~~~~~~side「箒」
……千冬さんには申し訳ないと思ったが、私はやはりこんな時にじっとしてはいられなかった。一夏が無事に逃げ切れたにしても、戻ってこない以上安心は出来ない。何処かで立ち往生しているのではと一度思ってしまったら悪い想像ばかりが浮かんできて、気がつけば私は部屋を飛び出していた。
それを、同じ部屋にいたこの二人は止めなかった。それどころか、何処かに連絡を入れた後、私に少し遅れる形で後からそれぞれ自身の専用機を展開してついてきたのだ。
「修理にはまだ時間がかかると聞いていたが」
「私も驚いている。布仏、といったか……簡単な緊急処置とはいえ、これほどの短期間であの精密な機構部を修理してしまうとはな。私達の部隊の専属整備士として是非スカウトしたいものだ」
「残念だけど無理よ。ああいう『金の卵』の囲い込みはとっくの昔に始まってるもの。あの子は確か、もう日本政府から声が掛かってた筈よ」
「他のクラスの人間の事情に、やけに詳しいのだな?」
「……まぁ、ね。あんたにはわかんないかもだけど、代表候補生なんてやってると、そういう情報は何もしなくても耳に入ってくるモンなのよ」
そんなやりとりの後、私達は纏まって東に向けて飛んだ。
ただし、単純な出力で私の『紅椿』はこの二人を突き放してしまう。どうしようかと思ったところ、セシリアと一夏がそうしたように背部の装甲に掴まらせていくよう頼まれ、私はそれを呑んだ。
……だが今考えてみれば、この二人には私と違ってそれぞれの立場がある。千冬さんの命令を無視することは、決して軽くはないはずだ。やはり安易に首を縦に振るべきではなかったかと、海上を飛びながら背中に掴まる鈴とラウラに、私はふと声を掛けた。
「……良かったのか?」
「当たり前でしょ。今じっとしてたんじゃ、あたしがそもそもISに関わった意味が八割くらいなくなっちゃう……例えアンタが今この場所であたしを振り切ったとしても、あたしは絶対についていくわよ」
鈴の覚悟は固い。こいつが強くなろうとした動機を考えてみればそれも当然のことなのだが、それにしたってこいつは少しは自分がその過程で何を手に入れたのかをもう少し自覚すべきだと思う。
「……命令違反をしたのは、実質これが生まれて初めてになるな」
一方ラウラは始終浮かない顔だった。そんな様子を見て、私はやはり今から引き返すことを申し出ようと思ったのだが、
「だが……『家族』の危機を聞いて一番に駆けつけるべきなのは、やはり家族であるべきだと聞いている……弟の家族でもない貴様達に遅れをとるわけにはいかん。私はこの選択を、後悔したりはしていないぞ」
と、決意に満ちた言葉で先手を打たれてしまった。こいつと一夏の奇妙な関係のことについてどういった経緯があったのかは良く知らないが、一夏自身が納得しているのでそれならいいかと思っていたのだが……最近のラウラは、そのお陰か前までと違って確かな『芯』のようなものを獲得したように思える。言葉を紡ぎながら彼女が浮かべていた、あどけないながらも何処か穏やかな表情はそのことを体現しているようで、今の私には正直少し眩しかった。
「……大体、人の心配してる場合じゃないんじゃない? なんかあのアンタのお姉さんと話してから表情暗いわよ箒。ヤバイISなんでしょ、そんな状態で戦えるの?」
「凰、私達の目的はあくまで弟の救出だ。福音とは接触しない」
「わかってるわよ……でも、向こうから仕掛けてくるようだったら受けてたたないわけにはいかないでしょ? アンタもそういった考えがあるから、戦闘用のパッケージを積んできたんじゃないの?」
「……ただの保険だ」
「……………………」
……ただ、この二人はどちらも根本的なところで攻撃的で激情に駆られやすいところがあるのは不安要素だ。
私がしっかりしなくてはと思うが、正直それに関しては私も心当たりがあるというか、持ち合わせていないとは言えない所がある。実際、私も福音を実際目の前にしたら冷静でいられる自信がない。そもそもこの二人を連れていなければ、今頃私の友を傷つけたあのISに対する憎しみに駆られて再び挑みかかっていたかもしれない。せめて、一夏とセシリアのどちらかが居てくれれば安心できたのだが……
「ないもの強請りをしてもしょうがない、か……」
自身の不甲斐なさを改めて噛み締めつつ、ラウラが教えてくれるGPSから割り出した福音の現在位置に必要以上に近づかないよう注意しながら、私達は眼下に広がる海を見つめて『白式』の姿を探す。
「くそっ、あの白い機体ならこの夜の海の中で探しやすいだろうと思っていたが……紅焔、お前の力で『白煉』を辿ることが出来たりはしないのか?」
『ううっ、多分お姉ちゃん達なら出来るんですけど……ほむはまだ、『コアネットワーク』を媒体にした自身の転移が出来ないんです……』
返ってくる紅焔の返事は本当に申し訳なさそうだった。
……やはりこの広い海の中から目視で見つけるしかないのか。
『箒ちゃん!』
「!」
と、長丁場になることを覚悟したところで突如プライベートチャンネルから通信が入った。
聞こえてきた、あまりに聞き覚えのある声に、私は思わず心臓が止まりかけた。
「あ……え? 姉、さん?」
『すぐに戻って。その場所に長居しちゃダメ』
半日程前に別れてから、ずっと話したいと思っていた人。
その人は酷く平坦な声で、私に元いた場所に戻るように告げた。
「しかし、この海にはまだ一夏が……!」
『いっくんは私が絶対に何とかする。だから箒ちゃんは戻って……福音の他にも、所属のわからない怪しいISがその近海にいるの。それに福音にしたって、さっき『紅椿』に乗り始めた箒ちゃんが適う相手じゃない』
「……そんなことはない。先程は、一度倒せた」
『『第一形態』の時とは、事情が違うんだよ……あの福音の新しい兵装、『
『ご、ご主人様! これ以上は駄目です! 『銀の福音』の、砲撃射程内に入ってしまいます!』
「……しまった!」
姉さんの声に気を取られ、その間に私は福音の索敵圏内に侵入してしまったらしい。紅焔から慌てた声で警告が入り、私も急いでその場から離脱を試みる。
「ちょっと……なに、あれ」
だが、その前に鈴が異変に気がついた。
恐らく福音がいるであろう、水平線の向こう側。そこからまるで太陽が昇るように、うっすらと光が差し始めていた。
「なんだ……? つい先程日没したばかりだ、何故光が……」
ラウラも怪訝そうな表情でその光を眺める。が、すぐにその瞳がまるで信じられないものを見たかのように大きく見開かれる。
「……そん、な」
私もつられてそれに意識を集中させ、思わず呆然とした。
それは、最早『砲撃』という枠に収まるような、生易しいものではなかった。
『壁』。闇に閉ざされた海を強烈な銀の光で引き裂き、見渡す限りの水平線の向こうから、天まで覆いつくさんばかりの巨大な銀色の壁が、全てを飲み込みながら凄まじい速さでこちらに迫ってくる。周囲は瞬く間に光に覆われ、幻想的でありながら絶望的な銀色の白夜が生まれる。
『『銀の鐘』の上位機種でありながら、完全に別物。あの翼のありとあらゆるところが、『銀の鐘』と同等か、それ以上の出力を有してる。少なくとも、手数は前までの比じゃない。もし、アレが『砲撃』として、一斉に発射された場合、その数を砲塔に換算すると……』
いくらなんでも、あれに正面から突貫するのは無謀。
それを感じた私は反射的に機体を反転、全力で退避しようとする。が、機体をなんとか壁と逆方向に向けることに成功した頃には、既にそれはもうそこまで迫っていた。
「……!」
『――――凡そ三億。海処か、空一面を埋め尽くす程の砲撃を行える相手なんだよ? 箒ちゃ……』
姉さんの言葉を最後まで聞く前に、私達は嵐の如く殺到する銀色の羽根の渦に飲み込まれた。
「くっ……! 紅……」
――――――――!!!
紅焔に合図を出そうとするも、間に合わず。
直後に息も詰まるほど密集した銀色の羽根が強く光ったかと思った瞬間、一斉に炸裂した。
網膜が焼き切れるかと思うほどの強い光の中、私の『紅椿』は背中に二人を連れたまま、ゆっくりと落ちていった。
~~~~~~side「一夏」
助かる道理はなかった。なにせ全身の装甲が砕け、剥がれ落ちた状態で、あの福音の砲撃を至近距離で受けたのだ。
いくらISの絶対防御があるとはいえ、そもそも俺を守るべき『白式』の機体自体が限界だった。
……俺は、死んだ。
不思議とそのことに対して特に何の感慨も湧かず、俺は自然とその事実を受け入れていた。
ただ、何故か無性に悲しかった。それが何に対する感情なのかわからないまま、俺の意識は沈んでいき……
どれ位時間が経ったのかはわからない。
俺はいつの間にか黄昏色に照らされる、廃ビルの屋上に立っていた。
――――……
吹く風も、照りつける暖かな陽射しも、踏みしめるコンクリートの床の感触も。
全部本物だった。俺の、心の中にあるものと完全に一致した。ただ――――
『一夏!』
名前を呼ばれた気がして、回りを見渡す。けれど、今度は本当に聞こえた気がしただけだった。
大事な景色の中に、一番大事なあいつだけが、いない。
元々、死後の世界なんて信じてなかった。不信人者だったのは確かだが。それにしたって、よりにもよってこんな場所に最期に連れてくるとは。一瞬あいつに会えるかと心が躍っただけに、その分失望と怒りが腹の底から湧き上がってくる。俺は神仏とか言う連中を本気で憎むことにした。
……ああ、ここは間違いなく。
「そうだ。俺が……お前が一年前。守るべき『全部』から逃げ出した場所だ」
「!」
背後から聞こえた声に、反射的に再び振り返る。
俺の後ろ。沈んでいく夕日を背に、錆びついたフェンスの近くにいるのは二人。
一人は見覚えのない、一言で言うなら『白い』女の子だった。歳の頃は十歳程だろうか、白い肌に、白い髪。あどけない顔立ちに眠そうに細められた大きな目が特徴的で、白と青を基調にした、見覚えのあるエプロンドレスを纏った少女。
そしてその隣の、その子がまるで慰めるようにピッタリと張り付いているのは――――
「な……」
一年前、この場所で。レイシィに出会った時の姿格好で、打ちひしがれるように座り込んで顔を伏せている、『俺』がそこにいた。
~~~~~~side「鈴」
「っ~~~~~! 何よさっきの……!」
一瞬だった。
海の向こうから津波のように押し寄せてきた銀色の光は私達を飲み込むなり大爆発を起こし、私達はもみくちゃになって海に落ちた。けれど、あの規模の爆発に巻き込まれたにしては『甲龍』の損傷は少ない。多分、原因は直前で箒があたし達を守るように張り巡らされてくれた、金色の幕のようなシールドだろう。本当、知らない間にこいつはとんでもないISを手に入れたようだ。
「……福音の戦力を軽視していた。まさか、あんな規格外の攻撃が可能なまでに『第二次形態移行』が福音を強化しているとは……」
私がISの保護機能があって尚焼き付きそうになり緑色の景色を映す目を押さえていると、すぐに濛々と広がる煙の中から黒い機体が姿を現す。ラウラも殆どダメージはないようだ、取り合えず一安心する。
「ええ、でもこのままやられっぱなしにはならないわよ……箒に借りを作っちゃったわ。あんがとね、ほう――――」
言いかけ、あたしは思わず固まる。煙が海風に吹かれて漸く晴れてきた中から、やはり損傷こそ軽微なものの、装甲のところどころから金色の火花のような光を散らして、動かなくなった箒の『紅椿』が出てきたからだ。
「ちょっと、箒?」
「……すまん、今のシールド展開で戦闘用のSEが切れた。お前達、私を置いて逃げろ」
「何言ってんのよ……!」
こいつは私達を庇ってこうなった。この期に及んで借りを作れるもんか……!
そんなあたしの考えが顔に出たのか、箒はあたしを見て何処か焦った表情を浮かべる。
「頼む、急いでくれ。奴は足が速い、お前達の機動力では一度捕捉されれば逃げ切るのは難しい。今は一夏の救出が最優先の筈だ!」
「だからってアンタを置いていける訳ないでしょーがッ! ラウラッ!!」
「……と、いうより寧ろこの状況はチャンスだ。軍事衛星からの情報を解析したところ、敵の専用兵装は先程の大規模砲撃のリコイルで一時的な出力の低下が見て取れる。予測では少なくとも後2分間は今の状態が続くようだ。どの道無視できる相手でないなら弱っている内に叩いておくのが定石だろう」
あたしの呼びかけに、ラウラはあたしの方を見ず、先程あの光が飛来した方角を睨みつけながら冷静な声で答える。
「――――話がわかるわね!」
「お前達……!」
箒の表情が険しくなるが、構わずあたしはラウラが見つめている水平線に視線を移す。
「Twas grace that taught my heart to fear――――」
ハイパーセンサーが澄んだ歌声を拾う。次第に大きくなるISのSE反応は莫大、これで、弱ってる……? 一夏とセシリアはこんな化け物と二人で戦ってたのか。
「……どうせ、使うなと言っても聞かんのだろう? 私が奴の動きを止める。貴様はその隙に奴に例の物を叩き込め。尤もISの暴走など私も聞いたことのないケースだ、搭乗者へのダメージが暴走中のISにどのような影響を与えるかはわからないが……搭乗者がいる以上、ISの基本的な仕様を考えれば、意識を奪うか搭乗者生命維持機能が発動すれば戦闘活動をそのまま止められる可能性はある」
「OK!」
黒く染まった海が、等々その向こうから近づいてくる銀色の影を映し出すのと同時。
あたしとラウラはスラスターを噴かせ、『そいつ』に向かって飛び始めた。
最初に仕掛けたのラウラ。一番槍を譲るのは悔しいが、こいつは『瞬時加速』が使える分速度に関しては譲らざるを得ない。
あたしも方式こそ違えど似たようなことは出来るのだが、『蹴らなければ』ならない方式上、海上、おまけに一定以上の高度にいる相手では十全には使えない。しかしISの理論上は空中でも使える筈なのだ。こんなことならもっとPICのイメージ訓練をやっておくんだった……!
――――!
と、あたしが後悔している間にラウラと福音の距離があっという間に縮まる。
ラウラは左手を伸ばして、福音をAICで捕捉しようとするが、福音はそれよりも前に既に前方に向かって銀色の羽根を撒き散らしていた。
「!」
しかし、ラウラは最初からAICで福音を捕まえられるとは思っていなかったらしく、あっさりと発動を解除、急上昇して回避行動を行う。その判断は功を奏し、無数の銀色の羽はシュバルツェア・レーゲンを捉え損ねてそのまま空中で起爆。
ラウラと福音は、そのまま空中ですれ違う。
「And grace my fears relieved――――」
が、福音は抜け目なく一対の翼で飛行体勢を維持しつつ、もう一対の翼を背後のラウラに向ける。
あたしはそれを見届けると、
「っ……!」
腕に巻きついたワイヤー……ラウラが飛び出す直前に、あたしの甲龍に向かっていきなり放ってきたそれを、思いっきり『引っ張った』。
ガツンッ!
ISの爆発的な加速に引かれ一気に張り詰めるワイヤーが立てる音は、最早糸が伸びると言うより金属の塊を殴りつけるようなものに近い。急に別方向からの力に引っ張られたラウラのシュバルツェア・レーゲンはその力を最大限使用し、必然的に直線的な機動になる『瞬時加速』の最高速度を維持したまま、空を抉り取るような軌道で急制動を成功させ、福音に一気に取り付く。
「!」
福音の動きが一瞬驚いたかの様に固まる。ラウラはその僅かな隙を見逃さず、
――――!
臆することなく福音の翼の間に飛び込み、プラズマ手刀を背中に向けて叩き込んだ。
「――――!」
だが、元々速度では分が悪い。福音は四枚の翼で空気を捉え、至近距離から放たれた手刀をまるで流れるような自然な動きで回避する。が、そこまでだった。そのままラウラから距離をとろうとした福音の動きが、まるで急に時間が止まったかのように凍りつく。
「無駄だ。貴様はもう『動けない』」
動きの止まった福音を背にし、ラウラが冷徹に獲物を捕まえたことを宣言する。
――――やっぱり、一度モロに食らってボロ負けした身としては、あいつのあの力は何度見てもエグい。
「How precious did that grace appear――――」
「! ラウラッ!」
しかし、AICが福音を捕まえた事実に安心したのも束の間。
動けない筈の福音から確かに聞こえてきた歌声に、あたしは福音の近くにいるラウラに注意を促す。見れば、本体が完全に静止した状態で、四枚の翼だけが別の生き物のように蠢いていた。
「――――折込済みだ。その翼も砲弾もAICでは縛れないE兵装……ならば削ぎ落とすだけ、『ブリッツ』!」
ラウラの声と同時に、シュバルツェア・レーゲンの肩に搭載されているレールカノンの形状が真紅のノイズと共に瞬時に組み変わる。そうして現れたのは、ゆうに五メートルはあるだろうか、シュバルツェア・レーゲンの機体全長すら遥かに上回る、非常識な長さの長砲。最早肩に背負うことすら出来なくなったそのゲテモノのような武装を、ラウラは肩からクルリと回転させ、そのまま脇に軽々と抱えて振り返り様福音に突きつける。
「電磁誘導加速域を通常の二倍以上に拡張、音速の五倍もの速度を持つ砲弾を発射する最新鋭戦略EMLだ。対空気摩擦加工を施した砲弾を以って尚数十メートルで弾が熱分解してしまう上、単発で発射ごとに冷却が必要な未だ実験段階の域を出れない未完成品だが……試作段階で不貞の輩にあっさり暴走させられるような出来損ないIS相手には、何とも毒が利いている位誂え向きの代物だろう?」
「――――!」
ラウラの何処か自嘲するような呟きと共に、引き金が引かれる。
発射音はなかった。だが福音の翼から殺到した、銀の羽根がラウラに届く前に全て爆散する。
――――弾が当たったのではない。砲弾が超音速で空気を引き裂いたことによって生まれた、真空域と衝撃波がそれを行ったのだ。
「T――――……」
福音の歌が途切れた。それを理解した瞬間には、福音はすでに先程いた場所から消え、一瞬だけ真空状態になった砲弾の軌跡に大気が一気に流れ込む瀑布のような轟音が轟く。
唯一その場に残った粉々になった銀色の装甲が、やけにゆっくりとした速度で落ちていく。それに遅れる形で、下方から爆音のような破砕音が響き水飛沫があがる。
「ちょ……」
流石に……不味いんじゃないだろうか? 思わずそう思ってしまうくらい、ラウラの追加パッケージの破壊力はとんでもなかった。これは相手を殺っちゃったんじゃないか……?
「追撃しろ凰! 軍用ISを甘く見るな、あれくらいでは撃破できない!」
「うひゃあ!」
が、呆けていたのも束の間。私はさっき自分がやったのと同じ要領で、今度はラウラに下に向けて投げ飛ばされる。落ちていく中、ISのセンサーに未だ福音の反応があるのを確認。ラウラの認識が正しかったことを認識させられる。
「ま、ラウラにばっかりいいカッコはさせられないってか……それに」
これは、最初っから作戦通り。
背部スラスターを作動、重力加速度にさらに速度を上乗せし、福音に真上からトップアタックを仕掛ける。
「The hour I first believed――――」
「邪魔!」
私を取り囲もうとする羽根の大群を、『龍咆』の連射で弾き飛ばす。やはり先程ラウラが与えたダメージがまだ効いてる。おまけにあれで腹部の装甲を剥がされ、ISスーツを纏った体の一部が剥き出しになった搭乗者を守るため翼を一枚防御に回して攻撃に使用出来ていない。お陰で最初は空を埋め尽くさんばかりのだった弾幕が明らかに薄くなっている、これなら――――
「……突破できる!」
「!」
双天牙月を展開。手放すと同時にその場に滞空するよう念じると、それを蹴り飛ばしてさらに二段階加速。激しい水飛沫を上げながら海面に着地、一息で敵の懐に飛び込む。
「『剣龍殻』!」
チャンスとばかりにパッケージを起動。『甲龍』の全身が紫色のノイズに覆われ、鱗状の装甲から次々に棘が飛び出す。
剣龍殻。
甲龍の『龍殻』は、他のISの装甲にはない特殊な性質がある。要は、前のラウラ戦で用いたときの様に、『内側』からの力を増幅させるものである。そして、逆に『外側』から干渉する力は『吸収』してしまう力を持つ。攻防一体のこの装甲は、中国の攻守に優れたIS技術を下から支えている要素の一つだ。
この追加パッケージは、本来その装甲が持つ性質を『変質』させるもの。今回の性質は、呼んで字の如く『剣』。龍殻の外側からの衝撃を吸収する機能をカット、装甲が持つ全ての性質を――――
「内側からの力を増幅するものに『変更』する!」
福音の翼を潜り、搭乗者が剥き出しの部分に拳が届いた感触をキャッチ。同時に両足に掛かるPICの出力を最大まで強化、全体重に加えて通常の第二世代ISの十倍近くのパワーアシストが上乗せさせた一撃が、掌の一点から――――
――――!
『ブチ抜ける』。
ラウラの砲撃と違って派手さはない。だが傍目から見ればただ拳を突き入れただけの一撃で、絶対防御を一部突き破りIS搭乗者の五臓六部が纏めて粉々になってもおかしくない程の衝撃が福音を突き抜けた手応えを得る。
「かはっ……」
福音の歌声ではない、紛れもなくその中にいる人間が肺の中の空気を全て吐き出す呼気が耳に届く。福音は未だ煌々と翼をはためかせながらも、本体が芯を失って倒れていくのを止められず、やがて海の中にゆっくり沈んでいった。
「……やっ、た」
フラフラになりながらそれを見届け、あたしは勝利を確信する。
……剣龍殻使用の反動がここまで大きいのは予想外だった、まさか敵に与えたダメージの一部がこちらにまで返って来るとは。これは帰ったら、早速開発の連中にあたしを殺す気かと文句を言ってやらなきゃ……
「……やはり暴走状態のISとはいえ、搭乗者の意識を奪えばIS自体を戦闘不能状態にしなくても無力化は可能だったか。凰、よくやった、これで引き続き弟の捜索に……!」
言いかけたラウラの顔に緊張が走る。
次の瞬間、あたしの下の海面が銀色に光ったかと思うと、水面が『破裂』した。
「くっ……!」
巻き込まれるギリギリのところで、あたしはラウラのワイヤーに引っ張り上げられ事無きを得る。アレって便利だな、今度似たような武装の搭載を頼んでみるかな。
「Am…ng ……w swe……und――――」
そんなことを考えながら下を見渡せば、ゾンビのように海から這い出て未だ歌い続ける福音がいた。
何か先程までと様子が違う。腰は前に俯くように曲がり、両腕は力なくぶら下がったまま。それでいて四枚の翼は今までより一層強く輝きながら、空に手を伸ばすように大きく広がっていき、まるであの翼がIS本体を操り人形のように動かしているような、何ともいえない不気味な感覚に襲われる。
――――……
「なっ……」
「に……!」
そんな福音に、あたし達が呆気にとられたのも一瞬。そんな僅かな時間の内に、あたし達は大量の光輝く銀色の羽根に飲み込まれていた。
「兵装内充填SEが増大……! 馬鹿な、あれだけの攻撃を受けておいて、もう
――――――――!!
ラウラの冷静ながらも何処か焦りを孕んだ声は、直後に巻き起こった轟音で瞬く間に掻き消される。E砲弾の炸裂で弾け跳ぶ空気と共に、あたしは折角直して貰ったISの破片を撒き散らして吹き飛ばされながら、漸くこの戦いが勝ち目のないものであることを悟った。
「……shya……Na…hya!!」
途切れ途切れの歌がふと止まる。
四枚の輝く翼は、歌うのを止め。壊れたレコーダーのように、誰かの名前を呼び続けていた。
ガンダムよりゾイド派という間違いなくマイノリティに属している自覚のある私です。まぁほんの少し前漫画だけ読んでハマッたにわかなんですけれども。だってジェノ○ウラーの登場シーンが格好良過ぎるのが悪いんですよ、あのプテラスのパイロット視点から、逆光を背負って影になっていながらも尚はっきりとわかる凶悪なフォルムを見せつけてからの荷電粒子砲のコンボの演出がたまりません……関係ない話を失礼しました。
相変わらず福音ハードモード続行中です。鈴とラウラは結局再戦より共闘が先にきてしまいました。ワンサマ覚醒シーンは丸々別のものに変更に。箒もあとちょっとだけ頑張る予定です。