「!」

 

 背こそ高いものの、やけに細身だとは思っていたが。直後に返ってきた女の声に驚くも、すぐにそんなことを気にしている余裕はなくなる。反撃の握り拳が迫っていたからだ。

 明らかに当たったらヤバい空気を切るを音を響かせながらこっちの頭を穿とうとしてきたそれを、何とか薄皮一枚のところで身を捻ってかわし、一度軽く後ろに跳んで仕切り直しを図る。

 

 「いやなに、責めてる訳じゃないさ。私は覚悟のある暴力は奨励している。それのある人間とない人間という区分において、男女の違いは大した意味を持たない」

 

 黒い女は顔にモロに一発貰ったダメージ等微塵も感じさせず、先程俺の投げたスパナを握り潰しながら悠然と歩いて後退した俺に接近する。

 ……なんつーパワーにタフネスだ、本当に人かよ。

 

 「お兄!」

 

 「……ちぃ!」

 

 相手のあまりの非常識っぷりに一瞬呆けるが、蘭の声で直ぐに現実に引き戻される。

 

 「なにボサッっとしてやがる! 早く逃げろ!!」

 

 「で、でも!」

 

 「うるせぇ! 一夏がもうすぐに来る、こいつは俺がなんとかしてやっから行け! 優等生が何度も同じこと言わせんな!」

 

 躊躇う様子の蘭に苛立ちながら、再び蘭を狙う目の前の女に殴りかかる。だが、

 

 ――――!

 

 「がぁ……!」

 

 信じらんねぇこいつ、あんな最小限の動きで拳を『合わせて』きやがった……! 突き出した拳をまるで真正面から猛スピードで突っ込んできた車を殴りつけたような衝撃を伴った正拳突きで潰され、思わず腕を押さえてのたうちまわる。

 

 「付き合ってやるのは構わないが、流石に二度目は退屈だ。何かあるのなら次は使え。ないのであればこれ以上立ち塞がるな、今度は指の骨では済まないぞ」

 

 カラン、と、完全に二つに折れ曲がったスパナが舗装された地面に落ちる。敵はあいも変わらず表情一つ変えずに、詰まらなそうにそんな言葉を紡ぎながらこちらに向かってくる足を止めない。

 

 ……上等だよ。その言葉、後悔させてやる。

 敵は間違いなく人間離れした身体能力と反射神経の持ち主だ。ヤバい相手なのは間違いないが、そんなことは問題じゃない。こちとら今までジジイ以外との正面きっての喧嘩なら、一度の引分けを除いて全部勝ってきた実績に伴うプライドってもんがあるし、何より――――

 

 今まで大体のことは上手くやってきた、悔しいが『出来る』この妹の数少ないピンチってところでくらい。少しは兄貴面してみたいじゃねぇか。

 

 「…………っ!」

 

 軽口を叩けるような余裕はない。ただ立ち上がり、視線で自分の意思を敵に伝える。

 女にはそれが伝わったのか。一度呆れたように大きく溜息を吐きやがると、何も言わずに応戦の構えをとった。これはこれでムカつく態度だが、話がわかるようで助かる。

 

 「な、なにやってるの、お兄。やめてよ。私なんていないほうがいいんでしょ……? 何で来るの、わ、私はお兄なんていなくったって、平気なのに……!」

 

 ……対照的に俺の後ろで喚き散らしてるこの馬鹿にも、少しは見習って欲しいもんだが。まぁ俺の妹だし仕方ないよな、と思い直し、

 

 「だから、うっせぇ。勘違いすんな、お前を助けにきたんじゃねぇ、お前の嫌いな野蛮な喧嘩をしにきたんだ。見たくなけりゃあとっとと消えろ、蘭」

 

 憎まれ口の押収を返す。明日からまたバイト地獄だってのに、こいつのお陰で今日一日の休みは散々だった。こんくらいは言っても許されるだろう。

 

 「ラン……?」

 

 と、言いたいことも言い蘭の返事を待たずに仕掛けようと思ったところで、敵が俺の言葉に反応して、今まで鉄面皮のようだった顔を初めて顰めているのに気がついた。それに伴い、先程から一見余裕でこちらに対応しているようで絶えずこちらに向けられていた殺気まで緩む。

 

 何がそんなに意外だったのかは知らないが、とっさに勝負所と感じた俺はその機に再び大きく距離を詰め、

 

 「……待て! 一体貴様はダン・ゴタンダの……!!」

 

 今になってなにやら慌てた様子でこちらを諌めるように腕を突き出すのにも構わず、もう一発いいのをくれてやろうと拳を振りかぶったところで――――

 

 ――――!

 

 音もなく突然襲来した強烈な閃光に、闇に慣れた目を潰されかけ。狙いを見誤った俺は、意図せず再び無様に地面を転がる羽目になった。

 

 

~~~~~~side「蘭」

 

 

 お兄が助けに来てくれた。そのことに少し複雑な気持ちになりながらも、ちょっとだけほっと出来たのも束の間。

 対する黒い女の人は、信じられないくらい強かったのだ。そもそも、私には彼女が立っているだけにしか見えなかった。なのに殴りかかった側の筈のお兄は、気がつけば何か凄い音がしたのと同時に腕を押さえて地面を転がり回っていた。

 悔しいけど、お兄は同年代の不良くらいの相手なら二、三人に襲われてもあっという間に返り討ちにしてしまえるくらいには強い。下手にそんなだから、中学生の時は問題を起こしてばっかりだった。

 そのお兄がここまで手も足も出ないなんて普通じゃない。あの黒い女の人は、一体……?

 

 「…………っ!」

 

 けど、もうそんなふうに戸惑ってる時間もなかった。お兄はこともあろうか、さっきので敵わないってわかってる筈なのに、また女の人に向かって行ってしまう。

 必死に止めるけど、お兄は振り返らない。対する相手は、まるで迎え討つように手を前に突き出した。

 

 ――――このままじゃ、お兄が殺されちゃう。

 そう思ったら、じっとしてなんていられなかった。私は駆け出すお兄の背中を立ち上がって追いかけようとして……

 

 「……っ!」

 

 女の人の背後から急に立ち上った強烈な光に耐えられず、思わず目を瞑った。

 

 

 

 

 そうして目を閉ざしていたのは、多分数秒にも満たない間だったと思う。やっと光に目が慣れてきた私は、それでも眩しいくらいに溢れる光の正体を探ろうと薄目を開いて状況を確認する。

 

 私よりも近い位置であの光を見てしまったお兄は、ギリギリのところで目測を誤って転倒してしまっていたが、特に反撃にあって怪我をした様子はなさそうで一先ず安心した。やはり私と同じようにこの光の光源が気になるようで、自ずと私達の視線は同じところに向かう。

 

 「……チィッ!」

 

 そこには先程までお兄を圧倒していた女性が、先程までの余裕が嘘のように表情に冷や汗を浮かべて走り出した姿があった。

 ……その背中にはさっき私達が出てきたお屋敷の窓の一つから、眩い金色の光条がさながらレーザーポインタのように無数に伸びて張り付いている。さっきの光の正体はどうやらあれのようだ。

 女の人は必死に走り回り光の届かない場所に隠れて光から逃れようとしているが、どうやらただの光ではないらしく金色の光条はあらゆる遮蔽物を貫通し、彼女を捉えて放さない。そうしている間にも光条の数はみるみる増え、女の人はまるで繭に包まれるように、金色の光に飲み込まれていく。

 

 ――――なんだろう、これと似たような光景を、私は以前どこかで見たような。あれは、確か……

 

 「そんな……これは、この光、は……!!」

 

 私と一緒にここまで逃げてきたあの金髪の女の子が、呆然と声を漏らす。だがこの既視感に答えが出せない私と違い、彼女はこれが何か知っているのか。本当、こっちが心配になってくるくらい青褪めた顔で、

 

 「おやめなさい……! それは、その力は……! 安易に、人に向けていいものでは……!」

 

 それでも病人とは思えないくらい、大きな、それでいてとっても綺麗な声を張り上げながら、来た道をフラフラと引き返していく……って見てる場合じゃない! 止めなきゃ!

 

 「ちょ、ちょっと……!」

 

 すぐに追いかけようとして、やっと足が竦んで止まってしまう自分自身に漸く気がつく私も、正直どうかしてたと思う。

 ……襲ってくるのは、猛烈な悪寒。それを煽ってくるのは、あの金色の光だ。どこで見たのかは未だに思い出せないけど、『あれ』は間違いなく『怖いもの』として、記憶の片隅に焼き付いている。

 

 「……逃げて!」

 

 気がつけば、相手が私を狙って来た相手だということも忘れて叫んでいた。

 けど、そんなの彼女にしてみれば言われるまでもないことだろう。実際、今だって転げまわるように動いてあの光から逃れようとしてるんだから。

 しかし、適わない。それどころか光は爛々とその存在を示しながら膨れ上がる。まるで猟犬が獲物を『捕まえた』と主人に知らせているかのようだ……やっぱり同じだ、『一年前』に見た光景と。このままじゃ、彼女は……!

 

 「チェルシー!!」

 

 「!」

 

 不味い……! そう私が直感したと同時に、金髪の子が誰かの名前を呼んだ。

 そしてまるで、その声に反応したかのように。絶えず逃げ回る女の人を追いかけていた金色の光条が、ほんの少しだけ動きを止める。

 

 「止まっ……た?」

 

 良く……はないんだろうけど、それでも思わず安堵してしまう。それがどんな相手だろうと、目の前で人が死ぬところなんて見たくない。

 目の前にいるあの子も私と同じことを思っていたのか、相変わらず厳しい表情を浮かべながらもホッとした様子で息を吐いていたが、

 

 「なっ……!」

 

 「え……?」

 

 振り返ってすぐにその顔が固まったのを見て、私もつい釣られてその視線を追いかけて多分彼女と全く同じ顔になった。

 

 まるでその機会を見計らっていたかのように、あの一瞬でどこからか伸びてきていた黒いワイヤーのようなものが、無数に未だに黒い女の人を捉えている一部の金色の光が生み出している繭に突き刺さっていたのだ。次の瞬間ワイヤーがグンッと強くしなった直後に一気に伸縮すると、その反動で光の中に囚われていた黒い女の人が、かなり迅速かつ強引に引き摺り出された。

 彼女はその際、かなり大きな音を立てて強かに地面に叩き付けられたが、すぐに何事もなかったかのように起き上がると、手足を拘束している黒いワイヤーを外そうをもがき始めた。しかし、

 

 「制裁!」

 

 「ぐばぁっ!!」

 

 直後にワイヤーを手繰り、黒い女の人をアンカー代わりにして自分自身を引き寄せ猫のようにすっ飛んできた何かが思い切り背中に当たり再び転倒、そのまま現れた彼女よりも一回り……いや、二回りは小さい人影にそのまま押さえ込まれた。

 その場にいた私たちはあまりに突然の出来事に、声をあげることすら出来ずにその成り行きを眺めることしか出来なかった。

 撃ち込んだ楔を外され、再び標準をつけるべく動き出そうとした金色の光条を前に、今も女の人に馬乗りになっている小さな人影が、少し子供っぽさを残しながらも、それでも凛と通る、堂々とした声を張り上げるまでは。

 

 「この場は私が預かる、武器を収めてくれ! この愚か者が狼藉を働いたということであれば詫びよう、どうか話し合いの場を持ちたい!」

 

 「た、隊長……?!」

 

 自身を拘束している相手がその声でわかったのか、頭を手で押さえつけられながらも素っ頓狂な声を出す女の人。

 そしてあの金色の光を操っていると思われる人にこの小さな人の説得が伝わったのか、金色の光条は現れた時同様やはり唐突に掻き消え、その場には再び闇が戻る。

 ……いや、いつの間にか、雲がかかっていた空からお月様が顔を出していた。あの見ていると目が焼きつくような強烈な金色の光より、数段も優しい白い光が目の前にいる二人を照らし、漸くその姿を私達にはっきり見せてくれる。

 

 「女の、子……?」

 

 最初に私達を追いかけてきた方の女の人は、群青色の綺麗な髪を持つ、背の高い女性。それはまぁ、女の人であることは大分前からわかっていたし、今までの攻防であらかた予想は出来たけど……二人目は、どこからどう見ても小学……良くて中学生くらいの女の子だった。月明かりに照らされるロングの銀髪は中々に神秘的な雰囲気を醸し出していて、もし左目に物々しい眼帯さえつけていなかったらそれこそ妖精という表現がぴったり嵌るような子だったろう。

 そんな彼女の姿を確認して、私の隣で今まで棒立ちになっていた金髪の女の子が、相変わらず呆然とした様子で小さく呟いた。

 

 「ラウラ……さん?」

 

 「む、何者……セシリア? こんなところで何をしている?」

 

 「ここ、わたくしの旧知の友人の住居でして、しばしの間お邪魔させて貰ってますの……というか、ラウラさんこそ。ドイツにお帰りだったのでは?」

 

 「『この家』が? お前は……いや、後にしよう。その辺りの事情も含めて今から話す。悪いが先程のIS搭乗者と連絡は取れるか?」

 

 「……ええ、すぐに」

 

 すると向こうもこちらに気がついて、女の人を押さえつけた体勢のまま深刻な様子で言葉を交わし始める。どうやらこの二人は知り合いらしい。

 

 「お~いラウラ~。待てって、こちとらもう三キロは全力疾走してきてるんだぞ、少しは労わりの精神ってヤツをだな……」

 

 そうして外国人と思わしき女の子二人がどんどん話を進めていき、お兄と二人で疎外感を感じ始めたところで、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。次から次へ、色んな人が入り混じってコロコロと移り変わっていく私が置かれているこの状況に、私の混乱はいよいよ最高潮に達した。

 

 ――――これって一体、どういうことなの?

 

 





 ひとまずの決着です。後は解決編のような話を挟んだ後、いよいよ更識姉妹メインの話をやる予定です。

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