IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第五十九話~変われない自分、変わらないこころ~

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 『あちゃー、また連絡とれなくなっちったねマム。やっぱ『これ』始める前に話しつけといたほうが良かったんじゃないの? いくらホムがついてるたって、今の『紅椿』はしょーじき厳しいよ?』

 

 「……これって寧ろくーちゃんの管理不行届けじゃないかな。もう『ネズミさん』のネットワークは掌握したって言ってなかったっけ?」

 

 『んなコト言ってねーふざけんな。ちょいとこっちの情報流す振りして潜り込んだだけだよ。たぶん向こうに気づかれたら簡単に握りなおされちまう程度の糸だ。もうネタが割れた以上別に惜しかーねーけど、こいつの成功見届けて大笑いするまでは気づかれたくねーのよ』

 

 マムが抗議の混じった視線を向けてくるが、元々こっちだってこの人の指示でやってることなので無視無視。

 まーホムが心配じゃない訳じゃないけど、こちらにだって事情があるのだ。

 

 こっちの沈黙でそれとなくオレの言いたいことを察してくれたのか、マムは溜息を吐いてラボの椅子に腰掛ける。

 

 「……フッティングさえ間に合えば、何とでもなるよ。あのISは、本来なら現行のIS全部が束になったって適わない位の力があるんだもの」

 

 『理論上は、な。しょーじきオレにゃあアレがまともな人間には動かせるとは思えねーんだけど。大体、ホムじゃそのフッティングだってちゃんと出来るかどうか怪しいぞ、あのイカれた機体の』

 

 「ちゃんとモニターは出来てるんでしょ?」

 

 『一応は。でも今んトコあんま芳しくは……何?』

 

 いつの間にかフッティングが完了して……おまけに『レギオンジェネレータ』まで次々に起動しだしてやがる。ちょいと見直した、やるなホムの奴。

 

 「おー、その様子じゃ終わったみたいだね……ま、元々箒ちゃん用に完璧にカスタマイズした機体だからね。あんな仕様でもきちんと使いこなしてくれると信じていたよ」

 

 空間投影ディスプレイに表示された『紅椿』の最適化の進行状況を見て、マムは満足げにウンウンと頷く。

 ま、内心凄い心配してたのはオレには隠せないけどなー。指摘すると後が怖いから言わねーけど。

 

 『に、しても……何度確認してもとんでもねーモン作ったモンだなマムは。分子構造体単位で自在に分離、独立することで自身を組み換え自由な形を持てる新型の『展開装甲』、極めつけは装甲の分子構造体内部一つずつに存在し、ISコアからの信号を受信することで、一個一個はコア本体に及ばなくても相互干渉しあって無尽蔵にエネルギーを生み出すマイクロジェネレーター……こいつによって『紅椿』の『単一仕様能力』発動時に発揮できる力は、今までのISの……』

 

 「……単純計算だと200倍相当。ジェネレータの稼働率が50パーセントでそれだから、最大稼動時はそれ以上の数字になるだろうね……別に、特別な発想ってわけでもないと思うだけどなー。所謂私達みたいな真核生物だって、細胞ごとにエネルギーを生み出す構造体を持ってるんだから。それなら、他のもので出来ないことにはならないでしょ?」

 

 『ミトコンドリアの数万倍も性質の悪い代物だけどなコレ。稼動状態なら完全に底なし、実質無尽蔵のエネルギーを持てるワケだし……もう雀の涙程度しか残ってねー地下資源を血眼になって掘り返してる連中にこんなモンの存在が知れたらどんなことになることやら』

 

 「……興味ないね、そんな話は。別に何処の誰かが明日燃やす燃料のためにこの星を穴ぼこだらけにするのも自由なんだし。私が作ったものである以上何処に分配するかだって私自身に決める権利がある筈」

 

 ああ、間違ったことは言ってねーさ、マムは。

 だから、そんな暗い顔しちゃいかんよ。その意見を正しいと思ってるなら胸を張ってりゃいい。あの妹のお嬢ちゃんと話してからどうもこんな感じだからこっちとしては困る。正直、余計なことを言ったと後悔したので、慌てて話を戻す。

 

 『……けど、そのエネルギーは直接的に攻撃には転用できず、あくまで回復と防御に特化した『単一仕様能力』、か。どうしてこんな回りくどい方式とったのマム?』

 

 「きみはじつにバカだなくーちゃん。月位なら軽々跡形もなく木っ端微塵にできるエネルギーを直接放出するような真似をしたら、どうなるかくらいわかるでしょ?」

 

 『あー、それもそっか。二人揃ってハルマゲドンを引き起こした地獄姉妹として歴史に名を残しちゃうね』

 

 「それに搭乗者も危ないの。紅椿が精製出来るエネルギーは、戦術核でさえ破れないISのシールドと絶対防御の二段構えの防御機構さえ纏めて吹き飛ばせるだけの『基準』に達してる。下手に攻撃用に回して暴発するようなことがあれば本当に取り返しのつかないことになっちゃう……けど」

 

 マムはそう言いながら、何処か遠くを見るような目で『紅椿』のフッティングの進捗状況を知らせるディスプレイを覗き込む。

 

 「仮に『そういうふうに作った』としても、そんなことにはならないよ……あの子はあんな酷い目に遭わされたのに、私の妹で、『篠ノ之箒』でいてくれた。私と違って、『強い』から」

 

 マムが紡ぐ言葉は、今にも消え入ってしまいそうなほど、小さい。

 何かに想いを馳せるように、食い入るように画面を眺めるマムの感情は、何故か読み取ることが出来なかった。

 

 

~~~~~~side「鈴」

 

 

 夜の海上。夜空の星にも月にも、対峙する四枚の銀色の翼にも負けない程、一際輝く金色の装束。

 先程までの、赤い装甲を纏うISの姿は影も形もない。今起きている現象は生身の人間には起こせるような現象でないのは確かだが、その装束を身に纏った箒は明らかにISの展開を解除していた。

 

 「――――Natashya!!」

 

 「ヤバ……!」

 

 まるで止まっていた時間が急に動き出したかのように、福音が吠える。

 同時に生身の箒に向かって銀色の羽根が殺到し、あたしは盾になろうと反射的に身を乗り出した。

 

 ――――……

 

 が、当の箒は慌てた様子もなく、左手に手にした扇を軽く振るような動作をし、

 

 ――――!

 

 それだけで、銀色の羽根は箒はおろか、あたしにすら届くことなくまたしても夜空に咲くように急展開した金色のシールドに防がれ爆発する。まさかとは思うけど……

 

 「あれが、ISだっていうの……?」

 

 まるで福音や、驚くあたし達のことなど見えていないかのように、箒は一心不乱に踊る。

 動きに合わせて鈴の音のような澄んだ音が響き、金色の光が揺らめく。まるでその一連の動きでこの無数の光を操っているかのようにも見え、箒は今度は右手の金色の小太刀を、舞の一部であるかのような自然な動きで振り抜いた。

 

 ――――……

 

 同時に周囲の景色が一変する。無数の金色に輝く粒子が収束し、夥しい数の金色の刃に姿を変えていくと、

 

 ――――!

 

 箒が小太刀を福音に突きつけるように振り下ろした瞬間、一斉に福音に向けて金の閃光となって殺到した。

 

 「――――!」

 

 福音は銀の羽根を撒き散らして応戦しようとするが、あたし達を苦しめたあの銀色の羽根の乱舞を以って尚『足りない』。金の刃は、味方のあたし達ですら恐怖を感じずにはいられない程の物量で福音を押し潰す。

 

 「A……AァaaAアァaaAaAAaaaaaァァァ!!!」

 

 装甲に絶えず突き刺さる金色の刃で針鼠のような姿にされながら、尚必死に飛び逃げ回る福音の絶叫が轟く。

 だが、その抵抗も時間の問題に思えた。本体がダメージを追い過ぎた影響か、福音の四枚の翼が放つ銀色の光が次第に弱まっていく。それに伴い機動も次第にふらつき始めた。

 

 ――――!

 

 対する金の刃の勢いは全く衰えない。そうしている間にも次々にその数を増やし、満身創痍の福音に止めを刺すべく四方八方から福音を取り囲み、一斉に襲い掛かろうと刃先が一点に集中していく――――

 

 ずるい。

 もう止めを撃ち込めば終わりという、その瞬間に、そんな感情が頭を過ぎる。

 あいつは初めて戦った時から素人の癖に滅法強くて、こっちがいくら頑張ってもあっさりとあたしの上を行くんじゃないかって、そんな漠然とした予感があって。

 実際一夏がピンチで、誰よりも頑張らなきゃいけないって時に限ってあたしは勝てなくて。なのに箒は今、そのあたしが勝てなかった敵にあっさり勝とうとしてる。

 

 ――――! ああもう! らしくないぞ、あたし!

 

 が、直ぐに頭を振ってそんな嫌な気持ちを追い出した。

 ある程度才能の世界であることは承知の上で飛びこんだのは他でもない自分自身だし……なによりこんなのは多分、『友達』に向けるべき感情じゃない。そう思い直し、箒の最後の一撃を見届けようとしたところで、思いがけないことが起こった。

 

 「! なんで……!」

 

 福音を取り囲んでいた数え切れない程の光の刃の大多数が、一層強く輝いたかと思うと、一斉に弾け飛んで消えたのだ。

 あれが決まれば確実に終わっていた。何故そんなところでいきなり攻撃を止めるのかと、あたしは怪訝に思い箒に意識を移す。

 

 「箒……?」

 

 箒の髪を結っていた、リボンが落ちていく。黒い長髪が解き放たれ、箒の舞はさらに艶やかさを増す。

 いや、問題はそこじゃない。何故、あの状態から一回も攻撃を受けていない箒のリボンが、突然切れた……?

 

 一心に舞い続ける箒が、その過程で振り返り。あたしは、その姿を見て思わず息を飲んだ。

 目を瞑り、舞に集中し続ける箒は、いつの間にか傷だらけで。

 金色に輝く衣は、そこから溢れ出す血で赤い色彩を帯び始めていたからだ。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 「がっ……!」

 

 「ぐっ……!」

 

 互いの顔面を捉えた一撃が突き刺さる。

 強烈なクロスカウンターに思わずふら付き、俺達は図らずして一度距離を取った。

 

 ……いじけ虫の癖に、根性だけは無駄にありやがる。目の前の『俺』は、お互いダメージも同じ程度にも拘らず、まるで痛み等ないかのように挑みかかってくる。

 

 「ぐおっ……」

 

 先にダメージが足にきたのは俺の方だった。相手は俺がふらついたその隙を見逃さず、すかさず放たれた拳が目前に迫る。

 

 「……!」

 

 すかさず腕を上げてガードしようとしたのは失策だった。拳は俺がそうするのを読んでいたかのようにガードの外側に回り込み、

 

 「オラァ!!」

 

 反転。曲げられた肘の外側を、裏拳でピンポイントで抉られる。

 

 「ぎっ……!!」

 

 野郎、ファニーボーン狙いとはエグい真似を……! 神経から直接伝わる、腕から這い上がるように襲う痛みというより電流のような衝撃に思わず俺は腕を抑え――――

 

 「無様な隙晒してんじゃねぇぞ!!」

 

 「がっ!」

 

 左腕の感覚が消え、反撃出来なくなった俺に、すかさずラッシュが叩きこまれる。片腕では対応できず、俺は亀のように縮こまって致命的な攻撃を防ぐことしか出来ない。

 

 ……違う。なんで俺が殴られている? 殴っていいのは俺の筈だ。

 こいつはあいつを貶めた。よりにもよってこの場所で、あいつを……!

 

 「……この!」

 

 「……!」

 

 殴られながらそんなことを思った瞬間、俺は麻痺した左腕で『俺』を殴っていた。

 痛覚が意識を飛ばしそうになるくらい暴れまわるが構わなかった。相手もこんなにすぐ左腕が元に戻ることを想定していなかったのか、我武者羅に突き出された拳はガードを掻い潜りあっさり『俺』の額を穿った。

 

 「…………」

 

 ……違った。こいつは、敢えて『食らった』。

 俺の左拳を真正面から受けて踏み止まった『俺』の、先程のイジケ虫とは思えないほど強い『憎悪』の宿った瞳を見て、俺はそれを確信する。

 

 「……痛くねぇ。殴っても殴られても、『響かねぇ』。こんなもんじゃ、届かないわけだ」

 

 「テメェ、何を言っ……!!」

 

 突き刺さった左腕を、容赦なく殴り飛ばされる。

 痛覚は最早振り切れて何も感じなくなりつつあったが、それでも俺は一方的に殴られてたまるかとゴムのような感覚しか返さない腕を構えて応戦する。

 

 「泣いてほしくなかった! 笑っていてほしかった! そのためだけに強くなりたいと願った! たったそれだけのことを、誰も許してくれなかったから逃げるしかなかった!」

 

 「……!」

 

 が、いくら殴っても、まるで痛みを感じていないように……いや、それ以上の痛みにのた打ち回るような『俺』の勢いは止まらず、俺は次第に押され始める。

 

 「逃げ出した俺を、救ってくれた奴がいた。でも、そいつは俺を裏切った。裏切った癖に、最後に俺を守って死んだ」

 

 「!」

 

 『ごめんね、興味ないって言ったのは、嘘……やっぱりボク、君が嫌い。さよなら、ボクを照らしてくれた人』

 

 言葉を受けてとっさに頭を過るのは、あいつが最後に残した言葉。

 思い出すな。さっきだって、同じ失敗をした筈だ。なんで、こんな時に俺は……!

 

 「あいつは最後まで俺の言葉を受け入れてくれなかったけど……それでも、縋っちまったのかもしれない。俺の無責任な言葉を、ちょっとでも信じちまったのかもしれない。もしかしたら本当に助けてくれるかも、なんて思っちまったのかもしれない」

 

 「ぐ、あ……」

 

 繰り出される拳は最早型も何もない、腕を振り回すような無茶苦茶なもの。

 だが、それの一つ一つが信じられない程重い。鉄の塊を叩き付けられるような打撃を幾度も打ち付けられ、吐き気がこみ上げ、膝が震える。殴り返すことも出来ず、俺は砂袋でももう少しまともな待遇だろうと思うほど、ボコボコに叩きのめされていく。

 

 「あいつに同じことを言ったのが、『俺』じゃなかったのなら……口だけ大きい何も出来ないガキじゃなかったら、あいつは死ななかったかもしれない。誰かが守ってくれたかもしれない。千冬姉だって、俺を守るために嘘なんて吐かずに済んだんだ。俺は守る処か、皆を不幸にしたんだ! ……そうだ、お前が。お前が、お前が、お前がお前がお前がお前がお前が、お前がああぁぁァァァ!!!」

 

 『俺』は、泣いていた。顰蹙を起こした子供のようにボロボロと涙を流しながら、他でもない、自分自身に対する怨嗟の声を上げて目の前の俺をひたすら殴り続ける。いくらそうしても許せない、満たされないと叫ぶように。

 

 「お前は……俺なんて、最初からいなければよかったんだ!!!」

 

 「……かっ」

 

 ガードし損ねた正拳が思い切り俺の顔面を潰す。

 ……効いた、今のは効いた。膝が折れ、息が詰まるよりも先に、心が折れそうになる。それでも、

 

 「……は、ぐぅ……!!」

 

 踏み止まる。もう既に両腕は感覚がなく、足はこれ以上動きたくないとガクガクしながら抗議してくる。顔は内出血で膨れ上がり、目の前のクソ野郎の姿さえ満足に見えない。今のまま立ち続けても精々人間サンドバッグを続行する位しか出来ないだろう。

 けれど、倒れることだけはしたくなかった。ここで今こいつの前で膝を折ってしまえば、二度と『織斑一夏』として立ち上がれなくなる気がしたから。

 

 「……なんでだ? どうして『捨てない』! これが最後の一線の筈だ! 自分自身からすら認められねぇなら、今この世にいる誰がテメェなんかを認めるっていうんだ! 『織斑一夏』はここで終わっておくべきなんだよ!!」

 

 会心の一撃を叩き込んで倒れない俺を見て、『俺』が納得出来ないと喚き散らす。

 ……わかんねぇよ、俺にだって。こんなみっともない姿晒してまで、縋りつきたい理由なんて。でも、

 

 「誰、かに……認め、られたい、から……俺は、誰か……を、守りたい、って……思った、わけじゃ、ねぇ」

 

 「!」

 

 それだけは言える。それだけは、否定していい筈だ。始まりの想いは、強さの基準とか、誰かが許すとか、そんなものが介在しない真っ直ぐなものであった筈だ。どんな言い訳をしても、それを汚したのは自分自身。だからそのけじめとして、千冬姉の背中を我武者羅に追い続けることも諦めた。だけど。

 

 「守り、たいって……思ったことさえ、間違いか? 結果、的に…あいつは、死んだ……けど。俺、は…あいつに、会えたことを、後悔したくない。あいつが守ってくれた、『織斑一夏』で、あることを……捨てることなんて、できない」

 

 こいつの言ったような後悔は、恐らく一生俺を苛み続けるだろう。過去は変えらず、失ったものは取戻しようがない。

 けれどその失ったものがあるからこそ、俺は今更立ち止まることは許されない。

 

 「ッ! それが身勝手だってんだよ!!」

 

 『俺』が激昂した様子で拳を振り上げる。

 元より、碌に俺の意志を反映しなくなった四肢では抵抗する手段はない。俺は他人事のように迫りくる拳を見つめて――――

 

 『一夏!』

 

 ふと、ポニーテールの幼馴染の声が頭を過り。気がつくと、動かない筈の左腕が動き、俺を殴り飛ばそうとした『俺』の手首を掴んでいた。

 

 「な……!」

 

 『一夏さん!』

 

 今度はIS学園で最初に諍いを起こした、金髪ドリルお嬢様の声が響く。右腕に力が戻り、拳を思い切り握りしめた。

 

 『一夏!』

 

 IS学園で再会した、小学生からの悪友の声。足の震えが止まり、前に踏み込む。

 

 『……一夏』

 

 向こうから男装して向いてもいないスパイとしてIS学園にやってきた癖に、勝手に自己嫌悪で自分を追い詰めちまった、束の間のルームメイトの泣き虫の声。絶え絶えだった呼吸が落ち着く。ここぞとばかりに息を吸って、酸欠気味の頭に酸素を送り込む。

 

 『弟よ!』

 

 最初は千冬姉絡みで敵視されぶつかりあったものの、千冬姉の計に嵌り今では頼りないもう一人の俺の姉となった小さなドイツ軍人娘の声。全身を苛んでいた痛みが消える。どうやら一向に休もうとしない体に対して、とうとう痛覚がヤケクソになって仕事を放りだしたらしい。相当ヤバい状態かもしれないが、今となっては丁度良かった。

 

 ……少し前の俺ならこいつに対してなにも出来ずに、先程の一撃であっさり俺は砕かれていたのだろう。今更になって、俺は先程自分が倒れなかった理由を知った。こいつが言う通り、身勝手なのかもしれない。

 それでも今は、こんな俺を『織斑一夏』として認めて一緒に歩いてくれるもの好きな連中が、いるから。あいつらのためにも俺は――――

 

 「――――ああ。例え誰に、『俺自身』に恨まれたって構わない。それでも俺は、あいつ……レイシィを含めて、俺を『俺』でいさせてくれる人達が信じてくれる自分でいたい。だから……!」

 

 『俺』の手首を左手で掴んだまま、右腕を振り上げる。

 ……体力的に、これが最後の一撃だ。必ず仕留めるべく、全身の力を振り絞る。

 

 「悲しみも、業も、後悔も……全部受け止めて、俺は進む」

 

 ――――ゴッ!

 

 全力の一撃が、先程こいつが俺に打ち込んだ一撃と全く同じように『俺』の顔面に突き刺さる。

 力を出し切り、右腕を掴んでいた左手を放すと、『俺』はそのまま、衝撃で吹き飛び仰向けに音を立てて倒れ込んだ。

 

 「あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! うああああぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そしてその体勢のまま、子供のように声をあげて泣き出した。

 ……泣きたいのはこっちだ。こちとらテメェの三倍は殴られて、全身の痛みがぶり返し始めたところだってのに。

 

 そう抗議したいのを堪え、決着がついた途端全力で白旗を振りだした両足の声に従い座り込んで空を見る。

 気が付けばもうすっかり日は落ち、月と星だけが夜空に輝いて俺達を照らしていた。

 

 「……ごめんな。やっぱり俺、どんなに変わろうとしてもお前が認めてくれた『俺』だけは、やっぱり捨てられないみたいだ……許してくれなくていい。でも、わかって欲しい」

 

 星を眺めながら、誰に宛てるでもなく、そう呼びかける。

 

 『大丈夫、わかっているよ。言ったでしょ、誰が信じてくれなくても、ボクだけは君を認めてあげるって』

 

 「!」

 

 期待していなかった返事が返ってきた気がして咄嗟に周囲を見渡す。が、やはり期待した人影は見えない。この場所には、やはり長居はしたくない。そんな当然のことを認識しただけで、先程の決意が揺らいで胸が張り裂けそうになるから。

 

 「あああああぁあああぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 そんな俺の気持ちを代弁するかの如く、『俺』は相変わらず、恥も外聞もなく泣き続けている。

 自分自身の身も蓋もない大泣きをすぐ近くで聞くというのも変な気分がしたが、俺はこの自分自身を決して忘れないよう心に留めておこうと決めた。

 

 ――――最高にみっともなくて、カッコ悪い子ことこの上ないが。

 誰かを好きになるってことはきっと綺麗事だけじゃ済まないことで。今はこの無様な俺も、間違いなく俺自身だって、そう思えるから。

 

 

 

 

 「……で? いい加減、この状況を説明してくれるか『白煉』?」

 

 一頻り空を眺め、自分の心に整理をつけ、『俺』が漸く疲れたのか泣き止みだした後。

 俺は明らかにこの状況を作り出した元凶であると思われる、先程まで俺達の殴り合いをフェンスの近くに立ってじっと見ていたエプロンドレスの白い少女に、俺は話しかけた。

 ……どうして彼女が白煉だと思ったのかは自分でもわからない。ただ何か直感じみた確信のようなものがあった。

 

 『……私の意志を全く尊重してくれないマスターに対するちょっとした意趣返し、とでも思ってください。今回の件は、流石に許容できません。マスターはもっとご自愛なさるべきです』

 

 そして、その薄紅色の小さく綺麗な唇から紡がれた、聞き慣れた平坦で抑揚のない声で、俺はそれが正しかったことを悟った。

 出会って最初の頃はわからなかっただろうが、ある程度付き合いが長くなった今ではその平坦な声に若干拗ねたような色がついているのがわかる。いや寧ろ、こいつの方が俺にもわかる位に変わったのかもしれない。

 とはいえ……そりゃあ、無茶をした自覚はあるが。それにしたって、この仕打ちはいくらなんでもやりすぎではないかと思うのだが。

 

 『そんなことはありません。一歩間違えばマスターは死亡、私と白式共々海の藻屑になる可能性は十分にありました。そんな危機的状況からマスターを生存させたのは私なのですから、この程度の意趣返しで目くじらを立てられる謂れはありません』

 

 「……ってことは、俺は生きてるのか?」

 

 それは相当マヌケな質問だったのか、小さな頭を傾げてジト目になる白煉。

 ……いや、なんかそうじゃなくても大きな目を眠そうに細めてる子なので常時ジト目のようなものなのだが。

 

 『……マスターが死亡しているなら、どうして私達はこうして会話できているのですか?』

 

 「まぁ、それもそうか」

 

 『ここは……ISが搭乗者の深層心理を反映して映し出すもの。私達が『仮想現実』と呼んでいる場所です。私達はここに自分の居場所を確保することでISに干渉しているのですが……いま重要なのはそんな話ではありませんね。現実のマスターはあと数分で目覚めます。それまでに……貴方の意志を、確かめておきたいという思惑もありました』

 

 白煉は振り返り、仰向けでぐずる『俺』の頭を、慰めるように抱きかかえた。

 『俺』はしばらくの間、白煉の膝に頭を預けていたが、おもむろに目を腕で拭って立ち上がると、俺の方に向き直り、

 

 「……ケッ、そうかよ。どうあっても、『織斑一夏』は捨てねぇって言うんだな……だったら、さっさと行けよ。テメェが、守らなきゃいけねぇ奴等が、待ってんだろ」

 

 負け惜しみのように視線だけは意地でもこちらに合わせまいとしながらそう言うと、屋上から下に繋がる扉がひとりでに開いた。白煉はそれを見届けると、『俺』にペコリと頭を下げ、向き直って俺の手を取る。

 

 「白、煉……」

 

 『私も彼も、貴方の意志に寄り添う為に生まれてきました。貴方が望むなら、どんなことであろうと私達は叶えます』

 

 そして、そのまま俺を導くように扉に向けて歩き出す。俺は自分の背丈の半分くらいしかない女の子に手を引かれ、歩幅を合わせながらそれに続く。

 

 『さあ、行きましょう……貴方が貴方であるための大事な『名前』を、失くしてしまわないうちに』

 

 最後にそう言って、扉の手前で俺を振り返った白煉は。ほんの少しだけ、はにかむように微笑んだ。

 

 「力が足りねーんだったらくれてやる……『俺』の前で大見得切った以上は守ってみせろ」

 

 白煉に連れられ扉を潜る、俺の背中に『俺』の声がかかる。

 ……返事は敢えて返してやらない。俺はただ右手を軽く上げてそれに答えると、左手でゆっくりと、思い出の景色が広がる場所に続く扉を閉じた。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 生まれてくるもの、死んでいくもの。

 在り続けるもの、消え去ったもの。

 現在過去、そして未来。

 

 昔あった、今ある、これから生まれてくる。それがなんであれ、一度この世に『現れ』、確かに存在している時点で、そのものの存在には須らく意味があり、その存在一つ一つが世界を支えている。

 

 そんな綺麗事を最初に聞いたとき、なら望まれずに生まれてきた、意図せずして作られた存在にも同じことが言えるのかと、漠然と考えたことを覚えている。オレが、まさしくそういった存在だったからだ。最初からお膳立てが済んでおり、何から何までマムが計画して生まれてきた片割れと違い、オレはその工程で偶然発生した『バグ』から生まれた。

 まぁせめてもの救いとして、意味はともかくオレを作った人にとっては『意義』はあったらしい。だからこうして、今も消されずにこの人の傍にいることを許されている。

 

 『……と、そんなことを考えてる場合じゃない、ってか。ほらマム見ろよ、待望の……』

 

 『白式』の成長に伴う情報を整理している内に、どういうわけからしくもなくセンチになってしまったくさい。

 思考をとっとと切り替え、入手したデータを端末を通してマムに送る。

 

 「…………………」

 

 『……マム?』

 

 が、オレの仕事に対してマムは労いの言葉一つなく、返ってくるのは沈黙ばかり。

 こいつは小言の一つでもつけてやろうとマムの様子を伺い、オレは先程自分が持った『感情』が何に当てられてのものなのかに気がついた。

 

 思い出すのは十年前。

 シロより先に『箱』の中から飛び出したオレが最初に会ったのは、大きな『後悔』を抱え、暗いこの部屋で一人子供みたいに泣きじゃくるこの人だった。

 その人の心は煤けた様に真っ黒だった。けれどその涙はこの上ないくらい純真なものに思えて、生まれたばかりの俺は下手に感情というものがわかってしまうせいで偉く戸惑い、遅れて『箱』の中からシロが出てくるまで何も出来なかったのは未だに記憶に新しい。

 

 その時、この人の心を知りたいと、なんとなく思った。

 オレの存在に意味を見つけたいなら、それはきっと必要なことだと感じたのだ。だが、十年経った今でも、オレはそれを知ることは叶っていない。

 

 現に、今だって。

 

 「…………………」

 

 『白式』の『第二次形態移行』を知らせるディスプレイを食い入るように覗き込みながら、以前にも増して取り返しがつかない程真っ黒な心を抱えたまま、この人が流すどんな宝石よりも綺麗な涙の意味を、オレは未だに探りかねているんだから。

 

 




 お約束、王道、テンプレ等と言われるかもしれませんが、どのような形であれ『自分自身に打ち勝つ』シチュエーションは大好物です。しかしそれがやりたいがために白式子ちゃんは犠牲になることに……ごめんなさい白煉ちゃんで許してください。
 福音戦もいよいよ大詰め、戦闘回は次回で終わりになります。最後はやはり、主人公に〆て貰う所存であります。

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