結果的には、まぁ、千冬姉の言った通りになった。
俺はセシリアに一撃入れることすら叶わぬまま、SEの枯渇によって敗北した。
これでめでたく、クラス代表なんて厄介なモンにならずにすんだ訳なのだが、
『人気者は辛いですね』
「うるさい」
どうやらあの試合の観戦にはクラスメイトのみならず新聞部の娘等が潜入していたらしく、内容を新聞ですっぱ抜かれたらしい。
中々に無様な内容だった自信はあったので、さぞ笑いものにされるだろうと思いきや、反応は意外にも俺に好意的なものだった。
『格好いいですよね。『女の子を斬る事に抵抗があり迷ってしまった』だなんて』
「お願いしますやめてください!」
いやだってしょうがないじゃん。
試合直後に「どうして最後攻撃しなかったのですか?」なんて聞いてきたのが新聞部の娘なんて知らなかったんだから。
そうと知ってりゃもう少し言葉を選んだ、本当の理由は話せないにしてもだ。
「大体、負けたのは『単一仕様能力』の弱点の説明を怠ったお前にも責任あるんだぞ!あんな馬鹿みたいにSE喰う代物だなんて事前にもらった情報にはなかった!」
『そのコストを折り込んでも十分一撃を入れるには間に合う計算でした、私に非はないと判断します』
結局最後に迷ったお前が悪いと止めを刺してくる白煉。
くそぅ、勝てる試合を落としたことを根に持ってネチネチ心を犯してくるAIなんて聞いたことないぞ、ホントこいつは碌でもない奴だ。
「そうだぞ一夏。お前の機体は少々特殊とはいえ、あくまで操作しているのはお前自身であることに変わりはない。自身の判断ミスが原因の負けをISに押し付けるなど言語道断、潔くないにも程がある」
俺の白いスマートフォンを関心したように手にとって眺めている箒からも援護はない。
何故かは知らないが、こいつもセシリアとの試合の後からどうにも機嫌がよろしくない。
まぁ我ながら情けない負け方だったので、一応元こいつの道場の門下生として恥を晒したとでも思われているのかもしれないが。
「しかし、自立思考のAIか。凄いな、こうして見ているだけでは本当に人と話しているようにしか見えない」
『そういったコンセプトで『私』は組まれていますので。あ、そこは押さないでください。現在この端末に対する『最適化』を並行して処理していますので、今電源を落とされると困ります』
「む、ああ、すまん!どうもこういったものは勝手がわからなくてな」
慌ててスマフォを机の上に戻す箒。いやわからないなら興味本位で触るなよ。
最も俺も正直よくわからないんだが。なにせこいつはあの試合の後、無理矢理白煉に買わされたものなのだ。
ISの展開中は、俺達はハイパーセンサーを通じて言葉を発することなく意思疎通を行い、会話することができるが、平常時はそういうわけにもいかない。白煉曰くハイパーセンサーを搭載している頭部バイザーだけでも常時展開していれば可能らしいが、そんな間抜けな格好で日々を過ごしたくはないし、部分展開とはいえISの展開にはSEが必要になる。
無駄遣いをしていざというときにISを展開できないなんて笑い話にもならない。
しかし、元々ISの知識が殆どなく、授業にもついていけていない俺にとって、ISそのものである白煉から得られる知識や情報は他では得がたいものだった。そこで、ISを展開しなくてもこいつと意思の疎通ができないかと、あの試合の後の実習で打診して見た所、こいつはすぐにプログラムを構築できる端末に自身を一時的に移動させることを提案してきた。
で、その後白煉に言われるまま寮に戻ったところ、どういう訳か俺の机の上に置かれていた小包と請求書。開けてみたところ、入っていたのは新品の白いスマートフォンだった。そんな状況に色々思うことはあったのだが、束さんの造ったモンのやることだし、と気を取り直し、取り敢えず使い方を覚えようかと取説を取り出したところで、ひとりでにスピーカーモードに切り替わり喋りだしたスマフォを前にして、それが無駄なことだと悟った。
「白煉。マナーモードの設定は出来るか?」
『着信音はなしでよろしいのですね。了解しました』
なにせ俺は携帯に向けて話すだけでいいのだ。使い方なんて覚えるだけ無駄だ。
そんなこんなで、これで授業の度に炭になることもないと意気揚々と教室に戻った俺は、新聞部のあまりにも早すぎる仕事の成果を目にし今に至るというわけである。畜生、いつでも白煉と話せれば便利だろう、と思いやったことだが、逆に言えばそれはこれから四六時中こいつに張り付かれることになるということをどうして俺は失念していたのか!
『モノローグは終わりましたか?』
「人の心を読まないでくれ!」
「・・・やはり大したものだ」
流石は姉さんだな、としきりに頷きながら呟く箒。ISの知識など殆どなかった俺は専用機になればこれくらいの機能はついてくるもんなのかと、白煉のことはあっさり受け入れたのだが、後で確認をとったところ搭乗者の思考パターンから完全に独立したAIは現行のIS技術では未だ開発できていないらしい。
いや、確かに凄いのかもしれんが相手をするほうの身にもなってくれ。
「いや・・・そうだ、今はあの試合の話だったな。一夏、何故あの最後の瞬間迷ったんだ?本当にあの新聞の内容のようなふざけた理由ではないだろうな?」
うっ、そっちに戻るのか。
今日一日なんとかいままではぐらかしていたが、今は寮に二人きり、逃げ場はない。
「んなわけないだろ。実際お前との打ち込みなんかは本気でやるし、実力のある奴、まして格上相手なら女だからなんて理由で手を抜いたりはしない」
「そうか・・・そうだよな」
俺の答えを聞いて妙に安堵した顔になる箒。待て、お前やっぱ信じてたんじゃないか。お前には何度もあの記事の内容は事実無根だと言っただろ。
「しかし、ならなおさらだ。どうして抜かなかった?」
「それは・・・」
別に隠すようなことではないのだが、こいつには話したくなくて、思わず視線を泳がせる。
そんな様子を見かねたように、スマフォの画面が白く光った。
『簡単なことです箒様。例えば、あの試合が生身での試合で、マスターの持っている武器が本物の業物だったとします。その場合、あのままマスターがそれを振りぬいていたら、どうなっていたと思いますか?』
「!・・・だが、それは例えばの話だろう。ISにはどんな状況でも最低限搭乗者の命を保護する『絶対防御』の機能が備わっている。生身であれば明らかに致命となる攻撃を受けても命を落とすことはない。それは、一夏も知っていた筈だ」
『知っていることと理解することはまた別なのです。マスターには、知識としてわかってはいても『死ななくて当然』という『感覚』がまだ経験不足故備わっていませんでした。それ故に、あの瞬間迷いが生じたのです。マスター、訂正するところはございませんか?』
「いや・・・そうだ」
そうだよな、こいつにはわかっちまうよな、と思わず苦笑する。
言葉を介さず会話するということは、即ち常に頭の中を覗かれているのに近しい。
「そう・・・だったのか。そうだな、一夏はまだISでの戦闘経験が殆どなかった、考えてみればわかることだったな。だが、どうして言い淀んだ?」
「だって、みっともないだろう。『絶対防御』のこと忘れてました、なんて、IS搭乗者としちゃ素人丸出しの台詞だろうがよ」
「それこそ今更だろう。誰だって知っている、基礎の授業にさえついてこれていない奴が余計な見栄を張るな」
「ぐっ」
て、手厳しい。昔から「出来もしないことを口にするな」はこいつの口癖だ、自分が変に口下手な分こいつは実力もないくせに口で外面を取り繕うとする奴を嫌っている。最もこれは口だけではなく実力が伴いすぎているこいつや俺の身内に起因するものでもある。だから今回のことも話したくなかったのだ。
『まぁ、あの新聞の件に関してマスターが格好つけたことは事実ですが』
フォローしてくれたと思いきやすかさず追い討ちをかけてくる白煉。
その言葉で箒が赤い炎のようなオーラを纏い始める、っておい
「・・・やはり堕落したな一夏。行くぞ、まず精神を一から鍛えなおしてくれる」
「い、いや、箒。落ち着け」
「私は落ち着いている。いいから来い」
「お、おう」
箒の謎の迫力にとうとう屈した俺は、まるで大罪に手を染めた罪人のように道場まで連行された。
おいこら白煉、どこで拾ってきたかは知らんがそんな曲を流すのはやめろ、いくらなんでも市場に売られていく子牛と同列にされるほど俺の基本的人権は地に落ちてはいないはずだ・・・そうだよな?箒?
~~~~~~~side「千冬」
気は乗らなかったが、仕方がなかった。
事が奴に関わることとなれば、早々に対応しなければ後になって手遅れになる可能性が高い。
そう考え受話器をとったのは、一夏とオルコットの試合が終わって直ぐだった。
『やほーちーちゃん!久しぶ』
数コールもしないうちに繋がったものの、相手のあまりに能天気な挨拶にイラッときたので、極力受話器を壊さないよう細心の注意を払いつつ机の上に叩きつけた。
『お・・・おうふ、ちーちゃんがセメントだよぅ』
「黙れ。また今回の件で私にどれだけ迷惑を掛けたか理解しているか?」
『え?なんのこと?』
「・・・もう一発喰らいたいらしいな?」
受話器がミシミシと音を立てる。流石に今度は壊してしまうかもしれない。
『ご、ごめんなさい』
その音を受話器越しに聞き取ったのか、取り敢えず言葉だけの謝罪をしてくる束。
恐らくというか間違いなく、この様子では悪気などなかったのだろう。
性質が悪いにも程がある。
「何故『白式』の仕様変更のことを黙っていた?まさか私だけならまだしも倉持技研の技術者達にも知らせていないとは思いもよらなかった、調整のために見に来ていた先方が軒並み真っ青になっていたぞ」
『だってまさか『あの子』をあんなガラクタにされてるなんて思わなかったんだもん。もう、あんまり腹がたったから、一度バラバラにして一から組み替えちゃったの。いや~あーいった作業は久しぶりだから凄い楽しかったよ!」
「・・・機体の所有権はあくまで倉持技研にある、あまり派手に手を加えるなと言っておいたはずだが?」
『そうだっけ?・・・や、やめてちーちゃん反省してるからガーンはやめて』
くそ、本当に私をいちいち苛立たせるのが上手い奴だ。
こういうところだけは昔とちっとも変わっていないだけに余計に腹立たしい。
正直直ぐにでも電話を切ってしまいたい衝動に駆られるが、こいつにはまだ聞かなければならないことがある。
「全く・・・まあいい、済んだことをいつまでも言っても仕方がない。それにしても束。今回の件はどういった風の吹き回しだ? ISの研究とは縁を切っていたお前がこのようなことをするなど」
本音を言えば全く納得していなかったが、いい加減この話題を続けても不毛な会話のループにしかならないと悟り始めた私は、さっさと切り口を変えることにした。
『だって、親友の弟君の門出に何も用意しないってわけにはいかないでしょ?もう少し時間があれば新しい子を『造れ』たんだけど、残念残念。その辺はさ、ちーちゃんからいっくんに謝っておいてくれないかな』
とはいえ、そんな私の気遣いなど微塵も気にした様子もなく、こいつはまたしても大きな爆弾を落とした。
今の『白式』でさえ、今までのいかなるISにも搭載されていなかった全く新しい兵装を持っていたことで、倉持技研を初めとするIS開発機関の間で大騒動が起きている。これが、こいつが失踪して以来一機たりとも増設されなかった新造のISということになればどれだけの騒ぎになったことだろうか。
「・・・真面目に答えろ。『あの時』以来心底ISの研究が嫌になったお前が、その程度の理由でISの製作など手掛けるものか。それに、少なくとも今は、私はお前と親友を続けているつもりはない」
とはいえ、ここで感情を爆発させてしまっては元の木阿弥だ。私はなんとか自分を抑えながら、束に続きを促した。
『冷たいなーちーちゃん。まぁ、私はそれでもいいよ。例え私がちーちゃんにどう思われてても、私がちーちゃんを親友だって思ってる分には私の勝手でしょ?』
「束!」
『怒らないで聞いて、ちーちゃん。私は別にふざけてなんかないよ?確かに、もう私はIS研究を続ける気はないよ。でもね、ちーちゃんや、いっくん、箒ちゃんのためになるのなら、話は別なの』
「・・・馬鹿なことを。お前は『あの機体』を一夏に渡したことがあいつ自身のためになると本気で思っているのか?」
『勿論。最も、確かに周りの有象無象は煩くなるかもしれないけど。でも、そういった『モノ』からはちーちゃんがいっくんを守ってくれるでしょ?事実、白式がもともとなんだったのかっていうことやシロちゃんのことも、ちーちゃん気がついてるのに秘密にしてくれてるしね』
「貴様・・・私を試したのか」
『試すまでもないのはわかってたけどね。ちーちゃん、わかってるでしょ?あの子がまだ普通の人として生きるならいい、けれどこっちの世界に入ってきてしまった以上、あの子には力がいるの。当然ちーちゃんは守ってくれるだろうけど、あの子自身はきっとそれを望まないからね。いっくんは確かに今まで頑張ってきた分強くなったけど、今はどうしようもないくらい心が弱っちゃってる。
だから、あの子の意思に関係なくあの子を守ってくれるような、そんな特別なISを用意したんだ』
「それが本音か」
『うん。だから言ったでしょ。いっくんのためだって。私はねちーちゃん、一年前のことを繰り返す気はないよ。あんなことがまた起こるっていうなら、私はどんな手を使ってでも止める。そう、例え・・・』
ガチャ
その先の言葉を聞きたくなくて、私は思わず受話器を置いた。
やはり、あいつは変わった。最後の言葉を聞いてしまっていたら、間違いなく一年前の喧嘩の続きを始めてしまっていただろう。
願いは同じだ。私とて、あんな事を起こす気は二度とないし、それを阻むためであれば手段など選ばない。
今でも、弟をあんな目に遭わせた連中がこの手で八つ裂きにしてやりたいほど憎い。だが、
それはお前が望んだ在り方じゃないだろう、束。
その言葉がもはやあいつに届かないことがわかっていても、そう思わずにはいられない。
――――えへへ、聞きたい聞きたい?私の将来の夢はね・・・
子供だった当時でも一蹴したその願い。今思い返しても、歳の割りに異様に聡明だったあいつの夢の割には非常に幼稚なものであったと記憶している。けれども
得意げに夢を語るあいつの瞳はどこまでも本気で。
私はそんなあいつに姿に、自らの言葉とは裏腹に、きっと惹かれていたのだから。
本作では箒と束の関係は良好、というより箒が束に対して悪感情を持っていません。ここいらは束の設定も若干原作と変更したのに関わりがあるんですが・・・この調子だと篠ノ之姉妹が色んな意味でどんどん原作から離れていきそうです、出来るだけ原作のカラーを残しつつやっていきたいとは思ってはいるんですが。