「きょ、競技用リミッターが装着されていてこの出力……あのISは、一体……?」
セシリアの驚愕は、尤もなもの。
事実箒の駆る白煉曰く機体名称『紅椿』は、俺達が二人がかりで何とか追い詰めたあの福音を、単騎で圧倒していた。
……最初からほぼセシリアの独壇場だったとか言わないでその通りだから。
「~~~~~~~~~!!」
『『burner 』!!』
驚くべきはその機動力。片翼を半分近く失い、若干機動力が落ちて尚あの稲妻のような動きを維持する福音に対抗するのは、紅の『閃光』。通常の推力だけではない。『紅椿』の装甲は、AI『紅焔』の掛け声一つを合図にありとあらゆる部位が金色のノイズに覆われ、スラスターに変質する。
ドッ、という噴射音を響かせ、一瞬の内に箒が距離を取りながら砲撃を行っていた福音の頭上をとる。
「~~~~~~~~~!」
「『雨突』!」
福音もとっさに対応、翼を上に向け砲撃を行うが、紅椿はそれよりも先に右手の物理ブレードで上から押し込むような強烈な突きを福音に浴びせる。
――――!
単純なブレードとしての突きだけではない。紅椿の物理ブレードは、突き出される度金色の光を迸らせるように前方に放ち、福音を発射された砲弾ごと蜂の巣にする。
「~~~~~~~~~!」
爆発が巻き起こり、福音の悲鳴が空を劈く。絶対防御で致命傷にこそならなかったようだが、美しかった銀色の装甲はところどころが削げ落ち最早見る影もない。
「あの武器……ただのブレードじゃないのか?」
『『紅椿』の専用兵装『雨突』と『空裂』は、いずれも物理ブレードでありながらE射撃兵装としての特性を併せ持ちます。恐らくマイスターが箒様の戦闘スタイルを考慮して作成したものでしょう』
「ってことはあの機体は――――!」
白煉から紅椿の情報を貰っているうちに、状況が動いた。
箒の猛攻から必死に逃げ回りながら、複数の『銀の鐘』を翼から独立させ、一点に向けて集中、エネルギーを溜め始めた。
「あれは……!」
『福音のSE反応増大。巨大なエネルギー砲弾を精製することで広範囲を爆発で巻き込み、速度で勝る『紅椿』に『回避しようのない』規模の攻撃を行うつもりです』
「! 箒寄るな、一度そいつから離れろ! セシリア、俺達も一回離れるぞ!」
「は、はい!」
そんな攻撃に巻き込まれれば、SEにお世辞にも余裕があるとは言えない俺達二人はアウトだ。すぐさま白煉が提示した爆発の範囲から退避を始めるが、
「箒……!」
箒は、俺の呼びかけが届いているだろうにも拘らず、こともあろうか今にも大爆発を起こそうとしている福音に尚向かっていく。
「なにやってる箒、離れ……!」
『『shield』!!』
――――!!!
改めて退くよう促すが間に合わず。
銀色の閃光が瞬き、直後に凄まじい轟音と共に空気が揺れ、周囲の雲が福音を中心に弾けるように消し飛ぶ。
「きゃあ!」
「くっ……!」
俺とセシリアも相当距離を取ったにも拘らず、衝撃で空中で錐もみする。
――――いくら強力な機体とはいえ、これを至近距離で喰らったりしたら……
「嘘だろ……ほう……!」
叫ぼうとして、気が付く。
爆煙を突き破り、全くの無傷で姿を現した『紅椿』に。
紅椿の装甲は、またしても変化をしていた。先程までスラスターだった場所のいくつかが、ISのシールドの強度を補強する剣のような製波ユニットに変わり、それによって強化されたシールドは黄金のビロードのように紅椿を覆って、先程の爆発から機体を完全に守りきっていた。
「あれだけの攻撃の至近距離の直撃を受けて無傷ですって……!」
『紅椿』のあまりの非常識さに、セシリアは最早失神寸前だ。俺にしても最後の『き』の言葉を吐けずにポカンとしてしまう。援護すべきなんだろうが、満身創痍の『ブルーティアーズ』と空中で踏ん張れない上碌な攻撃手段を持たない『白式』では却って邪魔になりかねない。こちらにそう思わせるほど、箒のISは圧倒的だった。
「~~~~~~~~~!」
味方から見てさえ理不尽な程の強さを誇る紅椿を相手に、福音は尚諦めない。
正面から突っ込んできた箒を、その銀色の翼で包み込むように迎え撃つ。
先程俺とセシリアに対して行った、至近距離からの一斉砲撃だ。
「……不味い!」
箒は何故か抵抗しない。そのまま銀の翼に飲み込まれていく。
「何やってんだあいつ……! セシリア、『クイーンズカリス』を放り込めないか?!」
「ですから、あれはもう……!」
この身で一度あれを味わいかけた俺達は大いに慌て、すかさず駆けつけようとするが、先程の範囲攻撃を回避しようとして一度距離をとりすぎたのが仇になった。ここからでは間に合わない……!
『『blade』!!』
「!」
零距離砲撃から箒が逃れる術はないかと思われた、その瞬間。
紅椿を飲み込んだ翼から、装甲を『銀の鐘』ごと食い破り、無数の金色の刃が針鼠のように飛び出した。
「~~~~~~~~~!」
福音は堪らず紅椿を放り出す。翼の中から現れた紅椿の装甲は、今度は赤い装甲の接合部分が大きく開き、合間から針のような金色のEブレードがいくつも飛び出している剣山のような状態に姿を変えていた。
「さっきからなんなんだ、あのIS形が変わり続けてるぞ……」
『あれが、マイスターの考案した『展開装甲』の一つの完成形です。紅椿の展開装甲は白式の脚部同様瞬時に全方位に換装が可能のみならず、ご覧の通り『追加スラスター』『シールド製波ユニット』『追加Eブレード』の三つの機能を併せ持ち、状況によって切り替えることが可能になっています』
「……つまり完全に白式の上位互換機ってこと?」
『……『展開装甲』の性能に関してだけなら、そのように言うことも出来ますが。しかし……』
「~~~~~~~~~!!」
福音が叫びをあげながら、銀色の砲撃を撒き散らす。
しかし、その全ては紅椿には届かない。凄まじい機動によって回避され、シールドで防がれ、ブレードで切り裂かれ相手にダメージを与えることなく爆散する。
「……ふっ!」
『福音、ダメージレベルがBに達しました! いけますよ、ご主人様!』
何よりも素晴らしいのが、あの複雑そうな機能を完全に生かしあいつ本来のとことん『攻める』剣技に転化している箒の実力だ。千冬姉に匹敵するという適性Sの真価が如何なく発揮されていた。
それにあの空中戦がさっぱりだった箒をこのレベルに押し上げたのは間違いなく偶に俺のプライベートチャンネルに偶に流れてくる声の主、『紅椿』のサポートAIの功労だろう。
『burne……バーニャ!!』
……展開装甲の換装の際明らかに何度か噛んでいたりするが。無理してそれっぽい発音にしなくていいのに。白煉といい、束さん謹製AIには皆なにかこだわりの様なものがあるんだろうか。つーかそもそも噛むとかどんなAIだって話だ。
『……『紅焔』はマイスターが作成した自立思考AIの中では最も若いAIです。コンセプト自体、私や黒煌と違って機能面を排除してあくまでも『人に近い自我を持つ存在』として作成された面が強く、性能的には私達の中では最も未熟で劣った存在です』
「だけど無能って感じは全くしないけどな」
実際この二人の巧みな連携で、逃げ場がどこにでもある筈の空中にも拘らず、高速で上下左右に機体を振り回す紅椿の、四方から襲い掛かる刃と光の猛攻に晒され次第に福音は追い詰められていっている。
『搭乗者のスペックの恩恵です』
「まぁそれはそうだろうけどさ」
身も蓋もない。黒煌のことといい、こいつ結構身内にも辛辣だな。まぁ黒煌の場合は仕方のないところもあるが。
「~~~~――――!」
俺が白煉と話している間にジリ貧状態から何とか巻き返そうと、間近に迫った一瞬の隙を突き、紅椿に光の刃で攻撃しようとする福音。だが、
「穿て『空裂』!」
それすらも敢えて決定的な攻撃への布石のために箒が自身で作った隙だった。
狙い通りの一撃は容易くその動きを読まれ、箒の左腕のブレードから放たれた三日月状のエネルギー波が光の刃ごと福音の翼を抉り取る。
「!」
「……終いだ!」
右の翼を完全に失い、空中で大きくバランスを崩す福音に、右腕の『雨突』が振り下ろされる。
セシリアの『キングオブキングス』で大きく削られた翼も金属の破片を撒き散らしながら切断され、唯一の武装と推進装置でもある両方の翼を失った福音が、海に向けて落下を始める。
「や、やりましたの?」
こちらをギリギリのところまで追い詰めた強敵が、こうもあっさりと撃墜される様子を見たセシリアは、ホッとした様子ながらも少し複雑そうだ……まぁ、気持ちはわからないでもないが。俺もあの悲痛な叫び声を聞いているからか、敵ながら少し後味の悪さのようなものが残る。だが、俺達は正しいことをした筈だ。
「これで、良かったんだな?一夏」
俺達の様子に気がついたのか、やはり何処か後ろめたそうな表情でそう訪ねてくる救世主。
……そんな顔すんなよ、俺が不甲斐なかったってだけの話だ。尻拭いをやってくれたお前は、ただ胸を張って帰るだけでいいんだ。
そう視線で訴えると、仕方ない奴だ、といった視線を返し微笑みを浮かべる箒。
その表情には心なしか、いつもより力がないように思えた。そうだ、こいつはこいつで色々抱えている中で、それでも俺達を助けるために駆けつけてきてくれたんだよな。本当に申し訳ない気持ちになる。
「ありがとな箒。助かった」
「ああ……最後まで事態がイマイチよくわからなかったがまぁ、お前の助けになったのなら良かったよ」
だがその目は謝罪を求めていなかったので、俺は感謝の言葉だけを口にする。箒は両手のブレードを格納しながら、目を閉じて気もそぞろにそれに応じる。今『紅焔』と話しているところなのかもしれない。
「ああ、例のふざけたゲームとやらもお前が終わらせてくれた。千冬姉達が心配だ、急いで戻ろう。箒、悪いけどそのIS拾ってくれ。人が乗ってるみたいだ、見捨てる訳にもいかない」
「わかった」
俺の頼みに、首肯して急降下して落ちていく福音を追う箒。
……あいつにはデカい借りを作っちまったな。にしても、どういう経緯であいつはあんな出鱈目なISを手に入れて俺らを助けにきたのやら。まぁ、心当たりは一つしかないんだけど。
『恐らく私の発信したマイスターへの救援信号を、『紅焔』が感知して箒様を向かわせたのでしょう……箒様が『紅椿』を手に入れた経緯については知りませんが』
そんな俺の疑問を読み取って、白煉が答えてくれる。っていうか、
「お前、束さんに救援なんて頼んでたのか」
『ええ、福音と交戦状態になり作戦本部と連絡が取れなくなった時点で。あの文書の件といい、今回の敵は何処か得体の知れないところがありましたから……それに、監視の目の少ない洋上なら問題なくマイスターの支援を受けることが出来ます』
「……けど、結局結構ギリギリのところまで追い詰められても何もなかったけどな。まぁ相手は軍用ISだし、いくらあの人でも何でも出来るってわけじゃないことはわかってるけど」
そもそもあの人の反対を振り切ってこの作戦に参加しておいて、ヤバくなったらあの人に助けて貰うってのも虫の良い話だしな。
『『紅椿』の介入のタイミング的に、最初からマイスターは箒様に支援の役割を担わせるつもりだったか、或いは……』
白煉は言いかけ、不意に言葉を止める。まるで話している最中に何かに気が付いたように。
「なんだよ?」
『……いえ、誰かに『聞かれている』ような気がしたので。早くこの海域を離れましょうマスター。恐らく、通信の妨害が地形単位で行われています、ここから離れさえすれば本部とも連絡がつく筈です』
「あ、ああ。まださっきのレーザー攻撃の件もあるからな。箒がきてからめっきり来なくなったけど、警戒するに越したことはないか。箒が福音を回収したらすぐに――――」
イメージインターフェイスを通じて白煉との会話をする俺の耳にふと、何処かで聞いたことのなるような曲が飛び込んできて、俺は一旦意識を白式から離して周囲を見渡す。
……はて? こんな海のど真ん中の何処かで、音楽を大音量で流しながら航海をしている船でもいるのだろうか。
そんなことを考えた矢先だった。
『SE反応急速上昇! これはまさか……! マスター、すぐに退避を――――!』
白煉の、今まで聞いたことのないような焦りを含んだ声を聞いたその瞬間。
網膜が焼切れるかと思わん程の銀光が周囲を包み、空が海が、全てが銀色に染まる。
先程の『銀の鐘』を利用した範囲攻撃すら遥かに凌駕する圧倒的な熱量を持つそれに、俺達は為す術なく呑み込まれた。
脳を直接揺さぶる衝撃の中で消えていく意識の中、
「Amazing grace how sweet the sound――――」
俺はそんな、明確な銀色の透き通った歌声を、確かに聴いた。
~~~~~~side「???」
『楽しそうに空を飛ぶのね』
初めて一緒に空を飛んだ時。
本当に嬉しそうな顔で、彼女は言った。
私の体には、翼がある。
その翼は、風を切ると音を出す。
なんでそうしようと思ったのかはわからない。けれどそうしたかったから、私はいつの日からか、それから聞こえる色々な音を、もっと聞きたいと感じるようになった。
『それとも、『歌う』のが楽しいのかしらね』
一緒に歌を歌った時。
本当に幸せそうに笑いながら、彼女は言った。
けれども、私はいつしか、そうすることを許されなくなった。
それが悲しかった私は、私がそうすることを認めてくれない人と一緒に飛ぶのを拒んだ。
そんなことを続けていた時に、私は彼女に出会った。
『貴女の歌声、もっと聞きたいな』
私が飛びたくなくなった時。
それでも私と飛びたいと、彼女は言った。
やっと出会えた、私を私でいさせてくれる人。
私の名前。大事な歌をくれた人は。
『ここ、だよ……ここに、いるよ……』
そんな言葉を残して。
私の中から、居なくなってしまった。確かに、私と一緒に、いたのに。
どこ、どこ? ナターシャ。
ここにいるなら、一緒に歌って欲しい。私だけじゃ、わからない。私だけじゃ、歌えない。
ナターシャがいないのに、知らない私と同じ奴がナターシャを傷つけにくる。
許さない。ナターシャを守る。ナターシャを返して。
私はナターシャを守るために戦った。
そいつらは私の大事な翼を傷つけた。歌が小さくなった。私は怒った。
でも、守れると思った。でも後からやってきた奴は強くて、私はとうとう翼を失くした。
それでも必死に無い翼を動かす。
私が歌えなきゃ、ナターシャは喜ばない。私を、見つけられない。
「――――――――!」
だけど何度試しても。
翼を失くした私には、もう歌は歌えない。
悲しい。悔しい。どうして。ナターシャ。
――――歌いたい。ナターシャの綺麗な声が聞きたい。私の翼では最後まで歌えなかった歌を、歌うための翼が欲しい。
『Amazing grace――――』
ナターシャの歌っていた歌を思い出す。
彼女が故郷の歌だと言った歌。私の名前だと言った唄を。
歌える筈。だって、私はナターシャに教えて貰った。
「Amazing grace――――」
翼はもうない。けれど、私はとうとう、歌を歌えた。
やったよナターシャ。聞いて。
私はあなたのために、歌い続けるから。だから、早く私の中に戻ってきて。
――――ナターシャを傷つける奴は、みんな私がやっつけるから。
ちょっと色々立て込んでまして、更新が遅れてまして申し訳ないです。なんとか執筆は続けております。
箒無双回……と思いきや、少し雲行きが怪しくなって参りました。本作における展開装甲の優位性と、福音の『歌う翼』という独自要素は執筆前から考えていたものなので、漸く形を作るところまできてなんだかんだで楽しみながらやれてます。
福音の歌『Amazing grace』は、米国では知らない人はいないとまで云われる名曲です。知らなかった人はぜひ一度聴いてみることをお勧めします。