IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第四十六話~臨海学校へ~

 光陰矢のごとし。

 ここ一ヶ月は、当にそんな言葉が表す通りに過ぎていった。

 具体的には、ラウラが千冬姉に与えられた無茶振りという名の『任務』の遂行のために裏から手を回すことから始まり、中々サンドイッチから先に行けないセシリアの料理教室の週一から週二に増やしたり、そんなことをしている内に構っていられなくなり拗ねた鈴を宥めすかしたり、何があっても良くも悪くもいつも通りの箒と打ち合ったりと、まぁ忙しくも充実していた毎日ではあった。

 

 『まぁつまり、充実したリア充ライフを満喫していたってことでOK?』

 

 そんなこの一ヶ月のダイジェストを掻い摘んで話したところ、電話相手の弾の一言はこんな感じだった。そっちから聞いてきたくせにこの野郎。

 ……そりゃあ普通の高校であればそう言われても仕方がないとは思うが、如何せん今俺が通ってるのは天下のIS学園。前のテストでは宣言通り赤こそ回避したが結局安心できるような点数だった訳でもなく、次の期末に備えて辞典のような参考書と格闘する片手間でこのスケジュールを消化してた訳で、最近の俺の睡眠時間は今まで何とか確保出来ていた一日辺り三時間をとうとう割るか否かというところまで来つつある。

 

 「なんでそう悪意に満ちた受け取り方をするんですかね……」

 

 『羨ましくはねーけど同情はしねーよ、こっちだって大変だったんだぜ? お前11時間ぶっ続けで立ったままひたすら電話かけ続けるバイトとか信じられるか?』

 

 「アホか、金だけでバイト選んでるからそーなんだよ。つーかお前……それまともな『筋』の仕事だったのか?」

 

 『あー大丈夫だ。その点は問題ない。流石に経験長いから『そういう意味で』ヤバめの仕事は求人見ただけで大体わかる』

 

 「その護身スキルをもう少し早く開花させて欲しかったぜ……」

 

 まぁ現役の中学生を雇ってくれる所なんて時点でまともな筋等ほぼないのは今考えれば当たり前だったのだが、それにしたって当時こいつと一緒にやった仕事は碌なものがなかっただけにそう思わずにはいられない。

 

 『しゃーねーだろ、中学ん時お前と一緒に地雷引きながら漸く習得したんだからよ』

 

 「某山麓の樹海に入らされた時が最盛期だったな。よりにもよってあんな都市伝説クラスの仕事引きやがって、あん時は本気で死ぬかと」

 

 『……何時までも根に持ってんじゃねーよ、謝っただろーが』

 

 ……うんやめよう、これは弾を攻撃するには非常に有効な手だがこっちのダメージもでかい。

 

 『大体なんだよ、こんな日に電話かけてきやがって。お前明日臨海学校で遠出するとか言ってなかったか? さっさと寝ちまえよ』

 

 「あーそのことなんだけどな。ちっとうっかりしてて、買ったのはいいけど持ってきそびれたものがあるんだわ。悪いんだけどさ、まだ門限まで2時間くらいあるし、モノレールのとこで待ってるからちょっと持ってきてくれないか?」

 

 『別に構わねーけど……なんかあったか? 水着は前の荷物に入れてやっただろ確か』

 

 「ああ、そういやそうだっけか」

 

 臨海学校に行くと聞いて、気の利くこいつは抜かりなく去年まで着てたやつを送ってきてくれたのだ。

 ……しかし後にそんな事情を知らない鈴に水着を買いに行かないかと誘われ、このことを話したら、

 

 『なんで持ってんのよ!』

 

 と、訳のわからないキレ方をされ、結局箒とセシリアを伴って三人で行ってしまった。まぁ女の子の水着選びなんて男がついていった所で所在無いだけなのはわかりきっているので別に良かったが、何故か少し切ない気持ちになった。

 ……大体、どの道。水着なんて持っていったところで、今のところ着るつもりもない訳なのだが。

 

 「……けど、悪い。送っておいて貰ってなんだけど、俺はそもそも海に入る気がない。それとは別件だ」

 

 『……はぁ? 可愛い娘たくさん引き連れて海いくんだろ? 遊べないわけでもないんだろ? 数馬が血の涙流して羨ましがったシチュエーションじゃねーか、流石に俺でも、そんな機会を自分から棒に振るなんつー暴挙に出るなんて言われりゃムカつい……』

 

 そこまで言いかけて、ハッとしたように急に押し黙る弾。

 そういや、こいつは『見てた』っけな。

 

 『……悪い』

 

 「謝んなって、別に俺自身はどうも思っちゃいない……問題は周りがどう思うかだからな」

 

 『それもどうかと思うがな、いくらなんでも気をまわし過ぎだろ……で、なんだよ、 今になって届けて欲しいものって? 十分で届けるからはよ言え』

 

 「ああ、俺の机の、上から二段目の引き出しに入ってる箱なんだが……後、急がなくていいからな! お前無免許なんだからぜってーパクられんなよ、俺もう立場上助けらんねーからな?」

 

 『心配するな、ポリの一人や二人軽くブッチぎって見せるさ』

 

 「こいつわかってねぇ……! ちょ、待て切るな!」

 

 しかし俺の必死の呼びかけも空しく通話は切れる。

 ……正直頼まなければ良かったかと一瞬後悔に駆られるが、逆に考えるんだ、別に弾が捕まっちゃってもいいさと考えるんだと思い直し、あまり期待せずにモノレールの駅前で待つことにした。

 

 ――――そう、明日はとうとうIS絡みのことを除けば初のイベントとなる臨海学校。

 ただ、行く場所はここIS学園所在地と環境的にはあまり変わらない海沿いの旅館らしい。まぁ学校という名目通り、遊べるだけのイベントではなく、広大な海という土地を活用しての『後付武装』の運用演習を行うのが主目的らしい。

 元から専用機の拡張領域に余裕がなく、『後付武装』なんてモンとは縁のない俺にとっては実に憂鬱なイベントである。海も今の調子では満足に楽しむことも望めないから余計にだ……水着の女の子だけは少しだけ楽しみだったりするが。

 

 なんて、少し邪なことを考えたところで、遠くから中学の時から嫌というほど馴染みのあるサイレンの音が聞こえた。

 俺はそれだけでなんとなく状況を察し、

 

 「マジか……まぁ別に当日に渡すことに拘らなくてもいいか、、こういうのってシチュエーションより気持ちが大事だよな、うん」

 

 そう自分で割り切って、帰りのモノレールに乗るべく引き返そうとしたところで、

 

 ――――!

 

 ロータリーをバイクが明らかに法定速度を上回る猛スピードでドリフトしながら横切っていき、俺の手前で何かを放り投げていった。

 キャッチしてみれば、間違いなく頼んだ品だった。

 

 「サンキュ、な……なんとか逃げのびろよ、弾」

 

 その後を数台のサイレンを鳴らしたパトカーが通り過ぎて行く様子を見ながら、俺はもう間違いなく聞こえない位置まで走り去ってしまった弾に礼を言うと、踵を返してIS学園に戻った。

 

 ……ちなみに後にわかったことだが弾はやはりこの時運悪く公道を単車ですっ飛ばしていたところを白バイに見咎められ、結局峠まで引っ張って振り切ったらしい。だから急ぐなつったのに。

 

 

 

 

 そんなこんなで、臨海学校初日。

 バスの中では、普段睡眠不足ぎみなのもあり、出来ればあの車の座席という魔の空間が持つ魔力に誘われてそのまま寝たかったのだが、

 

 「おおー! これが『ほうき』か! どうだ弟! 私は一人でやり遂げたぞ!」

 

 「えらいねー」

 

 こういう時何も言わずにこっちの要望を察してくれる箒の隣の席をセシリアに取られたのは痛い。おまけに撚りにもよって構ってオーラ全開のラウラという、寝たい人にとっては最悪の組み合わせに当たってしまい、俺の要望は儚い夢のままで終わった。いやまぁ、気まぐれに教えてやったあやとりに夢中になっているのを眺めるのも微笑ましいので、これはこれでいいんだけどね。

 

 「ふふ、そうだろう! もっと姉のことを褒め称えてもいいんだぞ?」

 

 「はいはい、良く出来ました」

 

 作った『ほうき』を広げ、ドヤ顔で見せ付けてくるラウラの要望を悟った俺は、いつものように頭を撫でてやる。

 

 「えへへ……」

 

 それだけで、元々白い頬を赤らめ、嬉しそうに目を細めるラウラ。

 一ヶ月に渡る調きょ……教育の成果だ。最初はこうしようとすると姉のプライドだの軍人の面体だのなんだの煩かったが、今ではこのザマだ。何より本人は口だけで態度は全く嫌そうじゃなかったし。

 それに交友を持つようになって数日で、こいつが『家族』からの愛情に飢えていることは何となくわかった。千冬姉はこいつの素性についてあまり詳しくは語らなかったが、そんな断片的な情報からもラウラが今まで『親』と呼べるものと接する機会が殆どなかったであろうことは容易に察しがついたし、何より本人がやたら『姉弟』という言葉に拘るところがあった。あのまだツンケンしてた頃のこいつが見せていた千冬姉への異常な執着や俺への憎悪も、ある意味このような感情の裏返しだったのかもしれない。

 

 ――――こんなのは、結局ごっこ遊びだ。いくらそう呼び合ったところで、俺達が本当の意味で姉弟になれるわけじゃないけれど。

 ラウラ自身が満足している限り、俺も千冬姉も今の関係を続けようという意見で一致した。いつか誰か、俺達以上にこいつと『家族』になりたいと望む人間が現れ、ラウラ自身もそれを望んだ時。その時に、改めて邪魔にならないよう身を引けばいいだろう。

 

 「ふっふっふ、甘いよ~ぼーでん」

 

 「そうそう、『ほうき』など、あやとりの中でも最弱……」

 

 「ラウちん程度に作られるなど、あやとりの面汚しよ……」

 

 「ぬむっ?!」

 

 が、俺が娘を持った父親というのがこんな気持ちなのだろうか、とラウラの頭を撫でながら複雑な気持ちになっていたところで、思わぬところから横槍が入った。前の席からひょいっと顔を出したのは、例の箒の件でお世話になった、三馬鹿トリオである。

 ……っていうか、『ほうき』馬鹿にするなよ。確かに初心者向けだが基礎ってのは大事だ。これ覚えるだけで色んな発展系を覚えられる。それに、さっきから違う方の箒がこっちの言葉に反応している……ああもう、言ったの俺じゃないから。そんな睨むな怖い。

 

 「な、なんだと! 弟が教えてくれた『ほうき』を侮辱するな!」

 

 ほら、ラウラもそう言ってるぞ。

 が、目の前の三人はそんなラウラの言葉も何処吹く風、後ろ手に隠していた両手を一斉に前に突き出す。

 

 「じゃじゃーん! 『五段梯子』!」

 

 「『東京タワー』!」

 

 「『ユニオンジャック』!」

 

 あ、今度は最後のにセシリアが反応した。っていうか、この三人凄いな。確かにこれを相手では『ほうき』では分が悪いか。

 

 「……くっ!」

 

 ラウラも悔しそうに唇を噛む。

 ……これはいかんな、弟して姉の尊厳を守らなければ。

 

 「ラウラ、ちょい糸貸してみ」

 

 「す、すまん。姉として不甲斐ない……!」

 

 「いいって、今日覚えたんだししょうがない」

 

 ラウラに返事をしながらさっさと糸を手の中で絡ませる。ええっと、ここをこうして……

 

 「無駄無駄ァ! あやとりは女の子の領分、織斑君には勝ち目はないよ?」

 

 「諦めなよおりむ~」

 

 畜生いい気になってやがるな。つーか初心者相手に大人気ない、これは少し懲らしめてやらねば。

 この織斑一夏、指先の器用さにかけては少々他人より自信がある……っと、完成。

 

 「『五輪』」

 

 「ぐわ~~~~!!」

 

 断末魔を残して座席の向こう側に消えていく三人。よし、悪は滅びた。

 

 「流石私の弟だな。よし、褒めてやるぞ」

 

 その様子を満足げに見たラウラが、今度はこっちの頭を撫でてくれる……正直この歳でこんな小さい娘にこうされるのは男としては恥ずかしい。

 

 ……しかし、一ヶ月でラウラも随分このクラスに溶け込めてきてはいるような気はする。

 さっきの三人のように、もう普通に話しかけてくる娘もいるし、教室では偶にお菓子で餌付けされているところを見かけるようになった……半ばクラスのペット扱いされているような気がしないでもないが、逆に言えばそれくらい雰囲気が変わったのも確かだ。基本一人でいる時は相変わらずクールで近寄り難いオーラが出ているのようなのだが、俺か千冬姉が近づくと途端に空気が軟化する……らしいのだ。はっきりしないのは俺が当事者だからである。俺からすれば最近はいつもこの調子なので良くわからない。

 お陰で二組との不仲も大分改善された。尤もこれは鈴が怪我から完全に復活を遂げたのが大きい。当初はやはり多少文句はあったらしいが、鈴自身がもう水に流したとクラス全員の前で宣言してそれも軒並み封殺したようだ。元は鈴がやられたことが事の発端だったので、二組としては本人がそのような認識であれば別にいいと判断したのかもしれない。あいつはやはり統治能力が高いというか、人から愛される才能のようなものがあると思う。

 

 照れ隠しに、撫でられながらそのラウラ自身の変化のことを少し指摘すると、ラウラも少し恥ずかしそうに俯き、

 

 「そうだな……認識の違う人間と有効を持つことなど意味のないことだと、今まで自分の中で答えを出して決め付けてきたが……お前に言われてそれを改めてみたら、存外過ごしやすいものだな。それに、教官に与えられた任務も達成することが出来た。お前には、本当に感謝している」

 

 そう言って、一月前からずっと持ち歩いているボロボロの大学ノートを大事そうに抱き締める。

 例の千冬姉の無茶振り課題の内容が記されたノートだ。箒や鈴の協力もあり、何とか一ヶ月以内に十人以上の娘から情報を集めることが出来た。俺一人ならそれ位簡単だったのだが、あくまでもラウラ自身がやらないといけなかったというのが中々ネックで、俺が最初想定していたより時間は掛かった。

 だが、それは却っていい方向に働きはしたと思う。苦労した分喜びも何とやらだ。ラウラ的には千冬姉に褒められたのも大きいのだろう、その時のノートを今も後生大事に持ち歩いていて、記述内容が増えれば更に褒めて貰えると思っているのか、ノルマを達した今も未だ例の活動を細々と続けている。尤も、誰かが一緒についていないと、

 

 『貴様止まれ! 所属と名前を言え!』

 

 『え?』(←知らない娘)

 

 『……吐いて貰うぞ、洗い浚い、だ』

 

 『ひえぇぇぇ……』(←知らない娘)

 

 こういうアホな突貫をやらかすので大抵上手くいかない。まぁ万一上手くいったとしても立派な不正なので、監督も兼ねている俺が心を鬼にし、ラウラの涙目の抗議も振り切り責任を持って該当箇所を破り捨てている。それらしい項目に、どうやら四組の代表候補生らしき人の名前があったことも。また敵を作りたいのかこいつは。

 ……という風に、若干態度が軟化しても結局ラウラはラウラなのであったりもする。

 

 「ちょ……なにこれ本当にわっかが五つ……! 織斑君これどうやるの?!」

 

 「教えてよー」

 

 と、そんなことを思い出しながらノートを抱えるラウラの様子を眺めていると、先程沈んでいった谷本さん達がいつの間にか復活し、座席から回り込んで興味深そうに俺の作ったあやとりに群がってくる。

 

 「なっ! 待て! 弟からこれを教わるのは姉である私が先だ!」

 

 「ラウちんにはまだ早いよー」

 

 「そうそう。ラウちんはまだ三下の『ほうき』で満足してなよ」

 

 「黙って聞いていれば……誰が三下だとォォォォォ!!」

 

 「お前じゃない座ってろ!! セシリアそいつ抑えて!」

 

 そしてそのまま加速度的に騒がしくなる周囲。最終的には千冬姉の一喝で何とか収拾がついたものの、俺達一組のバスが一際騒がしいのは変わらずに、道中はなんだかんだで楽しめた。

 

 

 

 

 バスから降りると、蒸し暑さとともに強い日差しを感じた。思えばもう七月、夏はもうすぐそこまできている。

 空は雲一つないピーカン照り、海で遊ぶにはまたとないロケーションである。日差しを受けて輝く砂浜と海は、寝不足の俺の目には少し眩しかった。

 

 「織斑、ついて来い。お前は私と同じ部屋になる」

 

 「ですよねー」

 

 俺はこれから三日間お世話になる海辺の旅館につくなり千冬姉に連れて行かれ、、女将さんに一年一同挨拶した後持ってきた荷物を部屋に運び込んだ。

 といっても、ボストンバック一つなのでそれも直ぐに終わる。さてこの後どうしたもんかと、部屋で携帯をいじりながら考えていると、

 

 「……今日一日は自由時間だ。遊びにいかないのか?」

 

 案の定千冬姉に触れられたくない話題を振られる。

 

 「……気分が乗らない。ここで寝てていいか?」

 

 「ダメだ。どうせ凰辺りが誘いにくるだろう、騒がしいのは嫌いだ出て行け。寝るなら浜の方にしろ、陽射しもいい具合だぞ」

 

 ちぇ。しょうがない、下は水着でいいとして、上にはTシャツでも着ていこう。水着が見たくないわけじゃないし。

 

 「一夏~! 海に繰り出すわよ~!」

 

 「ちょっと鈴さん! 織斑先生の部屋でもあるんですから、もっと静かに……」

 

 丁度いいタイミングで本当に鈴も来ちまったし。セシリアもいるっぽい。

 

 「今行くー! 先に行っててくれ、後から追いつく!」

 

 男の着替えなんてそう時間は掛からない。向こうに行ってから着替えるとすれば、どの道海に着くのは俺の方が早いだろう。

 俺はそう判断すると、鈴達を先に行かせ、自分も軽く準備を済ませると、早くも部屋でダレ始めた千冬姉に声を掛け、

 

 「精々ガキらしく楽しんでくるといい」

 

 と無責任に返事をする姉に背を向けると、部屋を飛び出した。

 ――――この時はまだ、鈴達を先に行かせたことを後に後悔することになるなど、知る由もなしに。

 

 

 

 

 異変には、割と直ぐに気がついた。

 もうとっくに更衣室で着替え始めている筈の鈴が、旅館から海に通じる道の途中でなにやらオロオロしているのを見つけたのだ。

 

 「……どうしたんだ、鈴?」

 

 「あ! 一夏、丁度良かった。そのね……」

 

 鈴の話によると、セシリアと一緒に更衣室に向かっていたところ、道のど真ん中でまるで誰かを待っているかのように立ち上がって、自分達を見つめている白い『兎』を見たのがまず始まりだったらしい。

 

 「その兎がまた変な格好しててね。なんか、昔の欧州の貴族みたいな古めかしい燕尾服を着てて、前足から金色の懐中時計をぶら下げてた」

 

 「それって……」

 

 もしかしなくても。

 イギリス発祥、日本でも有名な、あの『童話』の登場人物を模した……

 と、そこまで思い至った途端に、何か言い様の知れない不安を覚えた。有難くないことに、そういった趣味を持った人に一人、心当たりがあったからだ。

 

 「それで、セシリアは?」

 

 「え~とね、なんかその兎の見た目が、何処か心の琴線に触れたみたいでね……近寄ろうとしたんだけど、その途中で逃げちゃって。それで、追いかけていっちゃったの」

 

 「……なんで止めなかった?」

 

 「止めたわよ! けど、『小さい時から憧れてた世界の住人にこんなところで会えるなんて』とか言って聞いてくれずに結局行っちゃったの。そこで追いかけるか一回戻ってアンタ連れて来るか迷ってたところでアンタがきたの」

 

 成程。ってことはセシリアが兎を追いかけていったのはまだついさっきのことか。直ぐに追いかければ間に合うかも……!

 

 「追うぞ、鈴。どっち行った?」

 

 「あっち……って全力疾走?! 何、あれ何か不味いものなの?!」

 

 それはまだわからない。けれど、その兎が俺の予想してる人と関わりのあるものなら本当に不味い。

 なにせ『形だけ入る』というのをとことん嫌う人だ。こんなシチュエーションを用意した以上、次の手も当然用意してある筈だ。

 

 ――――すなわち、『白兎』を追いかけていった少女(アリス)は遠からず。

 

 大きな穴(不思議の国の入り口)に、落っこちることになる。

 

 

 

 

 「セシリア!」

 

 「あら、一夏さん。御機嫌よう」

 

 が、どうやら間に合ったらしい。セシリアは、海へ続く道から少し外れたわき道に入って、そういくばくも走らない内に見つかった。

 こっちの気も知らず、妙に上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、先程鈴が言った容貌に合致する洋奢な服装で身を包んだ白兎を抱きかかえている。

 

 「セシリア、そいつ……」

 

 「先程そこの道で見つけましたの。見てくださいまし、一夏さん! 最初はただの服を着せた兎だと思ったのですけれど、この子、近くで見てみると機械なのがわかりますの……日本を侮っていましたわ、こんなものを作る技術があるなんて……何処に行けば、譲って頂けるかしら。持ち主の方にお会いしたいわ……」

 

 確かに遠目から見れば生きている兎にしか見えないフワフワの毛玉を愛しそうに撫でるセシリア。兎のほうは、落ち着かないのかジタバタする。ますます機械とは思えない。

 ……しかしセシリアもああいうの好きなんだなぁ。女の子ってのは鈴みたいなのを除けば皆そうなんだろうか。

 

 「――――!」

 

 と、そんなセシリアを見て少し癒されていた所で、突然また何か正体不明の悪寒に襲われたのと、

 

 『マスター、注意してください。あれは……!』

 

 俺にしか聞こえない、小さな声で白煉から警告が入ったのはほぼ同時。

 途端に、兎が腕にぶら下げている金色の懐中時計の、長針と短針が12時のところでぴったり重なる。

 

 「そいつから離れろ!」

 

 「え――――」

 

 遅かった。それと同時に、ポンッ、と何処か間抜けな音と派手なピンク色のファンシーな煙を巻き上げ、兎が爆発した。

 

 「セ……セシリアー!!」

 

 「ケホケホ……もう、なんですの?」

 

 ……良かった、声を聞くに少なくとも怪我をしたとかではないっぽい。しかしこの悪趣味な煙のせいで姿が確認できない、一体何が……

 

 ――――……

 

 と、そう思ったところで都合良く一陣の風が吹いて煙を吹き飛ばした。漸く視界が開け、煙の中から現れたのは、

 

 「な……なんですの、この格好……」

 

 白兎を抱えたまま、いつの間にかやはり何処か見覚えのある白と青を基調としたエプロンドレスを着せられていたセシリアと、

 

 「一名様、不思議の国にご案内~♪ ……あれ、金髪? 箒ちゃんじゃない……」

 

 いつの間にかセシリアの後ろに立っていた、白衣をだらしなく着崩した女性。

 ……もう一人の、俺の姉だった。

 

 




 漸く臨海学校編開始です。取り合えず束さん登場までになります。シャルロットが居ない都合上、デートイベントはカット……というかフラグはあったのにワンサマが自分で潰してしまいました残念。というか自分で決めた方針の癖にシャルロットがいないことに一抹の寂しさを感じずにはいられなくなってきました。早く復帰させたいものです。
 この臨海学校編、色々やりたいことを詰め込んだ結果やはり長くなりそうです。簡易プロットの段階でもう戦闘回だけで十話越確実になる見通しってどういうことなの……まだまだ推敲しますが、文章のシェイプアップ技術を何とかつけたいものです。

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