IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第四十三話~黒兎部隊の忙しい一日とセシリアお嬢様の憂鬱~

 

~~~~~~side「???」

 

 

 「不愉快だ」

 

 ここ数日間の私の心理状況を言葉に表すとしたら、当にその一言に尽きる。

 ああ、実に不愉快だ。VTシステムの責任の所在? そんなもの、私達に何も言わないままそんなものを作り私達のISに勝手に搭載した連中の責任、我々にはなんの落ち度もない。

 

 そのような言葉を、あの日から何度口にしたか皆目検討もつかない。そうでなくとも件の事件では隊長が負傷したと聞いている、こんな他部署の事後処理に時間を取られている場合ではないというのに……!

 

 「ハルフォーフ少尉! アルベルト大佐から入電が……」

 

 「私は別件で対応中だと伝えろ、どうせいつもと同じ内容だ……昨日はバーレ中佐からだったか、あの連中は我々が通常の軍隊とは指揮権が違うことまるで理解していない。何度言われても隊長が帰還するまでは『黒兎部隊』は守り通す、敵が何者であっても、だ」

 

 「は……はっ! ですが、宜しいのですか?」

 

 「構わん。我が軍の信用のおける整備士達からは、既にこの隊のISには『VTシステム』の搭載が認められないという報告書があがってきている。これは既に上に提出済み、それでこの件に関する我々の仕事は終わりだ。言いがかりの口上をこれ以上聞かされて時間を浪費したくはない」

 

 「ですが……隊長の『シュバルツェア・レーゲン』も、元々はそのようなシステムなど検出されていなかった筈では……」

 

 「……恐らく隊長は何者かに『嵌められた』のだ。何者かは知らんが、私はその者を決して許しはせん。必ずや見つけ出して報いを受けさせる。さぁ、行くのだ!」

 

 「はっ!」

 

 こうしている間にもひっきりなしに部下が部屋を訪れては追い返すのを繰り返している。

 どいつもこいつも、この『黒兎部隊』の未曾有の危機に、不安そうな色を隠せていない。

 全く情けない、自らに恥じることがないのなら堂々としていればいいのだ。軍人とは、危機にこそ一層強く在るべき存在であるというのに。

 

 「ハルフォーフ少尉!」

 

 「今度は誰だ、大将からか……む?」

 

 今度部屋に入ってきたのは、『黒兎部隊』でも一番の新入りだった。

 未だに左目に眼帯をつける我が隊の規則に慣れていないらしく、足取りが少しぎこちない。

 

 「フィーリッツ軍曹、ふらつくな。貴様は戦場でもそのような歩き方をするのか」

 

 「も、申し訳ありません! ……し、しかし、それを言えばこの眼帯も戦場においては非効率です! 態々自分から自らの視界を閉ざすようなことをするなど……」

 

 「効率がどうこうの問題ではない、これは我々が我々であることの証明だ。いいか、我等ドイツ軍は世界で最も優秀な軍隊、そしてこの『黒兎部隊』はその世界一優秀な軍隊のなかでも選りすぐりの精鋭部隊。つまり、私達は世界一優秀でなくてはならん。それほど優秀な人間が、他の人間と同じ程度でどうする。むしろ、片目がなくても余裕で敵を討てるくらいの者でなくては、『黒兎部隊』は務まらんのだ」

 

 「な、成程……」

 

 「理解出来たのならすぐ慣れろ。貴様が『黒兎部隊』の一員で在り続けたいのであればな」

 

 「はっ!」

 

 勢い良く敬礼するフィーリッツ軍曹。気概はあるようだ、これからの成長に期待するとしよう。

 

 「それで? 貴様は何の用だ。随分慌てていたようだが、また『黒兎部隊』の処遇について軍の上層部から何か連絡があったのか?」

 

 敢えてうんざりした感情を隠さずに、私はフィーリッツ軍曹に問いかける。しかしそうして返ってきた答えは、久しぶりに私の予想を大きく裏切るものだった。

 

 「そ、そうでした。大変です、ハルフォーフ少尉!」

 

 「大変だけではわからん。なにが大変なのだ?」

 

 「その……隊長が――――」

 

 そこから先の言葉を、私は聞かなかった。

 隊長という単語を聞いた途端、私はフィーリッツ軍曹を押しのけ、電話に向かって全力で走り出していたからだ。

 

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉。優秀な軍人として『造り出された』天才にして、齢十六にして『黒兎部隊』の隊長を務める少女。

 私が彼女と出会ったのは、一年前のこと。我々ドイツ軍において、とうとうISによる部隊を編成する決定がなされ、そのための準備の一環として一流のIS乗りが我が国に招かれ、彼女を教官として部隊に編入される候補達が一年間の研修を受けることになったのだ。

 私と隊長は、当初はどちらもその候補の一人として選ばれた人材だった。正直に言わせて貰えば、当時は自分が彼女の揮下に入る等想像すらしていなかった。それ程、私と隊長の評価にはひらきがあった。別に私が特別だった訳ではない。当時の隊長はIS技術を用いた人体強化手術を受けた結果失敗、左目を失明したことによりスランプに陥っていたのだ。

 

 誰もが『結果』だけを見た。それは仕方が無いところもある、そういう世界だ。

 しかし、だからこそそれを中々出せない隊長は、当時既に私と関わり合いになった段階でほぼ誰からも期待などされていなかった。『失敗作』と言って憚らない者すらいた程だ。この訓練に参加出来たのも、恐らくそれを意図した側の立場からすれば、折角造ったのだから、少しでもこれでものの役に立つように出来ないか、という思惑が透けて見えていた。

 

 そんな環境の中にいるにも拘らず、彼女は少なくとも表面上は、そんな事実等全く意に介していないように見えたのには正直感心した。それどころかスランプから抜け出すため、寝る間も惜しんでひたすら努力を重ねていることも、私は偶然彼女が誰もいない訓練所で、一人で完全な死角になる左手からの敵への対処のためのシュミレーションを、夜が明けるまで続けていたところを見てしまったことで知った。

 流石、力を失う前は『独逸の冷水』等と呼ばれていただけのことはあると、それから私は彼女に対して敬意を払うようになった。

 

 しかし、元々確かに部隊の中では最年少とはいえ、階級は最も高い彼女に対しての最低限のそれすら弁えていない連中が当時は殆どで。

 だから、だったのだろうか。同じ部隊の中では比較的マシな態度をとる人間だと思われたのか、ある時私は彼女に『相談』を持ちかけられた。

 

 「贈り物……ですか? 織斑教官への?」

 

 「ああ……いつも、世話になっているからな。何を差し上げたら、喜んで頂けるだろう……?」

 

 早い話、そんな内容の相談だった。

 正直、これには当初かなり戸惑った。教官のことを話している時の彼女は、軍人『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の面影はなく、ただ年相応の少女に見えたからだ。

 ……『軍人』としての私は、この時彼女に失望すべきだったのかもしれない。軍属の人間が、いくら一時的に私達の教官を務めているとはいえ、結局は所属の違う人間と私情で交流を持つべきではないと諭すべきだったのかもしれない。

 だが私の中で一体、どんな気まぐれが起こったのかは知らないが。この時の私は、彼女が自分を『本来の自分』を見せるに値する人間として信用してきている以上、その信頼に応えるべきだという判断を下した。

 

 そして決断をした以上は、決して『手を抜かない』のが私の主義だ。

 私は今まで碌に使ったことのない休暇を使って日本に赴き、教官程の年頃の女性が『送られて喜ぶもの』に関して、現地で徹底的に調査を行った……つい熱が入りすぎて少々脱線したことは認めなければならないが、それでもこれにより十分な成果をあげたと確信した私は帰国し次第調査の結果を報告した。それを聞いた彼女はとても喜び、

 

 「ありがとう……クラリッサは頼りになるな」

 

 今まで一度も見たことの無いような、この上ない笑顔で、そう言った。

 

 その笑顔を見たとき私が抱いた感情は、未だに言葉では言い表せそうに無いが。

 一つ言えるのは、この瞬間こそが。私『クラリッサ・ハルフォーフ』が、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という、一人の少女の魅力に取り憑かれた最初の出来事だったということだ。

 

 

 

 

 「隊長ッ! どうしたのですかッ!! まさか、例の『VTシステム』の件で謂れのない迫害を受けているのですか?! ……こうなれば、今すぐに『黒兎部隊』全軍を出撃させてでも隊長を……!」

 

 『落ち着けッ! 貴様自分が何を言っているのかわかっているのか?!』

 

 「ハッ?! 申し訳ありません取り乱しましたッ!!」

 

 隊長との電話は、いきなり私が隊長に怒鳴りつけられる形で始まった。

 思えば出会った時から隊長は教官に夢中で、基本私にはそっけない。少し寂しい。

 そのせいかは知らないが、『副長は隊長と話していると箍が外れる』等とは、最近部下からよく言われるようになった。極めて不快だ、私は至って正常だ。大体他の連中だって自分からは話かけない癖に、『教官と一緒にいるときの隊長は可愛い』等とあの人のことを碌に知らん癖に勝手なことばかり抜かすのが次々と増えているのは知っているのだ。

 

 『全く……お前を信用して『黒兎部隊』を任せているのだ、しっかりしないか』

 

 おっといかん、今はそんな部下のことなどどうでも良い、何よりも隊長のことだ。

 

 「はいっ! この身に代えても隊長の部隊は守り通して見せます……それで隊長、用件は?」

 

 『う、うむ……その、だな。そちらが大変な時に申し訳ないのだが、また、お前に相談したいことがあるのだ』

 

 「聞きましょう。それが副長たる私の務めです」

 

 『お、おお電話越しなのにクラリッサが燃えているのがわかるぞ、なんなのだこれは……まぁいい、ええと、その、あの、だな』

 

 「――――なん……だと?」

 

 相談したいことがあるという隊長の話を一つ返事で了承した私だが、その内容は正直私の想像を遥かに上回るものだった。

 あまりのことに、私は隊長の言葉を最後まで聞かず、受話器を置いてその場にへたり込んでしまう。

 

 「しょ、少尉?」

 

 「一体、何が……隊長は、なんと仰られたのですか?! 答えてください、少尉!」

 

 私のそんな様子を見て、『黒兎部隊』の面々が何事かと駆け寄ってくる。

 ……正直、こんな残酷な事実を隊員に告げたくはない。だが、副長として、黙っているわけにもいくまい。

 そう思い、私は口を開いた。

 

 「た、隊長が……結婚した、と」

 

 「……!」

 

 私の一言に一斉に息を呑む隊員達。

 

 「た、隊長が……あんな小さな隊長が、そんな!」

 

 「わ、私達は?! 『黒兎部隊』はどうなるのです?!」

 

 「くっ、一体どこのロリコン野郎に騙されて……!」

 

 直後各々慌てだす、当然だ、こんな危機は『黒兎部隊』始まって以来始めて……!

 ……? 待て、先程何か気になる言葉を聞いたぞ? 騙される……? 隊長が、騙されている……?

 そうだ、あの織斑教官以外に関心を持たなかった隊長が、そんじょそこらのありふれた男なんぞに心を奪われることなどある筈が無い。

 まさかッ! 隊長はッ……! 例の、『VTシステム』の件で責任を取らされて……!

 

 『ラウラ君。今回、君が我々ドイツに与えた損害について、どう責任を取るつもりかね』

 

 『……申し訳ありません』

 

 『謝罪の言葉が聞きたいわけではないのだよ。誠意を見せたまえ、誠意を』

 

 『私はどうしたら』

 

 『なに、君のような大変見目麗しく可憐で神々がこの薄汚れた世界に創造した天使のような少女に求めるものなど、決まっているだろう? ……私の妻になりたまえ。それで、この件はチャラだ』

 

 『……はい』

 

 そこまで想像したところで、私の中で決定的な何かが切れた。

 ……絶対に許さん、絶対にだ。

 

 「うろたえるんじゃあないッ! ドイツ軍人はうろたえないッ!」

 

 私の一喝で静まり返る一同。

 それを確認してから、私はゆっくりと立ち上がる。

 

 「……『黒兎部隊』、出撃だ。今から24時間以内に隊長を救出する。本作戦をもって我々は損なわれた『黒兎部隊』としての尊厳を取り戻す。私に続け!」

 

 『Jawohl(了解)!』

 

 誰一人欠けることなく、『黒兎部隊』は隊長救出の為に動き出す。

 ……待っていてください、隊長。私達の隊長は、貴女しかいないのです。

 

 

 

 

 ――――それから20時間後。

 私達『黒兎部隊』は、作戦においてありとあらゆる障害を回避、或いは排除して、日本のIS学園の専属病院に収監されている隊長のところまで辿り着くことに成功した。だが……

 

 「なにをやっとるのだきさまらー!!」

 

 救出対象である隊長本人に怒鳴りつけられて先程の言葉の真意を聞かされ、一同そろってしょんぼりしながら帰国することとなった。

 しかしこの出来事は結果的に、本国に我々の迅速に誰にも気がつかれずに日本のIS学園直轄の施設にまで潜り込んだ能力と、隊長の事を想って全員が行動した団結力を評価され、『黒兎部隊』は解散の危機を免れることとなる。

 

 ――――そう、何があろうとも。隊長がいる限り『黒兎部隊』は不滅なのだ。

 

 

~~~~~~side「セシリア」

 

 

 一夏さんと距離を感じる。

 そんなことを感じるようになったのは、実を言えばそんな最近になってのことではなかった。

 

 強いて言うなら。それを特に意識するようになったのは、鈴さんがここに編入してきてからだろう。尤も彼女は一部を除いて基本誰にでも慣れ慣れしいのだけれど、その中でも特に一夏さんとは特別それが強いだけにどうしても気になる。

 だから恐らくそのせいだけではないのだろうけれど、どうも彼女とは表面上は上手くいっているものの、この間の自主訓練の帰り道の時のように、何処かギスギスしてしまうことが珍しくない。

 

 『困ったことがあったら遠慮なく言えよ。そうじゃなくても個性派だらけのクラスなんだ、お前に面倒事押し付けちまった責任あるし、出来る範囲で力になるよ』

 

 別に、それが悪いことだとは思っていない。親しき仲にも礼儀ありという言葉もあるし、そんな態度の彼に今まで何度も助けられてきたのも事実だ。今の関係も、悪くはないとは思っているけれど――――

 

 『鈴テメーいい加減後ろから引っ付いてくんのやめろ! 小学生じゃねぇんだぞ!』

 

 『にしし、背後が隙だらけだから注意してやったんでしょー?』

 

 『くそっ、このっ! 離れろこの触角シャクトリムシめ! 篠ノ之流秘技『百足(ムカデ)』!』

 

 『なにが秘技よただのくすぐ……うきゃー!』

 

 こんなところや。

 

 『おい一夏』

 

 『なんだよ箒。言っておくけど当分打ち込みは勘弁してくれ、今は少しでもここを詰め込んでおきたいんだ』

 

 『そうではない……いや、そのことは後で話し合うとして……襟が曲がっているぞ、お前一人部屋になって少し自堕落になったのではないか……? 全く、しゃんとしろ。ほら、直してやるからこっちを向け』

 

 『お、おう悪い』

 

 こんなところを見るとモヤッとくる自分がいる。

 彼女達はそもそもわたくしとは付き合いの長さが違う、それは仕方の無いことだと思っても、やはり自分と比べると『彼』との距離の近さを感じずにはいられないのだ。

 

 「これって……やっぱり『嫉妬』しているのかしらね、わたくしは……」

 

 呟きながらバルブをしめる。シャワーが止まり、わたくしは濡れて重くなった髪を纏めて……後ろで束ねて鏡を見る。

 ポニーテール。箒さんと、同じ髪型。この格好なら、襟を直すくらいはしてもおかしく思われないだろうか。箒さんの真似をしてみましたの、って感じで……

 

 「あ……」

 

 しかし鏡を見て直ぐに失態に気がつく。髪が湿っているうちは良かったのだが、髪が乾きだすにつれ縛った髪の毛があらぬ方向に曲がりだす。

 

 ――――わたくしの髪質では、ポニーテールは厳しいですわね……。

 

 纏める場所次第ではこれはこれで、と思わなくもなかったが、どの道箒さんとは大分毛色の違う髪型になってしまうのは確かだ。そもそも髪色からして全く違う、これでは箒さんの真似なんてとても……

 

 「なにをやってるんでしょう、わたくし……」

 

 そこまでやったところで、わたくしは漸く正気に戻って髪を纏めていた手を放すと、首を振って髪を元に戻した。最初から、他人の真似をしてどうにかなるものじゃない。そもそも距離が一向に近くならない問題は、わたくし自身にあるのだ。

 

 ……そう、結局のところ。事戦いにおいても、人間関係にしても。相手に距離をとられてしまうと、そのまま踏み込めなくなってしまうのが今までの『セシリア・オルコット』の在り方だった。

 

 戦いであれば、なんの問題も無い。むしろ近接武装に乏しい『ブルーティアーズ』は相手に間合いに『踏み込ませない』ことが重要になるのだから。だが、友人との関係になると……今までの経験から、相手に『踏み込ませない』技量については自信があるが、こちらから進んで誰かに近づいてみようと思ったことはなかった。なにせ、両親を失ってからというもの、そんな心の隙を狙ったハイエナ共が次々とその遺産を狙って押し寄せてきたのだ、甘い言葉を掛けてくる人間はその殆どがわたくしにとっては敵だった。

 

 思えば、そういう点もわたくしはあの二人に劣っている。あの二人はどちらも接近戦志向、距離を空けようとする相手には徹底的に追い縋り自らの『間合い』を確保しようとする。

 

 「むむむむむ……」

 

 自分が誰かに『劣っている』。

 事実は事実として受け止めるべきだろう。だがそれを認めたまま放置するのもまた『セシリア・オルコット』の取るべき選択ではない。問題が見つかったのなら克服すべく動くべきだ。

 

 「……そう、これはわたくしが『弱点』を克服し、完全無欠の淑女になるために必要なこと。断じてわたくしが個人的に一夏さんと仲良くなりたいからではありませんわ」

 

 そう言い聞かせて自分自身を納得させながらシャワーを切り上げ、昔からの信頼できる友人であり、使用人であるチェルシーに電話を掛ける。

 

 ――――相手がチェルシーとはいえ、友人との関係について誰かに相談する日がくるなんて、考えたこともありませんでした。

 

 やはり、あの日。

 一夏さんと決闘し、話したことは、わたくしをわたくし自身が思っている以上に大きく変化させたのだろう。そんなことを考えながら苦笑していると、丁度3コール目で電話が繋がる。

 

 『お久しぶりですお嬢様。お嬢様自身が望まれたこととはいえ、長いことお声を聞くことが叶わなかったのは寂しかったです。ご壮健であられますでしょうか?』

 

 「ええ、ありがとうチェルシー……ごめんなさいね、貴女の手を借りなくても一人前のIS搭乗者としてやっていけます! なんてつまらない意地を張って、連絡することを禁じたりして……」

 

 『ふふ、いいんです。そんな強気なところもお嬢様の素敵なところなんですから……ですが、今のお嬢様も素敵です。ブリテンにいた頃より、大分お声が柔らかくなりました……お顔を拝見できないのが残念です。きっと、以前より素敵な女性に成長していらっしゃるのでしょうね』

 

 「……もう、相変わらず調子がいいんだから。流石に照れてしまいますわ、やめてくださいまし」

 

 『ごめんなさい、つい嬉しくなってしまって……それではお嬢様、ご用件をお聞きします』

 

 「その……かくかくしかじかなのですわ」

 

 『まるまるうまうまなのですか……成程。ふむ、そうですね。その件について、私からアドバイスをするとすれば……』

 

 そこから先の言葉を一字一句聞き逃すまいと耳を受話器に押し当てる。チェルシーはわたくしと違って、『体裁』だけではない交流を色々な人と持っている世渡り上手。きっと的確な助言をしてくれる筈……

 

 『普段やらないことを敢えてやってみて驚かせるというのはどうでしょう。今のまま定着したお嬢様のイメージを直ぐに変え、付き合い方に変化を求めるならそれが一番効果的だと思います。そうでなくとも、『殿方』というのは女性の、そういった『以外な一面』を見出すことに喜びを感じる生き物だと聞き及んでいます。試してみて損はないかと』

 

 「普段やらないこと、ですか?」

 

 『そうですね、お嬢様の場合であれば……料理、とか』

 

 「!」

 

 確かに、それは今まで全て使用人に任せていたわたくしにとっては全く未知の領域だ。

 しかし……

 

 「そんな……試したこともないことをやって、上手くいくとは思えませんわ」

 

 『上手くやる必要はないのですよ、ただ『やろうとしている姿勢』を見せて差しあげれば宜しいのです……まだ、お嬢様にはわからないかもしれませんけれども、ね』

 

 む。妙に上から目線なのは気に食わない。彼女だって、わたくしより一つ上くらいでしかない歳なのに……

 

 「……わかりましたわ。今回は貴女の口車に乗せられてみることにします」

 

 『はい、頑張ってくださいませお嬢様。チェルシーめは草葉の陰から見守っております』

 

 「滅相も無いことを言わないで頂戴。そんな言葉を何処で覚えたの……?」

 

 『出来るメイドは常に勉強を怠らないものですよ。それでは、失礼致します』

 

 「ええ。ありがとう、チェルシー」

 

 最後に相談に乗ってくれたことに対して礼を言い、電話を切る。

 ……結局チェルシーのいいように乗せられたような気もするが、経験上彼女が間違ったことを言ったことはない。

 ここは騙されたと思って、早速準備に取り掛かろう。けれど、その前に……

 

 「……ツインテールも試してみようかしら?」

 

 髪がまだ湿っている間、少しだけ。

 そう思って鏡と向き合い、『今までと違う自分』の演出について考えた。しかしやはりなかなかしっくりこず、

 

 「あの……セシリアさん? ちょっと眩しいんだけど、まだ寝ないのかなー、なんて」

 

 そんな、ルームメイトの方の声が漸くわたくしの耳に届いた頃には。既にわたくしの髪は完全に乾いてしまっていた。

 

 





 現行最長サブタイ回。いや、他に言い表す表現が思いつかなかったんですすみません。
 細かいトコですがラウラの階級の変更は意図的なものです。まぁ大尉でも相当なものですが、彼女の歳で佐官というのが個人的に違和感があったので。
 セシリアの話を一回どうしてもやりたかったのでここで入れました。次回でワンサマがもれなく大ピンチな所まで予定調和です。チェルシーは大変な提案をしていきました……セシリアの、料理です。

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