IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第五十一話~銀の福音~

 『『銀の福音』。二国間による共同開発が行われたISですが、実質所属はアメリカにある最新の第三世代機です。現状実験機の段階を未だ出ていない機体ですが、それでも尚コアの潜在能力は目を見張るものがあり、少なくても制空能力の高さは現存するIS中でも頭一つ抜けています……現状では私の方でも『福音』の状況を把握出来ない状態ですが、GPSデータから居場所は特定しました。高速航行中の『福音』は、砲弾の弾速の影響から唯一にして最大の第三世代兵装『銀の鐘(シルバーベル)』を十全には使用できません。この弱点を活かすためにも、こんな場所で拘泥し敵機の到達を待つよりは、航行中の『福音』の主砲の死角になるヘッドオンからの攻撃を仕掛けられる今のうちに直ぐに出撃すべきかと』

 

 何? 情報が足りないからどんな作戦を立てたらいいかわからないだって?

 ははは、仕方ないなぁ皆は。こんな時は『たすけて白えも~ん!』の一言でみんな解決するんだぜ?

 

 『……私を勝手に泣きつけば大抵なんとかしてくれる都合のいい未来ロボットと一緒にしないで頂きたいのですが』

 

 ……そんな訳で、当初難航するかと思われた作戦会議は俺の相棒のそんな一言にによりあっさりと進行した。尤もこの時も白煉は自分の正体を明かすことを嫌がり、自分の声をを米軍からの情報提供者からの通信と偽ってこの提案を行ったことを追記する。

 そうして急ぐべきだという白煉の意見に乗った俺達は、現在航行中の福音を迎撃すべく東に向かって飛んでいるところだ。

 

 作戦は布陣を二つに分けて行うことになった。というのも、ファーストアタックは音速で飛行している『福音』に対抗するため、音速下での戦闘に対応できる機体と、そんな状況下での戦闘経験のあるパイロットがどうしても必要だった。その両方を併せ持つのは、俺達の中では追加パッケージに高機動戦闘対応用後付武装『ストライク・ガンナー』を擁していたセシリアだけだった。

 そして俺の機体は単独では飛行能力を持たないため、それに加わるには必然的にセシリアに引き摺っていってもらう必要があった。そしてそうじゃなくてもこんなただっ広く遮蔽物となるものがない海上での戦闘だ、奇襲をかけるには出来るだけ少人数かつ迅速に行わなければならない。

 よって、まずは俺とセシリアの二人が先行して航行中の福音を叩く。それで福音を討ち取れればよし、出来ないようなら一度退却、後続として後から追ってきている鈴とラウラと合流して福音を可能な限り集中攻撃する作戦だ。

 

 「……箒さんは大丈夫でしょうか?」

 

 何処までも広がる青い空の中を、風を切りながら疾走する『ブルーティアーズ』を駆り、俺を運ぶセシリアが、あの後倒れて寝込んでしまった箒のことを心配するような言葉を、プライベートチャンネルで呼びかけてくる。

 

 「……あいつのことを心配してくれるのは有難いけど、今はこっちに集中しろセシリア」

 

 「ごめんなさい……あんな弱々しい彼女、わたくしは初めてみたものですから」

 

 「…………」

 

 今までずっと、離れていても夢を追いかけ続ける束さんを信じ、慕っていた箒。

 その拠り所にしていた姉の豹変。それを目の当たりにしてしまったあいつが受けたショックは、どれほどのものだっただろうか?

 

 「ッ……!」

 

 ――――駄目だ。今はこんなことに心を乱されてる場合じゃない、セシリアにも言っただろ、集中、するんだ。

 

 「それに、あの女性と、織斑先生の仰っていたことは……も、申し訳ありません! こんな時に、わたくしは……!」

 

 俺の表情が歪んだのを、ハイパーセンサーで捉えたのだろう。急に言葉を引っ込め、セシリアはまた高速で飛行する機体の制御に戻る……駄目だな俺、こんな時にこいつにこんな顔させるなんて、人に言う以前の問題だろ。

 

 「! レーダーに反応……! そろそろ、見えてきますわよ!」

 

 「!」

 

 セシリアの言葉で、俺達の間に一気に緊張が高まる。

 ……ここが正念場だ。ここで決めれば、後腐れなく全部片付く。

 そう思い込み、自分の中で覚悟を決める。

 

 「知っての通りだセシリア……俺の『零落白夜』は射程が短い。お前の間合いじゃ近すぎるくらいでも、俺の攻撃は当てられない……どうせIS同士、絶対防御だってある。この際福音と正面衝突するぐらいの気持ちで突っ込んでくれ」

 

 「淑女に対するお願いとは思えませんわね……まぁいいですわ。こちらも端からそのつもりでいますし」

 

 「そいつは心強いね……じゃ、福音には精々一組の顔役コンビの力を思い知って貰うとするか!」

 

 「ええ……たかが米国の第三世代の一羽や二羽、わたくし達の敵ではないことを知らしめて差し上げましょう!」

 

 『ビット』を背部に固定したことによって増築された『ブルーティアーズ』の合計六基ものスラスターが一斉に爆ぜる。俺達は音速の壁を一瞬のうちに軽々と飛び越え、正面から迫る福音に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 「――――!」

 

 ……やはり速い!

 先程までは水平線の向こうかと思われた福音との距離は、二秒あるかないかという時間で瞬く間にゼロになった。

 だが流石セシリア。先程の言葉通り、激突を恐れることなく福音の正面を正確に捉え突っ切る。この位置からなら……!

 

 そう直感、勝利を確信しながら、俺は既に待機状態に入っていた鞘の『零落白夜』を振り抜――――

 

 「!」

 

 くことが、出来なかった。その直前で、『俺自身の』体が自らの意に反してとんでもないことをしでかしたからだ。

 『雪片』に掛けていた手を離し、セシリアの背中にかけていた手に添えて重心を保つと、

 

 ――――!

 

 そのままイメージ上で左脚部スラスターのスロットルを引き絞り、福音のどてっ腹に痛打を浴びせる。

 

 「~~~~~~~!!」

 

 人のものとは思えない、甲高い悲鳴が轟くと、福音は高速航行用に翼を短く畳んだままの姿で吹き飛び、俺も蹴りの衝撃で、捕まったセシリアごと福音とは反対側に大きく曲がった。

 

 「い、一夏さん!! 何故……!」

 

 「!」

 

 セシリアの信じられないといった様子の声で、俺は漸く自分が何をしたかに気づく。

 ……なんで俺は、よりにもよって直ぐに使える状態だった『零落白夜』で攻撃せず、ISには致命傷にもならない蹴りなんてやり方を、態々コンマ一秒にも満たない貴重な時間を無駄にしてまで選んだ?

 

 それは恐らく、『零落白夜』を振り抜こうとしたその瞬間。

 すれ違い様にセシリアの頭部に直撃するように向けられた、福音の翼の先端に宿る光の刃を、見てしまったため。

 仮にそれが直撃したとして、元々シールドがある上に絶対防御も併せ持つIS、SEを大幅に削られることになっても負傷まではなかった筈だ。それがわかっていた筈なのに、俺はそれを避ける為に反射的に回避するための行動を行ってしまった。

 

 ――――よりにもよって、こんな時に。俺は……

光の刃が、セシリアに突き刺さるかという直前で。あの、腕以外を瓦礫に潰されたレイシィの姿を、思い浮かべてしまったから。

 

 『……福音、高速航行モードを解除。『銀の鐘』、起動準備に入りました。離脱するならお急ぎを』

 

 白煉の淡々とした声で、俺は現実に引き戻される。

 ……畜生! 俺……集中して振り切ったつもりで、全然出来てないじゃないか!

 

 「……一夏さん。わたくしは――――」

 

 「……悪い、お前に落ち度はない。全部俺のせいだ……退こうセシリア。鈴達と合流し――――!」

 

 「! きゃあっ!」

 

 離脱を提案したところで、こちらの進路に回りこむように現れた銀色の光を確認した俺は再度脚部スラスターに点火、その推進力で腕を掛けたフィンアーマーごと『ブルーティアーズ』をブン回し、進行方向を無理矢理変える。

 そしてその直後、俺達が進もうとした道の海上が一瞬光ったかと思うと凄まじい爆発を起こした。

 

 「――――!」

 

 気づけば福音は全身をまるで魚のように空中で一瞬で反転させ、先程までコンパクトに畳んでいた翼を悠然と広げながら追ってきている。

 

 「~~~~~~~♪」

 

 その翼が風を切る音は女性のハミングのような独特の音色を奏で、その荘厳ながらも艶かしい銀色の装甲も相まって、空を舞う姿は名前通り銀の天使が祝福の歌を歌っているかのようだった。

 

 「こんな時でなければ、空を自由に飛んでいる姿をゆっくり見てみたいものですわね……」

 

 俺が少しだけ福音に目を奪われたのを茶化すように、少し微笑みながらそんな声を掛けてくるセシリア。

 しかしそんな余裕の態度とは裏腹に額からは冷や汗が噴出している。普段から弱みを見せない立ち振る舞いを意識しているセシリアでも、この状況は流石にキツいみたいだ。

 

 『『銀の鐘』、完全に起動しました……データ上よりも砲撃の弾速、威力が向上しているようです』

 

 「逃がす気はない、ってか……あれをかわしながら逃げられそうか?」

 

 「……直線的な軌道であれば振り切れる自信はありますが……今は距離が近過ぎます。加速する前にあの威力の砲撃を背後から受けたくはありませんわ」

 

 「……仕方ない、鈴達が追いつくまでなんとか時間を稼ぐしかないか。セシリア、武装のほうは……」

 

 確認を取り、俺は漸く気づく。

 確かにセシリアは冷や汗こそ浮かべ、顔面は血の気がなく蒼白だったが――――

 その自信に満ちた微笑もまた、本物だった。俺がそれを確信した途端、セシリアの腕がエメラルドグリーンの色彩を持つノイズに包まれる。

 

 「……気に病むことはありませんわ、一夏さん。確かに絶対防御のことを忘れてあんな行動を取られたのは減点ですけれど……わたくしのことを気にかけて故の行動ですし、なにより直前に一夏さんの心を乱すようなことを言ったわたくしにも非はあります」

 

 そしてそれが晴れた瞬間、セシリアの手には三枚のカード状の、『後付武装』を展開、使用するためのキーデバイスが握られていた。

 

 「それに……少し不謹慎かもしれませんが、正直搬送役という役どころは少し不満でしたの……この際、撃破は無理でも、後続の鈴さん達のお仕事を減らすくらいの役目は果たしていくべきだと思いませんこと?」

 

 「お前……!」

 

 ……俺が失敗したその時から、既に覚悟は決めてたってことか。参ったな、なんで俺の周りはこんなに強い奴が多いんだ。これじゃ、俺も負けてられないじゃないか。

 

 「……OK、まだ失敗じゃない、やっつけちまおう。俺もまだ抜いてない分『零落白夜』を二回使えるくらいのSEはあるしな」

 

 「結構ですわ……ですが警戒されている以上前ほど接近するのは難しいかもしれません。チャンスがくるまでわたくしに任せて頂けませんか?」

 

 「わかった。俺は何をすればいい?」

 

 「お気づきかもしれませんが……『ストライクガンナー』の展開中は直線的な速度が出る分急制動には若干不自由しますの。先程して頂いたように、わたくし一人では対処出来ない攻撃を受けた時にあの『白式』のスラスターで回避行動の補佐をお願いします」

 

 「それは構わないが……」

 

 正直不安がある。俺は先程あの緊急回避を行った時、不意打ちだったのもあるだろうが、セシリアが一瞬苦しそうな表情をしたのを見ている。俺の『白式』は、元々飛行能力に制限をつけてまでああいった突発的な急制動を行うことに特化したPICを積んでいるから問題ないが、『ブルーティアーズ』は違う。本人は不自由していると言ったが、『高速飛行ユニット』等というものはそもそもあんな回避方法を行うことを前提には作られてはいない筈だ。この音速で飛び回っている状況下。いくらPICで緩和しているとはいえ、セシリアの体は急制動によって掛かる膨大なGに耐えられるだろうか?

 

 「わたくしに対する心配は無用ですわ、一夏さん。わたくしのことを労わってくださるのは嬉しいですし、貴方のそういったところはわたくしも気に入っていますが……はっきり申し上げて、この場においては邪魔です」

 

 「……!」

 

 ……が、その不安を口にしそうになった俺を、セシリアは先読みしてバッサリと切り捨てた。

 確かに、機体のポテンシャルを考えれば不利な戦いなのは間違いない。身を切ることを恐れている場合ではないのはわかる。が、かといってセシリア一人に無茶をさせることに納得できるわけでもない。

 

 「……基本は時間稼ぎなのを忘れるなよ、無理は『させない』。悪いがこいつは譲れない」

 

 「わかっていますとも! 一夏さんのお手を煩わせるまでもなく、ケリをつけてご覧にいれますわ!」

 

 勇ましい声と共に、セシリアの握るデバイスが光り輝きながら消えていき、立ち代りに『スターライト』が姿を現す。そしてのまま大きく機体を旋回させて背後に迫る福音に向き直ると、

 

 ――――!

 

 すぐさま最初の模擬戦からずっと俺と『白式』を苦しめてきた、『ブルーティアーズ』特有の青いレーザーを叩き込んだ。

 

 ――――最初の、『零落白夜』による奇襲は失敗。

 作戦は、2つ目のプランに変更だ。

 

 

~~~~~~side「千冬」

 

 

 「『福音』との接触予定時刻を過ぎました……依然『福音』は稼動状態にあります、『プラン1』は失敗です!」

 

 「……凰とボーデヴィッヒを急がせてくれ。それと訓練機で『福音』をハイパーセンサーで捕捉されない範囲で包囲するよう動いている一年の担当教師各位にも伝達を」

 

 「はい、それは完了したのですけれど……」

 

 「何か問題が」

 

 「その……」

 

 返事を返さず、ただオープンチャンネルの通信内容を私のところに繫げてくる山田先生。

 

 『凰、飛ばし過ぎだ! 通常推力での高速飛行はSE効率が良くない、『福音』と接触する前にSEを無駄に浪費するな!』

 

 『だって、急がないと不味いじゃない!』

 

 「……阿呆共が」

 

 やはり、任せるべきではなかった。いくら機体の性能が高くても、一人一人の足並みが揃わないのであれば何の意味もない。そうでなくても、搭乗者は未熟者ばかりなのだ。私は引き続き山田先生と共に旅館の一室に用意してもらった部屋で情報収集を行いながら、今の状況に頭を抱える。

 

 「ですが、現状私たちが保有している訓練機ではいずれも『福音』の速度に対抗出来ません。あの『条件』を破ることを前提に動くには、今の私達には戦力が足りません、織斑先生は……」

 

 「……やめてくれ、山田先生。どんな事情であれ、ガキをこちらの事情で戦場に送り出すような真似を『正しい』ことなどと容認できる程、私は人間が出来ていない」

 

 「申し訳ありません……」

 

 山田先生の表情も暗い。口ではああ言ったものの、やはり内心納得できている訳ではないのだろう。

 

 「自衛隊所属の軍用ISが来るまでの時間稼ぎでいいんだ……織斑とオルコットには今はひたすら逃げに徹するように再度連絡を入れてくれ」

 

 「はい!」

 

 ――――間に合ってくれ。

 今はひたすら、それだけを願う。戦力さえ揃えば、あとはあんなふざけた脅迫に従う必要はなくなる。いかに軍用最新第三世代機といえども、同じ軍用機が複数相手なら流石に旗色が悪いだろう。自衛隊さえ来てくれれば……

 

 「こ、航空自衛隊から連絡です!」

 

 と、本日何度目かわからない思案を巡らせたところで、待ち焦がれた連絡が入ったことが山田先生から伝えられる。

 ……とうとう準備が出来たか。もう少しの辛抱だと、少しだけ緊張が緩む。山田先生の顔も、心なしか明るい。

 

 「! そんな……!」

 

 だが、そんな表情も一瞬だった。通信が繋がり、相手先と話しているうちに、山田先生の顔色は見る見る悪くなっていった。

 

 「なにがあった?」

 

 「最悪の知らせです……本件の援護として、基地から発信した三機のISがいずれも突然連絡を絶ったそうです。コアネットワークを通じて録音されていた各パイロットのプライベートチャンネルの直前の通信によると、三名のパイロットが『大きな黒い翼』を見たのを最後に、次々と……」

 

 「……!」

 

 『黒い翼』? 『福音』以外のISが、この件に関わっているというのか? それも、軍用ISを一瞬で撃墜するような、規格外の……

 そこまで考えて、思い起こすのは一年前。一夏を助けるために会場から抜け出した私の前に立ち塞がった、『黒い女』。

 

 「……織斑達に退避命令を出せ! 敵は『一機』ではない、このまま戦闘を続けるのは『奴等』の思う壺だ!」

 

 「りょ、了解です! 織斑さん――――!」

 

 この知らせに無性に嫌な予感がした私は、これ以上は奴等の手に負えないと判断し一夏達を撤退させようと考えたが、

 

 『――――申し訳ないが。それは出来ぬ相談である』

 

 突如、作戦の進捗状況を表示しているディスプレイにノイズがかかり、直後に響いた低く落ち着いた男の声を聞いて、すぐにその判断が遅すぎたことに気がついた。

 

 「! お、織斑さん達と通信が繋がりません! 回線をジャックされました!」

 

 「貴様……! このふざけた遊びとやらの企画者か!」

 

 『『帽子屋』のお遊びに関心はない……が、生憎これも役目である。『ゲーム』の邪魔は何人たりとも許さぬ。それが『戦女神』、お前であろうともだ』

 

 「何が目的だ?! なんの為にこのような真似をする! 子供をあのような危険なISと戦わせることが『ゲーム』だと? ふざけるな!」

 

 ここで喚いても何にもならないことはわかっていたが、叫ばすにはいられなかった。

 ……醜い。一年前のことといい、自分の『無理』を押し通すために弱い人間を盾にする連中には吐き気がする。こいつ等は間違いなく、私が一番憎むべき人種だ。

 

 『ふざけてなどいない。『本質』はどうであれ、この『経過』が我々にとって必要なものであることは変わらぬ。そして、それを一々お前に説明する義理も我輩にはない。説明したところで理解出来るとも思えんのである』

 

 そうして私が露骨に嫌悪感をむき出しにした声を浴びせても、『声』は淡々としていた。

 心から、自分のやっていることに何も疑問を持っていないといった態度だ。それが、先程話したかつての友と重なって、私の苛立ちは益々募る。

 

 「貴様……!」

 

 「お、織斑先生! 犯人をあまり刺激しないでください!」

 

 ディスプレイに手を叩きつけようとした私を、山田先生が慌てて止める。

 ……そうだ、こいつには今すぐこのふざけた遊びをやめさせなくてはならない、その為にも冷静でいなくては。

 そう自分に言い聞かせ、私は『犯人』に向けて問いかけた。

 

 「……それで? 通信を妨害するだけなら、態々こちらと話をする必要もあるまい。何のために出てきた?」

 

 『大したことではない、改めて警告を行いにきただけである……『戦女神』、くれぐれも自分でことを収めよう等と軽率な判断をしないことを薦めよう。お前が先程知ったように、『我々』のカードは『福音』だけではない。そして『我々』は、お前の友人と違って『殺す』ことを一切躊躇わぬ……本来ならば、この国の自衛隊に救援を要請したのもルール違反である。勇敢なる三人のIS搭乗者は、お前の誤った判断の結果として命を落とした……さて、『次』に死ぬのは誰であろうな?』

 

 「ッ!!」

 

 『『福音』を包囲しようとしているお前の仲間も直に片付く。全員『敢えて』殺しはせぬ、暇ならば精々回収に勤しむといいであろう。用件は以上である』

 

 「! 待て!!」

 

 語調にもう言いたいことは全て言ったとでもいうような雰囲気を感じ、制止しようとするも、

 

 『は、背部推進スラスターとPIC整波ユニットをやられました! ……滞空出来ません!』

 

 『こちらもです! ……敵位置、特定できません! 少なくとも、一千キロメートル以上先からの攻撃です!』

 

 すぐ直後、通信機から鳴り響いた悲鳴のようなIS学園教師陣の声に意識を取られ、その隙に『声』との通信は切れた。

 

 「ふ、『福音』の包囲に当たっていたIS学園の教師達が、全滅しました……! ISは展開したままなので命に関わることはないでしょうが、作戦の続行は不可能です……」

 

 「……ISのレーダーの範囲外からの狙撃だと? 馬鹿な、仮に向こうのレーダーがこちらより優れていたとして、そもそも『福音』に捕捉されないようステルス機能を搭載させていた我々のISをどうやって狙った?!」

 

 「わ、わかりません! ……『福音』の暴走の件といい、恐らく犯人は公式に公開されていない技術を使用しているのかと……」

 

 「……!」

 

 ISにおける最先端の技術の情報が集まるIS学園の情報網を以ってして計れない、『敵』が持つ謎の『力』。一瞬束のことを思い浮かべるが、すぐに思い直す。先程の『声』はお前の友人とは違うとはっきり言った。それにいくら変わろうが、流石にこんな腐った真似が出来る奴までには思っていない。それにそもそも、あいつは事前に一夏がこの作戦に加わるのを止めるために、態々こんなところにまで顔を出している――――

 

 『教官!』

 

 こちらが思考を巡らせ始めたところで、不意にラウラから通信が入る。一夏達と合流出来たのだろうか?

 

 「何があった?」

 

 『狙撃です! 『福音』との交戦地点を目指している途中で、遠距離レーザーによる狙撃を受けました……『シュバルツェア・レーゲン』と『甲龍』、的確に飛行能力だけを停止させられました、一時帰投への許可を要請します』

 

 「!」

 

 ラウラ達まで、だと? 

 なぜ連中の言う『ゲーム』の参加者まで狙われる、と疑問に思ったところで、私は先程『声』が回線を占拠し、使用できなくなり黒くなったディスプレイに赤い字で表示された、『Penalty』の文字を見て歯軋りした。

 ……とことん向こうに有利な条件で仕掛けてきたくせに、ルールについて一切妥協する気はないらしい。

 

 「わかった、修理はこちらで手配する、急ぎ戻れ……だが、凰はそれで納得しているのか」

 

 『いえ……どうしても行くといって聞かなかったので、『AIC』で動きを止めた上で捕縛しました』

 

 『ラウラァ! アンタ……!』

 

 凰のことが気になって尋ねたが、やはり思ったとおりだったらしい。直後に鬼気迫る凰の叫び声が回線から響く。

 

 『貴様も代表候補生なら落ち着け! 相手は空中戦に特化した第三世代機『銀の福音』、飛行能力を奪われた我々では却って味方の足を引っ張りかねん。下手を打てば、弟は私達を守りながら戦わねばならなくなる……貴様はそれが望みか?』

 

 『ぐっ……!』

 

 が、そんな凰を、ラウラがこの上ない正論で封じた。いくら頭に血が上がっても、凰もやはり代表候補生。今のままでは戦力にならないことは理解できるのだろう、先程まで回線を通じて流れていたラウラに対する聞くに堪えない暴言が止まる。

 

 『……では、これより一時帰投します、教官。最後に敵の使用している兵装についてなのですが……レーザーは、私達が直前で回避行動をとったにも拘らず『命中』しました。これは恐らく、現在英国のみが開発に成功、研究段階の『偏向制御(フレキシブル)レーザー』ではないかと思うのですが……本件に英国が関わっているという件は、事前に聞いていません。それに何故私達を狙うのかもわからない』

 

 「……詳細は戻り次第話す、今は至急帰還することを考えろ」

 

 『はっ!』

 

 冷静さを保ちつつも何処か戸惑いを隠せない様子のラウラとの通信を切り、ついに頭を抱える。

 また、私は間違えたのだろうか? しかし、ならばどうすれば良かった? どうすれば、一切の被害を出すことなくこの事態を収拾できただろうか?

 ……いくら自問したところで、答えなど出る筈もない。そもそも、もう誰かに答えを出して貰う生き方は辞めると、私は一人で一夏を守っていこうと決めたあの日に誓ったのだ。

 

 「……山田先生、後続の二人が攻撃を受けた、一度撤退させる。一人でも人手が欲しい、部屋に待機させている生徒で整備課に所属してる奴等を呼んでくれ。二人が戻り次第、機体の修理を行う」

 

 「は、はい! わかりました!」

 

 「『奴』の言いなりになるのは癪だが、放っておく訳にもいくまい。君は撃墜された教師陣を回収しに行ってくれ」

 

 「織斑先生……」

 

 「……すまん。あのような警告をしてきた以上、連中は知らないのだろうが……私には、国から禁止されている以外にISに搭乗できない『事情』がある」

 

 そうでなければ、最初からこんなところでじっとなどしていない。なにもかもままならない現状に苛立ち、噛み締めた奥歯は当分離れそうになかった。

 

 「……はい、大丈夫です。後のことはお願いします」

 

 山田先生はそんな私をしばらく心配そうに見つめていたが、やがて意を決したような表情をするとそう言い残し、部屋を後にする。

 

 ――――無力な姉を許せ、一夏。今は、耐えてくれ――――

 

 去っていく山田先生の背中を見送り、遥か海の向こうで、オルコットと共に今も孤立無援で『福音』と戦っているであろう弟に思いを馳せながら、私は作戦会議室のディスプレイを睨んだ。

 ……束の言葉は、意地でも認めるつもりはないが。やはり、私には荷が重過ぎる。

 

 ――――身内一人二人ならまだしも。顔も知らない誰かのために、戦うことなど。

 

 




 福音戦は原作では若干残念な仕様だったセシリアさんですが、本作ではオリジナル専用後付武装を引っ提げて一番槍を務めて貰います。

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