IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第六十二話~七夕の夜にて~

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 「……なぁ、紅焔。私は、お前の主として相応しいと思うか?」

 

 『は、はぁ?』

 

 『銀の福音』との戦いが一段落し、合宿の旅館に戻ってきた私達は、一頻り千冬さんに怒られた後、皆泥のように眠りについた。

 だが私は目を閉じてもどうしても眠りにつけず、気がつたら部屋を飛び出し、『紅焔』と話をするために『空裂』を呼び出して地面に突き立てると、そのままその隣で腰かけ、朝日が昇る海を眺めていた。

 

 『そ、それはほむがいらない子ということですか? ほ、ほむが、ご主人様の、お役に立てなかったから……』

 

 「む、むぅ?! い、いやそうではなく……逆だ、逆。私は今回、お前の『紅椿』を使いこなせず、お前の足を引っ張った。お前は、それでも私を主と認めるのかと聞いた」

 

 声を掛けると同時に涙声になる『紅焔』を宥めつつ、私はあれからずっと考えていたことを口にした。

 ……実際、私は自分自身の『単一使仕様能力』を使いこなせず暴走させた。自らが出しえる精神力全てを振り絞って尚、だ。

 単一仕様能力は、ISとその搭乗者に与えられる唯一無二の力だと聞く。それを発現させた者は、生憎知り合いにはあまりいないが、少なくとも一夏は使い勝手の悪さに四苦八苦しながらも使えてはいるように見える。なのに、私がこの結果なのは。

 

 このISを使うべきなのは、私ではないのではないか、と。

 

 『あ、当たり前じゃないですか! 『単一仕様能力』は、そもそも適正がなければ発動自体しないものなんです。その条件をクリアしている時点で、ご主人様は世界でただ一人の『紅椿』のマスター、私のご主人様であることは間違いないのです……『絢爛舞踏』の暴走の理由は、単にほむが至らなかったからです……』

 

 「そんなことはないさ。お前は言った通り、私一人では届かなかった空へ私を連れて行ってくれた……嬉しかったよ」

 

 『ご主人様ぁ……』

 

 「け、結局泣くのかお前は……全く」

 

 もうこれは何も言わないほうがいいかと、溜息を一つ吐いて空を見上げる。

 しかし、今日は私にしては珍しく何かを語りたくて、結局自分から口を開いてしまう。

 

 「……私には、夢があった。いや、夢というにはあまりにも漠然としたものだが……ただただ、強くなりたかった。私は、姉さんと同じやり方じゃとても姉さんには敵わないから、違う方法であの人に誇れる人間になる方法としての『力』を求めたのだ。が……自分では強く求めていた筈なのに、守るものが自分だけになった途端、自身の強さの『実感』を得ることが出来なくなった。その事実を認めたくなくて、わかりやすい『結果』を求めて剣道の大会に出たこともあるが……空虚だったよ、どうしようもなく。『優勝』という結果は私を満たせず、決勝で当たった相手が泣き崩れるのを見て酷く申し訳ない気持ちになったのが全てだった。私が求めた『強さ』がこんなものなら、そんなものはいらないとさえあの時は思った」

 

 それは特に紅焔に宛てた訳でもない、独白だった。向こうもそれを悟ったのか、何も返事を返さずにただ私の言葉を聞いている。

 

 「IS学園に来て、一夏や千冬さんと再会して、友も出来て……ここに来て、姉さんとも話せて。ここまで来て、やっとまた私は『実感』を取り戻せるかもしれないと思った。自分自身や、姉さんの名前にも恥じない自分になれるかもしれないと、希望を持った。けれど……」

 

 『けれど?』

 

 「姉さんが私が信じている姉さんとは変わってしまっているかもしれない、と思っただけで簡単に心が乱れて、なりたい自分がわからなくなった。それで勝手にここで積み上げた私を失くした気になって、身勝手にもそれを否定したい気持ちからあの人を求めてしまった……姉さんは姉さんで、私は誰よりもあの人を信じてあげなくちゃいけない妹なのに」

 

 『……ごめんなさい。ほむが、あの時お母さんのこと、ご主人様に教えちゃったから、ご主人様は……』

 

 「いや、いいんだ……結局、私に志がないだけなんだよ。初志を貫くことも、大事な人を信じぬくことも出来ない。あの単一仕様能力を使った時だって、私はあれだけの力を与えられていながら常に不安に苛まれていた……その結果があれだ。最初から、私は強くなった『つもり』でいただけだったんだ」

 

 『ご主人様……』

 

 私の性根は、結局一夏や千冬さんと出会う前。泣き虫で臆病で、いつも姉さんの背中に隠れていた頃の私から、ちっとも変わっていない。そう思った瞬間、意図せず歯を食いしばり、拳を強く握り締めて出そうになった涙を必死に堪えた。それが、あの頃の私とは違うと自分を誤魔化すための、最後の砦だったから。

 

 「……言った通りだ、紅焔。『単一仕様能力』についてもだが……それ以前に、私には姉さんから貰ったお前の主としてやっていける自信がないんだ。そんな人間が主では、お前にとっても迷惑だろう? だから……」

 

 「……箒か? そんなところで一人でなにやってんだ?」

 

 「な…………え?」

 

 私には、お前を使ってやれる権利なんてない。

 そう、紅焔に改めて伝えようとしたところで、聞こえる筈のない声が背後から聞こえて、私は思わずそのまま続きを言えずにその場で固まる。

 

 「寝ないのか? お前昨日からほぼ完徹だろ。休めるとき休んどかないともたねーぞ……うわっ、何こんなトコにISのブレードぶっ刺してんだ、危ねーな」

 

 まだ日が昇りかけで暗い周囲のためか、そんな私の様子に気がついた様子もなく、気がつけばやってきていた一夏が、私のすぐ隣に腰かける。

 

 「そ、それはお前も同じだろう……! 何故こんな時間にこんなところに、って、き、聞いていたのか?」

 

 「何をだ? あー何かさっきまで一人でブツブツ言ってたやつか。うんにゃ、今来たばっかだから聞こえんかった」

 

 「そうか……」

 

 取り合えず、一夏に聞かれていなかったことを確認して、私は安堵の溜息を吐く。

 ……こんな私ではいつかボロが出てしまうとしても、例えそれが嘘や虚勢で塗り固められたものであったとしても。

 こいつの前だけでは、『強い私』でいたかった。今までずっと、そうしてきたのだから。

 

 「ん~でも、お前自分のISのAIと話してたんだろ。丁度いいや、どんな奴か興味あったからさ、混ぜてくれよ。え~と、紅焔……だっけ? 箒とさっきまで何話して――――」

 

 「じぇぇぇい!!」

 

 が、安堵したのも束の間。一夏からの思わぬ変化球に大いに慌て、気付いた時には既に地面に突き立てていた空裂の峰を蹴り飛ばしていた。

 

 『ご主人様ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!』

 

 海岸の上から海に落ちていく空裂から響く紅焔の声は次第に小さくなり、派手な水音と共に完全に消え失せる。

 一夏は荒く息を吐く私の暴挙を見て青ざめながら目を丸くし、

 

 『無慈悲な……』

 

 白煉の呆れたような声が響いて、私は漸く我にかえる。

 

 「わ、私達の会話の内容などどうでもいいだろう! そんなことより一夏、何故こんな時間にこんな場所に来ている! 千冬さんに休めと言われていただろう!」

 

 兎に角、こんな一番会いたくない時に無神経にもフラッと現れたこの男に対する抗議も込めて、大声で捲くし立てる。

 一夏はそんな私を見て煩そうに目を細め、片手で頭を抱える。

 

 「いや、それこそお前だってそうじゃんか……何ていうかさ、滅茶苦茶眠いのが一回りして却って目が冴えちまったっていうか、今そんな状態なんだよ。普段だったらもう起きてる時間だし、眠くもねーのに転がってるってのもなんかもったいねーな、って思って、時間も時間だし海から昇る朝日ってのを見てみようかな、と……お前も、そんな感じか?」

 

 「ああ……」

 

 実際はそんな暢気な事情ではなかったのだが、それを言ってしまっては本末転倒、尊い犠牲を払った意味がないので私は一夏の言葉に頷いて答える。

 

 「そっか……やっぱこういうトコで波長合うのかもな、俺らって」

 

 「……本当にそうならこっちの気を少しは汲んで貰いたいのだがな」

 

 「んだよさっきから。何かと邪険にしやがって……俺の何が気に入らない? 言いたいことあるならはっきりしろよ、お前らしくないぞ、箒」

 

 「気に入らないことなどあるものか……ただ、間が悪いと思っただけだ」

 

 「? どういう意味だ?」

 

 「なんでもない!!」

 

 こいつの言うとおりだ、別に聞かれたくない話を聞かれたわけでもない、こちらに対する悪意があるわけでもなく、ただ偶然居合わせただけの相手に、いつまでもこんな態度で当り散らすなど『私らしくない』。

 そう思うとますます自分が嫌になって、ますます強い口調で一夏にそっけない返事を返してしまう……悪循環だ、これでは。

 

 「……? 変な奴だな。まぁいいや。そっちが言いたくないってんならそれでいい。良くわかんねぇけど、俺は黙ってりゃいいんだろ」

 

 一夏はそんな私の態度を、私が『これ以上話をしたくない』といったニュアンスで受け止めたらしい……あながち間違いでもないが、このままでは悪印象を持たれたままになるというのが辛い。こういう時は下手に言外で意思疎通できるのが却って足枷になる。

 結局、一夏は私から目を逸らして海を見たまま黙り込んでしまい、私の方がチラチラとそんな一夏の様子を伺う構図が、程なくして出来上がる。

 

 ――――どの位の間そうしていたのかは、自分でもわからない。そう、長い時間ではなかったと思うが、私にとってはやけに長いと感じられた。だからこそ、わかったのかもしれない。

 水平線から顔を覗かせる太陽を眺めている、一夏の横顔を見ている内に、何か違和感のようなものを感じたのを。

 だが違和感と一口に言っても、あまり悪い感じのするものではなかった。

 ……今の一夏は何処か、このIS学園で再会した時よりも、昔共に過ごした頃の、しっかりと前を見据える力が戻っているように思えたのだ。

 

 「……いい顔になったな、一夏」

 

 気がつけば、そんな言葉が口を突いて出る。半ば独り言のようなものだったのだが、向こうにはしっかり聞こえていたらしい。

 一夏は少し照れたように笑い、

 

 「そうかな? まぁ、ちょっと色々今回の事では自分の中で思うところがあったっていうか……どんな無様でも、もう少しだけ悪足掻きしてみようかなって、そう思えるようになった……今更、だけどな」

 

 何処か憑き物が落ちたような声で、そう答えた。

 ……こいつの事情は、あの福音と対峙した時に聞いた、『一年前に死に掛けた』という位のことしか、結局わからなかった。

 だが、私が心配するまでもなく、今こいつは一人で自らの心の問題を乗り越えようとしているのかもしれない。

 間違いなく、それは喜ぶべきことなんだろう。しかし心の何処かで、このままでは私一人だけが取り残されていってしまうような漠然とした不安が溢れ出して、その可能性を素直に受け止められない自分がいて。

 同時にそんな自分がどうしようもなく嫌になって、今度は私が一夏を見ていられなくなり。最終的にはお互い言葉もなく、視線を外して朝日の昇る海を二人で眺める。

 

 ――――筈だったのだが。

 どうも、やはりこの時の私は本調子ではなかったらしい。気がつけば隣に座っていた一夏は忽然と姿を消し、

 

 「!」

 

 そのことを悟った時には、既に私は一夏に後ろを取られていた。

 反射的に背後に手刀を叩き込むが、それすらも読まれていたようであっさりと手首を掴まれ防がれる。

 

 「一夏……! お前、いきなり人の後ろに……!」

 

 「バーカ、箒の癖に隙だらけなのが悪いんだろ。あーもう動くなって、久しぶりなんだからゆっくりやらせろよ」

 

 「な、何を言って……きゃあ!!」

 

 急に髪の毛を托し上げられてつい妙な声が喉から漏れる。

 ……今からでもここから投げ飛ばして紅焔の後を追わせてやろうかと思い立つが、直後に一夏がポケットから取り出したものを見てそんな思考はすぐに何処かに行ってしまった。

 

 「それは……」

 

 「うだー!! だからこっち向くなっての、手元が狂うだろうが! ジャッパーニーズチョンマゲヘアにされたいのかお前は!」

 

 「あ、ああ……」

 

 何か釈然としないものがあったが、結局何処か不機嫌な一夏の剣幕に押し切られ、私は海を見ながらされるがままに任せる。

 

 「おし、っと。うむ、我ながら会心の出来である。シノノノパーフェクトホウキの完成だ」

 

 すると一夏はたちまち私の髪を弄り回す作業を終わらせると、先程の不機嫌さは何処へやら、満足そうな表情を浮かべて定位置に戻る。私はそれを見届けてから再度自分の肩に視線を移し、

 

 「あ……」

 

 前の『銀の福音』との戦いで、『絢爛舞踏』の暴走の際切れて、そのまま何処かへいってしまった、私の髪を束ねていたリボン。

 かつて住んでいた場所を離れなければならなくなり、それまで共に時間を過ごしてきた友に別れを告げに行った、その時に贈られて、それ以降ずっと使い続けてきたもの。それと似た色の、それでも少し前のものとは違う、桜の花の意匠が施された綺麗なリボンが、今までと同じように、私の髪を後ろで纏めているのを見た。先程、一夏がポケットから取り出したのと、寸分違わないものだ。

 

 「これは……」

 

 「……そんな幽霊みてーな髪で辛気臭せー顔してっから厄払いしてやったんだよ。海は出るっていうし、仲間と間違えられて本物に寄って来られても困るだろ……ああ、やっぱ少しはマシになったな」

 

 ただただ驚いて呆然とする私に、視線も合わせずにそんな失礼なことを抜かす一夏。

 人を魑魅魍魎扱いするとは何事かとつい激昂しかけるが、

 

 「でも、ま……やっぱ箒はそうじゃなくちゃな。俺がやったリボン、ずっとつけててくれたろ。だからああいう色が好みなのかって思ってさ……気に入ってくれたか?」

 

 一番、最初。

 私達が、初めて出会った時。その時にこいつが浮かべたのと寸分違わない、悪戯が大成功した子供のような満面の笑顔でそんなことを言われて、私はまたしても言葉に詰まる。こいつのこんな笑顔を見たのは、ここで再会してからは初めてだった。

 

 「あーそれとも、お前ひょっとして髪留めって前のしか持ってなかったとか……まぁ、どっち道前の失くなっちまったみたいだし、丁度いいよな。結局色々あって渡すの一日遅れになっちまったけど、良かったら使ってくれよ、それ」

 

 一夏はそんな私の事情を知ってか知らずか、そう言いながら私のリボンを指差し、

 

 「ハッピーバースディ、箒」

 

 「っ……!!」

 

 そんな、卑怯な言葉を言い放った。

 ……こいつ、こんな歯の浮くような台詞が言える男だったのかと、一瞬私は頭の天辺まで火がついたように熱くなるのを感じながら大いに慌てたが、

 

 「……っ!!」

 

 そうしているうちに、割と直ぐに一夏がこっちを見ようとしていない、というより全力で明後日の方角を見ていることに気がつく。

 そうやって顔を隠しているようだが、結局耳まで赤くなっていてその行為が全くの徒労で終わっていることに気がついていない。

 

 ――――こいつ、言うだけ言っておいて自分で照れているな。

 こんな盛大な自爆を見せられては色々な意味で台無しだ……とはいえ、これがこいつの最大限の努力なのだろうし、悪い気はしなかったので情けくらいはかけてやろうと我慢しようと決めたが、

 

 「……くくっ」

 

 無念にもその決意はあっという間に決壊した。どうしてもこみ上げてくるおかしさを抑えることが出来ず、つい吹き出してしまう。

 出来る限り堪えたつもりだが、それでも一夏に聞かれてしまったようで、一夏は最早赤い顔を隠そうともせず腹を抱える私に食ってかかってきた。

 

 「なっ……何笑ってんだよお前! ここ、笑うところじゃねーだろ! 取り合えず感激して俺に対して礼の一つでも言っておくようなシーンだろ?!」

 

 「いや……ここまで二枚目になれないというか……気障な台詞が似合わない男というのもいるものだなと思ってな……!」

 

 「んだとコラ……! つーかテメェ絶賛現在進行形で笑いを堪えやがって……! あーもう決めたぞ決めた! もう絶対に俺お前の前で格好つけたりしねー。マジ、こんなモン当日に渡すことに拘って課外授業にまで持ってくるんじゃなかったよ! 結局当日にゃ渡せないしさぁ!」

 

 「ふふ、すまん。これでも嬉しいんだ、だが……だがしかし。うくく」

 

 「笑うなー!!」

 

 本当に顔を真っ赤にして怒る一夏がおかしくて、私はとうとう体裁だけの我慢すら放棄して笑い出した。

 そうしている内に、先程まで悩んでいたことが、まるでどうでもいいことのようの頭の隅に追いやられていく。我ながら単純だと思うが、どうも私はこいつといると感傷的にすらなれないらしい。

 

 本当に――――有難いことに。

 

 「ほ、箒?!」

 

 だから、とうとう居た堪れなくなったのか、私に対して悪態を吐きながら逃げようとした一夏を捕まえる。

 ――――離れていこうとした一夏の肩に拠りかかる様に、自分の頭を乗せて。

 

 「……ほら、さっきの失態を見なかったことにして、甘えてやってるんだ。少しは男を見せてみろ」

 

 「うっわムカつくなー、なんだそのすげー上から目線……ったく、お前がなんからしくねーからこっちもらしくねーことをやってみようって思ったのにさ」

 

 「はは、だから感謝はしてるさ……だが、あんな不出来なものを見せられる位ならいつも通りでいいな、毎度のことあれではこちらの腹筋がもたない」

 

 「……殴っていいか?」

 

 一夏は最初こそ慌てたが、すぐに落ち着くと私から視線を外し、立ち去ろうとしたのをやめて、再び海に視線を戻す。そして、私達はそのままとりとめもない話を、朝日が昇り、僅かに空に残った闇が取り払われるまで続けた。

 

 ――――私も、一夏のことは言えない。なんともらしくないことをしたと思う。

 たぶん、それだけ嬉しかったのだろう。六年間も離れていたこいつが、私の誕生日を忘れていなかったことと、なにより。

 私は一人では、自身の志すら容易く失ってしまうような、どうしようもない人間だけれども。

 少なくとも、抜けている癖に何処か気の抜けない相手であるこいつが私の傍にいてくれる限りは、道を見失わないで済む。そんな何の根拠もない確信を、この時持つことが出来たことが。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 元来一泊二日で敢行するはずだった今回の臨海学校は、『銀の福音』への対応によって完全に一日の日程スケジュールがおじゃんになったため、日程を急遽延ばして対応するという、IS学園始まって以来らしい初の授業スケジュールによって無事終了した。

 まぁ結局、あの作戦に参加した、俺を含む連中は翌日も丸一日寝込んでしまい、俺らにとって今回の臨海学校はラッキーか不幸かはわからないが一日目に遊んで帰るだけのものとなった。

 

 「一夏~! バス出ちゃうわよ~!!」

 

 「ここで何してる二組。お前のバスはあっちだ」

 

 で、帰る段になったはいいが旅館に忘れ物をしてしまい、皆に一足遅れてバスに向かう俺に、一組の集合地点から声を掛けてきたのは鈴だった。何か普通に一組のバスに乗ろうとしている。クラス代表がそれでいいのか。

 

 「え~いいじゃんあたし一人くらいこっちでも……いつも思うんだけどさーあたしこういうのでいつも一組のバスから最初に出発するのって納得いかないのよね。そんな何処に所属してるかで一番乗りを勝手に決められるのって面白くないじゃん」

 

 んなこと俺に言われてもな。恒例というか摂理というか。成長していく過程で最低限理解しなければならない大人の理不尽さとか、そういったものだろうとしか。

 だから俺に出来るのは、精々二組のバスがある方に向かってこう叫ぶことくらいだ。

 

 「脱走兵がいるぞー!!」

 

 「ちょ……」

 

 鈴が抗議の声をあげようとするも、それよりも早く向こうでバスに乗り込もうとしている二組の娘達が一斉にこちらに視線を向ける。

 しぶとくも鈴は彼女達に捕捉される前に一組のバスに逃げ込もうとするも、抵抗空しく駆けつけてきた二組の娘達数人に引き摺り出される。

 

 「クラス代表が抜け駆け良くない」

 

 「しないよね? 鈴ちゃんは……? ……クラス替え」

 

 「捕まえた……私は おまえを つかまえた」

 

 ……なんか怖い。つーか最後の方の人目が血走ってるような気がするんだけど。まぁそんだけ二組でこいつが慕われてるってことだよな、そういうことにしておこう。

 

 「ひぃっ! や、やめ……一夏ぁ!」

 

 鈴がそんなクラスメイト達の異様な様子に怯えてこちらに助けを求めてくるが、ここで下手に情けをかけて俺まで巻き添いを喰らうのは御免だし、そもそもあいつがきちんと在るべき場所に帰ればこちらとしても丸く収まることだ。よって俺は携帯片手に例の白煉が拾ってきた売られていく子牛のテーマを流しながら、笑顔で手を振って鈴を見送ることにした。

 

 「薄情者ぉ~~~~!!」

 

 そうして鈴が断末魔の悲鳴をあげながら二組のバスに押し込められるのを確認した後、一人で一組のバスに乗り込もうとした俺に、

 

 「貴方が、織斑一夏君?」

 

 本当に『鈴を転がす』といった表現がピタリと嵌るような、凛と澄んでいながら可愛らしさが残る声が掛かる。

 声が聞こえた方に視線を向けてみれば、これまたとんでもなく美人な、金髪の女の人がこちらに歩いてくるのがわかった。

 ……見覚えのある人だ、確か――――

 

 「ナターシャ・ファイルスよ。初めまして、でいいわよね? まぁ、私にとってはそんな気はしないんだけどね。『あの子』、貴方のこととっても気に入ったみたいだから」

 

 そうだ、前日戦った『銀の福音』の搭乗者。後になってわかったことだが、あの戦いで福音が受けたダメージは俺達が受けたそれが可愛く見えるほど甚大で、後一歩で確実に再起不能になってしまっていたほど酷かったという。あのISがそんな状態になってまで、必死に守ろうとした人だ。一目で白人さんだとわかる彼女は、その割にはとても流暢な日本語で俺に話しかけてきた。

 

 「……一度IS学園に帰っちゃたら、もう簡単には会えなくなっちゃうでしょ? だからその前に、貴方にお礼が言いたくて」

 

 「え~と……いや、俺あんま大したことしてないですし。そんな畏まってお礼なんて言われても、却って申し訳ないというか……」

 

 ファイルスさんはやってくるなり頭を下げ、正直あの戦いに関してはその福音の件もあり、少し後ろ暗い認識があった俺は思わず恐縮してしまう。大体、あの戦いにおいて俺がやったのはおいしいとこ取りだ。ファーストアタックの時は殆どセシリア一人で戦っていたようなものだし、後に戦線に復帰した俺が福音を圧倒できたのは、箒達がそれ以前に福音を追い込んでくれていたのが大きいのだ。

 

 「ううん……」

 

 が、ファイルスさんは首を振って俺の謙遜を否定すると、

 

 「……な」

 

 半ば不意打ち気味に俺の首に手を回してきて、気がついた時には抱き締められていた。

 慌てて身を離そうとしたが、ファイルスさんの目に浮かんだ涙を見て、俺はついそうするタイミングを逃してしまう。

 

 「あの時貴方があの子に私の声を届けてくれなかったら、きっと取り返しのつかないことになってた……それは私も同じ。貴方は私とあの子、両方の恩人なのよ?」

 

 「それは、違いますよ。俺がどうこうしたからとか、そんなのはきっと関係ないんです。ファイルスさんの声があいつに届いたのは、ファイルスさん自身が、あいつを助けようと頑張った結果なんじゃないですか。それを、俺なんかに勝手に取り上げさせないでください」

 

 が、これがあの時福音を止めたことに対する報酬なら、俺には受け取る資格がない。だからただ事実を告げて、なるべく乱暴にならないように、俺はファイルスさんから離れる。

 彼女はそんな俺を目に涙を浮かべたままきょとんとした顔で見たが、すぐに満面の笑顔になった。

 

 「ふふ、謙虚なのね。それとも、私みたいのはタイプじゃない?」

 

 「からかわないで下さいよ……それにまぁ、痛い目は見ましたし、あんなのは二度と御免だってはっきり今でも言えますけど……それでも俺、ここであいつやあなたに会えて良かったって、むしろ感謝してるんですよ」

 

 「え?」

 

 が、笑顔から一転。ファイルスさんは意外そうな顔を俺に向ける。

 確かに彼女にしても望んでこんなことになった訳じゃないし、仲間も皆傷ついた。こんなことを思うのは、不謹慎なのかもしれないけど――――

 

 「やっぱりいいなって思ったんですよ、久しぶりに……自分自身じゃない。大切な誰かの為に、力を振り絞れるのって。そんなことは出来ないって、諦めるのは簡単です。けど、そんな安い諦めで『覚悟』まで捨てちまったら、それこそ誰も守れっこない……『福音』は、あなたを守り抜きました。今回のこと、全体の結果だけみれば俺達の勝ちってことになるのかもしれないけど、『その結果』をあいつが勝ち取った時点で、少なくとも俺はあいつに負けました。だから……もし、次があるなら負けたくないって思えたんです。あなた達のお陰です」

 

 我ながら訳のわからないことを言ってると思うし、ファイルスさんからすれば尚更だろう。

 その筈なのに、ファイルスさんはそんな俺の言葉を聞いて穏やかな笑顔に戻ると、

 

 「男の子ね、素敵だわ……あの子が貴方を気にいった理由がわかった。きっと、貴方がそんな人だからね」

 

 そんな言葉を口にして、何か語っちまったような気がして今更恥ずかしくなってテンパっている俺の額に、いきなりキスをした。

 

 「……は、え?」

 

 「おまじない……これから貴方が胸を張って、貴方にとっての『大切』な人を守れますように、ってね」

 

 二度目の不意打ちを喰らい完全にしどろもどろになってキョドる俺に、ファイルスさんは悪戯っぽくウィンクを一つすると、そのまま振り返ってきた道を去っていく。

 

 「おまじない、ね……」

 

 くっそやることだけやって逃げるとは汚いなさすがアメリカ人きたない。

 でもまぁ、不思議と悪い気はしなかった。負けた相手に決意表明をして、激励を貰った。そうまでされたら、やってやろうって気持ちになる。

 

 ――――ただまぁ、一つ重大な問題が、あるとすれば……

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 先程の一連のやりとりをした場所が場所だけに、一組のほぼ全員に見られていたということだろう。

 結果、昨日の朝お互いに派手に自爆してからというもの、現在目を合わせることすら少し気まずくなっている箒からの援護もなく。

 帰りのバスは、冷たい目で見てくる半数と、好奇心に満ちた目で問い詰めてくる半数に周囲を完全に包囲され、極限まで神経をすり減らしながらの行軍になったことは、言うまでもなかった。

 

 





 本当は物凄く七月七日にやりたかった回。実質話的には前の話と入れ替えても問題ないのにどうしてこっちを先に書けなかったのか悔しくてたまりません。

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