IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第六十三話~少女の行方は~

 

~~~~~~side「???」

 

 

 ロンドン郊外に本社を構える、『コスモインダストリー』社。

 元々は名前の通りロケットや人工衛星の部品など、宇宙開発分野におけるシェアを持っていた企業だが、ISの普及に伴い次第にその分野から撤退、現在ではISの開発……というより、未だに謎の多いISの心臓部、『ISコア』の解析に躍起になっている企業だ。その努力は一応の成果はあげているようで、ISのエネルギーを使用した光学兵装の分野では頭一つ抜けているイギリスの技術力を下支えしている企業の一つという話……まぁ、そんなことはこの際どうでもいい。

 大事なのは、今私はとある事情でそんな大企業に直接乗り込んでいるということである。

 

 「……ビンゴ、か」

 

 まぁここ数日で掴んだ情報のツテは信頼できるところだったから最初から疑ってなんかいなかったけど、ここに来るまで私個人で適当に探りを入れてみたところ本当に『当たり』らしい裏も取れた。『彼女』はほぼここにいると見て間違いない。

 

 ……本当、自分でもとことん『益』のないことをしているなと、今更ながら苦笑する。

 リスクばっかバカ高くて、それでいてリターンは殆どない。私の立場を考えれば、誰が考えても今私がしていることは下策であることは間違いない。なら、そんな自分でも切って捨てられるようなことをどうして今やっているのかといえば、

 

 ―――― 一言で片付けてしまうなら、『負い目』。全容とまではいかなくても、ある程度事情を掴んでいたにも拘らず、何もしてあげられなかったことに対しての。

 

 「ほんっと、バカよね」

 

 そんな私の『理由』に対して、私は思わず一人ごちた。

 彼女とは直接話したこともなければ、そもそも碌に面識もない。本来ならそんなものを抱く余地など、私には全くありはしないのだ。だからこれも、結局『それらしい言い訳』に過ぎない。結局一番の理由は、かつて自分以外の誰かの都合で道具になるしかなかった、私が勝手に彼女と自分を重ねているからなんだろう。

 

 ……本当、馬鹿馬鹿しいこと。そんなこと、彼女に対する侮辱以外の何物でもないのに。

 

 「? どうかされましたか?」

 

 っと、流石に独り言が過ぎたか。案内を頼んでいる、人の良さそうな笑みを浮かべる女性社員の人に気を遣われてしまう。

 

 「いえ、お気遣いなく。あはは、やっぱりちょっと緊張してるみたいですね。英語もちょっと自信なくて頭の中で話す内容整理してたんですけど、つい言葉にでちゃったみたいです」

 

 「あら、そうなんですか? 大丈夫ですよ、社長は温厚な方ですから。それに英語は苦手だなんて、そんなご謙遜は却って人が悪いです。最初に受付で貴女に話しかけられた子達、私達ネイティブより綺麗な英語を話すアジアンが来たって、驚いていたんですよ?」

 

 「あは。本場の人にそう言って貰えると嬉しいですね」

 

 うん、上手く誤魔化せた……でもちょびっと罪悪感。アポこそ入れたけど、私は今日実質ここに喧嘩を売りにきたのだ。この優しそうな女の人は、それを知ったらどんな顔をするだろうか。

 ……ん~、そんな心配をしちゃうあたり、まだまだ私も甘いよなぁ、我ながら。

 

 「では、こちらに……社長がお待ちです」

 

 そんなことを考えているうちに、目的地の部屋に通される。

 そこで私の到着を待っていた、先程の女の人が言っていた通り穏やかそうな人相をした白人の女社長は、部屋に入ってきた私の姿を確認するとすぐさま立ち上がり、右手を差し出してきた。

 

 「初めまして、『コスモインダストリー』社へようこそ。僭越ながら弊社の社長を務めさせて頂いています、ヘイゼル・リーバーです……貴女のことは常々聞き及んでおります、お会いできて実に光栄です」

 

 「ご歓迎を感謝致します……この度はお忙しい中押しかけるような形になってしまって申し訳ありません。それも、社長と直接お話させて頂けるなんて」

 

 「いえ、寧ろ私の方からそうさせて欲しいと頼んだんです。是非一度、かの『ブリュンヒルデ』に次いで公式戦で無敗という偉業を打ち立てている、ロシアの『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』の搭乗者にお会いしてみたいと、こちらとしても思っておりましたので」

 

 「光栄ですわ……ご挨拶が遅れました。この度はIS学園代表代理としてお伺いさせて頂きました、更識楯無です」

 

 ――――さってと、戦闘開始。ま、更識の名前を出した以上は負けはない。ちゃっちゃと済ませてしまいますか。

 

 「はい、宜しくお願いします……では、どうぞ遠慮なさらず、お掛けになってください。ただ今お飲み物を用意させますので」

 

 「ええ、それでは失礼して、っと」

 

 「それで、急かすようで申し訳ないのですが……IS学園の代表としてお越しとのことでしたが、改めて用件をお聞きしても宜しいでしょうか? いえ、凡そは伺っているのですが……」

 

 私が腰掛けるなり、早速表面上はにこやかにこちらに用件を聞いてくるミス・リーバー。

 が、言葉からはこちらを怪訝に思う気持ちを全く隠せていない。

 

 ――――ふーん、当分は文字通りお茶を濁してくるかと思ったけど……

 

 どうやら座り方一つとっても凄く緊張しているように『見せた』のが功を奏したらしい、と、私は内心でほくそ笑む。

 相手が油断しているのは、こちらにとってはこの上ない好都合。だからさっさと私はそれが解けないうちに、

 

 「ええ……事前にお知らせした通達の内容は、一字一句間違いなく正確なものですよ。私は本日、IS学園の正式な規則に則って、ここに不当に拉致された本校の生徒を取り返しに来たんです」

 

 この上ない笑顔でそう言い放ち、お互いに退路を断ってしまうことにした。

 

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 手応えはあった。しかし、それ以上に私が感じたのは『違和感』。

 

 「いえ、ですから……そのような事実は、我々は関知しておりませんと……」

 

 ミス・リーバーの態度は、確実に何かを隠していることを物語ってはいたし、そうでなければ却っておかしい。だがそれに対して何か『うしろめたい』感情を持っている気配が微塵もないのが問題だった。

 

 ――――私が思っていた以上に、この人が『常識人』の仮面を被るのが上手かったってことか、或いは……

 

 どちらにしても、思ったより一筋縄ではいかないのかもしれない。なら、もう少しだけ数少ない手持ちの『カード』切って揺さぶってみるかと考えていたところで、

 

 「――――態々遠方からお越しになったお客人に、そうひたむきに『隠す』必要もないんじゃないですかね、ミス。これは寧ろチャンスでしょう。これで誰も損をすることもなく、全て丸く収まる」

 

 突如背後から響いた、妙に浮ついた男の声で、少なくとも四通りは浮かんでいた現状の打開策があっという間に吹き飛んだ。

 

 「み、ミスター、だからアポイントメントもなしに突然いらっしゃられるのは……」

 

 が、私の慌て様はミス・リーバーのそれとは比較にすらならなかった。顔面蒼白になり、うわ言のような抗議の言葉を、今私の後ろに居るであろう男にぶつける。

 

 振り返れば、いつの間に入ってきたのか、黒のスーツを纏った東洋系の背の高い若い男が、扉に寄りかかりながらそんなミス・リーバーの言葉を笑いながら受け流していた。確証はなかったが、言葉遣いの微妙なイントネーションの感覚から日本人だと当たりをつける。

 ……いや、そう思ったのは英語の発音がどうとか、そんなこと以前の問題だったのかもしれない。それ位、目の前の男は前に私が知り合った『誰か』に似ていた。

 

 ――――まさ、か。

 

 「これは失礼。ですがまぁ、『こういった事態』になっているのではないかと、薄々予感はありましてね。こちらからお願いした件で、ご両人に不快な思いをさせるのは私としても不本意ですから、改めて『責任』を取りに来た訳です」

 

 そう言うと、男は今まで寄りかかっていた扉から音もなく背中を離し、その場から横に移動する。

 同時に扉が開き、男に続いて二人の女性が部屋に入ってくる。一人は、こともあろうか。

 

 「デュノア、さん……」

 

 今まさにここで話題になっていた、時の人だった。

 

 「え……えっと、貴女は……」

 

 彼女は今の状況が自身で良くわかっていないようで、私とミス・リーバーを戸惑ったような目で交互に見渡す。

 そして、そんな彼女の肩を背後から抱き、困惑する彼女とは対照的に、満面の笑顔を浮かべて私達を楽しそうに見ている、赤いスーツの上に黒い軍服のようなロングコートを引っ掛けた金髪の女性、は。

 

 ―――― 一年前の、『モンド・グロッソ』の決勝戦。

 対戦相手の試合放棄という、誰もが予測もつかなかった事態になったとはいえ、結果的には先代に勝利する形で優勝を飾った、イギリスの国家代表。

 

 「二代目『戦女神』、『スクルド』のミーティア……!」

 

 「あら、懐かしい名前ね。そんな『ブリュンヒルデ』の乱心で運よく貰えただけの称号、自分でも忘れていたわ」

 

 彼女はミス・リーバーの、最早呟きのような弱々しい声にまるで他人の名前を聞いたように素っ気無い反応を返し、そのまま後ろから親しげにデュノアさんの首に抱きついた。

 

 「え、ちょ……ミーティアさん?!」

 

 「いいじゃない、知らない仲でもないでしょう? ……ほらシンジョウ、私達が親睦を深めている間に、置いてきぼりになってる彼女達にさっさと事情を説明してあげたら?」

 

 「やれやれ、これでは何の為に君を連れてきたのやら……まぁ、想定内ではありますが」

 

 二人目の『戦女神』の言葉に呆れたように肩を竦め、それでいて心底楽しそうな薄ら笑いを消さないまま、最初にここに入ってきた男が、ゆっくりと振り返った私に近づいてくる。

 ……やはり、近くで見れば見るほど『似てる』。けれど、それを認識するほど背筋を這うように押し寄せてくる、この異常な嫌悪感は何だ? 

 私はその段になって、漸く自分の手が震えていることに気がつく。この『私』が、本能的に『恐怖』を感じずにはいられない程の存在感。織斑先生のそれに似ているようで異次元。彼女が近づくことすら躊躇われる抜き身の剣のそれなら、この男のそれは近づくものを問答無用に飲み込む果てのない漆黒の闇のような『気』。間違いない、彼は……

 

 「貴女にお会いするのは初めてでしたね。私、ジャパンエレクトロニクスカンパニー『月光』の営業を務めております、神城秋一という者です。以後、お見知りおきを」

 

 十年前、『白騎士事件』の直後にぱったり姿を消し、世間では専ら『天災』の怒りを買い、『消された』のだと囁かれていた男。かつて当初宇宙開発用として発表された『IS』を軍事目的で使用する計画を提唱し推し進めた、篠ノ之束と並ぶ『一人』の『災厄』。

 

 ――――ああもう、この部屋はモンド・グロッソの部門別特別賞受賞式場か何かなの?

 

 突然の目的の少女、そして大物二人の登場なんていう予想の斜め上過ぎるハプニングを前に、そんなボヤきを何とか頭の中で抑え込み、私は差し出された名刺を受け取って、内心を悟られないよう精一杯目の前の男を睨み付けた。

 

 「これはご丁寧にどうも。ですが私、今ミス・リーバーとお話させて頂いてるんです。お言葉ですが、そんな時に横から割って入ってきて自分の話をするなんて、彼女に対して失礼だと思いませんか?」

 

 ついでに軽いジャブ感覚で抗議の言葉を一つ投げてみる。

 それに対して特に動じた様子もなく神城氏は下唇に指を当ててクスリと笑い、

 

 「ああ、確かに。これは一本取られましたね、申し訳ないことをしました、ミス・リーバー……どうにも、私は体裁というものに配慮するのが苦手でしてね、職業柄改善しなくてはいけないと思ってはいるのですが」

 

 あっさりと、ミスリーバーに対して深々と頭を下げる。

 ……超が三つついても足りないくらいの大物の癖に、目下の若輩者相手にあっさりプライドを捨てれるのか。参ったな、状況を最低限整理してここから有利な状況に持っていく為にもう少し考える時間が欲しいってのに。こうなったらもう少し、この件で適当に食い下がりながら――――

 

 「やめときなさい……そんなに心配しなくても、貴女の『思惑通り』にはちゃんとなるわ。私達は、そのために彼女を連れてここに来た訳だし」

 

 「……!」

 

 が、そう思って口を開きかけたところで横槍が入る。相変わらず、まるでお気に入りの玩具を抱き締める子供のようにデュノアさんの首に腕を回している『スクルド』だ。困っているデュノアさんの反応を楽しみながらも、彼女のこちらの全てを見透かしてしまうように澄んだエメラルドのような碧の瞳だけはこちらに向いていた。

 

 「……それは、どういう?」

 

 「ベス。私に任せると言っておいて楽しいところだけ取り上げるとはどういうことです?」

 

 「ごめんなさい。その方が貴方が嫌がると思ったから……今度こそお任せするわ、どうぞ」

 

 彼女の言葉の意図が読めず、思わず聞き返してしまう私の傍らで、言葉の割には特に残念そうな様子もなく首を竦めながらミス・ミーティアに抗議する神城氏と、やはり特にその抗議をあまり意に介していない様子で受け流すミス・ミーティア。

 

 ……なんというか。流石に相手が悪すぎることを感じずにはいられない。

 ミス・リーバーだってホームにいながら完全に呆気に取られて反撃一つ出来ていない状況だ、守りに入るしかないのは癪だが、少なくともここに居る中で恐らく一番情報を持っていない私は下手に動かない方がいいと判断する。

 

 そんな私の思考を態度から読み取ったのか、私と向き合う神城氏は薄笑いを浮かべる口の端をさらに満足そうに吊り上げると、

 

 「まぁ、そういうことですミス・更識。貴女にも言いたいことがおありでしょうが、まずはこちらの言い分を聞いていただきたい。私共が『このような』手段に打って出るより他がなかった事情につきましては、恐らく貴女にもご理解頂けると思いますので……ミス・リーバー。申し訳ありませんが、少し時間を頂いても? 大丈夫です、彼女は信用するに値する人間ですよ、私が保証しましょう」

 

 「は、はい……貴方がそう判断するのでしたら、お任せ致します」

 

 神城氏は今度はきちんとミス・リーバーに確認を取り、彼女は戸惑いながらも首肯した。

 ……この様子だと、彼女は恐らくその事情とやらを既に説明されているようだ。それも私に対して一向に口を割ろうとしなかったことやこの神城氏の言葉の端から伺えることから察するに、それはどうやらあまり大きく口外すべきでないことらしい。

 だが、流石にここまで踏み込んでおいて、今更相手の事情に配慮して蚊帳の外でいるというのはあまりにも割りに合わない。だから遠慮なく更に切り込む。

 

 「……それは本来居もしない『二人目のIS男性搭乗者』をでっちあげた挙句、最終的に彼……いや、『彼女』を社会的に抹殺するに至った経緯から聞かせて頂けるということでいいんでしょうか?」

 

 「……!」

 

 ミス・リーバーが息を呑むのがわかった、どうやらここから既にもう向こうの『事情』とやらに片足を突っ込んでいる領域らしい。一方の神城氏は一度感心したかの様に眉を少し吊り上げ、言葉を続けた。

 

 「そこまでご存知でしたか、これは話が早く済みそうだ……ええ、全部お話しましょう。ただ、これは他言無用願います、一人の少女の、人生に関わる大問題ですからね。だからこそミス・リーバーも、貴女に対して『隠そう』と判断したのでしょうから」

 

 「……口外するかどうかを最終的に決めるのは私の判断です。が、そちらの『事情』とやらが、私達の学園の生徒一人を脅かした事実対する十分な説明責任として考慮に値するものなら、こちらもそれなりの『誠意』を見せると約束します」

 

 「十分です……いやはや、先代が八年前急逝された時は『更識』の行く末を危ぶむ声も聞かれたものですが……当代が、まだお若いとはいえ貴女のような素晴らしい女性であるとはね。そのような噂は杞憂の域を出ないものだと、今改めて確信しましたよ」

 

 「……私の家の話は、今この場では全く関係ない事だと思いますが」

 

 「おっと、これは失礼。気に障ったのであれば謝罪しましょう」

 

 更識のことを言及されつい反応してしまう私に、特に気にした様子もなく大仰に頭を下げる神城氏。それでいて、その表情は今まで以上に楽しげだ。

 それこそ、まるでこちらの『本当の事情』を知った上で、先程の発言をしたのではないかと勘ぐってしまいたくなるほどに。

 

 「……いいえ、構いません。それよりも、『話』とやらを早く聞かせて頂けませんか?」

 

 ……やめよう、それこそ関係のない話だと自分で切り捨てたばかりだ。ここで彼に我武者羅に噛み付いたところで多分得るものより失うものの方が多い。本来の目的を優先させる。

 

 「ああ、そうでした……いや、その前にこちらの方針を明確にしておきましょう。そのほうがわかりやすく、貴女の信頼を得られると思いますので」

 

 「方針……?」

 

 「ええ。我々は今から一ヵ月後……IS学園では夏季休暇が終了して二学期の開始する時期に彼女、『シャルロット・デュノア』さんに、IS学園の正式な生徒として編入して頂く予定です。ご存知かもしれませんが今、彼女はここにISの最新技術を学ぶための『研修生』として来ていることに『表面上は』なってましてね。編入のつどは引き続きフランスの代表候補生として登録できる手筈になってるんです……一ヶ月前に不慮の事故で亡くなって、その事実も秘密裏に処理された、『シャルル・デュノア』君の『双子の妹』としてね」

 

 「……!」

 

 「……わかった? 私の言ったことの意味。この子は特に貴女が頑張らなくても、一ヶ月もすれば貴女達のところに戻ってくる寸法ってワケ……私と一緒にね」

 

 「『スクルド』がIS学園に? 何故……」

 

 「何、幾許大げさな『後ろ盾』ってヤツですよ……それだけ言えば、貴女なら理解できるんじゃないですか?」

 

 思わず口を突いて出た私の疑問に、今度は神城氏が、先程の意趣返しとばかりにミス・ミーティアの後を引き取るように答える。案の定、彼女は明らかに面白くなさそうな表情で彼の方を見たが、自分で任せる言った手前か、異議は挟まない。

 ……ああもう、そりゃあわかるっての。コトが私が今予想している通りなら、『それ』は確かに必要な措置だろう。だけど、流石にここまで話がトントン拍子で進んでいると、却って不安を感じずにはいられなくなってくる。そう、それこそ、まるで……

 

 「あの……」

 

 と、もはや攻勢に出る余裕もなく黙り込み、冷や汗を流しながら必死にここで入れた情報を整理している私に、不意に声が掛かった。

 今まで蚊帳の外で話に加われずにいた、話題の渦中にいる女の子からだ。

 

 「ご迷惑を掛けたことはわかってます。だから、一度は去ろうと決心しました」

 

 彼女は一度恥じ入るようにそこで言葉を切り、顔を伏せた。しかし、しばらくして漸く意を決したように、俯いたまま固く結んだ唇を開いて言葉を続けた。

 

 「神城さんやミーティアさんに会って、もう誰にも、迷惑を掛けずにIS学園にもう一度行けるようにしてくれるって、言われて……あんな卑怯なことをした僕がこんなことを望むのは、とても恥ずかしいことだってわかってます。でも、もしそれが、本当の話で――――」

 

 いや、最後のほうは最早言葉になっていなかった。自責の念に駆られ、息を詰まらせ、目には涙を滲ませながら、それでも彼女は自分の意思を口にする。

 

 「――――戻りたいです。『嘘吐きの僕(シャルル)』としてじゃなく、『本当の僕(シャルロット)』として」

 

 「……ッ!!」

 

 そんな姿を見せられて、今更文句を言える筈もない。というより、もとよりそれが目的だった。異論なんて、最初から挟みようがなかった。ただ……

 

 ――――こんな、誰かの思惑に利用される形で、そのことを実現したくもなかった。

 

 涙を流すデュノアさんの後ろで、その奥にある思惑をまったく察することの出来ない社交辞令じみた表情で微笑む二人を見て、そんなことを思う。

 だが、こうなることを予知出来ずなんら反撃の材料を持ってこなかった時点で、この場での私の負けはほぼ確定的だった。もしかしたら、いや確実に、今日ここに私がやってくることさえ、彼等からすれば全部『計画通り』だったに違いない。

 

 「……わかってる、デュノアさん。IS学園生として『学びたい』という意思は学園生徒会長として尊重します。貴女は、何も心配しなくていいのよ」

 

 そこまで考え至って落ち込むのも一瞬、これで終わりじゃないと思考を切り替え、俯くデュノアさんの頭を撫でながらそう声を掛け、そこから視線をゆっくりと神城氏へと移す。

 

 「……では、改めて話を聞かせて頂けますか?」

 

 「ええ。喜んで」

 

 かつて、『災厄』とまで呼ばれた男は、私の先を促す言葉に、まるでそんな呼び名が何かの冗談か何かかと思われるほど、人の好い柔和な微笑みで応える。

 ……その笑顔は、やっぱり『彼』によく似ていた。

 

 

 

 

 『……そんな、ことが』

 

 「そ……結局全部向こうの思惑通りなのは悔しいけど、こっちとしてもあの子を連れ戻しにきた手前間違ってもNOとは言えないでしょ? ……一応『今すぐ移籍を』ってところで落とそうとしてみたけどダメね、やっぱ、向こうの方が上手だった。私もまだまだね、は~……こんなんじゃお爺様の背中は遠いなぁ」

 

 正直予想もつかない展開になった『コスモインダストリー』社訪問は、予定よりも三時間ほど長引く形になり、結局私が時間切れで今回は引く形になってお開きになった。まぁ尤も、仮にこの後予定が控えてなくてもう少し粘れたとしても、結果は何一つ変わらなかったんだろう。デュノアさんを取り巻いている事情は思っていた以上に複雑で、私には彼の唱える方針に対抗するだけの案が出せなった。

 

 そういう訳で、今はご丁寧にも今回対話した大物達総出でビルの入り口まで送られた後、帰りの飛行機に乗るための道中で、虚と携帯で話しながら傷心を癒して貰っているといったところだ。

 

 「あ~あ……にしても、『私が頑張らなくても戻ってきてた』、か。流石にちょっと堪えたわ。結局、向こうからすれば私が余計な心配して勝手に自爆したってことなのかしら」

 

 『そんなことはありませんよ、確かに最初は無謀だと私も思いましたが、それでも当代は間違っていなかったと思います……誰にでも出来ることじゃないですよ、たった一人の女の子を助けるために、単身で大企業相手に食って掛かっていくなんて』

 

 「多分根本的なところで『大人』になりきれてないのよね私って……筋が通らないことなんて世の中にはいくらでもある、いちいちそんなのに全部目くじら立ててたらキリがないし。避けて通れるものは通るのが賢い生き方だって、わかってはいるんだけど」

 

 『あはは、いいじゃないですか。委員長タイプってヤツですよ、当代』

 

 「え~そういうのとは違うと思うなぁ。私自身は正直ズルや抜け穴大好きだし、楽できるならしたいし笑顔で握手したあと後ろから殴りかかるの上等だし。だけど他の人にやられるのはイヤってだけで」

 

 『……訂正します、究極の自己中ですね、当代。流石はIS学園入学早々、前任の生徒会長に決闘を吹っかけて、一分で相手のプライドごと粉々に粉砕した挙句生徒会長から引き摺り下ろした方です』

 

 「あれ一応私の中では黒歴史だからあんま引き合いに出して欲しくないんだけど……大体、アレは生徒会権限好き勝手に使って公然と弱いものいじめしてた前任者に問題あったからちょっと懲らしめてあげよっかなぁ、って思っただけで、生徒会長の地位まで取っちゃうつもりはなかったんだけどね」

 

 ……でも、相手を間違えたかも。まさかこの子にまで古傷を抉られるような真似をされるとは。

 まぁ、彼女がこんな調子だからこそ私もいつまで凹んでられないなー、と思うわけなんだけれど。

 

 『ところで当代……先程仰っていた件なんですが……』

 

 「?」

 

 と、漸く私が持ち直してきたところで、虚が唐突に話題を変えてきた。

 

 『その……結局今日お会いになった、『大物』とは誰なんですか? いえ、当代にとって黙っていたほうが都合がいいということでしたら、無理に教えて頂かなくてもいいのですが……当代が気圧されるほどの相手というのが気になりまして』

 

 「うーん、別にそういう訳じゃないし、教えてあげるのはやぶさかじゃないけど……まぁ、片割れはさっき言った通り一ヶ月もすれば嫌でもわかるわ。もう一人は……聞いたことない? 当初宇宙開発用として発表された『IS』が見向きもされなかった状況を一晩の内に変えちゃった、一人の男の話」

 

 『はい、噂でくらいなら……でもあれって本当の話なんですか? 当時のその辺りの状況のことは今調べようとしても情報が錯綜してて真偽が定かじゃ……それに、聞いた通りじゃ『彼』はもう十年前に亡くなっているということでしたが……』

 

 「じゃあ今日私があった相手は『亡霊』ってワケ、か……まぁ、私が今追いかけてる『相手』を考えればそれも面白い話ではあるけど……そうよ、今日私が会ったのは『神城秋一』。IS普及の立役者の一人にして当時日本最大の企業で現『月光』の前身だった『月虹』の元取締役。そして……」

 

 そこまで言いかけて、ここから先を言うかどうか迷う。これは、結局のところやはりちょっとした『噂』に過ぎないことで確かな証拠があることじゃない。

 ……けれど今日直接本人に会って、私の個人的な直感ではもうほぼ間違いないと思っていた。だから、私は信用できる仲間の情報を増やすという意味でも続きを口にした方がいいと判断した。

 

 「初代『戦女神(ブリュンヒルデ)』、織斑千冬の実父っていう、ちょっとした曰くのある男よ」

 

 『……!』

 

 虚の息を飲む声が聞こえる。やはり、後者は彼女には初耳だったのだろう。同時にその声には明らかにどうしてこの場にそんな人間が出てくるのかという戸惑いも感じられた。

 ……私にしたって、それは同じだ。だが、今となっては逆にこれは一つの転機になるのではないかと思い始めている。漸く、『私らしさ』にギアが入ってきたことを実感して、気がつけばクスクスと笑い声すら出てくる。

 

 『……当代?』

 

 「あ……ごめん、虚。いや、なんだかんだで、今日出てきて良かったって思ってさ……何の根拠もないけど、手がかりが向こうから近づいて来てくれてるような気がするのよね」

 

 『それは、その『彼等』が当代が追っている『組織』に関係があるということですか?』

 

 「何の根拠もないって言ったでしょ? それがはっきりしてたらこんな穏便に話つけてないわ。『彼等』云々は関係なくて、何となく『そんな気がする』ってだけ……今は、ね」

 

 『は、はぁ……』

 

 相変わらず戸惑う虚の声を聞きながら、帰路を歩く。

 ……不毛で、得るものなんて何一つない道なんてことはとうの昔にわかってる。それでも走り抜けてやると決めた以上、絶対にその道を行くことを後悔したりなんてしない。

 

 だって私は――――八年前の『あの時』から、それだけを希望にして生きてきたのだから。

 

 





 異常な暑さと今までにない異常な忙しさに、最近ちょっといい加減殺されそうです。新章前にしてテンポが悪くて本当申し訳ないのですが、落ち着くまではまた少し更新ペースが落ちるかもしれません、お許しください。
 漸く一章終了です! 今作品において、スコールは結構色々な独自設定を持ってるキャラだったり(というか、亡国機業構成員全員がある程度そうなんですけれども)。ですので原作の彼女が好きな方には申し訳ないですが、結構毛色が異なる感じになるかもしれません。独自要素に関しては織斑父のことと合わせて、これから少しずつ明らかにしていく予定です。
 二章は実質オリジナル展開の『夏休み編』からのスタートになります。内容としてはキャラ的には五反田兄妹に光を当てつつ、各登場人物入り乱れての一騒動を描く話になる予定です……原作オールヒロイン登場とは、まだちょっといきそうにないですが。

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