IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第五十三話~凶蝶乱舞~

 残りは実質消化試合になる筈だった。

 片翼の『銀の鐘』の半分近くを失った福音は、明らかに機動力が落ちていた。

 攻めるなら今。ここぞとばかりに、俺はセシリアに牽引して貰い手薄な左翼側に回り込んで、『零落白夜』を喰らわせようとした、その瞬間。状況は、一気に変わってしまったのだ。

 

 『6時の方角から高出力レーザー! 回避を――――』

 

 ――――!

 

 白煉の警告すら間に合わず、背後から突如飛来した赤い光が周囲の全てを真紅に染め上げながら、補助スラスターとして機能させているビットの一つを穿った。衝撃と共に急に俺を牽引していた『ブルーティアーズ』の機動が乱れ、福音を完全に射程に入れていた俺の零落白夜は、その途端空しく空を切る。

 

 「な……!」

 

 音速に限りなく近い高速空中戦下での、近接攻撃チャンスは一瞬。

 すれ違った福音はあっという間に雲の向こうにまで飛び去り、最初の零落白夜は成果を挙げられないまま発現限界時間を迎えて消え去る。

 

 俺以上にショックを受けていたのはセシリアだった。いきなりスラスターを一つ失ったことによる制動の調整に手こずっているのもあるだろうが、今度こそ終わりというところで突如入れられた茶々に対する動揺が明らかに隠せていない。高速で飛行する機体が揺れ始める。

 

 「セシリア!」

 

 「! だ、大丈夫ですわ! スラスターの一基くらいであれば、まだ調整が……」

 

 『次弾、来ます! 10時の方角、射角30!』

 

 セシリアが言いかけたその瞬間、また白煉から警告が入る。恐らくは、先程の……!

 

 「チッ!」

 

 舌打ちを一つ。これ以上はやりたくなかったが、もう一度白式のスラスターで制動を行って回避を行う。が

 

 ――――!

 

 「なっ……!」

 

 「! こ、これは……!」

 

 飛来する方角は完全に白煉が押さえていた、にも拘らず再び赤い光が空を満たした次の瞬間にはレーザーはまたしても『ブルーティアーズ』を射抜いていた。セシリアが手にした『キングオブキングス』のトリガーを腕部の装甲ごと貫通し、そのまま右翼の『スプリントジャッカー』を撃ち貫き吹き飛ばす。

 

 「白煉……! これは――――」

 

 『予測は確かでした、レーザーが『曲がって』います! イメージインターフェイスを用いた光子干渉兵装、理論上は可能でも、制御難易度が高く未だ成功させた人間はいないことになっている筈でしたが……』

 

 「……!」

 

 「……セシリア?」

 

 この不可思議な現象を前にして、セシリアが強く唇を噛んだのを俺は見逃さなかった。

 顔も酷く青白い、何かこの兵器に関して心当たりがあるんだろうか? ……いや、単に一度に二つも武装を失ったことに対するショックか。

 

 「~~~~~~~!」

 

 が、突如別のところからの攻撃に襲われて立ち往生するこちらを、福音が見逃す筈はない。

 もたついている間にこちらの真上を取り、雨あられのように銀の砲弾を落してくる。

 

 「……ぐっ!」

 

 『スプリントジャッカー』は、両翼の二門が交互に全方位をカバーしていることで自動迎撃能力を確固たるものにしている。一基でも勿論効果はあるが、流石にこの怒涛の砲撃を全てカバーすることは出来ず、砲弾が炸裂するまでの距離が縮まり爆風がこちらに届き始める。これでもう一基も失うような事態になれば、こちらは瞬く間に消し炭にされてしまうだろう。

 

 「退こうセシリア、これ以上は無理だ。なんか千冬姉と連絡とれないからわかんないけど、鈴達がそろそろ来る筈だ。十分時間は稼いだ、後詰は二人に任せて俺達は――――!」

 

 言いかけた瞬間、またしても鮮血のような赤が空と海を染めた。

 

 「!」

 

 気がついたときには遅い。網膜が光を感知した時点でそれはもうこちらに届いている――――破砕音が響き、為す術もなく『ブルーティアーズ』のビットのスラスターの噴射口に光が飛び込み爆散する。

 

 「……ざけんな! ISってのはここまで何でもありなのかよ?!」

 

 思わず口から漏れる声は最早悲鳴に近い。

 これはもう避ける避けないとか、そういった次元の問題じゃない。銃口を見切って来る場所を予測する、なんて小細工が利くならまだしも、何処から飛んでくるかもわからない、それも縦横無尽に動く『光』をよけるなど、真昼間のなんの遮蔽物もない平地に放り出されて日光を浴びるなと言われるようなものだ。いくらISなんて最先端のパワードスーツを使っていたところで、光より速く動ける訳じゃない。せめて何か遮蔽物が――――

 

 「……雲だセシリア! 雲に飛び込め!」

 

 「! はい!」

 

 セシリアも思いついたのがほぼ同時だったのか、すでにスラスターを二基やられ大分速度が下がってきたブルーティアーズを制御、福音の爆撃を振り切り大きな積雲の中に突っ込む。

 

 「……あれはハイパーセンサーと併せて高層圏から地上への狙撃を可能にする最先端のレーザーライフルですわ、雲なんて遮蔽物にもなりませんわよ」

 

 「最初から遮蔽物にするつもりはねーよ、あの弾幕を掻い潜るような滅茶苦茶な軌道じゃどの道盾を作っても回り込まれる……でも、『目くらまし』くらいにはなる」

 

 実際雲に入ってから一定感覚でこちらを襲ってきた狙撃が一度止んだ。あまりの狙いの精密さに少なくとも目視で狙標準はつけているだろうと踏んでの行動だったが、どうやら当たりを引いたらしい。

 しかし、これで少しの間くらいは息がつけると思ったのも束の間。

 

 ――――!

 

 福音の砲撃が雲をまとめて吹き飛ばしてしまう。

 ……最早今のブルーティアーズでは直線機動でも戦闘状態の福音に並ばれつつある、逃げるのを提案したのはいいが、今のままでは厳しい。

 

 ……どうする!

 必死に思考を回し続けるが、次善の策はどうしても出てこず。

 

 「……一夏さん。先程『もう十分時間は稼いだ』と、そう仰いましたね?」

 

 焦る俺に、セシリアの怖いくらいに落ち着いた声が掛かった。

 

 「あ、ああ」

 

 「ええ、確かにファーストアタックからもう一時間近く経過しています……いくらわたくし達が音速で先行していたとはいえ、ISの通常推力は決してそれに大きく劣るものではありません……鈴さん達はいくらなんでも遅過ぎます。そして、このタイミングで、『福音』以外の敵の存在が明らかになりました。織斑先生達作戦本部とは連絡がとれません」

 

 「まさか……」

 

 頭が真っ白になりかける。そんな……鈴達が? 千冬姉が……

 

 「落ち着いてください。もしも、の話ですわ。しかしこうして戦場に立った以上、わたくし達は常に最悪のケースも考えて行動しなければなりません。この狂った『ゲーム』には、『参加者』が一人もいなくなった場合の規約はありませんでした……全滅は、どうしても避けなくてはなりません」

 

 話の流れに嫌なものを感じて、俺は思わず声をあげる。

 

 「セシリア、お前、なに考えて――――」

 

 だが、俺の言葉は最後まで続かなかった。緑色のノイズが走り、空いたセシリアの左腕に『ブルーティアーズ』唯一の、近接用兵装が握られる。

 ショートブレード『インターセプター』。セシリアはいきなりそれで『ブルーティアーズ』のフィンアーマーに掴まっている、俺の腕を攻撃した。

 

 「!」

 

 いきなりの攻撃に、俺はとっさに掴まっている手を離してしまう。

 それが、致命的だった。元々俺の『白式』は単独では飛行できない。セシリアのブルーティアーズのPIC影響範囲内から出た途端、重力に捕まって自由落下を始める。

 

 「セシリアアァァァァァァァァァァ!!」

 

 スラスターを噴かせるが、間に合わない。スラスターを二つ失ったとはいえ、高速飛行ユニットを装備したブルーティアーズは速く、俺は後少しと言うところでその背中を掴み損ねて落ちていく。

 

 『そう……これが最善。一夏さんを連れたままでは、わたくしは十全で戦えませんもの……一人なら、まだ福音に対抗できるだけの速度が確保出来ます。勝ってみせますわ……『福音』はともかく、わたくしは『あれ』にだけは、負ける訳には参りませんの』

 

 プライベートチャンネルから、セシリアの声が響く。

 ……無理だ、速度が若干上がったくらいじゃ、あの福音は捕まえられない。遠距離からのレーザーに関しては、碌な対策すらない。そんなこと、俺以上にあいつのほうがわかってる筈なのに、あいつは絶対に弱みを見せない。強い自分を見失わない。

 

 『……一夏さんは一度戻り、状況の報告を。大丈夫ですわ、鈴さん達はきっと無事です。わたくしが、『後は任せて差し上げます』と言っていたと伝えてくださいまし……どうか、ご無事で』

 

 そしてずっと強気な癖に、本当に最後の最後で、こちらを安心させるような少しはにかんだ声でそう告げると、俺が返事をする前に回線を落した。

 

 「――――ふざけんなぁぁァァァァ!!!」

 

 碌に体勢を保てないまま、それでも俺はスラスラーを起動してなんとか空中の止まろうとするが、

 

 「……動かねぇ?!」

 

 『……マスター、ブルーティアーズの搭乗者の意向を尊重すべきです。この状況でSEを無駄にしないでください』

 

 「白煉、お前……!!」

 

 思わぬ裏切りに遭いそれすらも適わない。俺は無力感と絶望感に苛まれながら、徐々に遠ざかっていくセシリアの背中に必死に手を伸ばし――――

 

 どういった、奇跡が起こったのか。

 届くはずのないその手を、またしても突然現れた『何か』によって、救い上げられた。

 

 

 

 

 ……尤も、それは『救い上げる』なんて生易しいものではなかったことを追記する。

 その『救い主』は落ちていく俺に音速以上の猛スピードで突っ込んでくると、俺が伸ばしていた腕をキャッチ。勢いを全く殺さないまま、俺ごと『白式』を福音に向けて全力で『投擲』した。

 

 「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ?!」

 

 超音速の剛速球と化した『白式』は、そのまま決死の覚悟で福音に向かっていたセシリアのブルーティアーズに後ろから激突。

 

 「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 更にはブルーティアーズを巻き込んだまま、

 

 「~~~~~~~~~?!」

 

 その直線上にいた福音に直撃。俺達は空中で豪快に二連玉突き事故を起こす。

 

 「い、一体何が?!」

 

 「な、何事ですの?!」

 

 ピンボールのように吹き飛んでいく福音を尻目に、セシリアは目を回しながらこのような暴挙に走った馬鹿を探す。

俺もそれに習いながら、しっかりブルーティアーズのフィンアーマーを掴む。今度こそ、離さないように。

 

 「――――状況が良くわからんが。セシリア、協力すべき局面で味方に斬りかかるとはどういうことだ? 一夏もだ、背中を守っている相手から、あれしきのことで手を離すな……二人纏めて、今のが罰だと思え」

 

 「な……?」

 

 「え……?」

 

 『何故……』

 

 が、探し出すまでもなくオープンチャンネルによる通信が入りそいつは見つかる。

 だがそこにいた思わぬ介入者の正体を知り、俺達は全員揃って息を呑んだ。

 

 目に飛び込んできたのは『紅』。

 『白式』に比べると全体的に鋭角的なフォルムに、装甲の所々から溢れるように金色の光が漏れているのが特徴的な真紅のIS。それに身を包んでいるのは……

 

 「箒……?!」

 

 「彼女が何故ここに……それに、あのISは」

 

 『『銀の福音』、補足しました! 『紅椿』、高速巡航モードから戦闘形態に移行します!』

 

 『『紅焔』……! 勝手な真似を……!』

 

 驚く俺達を余所に、白式のプライベートチャンネルが聞きなれない元気な女の子の声を拾い、白煉はその声に心当たりがあるのか、何処か苛立たしげな呟きを漏らす。

 

 一方箒はそんな俺達の様子を気にも留めずに、あんな無茶な真似をしやがった癖に俺達の無事を確認して少し安心したように息を吐くと、

 

 「さて……」

 

 スラスターを起動させて一気に俺達を追い抜く。

 ――――速い! 特にセシリアのように高速パッケージ等を装備しているわけではなさそうなのに、その速度は万全だった時のこちらと比較しても尚上回る程だ。

 

 「!」

 

 福音も先程の激突で吹き飛ばされたばかりのことで、箒のISのスピードに咄嗟に対応出来ない。動きが止まる、攻撃するには絶好の機会だったが……

 

 手を伸ばせば触れられる、それくらいの至近距離で箒は止まり、福音に呼びかける。

 

 「お前が私の敵か」

 

 「~~~~~~~~~!!」

 

 当然、暴走した福音はそれに律儀に応じたりはしない。代わりに向けられたのは両翼の『銀の鐘』だった。

 

 「箒!」

 

 「成程……十分だ!」

 

 が、砲弾が発射されるよりも早く箒のISの腕に金色のノイズがかかり、『雪片』同様日本刀を模した物理ブレードが展開される。

 

 金と銀の光が、全く同時にぶつかり空をそれぞれの色に染め上げた。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 「ハイハ~イ、『福音』のセンサーカメラから見えてるわよ~……『妨害』は一時中止。予想外のことではあるけど、こういうことなら寧ろウェルカムだわ。IS学園生徒なら、一応招待状の文面的に『ルール』上はセーフ扱いになるしね。引き続き監視を続けて、何かわからないことあったらまた連絡頂戴ね~」

 

 何処かホッとした様子のティーちゃんと連絡を切り、改めて目の前のディスプレイに映るISを眺める。

 

 「う~ん……見たことのないタイプね。何処の会社のものにも該当しない、完全にオリジナルの新型フレーム……『篠ノ之博士』謹製ってトコかしら。それにしても……」

 

 綺麗。出来れば欲しいわね、中の娘と一緒に。

 『飾るだけ』の装飾品には興味はないけれど、『アレ』は別格だ。『飾られる』だけの価値がある。

 

 そんなことを考えていると、不意に後ろから迫ってくる『気配』を感知。

 同時に飛んでくる『それ』の数は三つ。画面から視線を外さないまま、手を軽く振って全て払い落とす。

 

 「……?」

 

 床に落ちたそれに少しだけ意識を向けてみる。そこにあったのは赤い線を残して転がる金属質の丸い物体。

 ……血塗れのISコアが三つ。

 

 「女性に投げつけるものとしては関心できるものじゃないわよ『パスカル』……手袋が汚れちゃったじゃない」

 

 「君を世間一般で言う『女性』と同じ括りにするのは、世の女性に対する冒涜だと思うのだが『スコール』、どうだろうか」

 

 無作法を嗜めると、返ってくるのは例の無気力な声。

 ノックもなく部屋に入ってきたのは、長い鳶色の髪を三つ編にして肩から垂らし、中東で見られる人種の特徴を持った、色の白い端整な顔立ちをした女性。ぱっと見は美女とも美青年とも取れる美人なのは間違いないが、何も映さない、光の宿らない暗い色をした黒い瞳が全体の印象を不穏なものに落してしまっている。

 飾り気のないメンズの黒いロングコートで身を包んだ彼女は、そんな実に失礼なことを言い放つと机でディスプレイを眺める私の隣にやってくる。

 

 「……それはどういう意味か是非解釈を願いたいところだわ」

 

 「無駄なことはしない主義だ。それに人に面倒を押し付けておいて自分は動こうとしない怠惰な同僚に態々拾い物を届けにきてやった。文句の一言くらい許す程度の寛容さを見せてもいいだろう」

 

 「私に届けられても困るのだけど」

 

 「……君から『ドクトルB』に渡しておいてくれ。また直ぐに発つ、彼には当分直接会う機会はない」

 

 それだけ言ってさっさと私の部屋を去ろうとするパスカル。

 ……相変わらずつれない。かなり面白そうな人材であることは私の鼻が告げているのに、本人の私に対する態度がこれでは……まぁ、彼女は『あの子』以外誰に対してもこうなのだけど。

 

 「まぁ、少しくらい時間はあるでしょう。『ドクトルB』が帰ってくるまでは無理にしても、少しくらいここでゆっくりしていきなさい」

 

 勿体無いので引き止めることにする。感触が悪い程度で諦めるような私ではない。

 彼女は無愛想だが律儀だ。渋々といった様子ながらも、私の呼びかけに応じて振り返る。

 

 「それには賛同しかねる、君はまだ仕事の途中なのだろう」

 

 「もう実質終わりのようなものよ。知りたいことは知ったし、得たい物は得た……だから、ここから先は」

 

 私がこれから言わんとすることがわかったのか、パスカルはその無表情を露骨に顰める。

 

 「『遊び』、か……君まであのドクトルBの作ったプログラムの悪ふざけに当てられているようでは困る。終わったのであればさっさとオータム達を帰還させろ、スケジュールはこの後も控えているのだぞ」

 

 「『嫌よ』。理由は楽しいから……私がこう答えるなんてわかっていたでしょう? 無駄なことはしない主義なんじゃなかったかしら」

 

 「君の気まぐれに期待した、もう言わない……『ウェザー』はやはり過ちを犯した、君を入れたことは我々にとって不安要素にしかならない」

 

 「あらそう……だったら排除してみる? 調整中で不完全な状態にも拘らず、自衛隊の軍用IS三機を、碌に影も掴ませないまま一瞬で葬り去った貴女の『ファフニール』で」

 

 「…………」

 

 それは唐突に起こった。音もなく、一瞬で私の周りの空気が凍てつく。

 比喩じゃない、そのままの意味でだ。バキッ、っという乾いた音を立てて先程まで湯気を立てていた、淹れたてのホットコーヒーがマグカップの底まで凍り、床が、壁が、机が霜で真っ白に染まる。一瞬で顕現された絶対零度の空間の中で、私と福音のセンサーアイからの映像を写したディスプレイだけが何事もなかったかのように存在していた。

 ……余裕を取り繕ってはいるものの、正直肝が心底冷えた。あと一秒部分展開が遅れていたらと思うとゾッとする。

 

 「……まさか本当に『やる』とは思わなかったわ。危ない危ない」

 

 「君こそ知っている筈だ、私が元々何だったのか。私にとって生殺与奪の判断基準は『必要』か、『不必要』かだけだ。それが取るに足りない羽虫だろうが味方であろうが例外はない。前者を選ばれたくなければ軽率なことは口にしない方がいい」

 

 これだけのことをしておいて、当の本人はすまし顔だ。元々こういう人間であることはわかっていたつもりだが、何か釈然としないものがある。

 

 「ご忠告痛み入るわ。これからは気をつける……そんなことよりパスカル。貴女も見ていかない? ここから先、面白い展開になりそうよ? きっと貴女の考えも変わると思うのだけど」

 

 「興味はない。あの二人には私から撤退を促す。君は精々『帽子屋』と二人で気が済むまで遊んでいればいい」

 

 「ティーちゃんはともかく、オータムが貴女の言うことを聞くとは思えないけど……まぁ、ご自由に」

 

 流石に殺されかけては引き止めるのも躊躇われる。今度こそ背を向け、不機嫌なのを隠そうともせずに去っていくパスカルに私は手を振り、うっかりすでに飲める状態ではなくなっていることを忘れた私はコーヒーに手を伸ばし、

 

 「あっつ……」

 

 手が感じたのは冷たさではなく『痛み』。危うく手袋の下を凍傷でやられかける。

 

 「ふ……ふふふ」

 

 そんな状況にも拘らず、お腹の底からこみ上げてくるのは恐怖ではなく喜び。

 調整中の機体でこれ程の力。成程、これは確かに『規格外』。そうでなくてはならない。私が存在する世界はこうでなくては――――!

 

 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 面白い! この世の何もかもに飽きたつもりでいたが、少し環境を変えてみれば中々どうして私を楽しませてくれるものが溢れている。やはり彼女はいい人材だ、いつか必ず遊んでみることにしよう。それはきっと『楽しい』ことの筈だ。

 

 「ふ、うふふ。だけれど、今は――――」

 

 その時ではない。この楽しみは『亡国機業』が私に約束してくれた、私が今までの人生で見つけた最高の相手との対峙を果たすまではとっておくべき。

 だから。

 

 「目の先の『楽しいこと』に、集中するとしましょうか……どうか、私を飽きさせないでね、チフユの教え子さん達?」

 

 福音と対峙した、ディスプレイに映る真紅のISに視線を戻す。

 『世界』も存外捨てたものではない。私はどうやら、まだまだ生きることに退屈せずに済みそうだ。

 

 




 密漁船なんて非じゃないレベルの妨害により一気に形勢不利に。いずれやる予定のイギリス姉妹機対決ではそもそもどうやってゼフィルスに近づくかがセシリアさんの最初の課題になります。
 そして箒の強キャラ化がいよいよ決定的になりそうです。とはいえ、本作における紅椿もちょっと問題を抱えてる機体だったり。次回に続きます。

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