IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第五十五話~死を歌う銀翼~

 意識がなかったのは、時間にして数秒にも満たない間だった。

 だがその間がすでに致命的だった。気がついた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは。

 

 まるで俺を庇う様な形で先程の凄まじい爆発の直撃を受け、その装甲の大部分を失い落ちていく『ブルーティアーズ』の姿だった。

 

 「セシリアッ……!」

 

 とっさにスラスターを起動。落下するブルーティアーズを空中で追い抜き、抱きかかえて海の上に着地する。

 

 『水上対応型のPICに切り替えます。地上時よりもSEの消耗が激しいので注意してください』

 

 「んなことはどうだっていい! 白煉、セシリアは……!」

 

 『搭乗者生命維持機能は働いています、当分意識は戻りませんが命に別状はないでしょう』

 

 「そうか……」

 

 取り敢えずの無事を確認して安堵すると同時に、改めてセシリアをこんな姿にした奴を睨みつける。

 

 「That saved a wretch like me――――」

 

 そいつは、そんなこちらのこと等、傍目には気にも留めていないように見えた。

 ただ、何かを誰かに訴えるように、一心不乱に歌っている。その背中には最早ハミングではなく、海風でれっきとした人の歌声を奏でる、銀色に輝く四枚の光の翼を携えて。

 

 「エネルギーの翼……? あれは……福音、なのか?」

 

 『……最悪の状況です。『銀の福音』、『第二次形態』に移行(セカンドシフト)しました』

 

 「……!!」

 

 『第二次形態移行(セカンドシフト)』。『第一次形態移行(ファーストシフト)』が搭乗者とISが最低限通じ合い、搭乗者に合わせてISが自己を作り変える現象なら、それはそれを乗り越えたIS搭乗者とISがさらに深く通じ、完全にその搭乗者専用にISが自身を最適化させる現象。ここまでいったISは、もう専用機等とは関係なくその搭乗者にしか乗れなくなり、そのISしか持たない唯一無二の力、『単一仕様能力』を発現させることもある。

 

 それが……よりにもよってこんなタイミングで起こったってのか?

 

 「どういうことだよ……! あいつは、暴走してるんじゃないのか?! 搭乗者の言うことを聞かずに一方的に引き摺り回してるような状態でどうしたら『第二次形態移行』なんてもんが起こるんだよ?!」

 

 『どうやら『福音』はただ暴走しているわけではないようです……恐らくセンサーに反応するもの全てを敵と認識させられたISの自意識が、搭乗者を守る為の防衛機能を働かせて機体を動かしています』

 

 「……!」

 

 白煉の言葉に、俺は改めて本当の敵は目の前で歌う福音ではないことを認識する。

 そう、本当に倒すべきは……この搭乗者想いのISを暴走させ、そんな機体でふざけた遊びを仕掛けてきた、心底性根の腐りきった下種野郎だ。

 

 だが、かといって今ここで逃げることは出来ない。そんな状態なら、放っておけばあいつは何をやらかすかわからない。誰かが、止めてやらなきゃいけない。そう決意し、セシリアを抱きかかえたまま雪片を抜き放ち、こちら同様水面に立って歌い続ける福音と向き合う。

 

 「一夏……! 無事か?!」

 

 そこで、どうやら先程の攻撃も強化シールドで防ぎきったらしい箒が声を掛けてくる。

 ……こいつは俺らよりも至近距離で喰らった筈なんだが。やはりとんでもない機体だ。

 

 「ああ、大丈夫だ。セシリアが守ってくれた」

 

 「……そうか。彼女には後で礼を言わねばならんな。待っていろ、直ぐに終わらせてくる」

 

 そう言い残すと、俺を残して福音にすっ飛んでいく箒。

 ……参ったな、最後まであいつに頼りっきりじゃないか。

 俺はせめて何か援護出来ないかと、考えを巡らせようとして、

 

 「……!」

 

 気がつく。

 福音が、消えていた。

 

 「……な!」

 

 箒も呆気にとられたように声をあげる。あいつの勘で上乗せされたハイパーセンサーの感度ですら尚捉えられないだと……!

 

 慌ててハイパーセンサーで福音の居場所を探そうとすした、その瞬間。

 先程は何もなかった背後から猛烈な寒気を感じて、抱えていたセシリアを前に放り出し、雪片で後ろの空間に一撃を叩き込もうとする。

 が、遅かった。見えたのは、銀色の光だけ。それを捉えた瞬間、俺は白式の胸部装甲ごと胸から袈裟斬りに斬撃を受けていた。

 

 「ぐ……は……」

 

 『マスター!』

 

 絶対防御が発動して尚、肋骨を数本持っていく程の衝撃だった。飛びそうになる意識を、白煉の声と気合でなんとか踏みとどまらせる。

 

 「I once was lost but now am found――――」

 

 「あ……」

 

 が、それまでだった。斬撃の直後、舞い散る銀色の羽根が、いくつも俺の頭の上から降ってくる。

 それが全部、先程までの『福音』のエネルギー砲弾を上回る破壊力を秘めた濃縮エネルギー塊だと気がついた時、俺は明確に数秒後にまで迫った死を実感した。

 

 「この……!!」

 

 が、箒が間に合い俺はギリギリのところで死なずに済んだ。

 しかし今度の福音の砲撃は『紅椿』の強化シールドを以ってしても尚完全に衝撃を殺せず、俺を庇う形で前に出てきて吹き飛ばされそうになる箒を後ろから支える。

 

 『そ、速度、出力、精度……いずれも1.5倍以上に向上しています!』

 

 『『銀の鐘』……いや、完全に別の専用兵装が出現しています。敵機のロック対象は……本機『白式』です!』

 

 二体のISのAI達の切羽詰った声が響く。どうやら敵は足手纏いを徹底的に叩く作戦に切り替えてきたらしい。

 

 「くっ、卑怯な……!」

 

 自分を無視してひたすら俺に向かってくる福音に、思わず箒が呻きを漏らす。

 実際それは実のところ、非常に有効な戦略だった。俺の白式は味方の補助なしでは、自在に空を飛び強力な遠距離射撃兵装を持つ福音にほぼ一方的に攻撃されてしまう上、紅椿も未だ先程のダメージが抜けず十全に動けない俺を庇うため足が止まってしまう。

 

 おまけに新しい福音の砲撃は威力と手数が桁違いだった。なにせ、四枚に増えた翼が羽ばたくたびに周囲に舞い散る銀色の羽根は全て敵の砲弾だ。機動性も遥かに向上しており、先程までは福音を圧倒していたのが嘘のように、紅椿は絶え間なく巻き起こる大爆発に次第に追い込まれていく。

 

 「Was blind but now I see――――」

 

 『ば、『『burner 』!!』

 

 「……ぐぅ! なにをしている、紅焔! 反応が遅いぞ!」

 

 『う……も、申し訳ありません!』

 

 そして、さらに状況は悪くなる。

 蓄積したダメージのせいか、次第に明らかに紅椿の動きが精細を欠き始めたのだ。

 

 「箒……どうしたんだ?」

 

 『懸念していた問題点が出てきてしまいましたね……』

 

 呟く白煉の声は、それこそ苦虫を噛み潰したようなものだった。

 

 「どういう……ことだ」

 

 『……『展開装甲』の制御は、私達のスペックを以ってしても非常に難易度が高いのです。一部ならまだしも、『紅椿』は全身が展開装甲……紅焔のスペックでは、処理速度が上がればいずれ演算が追いつかなくなるのは予測できたことでした』

 

 「……!」

 

 『それに紅椿は白式同様『単一仕様能力』からデザインされたISです。強力ですが……仕様がそもそも『単一仕様能力』の使用を前提としたデザインであるが故に長期戦に向いていません。今のまま戦闘を続ければ恐らく5分も持たずに『紅椿』の戦闘用SEは底を尽きます』

 

 「なら、どうする?! もし箒まで戦えなくなったら俺達に勝ち目は……!」

 

 『勝算は福音が『第二形態移行』した時点で無くなりました、マスター……紅椿と共に退きましょう。福音の最高速度は既に算出しました、『紅椿』の最高速度なら、白式一機のみなら携行しても尚福音を十分振り切れます』

 

 「……セシリアはどうなる?」

 

 『現状福音が最優先撃破対象に設定しているのは『白式』です。『ブルーティアーズ』は戦闘こそ不可能ですが機能は生きています、搭乗者生命維持機能が働いている限りはよほど過酷な状況下でない限り、ISは半永久的に搭乗者を保護します。彼女の生存を望むのであれば、海上に彼女を放置することを懸念するよりも、これ以上福音の攻撃に彼女を晒さないために福音を遠ざける選択を行うべきです』

 

 「…………」

 

 白煉の説得は、一見筋が通っているようにも感じる。だが――――

 

 「――――もしも、海岸につくまでに福音振り切れなかったらどうする? お前の言ったとおりなら、福音はあいつを暴走させた連中の言ったとおり、見たもの全部を敵と認識して攻撃しだしちまうんだろ? それに万が一振り切れたとして、あいつがまたここに戻ってこないと言い切れるか? もしそうなって、意識のないセシリア一人があいつとまた出会っちまったらどうなる?」

 

 『マスター、最早リスクのない行動を選べる段階ではないことをどうかご理解ください。私はその中でもそれが最も低い選択を提示しているつもりです』

 

 「……別に誰も彼も安全にこの状況を打開する方法なんて最初からあるとは思ってねぇよ。ただ……賭け石にするものに対して、異議があるってだけだ」

 

 『! マスター、貴方は!!』

 

 「……悪い白煉。必然的にお前も巻き込む形になるし、これはお前のすべきことに対しての裏切りなのかもしれないけど……俺はもう、それが『もしも』の話だとしても、『誰かの犠牲』の上で助かりたいなんて思わないんだ」

 

 ―――― 一年前、なにがなんでも背中のレイシィを守るんだと、我武者羅に進んでいたときに確かにあった背中の感触。決して強い力ではなかったけれど、崩れていく床の割れ目から落ちる直前で、俺は確かにあいつに突き飛ばされた。

 きっと、そんなその時は些細なことで、俺達の運命は入れ替わった。本当であればあの場所で潰れていたのは俺で、あいつは――――

 

 守るどころか、守られた。

 昔からそうだ。いくら守る側になりたいと頑張っても、俺は今に至るまで守られる側から抜け出せなかった。

 今更こんなことをしたところで、俺を守る為に色々なものを犠牲にしてきた人達に対する償いが出来るなんて考えている訳じゃないけれど。

 例えそれが自己満足だとしても、一度は誰かを自分の力で守ったという事実が欲しい。

 

 「だから、お前の提案は受けられない……ははっ、心配すんなって、これで結構生き汚いことには定評があるんだ。きっと、上手くいくさ」

 

 流石に気を悪くしたのか、黙り込む白煉に茶化すように言葉を掛け、俺は走り出した。

 今尚必死で俺やセシリアを守るため、福音と戦い続ける箒に向かって。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 不味い。

 損傷はまだ軽い。姉さんがくれたこの『紅椿』は、本当に大した性能だ。

 だが、早くもSEに余裕がなくなり始めていた。確かに最初加減がわからずに派手な立ち回りをしてしまったが、それにしてもここまで早く力を使い果たしてしまうというのも不甲斐ない。これであれば、性能は比べ物にならずとも粘りのある『打鉄』のほうが私好みで――――

 

 『うう、ぐすっ……』

 

 「な、泣くな。お前が要らない等とは思っていない」

 

 ……思考を読まれるというのは存外に厄介だ。これではおちおち考え事も出来ない。一夏が白煉を少し煩がっていた気持ちが少しわかった。

 

 と、そうではなくこのままでは本当に不味い。私としては噛り付いてでもこいつを倒す覚悟だが、IS同士の戦いというのは覚悟一つで勝てるような甘いものでもない。私が戦力を失えば後ろの二人を守る者はいなくなる、それだけは……

 

 ――――!

 

 「!」

 

 ふと、背後に白い影を確認し意識を向ける。

 白式が例の足のスラスターで跳び上がり、私の直ぐ近くまでやってきていた。

 

 「一夏! お前何をして……」

 

 「腕を借りるぞ箒!」

 

 私が応じるよりも前に私の腕部装甲を蹴り飛ばし、白式はその反動で福音の頭上に回り込む。

 奴の上を取った! だが……!

 

 「馬鹿者、何故前に出てきた! 奴の狙いは最初から……!」

 

 それまでに既に白式は大量の銀色の羽根に取り囲まれていた。福音は白式の奇襲に全く怯んだ様子なく対応している。

 

 ――――!

 

 「一夏!」

 

 爆発が巻き起こる。確認するまでもなく直撃だった、白い装甲が弾け、バラバラになって落ちていく。

 

 「うらアァァァァァァ!!!」

 

 だが一夏は一瞬で満身創痍にされながらも、爆発の衝撃で飛ばされそうになる機体をスラスターで無理矢理抑えこみ、そのまま福音の脳天に強烈な踵を見舞う。

 

 「Twas grace that――――!」

 

 福音の歌が止まる。白は重力に引かれ落ちていき、銀も蹴られた反動で海に叩きつけられ水飛沫があがる。

 

 「なんという無茶を……!」

 

 ISは蹴りの一つ二つで倒せるようなものではない。あんな戦い方を続ければ、いずれ持たなくなるのは間違いなくこちらが先だ。一夏ならその程度のことわかっている筈なのに、何故……

 

 「……箒。こっからこいつは俺が引き受ける。お前はセシリア連れて一回退け」

 

 「!」

 

 そう、私が怪訝に思った瞬間。

 私に背を向け、福音が落ちた場所に向き合うように水上で立ち上がった一夏は、そんな正気を疑うようなことを言い出した。

 

 「……何を言っている! 碌に空も飛べんお前が奴に勝てるものか!」

 

 「ああ、俺もそう思う。けど、このままお前が俺達を守って戦い続けたところでどの道ジリ貧になることは変わんねぇ。お前がやられちまったら、俺達も時間の問題だ」

 

 「ッ! なら私がお前達を連れて逃げる! お前一人をここに残すなど……!」

 

 見れば、福音はもうとっくに海に落された体勢から復帰、先程のように水面に立ち上がって歌い始める。一見隙だらけのようだが、相変わらず鋭い殺気が一夏に対して向けられているのがわかる。恐らく私達が動けば再び向こうも動き始めるだろう。

 

 「それはできねぇよ、お前の『紅焔』も多分同じ試算を出してる筈だ……俺ら二人連れた状態じゃ、お前のISはあいつから逃げられない」

 

 「! ……そうなのか、紅焔」

 

 『…………うう、はい』

 

 「くそっ!!」

 

 「……わかったか?」

 

 紅焔の返事に思わず歯軋りする私に、大きく息を吐きながら確認してくる一夏。

 ……知ったことか、仮に奴の言う通りだとしてそれがなんだ? 私が元々誰のためにここまで駆けつけたと思っているのだ!

 そう返事を返そうとして

 

 「な……」

 

 私はそれを、見てしまった。

 先程の福音の砲撃の直撃で大きく裂け、最早半分以上の装甲を失った痛々しい姿の『白式』の装甲の下から覗く、一夏の背中の一部。そこに刻まれた、人としての肌を失い焼け爛れた醜い火傷の痕を。

 

 「一夏、お前、それは……」

 

 「……!」

 

 一夏は私の反応を見て一瞬ポカンとしたが、直ぐに自分の背中を見ての反応だとわかってしまった、といった様子で私を振り返った。

 

 「っと、いけね。お前にも知られちったか」

 

 「……福音にやられたのか? 痛くないのか?」

 

 「大丈夫だって、一年前の古傷だ。さっきので肋骨持ってかれた以外の怪我はここではしてない」

 

 「一年、前?」

 

 それは、まさか。

 鈴の言っていた、一夏を酷く変えてしまった事件とやらと、何か関わりのあるものなのか?

 

 「最初は他にも結構凄かったんだけどな。千冬姉が色んな病院紹介してくれて今じゃ殆ど跡形もねーけど、ここのだけは消えねーんだ、なにやっても。白式に治癒能力あるって知ったときは治るかもって思ったけど、やっぱそう世の中上手くは出来てねーよな、結局駄目だった。やってらんねーよな、お陰で海に来たってのにろくすっぽ人前じゃ泳げやしない」

 

 一夏の声は残念そうながらも、まるで一つ行きたかった特売に行き損ねたといったような、全然大したことでもないといった気安い調子で、何故か私にはその態度が却ってこいつが抱えている傷の大きさを表しているように思えた。

 

 ……正直、聞くのが怖い。だがあの日、鈴の力になると決めたあの日の覚悟を嘘にしないためにも、私は尋ねない訳にはいかなかった。

 

 「なにが……あったのだ?」

 

 「いや、話せばそう長くもねーんだけどな。一年前のモンド・グロッソで千冬姉を応援しに行った時さ……俺はそこで一回、自業自得で死に損なったんだ」

 

 「……!」

 

 「悪いな箒。こんな簡単な一言で済むこと、ずっとお前に言えなかった。はは、なんだ。こんなスッキリするんなら最初に聞かれたときにさっさと答えておくんだったな」

 

 「…………」

 

 「……まぁ、間違いなくそういう反応されるから黙ってたってのもあるんだけどな。そんなに気負うなって、もう終わったことだし、結果的に俺は生きてるんだ。それでいいだろ」

 

 言葉を失う私に、一夏は今まで見たことのないような、穏やかな微笑みを向けてくる。

 その表情は、初めて私達が出会った頃のような暖かさが確かにあるのに、あの時は感じなかった何か一つ間違えれば壊れてしまうのではないかと思わせる脆さのようなものを含んでいて。

 

――――俺って、生まれてこなければ――――

 

 あのラウラと一悶着を起こした日、鈴が私に見せたメールの内容もあり、その表情に無性に不安を感じた私は思わず声を張り上げる。恐らく言うべきでないことを、言ってしまう。

 

 「……なら、ここで死ぬのか。一年前、お前は死ぬべき時に死ねなかったから、ここで死ねべきだと、そう思ったというのか?」

 

 「……なんで、そういう話になるんだ」

 

 「お前が自分で言ったんだ。『死に損なった』と」

 

 「…………」

 

 一夏は答えない。ただ先程の笑みを崩さないまま、小さく息をついた。

 ……まるで聞き分けのない子供が拗ねているのを仕方がない、といった様子で眺める親のようなその仕草を、私は肯定ととってさらに捲くし立てる。

 

 「……ふざけるなよ! お前はそれで良くても、後悔を残す側のことを考えたことがあるか?! 小さい頃から一人でお前を守り続けてきた千冬さんはどうなる? 先程の爆発から、身を挺してお前を救ったセシリアはどうなる?お前を救うためにここまできた、私の……!」

 

 「箒」

 

 が、途中で一夏に名前を呼ばれ、私は途端に言葉に詰まる。普通の呼びかけだったが、その声質には有無を言わせない力が宿っていた。

 

 「わかってる。お前の親父さんに教わったことだ……それが自分のものでも、命を粗末にするようなことはしない。お前達のためにもな。だから、死ぬつもりは毛頭ない」

 

 「なら……!」

 

 「けど……リスクを負わないとこの状況は打開出来ない。結局誰かが負わないといけないものなら、ここは俺が背負いたいんだ」

 

 「……何故だ」

 

 「ガキの時俺良く言ってたろ、『お前を守ってやる』ってさ。俺はさ、つい最近までその言葉が持つ重さのことなんて考えないで口先だけで当たり前のようにそう言ってて……その実口先程度の結果すら、今まで出せてこなかったんだ」

 

 そこで一旦言葉を切り、一夏は私から目を逸らして、何かに思いを馳せるように遠く空を仰いだ。

 

 「……だけど、やっと一つ申し訳程度の結果が出せるかもしれないって時が来た。今まで口先だけで何も出来なかったガキが今日までこうして生きてこれたのは、きっとこういう時のためなんだ」

 

 「……そんなつまらない意地のために命を賭けるのかお前は。私はお前に守られたなんて思わないぞ。これでお前が倒れるようなことになれば私は寧ろお前を憎む」

 

 「だから死ぬつもりはねぇって……けど流石にぶっ倒すなんてかっこつけられる程余裕ないからセシリア届けたら早く助けにきてくれ」

 

 「…………どうしても、やめるつもりはないのか」

 

 「知らなかったか? 俺って結構、言い出したら聞かないタイプの人間なんだ」

 

 知っているとも。だからこそ、今回ばかりは冗談かなにかだと思いたかったのだ。

 

 「……すぐに戻る。10分、いや5分持ち堪えろ」

 

 『……! ご主人様!』

 

 これ以上問答を繰り返しても無駄だと悟った私は、戸惑った声をあげる紅焔を無視し、セシリアを抱えると一夏に背を向けた。

 そうしてハイパーセンサー越しに見た一夏は、何処か満足げに微笑んだ。

 

 「ごめんな。昔っからお前にはこっちの我侭聞いてもらってばっかだったな」

 

 「ああ、全くだ。お前には溜まりに溜まったツケを払って貰わねばならん、逃げることは許さんぞ」

 

 「わかってる……勿論返すつもりでいるけど――――」

 

 言いながら、一夏もこれが最後だというように私から背を向ける。

 

 「もしもの時は……千冬姉を頼む。『戦女神』『世界最強』なんて呼ばれてて、実際その気になれば一人で何でも出来るくせに、駄目になった弟を何処にも行かせない為に敢えて駄目な姉貴を演じちまうような、不器用な人だからさ……心配なんだ」

 

 「……ッ! 知るか、こちらだってしばらく会わないうちに様子の変わってしまった姉の心配で手一杯なんだ、自分の家族の面倒くらい自分で見ろ! もしもの話など聞かん、絶対に負けるな!」

 

 最後に一夏に向けたそれは、もうむしろ言葉というより絶叫に近かった。

 同時に紅椿のスラスターを全装甲に最大展開、セシリアを抱えて全速力でその場から離脱する。

 

 ――――5分。いや、3分で絶対に戻る。

 

 そう、強く心に決めて。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 参った。

 強いことなんて、わかっていた。適わないことなんて、最初から折込済みだった。

 だが……

 

 「The hour I first believed――――」

 

 まさか戦い始めて1分も持たないとは思わなかった。最早SEは零落白夜はおろか、機動すら満足に行えないほど削り取られた。絶対防御は爆風による致命的な熱風と衝撃は防いでくれたが、散々ダメージを蓄積した機体は本当に致命的なもの以外のダメージは通してしまう。衝撃によって筋肉が千切れ、骨が砕かれ立てなくなるまで、そう時間は掛からない。

 

 「ぐ……お……」

 

 それでも、激痛で挫けそうになる体と心に鞭を打ち立ち上がる。

 

 『敵の通信妨害は恐らく局地的かつ空間単位でのものです。近距離にいる『ブルーティアーズ』や『紅椿』とのプライベートチャンネルは有効だったことから、空間内と外界を区別し断絶させるタイプのものでしょう。あのレーザーのよる狙撃も、その空間内で敵のみが使える探知機能のようなものを使用して標準をつけていたと推測されます』

 

 白煉の推定通りなら、俺と箒の通信が途絶えたその時が、『紅椿』が無事敵の攻撃の有効範囲内から離脱したことを意味する。俺と箒を繋ぐ回線からは未だに紅椿のスラスター作動音が漏れ聞こえてきている、まだ安心できる段階じゃない。

 

 「がはっ!」

 

 息をするのが辛い。

 詰まっているような感覚だ、吸うのは苦しく、吐くときは一緒に鉄の味のするものが喉の奥から溢れ出た。

 

 「Amazing grace how sweet the sound――――」

 

 最早何度目になるかわからない、歌が巻き戻る。

 風に揺られる銀の翼が奏でる、本来であれば神の恵みを賛美するその歌は、今の俺にとっては聞き手を二度と醒めない眠りへ誘う、抗いがたい死の音色だった。

 

 「…………」

 

 実際睡魔は全身を襲う痛みも思わず忘れそうになるくらいにこちらを襲ってくる。恐らく早くもISの搭乗者保護機能が働き始めている、もうあまり時間はない。

 

 「く……おおおオォォォォォォ!!」

 

 痛みも睡魔も振り切り、歌う福音に向けて駆け出す。

 負けることはもう確定にしても、最低限役目は果たす。守られるだけの存在で終わりたくない。

 そんなことしか、頭になかった。

 

 近寄ってくるこちらに、福音は最早攻撃を仕掛けることもない。既に死に体のこちらに完全に止めを刺すべく、輝く翼を広げて待ち構える。

 

 「――――!」

 

 そこに飛び込めば確実に終わる。

 わかっていたのに、足を止められない。ブレーキをかけようとした足が、既に脆くなっていた装甲ごと折れ、腕は力を失い指から雪片が零れ落ちる。そのまま福音に抱きかかえられるような形で懐に転げ込んで、

 

 ――――ブツッ!

 

 それとほぼ同時。糸が切れるような音と共に、繋がっていた通信が途切れる。

 

 「……よし」

 

 ずっと、待ち望んでいた瞬間。それを確かに聞き届け、気力は何とか戻ってくれた。空っぽの力を振り絞って目の前の福音を渾身の力で殴りつける。が、ISのパワーアシストも十分に働かず、そうでなくとも折れた腕での一撃は福音の対衝Eシールドにあっさり弾かれる。

 

 ――――!

 

 銀色の光が周囲を覆う。既に痛みはない。残っていた僅かなSEを失い、何処か冷たい場所に落ちていく感覚だけを残したまま視界が暗転する。直前で、赤い光と俺の拳をあっさり弾いたくせに何故かバランスを崩したように仰け反る福音を見た。

 

 『……? 不可解ですが、お陰で間に合いましたか、流石に肝が冷えました。ポイント3087552、『ノーチラス』に救援を要請。至急――――』

 

 白煉の声が、何処か遠くで聞こえる。意識を保つのも限界だった。

 セシリアを無事に送り届けてここに戻ってきたあいつは、俺が既にここにいないのを見てどんな顔をするだろうか。

 

 ――――ごめん、箒。

 

 そんなことをふと思い気を重くしながら、俺は結局一人では一矢報いることすら適わぬまま、深く深く沈んでいった。

 

 

~~~~~~side「千冬」

 

 

 「未確認のISが交戦領域に入っていっただと?!」

 

 『は、はいっ!』

 

 撃墜されたIS学園の同僚達を回収し、一度海岸に戻ってきた山田先生から私に入ってきた通信は、状況の更なる悪化を示す知らせだった。

 

 「……織斑達との通信は!」

 

 『引き続きとれないまま……待ってください! 『ブルーティアーズ』、通信機能が回復しました! それと未確認ISの搭乗者と思わしき方から通信です!』

 

 直ぐに彼女のラファールと回線が繋がる。いきなり聞こえてきた未確認ISの搭乗者とやらの声は、明らかに聞き覚えのあるものだった。

 

 『聞こえているか?! セシリアを一時退避させた、IS学園の演習海域だ! 聞こえているなら至急助けを寄越してくれ! 私は直ぐに戻らねばならない、一夏が一人で戦っているのだ!』

 

 「篠ノ之……?」

 

 凄まじい剣幕で捲くし立てる、篠ノ之の声に若干戸惑ったが、私は直ぐに答えを返そうとした。

 が、それよりも前に、またしても通信が一時的に切り替わる。

 

 「山田先生? 済まない、重要な案件だ、この通信が終わった後で……」

 

 『お、織斑、先生……落ち着いて、聞いてください。ネットワーク上から反応だけは確認できていた、織斑君の『白式』のコア反応が、先程消失しました……』

 

 「…………」

 

 頭が真っ白になる。

 また通信が切り替わり、聞こえてくる篠ノ之の声を聞きながら、私は既に状況が取り返しのつかない方向へ進んだまま終わってしまったことを、漸く知った。

 

 




 原作より早い福音の第二次形態移行で一気に大ピンチに。このまま主人公死亡で第一部完! ……なんてことにはなりませんのでどうかご安心を。現実は非情ですが案外死なないものです。ポルポルくんもそうでした。
 二回戦目はいよいよ今回欠席した二人にも参戦して貰います。結局小出しになってしまってあまり総力戦っぽくなってないですが、やっぱり彼女達にも見せ場を用意する予定です。

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