IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第六十九話~夏休み戦線・戦~

 

~~~~~~side「セシリア」

 

 

 「……そこを動くな。今のは当てなかっただけだ、一歩でも動けば次は当てる」

 

 お屋敷に入り込んだという賊の手から逃れるために、外を目指していたわたくし達の行く手を遮るように壁に突き立ったナイフ。

 それが飛んできた方向から直後に響いたのは、凛とした声だった。

 ここからでは、廊下が薄暗いせいで影になってしまい姿ははっきり見えない。しかしそれでもシルエットと先程の声から、かなり長身の女であることはわかった。

 

 「……!」

 

 なんにせよ、人の家に土足で上がりこんでおいての随分な振る舞い振りに皮肉の一つでも投げかけてやろうと思い立つも、その段に至って声が出ないことに気がつく。自分で大丈夫だと言っておいて、わたくしの状態は悪くなる一方だ。

 

 「……誰ですか、あなた」

 

 よって、先に目の前の相手に言葉を投げかけたのは今もこうしてわたくしを背負っている少女の方だった。こちらに向かって音もなく歩いてきていた女の影は、問われるのと同時に唐突に立ち止まり、

 

 「……用件だけ伝える。ラン・ゴタンダを返して貰う」

 

 全く感情の揺れの感じられない、事務的な声でそう告げた。

 

 「……!」

 

 女の告げた名前に少女が息を呑むのが、背負われていて尚わかった。

 ……恐らくこの少女の名前なのだろう。彼女の震えが強くなるが、わたくしがそれを感じた直後。

 

 「……?」

 

 彼女がその時どんな表情をしたのかは、背負われているわたくしの位置からではわからない。しかし窓から差し込む月明かりに照らされ少しだけ見えた女の顔は、彼女を見て何か意表を突かれたような様子を呈しており、少女はその隙を見逃さず私を背負ったまま迷わず階段を降りていこうとする。

 

 「! 行かせん!」

 

 ――――けれど遅い。視界から女の姿が消えるよりも先に、何かを握り締めた女の腕が動く。このままでは……!

 わたくしは動かない体に喝を入れ、せめて盾になるべく動こうとした。しかし、

 

 ――――!

 

 それよりも先に鋭い銃声が轟き、同時に金属を殴りつけるような鈍い音と共に、女の手に握られた何かが弾けるように吹き飛ぶ。

 

 「……早く! 行ってください、ここは私が引き受けます! アレは人間の女性の姿をした鋼鉄(アイアン)メスゴリラです、追いつかれたらおしまいですよ!」

 

 「……!」

 

 そして上の方から聞き覚えのある声が振ってくる。見れば、チェルシーが階段の踊り場から身を乗り出して、あのいつも大事にしている長銃で女に狙いを定めていた。女はいきなり撃たれたにしては異様に落ち着き払っていたものの、自分が狙われていることに気がついて警戒がチェルシーの方に逸れる。

 

 「で、でも……」

 

 チェルシーの言葉に、少女は迷うような素振りを見せる。あの自分を狙っている女を、チェルシーに任せて逃げることに抵抗があるのかもしれないが、しかし……

 

 「……!」

 

 「!」

 

 あの女の狙いはあくまで彼女だ。それに状況は明らかにチェルシーが有利、そうでなくともここにわたくし達が残ったところで出来ることはない。 そう判断したわたくしは背負われたまま少女の肩を叩き、こちらに振り返った少女に首を振って見せる。

 

 「っ……!」

 

 彼女はそれを見て一瞬強く唇を噛んだが、直ぐに意を決したように走り出してくれた。

 わたくしは去り際、階段の死角で見えなくなるまで、チェルシーに視線を送って自分の意思を伝える。

 

 ――――完璧に仕事をこなさなかったら酷いですわよ、チェルシー。貴女が何事もなくわたくしのところに帰ってくることまで含めてね。

 

 ――――承知しました……お嬢様の危機に即座に駆けつけられなかった使用人の不徳をどうかお許しください。この場を収めたら、直ぐにいいお薬をお出し致します。

 

 チェルシーは絶えず今目の前にいるであろう女に意識を集中させながらも、わたくしの位置から見えなくなる寸前で、そう返してくれた。

 

 

~~~~~~side「クラリッサ」

 

 

 この一件、やはり何かがおかしい。情報を集め始めた私が、そう気がつくまで大して時間は掛からなかった。

 この国の警察は間違いなく優秀だ。しかしだからこそ、これだけ『知っていて』動き出す様子がないのは明らかに異常。どうにも、彼らではなく彼らの『上』は、この事件の早期解決を望んでいない意図が透けて見える。

 それに犯人側の意図も見えない。最初に人質の携帯電話から身代金を要求する連絡があったものの、具体的な方法は追って指示すると言っておきながら、最初の連絡から三時間近く経過した今になっても何も言ってきていないらしい。

 ……金が目的なら、相手に思考する時間を与えるのは愚策だ。本来であれば最初の連絡の段階で金の引渡し方法まで明確に指示するのが常套、犯人が素人にしたって、人質という名のリスクを抱えたまま逃げ続けるよりはさっさと金を手に入れてしまいたいという心理くらいは働くはず。三時間もなんの音沙汰もないのは変だ。

 

 ――――思っていたより、厄介なことに首を突っ込んだのかもしれない。

 

 悔やむ気持ちがなかったと言えば嘘になる。だが一度仕事を受けた以上、どんな事情であれ手を抜くことは私の矜持が許さない。

 よって捜査の結果人質の居場所を特定した私は、最終的には警察に一任する当初の計画を早い段階で放棄し、人質の身内に居場所を伝えた上で、自力で人質の救出を試みることにしたのだが……

 

 その結果、私は今押し入ったイギリスのある金持ちが別荘にしているという屋敷の中でメイド衣装を着込んだ女に狙撃銃で狙われている。

 ……まぁ金持ちの別荘というのは表向き、実態はかの国がかつての『暗黒時代』到来の対策の一環として世界中に置いていた特殊部隊の拠点の一つと事前に調べはついており、場所が場所だけに厄介事は覚悟していたつもりだった。だがかの時代は八年も前にその幕を降ろしているし、それ以来我々がとってきた方針を考えれば、未だここがかつての機能を残していることは考えにくい。何より連中がこんなたかが身代金目当ての民間人の誘拐なんて下らない犯罪を起こし、みすみす私に馬脚を見られるようなへまをする筈がない。どうせ廃屋になった屋敷を拠点にした犯罪者が相手だろうと高を括っていたのも事実だ……何にしても、この絵面にすればこの上なく間抜けだがその実のっぴきならない状況に加え、猿と罵倒を浴びせられた以上文句の一つも言いたくなったのは不自然なことではないだろう。

 

 「……随分な言い草だな。来客に向けて警告もなしに鉛玉を喰わせるメイドが人のことを類人猿呼ばわりか、笑わせる」

 

 「そりゃ失礼しました。7.62mm弾を生身で受けて余裕で弾いちゃうような生物を表現する言葉を他に思いつかなかったもので」

 

 「余裕なものか、今のは物凄く痛かったぞ……PMライフルか。よくもこんな狭い屋内でそのような長物を取り回そうと思うものだな」

 

 引き金から指は外れている、少なくとも相手は私が動かない限りは直ぐ撃つつもりはないらしい。それを確認した上で、適当に会話しながら先程銃弾を当てられた腕を振りながら駆動系に問題がないか確認……チ、今度は『抜いて』きたか。やはりあまり『強化外皮』を過信するのは愚策、拳銃程度ならまだしも、遠距離狙撃用のライフルで何度も撃たれるのは流石に危険だ。

 

 「その様子じゃ今度は効いたみたいですね。ま、人間の間接は精密機械みたいなものですから。どんなに『頑丈』だろうとここだけは完全に固めるには限界があります、代償になるものがあまりに大きいですし……でも普通だったらこんな面倒なことする必要もないんですけどね、相手が『人間』なら。このお屋敷はですね、あの歪みに歪んだ『プランA』の穢れた遺物で出来た、戦闘用半自動人形さんが勝手に足を踏み入れていい場所じゃないんですよ、わかります?」

 

 と、私が考えていることを見通すように、相手は話を続ける。

 私の体に使われている技術があの計画繋がりなのを『知っている』? ……この小娘はこの仕事とは別件で一度締め上げて知っていることを全て吐かせる必要があるな、このことは下手を打てば国益に関わる。それにあの『計画』の愚かしさについて否定するつもりはないが、結果的にそうなった原因が我が国だけにあるような言い方をされるのは些か心外だ。

 

 「フン。貴様らとて『遺物』の扱いについてどうこう言える立場ではないだろうブリティッシュ、あの史上最悪の鉄道事故がその証明だ。結局『アレ』を与えられた誰しもが、最後まで正しい形で運用することは出来なかった。私の存在は、あくまでその結果の一つに過ぎない」

 

 「それはわかってるんですけどね。けどそういう『開き直り』の結果、大事な方が実害を被った立場としてはやっぱりどうしても許せないんです。お嬢様から肉親を奪ったモノの鱗片が、お嬢様の住居に我が物顔で踏み入ってこともあろうか今度はお嬢様を脅かそうとする……これ以上冒涜的で許しがたいことって、そうないですよ。少なくとも、私の中ではね」

 

 「……成程な、否応なく巻き込まれて真実を知ったクチ、か。まぁ同情くらいはしてやるさ。だが私とて好き好んででこんな場所に忍び込んだ訳ではない。貴様がそれをどけてくれるなら、数刻もしないうちに勝手に出て行くつもりだ。返すべきものを返して貰ったのちにな」

 

 「はて、なんのことですかね? 残念ながらこちらは、貴女のような穴掘りドイツ人からお借りしたもの等とんと心当たりがないんですよー……お引取り願います。こんなところで時間潰してないで、『また』国が負けてしまわないうちにさっさと帰って塹壕でも掘っててくださいな。お家芸でしょ?」

 

 「貴様は我々のことを誤解している。私の国の人間は根が素直な性質でな、どこかの阿呆が『掘れば勝利が出てくる』等とほざいたのを間に受けてしまったのさ、別に塹壕を掘るのが趣味って訳じゃない……ところでどういう訳か勝つ程貧乏になって、最後には食うに困って当時有数の先進国だったというのに庭に穴を掘って野菜を育てていた国が欧州にあるらしいんだが、何処だか知っているか?」

 

 「うふふふ」

 

 「はははは」

 

 それが嵐の前の平穏だと互いに理解した上でしばしの間笑いあい、私達は全く同時に動いた。

 

 「愚かさ極まったな小娘! 私は兎も角祖国の侮辱は許さんぞ!」

 

 「まー私は別に国自体のことはどうでもいいですけどお国のために菜食主義の謗りを甘んじて受けたご先祖のことをキャベツ人にだけには馬鹿にされたくないですね!」

 

 「その理屈でいったら貴様はライム人だろうが……!」

 

 私のナイフの投擲が空中で撃ち落される……が、それも計算の内。次弾が来る前に手近のある部屋の扉を破って転がり込む。私がそのまま体勢を整え腰のホルスターから銃を引き抜くのと、それまで私がいた場所に二発目の銃弾が突き刺さったのはほぼ同時だった。直後に廊下の窓ガラスに数発発砲してみると、ガラスは割れることはなく皹が入った程度だった。

 ……防弾ガラスか、とっさのことだったが、外に逃げる選択肢を選ばなかったのは正解だった。そうしていたら破れずこの上なく無様な姿を晒していただろう。

 相手は卓越した技能を持つ狙撃手。野外戦なら仕切り直しも視野に入る厄介な敵だが、屋内かつ距離も大して開いているわけではない。打つ手はいくらでもあると考える。

 

 ――――さて、と。では、最初の手は……

 

 ライフルの死角になるギリギリの位置に立ったまま、必要な装備を取り出し装着した上で、『それ』の安全ピンを口で引き抜き廊下に投げ込む。

 そしてそれが床に落ちて効果を発揮する直前で、私は部屋を飛び出した。

 

 「……!」

 

 敵は先程私が投げ込んだものに注意を向けていたようだが、直後に飛び出してきた私を見てすぐさま狙いを切り替える。

 その迅速な判断は賞賛に値するが、今回は仇になった。敵の射線が私を捉える直前で、先程私が投げた『それ』が、強烈な音と閃光を放ちながら炸裂する。

 

 「スタングレネード?! しまっ……!」

 

 音と光は狭い空間内を反響し、敵は堪らず左手で目を押さえる。

 視覚と聴覚をやられた狙撃手など、何ら脅威には値しない。後は階段を駆け上って回復する前に無力化してしまえば……

 

 「……なんちゃって♪」

 

 「……!」

 

 そう考えながら、いざ階段の近くにまで差し掛かったその時。

 押さえた左手の指の間から覗く、敵の右目は確かにこちらを捉えているのに気がついて、それのことに異様に嫌な予感を感じた私はすぐさまその場から飛び退いた。

 結果的にそれはいい方向に働いた。その直後まるでこちらの退路を塞ぐように急に落ちてきた防火シャッターを、ギリギリのところで潜ることが出来たのだ。あのまま突撃していたら、敵のライフルの死角に入れる場所を失っていた。

 

 「……あの目を押さえた時の様子は演技には見えなかったが」

 

 「まぁ実際に効きはしましたからね、『左目だけ』ですけど……ああもう、頭いた~。流石に交戦中に一瞬とはいえ、両目を塞ぐような真似は出来ませんから」

 

 「……!」

 

 思わず口にしてしまった私の疑念に、厚い防火シャッターの向こうから声が返ってくる。

 

 「流石にそれくらいは考えますって、目と耳はなんだかんだで人間の最大の弱点ですからね。一定以上の音量にだけ即時反応する耳栓も常備してますよ……けど、ちょっとしくじっちゃいましたね。あそこで感づかれなきゃ、次でチェックメイトだったんですけど……あ、左も見えてきましたね」

 

 「……やれやれ、楽に突破できると踏んだ私の公算が甘かったということか」

 

 「そう思い直して頂けたんならこの場は退いて貰えませんかね。話があるということでしたら、きちんとした形で後ほどいらして頂ければお聞きしますから……本当こんなことしてる場合じゃないんですよ。私もう、お嬢様が心配で心配で気が気じゃなくて」

 

 「魅力的な提案ではあるが却下だ。私は基本的に『後で』と先か最後に付く類の約束事は信用しないことにしている……とはいえ、これ以上ここでお前の相手をするのは私にとっても不毛だ。よってこの場から『は』退かせて貰い、先程の二人の追跡を再開することにしよう」

 

 「……あーあ。それじゃ続行ですね、残念です」

 

 続行? 防火シャッターが降りて互いに姿が見えない現状で、一体何を続けると……!

 思った瞬間、直感的に頭の前に腕を突き出す。同時に出した腕に衝撃が走り、私はそれを受け流せず後ろに吹き飛ぶ。

 ……馬鹿な! シャッターを隔てたところにいる私にどうやって狙いをつけている?! あのシャッターはマジックミラーで出来ているとでも……!

 

 「じゃあ取り合えず、両足だけでもハジかせて貰いますか。少なくとも走れなければ、お嬢様たちは追えませんよね? ……卑怯だなんて言わないで下さいよ、こちらのテリトリーに踏み込んできたのはそちらなんですから」

 

 「……くっ!」

 

 兎に角、このままでは不味い。せめて銃撃が届かない場所に、一度退避しなくては……!

 

 ――――!

 

 「……!」

 

 しかし私のそんな考えを見通すかの如く、飛び込もうとした部屋の扉のドアノブが吹き飛ぶ。

 間違いない、やはり奴はあのシャッターの向こうから、ほぼ正確にこちらの居場所を特定している。闇雲に避難しようとしても、恐らくその瞬間を狙われる……!

 

 「……チ!」

 

 先程受けた衝撃の加わり方から弾き出した銃弾の射角から、恐らく奴は階段を降りあのシャッターの向こうに陣取っていると予想して銃弾をこちらからも撃ち込んでみるが、やはり威力が足りない。鉄板を抜くことが出来ず弾かれ、入れ違いにシャッターを貫通し飛来した銃弾が私の足に突き刺さる。

 

 ……参った、敵は思っていた以上に狡猾な戦上手だ。自らの戦力を計算に入れた上で、どう転んでも自分が有利になるよう戦局を組み立てている。

 せめて奴がどうやって私の位置を特定しているのかを掴まない限り、私の不利は覆りそうにない。

 

 「……?」

 

 かといって、仕事をやりとげてもいない内に諦めることは断固として出来ない。足に受けた衝撃で床に転がりながら、突破口を必死に探し……見えているのなら何処でも狙える今の状況で、すぐさま追撃がこないことに違和感を覚える。

 

 ……装填? 敵の銃は手動装填のボルトアクション方式、再装填には少なからず時間が掛かる。だが私の見立て通りならあの銃の最大装弾数は十発、見敵の時から数えても発射数はまだその数字に届いていない。敵の周到さから考えて、使いかけのマガジンを使用していることも考えにくい。あと一発で相手を仕留められる状況で残弾を気にする必要があるとも思えない、直ぐに追撃がないのは別の理由ではないかと思い至る。

 

 ――――まさか……ことこの段になって私の居場所を見失っているのか?

 

 いや、敵地においてあまりに楽観的過ぎる推測を立てるのは賢いとはいえない。別の可能性も考慮に入れるべきだが、しかし……

 

 「そうだと、するなら……」

 

 思考する時間は三秒にも満たない。自分の現在位置を死角とした場合、何処に敵の『目』があるのかを弾き出す……この推測が合っているなら、現況を打開できるかもしれない。

 どの道このまま手を拱いていても状況は良くならない。なら試してみる価値は、あるか。

 

 「さて……無様に踊り狂う羽目になるのは私か、貴様か。どちらに転ぶにしろ、この一手で終わりにしよう」

 

 覚悟は決まった。敵に悟られぬよう小声でそう独り言を呟き、手にした拳銃のグリップを強く握り締め、

 

 ――――!

 

 躊躇うことなく。私はこの廊下の『天井』に、弾丸を叩き込んだ。

 

 

~~~~~~side「チェルシー」

 

 

 ――――最後の最後で、詰めを誤った。

 やっぱり、お嬢様が心配で『違う方』に気を取られていたのがよくなかった。あのお嬢様を背負った赤毛の子が足をもつらせて転んでしまった映像に意識を向けてしまった瞬間僅かに手元が狂い、結果として私の一撃は獲物を私の『目』の死角に押し込んでしまう。

 

 「あちゃあ……」

 

 思わず呻きが漏れる。これはちょっと下手すると『姫』の名前を返上しなくちゃいけなくなるくらいの大ペケだ……まぁこんな恥ずかしい(あざな)、さっさと返上させてくれた方が私個人としては有難いけれど。

 と、そんな私情はさておき。といっても位置まで完全にロストしたわけじゃない。普通の相手であれば、このまま『見えない』まま撃ってもなんら問題はない、当てて見せる自信はある。しかし、残念ながらあの敵は私の言う『普通』の定義に嵌ってくれない。

 

 「一応、ダメージはあるみたいですけど……本当、出鱈目もいいとこです。本来なら『穴が開く』くらいじゃ済まないんですよ」

 

 ……無機物から人体の『材料』を精製する技術、『貌のない人形(フェイスレス)』。元は肉体の欠損に苦しむ人達に安価で高性能な『代用品』を提供する為に生み出されたその技術は、そう時間が経たないうちに五体満足の人間を態々『改造』するための技術に転用されたという。今シャッター一枚を隔てて向き合っているであろうあの敵も、恐らくは『そうやって』造られたんだろう。

 一体、あの体はどのくらいまで『人』の部分を残しているんだろうか? ……そんなことを考えかけて、直ぐに思い留まった。今大事なのは自身の好奇心を満たすことではなく、生半可な攻撃では敵に致命傷を与えられないということだ。

 そう、だからこそただ『当てる』だけでは意味がない。よって当初私は、基本骨子は『人』である以上強化が難しい部分を狙う方針を打ち出した。しかし現状では敵が見えない以上、正確にそれを実行するのは難しい。

 

 ――――といっても、何発撃ちこめば完全に行動を止められるのかわからない現状では、燻り出すためだけに無駄玉を使うというのは……

 

 結果、そんな迷いが生じてしまう。そうして行動出来なかったのは五秒にも満たない短い時間だったが、悪いことにその数秒が更にこちらを追い込み始めた

 

 ――――!

 

 「……!」

 

 一発の銃声が轟く。同時にスコープ越しにあちら側を捉えている私の『目』一つが、ノイズと同時に突如ブラックアウトした。

 

 「そんな……! ちゃちな安物じゃないんですよ、壁面に埋め込んだピンホールレンズの場所をこの闇の中で見つけたって……!」

 

 ――――!

 

 二発目の銃声。より私側に近い位置の映像が途切れる。なんてこと、これってもしかしたらマズいかも……!

 

 「!」

 

 が、ことここに至って敵も急いたのか、ミスをした。別の角度に設置してあるカメラが、とうとう今までロストしていた敵の影を捉える。

 

 ――――!

 

 すかさず撃つが、直後に返ってきたのはガインという金属の弾けるような音。映像には敵が投げ捨てた刃が砕けたナイフが残る。

 

 「――――見えているぞ狙撃手。違う角度からの捕捉だけで敵の位置を割り出す空間把握能力は感服したものだが、帳尻合わせは楽ではあるまい……標的が動いていれば、自ずと狙いは雑になる」

 

 「くっ……!」

 

 敵の声がシャッターの直ぐ向こうにまで迫る。

 ……などうやら敵は真っ直ぐこちらに突っ込んできているらしい。このシャッターは簡単には破れない、あの規格外の体を除けば敵はあまり重装備で乗り込んできた風でもない、なのに一体何を考えて……?

 

 まぁ、このまま逃げられるよりは都合がいい。どの道ここは突破できないのだし、シャッターの前で足が止まったところでまた狙いをつければいいと考え迎え討とうとしたところで、

 

 「――――『ブルーティッヒ・ハーゼ』の認証開始……照合。擬似骨格の結束強化の後、プロテクトの一時解除を申請する」

 

 「……っ!!」

 

 直後に微かに聞こえたその囁きに猛烈な寒気のようなものを感じ、反射的にその場から思い切り階段の方へ飛び退く。

 それとほぼ同時に爆音のような強烈な打撃音が響き、重量シャッターが紙屑か何かのように千切れ飛び、廊下の突き当たりに激突した。

 

 ――――どこまで人間やめてるんだこのゴリラ……! それに今……聞き間違いじゃなければ、確か。まさか……!

 

 「『黒兎部隊(シュバルツェア・ハーゼ)』……?! そんな、対凶悪犯罪者への対抗策として秘密裏に結成された伝説の特務部隊が、なんで…!」

 

 「期待に沿えず済まんが、その推測は当たっていない。『生ける屍(リビング・デッド)』無き今『黒兎部隊』が本来持つべき意義は失われ、その存在は意味のないものになった。お陰でかの特務部隊はその名前だけ違う形で残されたまま消滅するに至った訳だ。そう意味では『伝説』になったいうのは間違いではないかもしれないが」

 

 「……じゃあ、貴女は一体何なんです? さっきの符号は、かつて彼女達が使っていたものの筈では?」

 

 「……貴様には聞かなければならんことがさらに増えたな。まぁその前に『ここ』の修理代代わりと言ってはなんだが、特別に答えられる範囲で答えてやろう。私は当時の『特務部隊』としての黒兎部隊にはなんら関与していない身だが――――」

 

 喋りながらも油断なくこちらに拳銃を向けたまま、黒い女がこちらににじり寄って来る。

 こちらも対抗するべく銃を向けるが、すでに距離が近すぎる……次を外すか対応されるなりすれば、その時がそのまま私の最期になる。それがわかっているから、中々指が掛かった引き金が動いてくれない。

 

 「――――この身はある事情から、彼女達の『力』のプロトタイプとして『与えられた』ものでね。今となっては型落ち品ではあるが、調律さえすればある程度までなら『間に合わせる』ことは出来る……!」

 

 敵が本格的に前傾姿勢をとる。敵の身体能力と現在の距離を考えれば詰めるのには一秒も掛からないだろうが……この期に及んで、まだ火器を使うつもりはないようだ。流石に舐め過ぎだと思う。

 

 ――――!

 

 勝負時だと感じ、敵の足が床を蹴るその瞬間に引き金を引き絞る。

 銃弾は丁度腰を落とした敵の頭部を捉えていたが、成果は髪の数本を引き裂くに留まる。その驚異的な身体能力と反射神経を以って至近距離から放たれた弾をギリギリのところで回避した敵は、ここぞとばかりに真っ直ぐこちらに突撃し、

 

 「……!」

 

 撃った瞬間に二発目は間に合わないとすぐさま判断、袖に仕込んでいたナイフを握って対抗しようとした私は、気がついた時にはガードの上から殴り飛ばされていた。

 

 「ぐぅっ……!」

 

 なんとか受け流せた……! しかし構えは完璧だったのにも拘らず、10tトラックに激突したような強烈な衝撃は『抜けた』側の腕の関節を外してしまう。いけない、これじゃ反撃が……!

 

 「これで無力化するつもりだったが……驚いたな、よく『流した』。空挺団仕込か、その歳で『これ』とは何とも先の恐ろしい小娘だ。まだ青い内に相対できたのは私にとっては幸運だったな」

 

 「っ……!」

 

 苦し紛れに放った無事なほうの腕による手刀も片手であっさり受け止められ、私は右手を掴まれた状態で、敵と至近距離で睨み合う。

 女は表情を全く動かさずに私を見据え、

 

 「自らが倒されてでも時間を稼ぐことを選ぶか、見事だ。その勇気とここに至るまでの貴様自身の努力に最大限の賞賛を送ろう……一撃で意識を刈り取る。目を瞑っていろ」

 

 やはり感情の全く篭らない声で、最後通告を突きつけた。

 

 ――――申し訳ありません、お嬢様。私、ここまでみたいです。

 

 向こうと違ってこちらは生身の人間だ、流石にここまで迫られては絶望的だ。そうじゃなくとも銃弾を弾くような体に決定打を与えられる手はもうこの局面では残っていない。だから心の中で先にお嬢様に謝っておく。

 だけど、かといって賊の思い通りになるのもこちらとしては面白くない。だから私は振り上げられた敵の拳から目を逸らさず、

 

 ――――!

 

 直後に体の真ん中に打ち込まれた一撃が自身の骨を砕いていく音を聞きながら吹き飛ばされ、壁に叩き付けられて意識が断線するまで、敵を睨み続けた。

 

 




 

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