IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第六十五話~夏休み戦線・馬~

 

 

~~~~~~side「数馬」

 

 

 今日も暑いな、だが俺は元気だ。

 寧ろ元気が有り余っているくらいなので、そのエネルギーを今日もこうしてナンパに繰り出すことで発散しているのだ。

 ……何、前のちょっとした失敗は、たまたまだ。あんな特殊な女性に遭遇することなんて、人生でそうそうあるもんじゃない。大体、一度の失敗程度を恐れていては彼女なんていつまで経ってもできっこないのだ。些か出遅れた感はあるものの、折角花の高校生生活最初の夏休み、独り身で乗り切るのは寂しい。それに残念ながら俺の男友達連中は素材はいいくせにどうにもこの辺りの理解がないので、今なら一人で勝ち組になれる。

 そんな考えの下、この異常な暑さのせいか人通りも疎らなカンカン照りの町を闊歩していると、

 

 「~~~~~♪」

 

 ふと綺麗なソプラノのハミングが聞こえて振り返る。するとそこには、その声の主に相応しい、とんでもなく可愛い女の子がいた。

 透き通るような白い肌とブロンドの髪から外人さんだと察しはつくが、身長は鈴より少し大きいくらいの小柄な体格のためか俺より随分年下の子供のように見える。だがそれにしては、体の一部分が在りあえないほどその存在を自己主張していた。

 

 「ろ……ロリ巨乳は実在したのか……!」

 

 突如目の前に現れた奇跡を前に呆然と立ち尽くす俺を尻目に、奇跡の少女はその体躯に不釣合いなほど長いチェックのブランケットに包まれた何かを肩に背負い、バスケットを両手で抱えて、ご機嫌といった様子で鼻歌を歌いながら俺を追い抜いていく。

 

 「し、しかもあの格好……」

 

 この強い日差しが苦手なのか、白いベレー帽を深めに被っているため、カチューシャこそ見ることが出来ないので気がつくのが遅れたが、あれは紛う事なき『メイド服』である。しかも、日本のメイド喫茶なんかで見れるような、アレンジしまくりの客に媚びたコテコテのヤツではない。全体的に地味ながら確かな格式のようなものを持っている、御本家のものだ。

 

 「…………………」

 

 この時から既に少しだけ嫌な予感がしなかったかといえば嘘になる。数ヶ月前会ったあの女性と同じ、今目の前にいる少女はどう見たって『普通じゃない』。

 だが俺は結局真夏のコンクリートジャングルの中で奇跡的に見つけたその大粒の宝石の魅力に抗うことが出来ず、ちょっとだけ声を掛けてみようと彼女の後を追い歩き出そうとした、その時。

 

 ――――!

 

 耳を劈くような音が背後から響き振り返る。が、そうした時には既に遅かった。

 

 「な……」

 

 丁度、信号のない交差点に差し掛かる道。

 そこを渡ろうとしたところ、白いバンがクランクションを全快に響かせながら、一時停止を無視してで猛スピードで突っ込んできていたのだ。

 飛びのいてかわそう、と頭ではわかっていても、いきなりのことに足が竦んで動かず。車体がすぐ直前まで迫り、俺はここまでかと目を瞑った瞬間。

 

 ――――!

 

 今度は空気を切り裂くような鋭い音が響き渡り、直後に体の芯に伝わるような地響きと轟音が轟いた。

 

 

 

 

 「……?」

 

 一度は観念したものの、直後に身を襲うはずの車に撥ね飛ばされる衝撃はいつまで経っても俺を襲うことはなく、怪訝に思って目を開けた。

 すると、俺は本当に間一髪のところで助かったのがわかった。まるで俺にぶつかる直前に急にハンドルを切ったかのように歩道に急ブレーキの焼け焦げを残して、例のバンはすぐ隣の電柱に正面衝突して煙をあげながら止まっている。

 

 「……ふぅ、間一髪。リザルトは……ふむ。まだ判断の材料が足りませんね」

 

 今目の前で起きたことに理解が追いつかず、呆気にとられていると、俺の後ろからそんな声とともに小さな人影がひょっこりと顔を出した。

 先程のメイド少女だ。先程まで持っていたバスケットが道路に放り投げられ、中からリンゴがいくつか転がり出ている。そしてそのバスケットの代わりに、少女が今、持っているのは……

 

 「……は?」

 

 俺の目がおかしくなっていなければだが、それは一メートル超の銃身を持つ黒い無骨なライフル銃に見えた。実際銃口と思わしき場所からは、今も黒い煙が筋のように薄らと吐き出されている。

 

 「お怪我はありませんか?」

 

 未だに忘我状態から抜け出せない俺の顔を、その長銃を持ったメイド少女は心配そうに覗き込んでくる。

 

 「あ……」

 

 そうして、俺の意識が何処に向けられているのか漸く気がついたのか、急に頬を赤くして、手にした長銃を慌てた様子でブランケットで包み直す。

 

 ……ああ、あの背中に背負ってたものって、これだったのかー。なるほどなー。

 

 「あ、あはは、これはこれは見苦しいものをお見せしてしまって申し訳ないことを……それでは、私はこれで……」

 

 最早忘我状態からランクアップし、現実逃避を始めた俺に気まずそうに頭を下げると、少女はそそくさと俺の前から立ち去り、電柱に衝突した車に向かっていった。

 

 「な、なんなんだあの女!!」

 

 「くそっ! 上手くいく筈だったのに、こんなところで!!」

 

 「問題ない逃げるぞ急げ! ……そいつはもういい初手は打った、こっちは金さえ貰えりゃいいんだ!!」

 

 それと同時に事故ったバンのドアが開き、乗っていたと思われる数人の男達が、何やら喚きながら我先にと逃げ出していく。

 すげえな、どうやらあの事故で怪我らしい怪我をした奴は一人もいないようだ。全員、とても元気そうに走り去っていき、

 

 「え、ちょ、まっ……」

 

 メイド少女は慌てた様子でそいつらを呼び止めようとしたようだが、呆気なく全員に逃げられしばらく立ちつくした後、

 

 「あのー……」

 

 本当に困り果てたような様子で、背後で見ていた俺に向き直った。

 

 「ちょっと私、訳あって今は警察のご厄介になれない身でして……出来たら、この件の事後処理の方をお願いできないかなー、なんて……」

 

 「ごめんなさいっ!!」

 

 これは不味い。そう思った途端、漸く体が動いてくれた。これ以上厄介ごとに巻き込まれる前に、そんなぁ、と嘆くメイド少女の声を背に自らの危機管理能力に従い全力でその場から逃走した。

 

 

 

 

 と、そうしてなんとかその場を逃れたのは良かったのだが。

 逃げる際、すれ違った事故ったバンの中に、妙に見覚えのある人影を見たような気がして、そのことが何か物凄く気になって頭から離れなくなった俺はしばらく経ってからこっそりと現場に戻ってみたのだが、その時には既にそこにはパトカーが停まっていてパンピーが事故車に近づくのは難しそうな状況になっていた。

 

 「――――ったく、乗ってた奴は車捨ててトンズラか。真昼間から飲酒かぁ? 特定できそうか?」

 

 「――――それがどうやら盗難車みたいで。あとちょっと交通課だけじゃ手に負えないヤマかもしれません。この車、タイヤに――――」

 

 規制されたスペースで、何やら深刻そうな表情で話をしている警察官の話に聞き耳を立てる。それによれば、彼等が到着した頃にはすでにここは無人で、誰かが怪我をして病院に運ばれたという事実もないようだった。

 

 ――――気のせいだよな、やっぱり。

 

 きっと、車の中にあった飾りか何かを人と見間違えたんだろう、全く心臓に悪い。

 そう、自分の中で答えを出して、その場を後にする。ただ完全に自分自身を誤魔化すことは出来なかったようで、どこか心の中にしこりが残った。

 

 「あ~あ。もうすっかりナンパなんて気分じゃなくなっちまったなぁ……」

 

 我ながら負け犬の遠吠えだよなぁと思いつつもそんな言葉を吐き、帰路につく。

 時は夏も深まる、八月の昼。だが俺の春は、まだまだ当分訪れそうになさそうだ。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 つい数日前の一幕。

 

 「流鏑馬……?」

 

 「うん、ヤブサメ」

 

 きっかけは、そんな一言からだった。

 

 

 

 

 期末の点数が芳しくなかったのもあり、他に特にすることもないので、図書室で自習でもするかと思い立ったのはいいものの。向かう途中で同じ一組の残留組に捕まり、一緒に勉強することになったのが事の発端。

 これがどうも私には良くわからないものの、最近になって漸く理解自体はできるようになった感性なのだが、私と同年代の女子というのは頭数が集まるとはしゃぎたくなる傾向というものがあるようで、この時一緒になった一組の連中もその例に漏れず、私と鷹月の部屋に集まった面々はすぐに勉強処ではなくなった。

 

 「うっわ、癒子のシャーペン可愛い。何処で買ったの?」

 

 「へ~目ざといね清香。地元の百均……こっちはいろいろあるのはいいんだけど、こういった小物扱ってる場所少ないのが難点ね。学校にいる時間長いと服なんてあってもあんま着る機会ないし、こういうトコで乙女力ださないと」

 

 「え~でもこれ流石にちょっと狙い過ぎっていうかあざとすぎでしょ」

 

 「キャラモノ下着しか持ってないさゆかが何を言うか」

 

 「きゃー?! それ秘密って言ったじゃない!!」

 

 「癒子詳 し く!」

 

 「てゆーかもうそれは確認のためこの場で剥くべきかと」

 

 「やめてー!!」

 

 ……本当に喧しい。喋っていただけの最初の頃ならまだしも、最後には半ばじゃれ合いのようにドタバタと……周りがこんな状況では嫌でも手が止まってしまう。別に谷本のペンがちょっといいな、なんて思ってなんかいない。でも猫のじゃなくて犬のがあったら欲しい、かも……

 

 「篠ノ之さん?」

 

 「……ぬ? な、なんだ?」

 

 いかん、ペンに気を取られ過ぎて話掛けられているのに気がつかなかった。慌てて意識を話しかけてきた相川に向け直す。

 

 「あ、聞こえてなかった?」

 

 「……すまん」

 

 「あはは、いいよいいよ。癒子達うるさいからね、しょうがないって……いや、大したことじゃないんだけど、篠ノ之さんはどっかいかないのかな、って」

 

 「何処か?」

 

 「うん。篠ノ之さん、夏休みだっていうのに何処にも行かずにずっと学園にいるでしょ? ……私の知ってる限りでは、だけど」

 

 言われて、休み中の自分の行動を振り返る。

 ……確かに、ここから出ていないかもしれない。一学期の頃は休みに一夏や鈴に誘われて何度か出かけたことはあるが、自分の意思で何処かに行こうとしたことは覚えている限りではあまりなかった。実際、学園内には生活に必要なものは一通り揃っているので、必要性を感じなかったのだろう。それに帰るような場所なんて、私には……

 そこまで考えて気落ちしかけたところで頭を切り替える。今は、そんなことを考えるべき時じゃない。

 

 「……確かに言われてみればその通りだな」

 

 「でしょ。だからさ、もし時間があるなら、ちょっと私に付き合って貰えたら嬉しいなー、って思ったんだけど……」

 

 「ちょっと清香? 何どさくさに紛れて篠ノ之さんを悪の道に引き擦り込もうとしてるのかな?」

 

 「失敬な! 本当にちょっと手伝って貰いたいことがあるだけだってば!!」

 

 クラスメイト数名に組み付かれ泣きそうな顔をしている夜竹を見て大笑いしていた谷本が不意に入れてきた横槍に、相川は不機嫌そうに頬を膨らませて反論すると、自分の鞄からなにやらコピー用紙のポスターのようなものを引っ張り出した。見れば、表紙には馬に跨って弓に矢を番える女性の写真が写っている。

 

 「流鏑馬……?」

 

 「うん、ヤブサメ……篠ノ之さんさ、ちょっとこれ出てみる気ない?」

 

 「はぁ……」

 

 相川の突拍子もない意外な提案に、私だけでなく、その場にいたクラスメイト全員が、相川を見てきょとんとした表情で固まった。

 

 「え、な、なに? ……私、何か変なこと言ってるかな?」

 

 そんな私達の様子に相川一人だけが、ただただ慌てた様子でポスターで自分の顔を隠した。

 

 

 

 

 「――――って訳で、本当はお婆ちゃんが出る筈だったんだけど、今になって腰をやっちゃったみたいでさ。私は馬なんて乗れないし、だったらIS学園の友達で出来そうな人探して来てくれって無茶振りされてさ……」

 

 流石に切り出すのが突然過ぎたと認識したのか、相川は漸く事情を恥ずかしそうに説明し始めた。

 簡単に言ってしまえば、家族が属している乗馬クラブで行われる催しに、急遽その家族が出れなくなってしまい、代わりに自分が出るわけにも行かないので代理の人間を探しているとのこと。しかし……

 

 「……大体話はわかったが何故その話を私に振る?」

 

 「いや……この中じゃ正直篠ノ之さんが一番こういうの似合いそうだなーって思って……」

 

 相川の言葉にその場にいる全員が私を見てなにやら納得した様子で小さく頷く。こいつら私を何だと思っているのだ。

 

 「それにこの前、織斑君が篠ノ之さんなら馬乗れるって言ってたし……」

 

 「すまん、本当に全く身に覚えがないのだが。あいつはお前になんと言ったのだ?」

 

 「え? でも言ってたよ? 昔一緒に農場に遠足に行った時の乗馬体験で、牽引役の人振り切って馬で走り回ってたって……」

 

 あの阿呆何を人の過去の恥を他人に吹いて回っている……! いや、今はそうではなく……というか、お前達さっきからその妙に納得したような顔で私を見るんじゃない!

 

 「いや、しかしあれは……六年以上前のことの上に乗っていたのは仔馬だったし……」

 

 「大丈夫、ぶっちゃけクラブ内のお遊びで、伝統行事みたいな本格的なのじゃないからさ。カッコだけつけばいいんだよ。素人ばっかだから中るほうが珍しいくらいらしいし、なんならちょっとだけ乗って軽く走ってくれるだけでもいいと思うよ」

 

 「だ、だが……」

 

 「まぁまぁそう言わずに。私カッコいい篠ノ之さん見てみたい!」

 

 「私も私も! 篠ノ之さん出るなら絶対行くかんね!」

 

 「シノノノー、シノノノー!!」

 

 「む、むぅ……」

 

 正直なところあまり乗り気ではなかった。だが実質やることがない現状断る口実が見つからなかったため、クラスメイト達の囃し立てに押し切られる形で、結局私はこの話を受けることになってしまった。

 

 ……まぁ、少し前であれば有無を言わせず断っていたような話ではあった。そう考えれば、自分で言うのもなんだが私も大分丸くなってしまったのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、私はせめてもの意趣返しにと、その場に集まったクラスメイト達に、先程相川の話に挙がった昔の農場の乗馬体験で、一夏の方はどういう訳か馬に嫌われ、悠々と走る私の隣で何度も落馬していた話をしてやった。

 あいつはやはりこちらの話はしていなかったらしく、相川を含め反応は上々だった……それである程度溜飲は下がったものの、何というか、少しだけこういうことを話したがるあいつの気持ちがわかってしまったのが空しかった。

 

 

 

 

 ――――と、そんな経緯があり今日相川に連れてこられたのが、思ったよりIS学園近場にあった乗馬施設だった。

 

 「……………」

 

 そこで私は今、当日私の相棒となる、牧舎に繋がれた黒毛を前に、言葉を失い固まっている。

 

 ……これが、『お遊び』の行事で扱っていい馬なのか?

 

 足から胸、全身にかけての筋肉のつき方、しっかりとした立ち振る舞い、鋭い眼光……私は決して馬に詳しい訳ではないが、それでもこの馬が名馬であることは疑いようもなかった。

 

 「え~と……篠ノ之さんに乗って貰うのはこの子だね。大丈夫、ちょっと体が大きくてびっくりするかもだけど、一番大人しい子って話だから……篠ノ之さん?」

 

 隣で説明をする相川の言葉が耳に入らない。私は気がつけばその黒毛に近づき、その顔に手を伸ばしていた。

 

 「……………」

 

 「……………」

 

 黒毛は私を拒まない。顔に手を触れたまま、しばらく無言で見つめあう。

 ……とても強い視線。試されているのを感じる。だから、逸らさず負けじと強く睨み返す。

 

 「……………」

 

 先に視線を逸らしたのは向こうだった……いや、逸らしたのではなく、意識を違うところに向けた。自分を牧舎に繋いでいる、馬具に対してだ。

 

 「……ああ」

 

 その意図を察した私は、躊躇うことなくその戒めを外してやる。

 

 「ちょ、ちょっと! 篠ノ之さん、不味いって! まずは先生が来てから……」

 

 突拍子もない私の行為に慌てる相川。だが私の予見どうり、自由になった黒毛はそのまま走り去ることはせず、ただ落ち着いた様子で前に一歩だけ進み出て止まった。

 

 ――――それこそ、自分の横腹が、丁度私の立っている位置に来るように。

 黒毛は沈黙を守っている。ただこの位置からでは片眼しか見えない目だけが、私に確かに告げていた。

 

 ――――乗れ。ここから先は、それで試すと。

 

 「……いいだろう!」

 

 勝負から逃げるのは私の性分ではない。手綱を引き寄せ、黒毛の背中に飛び乗り横腹を蹴る。

 それと同時に、黒毛は先程相川が言ったような『大人しい性格』とはとても思えないような走りで、荒々しく牧舎を飛び出した。

 

 「た……大変! せ、せんせーい!! し、篠ノ之さんが……!!」

 

 背後で相川の声があっという間に遠ざかっていくのを聞きながら、手綱を繰るのにひたすら集中する。

 ……風が心地いい。ISとはまた違う、爽快な『速さ』に身を任せつつ、私はこの話に乗って良かったと、この時漸く実感できた。

 

 

 

 

 「たまげたなぁ……」

 

 私が一通り馬に跨りグラウンドを走り回った後。

 相川が慌てて連れて来たその施設のオーナーと思しき男性は、黒毛に跨る私を見つめてしきりにそう呟いた。

 

 「いや、いい馬なのはわかってたんだがね。如何せん性格が大人しすぎて試合では尻込みしてしまって、競走馬には向かないってことでここに送られてきたんだが……そのこいつがあんな暴れ馬みたいに走り回るなんてなぁ。君、よく振り落とされなかったもんだよ。ポニーくらいしか乗ったことなかったんだろう?」

 

 「こいつは振り落とすために走ってたわけじゃないですからね。さっきので、何とか乗り手として認めて貰ったってところですか」

 

 「成程、臆病者の皮を被って本当に自分に相応しい相棒に会える日を待ってたってことかね……馬の癖にとんだ役者だ、たまげたなぁ」

 

 彼の立っている場所に近づきそんな会話をしながら、漸く大人しくなった黒毛の背中から飛び降りる。

 ……正直なところ少し不安はあったのだが、これなら馬の方は問題なさそうだ。お互いの調子のほうもさっきので凡そ掴めた、今なら騎馬しながら手綱から両手を離しても振り落とされないくらいの自信はある。後は……

 

 「弓、か……すいません、少し射の練習をさせてもらっていいですか? やったことがないわけじゃないんですが、流石に馬に乗りながらっていうのは初めてでして……本番の前にちょっとコツを掴んでおきたいんです」

 

 「篠ノ之さん、本番はまだ先なんだし、今日からそんなに飛ばさなくたっていいんじゃ……」

 

 「いや、受けたからには手抜きは好かん。ここまでいい相棒を用意して貰った手前は最高の成績を残してみせる」

 

 「か、格好いいんだけどクラス代表戦の時といい相変わらず無茶苦茶だなぁ……」

 

 「構わんよ、今弓を持ってくる……いやあ、僕も今から本番が楽しみになってきたよ。篠ノ之さんは別嬪さんだし、馬に跨った武者姿も実に花がありそうだ。今からポスターを作り直そうかな……」

 

 「あーそれわかります! てゆーか今着ちゃダメですかね? フライングで射メ撮っちゃいたいです!! 連れて来たの私なんだしそれくらいの役得あってもいいですよね?!」

 

 「……いや、大口を叩いておいてこんなことを言うのもなんだが、あまり私にそういうのを期待されても……」

 

 片手で黒毛の顔を撫でる私の傍らで盛り上がる二人を前に思わず慌てる。どうにもIS学園に来てからというもの、私の容姿に関しては何処か過大評価されるきらいがあるように感じる。その悩みをこの間一夏に話したら何故か大いに呆れられ、それは多分同性には嫌味にしか聞こえないから俺以外の前でそんなことは絶対に言うなと釘を刺された。

 ……本当、よくわからない話だ。

 

 ~~~~~♪

 

 「!」

 

 と、結局私の抗議も何処吹く風で熱に浮かされたように話を続けながら去っていく相川と男性を半眼で見つつそんなことを考えていると、休み前に一夏に持たされた携帯電話の着信音が突然鳴った。

 慌てて取り出すと、画面には一夏からの着信を知らせる画面が大きく表示されていた。しかし……

 

 「ど、何処を押せばいいんだ……!」

 

 『画面に触るんですご主人様! 『着信』って出てるところ押してください!』

 

 「あ、ああ!」

 

 操作の仕方をド忘れしてしまい戸惑っていると、すぐさま画面の端に赤い下地にデフォルメされた金色の羽のマークが表示され、『紅焔』からの援護が入る。それに従いなんとか通話状態を確保し、携帯を耳に押し付ける。

 

 「なんだ?! 今取り込み中だ、急ぎの用件でなければ後に――――」

 

 『箒か?! 悪い、今IS学園にいるんだよな? 千冬姉に繋いでくれないか、何度掛けても出ないんだ!!』

 

 「一夏……?」

 

 電話越しの一夏の声は、いつになく切羽詰っているのがわかった。ただごとではないと判断する。

 

 「……いや、済まないが今は少し出ている。すぐに千冬さんに会える場所にはいない」

 

 『そうか……わかった、急に電話して悪い』

 

 「ああ……と、待てまだ切るな! 何があった、千冬さんに何の用がある?」

 

 『………………』

 

 一夏は少しの間、逡巡するかのように沈黙したが、やがて早口に事情を説明しだした。

 そうして私は漸く、一夏がここまで焦っている訳を知る。

 

 「なんだと……!」

 

 『――――そういう訳だ、だから俺達で動くことを事前に千冬姉に話しておきたかったんだけど……仕方ねぇ、事後報告で済ます。出来たら用が済んだ後でいい、お前の口から伝えといてくれ』

 

 「いや……そういうことなら頭数は多いほうがいいだろう。私もすぐそちらに向かう」

 

 『な、ちょっと待て! お前にそこまで頼んでは……!』

 

 一夏の反論を最後まで聞かずに携帯を切り、私はすぐさま傍らの黒毛に再び跨る。

 

 「はい篠ノ之さん、これが本番で使う弓と矢束……何事?」

 

 「丁度良かった!」

 

 そして丁度戻ってきた相川から弓と矢を引ったくり、そのまま施設の出口へと馬を走らす。

 

 「ちょ……篠ノ之さ~ん?!」

 

 「すまない、急ぐのだ! しばし馬と弓をお借りする! ……ゆくぞ!」

 

 戸惑う二人にわかるよう出来る限り大声でそう叫ぶと、手綱を握りなおして横腹を蹴り、黒毛に激を入れる。黒毛は私のそれに嘶きで応えると、さらにその走りに力強さを増し、閉じられていたゲートを一息で飛び越えた。

 

 「多少荒事になるやもしれん、覚悟はいいか?」

 

 こちらの言葉が通じているのかはわからない。だが黒毛は私のその確認に対してさらに走りを速めることで応える。

 

 「……心強い! 私の命運、お前に託すぞ!」

 

 ――――!

 

 再度の黒毛の力強い応答に、私は手綱を今一度強く握り直す。施設へと続く農道を疾風の如く走りぬけ、私達は一夏の元へと急いだ。

 

 






 侍系幼馴染ヒロイン篠ノ之箒ちゃんの明日はどっちだ回……何というかもうすいません、暑さで何処か頭をやられたようです。何故かこの娘を馬に乗っけたくなりました。
 次回は再度一夏に視点を戻し、今話の終盤で起きた問題を追っていく展開になる予定です。

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