IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第六十八話~夏休み戦線・騎~

 

 「見つけた……!」

 

 弾が駆るバイクの後ろに跨り、蘭を追うこと一時間。

 俺達は漸く、携帯に表示された赤い光点と一致する黒い車を見つけた。既に町からは大分離れ、大きな建物も減り、道路脇には畑や雑木林が見られるようになってきた。既に日も落ち、人も車もほぼ全くといっていいほど見られない寂れた道を結構なスピードを出して走るその車に追い縋り、横に並んで中の様子を伺う。

 

 ……スモークガラスに覆われていて、蘭がいるかどうかまではここからではわからない。だが運転手以外にも数人の人間が中にいることだけは確認できた。

 

 「……止まってくれ!」

 

 ガラス越しでもわかるようできる限りの大声で怒鳴りたて、車を止めようと試みるも反応がない。そこでガラスを二、三回軽く叩いてみようとした所で、黒い車は急にスピードを上げてこちらを振り切りにかかった。

 

 「応じるつもりはねーってか……一夏! あの車で間違いねーんだよな?」

 

 「ああ、そうだ」

 

 「おし……潰す。しっかり掴まってろ一夏、落ちたら死ぬぞ」

 

 「一応蘭乗ってるかもしれないんだから加減はしろよな」

 

 途端に殺気立ち始める弾に、蘭のことだけは気を遣うように釘を刺す。

 ……それ以外の連中の身の安全? そんなのは神様とやらが心配していればいいだけのことだ、尤も連中にそんなものがいればの話になるが。

 

 ――――!

 

 相手がどんなに飛ばそうが、結局のところただのワゴン、しかも数人の人間が乗っている車相手に、二ケツとはいえ750CCのバイクが撒かれることはそうない。弾に直ぐに右隣まで食いつかせ、一向にこっちに構う気配のない車のサイドウィンドウを、跨ったまま蹴破る。

 

 「……!」

 

 途端に後部座席から男のものと思しき怒号があがるか、なんと言っているかまでは風のせいで聞こえない。

 ……が、車はやはり一向に止まる気配はなく、やはり間違いないと確信する。普通だったら、流石にここまでされたらそのまま走り続けようとは思わない。この車には、やはり止まる訳にはいかない何らかの事情がある……!

 後は、蘭が中にいるか確認するだけ。そう思い破ったサイドウィンドウから中の様子を伺おうとしたその瞬間。

 

 「……!」

 

 ――――その時見た光景を脳が認識するよりも前に、全身が特急の危険信号を発信した。俺はそれに素直に従い、バイクからギリギリ落ちない体勢で思い切り仰け反りる……そうしなければ、多分間に合わなかった。

 

 「ばっ――――!」

 

 俺が急に重心をずらしたことにより、一気に車体が転倒したかと思うほど傾いたことに弾があげた抗議の声は、直後に響いた鋭く重い炸薬の爆発音に掻き消された。

 

 

 

 

 「……マジかよ」

 

 「悪い、弾……流石にビビった」

 

 「いや……しゃーねーだろ、今のは」

 

 突然の相手の銃による攻撃を、俺が緊急回避した反動によりバイクは一度大きくバランスを崩したが、それでも弾の神がかり的なドライビングテクによってなんとか転倒は免れた。しかし立て直している間に、例の車とは大きく水を開けられてしまった。

 

 「目だし帽に拳銃とか……一昔前の強盗団かよあの連中?!」

 

 「大した違いはねーだろ、精々盗ったのが金か人かってくらいだ……弾」

 

 「? んだよ」

 

 ……ここにきて流石に無謀だったかという考えが頭を過る、銃が出てくるってのはキツい。最終手段(IS)のある俺は兎も角、弾はいざというとき身を守る手段がなにもない。

 それにISにしたって、必ずしも頼りに出来る訳じゃない。周りのものを押しのけて急展開する俺のIS展開性質上、部分展開も出来ないし現状で使うのはやはり必然的に弾を危険に晒す。となってくると、これからどうあいつらを追いかけるにせよ、弾をこれ以上関わらせるのは不味いのではないか。そう考え、俺は弾にやんわりと一度追跡をやめないかと提案しようとしたが、

 

 「……今更降りろなんていうのはナシだぜ、一夏。蘭は、俺の妹なんだ。テメが降りんのは勝手だがよ、俺はぜってーやめねーぞ」

 

 「……………」

 

 あっさりと考えていることを読まれて、前もって釘を刺されてしまう……まぁ、こうなるだろうことはわかりきっていたのでこっちとしても言い出し辛かったというのはあるのだが。

 

 「けどな、弾。相手は……」

 

 「ヘッ、さっきは不意を突かれたが、俺がハジキ程度にビビると思ったかよ。要は当たんなきゃいいだけだろ?」

 

 「そいつが簡単に出来たら武田騎馬隊は長篠で負けてねーんだよ!!」

 

 「馬鹿にすんなよ。俺のゼッファーは戦国時代の馬なんかより絶対に速い」

 

 ……くそぅこいつ馬鹿過ぎて説得できない、つーか完全にキレてる。この様子じゃなんて言っても聞きそうにないし、どの道時速100km超で走るバイクから飛び降りる訳にもいかんので、俺もこいつに付き合うしかない。くそしゃーない、ここは覚悟を決めるしか……

 そうこうして俺が苦悶しているうちに、誘拐犯の車がまた見えてくる。白煉がマークしていてくれる限りは見失うことはないが、やはり目の前にいるのに抜け抜けと逃がすのは抵抗がある。それを見た途端に、やはりこの場でケリをつけてしまいたいという気持ちが大きくなってくる。

 

 「……くそ。弾、わかってんな? 不用意に近づき過ぎるなよ」

 

 「けどよ……!」

 

 「追いかけんのを止めろとは言ってないだろ! ……少しずつ距離を詰めてってくれ。大丈夫だ、そうじゃなくても移動中の車から狙ってるなら、10mも離れてりゃ普通ならまず当たらない」

 

 「そんなモンなのか……?」

 

 「ああ、ISなんて非常識な物に触るような立場になったからわかることもあるんだ……まずはあの車をなんとしても止める。いいか、俺が仕掛ける。今から俺の指示した通りに動け」

 

 「なんでお前が仕切んだよ」

 

 「いいぜ、別に無理して聞かなくても……その場合は、俺もお前も死ぬだけだ」

 

 「……ケッ。相変わらず汚ねぇやり方で逃げ道を塞ぎやがる野郎だ。いいぜ、乗ってやろうじゃねーか」

 

 「ま、お前ならそう言ってくれると思ってたぜ、相棒」

 

 「抜かしてろ。トチったら承知しねーからな」

 

 弾と方針を話し合っている間に、黒い車が近づいていく。そしてもう少しでボーダーラインに差し掛かるかというところで、

 

 ――――!

 

 先程聞こえた音が再び響き、それとほぼ同時に走るバイクの直ぐ横の道路のアスファルトの一部が弾ける。見れば、先程俺に向けて撃ってきやがった目だし帽の男が、サイドウィンドウから半分身を乗り出してこちらに拳銃を向けていた。

 ……全く、さながらハリウッドの映画撮影の一幕のような状況だ。実際はそんな冗談で済む状況ではないが、それでも思わず笑い出しそうになる。日本だよなここ。

 

 「一夏!」

 

 「わかってる! こっから先は一発勝負だ、合図したら一気に踏み込め!」

 

 弾から大声で次の指示の要求がくる。それに俺は返事を返すと、守親を手に目の前の銃を構えた男に意識を集中させる。

 ……『外れる』なら、なんら問題はない。だが、男の指が引き金にかかった瞬間、『カン』が先に次は当たると警告してくる。

 

 ――――箒に出来て、俺に出来ない謂れはない。俺は、今までそんな理屈だけで今まであいつに食らいついてきた。なら、今回だって出来る筈……!

 

 決断は一瞬。失敗を考えるな、問題ないと、こんなのは千冬姉の剣戟を『見切る』ため積み重ねた修行の一つだと思い込め。目だし帽から覗く視線、相手の車との位置関係、銃口の位置、風による誤差。その他二十八余りの判断材料を以って……

 

 ――――後一秒後に飛んでくる銃弾の軌道を逆算する。

 

 ――――!

 

 ……イメージはドンピシャだった。現実もその通りの結果を反映し、守親から一瞬だけ伝わった振動が、当たるはずだった弾を切断して後ろに流したという事実を俺に伝えてくれる。

 

 「……!」

 

 撃った側の男も、命中を確信していたのだろうか。確実にこちらのどちらかは屠れる一発が何の成果も挙げなかった事実に対して、明らかに動揺した様子を見せる……いや単にいきなり相手がポン刀出してきたことに驚いただけかもしれないが、どちらせにせよこのチャンスを逃がす手はないと判断した。

 

 「弾!」

 

 「……おっしゃあ!」

 

 合図と同時にバイクが急加速する。男はこちらが大きく動いたのをみて漸く気を取り直して再びこちらを狙い始めるが、もう遅い。

 

 ――――!

 

 引き金が絞られる前に、守親の一閃で拳銃の銃口から上半分を断裂させる。銃身の半分を撃鉄ごと飛ばされた人殺しの道具は、一瞬でただの鉄クズに成り下がる。

 

 「……!」

 

 男の表情が、目だし帽をかぶっていて尚わかるくらい、恐怖で歪む。

 ……やはり武器を持っているだけの素人だ、そうじゃなかったらここまで上手くことは運ばなかった。なんつーか、不幸中の幸いってやつだな。

 まぁそんな向こうの事情は迷惑をかけられた側としては知ったこっちゃないので、情けなぞかけず遠慮なくそのマヌケ面に峰をお見舞いする。

 

 「がっ……!」

 

 間違いなく鼻っ柱の一つは逝ったような、蛙の潰れたような呻きを残して、男は車内にもんどりうつように押し込まれた。

 これで後は……

 

 「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 「!」

 

 次の策をすぐさま実行に移そうとしたところで叫び声が車内から聞こえ、すぐさま意識を移す。

 ……が、今度はこちらが少し遅れた。割れたサイドウィンドウから見て奥の後部座席に座る男が、鼻から血を噴出しながら倒れ込んだ仲間を見て、明らかに正気を失った様子でこちらに『二つ目』の銃を向けていたのだ。

 くそ、馬鹿か俺は。複数人乗ってることが分かった時点で、これ位のことは予期出来た筈だってのに! ……どうする、ここからじゃ距離も時間も……!

 

 ――――やべぇ、間に合わ……!

 

 ――――!

 

 ここまでか、と、観念しかけたが、後一秒もないうちに銃声が鳴り響くかと思われた瞬間。

 何やら白い閃光のようなものが俺の頬を掠めていった。何処からか突然飛来した『それ』は、既に引き金に指が掛かっていた拳銃を、男の手から弾き落としていた。

 

 

 

 

 「……矢?」

 

 俺の窮地を救ったその閃光は、叩き落とされた銃と一緒に回転しながら、白い矢羽を持つその姿を見せつけるように落ちていく。

 その場にいる全員が、一瞬その突然の闖入者にポカンとした様子で目を奪われる。が、俺はその中で何とか一番早く現実に立ち戻れた。

 なんだかわからんが、九死に一生を得た。この機を無駄には出来ない……!

 

 「……!」

 

 直後に車の中の男も銃を拾おうと動き出すが、その時には既に俺は弾が丁度良い塩梅で併走して合わせてくれた車の割れたサイドウィンドウに頭から飛び込んでいた。そしてそのまま屈もうとする男の顎を、守親の石突でかち上げてふっ飛ばし、刀身で落ちた銃を突き刺し使えなくする。

 そこまでしてすぐさま周囲を見渡すが、少なくとも見える位置に蘭はいない。つーか、車内が暗くて直ぐには全体を見渡せない。

 

 「な、なんなんだお前らは?!」

 

 「この……さっさと降りやがれ!!」

 

 直後に気配を探ってみることを思い立つが、それよりも先に前の席に座る男達が動き出した。

 また銃を持ち出されたら堪らない。止まらずにとにかく自由に動けそうな助手席の男に刀を突きつけ、それと同時に運転席と助手席の間にあるサイドブレーキを思い切り引き上げる。

 同時にガクンと車が揺れた後、徐々にスピードが落ち始める。

 

 「テメッ……!」

 

 「……降りて欲しかったら止まってくれよ、おっさん達。こちとらヒッチハイクやってる訳じゃないのはわかるだろ、返すモン返して貰えたら乗せてくれとは言わねーよ」

 

 「……!」

 

 まぁ俺のやってることを考えれば仕方ないと思うが、向こうは大分切羽詰っている様子だった。が、それもこっちも同じだ。刀を出来るだけ目立つように助手席の男の首に突き付けて脅しながら、運転手に車を止めるように促す。

 

 「くそ……くそ! ふざけんな!! 警察は動かねぇっていうから乗ったってのに、始めてみたら妙な連中が立て続けに絡んできやがる……! 嵌られたのか、俺達は……?!」

 

 「……? 何言ってんだ、いいから早く――――」

 

 「このっ……!」

 

 「なっ……!」

 

 浅かったのか、先程石突の一撃で倒した男が起き上がって突然殴りつけてくる。

 とっさに頭だけ動かして躱し、肘で反撃して再び沈めるが、サイドブレーキを押さえていた腕を使ってしまったのが失策だった。運転手の男の手がサイドブレーキに伸びる。

 

 「おいアンタ……こいつの首がなくなっちまっても問題ないのか?」

 

 「ひ、ひぃ……!」

 

 すぐさま助手席の男への脅しを再開して揺さぶりをかける。が、運転席の男は目に狂気を浮かべながら俺を一度見て、

 

 「や、やりたきゃやれ。けどな、お前……そいつを殺せても、お、俺は殺せないだろ? い、今俺を殺したら、事故っちまうからなぁ……出来ないよなぁ、そんなこと」

 

 自分さえ助かればいいと、そう言い放ってサイドブレーキを下げようとした。俺はそれを確認して、心底心が冷えるのが分かった。

 ……出来るなら穏便に済ませてしまいたかったが、もう限界だ。

 

 『ポイント、Dに後三秒で到達します……本当に、やるのですかマスター』

 

 そんな俺の心情を察してくれたのか、白煉から確認が入る。

 残り三秒となると、もうあまり余裕はない。だから俺は敢えて白煉には答えず、ただ自由な方の手の指の親指を、下に向かって突き立てた。

 

 ――――外の弾に、はっきりわかるように。

 

 ――――!

 

 その直後、車全体を大きな衝撃が襲った。ベキベキという恐ろしい轟音が片側から凄まじい勢いで鳴り響いて車体をあっという間に歪ませ、車は片側からの車体が傾く程の衝撃を受けてカーブを曲がり損ね、沿道のガードレールに斜めから突っ込みガリガリと車体を削りながら減速していく。

 弾のバイクのウィリーした前輪が、カーブに差し掛かった車のどてっ腹を食い破ったのだ。俺は事前に心の準備が出来ていたので何とか助手席にしがみついて事なきを得たが、運転手と助手席の男は最初の衝撃で二人とも白目をむいてひっくりかえっていた。まぁサイドブレーキを事前に上げておいたお陰でスピードはそこまで出ていなかったし、死んではいないと思うが……少し派手にやり過ぎたかもしれないと、遅まきながら思う。

 

 「一夏、生きてるか?」

 

 漸く止まった車から、もう逃がさないように鍵を抜き取り、男達の腕を車の中にあったロープで縛っていると、心配そうな様子の弾の声が聞こえてくる。どうやら考えていたことは向こうも同じなようだ。つーか、やったことを考えればこちらの何倍もあいつの方が危険だった筈なのだが、あいつ処かバイクにさえ傷一つないのは恐ろしいとしか言いようがない。

 

 「俺は大丈夫だ、けど……ちっとドア開かねえわこれ。今窓から出るから、こいつら引っ張り出すの手伝ってくれ」

 

 「ああ。ちょっと待、て……?」

 

 「?」

 

 バイクから降りて車に近寄ってきた弾が、不意に何かに気が付いたように後ろの方を見るとそのまま固まってしまう。

 何かあったのかと、完全に粉々になった車のサイドウィンドウから顔をだして弾の様子を窺おうとして、俺もやっと異変に気が付く。

 ……この地獄から轟くような、ドドドと連続して鳴り響く重低音はなんだ? 段々こちらに近づいてきて……?

 何故か物凄く嫌な予感がする。だが、このままこれを無視するのも何か後になって致命的な事態に陥りそうだという予感があり、俺は仕方なく、恐る恐る音が聞こえてくる方向に目をやった。

 

 「……へ?」

 

 そうして目に飛び込んできた光景は予想の遥か斜め上をいっており、俺も弾の後を追い完全に硬直する。

 ……そこにあったのはなんの冗談か物凄く立派な黒毛の馬に跨り、農道を一直線に駆けてくる、俺の幼馴染の姿だった。

 

 

 

 

 「……なぁ一夏。ひょっとしてさ、今日のことって蘭が誘拐されたっていうお袋の電話辺りから全部夢オチだってことなんかな。なんか、女の子が馬乗ってこっち走って来てるように見えるのはこれが夢だからだよな? 目が覚めれば多分まだ夕方の五時位で、漸く治ったお前ん家のエアコンの前で涼んでるのを続けてるに違いないんだ」

 

 「ここぞとばかりに現実逃避に走るなよ」

 

 まぁそのオチは非常に魅力的なものではあるが。俺だって人生コンテニュー出来るならその辺りからやり直したい。ついカッとなってやっちまったが、怪我人はいないとはいえ車一台とガードレール一つオシャカにする大事故なんて起こしちまってどう収拾をつければいいのか……まぁ逃げるしかないよな。幸いフェイスメットをしてるお陰で顔は見られてないだろうし、そもそも時間も時間だし場所も場所なので人も車も今のところ周りに絶無だ。

 

 弾を窘めながらも、俺もそんな今後の算段を虚ろな目で考えているうちに、馬が俺達の前で止まる……やっぱり、見間違いじゃない。乗ってるのは箒だ。

 

 「一夏……! 片はついたか。済まん、偉そうなことを言っておいて役に立てなかった……アスファルトの上を走らせるとこいつの蹄が痛むのでな、別の道を探すしかなかったのだ……」

 

 言いながら、箒は状況についていけずに二人揃ってポカンとする俺らの前で馬からスッと降り立つ。

 箒は見慣れない格好をしていた、というか、子供時代じゃない現代バージョンの私服姿を見るのはこれが初めてだ。まぁなんとなくそうだろうとは思っていたが、ジーンズに乗馬用と思わしきブーツ、チェックのYシャツの上に薄い上着を引っ掛けてるだけの、何ともこいつらしい女の子らしからぬチョイスだ。しかしそれでいて異様にスタイリッシュというか様になっているのはやはり材料がいいからなんだろう。他には、何やら大きな和弓を肩に背負っていた。腰には服のベルトとは別に太いベルトのようなもので矢立が装着されており……弓?

 

 「箒、あの時飛んできた矢って、もしかして……」

 

 「む、邪魔だったか? 一応、援護したつもりだったのだが……」

 

 俺の疑問に何か勘違いしたのか、元々申し訳なさそうにしていた箒が更に小さくなる。いや、素晴らしいアシストだったとも。ぶっちゃけ命の恩人と言っても決して大げさではない。ただ、やり方が斜め上だったってだけで。

 

 「知り合いか、一夏……」

 

 そんな俺と箒のやりとりを見ているうちに漸くポカン状態から復帰した弾が、今度は俺に向けて白い視線を飛ばしてくる。

 ……言いたいことはわかる、そんな目で俺を見るな。なんだ、幼馴染が俺のピンチに馬に乗って駆け付けてきちゃうような女の子であったことで何かお前に迷惑をかけたか。

 

 「……そちらの男は?」

 

 心中でそう開き直りつつも、弾の視線に俺が居たたまれない気持ちになっていると、箒はやっと弾の存在に気が付いたのか、何処か警戒した様子で弾のことを訪ねてくる。

 一瞬また人見知りかとも思ったが、よく考えてみればこんなフェイスメットつけてバイクによっかかってる、一見ゾクみたいな男見りゃあそりゃあこんな反応にもなるかと思い返す。つーか、条件は俺もほぼ同じなんだがこいつ迷わず俺んとこ来たな……ああ、守親持ってるからか。

 

 「大丈夫だよ。今回の協力者っていうか、今回攫われた子の身内で俺のダチだ。五反田弾っていう……つーかお前、よくこんなとこまで追いついてきたな」

 

 「紅焔が案内してくれた……そうか、私の他にも協力者がいたのか。これは余計な世話を焼いたかもしれんな」

 

 「だからそう言っただろうがよ……」

 

 俺のそんな抗議の呟きを無視し、箒は弾に向き直って手を差し出した。

 

 「篠ノ之箒だ。一応、この一夏とは旧知の仲になる。宜しく頼む」

 

 ……おお。箒が自分から挨拶するなんて珍しい。鈴の時は少し揉めたものの、あれは鈴が一方的に突っかかってた上にあいつの話によれば結局こいつから歩み寄ったってことだったし、こいつ俺が友達認定した奴は結構無条件で信用する所があるような気がするのは思い上がりだろうか。

 

 「あ、ああ。初めまして……篠ノ、之……?」

 

 弾は箒を改めて近くで見てかなり緊張した様子だったが、それでも恐る恐るといった様子で箒の手を握り返し、箒の名乗りに何処か考え込むように首を傾げると、

 

 「ああ! ひょっとしてこの子が前からお前が言ってた『ホウキ』か! ……噂はかねがね、一夏から聞いてるよ。こいつがあそこまで気に入ってるってことは法則的にさぞ可愛い子なんだろうとは思ってたけど、正直思ってた以上だ。数馬が見たら多分発狂するぞ」

 

 なんて、余計なことを言い放ち。

 

 「む……全く、相川のことといい。普段あいつは私のことを何と言っているのだ? その辺りをもう少し詳しく……」

 

 なんか、話が変な方向に向かい始めた。

 

 「お、おい! ……お前等、今はそんな話してる場合じゃないだろ! まずは蘭だろ?!」

 

 なので、兎に角話題を逸らす。しかし流石に露骨過ぎたか、二人は明らかにジト目でこちらを集中攻撃してくる。が、

 

 「……確かに、成すべきことを成す前にすべき話ではないな」

 

 「ま、この類の昔話だったら蘭も混ぜたほうが面白いだろ。つーか車ん中にいなかったのか?」

 

 それぞれ理由こそ違うものの、乗っては来てくれる。流石は俺の知り合いの中でも話のわかる奴ツートップだ、だが取り敢えず弾は後で口を封じる。

 と、そんな訳で。箒と合流した俺達は改めて、蘭を連れ去ったと思われる男達の車を調べることにした。

 

 

 

 

 「……なんでだよ! 蘭連れて行ったのこいつらじゃねーのか?!」

 

 「焦るな! ……携帯電話はあったのだろう、ここで伸びている連中から聞けばいい」

 

 いくら探しても、この車の中に蘭はいない。その事実が明らかになっていくと同時に、俺達は先程までは少しはあった余裕を失い始めた。

 弾は箒の言葉を受けて、早速先程俺が縛り上げた連中の一人を蹴り起こし始める。

 

 「ぐ……畜生、なんなんだ、テメエ等……」

 

 男は目覚めて早々、殺気立った三人に囲まれていることに気が付いて、腰が引けたように逃げようとして失敗した。

 俺は出来るだけ冷静に努めようとしたが、攫われた人質が既に犯人たちといないという事実があまり良くない方向に考えを向かせてしまい、結局苛立ちを抑えられずに男を問い詰める。

 

 「蘭は何処だ」

 

 「し、知らない! 俺達は知らない!!」

 

 「じゃあお前らが持ってた蘭の携帯はなんなんだよ……勘弁してくれよ、つまんねぇ冗談を聞き流せるほど、今の俺らが寛容じゃねーことくらいはわかるよな?」

 

 抜き身の守親の峰で男の顎を持ち上げ、無理やりこちらを向かせる。ここまできて、何も知らないでは通させない。

 

 「あ……ひ。さ、攫ったのは、俺達だ。けど、途中で前に乗ってた車が事故って……車の中に置いてきた」

 

 「無事なんだろうな……?」

 

 「そこまで、は……」

 

 「くそっ!!」

 

 こいつの言っていることが本当なら、蘭はもう既に保護されているのかもしれない……だとしたら本当に無駄骨だ。ただその場凌ぎの嘘という可能性も考え、男から追加で事故った場所や車種を聞きだし念のため白煉に確認を取る。

 

 『……それに該当すると思われる事故は確かに発生したようですが。警察の記録では通報を受けた時点では既に現場は無人で、容疑者は事故を起こした盗難車を乗り捨てて逃げたものと断定されていますね……車の中に少女がいたという記述はありません』

 

 ……事故はあったが蘭はいなかった。と、なると、

 

 「おい。この場で直ぐにバレる嘘を吐くのは為にならないってわからなかったか?」

 

 「う、嘘じゃない! 本当に置いてきたんだ! ……そうだ、あの女だ! 俺達の車を事故らせたあの女が連れて行ったんだ! ……畜生あのアマ、最初からこうするために俺達を利用して……!」

 

 「もういい」

 

 俺がかけた揺さぶりに対し、何やら独り言のようなことを喚き散らし始めた男を、弾がとうとう耐えかねたように胸倉をつかんで宙に浮かせる。

 

 「う、うぐ……」

 

 「無駄だ一夏。どうせこいつらは我が身可愛さで適当なことしかいわねぇよ、聞く必要はねぇ……それにな、もう限界なんだ。俺はまだ、こいつらに俺の妹に手を出した落とし前をまだつけてない」

 

 「……一発だ、弾。今のお前がそれ以上やったら流石に死んじまう」

 

 本音を言うともう少し喋らせたかったが、弾の目を見て早々に諦める。箒もグネグネなったガードレールに寄りかかって腕を組み目を瞑ったまま、こちらに干渉しようとしてこない。救いはなく、男の顔面に弾の強烈な右ストレートが突き刺さる。

 

 ――――!

 

 男は悲鳴をあげることすら出来なかった。自分の体重の二倍はあろうかという巨漢を沈めた実績もある弾の一撃は、男をそのまま轟音と共に地面に叩きつけ、男は二、三回痙攣した後また動かなくなった。

 

 ……さて、どうする。ここからさっさとトンズラすんのは確定にしても、蘭をどうやって探そう……取り敢えず、その前にこいつらが乗ってた車が事故ったという場所に行ってみるか。本人はいないにしても、何か手がかりがあるかもしれない。

 まだ腹の虫が収まらないといった様子の弾を宥めつつ、自分を落ち着かせる意味でもさっさと方針を決める。兎に角動いてないと、どんどん悪い方に思考が動いてしまうような気がしたから。

 

 「弾、一回ここから離れよう。ここを誰かに見られちまうようなことになったら、身動きが取れなくなる。それは不味い」

 

 「……わかった」

 

 「……こいつらはここに放置していいのか?」

 

 そうして俺の出した提案に、やっと落ち着いた弾は了承してくれるが、箒は少し不服そうに確認を取ってくる。

 

 「ああ……俺達が最優先でやんなきゃいけないのは、蘭の安全を確保することだ。犯人を捕まえることじゃない」

 

 「そう、だな……済まん。差し出がましいことを言った」

 

 「いや、気にすんな……つーかさ、お前、まだ関わる気か?」

 

 「……逆に聞くが。お前、今更私に『関わるな』等と言うつもりか?」

 

 「…………」

 

 ああ、そんないかにもな『私は怒ってます』オーラ全開で質問を質問で返されるまでは言うつもりだったさ。疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのかいうキレ芸が出来る程の勇気がない俺は、今となっては黙り込むしかないけれども。

 とはいえ、街中に戻るとなると、俺が職質食らうと一発でアウトになるようなモン持ってる以上あまり目立ちたくはないのだが、弓抱えて馬に跨って走ってるような奴を連れだっていくとなるとそれも難しいというかまず不可能というか、寧ろ箒の方がとっ捕まんないか心配になって気が気じゃないというか。そもそもその馬は何処から連れてきたのか気になってこちらの精神衛生上良くない。

 だからその辺りのことをやんわり説明してわかって貰おうとしたのだが、箒はそちらに関しては中々譲らず、説得に難儀していると、

 

 ――――……!

 

 「!」

 

 俺の携帯が、いきなり鳴り始めた。とって画面を見てみると、鈴の名前が画面に表示されている。

 こんな時にとも思うが、あいつは無視すると後が怖い。取り敢えずつまらないことだったら即切りしようと決め、箒と弾に一回目配せしてから電話を取る。

 

 「鈴か? 悪い、今忙しいんだ。後で掛け直すから、今は……」

 

 『ざっけんなっ!! これで掛け直すの何回目だと思ってんのよ!! こっちだって大変なんだからね!!!』

 

 「……!」

 

 が、とった途端に鈴からの音波攻撃に耳をやられ、危うく春に買ったばかりの携帯を落としかける。

 何度も電話した? ……ああ、確かにさっきまでの状況だったら鳴ったところで出るに出られなかっただろうけど。にしたって、本当にヤバかったんだからこんな仕打ちを受ける謂れはない筈だ。文句の一つも言ってやろうと思ったが、そんな猶予がある訳じゃない。ここはこちらがグッと堪えて大人になる。

 

 「……悪かったよ。でも、こっちも相当立て込んでたんだ。で、なんの用だよ? お前、今月一杯向こう帰ってるんじゃなかったか?」

 

 『早めにやること切り上げて今日戻ってきたの……あのさ、弾のバカそこにいない? あいつの携帯にも掛けてるんだけど、ぜんっっっぜん出ないのよねあのバカ』

 

 「ああ、いるぞ。変わろうか?」

 

 『おねがい……あとごめん。そっちの用事はなんだか知らないけど、忙しい時に迷惑かけて』

 

 「気にすんな」

 

 頼まれたので弾に鈴からだと伝えて携帯を放り投げる。事前に軽くジェスチャーで鈴が何度も掛けても出ないことにキレてた件を伝えると、弾は自分の携帯の履歴を確認して青くなっていた。あいつもやっぱり気づいてなかったっぽい。

 ……あの様子じゃ俺の方も多分ヤバいことになってそうだ。

 

 『――――!!!』

 

 弾も変わるなり鈴から攻撃を受けたらしく、電話に出ていなくても聞こえる大音量に一度大きく仰け反ったが、それ以後は普通に話始め、

 

 「マジか!!!」

 

 今度は弾が先程の鈴に負けないくらい大声をあげた。そしてそのまま電話を切って俺に投げ返すと、急いでバイクに跨り始める。

 

 「お、おい弾。鈴、何つってたんだ?」

 

 「蘭の居場所がわかったらしい!」

 

 「はぁ……?! なんであいつがそんなこと知ってんだ?」

 

 「知るかよ、今大事なのはそんなことじゃねぇだろ!!」

 

 思わぬところから入ってきた情報に俺が困惑しているうちに、大きな音を立てながらバイクのエンジンが掛かる。

 ……まぁ、どの道手掛かりを探すなら、行ってみるに越したことはないか。そう思い立ち、俺も弾の後ろに続く。

 

 「一夏」

 

 「……わかったよ、もう止めない。けどどっち道全力で走れば俺達の方がどうしても速い、俺達はお前を待ってる訳にもいかない。その馬だってだいぶ疲れてんの見ればわかるぞ、一回休ませて後から来てくれ。場所は後から弾に聞いたのを、お前の携帯にメールするから」

 

 「……わかった、絶対に無理をするなよ。福音の時といい、お前はどうもこういう時一人で無謀なことをしようとする。今回だって……」

 

 「今は説教はやめてくれ。大丈夫だって、流石にあんときと比べたら切羽詰ってない」

 

 そしてまだ話はついていないという様子でこちらを睨む箒には、結局こちらが折れる形で答え、取り敢えず無理くり納得させる。

 ……といっても、やはり銃を持っているかもしれないような相手がいる可能性のあるところに連れて行くのは未だに抵抗がある。当たりならこいつが追いつく前に済ませてしまうつもりだ。

 

 「いい加減痴話喧嘩は終わったかよ、一夏」

 

 「馬鹿なこと言ってねぇでさっさと出しやがれアッシー君。箒、後でな」

 

 「ああ」

 

 箒とのやり取りが終わるなり弾に茶化すようにせっつかれたので、さっさと出発するように指示する。

 それと同時に、俺達が跨ったバイクは再び風を切って走り出した。

 

 夜道を飛ばすバイクにしっかり掴まりながら、手にした守親をしっかり握りしめる――――今度こそ蘭に辿り着けることを、切に願いながら。

 

 

 




 エセダ○ハード回(爆発はしない)をお送り致しました。基本ISは対人戦ではあまりにオーバースペック過ぎるので本作では本当に余程のことが無い限り主人公勢は使用しません。ええ、決して作者の都合ではないのです。

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