IS/SLASH!   作:ダレトコ

56 / 129
第五十六話~思惑~

~~~~~~side「???」

 

 

 どういう訳か知らないが、パスカルから撤退指示が出た。

 ……知ったことじゃない、私に指示を出せるのはスコールだけだ。だから当然無視しようとしたのだが、

 

 「パーさんから? ……それじゃあもう帰りましょうよぅ、もうティーがスーさんから言われたことも終わりましたし、『天使さん』もそろそろ止まる筈です。ティー達は……」

 

 ティーが怖気づいたのか、やたらと煩いので拳骨を一発食らわせ黙らせたのだが。

 

 「うきゅぅ……」

 

 力の加減を間違えた。ティーはそれであっさりとのびてしまったのだ。

 

 「にしても弱えぇ……」

 

 一応こいつも『亡国機業』のエージェントの一人ということになっていた筈だ、確かに狙撃能力に関しては目を見張るというか化け物じみた素養があるにせよ、いくらなんでもこの鈍臭さはエージェントとしては致命的ではないだろうか。

 

 「……で? どうするよスコール。私等はパスカルの指示に従うべきか?」

 

 そんなことを考えながら改めてスコールと連絡をとる。

 通信からはテーブルをトントンと指を叩く音がまず聞こえてくる……あいつが少し不機嫌な時に良くやる仕草だ。パスカルの指示に従わなかったのは正解だったかもしれない。

 

 『悪いわねオータム、もう少し待って貰えるかしら? ……ちょっと、『シナリオ』通りにことが運び過ぎてるよのね、『面白くない』。ことと次第によってはもう一仕事して貰うことになりそうよ』

 

 「……なんか、まーた良からぬ悪巧みをしてそうだな?」

 

 『なぁにオータム、貴女まで。不満かしら?』

 

 「うんにゃ……ついていくさ、私の女は少し腹黒いくらいが丁度いい」

 

 『酷い言われ様だわ、これでも裏表のない女ってことで売り出しているのだけどね』

 

 「『土砂降り(スコール)』名乗ってる奴が良く言う……!」

 

 拗ねた口調のスコールに冗談を飛ばしていると、気絶していたティーが漸く起き上がった。

 ティーは暫く寝ぼけ眼のまま周囲を見渡していたが、

 

 「!」

 

 急に彼方の方を見渡して顔面を蒼白にし、

 

 ――――!

 

 私が止める間もなく『スターイレイザー』を展開。急に先程の方角に向けてぶっ放した。

 

 「おいティー、何をしてる!」

 

 「……ッ!」

 

 ティーは答えないまま、そのままとうとうISを完全に展開する。

 灰色の基盤に蒼い装甲を入り混ぜた、イギリスの実験機『サイレント・ゼフィルス』を。

 

 「……聞けコラァ!!」

 

 そのまま飛びだとうとするティーを一喝、同時に海から飛び出した私の『アラクネ』の肢が馬鹿を捕まえる。

 

 「きゃあ!」

 

 「勝手にIS展開してんじゃねぇ殺されてぇのか! テメェのは私のと違って『改造』が終わってねぇ、コアネットワークから居場所を掴まれたらどうする気だ?」

 

 「そ、そんなこと言ってる場合じゃないんですよぅ! な、ナツ君が……」

 

 『……オータム、その子の好きにさせてあげて。確かにこの状況は美味しくないわ、最悪よ』

 

 「……スコール?」

 

 通信から聞こえてくる、机を叩く音が明らかに大きくなる。

 ……くそ、何が起こってるってんだ。私だけ蚊帳の外に置かれたままってのは面白くない。

 スコールの言う事は絶対だ。だがせめてその前に私はティーに状況の説明をさせようと考えたが、

 

 ――――!

 

 それよりも前に『アラクネ』のアラートが反応する。

 ……馬鹿な、ISだと?! おまけにこの反応は……海の中から!

 

 ――――オオオオオオォォオオオオォォオオ!!

 

 「んなぁ?!」

 

 直後に猛烈な、耳を劈くような雄たけびが轟く。

 鯨? ……いやサイズがでか過ぎる、ゆうに2キロに届くかという巨体は生物というより動く小島のようだ。反応はこいつから、まさかこのデカブツがISだってのか?!

 

 ――――!

 

 こちらが驚くまもなく、そいつは私達の前方からとんでもないスピードでやってきて、私達など意に介さずそのまま通り過ぎていく。

 

 「ぬおっ?!」

 

 だが、それだけでも巨体が膨大な海水を掻き分けていったことで生じた大波が私達の船を襲う。

 ……『アラクネ』を念のため船底に張り付けておかなかったら、そのまま転覆していただろう。まぁ二人ともISを持っている以上仮にそうなっても特に問題はなかったのだが。

 

 「なんなんだ、ありゃあ?」

 

 『……ちぇー、一足遅かったわね。『天災』に油揚げを攫われちゃったわ』

 

 「ああァ? なんだ、あいつをぶっ壊せばいいのか?」

 

 『やめときなさい、多分篠ノ之博士直属のISよ……今そこらじゅうで私達の拠点を潰し回ってる無人機の一つ、一筋縄でいくとは思えない。美味しいところを持っていけなかったのは惜しいけど、まぁ焦ったって仕方ないわ、元々こっちは『出来れば』程度の用件だしね。兎に角、貴女達のお陰で『真っ赤なワインの準備』は滞りなく終わり。引き時よ、オータム』

 

 「……!」

 

 『アレ』と同じような奴かもしれねぇってことか。

 前に戦った、全身をバラバラにして襲い掛かってくる奴はなんとかブチ壊してやったものの辛勝だった。お陰で私の『アラクネ』は、フレームを一から『ドクトルB』に作り直して貰わねばならない羽目になったのだ。

 ビビッている訳ではない。だが『アレ』と同レベルの怪物なら、足手纏いをつれたまま戦うには少し分の悪い相手であるのは確かだ。せっかく巡ってきたかもしれない機会を棒に振ったことに憤りながらも、私はスコールの言葉に従う。

 

 「にしても、『ワインの準備』かよ。茶会の準備じゃねぇのかスコール?」

 

 『態々言わせないでよ、『マッドティーパーティ(狂ったお茶会)』なのよ? 普通にお茶なんてだしたらそれこそご本家からお叱りを受けちゃうじゃない』

 

 「ご尤もで」

 

 『それにティーちゃん、そこにいるかしら? 彼なら大丈夫、正直不本意だけど、この状況で拾ったのが『天災』なら下手に私達が拾うより安心だわ……今日はもう一度戻りなさい、後は私だけで続けることにするわ。ごめんなさいね、私の趣味に付き合わせちゃって』

 

 「で、でも……」

 

 ISを展開したまま、私の『アラクネ』の糸でグルグル巻きにされたティーが、不安げな表情で先程のデカブツが消えていった方角を見る。

 

 『急いで。さっきティーちゃんが眉間に撃ち込んだ一発のダメージを回復する為に今は足が止まってるけど、福音はまた直ぐに動き出す筈よ。『帽子屋』は自在にISを操れるプログラムじゃない。さっきのISを追い始めて捕捉されるような状況になったら不味いわ』

 

 「う~~~~!」

 

 「う~じゃねぇ。スコールの命令だ、とっとと引き上げるぞタンカス」

 

 「! ぱ、パーさんの言う事は無視したくせに! 大人ってズルイですぅ!!」

 

 「うるせぇ……取り敢えず今後はまた日本に引き続き潜伏ってことでいいのか、スコール?」

 

 『ええ。ティーちゃんをお願いね、オータム。この件が片付いたら私もそっちに向かうつもりよ』

 

 「そいつは待ち遠しいね、首が長くなりそうだ……オラ、船出すぞティー、ISとっととしまいやがれ」

 

 「わ~んナツく~~~~ん!!」

 

 喚き散らすティーを取り敢えず転がしたまま、さっさと船のエンジンをかけこの海域を後にする。

 ……本当、くだらない仕事だった。やっぱ駄目元でもさっきのデカブツにちょいとでもちょっかい出しておくんだったか、と少し後悔する。なにせ……

 

 ――――……

 

 海の下から八つの光点が私を恨みがましく見つめてくる。前の戦いでフレームの殆どを消し炭にされた恨みを晴らしたかったのだろう、こういうISに『改造』されてからのこいつはやたら自我が強くなった気がする。強いのはいいのだが若干扱い辛いのはどうにかして欲しいものだ。まぁあんなデカブツを見て物怖じ一つ見せないのは頼もしくもあるのだが。

 

 「そう怒るな『アラクネ』……チャンスはある。計画が進みゃ、『天災』とは嫌でも顔を合わせる機会があるんだからよ。そん時に改めて……千倍返しだ」

 

 ――――!

 

 「……ひっ!」

 

 私の言葉に却って気が昂ぶったらしい、アラクネの肢が独立起動する時に発生する独特の紙を擦るような音が響き渡りティーが怯えた声を出す。まぁ、ガキにとっては気持ちのいいモンではないかもしれない。

 が、私にとっては好きな『音』だ。

 

 「でも……お前の気持ちはわかるよ。暴れてぇなぁ、思いっきり。いつまでもこんな国にいたら体が腐っちまう……これだったらまだあのクソ人形と遊んでた方が充実してたぜ」

 

 ――――!

 

 「ハッ、そうかよ、お前もかよ……なぁに、楽しくなるのはここから、ここからさ」

 

 『準備は出来た』と、スコールは言った。

 祭りの日は近い。精々それまでは骨を休めておくことにしよう。余計な連れこそ一人いるが、それもスコールが来るまでの辛抱だ。

 

 「あ、アキさんこそ早く『アラクネ』しまってくださいよぅ、ティーこの子の『音』ちょっと苦手なんですよぅ」

 

 「我慢しろ、海にいる間の保険だ。こんなボロ舟でも無駄にゃしたくねぇ、こいつが下に張り付いてりゃ嵐が来たって沈むこたぁねぇんだ」

 

 ごねるクソガキをかわしつつ、陸を目指す。

 ……流石に船だと遠出だ、着くまではまだ大分時間が掛かりそうだった。

 

 

~~~~~~side「千冬」

 

 

 『……何度も言うけどいっくんは無事だよ、元気出してちーちゃん。確かに酷い怪我してるし、『白式』も普通なら再起不能レベルの損傷を受けてるけど……大丈夫でしょ、『ノーチラス』は内部に取り込んだISをゴーレムの単一仕様能力を使った独自の機能で修繕する能力を持ってる。『白式』が直れば、いっくんだって直ぐに元通りにしてくれる。いっくんと一緒にいる『あの子』なら、使うの自体は初めてだろうけど上手くやってくれる筈だよ』

 

 「……そうか」

 

 山田先生から『白式』のロストを知らされ、不覚にも取り乱しかけた私は、直後に入った束からの連絡で何とか持ち直すことに成功した。

 ……昔からそうだ。こいつはいつも私がどうしようもないときに前触れもなくしゃしゃり出てきて、その場は掻き乱されるもののなんだかんだで助けられてしまうのだ。初めて出会った時から、ずっと。

 

 『だから、ダメって言ったのに。君達姉弟はホント困ったところだけそっくりなんだよね。変に頑固なトコとか……まあ、ちーちゃん達のそういうところも合わせて好きなんだけどさ』

 

 「煩い……大体、人を困らせることにかけては右に出る者のいないお前に困った奴呼ばわりされる筋合いはない。篠ノ之のISの件はどうせお前の差し金だろう」

 

 『差し金だなんて。私は箒ちゃんに少し早めの誕生日プレゼントをあげただけ、『紅椿』がシロちゃんの私への救援要請を受信して、あの子がいっくんを助けに行っちゃったのは私にとっても予想外だった……まぁ、怪我がないみたいで良かった』

 

 篠ノ之の無事を知って安心した様子の束の声は、久しぶりに聞く『姉』としてのこいつの声だった。

 

 その篠ノ之達は、今のところは別室で待機させることにした。

 当然連中はごねたが、凰とラウラは急ピッチで今修理が進められているものの未だ破壊されたPIC波製装置が直らず、オルコットに至っては機体はダメージレベルCを超える大破、本人の意識も未だ戻っていない。訓練機も軒並みダメージこそ殆どないもののスラスターを根こそぎやられている。満足に動けるのが篠ノ之だけでは話にならないと押し込めた。一夏に関しては篠ノ之がいることもあり正確な説明が難しかったので、安心させる意味でもあいつはあいつで無事に逃げ切り今は別の場所で避難していると嘘を吐いた。

 ……本当に、思い返すだけで頭が痛くなってくるような状況だ。そもそも篠ノ之が持ち帰った情報が確かなら、仮にラウラ達が動けたところで最早収拾できるような状況ではない。

 

 『……ちーちゃんが困ってる。許せない……こんなことになるなら、くーちゃんを『ネズミさん』の駆除になんて回さずにさっきのゴーレムに乗っけてくんだったなぁ……やっぱ分割体だけじゃ性能もたかが知れてるし』

 

 と、沈黙から私の気が滅入っているのを悟ったのか、先程までの慈愛の籠った声は何処へやら暗い声で唸るような言葉を紡ぐ束。どうしてこいつはこうも浮き沈みが激しいのか、というか……

 

 「……お前、今回の件に関わっているのか?」

 

 『関わろうとした、というのが正解かな……私の作ったものを使って勝手なことをしてる連中がいる。そんなこと、私が許すと思う? ……無人機を出して、さっさとこんな計画潰してやろうと思ったんだけど、ちょっと手を抜いたお陰でこの映像を撮った後皆やられちゃってさ……』

 

 言葉と同時に、通信に使っているディスプレイが切り替わる。広がる海に浮かんでいるのは、波に揺られる金属……ISの残骸。その中から垣間見えるのは、赤く染まった……

 

 「……ッ!!」

 

 その凄惨な光景に思わず私が顔を顰めた瞬間、映像がまるで断線したように途切れる。直前に辛うじて見えたのは、鋭い鉤爪の生えた、蝙蝠のような漆黒の翼だった。これはまさか、山田先生の言っていた……

 感じた強烈な既視感から、確信する。これは『奴』だ。

 

 『即死だよ。最初の一撃で心臓を貫いて、そのまま機体からコアを抉り取ってる……絶対防御が機能してない、こんなことが出来る時点でもうほぼ確実……私の他に『箱』を開けた奴がいる。そいつがこの人達を殺し、私の『ゴーレム』達を姿も見せずにコアごと潰したISを作った』

 

 「……お前以外にそれが出来る奴等、いないと言っていなかったか?」

 

 『うん、私以外には一人しかいない……火渡博士。私がISを発表したあの日に亡くなったあの人が持っていた『情報』を誰かがきっと盗んだんだ。今次々に各国から強奪されてるISコアが私の監視下から外れ始めた時点でもしかしたらとは思っていたけど……』

 

 言葉を切ると同時に、ギリッ、と、通信から強い歯軋りの音が漏れる。

 束は、怒っていた。

 

 『絶対に許さない……! あいつ等は私処か、博士が『アレ』に掛けてた想いすら土足で踏み躙った! 必ず一人ずつ見つけ出して根絶やしにしてやる……!』

 

 「束……? お前、何を言って……?」

 

 『! ごめん、ちーちゃん、こっちの話……兎に角、今ちーちゃん達に戦力はない。かといって部外者を盾にした脅迫のせいで外部に助けも呼べない……今、そんな状況なんでしょ?』

 

 まるで火を吐くように激しい言葉を吐き出していた束は、戸惑う私の声で急に我に返ったように落ち着きを取り戻すと、改めて八方塞りのこちらの状況を確認してきた。

 

 「……ああ」

 

 今更強がっても意味はない。私はただ、首を縦に振って束の言葉を肯定する。

 

 『……ふー。ちーちゃん、無駄だとは思うけど、最後にもう一回確認。そんな面倒臭いしがらみ全部放り出して、私の所に来る気はない?』

 

 束は大きく息を吐くと、数時間前にした話を再び持ち出し始めた。

 ……こんな状況だから、私が心変わりでも起こすかとでも思ったのか。だが――――

 

 「無駄だと思っているなら聞くな」

 

 何度聞かれたところで。『今の』こいつに、ついていく気は起きない。

 

 『だよねー。しょーがないな、わかったよ。親友の為に束さんが一肌脱いであげる。ちーちゃんはそこでコーヒーでも飲んでゆっくりしててよ、その間に全部終わらせてあげるから』

 

 「……何か策があるのか?」

 

 『策も何も、だからそもそも私が何もしてないとでも思ったの? ……さっきくーちゃんがやっと『ネズミさん』の追跡方法を割り出してくれてね、これをちょーと逆利用して連中に誰を敵に回したのか思い知ってもらおうってトコ……直ぐにこんなふざけた遊びどころじゃなくなるよ。福音にしたって、『第二次形態移行』なんて引き起こした時点で多分完全に制御出来てる訳じゃない。私がいっくんを回収してから同じ場所から動いてないみたいだし、放っておけばいいよ。ここからは、私が連中を追い詰める番』

 

 「……!」

 

 そうだった。こいつは希代の天才で、世界で最も敵に回してはいけない存在だったことを、私は今更ながら思い出した。

 ……何もかもこいつに任せるのは、正直不安がある。それにこれ以上返せる当てのない借りが膨らんでいくのも癪だ。だが、束の言葉を突っぱねられるだけの力も権利も、今の私にはなかった。

 

 「……済まない。頼む、束」

 

 『任された。代わりにお願いといってはなんだけど、箒ちゃん達は嫌がるかもしれないけどそこから動かさないで。福音は兎も角、『あのIS』とあの子が鉢合わせになるのは絶対に避けたいの。レーダーを見た限りじゃもう反応はないけど、あいつが現れたのは本当に『突然』だった……ハイパーセンサーやコアネットワークによる探知機能に対するジャミング機能を持ってて、まだあの海域周辺に潜伏してる可能性はゼロじゃない』

 

 「……わかっている、こんな事態になった以上お前に言われなくてももうあいつらを使うつもりはない。あと束、任せはするが……」

 

 『はいはい、こっちこそわかってるよ。ちーちゃんが嫌がることはしたくないし、何よりお父さんの教えにも反するしね。『殺し』はしないよ、殺しはね』

 

 束は最後にそんな酷くいい加減な、却ってこちらの不安を煽るような返事を返すと、

 

 ――――ブツッ!

 

 白い線がディスプレイに走り、同時に何も映さなくなる。

 

 「……! あいつは、全く!」

 

 どうやらまた一方的に連絡を絶ったらしい。暗に篠ノ之のことに言及しようとしたのを勘ぐられたのかもしれない。

 あいつの気持ちは、正直私にもわからないでもない……結局、あいつも私と同じなのだ。人に同じことを繰り返すなと偉そうに説教しておいて、自分も過去の約束を捨てられないままでいるのだから。だが、元はといえばあいつがそこまで追い詰められることになった原因が私である以上、それについては今まで一度も強く言えなかった。

 

 「お前も、私も……最初は、こんなことがしたかったわけじゃないのにな」

 

 いくらそれが当初の思惑からは大きく外れたものとはいえ、結果的に十年前の出来事で私達は『力』を持ち過ぎたのだ。そのことに、私は向き合おうとして失敗し、あいつは自棄になって全て放り出そうととして失敗した。結果そのツケは、私達が何に代えても守りたかったものに今も、背負わせている。

 

 ――――貴女に、守ると誓ったのにな、私は。

 

 それは返事等返ってくることはない、一方的な誓いだったけれど。

 『神城』であることを捨てると決心した私の、唯一の存在理由だったもの。

 が、姓を捨てたくらいでは結局、因縁を全て断ち切ること等出来なかったのだろう。私も愛していた人を失い狂ったあの男の例に漏れず、漸く見つけた友の夢を壊し、その誓いすら守ることが出来なかった。

 

 「……疫病神め!」

 

 気がついた時には近くにあった化粧台の鏡に、私は拳を叩きつけていた。鏡は粉々に砕け、そこに映っていた私自身が消え去る。気が晴れたのも一瞬、直ぐに冷静さを失いものを壊したことに対する後悔がやってくる。

 

 「私がしてきたことは……間違いだったのか? どうすれば束も一夏も傷つかずに済んだんだ? 教えてくれ、母さん……」

 

 返事が返ってくることなどないことは百も承知で、それでも問わずにはいられなかった。

 

 『この子を……一夏を、あなたはどうか責めないであげて。すぐにお別れしなくちゃならない、無責任なお母さんになっちゃうことは残念だけど……それでも私は、この子に会えてこんなにも幸せなんだから』

 

 その言葉の意味を悟るまであまりに時間が掛かりすぎた、愚かな私を信じて満面の笑顔のまま逝ったあの人に。

 

 『つ、通信中に申し訳ありません! 大変です織斑先生……織斑、先生?』

 

 突如通信を終えた黒いディスプレイに慌てた様子の山田先生が映し出され、すぐに画面越しの私の様子を見てその声に心配そうな色が混じる。

 

 「! 何事だ?」

 

 そうだ、自己嫌悪に陥っている場合じゃない。束が動き出したとはいえ、今も状況は一刻と動いているのだ。

 そう思い直し、すぐさま平静を取り繕って対応する……が、次の山田先生の言葉で、私のその場凌ぎの仮面はまたしても外れかけることになった。

 

 『篠ノ之さん達が部屋にいません! 『甲龍』と『シュバルツェア・レーゲン』、ハンガーに確認出来ません……!』

 

 「……馬鹿な! あの二機の修理にはまだ時間が掛かるのではなかったか?!」

 

 『はい、予備のパーツもストックがない上、元々一年生で整備に精通している生徒の人数自体多くないのでそう見積もっていたんですが……一人、国家代表専属技師並みの整備スキルを所持している子がいたみたいで。その子が比較的ダメージの少ない訓練機のパーツを組み替えて既に一時間前には二機の修理を終わらせていたにも拘らず、凰さんに頼まれて修理状況の進捗報告を誤魔化してたようなんです……』

 

 ……教師達が先程狙撃された際に負った負傷で、若しくは情報収集に追われて自由に動けないのが裏目にでたか。ハンガーから専用機を持ち出されたことすら気づけないとは……!

 

 「なんてことだ……! 早くあの馬鹿共と通信を繋げ! 引き返させろ!」

 

 『それが……全員、こちらとのチャンネルを接続していないみたいで。繋がらないんです……!』

 

 「くそっ!!」

 

 最初の作戦が失敗してから既に3時間近く経過している。既に日は落ち始めて尚一向に動き出す気配のない私達に痺れを切らしたのだろうが、こちらの事情も知らずに勝手な真似をしてくれる。しかも、あのラウラが私の命令を無視するとは……

 

 苛立ちと焦りに背中を押されつつ、携帯を手にとってある番号に電話を掛ける。恐らくこの状況で、唯一あいつ等と連絡が取れるであろう女に。

 普段は滅多に出ることのない、一方通行の相手。だが何故か今回は、あいつはこの電話を取るような予感があった。

 

 『……ちーちゃん?』

 

 そして、その予感が正しかったことは、すぐに証明されることになる。

 

 




 溜めが短いですが、次回で早くも福音との再戦回になります。漸く臨海学校編も折り返し地点に差し掛かりました。今後の展開はちょいとオリジナル色が強くなるかもしれません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。