IS/SLASH!   作:ダレトコ

52 / 129
第五十二話~三貴銃《ガンズ・ノーブル》~

 「……なぁこれ、俺来ないほうがよかったんじゃあ……」

 

 『何を今更』

 

 ぐはぁ。そうじゃなくても最近出番なくて不愉快なのはわかるけど、少しはこっちの肩を持ってくれたっていいじゃないか白煉。泣きそうだ。

 

 『福音』との戦闘が始まって、30分程が経過。

 今のところ俺達は『福音』に隙を見出せず、近づくことこそ出来ないでいたが、セシリアが今回イギリスから持ち込んだ『追加パッケージ』の武装のお陰で、セシリアは今のところ俺の力を借りることなく、福音の『銀の鐘』による猛攻を完全に凌いでいた。

 

 ――――!

 

 福音が羽ばたく度に、周囲に撒き散らされるように発射される銀色のエネルギー砲弾は全てこちらに近づくよりも前に、『ブルーティアーズ』のウィングスラスターの脇に取り付けられた追加の羽根のようなユニットが放つ青い波濤のような光を当てられて次々に爆散していく。

 

 「『スプリントジャッカー』。元は対ミサイル用に開発されたものですが、レーザー技術では他国の追随を許さないブリテン謹製パルス迎撃ユニットの効力の程はいかがかしら……!」

 

 誰に言うでもなくそんなことを呟きながら、得意げに手にした『スターライト』で福音を狙い続けるセシリア。

 しかし直線機動ではこちらが優勢なものの、瞬発力は圧倒的に敵に分がある。精密射撃には定評のあるセシリアも、鍵盤のような翼を巧みにスライドさせながら空が狭いとばかりに稲妻のように動き回る福音を中々捉えられない。青いレーザーは、何度発射しても空しく宙を切る。

 

 「くっ……!」

 

 「なんだよあの動き……こっちの方が速いのにどうしてこうも掴まえられない?」

 

 『『銀の鐘』は高機動スラスターと広域射撃砲塔の二つの機能を併せ持つ第三世代兵器です。搭乗者の意思ひとつでこの二つの機能を同時かつ全方位に行使が可能です。その性質上……速くなればなるほど効率が上がり、敵の攻撃は苛烈になります。体勢を整える隙を与えず畳み掛けてください』

 

 「……だそうだセシリア!」

 

 「となると、若干強引にでも攻める必要がありそうですわね。一夏さん! お願い致します!」

 

 「よしきた!」

 

 砲弾はどの道命中する前に全部『スプリントジャッカー』が叩き落してくれると、こちらを迎撃せんと翼を大きく広げる福音にセシリアは正面から突っ込んでいく。そして音速で敵とすれ違ったその瞬間、俺は前にやったのと同じ要領でスラスターを起動。『ブルーティアーズ』の進行方向に回り込むように体の軸をずらし、空中で弧を描きながら一瞬で『銀の福音』のケツをとる。

 

 「……貰いましたわ!」

 

 やはり急制動によるダメージがあるのか少し息を切らしながらも、前を真っ直ぐ飛行する福音に狙いをつけて勝ち誇るセシリア。確かにこの位置からなら外しようが――――

 

 『『銀の鐘』、計36の全砲門に反応! ……こちらの動きを読んでいました!』

 

 と、俺もいけると思ったところで白煉から警告が入る。直後に福音は急に空中で減速したかと思うと、その銀の翼をこちらを包み込むように広げた。

 

 ――――至近距離から砲撃をブチ込む気か!

 

 敵のエネルギー砲撃は命中しても迎撃しても炸裂する。この距離で撃たれれば発射と同時に『スプリントジャッカー』のパルス波に当てられ砲弾が起爆し福音自身もただでは済まないだろうが、結局競技ISに過ぎないこちらが受けるダメージは致命的なものになるだろう。

 

 「くそっ!」

 

 とっさに広げられた福音の翼を蹴り、距離をとろうとするが、

 

 「お任せを!」

 

 それよりも前にセシリアが動いた。左手を『スターライト』から離し、拡張領域から武装を呼び出す。

 

 「『クイーンズカリス』!」

 

 ――――!

 

 声と音無き砲撃が襲い掛かってきたのは同時。

 しかしくる筈の衝撃は何時まで経ってもやってこない。セシリアが呼び出した青い杯のような形をした兵装が発生させた、エメラルドグリーンの色彩を持つ六角形の傘のような追加Eシールドが、まるで水面に水滴が浸透していくように飛んできたエネルギー砲弾を炸裂させることなく『飲み込んだ』のだ。

 

 「……!」

 

 「お返ししますわ!」

 

 俺が驚く間もなく、セシリアは手に持ったその兵装を敵に向かって投げつけると、自分は俺を連れて上空に逃れ、

 

 ――――!

 

 振り返らないまま、ハイパーセンサーの強化視界を使って狙いをつけ、背後の『クイーンズカリス』を後ろ手に持ったスターライトで撃ち抜いた。

 

 「~~~~~~~~~!!」

 

 直後に先程起こるはずだった大爆発が、時間にして数秒にも満たない間遅れる形で巻き起こり、ただ一人でその煽りを受けることになった福音が声にならない悲鳴を上げる。

 

 「あれは……」

 

 『一時的に敵のE兵装のエネルギーを吸収するフィールドを形成、吸収したエネルギーをそのまま爆薬に変換する追加ユニットです。本来あの『ブルーティアーズ』の後続機である機体に搭載されていた機能を応用して逆輸入したもののようです』

 

 「元は『零落白夜』に対抗するための切り札として作成を依頼したユニットですの……使い捨てなのが玉に瑕ですけれど」

 

 『……あの程度の容量では『零落白夜』の高圧エネルギーは吸収出来ませんし、そもそもE干渉力を持つ『零落白夜』はEフィールド等切り裂いてしまいます。無駄な努力を』

 

 ……白煉、自分対策で作られた武装が面白くないのはわかるが、セシリアに聞こえないのをいいことにほくそ笑むように喋るのをやめてくれ。大体今はそれのお陰で助かったんだから。

 それに……

 

 「漸く、ダメージ一ってところか……?」

 

 爆発によって巻き起こった煙を突き破るように『福音』が姿を現す。が、解析してみればあれだけの爆発に巻き込まれたにも拘らず、それほど福音はダメージを受けていなかった。福音は爆発の直前、『福音』の部位でも特に強いシールドを発生させているあの銀の翼の外側で自らを繭の様に包み込みこんで防御し、ダメージを最小限に抑えたようだ。

 

 「あの羽の汎用性が高すぎますわね……防御にも使えるなんて」

 

 「けど、さっきの攻撃は使えるぞセシリア。もうストックはないのか?」

 

 「申し訳ありません、あくまで実験兵装なのであれだけなんですの……それに至近距離からの砲撃を全て吸収したものを使ってあれでは、やはり切り札にはなりませんわ。やはり……!」

 

 覚悟を決めたような表情を見せるセシリアに、再び『福音』が追撃を開始する。

 いい加減砲撃が意味がないことを悟り始めたのか、ファーストアタックの際こちらを迎撃するのに使用した、白煉によると『銀の鐘』のエネルギー砲弾精製技術の応用らしい銀色のエネルギーの刃のようなものを翼に纏い、セシリアの牽制のレーザーを悉く身を翻してかわしながら突っ込んでくる。

 

 向こうから近づいてきてくれるなら言うことはない。俺は『零落白夜』の発動を白煉に指示し、そのまま迎え討とうとして、

 

 「『零落白夜』はもう少し待ってくださいまし、一夏さん。回避と攻撃を同時に行える『銀の鐘』と近接戦闘兵装の相性は最悪ですわ。あれが全方位をカバーしている以上、どうし掛けても必ずカウンターの砲撃を受けます。わたくしの最後の『武装』で、あの厄介な翼をなんとか削りとって見せますから」

 

 セシリアに止められた。

 ……言いたいことはわかるが、あの大爆発をあの程度のダメージに抑える程の強固なシールドを持つ翼を削れるような兵装がまだ残っているのだろうか。

 

 「ふふ、あのシールドを貫通できるほどの武装がわたくしにはないとお思いですか? ……ちょっと燃費は良くないですが、見せて差し上げましょう……!」

 

 そんな俺の心中を察したのか、セシリアは不敵に笑うと手にした『スターライト』から手を離した。

 

 「おまっ……! 主力武装を……!」

 

 音速で飛行中の現状では、そんな真似をすれば武器はあっという間に背後に流されていく。俺は慌ててそれを拾おうとして、

 

 「……あれ?」

 

 俺は漸く。セシリアが『スターライト』を投げ捨てた訳ではなく、『スターライト』が、纏っていた外殻のような部品をパージしたのだと気がつく。機構部が剥き出しになったスターライトを、上からグリーンのノイズが覆い、銃自体を別のものに塗り替えていく。

 

 「!」

 

 がその途中でとうとう『福音』に追い付かれた。

 銀色の刃を翼ごと大きく広げ、こちらを引裂こうと正面に回り込んで突き出してくる。

 

 「……迎え討つ! 拾ってくれセシリア!」

 

 「はい!」

 

 前もってセシリアに注意を促し、俺はフィンアーマーに指を掛けたまま進行方向から見て真下にスラスターを噴射。上から回り込む感覚で『ブルーティアーズ』の前に踊り出て、セシリアの肩を蹴り前に飛び込む。そしてその勢いを維持したまま雪片を引き抜き、福音の刃と正面から打ち合う。

 

 ――――!

 

 激しい火花を散らしながら、Eシールドに干渉する特殊な素材でコーディングされたIS用ブレードが敵のEブレードをシールドごと切断していく。このままであればそのまま右翼を抉り取れたのだが、

 

 「~~~~~~♪」

 

 流石に福音はそれを許さない。旗色が悪いと見るなりすぐさま翼をはためかせ、もう少しで翼本体に食い込まんとした雪片から逃れると、

 

 ――――!

 

 『銀の鐘』を作動させて一気にこちらから距離をとる。逃げ様にこちらに銀色の砲撃を浴びせてくるのも忘れず、俺がそれに飲み込まれる前に、再び空中で俺を回収したセシリアの『スプリントジャッカー』が全弾撃墜した。

 

 「……準備は?」

 

 「完了ですわ!」

 

 俺がセシリアの背中に掴まり直すと、既にセシリアの手の中の光は消失していた。途中で妨害されたが、最後の武装の展開は無事に成功したらしい。

 

 それの砲身は、銃というよりも両刃の『剣』のそれに近かった。

 ブレードのような鋭角的な砲身のラインの軸に発射口と思われるノズルが見えるのがわかり、グリップは銃そのものと一体化していて、無骨にも洋奢にも見える不思議な武器だ。

 

 「収束レーザーライフル、『キングオブキングス』です。名の示すとおり、祖国ブリテンの誇り高き『王の中の王』の剣を模した特殊兵装。切れ味は……」

 

 セシリアはそれを、こちらから離れていく福音に向けると、

 

 「この地上に存在する、どんな武器にも劣りませんわ!」

 

 引き金を引いた。

 途端に、『スターライト』とは比べ物にならない、迸るような青白い閃光が、螺旋状のマズルフラッシュを輝かせながら福音に殺到する。

 

 「~~~~~~~~~!!」

 

 流石の福音もこの高出力の極太レーザーには堪らず、今までの悠然とした飛行姿勢も何処へやら全力で回避行動を行うが、それでもかつてアリーナで戦った灰色の無人ISが持っていた『荷電粒子砲』を彷彿とさせる程の熱量を伴ったレーザーは、シールドで守られているはずの福音の翼の先端を掠っただけで抉り取る。しかし……

 

 「外したか……?」

 

 「まだです!」

 

 放たれた高火力レーザーは福音の翼を掠めたに留まったかと思われたその瞬間。

 セシリアの構える『キングオブキングス』のグリップが、グリーンのノイズに覆われたかと思った瞬間『変形』した。砲身に対して平行に伸びたそれは、最早銃ではなく剣の形を『キングオブキングス』に与え、セシリアもすぐさま新しく出現したそれを握りこむと、

 

 ――――!

 

 『振り抜く』。

 数キロ先まで剣先の及ぶ巨大な光の『剣』が、青い軌跡を空に刻み、雲を引裂きながら福音を薙ぎ払う。

 

 「~~~~――――!」

 

 福音のハミングが止まる。次の瞬間、福音の左の翼の一部と、頭部の情報収集用のユニットと思われる、天使の輪を思わせる環状の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)がレーザーにより真っ二つに切断された。

 

 『『銀の鐘』、左翼の18門中7基がロスト』

 

 「……おし!」

 

 ここにきて漸く『福音』に決定的なダメージを与えたことに、思わず拳を握り締める。

 完全とはいかなくても、翼の一部を『銀の鐘』ごと削り取った。これは、こちらに大きく優位を齎す要素になる筈だ。

 

 「――――――――!」

 

 福音も、空中で大きくきりもみしながら飛行能力こそ失わなかったが『銀の鐘』を一部失ったショックからか、声にならない叫び声をあげる。

 

 「――――――――!」

 

 ……この時、何でそんなことを思ったのかはわからない。

 相手は暴走したIS。そんな状態のISに感情なんてあるかどうかなんてわからないが。

 翼を削がれ、片翼から例のハミングを響かせなくなった福音の叫びは。俺にはどうしようもないくらい悲痛に聞こえて、いつまでも耳に残った。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 「!」

 

 洋上。

 一時期は明後日の方向に狂ったように船上からISの遠距離レーザーライフルだけを展開してバカスカレーザーを撃ち続けていたかと思えば、まるで急にその作業に飽きたかのようにライフルを格納、座ったまま船の上で眠りこけてしまったクソガキの体が、再びピクンと跳ね上がる。

 

 「う~ん……この場合は、どうするんでしょう。アキさん、通信機貸してください。スーさんに聞きます」

 

 「ほらよ……おい『ティー』。こっからじゃなんにも見えねぇんだがよ、テメェ遊んでるだけじゃねぇよな?これは仕事だぜ」

 

 そのまま目を醒まし、また先程レーザーを撃った明後日の方向を見ながら通信機を要求するクソガキに、私はイライラを募らせながらも言うとおりにする。

 

 ……仕事とは聞いていたが、ここまで訳のわからねぇ仕事は初めてだ。

 スコールにはただ船でこのティーを乗せ、最初はハワイ沖、次にIS学園の訓練施設沖の海から千キロ程離れた場所で待機しろと言われただけで、それ以外は何もない。私もISこそ持ってはいるが、露払いはパスカルが事前に済ませてくれているという約束通り、使うことなく私達はあっさりここまで来れた。

 

 よって、もう私の仕事は終わり。後はティーがスコールの指示通りにやるだけなのだが、今度はこいつはこいつで訳のわからないことをやりだした。目標の影も形もないのに海の向こうに銃をぶっ放すようなことを延々と続けられれば、流石に正気を疑わざるを得ない。

 

 「? ちゃんとティー、お仕事してますよ? 今のところ、スーさんの指示通りに……」

 

 そんなこっちの気も知らずに、首を傾げながら私の質問に答えるティーの表情が急にパッと明るくなる。スコールと回線が繋がったらしい。

 

 「もしもしスーさん。どもどもです。えとですね、『天使さん』がちょっとやられちゃいそうみたいでして。まだ予定より少し『早い』ですよねぇ? どうしたらいいかなーって」

 

 ――――……

 

 どうやらスコールが改めて指示を出しているようで、ティーはしばらくウンウンと首を縦に振りつつスコールの話を聞いているようだったが、

 

 「え~……」

 

 次第に、あからさまにその表情が曇る。新しいスコールの指示は、どうやらティーにとっては気の乗らないものらしい。

 

 「おいスコール、こいつあんまりやりたそうじゃないぜ? 丁度暇してたところだ、なんだったら私が片付けようか?」

 

 ティーが余りにもごねるので、私はいい加減面倒くさくなって通信機を掠め取る。途端に、聞き心地の良いソプラノの声が耳に響いた。

 

 『あらオータム、御機嫌よう。そうね、提案はすごく有難いのだけれど、これはティーちゃんにしか出来ないことなのよ。貴女の『アラクネ』には、千キロメートル先を攻撃できる武装はないでしょう? いえ、あったとしても『当てられない』』

 

 「……あれは狙撃をしてたってのかぁ?!」

 

 どう見ても適当にぶっ放していたようにしか見えなかったのだが。何かを狙っている素振りなど欠片もなかった。

 

 『そうよ、面白いでしょう? レーダーもGPSもいらない。異常に優れた『感覚』だけで、この星の影に隠れた相手さえ確実に捉えて射殺す『曲芸狙撃手』』

 

 「……むー、わかりましたよ。でもナツくんが危なくなったらティーは直ぐにやめますからね……風の『ニオイ』が変わりました、今ならいいですかねぇ」

 

 スコールの話に呆然とする私を余所に、一つ大きく伸びをした後再びレーザースナイパーライフル

『スターイレイザー』を展開、渋々と構えるティー。人など言うに及ばず、ISすら落せるほどの破壊力を持つその銃を空に向けるティーは、相応の気負いも凄みも最後まで見せることなく。

 

 『――――それが、彼女よ』

 

 まるで玩具でも扱っているかのような、気軽な動作で引き金が引き絞られた。

 一筋の赤い光が、何処までも青い海の向こうに掻き消える――――ここからでは見ることさえ出来ない、『何か』を壊しに。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 『おねえちゃん』

 

 『ん? どうしたの箒ちゃん』

 

 『おねえちゃんの『ゆめ』ってなあに?』

 

 『私の『夢』? ……それを知ってどうするの?』

 

 『わたしのゆめは、おねえちゃんがかなえてくれるから……わたしが、おねえちゃんのゆめをかなえてあげたいの』

 

 『……そっか。ありがと、箒ちゃん。夢、夢かぁ。そうだねー……あはは、あるにはあるけど。でもこれ、あのちーちゃんに大笑いされたからなぁ……』

 

 『おしえて!』

 

 『……笑わない?』

 

 『うん!』

 

 『そっか、えへへ、ええっとね。私はね――――』

 

 ――――……

 

 「!」

 

 ……随分昔の夢を見ていた気がする。

 頭が重い。意識がはっきりしない。起き抜けにこんなに調子が悪いのは、幼いころ風邪を抉らせた時以来だ。

 私はいったい――――

 

 「あ……」

 

 意識が安定しだして、私は漸く先程までの状況を思い出す。

 ……この姉さんに貰ったアクセサリーが反応して、何処からか聞こえる『声』に従って千冬さんの部屋に行ったら姉さんの声がして。それで――――

 

 「! 姉さん!」

 

 そうだ。姉さんに『あの言葉』の意味を問いたださなくては。そうでないと私は――――!

 

 「あ、篠ノ之さん気がついたんだ……って、何処行くの? ダメダメ、もう外には行かせないよ。織斑先生に怒られるの、私なんだからね」

 

 「む、鷹月……」

 

 が、直ぐにドアを開けて廊下に出ようとした私は、直ぐに洗面所から出てきた、同じ部屋に寝泊りしていたルームメイトに止められた。

 鷹月静寐。一夏と同室でなくなってから改めて私のルームメイトとなった、一組の生徒だ。基本的に喧しい連中の多い一組の中では珍しく落ち着いた性格で、私でも割と話やすい感じの少女であるため正直助かっている。一夏も私と同室になるのが彼女だと知ってほっとしていたような気がした。

 

 「しかし……いや、鷹月以外の生徒もいないではないか、私一人いなくても」

 

 「整備課の本音達は緊急招集。何か今日使う追加パッケージに異常でもあったんじゃないかな? もしかしたら、整備のほうで今日一日潰れちゃうかもね……」

 

 心底がっかりした調子で呟く鷹月……他の一組なら授業が潰れたりすれば却って喜びそうなものだが、こういうところが生真面目な彼女らしい。

 普段ならこういったところには好感が持てるのだが、今となってはそれが恨めしい。

 

 「だが……だが……」

 

 「……どうしたの? さっきのことといい、こんな時に自分から命令違反をするなんて篠ノ之さんらしくないよ。さっきも、寝ながら凄い魘されてたよ? いつもなら、どんなにぐっすり眠ってても近づくだけで目を醒ますのに、今日だけは私が近づいてもずっと」

 

 「それは……」

 

 「今、篠ノ之さんはゆっくりしてたほうがいいよ……今の篠ノ之さんじゃ、誰に会いに行くにしても、きっとその人を心配させるよ。大事な人なんでしょ?」

 

 「…………ああ」

 

 「だったら、ね?」

 

 聞き分けのない子供を言い聞かせるように、眉尻を下げて笑う鷹月。

 ……私は何をしているのか。こんなに気のいいクラスメイトに迷惑を掛けて、その上心配までさせて。

 だが……

 

 「それでも、私は……」

 

 姉さんと話がしたい。

 そんな想いに支配され、鷹月から目を逸らしてそのまま部屋のドアに手を掛けた――――その途端だった。

 

 ――――ご主人様!――――

 

 先程、姉さんが近くにいることを私に教えた声が頭に響く。

 とっさに周囲を見渡すが、そこにはきょとんとした顔の鷹月がいるだけだ。

 

 「ど、どうしたの篠ノ之さん、急に怖い顔して」

 

 「いや……何か聞こえなかったか?」

 

 「ううん、私にはなにも……」

 

 ――――ご主人様!――――

 

 「!」

 

 「わわっ! そ、そんな睨まないでよ篠ノ之さん」

 

 ……やはり、私にしか聞こえていないのか? 耳を澄ませば、確かに聞こえる大きさの子供の声だ。

どうにも姉さんから貰った、このアクセサリーから響いてくるようなのだが……

 

 ――――お願いです! お姉ちゃんを助けてください!――――

 

 「! やはりこの鈴から……! 誰だ!」

 

 ――――うう、お願いです……ご主人様がいいって言ってくれないと、ほむは何も出来ないんです――――

 

 『声』に、こちらからの問いかけに気がつく様子はない。向こうから呼びかけることが出来るだけで、こちらの言葉は届かないのだろうか? どうにも会話が一方通行なような気がしてならない。

 何度も呼びかけてみるのもいいが、鷹月が見ている前では如何ともしがたい。この声は彼女には聞こえていないようだし……

 

 「私にどうしろと言うんだ……」

 

 といった訳で途方に暮れていた私は、ずっと姉を助けろと捲くし立ててくる左腕の鈴を一度軽く振って鳴らした。

 特に何かを意図して行った動作ではなかったが、その何気ない行動は、

 

 ――――!

 

 思いがけない結果を齎した。

 目がくらむような鮮烈な金色のノイズが左腕の鈴から発生したかと思うと、その中からIS専用と思われる、柄の部分に椿の意匠の文様が彫り込まれた巨大な刀状のブレードが出現したのだ。

 

 「ぬおっ!」

 

 何とか受け止めるがISのパワーアシストなしでは流石に重く、大きく腰を落して構えるような体勢になり。

 必然的に私はそのブレードを、一連の現象を目の前できょとんとした様子で眺めていた鷹月に、顔まで後数ミリといったところにまで突きつけているような構図になった。

 

 「………………」

 

 そんな状況にも全く動じた様子も見せず、こちらに視線を向けてくる鷹月に感心したのも束の間。

 

 「……きゅう」

 

 鷹月は次の瞬間、直立不動のまま倒れこみ気絶した。

 

 「た、鷹月ー?!」

 

 『やった……! 繋がりました、ご主人様……!』

 

 「……この馬鹿ちんがぁーーーー!」

 

 『ご、ご主人様から最初に頂いた言葉が罵倒?! な、なにかわからないですけどごめんなさーい!!』

 

 取り敢えず先程と同じ『声』で話しかけてくる手の中のブレードを怒鳴りつけ、私は鷹月を先程私が寝ていた布団に横たえる。

 ……許せ鷹月。この埋め合わせは、いつか必ず。

 

 

 

 

 「『白煉』……? あいつがお前の姉なのか? ということは、お前も……」

 

 『はい。双子のシロお姉ちゃんとクロお姉ちゃんより一つ年下ですけど、お母さんからこの

『紅椿(あかつばき)』のサポートAIを任されることになった『紅焔(あかほむら)です。宜しくお願いします、ご主人様』

 

 「……その呼び方はなんとかならないか?」

 

 『? ご主人様はご主人様ですよ?』

 

 いきなり現れたISブレードは、話が通じるようになってからも姉さんが姉さんがと煩くやはり会話にならなかったので一度一喝して黙らせ、改めて自己紹介と状況の説明を求めた。

 そうして得られた情報は、思いもよらないものだった。どうやらこの『声』は、『白式』の『白煉』と同じ自立思考のAIらしい。白煉に輪を掛けて感情の起伏に富んだ声なので、そんなことを全く感じさせなかった。というか、姉に比べると明らかに精神的な幼さが声質や口調に表れている。

 それに、待て……? 白煉と同じということは、まさかこの、姉さんから貰ったアクセサリーは……

 

 『……と、そんなことよりご主人様! お姉ちゃんを助けてください!』

 

 と、自分の左腕をまじまじと眺めたところで、『紅焔』が再び私をせっつき始める。

 姉を助けろだと? つまり、それは……

 

 「白煉……いや、白式、一夏になにかあったのか?」

 

 『さっきからずっとそう言ってるじゃないですか!』

 

 いや、言っていないからな? 助けてくれとしか。しかし……

 

 「一体なにがあったというのだ?」

 

 『その……ここから東の海に、暴走したISを止めに行ったんですけど……今、危ない目にあってるみたいなんです。シロお姉ちゃんがお母さんに救援信号を出すなんて、ただ事じゃないです。早く助けてあげないと……』

 

 暴走したISの阻止? ……今のこの旅館内の様子から只事ではないのは大方予想はついたが、そこまで大事になっていたとは。それに……

 

 「……何故始めからそう言わんのだ!」

 

 『言いましたよぅ……』

 

 駄目だ、こんなことを繰り返していても埒があかない。色々言いたいことはあるが、今はとにかく紅焔の用件を優先する。その話が本当なら、すぐにでも助けにいかねばならない。

 

 「私はなにをすればいい?」

 

 『……むー、旅館内からはちょっと難しいですね、警備体制が敷かれてます。窓から一度外に出れますか?』

 

 「うむ」

 

 窓から外に出入りするなどはしたないが、緊急事態だ。仕方あるまい。

 眠る鷹月には謝罪の言葉を認めた書置きを残し、私は意を決して窓を開け放つと、

 

 『い、言い出したのはほむですけど、躊躇いなくいきますね。ここ、二階ですよ?』

 

 「要は落ちる時の力の入れ方次第、三階位までの高さなら落ちてもどうということはない」

 

 飛ぶ。空中で頭に行きそうになる重心を調整、足から落ちるように体勢を整える。

 

 『……って、わー!! は、早いですってご主人様! う、うむーーーーーー!!』

 

 が、覚悟していた落下の衝撃はいくら待っても私の足を襲うことはなかった。

 地面に足がつく直前で、私は先程ブレードが現れた時と同じ、左腕から放たれる金色のノイズに包まれたかと思うと、体が宙に浮き上がっていたのだ。

 

 「! これは!」

 

 気がつけば、あの『打鉄』を装着しているときと同じような、ハイパーセンサー特有の感覚が研ぎ澄まされたような強化視覚の世界の中に、私は放り込まれていた。装甲の間から金色の光を放つ赤い鎧を全身に纏った私は、今まで全く出来なったのが嘘のように軽快に空を飛ぶ。

 

 「やはり……! あれはISだったか!」

 

 『空を飛ぶのは初めてですか? ……行きたいところ、動きたいことを、ただ思ってください。ほむが、ご主人様を連れて行ってあげますから』

 

 「……行きたい所、か」

 

 紅焔の言葉に、つい見上げてしまうのは何処までも広がる空。

 ……小さいときはその向こうに色んな世界が広がっていると、信じて疑わなかったところ。姉さんが、いつか連れて行ってくれると言った場所――――私の名前が輝ける世界。

 

 「……信じて、いいんだよな? 姉さん……」

 

 『?』

 

 「いや、なんでもないんだ……行こう、お前の姉さんを助けに」

 

 『はい!』

 

 ……そうだ、友の危機だ。自分のことは、一度置き去ろう。

 そうして姉さんへの想いをなんとか振り切り、思うのは一夏のいる海の果て。

 するとその私の気持ちに呼応するかのように、背部の羽状の装甲部分が金色のノイズに覆われ、一瞬で大型のウィングスラスターに『変化』する。

 

 「これは……!」

 

 その何処かで見たような瞬間的な可変機構に、私が驚く間もないまま。

 

 ――――!

 

 それらのスラスターが、一斉に火を噴く。

 地上など瞬く間、音すら置き去りにして、私はこの『紅椿』と共に遥か東へ向けて海の上を飛び始めた。

 

 




 本作ではサイレントゼフィルスはこの娘に担当して貰います。エムは設定的なおいしさからやっぱりワンサマに当てたいので、漆黒のブレオンオリジナル機に乗っけていずれワンサマと一騎討ちさせたいと目論んでいる次第です。
  

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。