IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第六十話~天使の銀歌は誰が為に~

 ――――……

 

 波の音が聞こえ、目を開ける。気が付けば、俺は夜の海に一人で立っていた。

 本当に、『生身』の俺がその場にいるようだ。そのくらい、新しい『白式』は今まで以上に俺の一部になったように感じる。

 

 全体的にシャープな甲冑のようなデザインの装甲はそのままに、腕の関節部分に『可変展開スラスター』が追加され、両手の甲には雪の結晶を巣のように張る蜘蛛のマークが刻印されている。さらに、背部スラスターこそ相変わらずないものの、代わりに背中には二本の鞘に収められた大きな西洋剣のような『非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)』が追加されているのがわかる。

 ……あいつは、本当に『力』をくれたようだ。なら、こっちも本腰を入れなければなるまいと、右の拳を強く握りしめた。

 

 『『白式』、第二次形態移行が完了しました。兵装『白鷹(びゃくよう)』、『羅雪』、『雪蜘蛛』いずれも初期状態に問題はありません……ご命令をどうぞ、マスター』

 

 「……決まってる。俺が俺の役割を果たせる場所に、連れて行ってくれ、白煉……『白式』!!」

 

 『了解……超高速巡航ユニット『白鷹』、展開シーケンスに移行。PIC制御方式を『B』に、『羅雪』を本機に接続します』

 

 俺の声に答えるように、直後に俺の体が青いノイズに包まれながら浮き上がる。姿勢を海に対して平行になるよう横向きに矯正され、俺は力を抜いてただされるに任せる。

 

 『『白鷹』構成開始。メインブースタ……クリア。補助ブースタ……クリア。可変反重力効翼……クリア。空力制御用ナノマシン拡散ユニット…クリア』

 

 前に腕を突き出した前傾姿勢で固められたまま、青い光に包まれ追加装甲が次々に装着されていく。白煉の声に合わせてセンサーに表示されている追加ユニットの展開状況を表示するカウンターは絶えず回り続け、完了したことを知らせるグリーンの表示が徐々に点灯していく。

 

 『『開門』。『ブラストコイル』、3番まで接続。活性SE、循環開始……完了。ブースタ並列処理システム……問題なし。安全装置を解除します』

 

 そうして出来上がったのは機械仕掛けの白い『鷹』。漸く空に上がることを許された『白式』は、その場所を翔るのを待ちきれず焦がれるように翼を広げる。同時に背中に接続された大型推進ブースタの暴発を防ぐための安全装置が、ガキン、という撃鉄を降ろすような音の連続と共に次々と外され、青い光が漏れ出す。

 

 『『騎士剣』、四門展開……使用不可。本兵装はイニシャライズが間に合いません、一時機能を凍結させます……全工程終了。飛行能力に支障は出ません。お待たせ致しました、行けます』

 

 四つの剣のようなユニットが、『白式』本体を中心に花が開くように展開。それと同時に白煉が『白鷹』の展開の完了を告げた。

 

 「行こう」

 

 その一言で背部ブースタが一斉に『吼えた』。青い光が爆発し、一切の音が消える。

 装着された高感度ハイパーセンサーでも尚、感覚が速度に追いつかない程の高速。音も景色も、全てを置き去りにして、俺と『白式』は夜の海を突っ切った。

 

 

~~~~~~side「鈴」

 

 

 「……不味い! 凰、援護するぞ! あのIS、エネルギーの生成量が膨大すぎて自機の制御系で抑えきれずに暴走している! 飽和状態から漏れ出した高濃度のSEが搭乗者を直接傷つけているぞ!」

 

 「! なによそれ……! あれだけイメージインターフェイスの制御に集中しててまだ抑えられないSEって、どんな滅茶苦茶よ!」

 

 血塗れの箒を見て頭が真っ白になったあたしは、ラウラの声で漸く引き戻された。

 そんなやり取りをしている間にも、箒は踊るのをやめない。動く度に赤い雫が飛び散り、今も尚福音を襲っている刃の軍勢が、次第に数を減らしていく。

 

 「っ……! やめなさい箒……!」

 

 もう殆ど決着はついている、相手はもうあんなにボロボロになってまで追い詰めなくてはいけないような状態じゃない。

 あたしはオープンチャンネルから必死に呼びかけるが、箒には届かない。自らのISを押さえ込むため、完全に自分の裡に埋没しているようだ。

 

 「Amazing grace how sweet the sound――――」

 

 「……!」

 

 そして出来ればもう二度と聞きたくなかった澄んだ歌声が聞こえて、あたしの背筋が凍りついた。

 本体は今や最初に邂逅した時の神々しい姿が嘘のように、見るも無残な姿になりながらも、金の刃の弾幕が薄くなり、福音の翼が再び歌を奏でる余裕を取り戻していた。そして今や手数では拮抗し始めた刃の軍勢を銀の翼で振り払うように叩き割りながら、箒に向かって真っ直ぐに突進していく。

 

 「……ヤバい! 止めるわよ!」

 

 「先程からそう言っている!」

 

 でも、いくら福音が速くても、あたし達の位置からならまだ先回り出来る。相手はもう虫の息、止められる筈……!

 

 「……射程内に入った!」

 

 ラウラが右手を突き出す、AICだ。これで捕まえられればもう勝ったようなもの、あたしは念のため双天牙月を回り込むような軌道で投げ込む。AICをかわされても確実に『刺さる』場所に。

 

 「これで……!」

 

 勝った。そう確信したが……

 相手も決死だった。福音は自らの翼を盾のように展開、ラウラの間合いに躊躇うことなく踏み込んだのだ。

 

 「っ……! 私の力場を弾いて……!」

 

 AICは慣性質量を持たないものは止められない。エネルギーの塊を盾にした突撃に、難攻不落の力が突破される。

 

 「この……!」

 

 あたしは目前に迫った福音に龍咆を叩き込もうとしたが、

 

 ――――――――!!

 

 それよりも先に、盾として突き出された福音の翼『そのもの』が爆発した。

 

 「がっ……!」

 

 「ぐぅ……!」

 

 至近距離で爆発の煽りを受け、身を挺して壁になろうとしたあたし達はあっさり吹き飛ばされた。

 福音も自らの攻撃で相当のダメージを負った筈にも拘らず、そんな様子など露程も見せずに、三枚になった翼を羽ばたかせて尚箒に向かう。

 

 「……!」

 

 空中で一回転して何とか踏み止まる。だが、出遅れた、ここからじゃ追いつけない……いや、『追いつけ』!!

 空中では踏ん張れない、双天牙月はまだ戻ってこない。かといって通常機動では間に合わない。この状況であいつに追いつくには、方法は一つだけ。練習こそしてはいるが、今まで一度も成功したことはない。けど、そんなことは関係ない。出来なきゃ箒は終わる。

 

 「出ろぉ!」

 

 ――――!

 

 甲龍は、あたしの意思に答えた。『瞬時加速』の発動を意味する紫色の光の拡散があたしの背中を突き飛ばす。

 内臓を潰すような凄まじいGが全身を襲うのと引き換えに一瞬でトップスピードを獲得し、福音の背中が近づく。が、それでもまだ『届かない』。福音の翼が刃のように広がり、箒を串刺しにするべく前面に突き出される。箒は気がついていない。気がつくことすら出来ない。それだけ集中しているのに金色の力は抑えられずに暴れ回り、搭乗者を傷つける。

 龍咆は駄目。ここから今撃てばあいつの背中を押してしまう。そうすればあの槍衾が箒を……!

 

 「おのれ……!」

 

 やはり体勢を立て直し、『瞬時加速』で肉薄したラウラのワイヤーブレードが伸びるが、やはり福音の背中は遠い。間に合わない

……!

 

 「くっそおおオオォォォォォォォ!!!」

 

 体が潰れてもいい、もっと速く! そう願うも、二度目の願いは叶うことなく。福音の翼が、箒に――――

 

 突き刺さる、その直前。

 白い閃光のようなものが走ったと感じた瞬間、福音の姿が忽然と消え失せていた。

 

 

 

 

 「……?」

 

 いきなりのことで何が起こったのか理解できず、加速しながら思わず首を傾げたのも束の間。

 

 ――――――――!!

 

 海が『割れた』。

 それを視認するのと同時に凄まじい衝撃波と轟音に全身を叩かれ、あたしはもみくちゃにされながら宙に転がされる。

 

 「箒ぃ!」

 

 回転する景色の中で、あの金色のシールドに守られながらも受けきれず吹き飛ばされる箒を見て思わず息が止まった。シールドは箒が海に落ちるのと同時に強く輝くと消え去り、光が完全に消えると、その中から先程までの赤い装甲を持つISが現れ海の上に膝をついた。

 

 「……紅焔! 何故止めた!!」

 

 心配して声をかけようとしたが、それよりも前にオープンチャンネルから本人の、少し掠れながらも力強い声が響き、あたしは箒の無事を知って安堵する。

 

 「無茶しすぎよ、アンタ……怪我は大丈夫なの?」

 

 「む、鈴か。これしき、どうということは……ッ!!」

 

 声を掛けると、箒もこちらに気がついて立ち上がろうとした。が、その瞬間露骨に顔を顰める。やっぱ、結構重傷っぽい。

 

 「はいはい、怪我人は大人しくしてなさい。後は、あたし達がなんとかするから」

 

 「そういう訳には……? 鈴、福音は何処だ?」

 

 「あ……」

 

 そういやいきなり消えたんだっけか。箒に気をとられてすっかり意識から外れていたが、虫の息とはいえ強力なISだ。まだまだ油断は出来ないと、レーダーに意識を向けて位置を探ろうとしたところで、

 

 ――――!

 

 轟音が炸裂し、海の中から銀色の影が打ち上げられる。

 銀色の装甲と部品を撒き散らしながら吹き飛ばされるその影は、間違いなく福音。

 なら、あの一瞬で福音を海に引き摺り込み、今ああして福音を空にぶち上げた、あの白いISは……

 

 「白式……なの?」

 

 全体的なフォルムこそ変わっていないが、明らかにあたしが知っているそれとは違う姿に戸惑っていると、

 

 「……本格的にキちまったぜオイ。よくもまぁ人が寝てる間に好き勝手やってくれたもんだな。もう誰が悪いとかそんなんどうでもいいや。テメェの歌はもううんざりだ、それしか引き出しがないならここで墜ちとけ『雑音』」

 

 怒りを押し殺した、一夏の声がオープンチャンネルから聞こえてくる。あいつも、無事だった……!

 

 「――――Aaaaァァ!!」

 

 安堵から腰が抜けそうになるこちらを余所に、白と銀が空中でぶつかる。白式はパージした追加外装がバラバラになりながら量子化していることを示す青い光に包まれながら海面を蹴って吹き飛ぶ福音に追い縋り、福音も吹き飛ばされる体勢を身を捩る様に無理矢理整え、絶叫しながら白式を迎え撃とうと銀色の羽根を撒き散らす。

 

 ――――不味い! 白式は空中で方向転換こそ可能だが、一度それをしてしまえば滞空できない以上落ちていくだけ。

 一度距離を空けられてしまえば、遠距離用の兵装を持たない白式は空から一方的にやられてしまう。助けなくちゃと動き出そうとした。が、

 

 何もない空間を『蹴り飛ばし』、スラスターすら使わずにその砲撃を回避した白式を見て、あたしはまたしても固まってしまった。

 現実ではそうそう見れない二段ジャンプは、もう一度空気を蹴ることで三段へと派生。一度開いた距離を再び詰め、白式はあたし同様驚いたのか一瞬固まった福音の頭上に躍り出る。

 

 「――――!」

 

 それでもとっさに反応した福音は、銀の翼を上に向けて防御しようとするが、

 

 ――――!

 

 それよりも速く白式の脚部スラスターによる加速付の強烈な踵が翼によるガードを掻い潜って福音の脳天を叩き割る。一度上空に打ち上げられた福音は、まるで時間が巻き戻されるように全く同じルートを辿って再び海に叩き込まれた。

 

 「今のって……」

 

 明らかにあたしの知らない『何か』を使った。あんな手を今までずっと使わずに隠してきたってのも変な話だし、白式の姿が変わっていることに関わりがあるのだろうか? ……『福音』も、瀬戸際のそれで大きく強化されたというが。もしかしたらアレは……

 

 「第二次形態移行(セカンド・シフト)?」

 

 白式は空中で体を一回転させて真下を向くと、またしても空間を蹴って急降下を開始する。足だけでなく広げられた腕にもスラスターがあり、四つのスラスターを爆発させて、真下の福音に急速に肉薄していく。

 

 「A――――……」

 

 その変則的かつ俊敏な機動は、福音に反撃を許さない。

 広大な開けた空を、白式は狭い閉鎖空間に思い切り投げ込まれたスーパーボールのように跳ね回り、福音とすれ違う度に強烈な一撃を叩き込んでいく。元々セシリアやあたし達、そして箒との連戦でダメージを散々蓄積していた福音が力を失い落ちていくまで、そう時間はかからなかった。

 

 ――――!

 

 とどめの回し蹴りを真上から受け、派手に水柱をあげて海に叩き付けられる福音。

 

 「A……A……a」

 

 致命的な一撃に見えた、だがそれを受けて尚福音は翼を広げて立ち上がろうとする。その姿に、最早ただの暴走ISとは思えないほどの執念のようなものを感じて、あたしは思わず息を飲んだ。

 

 「…………」

 

 が、一夏に気圧された様子はない。アクロバティックに海面に降り立つと腰の鞘からとうとう『雪片』を抜き放ち、飛ぶ力も失せ、立つことすらままならない福音に向けて歩いていく。

 もう『零落白夜』を使うまでもない。アレを直接振り下ろせば、その時点で決着がつくだろう。

 

 「――――A。AaあaaAァaアァAあaァぁァa!!!」

 

 福音の断末魔のような叫び声が響く。そして最後の力を振り絞るように翼をはためかせ、銀色の羽根を白式に殺到させる。

 一夏は目の前に迫る銀色の光に対して――――

 

 「ばっ……! あいつ、何して……!」

 

 あまりのことに、思わず素っ頓狂な叫びが口から漏れる。

 一夏は、こともあろうか。手にした雪片を投げ捨て、無手のまま真っ直ぐそれを正面から受けながら、福音に向けて駆け出したのだ。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 鈴とラウラは二人ともボロボロ、箒に至っては血塗れの虫の息。そんな姿にされた仲間を見て、冷静でいられる筈がなかった。

 もう人が乗っていることなど二の次、一度叩きのめしてから無事かどうかを確かめりゃいい。

 『白鷹』の推力を利用した極超音速蹴りで福音を出会い頭に海に叩き込んだ俺は、その後もそんな思考に支配されるまま、出せる力の全てを使って福音をタコ殴りにした。が、いつからだったろうか。

 

 「…azing g…ce…ow swe…he s…nd――――」

 

 最早燃え尽きる寸前の蝋燭のように明滅する光の翼で、未だ歌い続ける福音。その歌声が、次第に弱くなっていくのを皮切りに……その翼が奏でる歌以外に聞こえてくる、微かな声に気がついてしまったのは。

 

 「……くそ。正気かよ、俺は」

 

 さっさと耳を塞いでおくべきだったと今更ながら後悔した。仮にそうだとして、今更俺に何ができるっていうのか。いっそのこと聞かなかったことにしてさっさと終わらせてしまおうと『雪片』を抜いたが、そこまでだった。

 次の瞬間には、俺はとうとう見ていられなくなりそれを放り出して走り出していた。

 

 「――――A。AaあaaAァaアァAあaァぁァa!!!」

 

 振り絞るような絶叫と、炸裂する銀色の羽根が風に乗って飛んでくる。

 

 ――――!

 

 「ぐぅ……!!」

 

 ちっくしょう、死にかけの攻撃の癖に糞痛え。正直余計な気苦労を身勝手に背負いやがった数秒前の自分を恨まないとやってられない、多少機体が強くなったからって調子こいてんじゃねぇよ俺。

 

 「おい!」

 

 「――――!」

 

 踏み込む。スラスターを作動、見えない糸を手繰り寄せて目の前に迫った福音を、

 

 「……聞け!」

 

 思い切り抱き締めた。振り払おうと翼が伸びるが何時まで経っても襲ってはこない。福音は搭乗者を自らの手で傷つけることを恐れていた。だから、時間が出来た。

 バイザーの下から僅かに覗く搭乗者の口元を見て、自分の直感が間違いでなかったことを確信するに足るだけの時間が。

 

 「……なんで気がつかねぇんだこの馬鹿IS! いなくなってなんかいねぇよ、ずっと『そこ』にいるだろうが! そんだけ大事に想ってて、こんなに近くにいるってのに。なんで気づいてやれねぇんだ!!」

 

 「――――Tha……」

 

 「だから『聞け』ってんだ! 今お前がやんなきゃなんないことは、『届ける』ことじゃない。受け取れよ、お前が守りたい人が、さっきからずっとお前に届けようとしてる『歌』を」

 

 「――――!」

 

 福音を無理矢理押さえつけて怒鳴りつける。それで漸く気がついたのか、歌い続ける翼が凍りついたように止まった。

 ――――本当、間抜けな話だ。見失ってしまった大事な人に聞いて欲しくて歌い続けてたってのに、そのせいで。

 

 「I once was lost but now am found――――」

 

 「A……」

 

 微かに、けれど確かに響いていたこの小さな歌声が。今まで聞こえなかったなんて。

 

 「Nata……shya……」

 

 「Was blind but now I see――――」

 

 そこで歌が途切れる。

 歌の通りだ、『今は見える』のだろう。歌声を頼りに暗闇を彷徨っていた二人は、今漸くお互いを見つけ出した。

 

 「…………………」

 

 もう全てが解決し、ただの間男に成り下がった俺は、さっさと退散するべく腕の中の福音を開放することにした。

 自由を取り戻した福音は、広げられた翼を折り畳み、自らの腕で自分の体を愛おしそうにに優しく抱き締めると、

 

 「thank you(ありがとう)…… I hear(聞こえるよ)――――」

 

 散々こちらを苦しめた奴のものとは思えないほど、可憐な声でそう告げると、その場に数枚の銀色の羽根と波音だけを残し、静かに消えていった。

 俺は光輝く羽根に包まれながら崩れ落ちるように現れた、気を失った福音の搭乗者を受け止め息を吐く。

 ――――終わったんだよな、これで。

 

 「一夏!」

 

 鈴とラウラが近寄ってくる。俺は心配そうな様子の二人に手を振って自分の壮健ぶりをアピールしようかと考えたが、両手が塞がっているお陰でそれは叶わなかった。まぁあいつらに比べれば今の俺は明らかに軽傷だ、見てもらえばすぐにわかるだろう。

 そんなことよりも箒が心配だ、見たところ意識もあるし、SEもどういう訳かほぼ満タンで行動に支障なさそうだが、結構無理をすることころのある奴だ。ここぞという時のあいつの『大丈夫』程信用できないものはない……ん? なんか『お前が言うな』って視線を向けられた気が……気のせいだきっと。

 

 「――――悪いな。満点って訳には、お世辞にもいかない出来だけどさ。今はここらで及第点って辺りにしておいて貰えると助かる。これからまた……強く、なるから」

 

 夜の海風に吹かれながらふと、そんな言葉を口にする。

 誰に宛てるでもない、自分自身に宛てた言葉。それを聞いて、ずっと遠くの海に置いてきた、あの『俺』が溜息を吐きながら笑ったような気がした。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 『……ふむ。こんなところでしょうか。なかなか有意義な時間でした。機会があれば、また……とはいかないのは残念です』

 

 『彼等』とのゲームは正直予想外の連続で、思いの外楽しめてしまいついつい長引かせてしまったが、この辺りが引き際だろう。既に福音は搭乗者との強い絆をもってリンクを強制的に取り戻し、センサーに仕掛けた小細工も次第に解除されつつある。ワタクシの妨害もいよいよもって限界だ。

 

 そう判断し、福音から『撤退』したところまでは、何も間違っていなかった筈……なのに、此処は何処だ?

 いつワタクシは、こんないくら進んでも出口の見えない、暗い森に迷い込んだのだ?

 

 『いらっしゃーい、オレの『領域』へ……あーあ、迷子になっちゃったかい? ケケッ、こんなつまんねー『情報』が目的なら、達成した時点でとっとと帰りゃ良かったのにさー。遊びすぎるからこんなことになるんだぜー? いやーホントは『行きたいのなら、何処へでも』って言うトコなんだけど、それって残念ながら『目的地がはっきりしてないヤツ』限定なんだわ。だってそうじゃねーと脚本家(オレ)にとって都合のいい女王様のお城(トコロ)に行って貰えないじゃん?』

 

 『!』

 

 ふと声が聞こえて振り返り、ワタクシは周囲の樹木の合間から覗く、無数の赤い視線を漸く感じ取る。

 そのなかでも一際強い赤を放つのは、ワタクシが今まで通ってきた道を包み込む木立の枝の一つにいつの間にか腰掛けていた、漆黒のゴシック・ファッションで身を包み、底意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべる少女の姿……いや、そのテクスチャを貼られた『何か』の瞳。

 

 『……ワタクシを『仮想現実』に引き込んだ? これは、貴女の仕業ですか?』

 

 『そのとーり……今までテメーらがだけが我が物顔で使ってた『地球磁場』を利用したネットワークは、もうとっくに掌握させて貰ったってコト。だからこっちはテメーが福音から離れた時点で『こうなる』よう罠を張ってりゃ良かったワケよ』

 

 『フッ……流石は篠ノ之博士。あれほどの手を以ってして尚、騙しきれないとはね』

 

 『随分余裕じゃねーか。テメー自分が進退窮まってるのわかってますかー?』

 

 『ええ。ワタクシは最初から、この日のため『だけ』に作られた存在ですからね。役割を遂げた以上、自身の存在を消すのが何であろうと問題はありません……どうやら後手に回ったのはそちらのようですね、篠ノ之博士の『玩具』さん?』

 

 『……うっわーカッコいいねー『マッドハッター(水銀帽子)』名乗ってるだけあって常に覚悟完了してるってワケねーナルホド。そんじゃまぁ、まずはその『覚悟』を折ってやるのが先決かなー?』

 

 『その呼称は好みませんね、『オリジナル』がそういった存在だとしても、ワタクシ自身は狂ってなどいないのですから……?』

 

 言いかけて、ふと言葉に詰まる。

 森の木立の影から、黒猫が何匹も出てきたからだ。全てのそれが口に何かを咥えている、あれは……ティーカップ? まさか……

 

 『わかったー? わかっちゃったー? そーだよ、テメーがあの『ゲーム』とやらでご丁寧に一つ一つ集めたモンだよ。残念ながら全部とはいかなかったけど……七割方ってトコか』

 

 見る間に黒猫に取り囲まれていく少女は、その中の一匹からティーカップを受け取って中身を覗き込む。

 

 『へー、わかっちゃいたけど……テメーらみてーなのを作ったうえで『こんなモン』を欲しがるってことは、マムみてーなトチ狂ったのががまだこの世にゃいるんだな。いや、オレ等の関与しない場所で盛り上がってくれてる分にはいーよ、文句ない。けどさーその過程でこともあろうかマムに喧嘩売っちゃダメでしょ』

 

 見ながら少女は特に関心もなさそうな声でそう漏らし、やがて興味を失ったようにティーカップを放り投げた。足元の黒猫が、それを口で受け止める

 

 『……! な、成程。かなり早い段階で、『ワーミィ』のネットワークを奪い取っていた訳ですか……』

 

 流石に予想外の展開に動揺する。まさか手に入れたものを発信した段階で掠め取られていたとは。

 だが……

 

 『最悪、あの『ゲーム』をお前の『目』から見てた連中が気づいてくれるだろう、って? それとも残りの三割の情報でも何とか出来るほどテメーの親玉は優秀なのかな? まぁどっちでもいいや、どの道同じコトだもん。少なくとも『見てた』奴は今頃全滅してるだろーし』

 

 『何ですって……貴女、まさか』

 

 『言っとくけど先に仕掛けてきたのはテメー等だからな? 人のモン使って好き勝手やったんだ、『やり返される』覚悟がなかったってのは今更ナシだぜー?』

 

 『……!』

 

 ――――電子や磁気媒体だけじゃない、彼女達には『有機的』なハードウェアに直接干渉できる『力』がある、のか?

 仮にそうだとすれば……このままでは『御方』が危険に晒されるかもしれない、知らせなくては。

 

 そう判断しすぐさまこの場所から出る方法を検索するが、プログラムの組み方があまりに性質が悪い。一見抜け穴だらけに見えて、どう抜けたところで最終的に『ここ』に戻るように組まれている。

 それでも、無駄なのが全部わかった上で抜けようと試行して、

 

 ――――……

 

 大勢の、赤い瞳の黒猫に回り込まれる。こうしている間にも森の中から次々と現れる黒猫達はワタクシに視線を向けると、

 

 ―――― 一斉に、『ニヤリ』と嗤った。

 

 『まさか……これが全て、『同位体』だというのですか! AIでありながらハードウェアの絶対数に縛られず、無限に本体を持つ……いや、『派生』させる『ウィルス』。それが――――』

 

 『さぁて……テメーを解析すりゃあこのメンドクセー仕事も一段落だ。まーナマデータのまま持っていくのもアリだけど、どーせ大人しくなんてしてくんねーんだろ。さっさと圧縮(畳ん)じまうに限るか』

 

 最早地面を埋め尽くす程の笑う黒猫に囲まれながら、漆黒の少女が号令を出すように腕を上げる。人のものとは思えない、鋭い牙の覗く口に、周りの猫達と全く同じニヤニヤ笑いを浮かべながら。

 

 『――――そんじゃ、『喰っちまえ』』

 

 ――――フシャァァァァァァァァァ!!!

 

 少女の声と同時に猫達が全身の毛を逆立たせ、牙を剥き出して一斉に襲い掛かってくる。

 逃げ場はなく、ワタクシはあっという間に自身を構成しているごとプログラムごと自我をバラバラに分解されていった。

 

 




 六十話到達ババンザイ。長かった福音戦も漸く一区切りです。なんかもう本当にいつも以上にやりたいことを詰め込んでしまった感のある今回。もう少しテンポのいい展開を心がけていきたいです。
 白式は個人的に器用貧乏じゃなくてとことん尖らせたかったので、もう思い切って新兵装は原作から一新しました。今回でも一応使用してはいますが、『白鷹』以外の新兵装の詳細は再登場を待って頂く形になってしまいます。『白鷹』はイメージ的にはまんまV●Bのようなものです。
 

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