IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第五十八話~絢爛舞踏~

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 「……くっ!」

 

 鈴とラウラは、最初こそ福音に対して優位に立っていたが、一時海へと沈んだ福音が再び復活してから直後の砲撃をまともに受けてしまい、そこから一気に旗色が悪くなり始めた。

 

 「……紅焔! まだ動けないのか?!」

 

 『フッティングさえ完了すれば、『単一仕様能力』でなんとか出来るんですけど……この機体のフッティングは機構の性質上凄い時間が掛かるんです……』

 

 「それはどのくらいだ?!」

 

 『その……えっと……』

 

 「……わからないのか?」

 

 『ごめんなさい……』

 

 ――――!

 

 「ッ……!」

 

 遠くで爆音が轟く。

 鈴達は何とか致命傷こそ避けているが、逃げ場のない連鎖的な爆発にSEをジリジリと削り取られて行く。

 奇襲ももう通じない。先程の広範囲爆撃使用の反動か、一時出力の落ちていた福音は、時間経過と共に次第に以前のトップスピードと砲撃の手数を取り戻しつつある。今の福音には、ラウラの『瞬時加速』を以ってして尚追い縋れない。

 

 「どうする……!」

 

 私は動けず、あの二人だけでは最早時間の問題。このままでは一夏を助けるどころか……

 

 思考が悪い方向に傾き始めるのと同時に、状況は更に悪化する。

 稲妻のように空を舞う福音の翼が、不気味なほど強い輝きを放ち始めたのだ。

 

 「紅焔、あれは……」

 

 『……攻性SE反応、急速に増大! 先程の全門同時砲撃が来ます!!』

 

 「な……!」

 

 水平線の向こうから銀色の壁が迫ってくる、先程の悪夢のような光景が私の頭を過ぎる。

 ――――もう、私はあの二人を守れない。しかも既に半分以上SEを減らされた状況で、あれをもろに浴びるようなことになったら。

 

 『『裁きの鐘』、最大展開まで残り五秒!』

 

 「ッ……! お前達! 今すぐ退けッ!!」

 

 あれが発動すれば逃げたところで無駄なことは身をもって体験した。最早手遅れなことはわかっていたが、それでも私は叫ばずにはいられなかった。

 

 「……!」

 

 私の緊迫した声と、何より次第に不気味な光を強くしていく翼を見て、鈴達も今どういう状況か気がつき始めたようだ。二人共苦い表情を浮かべるが、それでも決して逃げる様子も諦めた様子も見せない。縦横無尽に空を駆け巡る福音に、果敢に挑みかかっては、銀色の爆発に呑まれるのを繰り返す。

 

 四秒。

 

 まだ動けない。最悪ISを解除してでも、と思うが、考えた瞬間に紅焔が涙声で猛反対してくる。確かに今ISを解除して動けるようになったところで何が出来るわけでもない。

 

 三秒。

 

 「!」

 

 不意に、紅椿の赤い装甲の間から、金色の光が弱々しく漏れ始めているのに気がついた。

 機体の状態を確認すると、スラスターも武装の展開も不可能。戦闘など碌に出来ない状態だが、それでも動くことは出来るようになっていた。重い脚を動かし、私は水の上を走り始めた。

 

 二秒。

 

 本当に動けるようになっただけだ。恐らくPICもまだ十分に働いていない、体が酷く重い。

 それでも走る。出来ることはあると、ただ信じて。

 

 一秒。

 

 福音の翼が膨れ上がる。あと一秒。それだけで、あの翼は三億もの凶弾をあらゆる方向に撒き散らす。

 

 「……オオオオオオォォォォォ!!」

 

 叫ぶ。家族から遠ざけられた結果長い間人を信じられず、ただ自分自身さえ守れる力があればいいと思っていた自分。

 そんな私が、久しく『誰か』を守るための力が欲しいと願った。

 

 この場で、鈴とラウラを守る力。

 心にも体にも負った傷をひた隠しにして、周りを傷つけないために笑い続ける一夏を救うための力。

 ――――私が自らの不幸を気取って怠惰に過ごしていた間に何処かおかしくなってしまった、姉さんの手をもう一度、掴むための力を!

 

 『……! さ、最適化の処理速度が上昇?! これなら……!』

 

 紅焔の声が響くのと同時に、徐々に装甲の間からあふれ出す金色の光が強く……いや、違う。これは……!

 

 ――――零秒。

 

 銀色の光が瞬く。至近距離で見るそれは、壁というよりも海上に降り注いだ銀色の太陽だ。

 ……たかが太陽に括られた惑星の一部でしかない私達が、太陽に勝てる道理はない。その筈なのだが。

 

 ――――関係ない。相手が太陽なのであれば、私はもっと強い光を放つ『星』になって奴を逆に飲み込んでくれる。

 何故か私は、際限なく溢れ出す金色の光に包まれながらそんな根拠のない自信に満たされ。迫り来る銀の光に躊躇うことなく突き進んだ。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 「お前は……」

 

 太陽の断末魔に照らされ、夕焼け色に染まる廃ビルの屋上で、俺は俺自身を前に立ちつくしていた。

 これはどういうことだ? どうして俺が二人いる?

 

 「……考えるようなことかよ。お前が俺を忘れないから、俺はいつまで経ってもここから出て行けない」

 

 目の前の俺は、膝に顔を埋めたまま、呟くような声で俺に語りかけてくる。

 

 「だけど、それでいい。どうせお前には何も出来ない、誰も守れない……俺もお前も、ここから先に進むべきじゃないんだ」

 

 「……!」

 

 目の前の俺自身の、搾り出すような暗い声にいきなり心を抉られ、俺は思わず後ずさった。

 

 「生き甲斐だった目標も失くして。それでも今までお前を『織斑一夏』にしてくれた世界を捨てたくなくて、『織斑一夏』を守ってくれた人達を泣かせたくないから仕方なく生きる……なんて、傷ついたポーズとりながら生きてくのは楽だったろう?そのままでいればいいんだ、それが最善なんだよ」

 

 「知らねーよ! お前が何を言ってんのか、俺には……!」

 

 「わかる筈だぜ、『一夏』。だってお前は、未練がましく『俺』を捨てられずにこんな場所に閉じ込めてたんだからよ」

 

 「ッ……!」

 

 何故だか鏡を覗き込んでいるような感覚に襲われる。

 勝手なことを言う偽者だと叫びたいのに、見た目や声が全く同じとか、そんなことではないもっと感覚的な何かが目の前の存在が俺自身だと訴えかけてきて、どうしてもそれが出来ない。目の前の『鏡』は、明らかに今の俺の姿は模していないのに、姿ではない俺の違う何処かを映していた。

 

 「……全部、無駄だった。ガキの頃から積み上げてきたものは、最初っからお前が持つべきものじゃなかったんだよ。それでも持とうとした結果が、一年前ここでお前がやっちまったことじゃねーのか? ……結論は出てる。お前はそれをわかってんのに、また同じことをやらかそうとしてやがる」

 

 「……無駄なんかじゃねーよ。積み重ねてきたモン全部否定しちまえば、それこそそれのために力を貸してくれた千冬姉達に対する冒涜だ。今更、投げ出すことなんて……」

 

 「ならよ、お前その『積み重ねてきたもの』で何が出来たんだ? 誰を守れた? どうしてレイシィは死んだ?」

 

 「……!」

 

 「シャルルも、手だけ差し伸べておいて何も出来なかったよな。なんで何もできやしねーのに助けようとするんだ? お前、一度救われたって思ってからどん底にもう一度叩きとされる絶望がどんなもんか知ってるよな? 知っててどうしてそいつを人に押し付ける? 自分が苦しくなけりゃいいのか?」

 

 「! 俺はそんなつもりでッ……!」

 

 「……ああ、そうだったな。出来たら千冬姉を守れるくらい強くなりたかったけど、できなかったから。代わりに、守れるものが欲しかったんだよな。俺にとってなにより大事なはずの『守る』って言葉を、俺が千冬姉を越えられない事実に対する言い訳にした」

 

 「違う……違う!」

 

 畳み掛けるように、俯いたままブツブツと言葉を紡ぐ目の前の俺に対して、俺は届いているかもわからない否定の言葉をぶつけた。その言霊が全く力を持たないのが自分でわかる。言葉では否定するが、わかってしまうのだ。こいつの言っている事は、絶対に認められないだけで、間違ってはいないことを。

 そう、最初は絶対に違った筈だ。ただ、俺の為に本気で涙を流してくれる女の人を守りたいと思った。あの時の気持ちは、間違いなく本物だった。この時の気持ちを否定するのは、『織斑一夏』という人間そのものを否定することになると確信している位、大事なものだ。だがそれは、千冬姉の背中の遠さを思い知り、周りからも優れた姉に何一つ勝る要素のない俺に対する失望の声を聞いている内に、いつしか変わっていってしまったのも事実だ。

 

 「……千冬姉さえ俺を認めてくれるなら、それでいい。俺にこの人を守るくらい強くなるのは無理でも、それでもこの人の背中を追い続けて世界一強いこの人の次に強くなれば、それで全部を守れる筈だなんて、自分にとって都合のいい幻想を抱いた。俺は誰かを守れるような人間になりたかったんじゃない。本当になりたい自分自身から目を背けるための、理由が欲しかっただけ」

 

 だから、言葉がでない。

 目の前にいるこいつを全力で否定したいのに、体は冷や汗が止まらず指の一本として動かせず、否定の言葉もとうとう止まる。

 

 「そんなクズの言葉を聞いて、あいつは笑ったんだ……受け入れてはくれなかったけど、それでも少しは信じてくれた筈なんだよ……その結果が、どうだ?」

 

 目の前の『俺』は、そこで一回しゃくりあげながら言葉を切り、

 

 「テメェみたいなクズを守って、ゴミみたいに潰れて死んだ……嬉しかっただろうな、お前は。これで、あいつを守れなかったのを理由にして、千冬姉の背中を追いかけなくてもいい理由が出来たんだ」

 

 今まで動けなかった俺を突き動かすには、十分すぎることを、言った。

 

 「誰がゴミみたいに死んだだと……? 俺があいつが死んで喜んだだと……? ふざけんなよこのイジケ野郎……!」

 

 反射的に目の前のクソ野郎の胸倉を掴み立たせる。

 そいつのすぐ近くにちょこんと座っていた女の子は、顔色一つ変えずにただそれを見送った。

 漸く近くで見る『俺』の顔は、蒼白で目には生気が無く、今まで見てきたどんなクズのような人間の面よりムカついた。

 

 「本当のことを言われてキレてんじゃねーよ」

 

 「黙れ……! お前なんて俺じゃねぇ! 俺が捨てられなかったのは……テメェみたいなウジウジした『俺』じゃない! 俺が……」

 

 「俺が諦められなかったのは……レイシィに会う前の『俺』であること、か? 要するに何でも人のせいなんだな、お前。初志を貫けなかったのは、頑張ってる俺のことをわかってくれない周りの連中のせい。お前が俺でいられなくなったのも、俺を騙して勝手におっ死にやがったレイシィのせい……俺はただ強くなりたかっただけ、俺が千冬姉を越えられないのは全部――――」

 

 「……この!」

 

 抑揚のない俺自身の、よりにもよって『あいつ』を馬鹿にするような言葉に、俺はとうとう堪忍袋の緒が切れる。

 胸倉を掴んだまま、思い切りその顔面を殴りつけた。

 

 「ッ……!!」

 

 イジケ虫の俺は思い切り衝撃で仰け反ったが、そのナヨナヨした態度に反して倒れなかった。片足を半歩後ろにずらし、その場に踏み止まる。

 

 「!」

 

 「――――へっ、やっぱり弱ぇ。こんなモンかよ、『織斑一夏』」

 

 「テメェ……!」

 

 「こんなモンか、って訊いてんだ……全然響かねぇつってんだよこのスカスカの抜け殻野郎!!」

 

 それどころか、倒れないのを見て更にもう一発喰らわせようとする俺の拳を屈んでかわすと、その体勢から左脚を軸足にして一回転、右足で前のめりになった俺の体の中心を後ろ脚で蹴り飛ばす。

 

 「あがっ……」

 

 胸をブチ抜かれたかと思うくらい重い蹴りを受け、息を詰まらせながら後ろに吹き飛ぶ。こちらもなんとか踏み止まるが、中々呼吸が元に戻らず激しく咳き込む。

 

 「ごほっ……テ、メェ……!!」

 

 「……ムカついたかよ、『俺』。いいぜ、打ってこい。こちとら最初からそのつもりだったんだ」

 

 目の前の『俺』は、苦しむ俺を前に指をクイクイと動かし、こちらを煽る。

 ……その顔は今まで何人も見てきた、千冬姉と俺を比べてお荷物扱いしてきた連中が浮かべていたのと同じ目をしていて、そのことが余計に俺を苛立たせた。

 

 「上等だ……! のうのうと俺の前にしけた面下げて現れやがって、テメェただで済むと思うな……!」

 

 「そいつはこっちの台詞だぜ……本当、IS様々だ。俺がどんだけ、こんな機会を心待ちにしていたかわかるか?」

 

 「当たり前だろ……俺は!」

 

 「だよな……俺は!」

 

 「「『テメェ()』がこの世で一番嫌いなんだ!!!」」

 

 同じ声。同じ感情。同じ強さ。同じタイミングで繰り出された拳が、正面からぶつかる。

 思い出の場所。暖かい陽射しと、心地よい風以外何もないけれど、それだけあれば満たされて。レイシィが俺を守ってくれた、大切で、本当に大好きだったその場所で。

 ただただ互いに自分自身を否定し続けるだけの、醜い殴り合いが始まった。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 ――――どうすれば良いか教わったわけではない。

 ただ声無き声に次々に『集中しろ』と命じられ、気がついたときには、私はその動きを再現していた。

 

 『シンクロ率、82%。『レギオンジェネレーター』、67%まで正常起動開始を確認……『単一仕様能力』発動に必要分の活性化が完了しました。骨子、『分解開始』。マスターコードを入力します』

 

 回る。

 思い描くのは『神楽』。母から教わった、神々に奉納する踊り。

 ならば、今私に際限なく力をくれるのは、それを対価に私達に恩恵を齎す八百万の神々か。

 ……なんでもいい。例えそれが邪な存在だとしても、この場において力をくれるなら敢えて頭を垂れもしよう。

 

 『右に携えるは『金色夜叉』。左に舞うは『銀翁』。咲け咲け紅の椿。汝が花を主に捧げ、主の威光を世に示せ』

 

 紅焔のたどたどしいながらも凛とした声が聞こえる。金色の光は最早眩しいくらい溢れ出し、赤い装甲は消え失せていた。

 

 『全てを飾り、全てを纏い、全てを詠え……汝が紅で。主が吾に望む、『絢爛舞踏』を!』

 

 金色の光が弾け、銀の光が消え失せる。

 私はそれを見届けると、

 

 「――――ありがとう。姉さん」

 

 私にこのISをくれた人に感謝の言葉を紡ぎ、金色の光に抱きしめられながら、そっと瞳を閉じた。

 ――――この新しい力で、仲間を守る為に。

 

 

~~~~~~side「鈴」

 

 

 「速い……!」

 

 「おのれ……!」

 

 最初の奇襲から優位から一転。

 ギアの上限を全く計れない程、天井知らずに速さが上がっていく福音に、あたし達は次第に食い下がれなくなりつつあった。

 

 ――――!

 

 「ぐぅ……!」

 

 「凰!」

 

 それに、手数も精度もどんどん上がってきている。飛び道具ってのは自身が動き回っている程狙いをつけるのは難しい、普通は速度に反比例してこれらは落ちていくものだが、今目の前にいるこの銀色のISはそんな常識等通じないらしい。速さが上がるにつれ、攻撃も比例してその激しさを増していく。

 

 ――――警告。甲龍のダメージレベル、『B』に移行。

 

 「!」

 

 一番最初にガタが来たのはあたしだった。『剣龍殻』使用の代償。一度攻撃力に特化させた『龍殻』は、すぐには元に戻らない。今の甲龍の装甲は、外から与えられる衝撃を緩和せず、むしろ直接殴りつけるような衝撃を搭乗者にまで与えてくる。360度ありとあらゆる方向から襲ってくる爆発のダメージが蓄積して機体が悲鳴をあげ始めるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 ――――……

 

 あたしの動きが鈍くなったのを見計らったかのように、福音は牽制の砲撃もそこそこに、ワイヤーとAICで懸命に捉えようとしてくるラウラから優先的に逃げつつ、大きく翼を広げた。時間が経つにつれて、その翼は不気味なほど強い光を放ち出す。

 

 「ッ……! お前達! 今すぐ退けッ!!」

 

 それを認識した途端、オープンチャンネルから流れ込んでくる箒の切羽詰った声。

 その声で、否が応でもわかってしまう。こいつは、最初にあたし達を撃ち落した『アレ』をまた使う気だ……!

 

 「畜生……!」

 

 こんなところで負けてなんかいられない、あたしは一夏を助けるんだ!

 決意して重い体を動かし、逃げる福音を追うが、捕まらない。双天牙月も龍咆も、今の福音相手では飛んでいる燕に向かって石を投げているようなものだった。有効打どころか、かする気配すらない。

 

 「……凰、貴様だけでも退け! 私はともかく、今の貴様のダメージレベルと装甲であの砲撃を受ければただでは済まんぞ!」

 

 先程レールカノンの狙撃に切り替えたラウラもそれは同じようで、苦い声であたしに箒と同じようなことを言ってくる。

 

 「どこによ。あの攻撃範囲じゃ、どの道逃げたトコで同じことだわ……そんなつまんないこと言ってる暇があったら、一発でも撃ち続けなさいよ。あたしはまだ諦めてない」

 

 「やれやれ。最初に会った時から思っていたことだが、やはり貴様は戦場で早死するタイプだ。悪いことは言わん、もしこの場から生き残れたらISから降りろ。長生き出来んぞ」

 

 冷静な顔は一切崩さず、声だけ皮肉の混じったそんな憎まれ口を叩くと、ラウラは引き続きレールカノンで福音を狙う。が、

 

 「!」

 

 正確な偏差射撃で福音の行く先に回りこんだ砲弾が、どんどん大きくなっていく福音の銀色の翼に吸い込まれて『溶けた』。

 既にあの翼は福音そのものを包み込み、銀の繭の様な姿になりつつある。繭が纏う膨大なエネルギーは周囲一帯を陽炎で覆う程の熱を放ち、まるで間近に太陽が現れたかの様に海も空も光で照らされ、気温がどんどん上がっていく。

 

 ――――近くで改めて見ると本当にヤバイわね、『アレ』……だけど!

 

 「動きが止まった……! 今なら!!」

 

 スラスターを起動。福音に近づくにつれ、熱がジリジリとこちらのSEを削るのも構わず一気に飛び出る。

 もともと高い耐熱処理が施されているレールカノンの弾を一瞬で溶かすほどの高熱のバリアを突破する手は未だに思いつかないが、今動かなくてはどの道あの砲撃を止めることは出来ない。そう判断しての行動だったが、

 

 「駄目だ凰! 今からでは間に合わん……!」

 

 オープンチャンネルから流れてきたラウラの切羽詰った声と同時に、あたしは自らの失敗を悟る。

 強烈な光を放つ銀の繭まで後数メートルという所。そこで、繭がまるで蓄えたエネルギーが臨界点を迎えたかの如く、淡く『弾けた』。

 

 ――――!

 

 直後に網膜を保護するための遮光機能が自動で作動する。それでも尚、襲ってくる光はこちらの視界に闇を齎さない。

 ……諦めたつもりはない。けれど、その光のあまりの眩しさに、あたしは思わず目を瞑った。

 

 

 

 

 「…………え?」

 

 ――――至近距離からの砲撃だった。例えそれがあの天を突き破らんばかりの巨壁のようなものでなかったとしても、少なくともあたしは無事で済む道理はなかった。

 その、筈だったのだけれども。直後にあたしを襲ってくるはずの熱波も衝撃もいつまで経ってもやって来ず、あたしは思わず閉じてしまった目を開ける。

 

 「……!」

 

 大輪の花が咲いていた。

 金色の花弁を持つ、大きな椿の花。その形を持つEシールドが、あたしを守るように広がり、銀色の羽根からあたしを守っている。ハイパーセンサーで確認すると、あたしの後方にも同じものが広がり、あたし同様にラウラを守っている。

 

 「これって……」

 

 お陰で助かったものの、全く身に覚えのないその武装に戸惑いつつ手を伸ばして触れてみる。

 

 ――――……

 

 が、『甲龍』の指の装甲が触れるか触れないかといったところで、あの凄まじい砲撃を防ぐほどのシールドはあっという間に霧散してしまう。シールドは無数の金色の粒子のようなものに分散し、蛍の群れのようにあたしの周りを漂う。

 

 「!」

 

 そしてその粒子の幾つかがあたしの『甲龍』の装甲に吸い寄せられるように当たった瞬間、またしても信じられないようなことが起こった。先程までの福音との戦闘で、最早四分の一位にまで目減りしてしまった『甲龍』のSEが、見る見るうちに回復していく。

 

 「なんなのだこれは……一体何が……」

 

 戸惑う声を聞いて振り返ってみれば、どうやらラウラにも全く同じ現象が起きているらしい。黒い装甲が金色の光に照らし出され、装甲の間から漏れる赤い光に次第に力が宿り始める。

 

 ――――本当、何が起きて……

 

 「……あ」

 

 そのまま周囲を見渡し、あたしは思わず息を呑んだ。

 夜空に広がる満天の星々が、そのまま地上に映し出されている。思わずそんな風に勘違いするほど、広い範囲に金色の光が、点々と漂っていた。それらの光は直下の黒く染まった海にも映り込み、まるで広大な宇宙に漂っているような、幻想的な光景を作り出している。

 ……そんな状況でないのはわかっているが、あたしはそれでもこの目の前に広がる光景に目を奪われた。福音も同じなのか、それとも確実にこちらを屠るべく使用した砲撃を防がれて慎重になっているのか、再び元の四枚翼に戻った銀色のエネルギー体をはためかせながら、こちらの様子を伺っている。

 

 「……?」

 

 ……いや、福音が様子を伺っているのは、あたし達じゃない。

 直感的にそう感じ、福音の視線を追う。するとそこには、

 

 ――――まるで踊っているかのように、風とその下にいる存在の動きに揺られてはためく、真紅の衣があった。

 

 ――――……

 

 はためく衣は、その度に周囲に金色の光を撒き散らす。

 この無数の金色の光の粒子は、あれがどうやら発生させているらしい。しかし、あんな姿をしたISなんて、さっきまではいなかった。いや、そもそもあれはISなのか……?

 

 ――――!

 

 踊るように回り続ける、赤い衣が風に乗って飛んでいく。いや、それを纏うように頭の上でかざしていた人間が『放り投げた』。

 そうして姿を現したのは……

 

 「箒……?」

 

 IS『紅椿』ではなく。

 神々しい金色に輝く巫女装束を纏い、強い視線で福音を睨み付けている箒だった。

 

 






 『零落白夜』同様、『絢爛舞踏』の効果(というよりビジュアル)を大きく変更しました。これによって最早電池ちゃんなんて言わせない、回復効果だけではない本作でも屈指のチート単一仕様能力に化けることに。ただ味方が強くなりすぎるのはダレトコ的にはちょっと困るのd(メメタァ ……原作同様やはり使用に制限がつきます。そこらの事情についてはまた次回以降で明らかになる形になります。
 凡そですが、本作の話の全体像的なものは頭の中で出来てきました。ただそれによると臨海学校編で漸く第一章終了辺りですので、全何話になるかは想像がつかないというかあまり考えたくありません……まぁ時間は掛かっても完結させたいとは思っているのですが。煮詰まっている時に限ってムクムクと新しい作品の構想が出てきてしまうのが最近の悩みです。

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