「・・・え?」
何が起きたのか判らなかった。
セシリアの放ったミサイルが目の前で弾け、視界が急速にぶれた時は、
爆発の煽りを受けてそうなったものだと思っていた。
しかしあれだけの爆発を間近で受けた筈なのにも関わらずダメージとSEを表示するモニターを確認しても被害状況はゼロ、
先程勝ち誇った顔をしていたセシリアの方を見ると、やはり奴も同じような顔でぽかんとしている。
「『第一次形態移行』・・・?貴方、まさか今まで初期状態の機体であんな・・・」
『最適化、完了。『白式』、第一形態に移行』
どこからともなく、そんな無機質な女性の声が聞こえる。
これは、なんだ?
『先程は失礼致しました。緊急と判断しましたので、急遽脚部の『可変展開スラスター』をアンロックした後、使用して回避行動を行いました』
え、あ、いや、有難う、助かった・・・
『自己紹介が遅れました。本機、『白式』のシステムサポートAI、『白煉』です。世界を大いなる平和に導く篠ノ之束コンシエルジュの下、マスターの敵に絶対の混沌と破壊を提供いたします。なんなりとお申し付けください』
「た~ば~ねェ~さ~ん!!」
ああ、理解した。このぶっ飛んだボキャブラリー、このISは間違いなくあの人が造ったものだ。
『?マイスターがどうかしましたか?』
「いや、その件はもう嫌というほどよくわかったからもういい、とにかく、これからはお前が戦闘のサポートをしてくれるってことでいいんだな?」
『はい。戦闘に限らずありとあらゆる局面でマスターのサポートが可能です。利用可能なサービスを列挙致しましょうか?』
「今はいい!兎に角まだあいつと戦闘中なんだ、力を貸してくれ」
そう言って空中に浮かんでいる青い機体を見上げる。
セシリアは流石に立ち直ったのか、今となっては四機となった『ビット』に指示を出し猛然と追撃を仕掛けようとしている。
第一形態だがなんだか知らないが、先程までの機体性能では数秒後に蜂の巣にされるのは明白だ、突然現れたこの怪しいAIとやらに今は頼るしかない。
『了解。機体名『ブルーティアーズ』を敵性因子と断定。戦闘状態を維持致します。どうぞ、武器をお持ちください』
白煉のその言葉と同時に、白式に左手に光が宿る。
その眩しさに思わず目を閉じたが、それも数秒。
再び開けられた時には、白式の左腕には、無骨な金属の鞘に収められた、格闘用のブレードが収まっていた。
「おお・・・!」
『本機の搭載格闘戦用ブレード、『雪片二型』です。当機の搭載武装はこれのみですが、お役立てくださいまし』
いや、いい。
何もないよりはいい。
俺は鞘と柄の間から覗くブレードの波紋を見ながら心の中で涙を流した。
「よし、ようやく武器も手に入ったことだし」
『反撃開始といきましょう・・・SE残存量43%、装甲破損状態軽微、一部中破。マスター、お言葉ですがもう少しなんとかならなかったのですか』
喧しい。お前が寝過ごしたのが悪いんだ。その分これから働いてもらうからな。
「・・・おお!」
セシリアとの戦いは、それまでものとは比べ物にならないくらい快調だった。
先程までは2機と本体からの射撃を凌ぐのが精一杯だったのが、今となってはその倍のビットの集中砲火に完全に対応出来ている。
その原因は、言うまでも無く第一形態移行に伴って追加された新装備。
この自称『超高性能奉仕型AI』と、脚部に装着された『可変展開スラスター』である。
「この『足』は凄いな。我が事ながら人間に出来る動きじゃないぞこれ」
猛スピードで横に水平移動しつつバク転を決めるという荒業をやってのけた後、思わず感嘆の声が漏れる。
『PICの応用です。現在は私が制御していますが、それなしで同様の機動を行った場合いかに絶対防御があるとはいえ四肢が千切れ飛ぶくらいのことはありえますのでご注意ください』
と調子に乗っていたところで生殺与奪は握っていると脅しが入る。いや、初期設定中のまま動かしたのは悪かったよ、単に勉強不足だっただけだろ。
『自分が扱っているのが兵器という自覚はありますか。戦場において勉強不足などという言い訳は通用しません。二時の方角よりレーザー、射角60』
「よっと」
やたらと小言がうるさいが、こいつも自分で言うだけあって優秀だ。相手が攻撃を仕掛けてくる瞬間を告げるそのタイミングの速さは、最早察知というより予知に近い。それに俺達の会話は口に出す必要がなくゼロコンマ一秒での意思疎通が出来、攻撃が飛んでくる方向までご丁寧に教えてくれる。実際セシリアの手数はビットの増加もあり圧倒的に増加しているものの、未だに
一時形態移行後は一発も貰っていなかった。とはいえ・・・
「どの道このままだとジリ貧なことには変わりないぞ」
被弾によるSE減少こそなくなったものの、そもそもSEはISの機体そのものの動力にもなっている。
スラスターを多用するようになったせいか、機動に使用するエネルギー量そのものはやはり何割か増えているように感じる。
快調快調といつまでも遊んではいられない、SEがなくなれば負けということには変わりは無いのだ。
『現在『ブルーティアーズ』の攻撃パターンを解析中です。残り24秒で対抗策の提示が可能になります、少々お待ちを』
やっぱ抜かりは無いか。
まぁいいさ、策とやらが何かは知らんが任せてやる。
だがこのままおんぶに抱っこというのも些か性に合わない、その時が来たら精々張り切らせてもらうとしよう。
~~~~~~side「セシリア」
「なんて・・・無茶苦茶な機動」
先程から『ブルーティアーズ』達の攻撃を避け続ける目の前の機体を睨みつつ、思わず唇を噛んでしまう。
本当に、無茶としか言いようのない動きだった。全力でこちらに向かって来るのを見て前方を囲うように弾幕張ればそのままの速度で反転し後ろに逃げたり、ジャンプ直後の体の自由が利かない瞬間を狙い撃てば曲芸か何かのように空中で独楽のように機体を回転させて避ける等、まるで慣性など無いかのように縦横無尽に動き回る。
「原動力はあのスラスターですわね。いったいどんな技術が使われてますのよ・・・」
あの脚部スラスターは、もはや可変などという領域をとうに超えている。なにしろ、ほぼノータイムでスラスターのある位置が『切り替わる』のだ。現在もビットのレーザー照射を避け続けるあの機体の脚部には、装甲が一時的に量子化していることを示す青いノイズのようなものが絶え間なく走り、その度にスラスターがまるで最初からそこにあったかのように変形している。現行のIS技術で開発できるようなものとは思えない。
「・・・!いいえ、そんなことは有り得ません。この『ブルーティアーズ』が技術レベルで遅れをとるなど」
言葉にしてそんな思考を追い出す。
大体結局向こうは機動性こそ大幅に向上したもの、結局逃げ回ることしか出来ていない。四機のビットの相手が精一杯、こちらに向かってくる様子はない。
恐らく先程のミサイルによる迎撃も効いている。迂闊に突っ込むことが出来ないとわかった今、まず隙を窺うことにしたのだろう。最も、そのような隙を見せるつもりはないし、こちらを窺う余裕も与えない。
どの道それで、あの方は詰みだ。
「ふふ、少し大人げなかったかもしれませんわね」
最初は、ビットまで使うつもりはなかった。
しかし自信の射撃をかわされ続け、ついイラッときて二機を使用、今となっては本体の制御に支障のでる四機の稼動にまで手をつけた。よくよく考えてみれば、碌にISを動かしたこともないような相手に対してやることではない。
自分自身では忍耐力はあるほうだと自認していたが、改めた方がいいのかもしれない。だが、
「悪く思わないでくださいな。そんな素人の癖に、動きが良すぎるのが悪いのですわ」
IS適正は、間違いなく自分と同じかそれ以上だろう。
最も、わたくしの場合は最初からそうだったわけじゃない。今のIS適正を得られたのは、一人で両親の財産を守っていくと決めたあの日から血の滲むような努力を積み重ねた結果だ。
それを、ただ才能があるというだけであのような動きをされて、心が乱れない筈が無い。
「・・・殿方のくせに」
父と母の関係から、男は女に劣るものだと、ずっと思ってきた。
少なくとも、今までの人生において、自分よりも明らかに優れたものをお持ちになっている男性というものに、わたくしは縁がなかった。
そんな中、突然同じクラスにひょっこり迷い込んできた、少なくともIS適正に関しては、明らかにわたくしに比肩し得る男性。
さも当然と言った顔で、わたくしに意見してきた生意気な方。
認められるものですか、今更。
「ええ、所詮貴方も今までと同じ凡百の中の一人。貴方如きの才能ではわたくしとの差は埋まらないということを、今から証明――――」
出かけた言葉は、突如響いた破砕音によって掻き消された。
そして、その音の正体が何かをすぐさま知り、驚愕する。
それは、まぎれもなく、先程までわたくしの手足となってあの方を追い詰めていた、『ビット』が一機、再起不能にされたことを証明するものだった。
~~~~~~side「一夏」
「・・・何が起きた?」
ブレードを手に入れたことによりリーチが増したことは確かだが、先程から俺に向かって必要にレーザーの雨を降らせてきているビット達にはそのことは折込済みらしく、白式の変則的な動きに翻弄されながらも、いやらしく一定の距離を常に保っていた。
『可変展開スラスター』は360度あらゆる方向に機体を瞬時に動かすことは出来るものの、これらのビットと一気に距離を詰める程の出力は持ち合わせておらず、さっきだって雪片を振るったはいいものの、刃が届くような距離ではなかったはずだ。
それにも関わらず『ビット』は壊れた、恐らく自分自身がやったことなんだろうが、正直何があったのか理解出来なかった。
『上手くいきました。今後も指示通りお願い致します』
「いや待て。お前いったい何した」
いや、正確にはやったのはこいつだった。俺は言われるまま剣を振ったに過ぎない。
『『偏向現象』です。敵機が使用しているのが光学兵器である以上鏡面による偏向は有効です。『雪片二型』の刀身の反射率の高さを利用してレーザーを屈折させビットにぶつけました』
しれっとそんなことを言う白煉。いや、理屈はわからないでもないが。
そんな簡単に出来る事なのか?
『簡単ではありません。ですから解析に時間がかかりました。しかしハイパーセンサーを搭載しているISの死角を狙えるポイントは非常に限られます、それを踏まえればビットの移動位置を予測するのは難しくありません』
「そ、そうか」
うんもう考えるのはよそう。
今はあの忌々しい『ビット』が一つ減ったという事実の方が重要だ、これでようやくセシリアを窺う余裕も・・・
『6時の方角よりレーザー、射角40。50の角度で対応を申請』
「!」
白煉の言葉に反射的に体が動く。
雪片を突き出すのと、後方で破砕音が響くのはほぼ同時。2機目が壊れた。
「う、嘘ですわ・・・」
まるで悪夢か何かを見ているように顔面を蒼白にしながら呟くセシリア。
気持ちはわかるぜ。悪いな、俺の相棒は少しばかり優秀過ぎたようだ。
「これで状況はさっきまでと同じだな。もう一度、そこまで行くぞ、オルコット」
「ふん。ご自由に。こちらも今度こそ外しませんわよ」
おおもう立ち直った。流石代表候補様、切り替えも早い。あれで取り乱してくれれば楽だったんだが、これではまだ『賭け』は分が悪いかもしれない。だが・・・
「行くぞ!」
折角白煉が道を作ってくれたのだ。最後くらい自分で決めたい。
「っ!!ブルーティアーズ!」
セシリアの声に呼応し、走り出した俺にビットが猛スピードで追走してくる。
『ビットよりレーザー照射。7時の方角、射角60。30の角度で対応してください』
右足のスラスターに点火。前と後ろが瞬時に入れ替わり、手にした雪片がビットのレーザーを弾く。
「くっ!」
今度の狙いはセシリア、『ブルーティアーズ』本体。しかし急制動から行った反射のため若干手元が狂い、青い光はセシリアの真上を通過した。
「そう同じ手は何度も通じなくてよ!」
そう言い放つと同時にスラスターを起動させ移動するセシリア。
ビットも今までのこちらを囲む様な展開から、セシリアを守るようにこちらに対し壁を作るような布陣へと変わっていく。
『敵機、行動パターンが変化しました。再度の解析には47秒必要です』
「必要ない。っていうか、お前最初からこれを狙ってたな。本当にあくどい奴だな」
『何を仰っているのか理解出来ません』
すっとぼけやがった。
まぁいいや、これで本当に一矢くらいは報いることができる。
『いいえ勝てます。『単一仕様能力』の使用を要請します』
「単一仕様能力を使えるのか?!」
俺自身詳しいわけではないが、それがどういうものかは知っている。
いや、ISに少しでも関わっている者なら、知らない人はいないだろう。
現行では『第三世代機』にしか搭載出来ない、世界でもそのIS一機にしか発現できないとされる完全な専用兵装。
近代になって開発され比較的浅いIS史の中でも特に最近になって開発されたものだが、とにかく外見、効果ともに派手なものが多く、一年前に開催されたISの世界大会では多種多様な『単一仕様能力』が多くの人々の度肝を抜いた。
だが同時に相当な戦闘経験を積み自己進化機能を発展させたISでなければ発現しないという話を聞いたことがある。
いくらその機体のAIの言うこととはいえ、フッティング処理が終わったばかりの機体がそれを使えると言われたのでは疑ってかかるのは当然だ。
『はい。そしてそれは現行のISであれば一撃で撃破できるだけの仕様を有しています。この状況からマスターが勝利を収めるには必要です』
そんなものがあるなら最初から使ってくれよとも思ったが、転送されてきた『それ』の内容を確認して納得する。成程、だからこのタイミングで言い出したのか、本当に喰えない奴だ。
「わかった使おう。俺が許可を出せばいいのか?」
『はい。あと・・・大変申し上げにくいのですが、『単一仕様能力』の使用には私が本気で『その気』になる必要があります。私が『その気』になれるような一言をお願い致します』
「え?それはどんな?」
『それは・・・ごにょごにょ』
「・・・マジで?」
『はい』
「どうしても?」
『はい』
いや、それはちょっと・・・
『早くしないと『ブルーティアーズ』の陣形が完成します。そうなると作戦の遂行は残存SE値的にほぼ不可能になりますが』
「だ~!わかったよ畜生!」
俺はほぼやけくそになりながら雪片を引き抜き、空中のセシリアに突きつけた。
「オルコットォ!」
「は、はい?」
俺の勢いに若干引き気味になりながら返事をするセシリア。
いや申し訳ない。こっちの都合に付き合わせて。
「行くぞオルコット。抵抗してもいいが無駄だ。俺の剣の前では銃弾もミサイルも、光ですら遅すぎる。さぁ、覚悟するがいい!」
よし、言ったぞ。どうだ白煉。俺は言い切った!
『了解。『雪片二型』展開装甲、スタンバイ。マスター、雪片を鞘に』
畜生こいつ絶対腹の中で大笑いしてやがる。後で憶えてやがれ。
セシリアさんも、いつもの憎まれ口でいいんでなんか返してください。いつまでもそんなポカンとした顔をされていると辛いです。
「・・・よく言いましたわ。なら見せて頂きましょう。早く上がっていらっしゃいな」
乗ってきてくれたよ。くそぅ俺お前大好きだ。
『展開装甲接続ライン、解除。SE充填開始。これより『雪片二型』の刀身を分解した後、単一仕様能力『零落白夜』を再構築致します。マスター、準備は宜しいでしょうか?』
「いつでも!」
返答と同時に走り出す。当然目指すは上空でこちらを待っているセシリアだ。
「どうだオルコット!ずっと劣っていると思っていた『男』にここまで追い詰められた感想は?」
「何を!わたくしにはまだ二機のビットも、武器も残っています!これくらいで追い詰めた気になるなど思い上がりも甚だしいですわ!」
二機のビットからの迎撃が来る。だが四機相手ですら余裕で対応出来る今の形態で、その程度の弾幕などはっきり言ってお話にならない。俺は二つのビットが構築する弾幕の壁をあっさりとすり抜けた。
「そうだな!確かに随分と厄介な騎士様方に守られてるみたいだ。だがISを纏っていないお前はどうだ?『セシリア・オルコット』という一人の人間には、このビットみたいなお前を守ってくれる騎士様はいるのか?」
「そんなものは必要ありませんわ!わたくしは優秀ですのよ、自分のことくらい自分で守れますわ!」
スターライトから放たれる青い光が襲ってくる。
だがこちらのハイパーセンサーは健在だ、そんな乱れた心で放つ弾丸なんて白式にはかすりもしない。
「そいつはおかしいぜ、オルコット。本当に優秀な奴ってのはな、いつも一人ではいないもんだ。お前のISがまさしくそういう仕様だってのに、おまえ自身がそれに気がつかなくてどうするんだよ」
「その減らず口を閉じなさい!」
言葉と同時に放たれたスターライトの射撃をなんなくかわすと、脚力とスラスターの推進力を用いて再び空中に跳び上がる。
「正直になれよ、セシリア。家や育ちがどうだの、男は卑しいだの、そんなのは周りの意見だ。お前自身が心からそう思ってるならいい、だが本心じゃ違うからお前のしかめっ面は直らないし、イライラが募って周りに当り散らすような真似をする」
「また・・・馬鹿の一つ憶えを!」
迎撃のミサイルを放つセシリア。だがそれは全く見当外れな方向に飛び俺から逸れる。当然だ、俺は最初からセシリアに向けて跳んでいない。
「な・・・」
白式とブルーティアーズはそのまま空中ですれ違う。
だがそれも束の間、俺は物理的な衝撃によって空中に縫いとめられる。
「しまった・・・!後ろに壁・・・!」
「一度でいい、お前が意地になって認めてこなかった物を、全部笑って許しちまえ。それだけで、きっとお前は楽になる」
アリーナの外壁に重力とスラスターの噴射によって足だけで張り付きながら、俺は先程から白い稲妻のようなエネルギーが鯉口から溢れ出している腰の剣を抜き放とうとして
「!」
『SE残存量、規定値を割りました。戦闘状態を強制解除します』
何故か、抜くことが出来ず。
気がついた時には時間切れという事実を白煉に知らされ、俺は落ちていった。
一応決着。待望(?)のオリキャラ登場です。ロボットモノだったらAIは
必要ですよね、偏見ですけど。本作の白式は原作に輪を掛けて制約の多い
機体にしてしまった感があるので、それをフォローできるキャラに出来たらな、と思ってます。