~~~~~~~side「セシリア」
試合の結果は、当然のものだった。
最初からわかっていたことだ。わたくしが、いくら多少才能があるとはいえ、ISを扱い始めたばかりの素人に敗れるはずがなかったのだ。
「そう・・・そのはずですのに」
どうして、その結果に納得していない自分がいるのか。
自分が思い描いた通りの一方的な試合運びにならなかったから?
違う、そうじゃなくて。
「最後の、あの攻撃・・・」
試合終了の最後の瞬間。
あの方が、振り抜こうとして出来なかった、格闘用ブレードによる悪足掻きの一撃。
そう、悪足掻きだ。もはや雀の涙程度のSEしか残っていなかったあの方と違い、わたくしにはまだ十分防御に回せるだけのSEが残っていた。あの一撃を貰っていたとしても、ミサイルの直撃ですら尚破れないISのシールドにせいぜい傷をつける程度、SEにしてそこそこの量を持っていかれる程度だっただろう。あの方はそれすら適わなかったのだから、試合運びは終始わたくしの独壇場だったと言えた。
それでも、寒気が走ったのだ。
ISのシールド強度とか、SEの残存量なんて問題にならない。
あの一撃を受けてしまったら、その瞬間負ける。そんな直感が、わたくしにはあった。
現行の兵器で、ISを一撃で沈められるものなど存在しない。
そんなことはあり得ないと、頭ではわかっている。それでも、あの瞬間そう感じてしまった以上、その一撃を間違いなく受けてしまうであろう隙を晒したわたくしの心にはしこりが残った。
一歩間違えば、負けていたのはわたくしだったかもしれない、と。
「そんなはず、ありませんのに」
結局試合の後は、授業にも身が入らずそんなことを悶々と考えながら過ごした。
今思えば、ここに来てからそんなことは一度もなかった。
何をするにも、心身を注いだ。今やっている授業も、決して基礎と侮らず、復習を怠らなかった。
立ち振る舞いや、言葉遣い一つをとっても、出身国を辱めることのないよう努力したつもりだった。
「それが、この有様ですの・・・」
そう、冷静になって思い返してみれば、『つもり』でしかなかった。
最終的にわたくしのやったことといえば、クラスメイト全員の前で言うべきでない本音をぶちまけ、晒すべきでないコンプレックスをあの方にぶつけてしまい、その結果公然と弱者いびりを行い・・・
「うぅ・・・」
恥ずかしい。情けない。
両親を失い、強くあろうと決意したセシリア・オルコットの思い描いた未来の姿は、こんな無様なものだったか。
「このままでは・・・いけませんわね」
切り替えないと。
そうは思うものの、どう振舞えばいいかがわからない。
今まで通り、という訳にはいかない。このわたくしが、同じ轍を踏むような失態を犯すなどあってはならないことだ。
かといって、他にやり方を知ってるわけじゃない。そもそも、今の今まで自分の在り方を疑うことなんて、わたくしはしてこなかったのだから。
「どう・・・すれば」
いくら考えても答えは出ない。
わかったのは、今まで築き上げてきた矜持だけは失くしたくない、ということ。
だから、こんな弱いところ誰かに見られたくなかったわたくしは、逃げるように、どこか人のいないところを探して歩き出した。
~~~~~~side「一夏」
「箒のヤロォ・・・」
なにが精神を鍛え直す、だ。結局ただの打ち込みじゃねーか。
とはいえ今回は試合形式ではなく、防具こそつけたがなんでもありのただの斬り合いだった。
元々箒の道場は『剣道』というよりも実戦形式に近い『剣術』の側面が強い。
そのため、ルール的な制約がない戦いになると、いかに竹刀とはいえ下手をすれば大怪我をしかねないような殺陣に発展してしまう。
・・・いや本当にあの七段突きは危なかった。本気で喉を狙ってやがった、直撃していたら間違いなく今頃救急車に乗っていただろう。
ああ、節々が痛い。
しかも今回は打撲のオマケつきだ。試合的にも五本はとられた。
まぁ、向こうもなんでか知らんが感情が乱れていたのでこちらからも付け入る隙は多かった、少なくとも三本は取り返した。
・・・あれ、元々なんでこんなことになったんだっけ?
まぁいいやと思考を放棄すると、火照った体を冷まそうとお気に入りの場所を目指す。
こないだ自己修練に使った林の近くにポツンとあるベンチだ。
どうも俺は山や森といった緑のある静かなところが体に馴染むらしく、最近はリフレッシュしたい時にはよくここを訪れていた。
僥倖なのか残念なのかはわからないが、この学校には同じような嗜好の奴はそこまでいないらしく、あまり人気もない。
だから、その場所についたとき既に先客がいたのには、少し驚いた。
決して大きくはない、せいぜい2,3人位しか座れないだろうベンチにちょこんと座っているそいつは、
「・・・オルコット?」
つい先程クラスメイト達の前で俺をのしてくれた優秀なイギリス人代表候補生その人だった。
なにやら物憂げな様子で、じっと空を見ながら考え事をしているようだった。
こいつのこういった表情は始めて見る。しかめっ面でないだけましだが、これだけ美人の辛気臭い顔というのもやっぱりなんだか勿体無い。これはこれでいいという意見もあるだろうが、喜怒哀楽による表情の七変化を楽しめるようになるほど俺はまだこの娘のことを知らない。
ま、知らないならこれから知っていけばいいだけの話だ。どれだけかかるかはわからないが、とにかくそのための一歩を踏み出してみることにする。
「隙あり」
「キャ?!」
そっと忍び寄り、持っていたペットボトルのお茶を首筋に押し付けると、可愛らしい悲鳴が挙がる。本当に隙だらけだ。らしくない。
「なっ、貴方は!」
「優等生の息抜き現場を発けーん。こいつはレアもんだ、写真撮れば売れるかね?」
そんな風に茶化しながら携帯を取り出しカメラを向けると、セシリアは顔を真っ赤にして携帯をひったくった。
「何をしにきましたの?!わたくしは笑いにきたんですの?!」
「なんで俺がお前のことを笑わなくちゃなんないんだよ。ほら、それ返せ。これやるからさ」
そう言ってペットボトルを差し出すと、まだ納得していないといった感じの表情をしながらも、渋々といった感じでなんとかトレードが成立。
セシリアはそのまま未開封のペットボトルの蓋を開け、中身のお茶を一口飲んでなにやら不思議そうな顔をした。
「・・・これはなんですの?」
「ただの紅茶だよ。別になにも盛ってやしないぞ?」
「これが紅茶・・・?」
あーそういやこいつ紅茶の国から来てるんだった、こいつは失敗したかもしれない。
しかし、それにしては何か引っかかる反応だったような・・・
「・・・言いたくはありませんがやはりこの国の文化は後進的と言わざるを得ませんわね。こんなひどい味の紅茶を恥ずかしげもなく商品として市場で扱うなど」
「いやー流石に世界で一番いい紅茶を飲んでる身分の方が飲んでるような紅茶と比べるのはいかんと思うんだよ。一応世界レベルで見ればそこそこ美味いレベルのメーカーのやつらしいぞ?」
「・・・そうなんですの」
そう呟くと、またなにやら物憂げに考え込むセシリア。
う~ん、あの試合でのこいつの様子から察して十分憂さ晴らしに貢献できたと自負していたのだが、どうやら逆に変なツボを刺激してしまったらしい。ホント、思っていた以上に手間のかかる奴だ。
一応、隣、いいか?とセシリアに確認し、こくん、と小さく頷くのを見てから、俺は隣に腰掛け、自分用に買っておいた緑茶の蓋を開ける。
ちなみに先程セシリアに渡したのは箒にと買っておいたものだ。まぁこんなもん後からでも買い直せるし惜しくはない。チョイスをミスったのは痛かったが。
「・・・今、あの試合中に貴方に言われたことを思い出していましたの」
そして口をつけようと思ったところで、唐突にそんなことを切り出すセシリア。
確かに色々言った記憶はあるが、どこら辺の話か検討がつかなかったので、今は聞きに徹したほうがいいと判断。
セシリアの言葉を待った。
「貴方、言いましたわよね?正直になれ、と」
「・・・ああ、言ったな、確かに」
「本当、勘違いもいいところですわ。先程のお茶の件でわかりましたでしょう?わたくしは、自分の眼鏡でしか物事を測らない人間ですの。
わたくし、自分で思ってもいないことなんて、口にしたことなんてありませんわ」
「成程ね。でもさ、お前実際」
そのままでいいと今でも思ってるのか?
その問いかけに対して言葉を詰まらせるセシリア。
やっぱ見込み通りだ。こいつは自分で言うように一見視野が狭い様に見えるが、客観的に自分を見る力はある。
ただ、感情的になるとそういったものが一時的に麻痺してしまう傾向があるようだ。差し詰め、今はあの試合で毒気が抜けて改めて過去の自分を思い返し、己の醜態を恥じているといったところだろうか。だとすれば、わざわざ心配する必要はなかったんだが。
「だったら、わたくしにどうしろというのです!」
そんなことを考えながらお茶を一口口に含むと、セシリアが突然激昂し出した。
突然のことに思わず噴出しかけだが、なんとか口に含んだお茶を飲み込む。しかし、その間もセシリアの言葉は止まらない。
「今までずっと、そうやってきたんですもの、それで、失敗したことなんてありませんでしたわ!今更、そのやり方が間違っている、なんて、認められる訳が・・・」
まだ一口しか口をつけていないペットボトルを硬く握り締めながら、搾り出すように自分は間違っていないと繰り返すセシリア。
そんな姿を見て、なんとなく先程の違和感の正体を悟ってしまった。
あー駄目だ。やっぱちょっと優等生だと思って過大評価し過ぎたかもしれん。いや、下手に優秀だったぶん、きっといけなかったんだろうな。
こういった事は本当は自分で答えを出せるのが一番なんだが、如何せんわかりやすい回答が今目の前にある。少しぐらい、答え合わせを手伝ってやるくらいならまぁ、ばちは当たらないだろう。
「オルコット。それ、やっぱ返してくれないか」
「え?」
そう言って指差したのは、今セシリアが握り締めている、彼女自身が不味いと一蹴した、紅茶の入ったペットボトル。
「不味かったんだろ?飲まないんなら捨ててきてやるよ。ほら」
「は、はい。そうですわね・・・ありがとうございます」
どこかぼぅっとした表情で、おずおずとペットボトルを差し出してくるセシリア。
俺はそれをセシリアの手から取り上げ・・・
「あ・・・」
たところで、もう一度セシリアがペットボトルを掴んだ。
セシリアの表情はいかにも呆然といった感じで、明らかに自分がやったことに驚いているといった風だった。
「い、いや、やっぱり宜しいですわ。折角頂いたものですし、織斑さんの手を煩わせるのも悪いですわ。これは、わたくしの方で処分しますから・・・」
終いには、まるで自分に言い聞かせるようにそんなことを抜かし出す。
「ムカつくな」
「え・・・」
俺の言葉に少し脅えた様な瞳を向けてくるセシリア。
「いや、別にお前個人がムカつくって訳じゃない。お前をここまで筋金入りの『嘘吐き』にしちまったお前が今までいた環境に、俺はムカついてる」
「なっ!!心外ですわ!わたくしが嘘吐きですって!」
先程の脅えた顔とは一転して、今度は火のついたように怒りだす。
本当、感情の起伏が激しい奴だな。
「じゃあ聞くけどさ、それ、本当に不味かったのか?」
「当たり前ですわ!こんな砂糖で味を誤魔化しただけの粗悪品が美味しい訳ないでしょう!そもそも紅茶というものは昔から・・・」
そこまで言いかけて不意に言葉を詰まらせるセシリア。
お、流石に聡い。もうこいつは自分で気付きかけてる。
「昔から、何だよ?砂糖なんて入れなくても十分に甘いものが上等で、美味いもんだと『周りに教えられてきた』ってか?」
「!」
セシリアは何も言い返せない。それは、俺の答えが暗に正解であることを意味した。
「ったく、あん時も似たようなこと言ったと思うけどな、周りがどうこう言ってるのとか、この際なしだ。『セシリア・オルコット』っていう一人の人間がどう思ったかを、俺は知りたいんだ」
「それは・・・」
きっともう答えは出ているはずなのに、それを口に出すことができない。
怖いんだろう。気持ちはわからなくはない、いつからこうなったのかは知らないが、ずっと時間をかけ積み重ねて築き上げた自分ががなくなるかもしれないという瀬戸際なんだから。
そもそも一概に、それが間違いだと言い切れるかなんて、俺にはわからない。セシリア本人だって言っている、そのやり方で、失敗したことなんてなかったと。本人がそう認識しているのであればそれでいい、俺がこれからしようとしていることは、もしかしたら余計なことなのかもしれない。
それでもさ、勿体無いんだよ。
例え本人がそれを受け入れていて、納得ずくでそうしているのだとしても。
こんな綺麗な奴が、こんな苦しそうな顔をしてるのは。
「別にいいじゃねーか、砂糖ドカ入れのチープな味が好きだってさ。確かに万人向けの回答っていうのはあるし、お前がそういうことしか言えない立場だってのも少しは理解できる。でも、俺からすればそういう生き方って実につまらないもんに映る」
「ですが、わたくしが好き勝手に振舞っていては、示しが・・・」
「誰になにを示すってんだよ。今のお前はただ『代表候補生』って肩書きがあるだけの、IS学園生の一人でしかないんだ。この際だから一つ教えといてやるけどな、お前が今まで相手にしてきた人間はどうだったか知らないが、少なくとも俺らみたいな世代の、世の中の酸いも甘いも知らないような連中には、多少、自分勝手なくらいのほうがウケる」
「・・・は?」
「だってお前、今まで『そういう風に』やってきた結果どうだったよ?上手くいってればこんなところで黄昏てるわけないよな?」
「そ、それは・・・」
「だからさ、言ったろ?一回『全部笑って許しちまえ』ってさ。多分、お前自身が思ってるより楽しいぜ、開き直って好き勝手に生きる、ってのは。
周りからの評価なんてもんは、ひとしきり楽しんだ後に嫌々ちょっとだけ覘いてみればいいだけのもんだ。何、成績表を受け取るのはお前だけじゃない、例え結果が『不可』でも一緒に同じ結果を嘆いてくれる道連れがいるなら案外気にならないもんだぜ?」
そこまで言い切ると、ぐい、と手にした緑茶を飲み干す。うん、やっぱお茶は緑に限る。
セシリアはしばらく何も言わずに俯いていたが、
「ん・・・」
唐突に、俺に習ってもう一度、手にした紅茶を呷る。
そして、また、先程と同じ不思議そうな顔をする。
「どうだい、『正解』に反逆してみた感想は?」
「・・・美味しくないですわ、ええ、本当に、美味しくない」
素直じゃない奴め、と思わずジト目になる俺。
しょうがない、箒にしてもそうだが自分の在り方を変えるっていうのはそんな簡単なことじゃないよな。
でも、何処か憑き物が落ちたような顔で、ちびちびと紅茶を飲みつつ美味しくない、と呟くセシリアを見てきっと、俺のやったことは無駄にはならないと、なんとなく、そんなことを思った。
~~~~~~~side「セシリア」
「変な方」
結局自分の言いたいことだけ言って、手を振って去っていくあの方の背中を見送りながら、そんなことを思う。
本当におかしな方だ。男性というものは、皆、父のように気弱で、女性がいなければ何もできない存在だと思っていた。
しかし、あの方は違った。何食わぬ顔で、当たり前のようにこのわたくしに意見してきた。それどころか最後には刃向かい、後一歩でわたくしに一撃を与えるところまで肉薄してきた。そして今度は、恥をかかせたわたくしに対して何事もなかったかのように接してきた。
「殿方の癖に、か」
ずっと、正しいと信じ、周囲の人達も否定してこなかったその考え方。
実際、わたくしの父はそうであったから、間違っているなんて思わなかった。
しかし、それが当然と思っているのに、父と同じような男性を見ることが増えていく事実は、何故かわたくしを異様に苛立たせた。
最初に彼に話しかけた時も、どうせ今まで見てきた殿方と同じだろうと思いつつも、どういう訳か心のどこかでそれを望んでいない自分がいて。
『俺は『俺』だ』
そんな彼の言葉で、わたくしは『彼』自身のことなんて全く見ていない自分に気がついて。
殿方なんて、皆同じ。だから、それが当然と自分の中で答えを出しつつも、近視眼的な自分を恥じる気持ちもあった。
「織斑、一夏さん」
父以外で、初めて一人の『殿方』として意識した、彼の名前を思わず口にする。
父、そして今まで見てきた殿方とは、明らかに異なる男性。
『全部、笑って許しちまえ』
『それ、本当に不味かったのか?』
思えば、あの方はわたくしの、そんなモヤモヤした思いに最初から気がついていたような気がしてならない。
だからこそたった今、彼なりにわたくしの問題の解決法を考えて、残していってくれた。
「最も、それが『開き直れ』、というのは、流石にどうかと思いますのよ・・・」
だって、開き直るにしたって、何が本当のわたくしで、どう在ることが正しいかなんて、わたくしにだってわからないのだから。
しかし、少なくとも今の自分のままではいけない。保留には出来ない。
「この、紅茶の味にわたくしが答えを出す、としたら・・・」
だから、すぐに答えは出なくても、明日から違うわたくしになるために。
彼に見えている、『わたくし』。
それを・・・今は。少しだけ、信じてみることにする。
「そう・・・ですわね。ほんの少しだけ、好みかもしれませんわね」
そう一気に言葉にすると、手にしたペットボトルの中身を一気に飲んだ。
優雅さには程遠い、英国淑女としてはあるまじき行為だった。それでいい。
これから、いままでの自分とは違うわたくしになる。その決意の表明として、『らしくないこと』をするのは悪いことではないだろう。
「ええ、貴方が定めた『わたくし』を精々楽しませて頂きますとも。ただし、それが原因でわたくしの栄光に翳りが射すようなことがあれば、その無責任な解釈の責任を負って頂きますわ。その時は・・・一緒に成績表を受け取ってくださいましね」
今ここにはいない、あの方に宣言すると、わたくしは立ち上がった。
やるべきことはいくらでもある、まずはあの時貶めてしまった、これから一年を共にするクラスメイト達に頭を下げることから始めるとしよう。
元々同じファイルに保管していた話を二話構成でお届けして参りました。
プロット進めてる段階で何故かうっかり属性を身に着けていく家のセシリアさん。かっこいいセシリアさんを書きたいものです。