IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第四十二話~二人の『T』~

 

~~~~~~side「布仏虚」

 

 

 『選択の余地』の無い人生。

 自他共に、私の今までの人生はそういうものだったと、公言することが出来るくらいには、私は今まで自分の立場に縛られながら生きてきた。

 

 尤も、そのこと自体を不自由に思ったことこそあれど、不満に思ったことは一度も無い。

 昔から、それが自然なことだと教え込まれてきた。それに、私が少し我慢するだけで、その分楽に生きられる子もいるし……何より私自身が、その私の人生を決める資格を持っている主筋を、それに値する方達だと認めているから。

 けれど……

 

 「よりにもテスト前に生徒会の事務仕事が入るなんて……こんな時ばかりは自分の生まれを呪いたくなるわ……」

 

 休日の、私以外誰もいない生徒会室。書類の山を片付けながら一人、そんなことをぼやく。

 

 ――――当主さえいてくれれば。

 

 一人で私の何倍も仕事をこなせるあの人さえいてくれれば、大した量の仕事でもないのだけれど。

 だが彼女もサボりではなく仕事で空けてしまっている以上、文句を言う訳にもいかない。私はもう一度最後に溜息を吐き、次の書類に手を伸ばそうとして、

 

 「~~~~♪」

 

 携帯が鳴った。仕事の手を一時止め、画面の表示を確認すれば、当主からの電話だった。

 

 「お仕事終わったのかな……?」

 

 通話ボタンを押し、電話に出る。

 

 『終わったよ~、虚。ちょっとヤボ用済ませたら戻るから、もうちょっと持ち堪えて!』

 

 「嗚呼、私、当代が私の主で本当に良かったです……!」

 

 『やめてよ、照れちゃうじゃない……ま、仕事なんて言いながら実質遊んできちゃったし、少しはリカバリーしないとね……』

 

 「……当代?」

 

 『あ! ううんなんでもないこっちの話! ……それにもう、『当代』って言うのよしてよ。学校じゃ『友達』でいようって約束したでしょ? それに昔ならいざ知らず、今じゃ落ち目の『更識』に媚びる必要なんてないのよ』

 

 「今日は休みですから。それに、『更識』は落ち目なんかじゃありません。当代が立て直すんでしょう?」

 

 『虚のいじわる』

 

 戻ってくる拗ねた声に、思わず苦笑してしまう。

 当代は、同じ年だけあって私と距離を取りたがらない。有難いし嬉しいことではあるけれど、こちらも使用人として育てられてきた矜持というものがある。あまり主筋に慣れなれしく出来ないというこちらの事情も察して欲しい。

 

 『ふーんだ、いいもんね。そっちがそうなら私は私で『たっちゃん』って呼んでくれる友達もっとつくるもん』

 

 「はいはい……それで、その計画の掴みは上手くいったんですか? 今日は一年の……例の、男性操縦者の子の護衛のだったんでしょう?」

 

 『『個人的』に興味深い子ではあったね。でも……』

 

 当代の声色が変わり、途端に私は携帯を耳に当てたまま動けなくなる。

 それくらい、スピーカーから聞こえてくる彼女の声は、私と同じ年とは思えないほど凄みがあった。

 

 『『私』が欲しい『反応』は、なかった』

 

 恐らく私を含め片手で数えるくらいしか知っている人がいないであろう、『当代』のもう一つの顔。それに『切り替わった』のが、声を聞くだけでわかり、私は今になって、今日当代があのような仕事を引く受けて出かけていったのは、更識家現行頭目、更識楯無としてではなかったことを漸く悟る。

 

 「と、当代? ……貴女、は」

 

 『……あは。ごめんごめん、驚かして。大丈夫だよ、いつも通り。この結果は、多分私にとっては『良かった』んだと思う』

 

 しかし、電話越しに私が息を呑んだのが伝わったのか。

 当代はすぐにいつもの雰囲気を取り戻し、明るい声で話を続ける。

 

 『けれど……『真っ白』だったワケでもない。ちょっと気になる『ニオイ』をさせてる娘が、彼の近辺にいてさ。今少し、『更識』の人を動かして身元を洗わせてるの。『楯無』としてじゃない、私の個人的なことで申し訳ないけれど、それがわかるまで、もう少し待ってて』

 

 「当代。わかっていると思いますが、私は賛同しませんよ。私にとって、『楯無』は貴女だけなんです。これは私だけではなく、間違いなく『更識』全体の総意であると、私は信じています」

 

 『わかってるよ、『楯無』は降りない。国家代表も辞めないし、生徒会長だって続ける……でも――――』

 

 「っ!!」

 

 最後に当代が言い放った言葉。それを聞いて、私は思わず唇を噛む。

 今更、驚くようなことではなかったのかもしれない。このことは、一年前、この学園に入学する前に久しぶりに再会した彼女が、当初から言っていたことなんだから。けれど、どうしても、自分の中では、納得出来なかったのだ。

 

 『あ……ごめん虚、キャッチ入っちゃった。何かわかったのかも、一回切るね。じゃ、お仕事頑張って♪』

 

 そんなことを考えて何も言い出せないうちに、当代は電話を切ってしまった。

 私は通話が途切れたことを意味する、無機質で一定の電子音を聞きながら、私は仕事の続きをする気にもなれずに先程の当代の言葉を頭の中で反芻していた。

 

 ――――復讐も、絶対に遂げる。

 

 そうだ、納得なんて出来る筈が無い。

 八年前。ただ『更識』だったという理由だけで、あんなに理不尽で大変な目に遭わされたのだから、その分後は幸せにならなければならない筈のあの人が。

 

 未だに八年前に彼女が引き摺り込まれた、闇に捉われたままなんて、こと。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 いきなりだが。

 今私は猛烈に機嫌が悪い。

 どのくらい機嫌が悪いかといえば、立場が許すなら今すぐにでも先程から何度もすれ違う、平和ボケしたマヌケ面連中の顔面を引っ掴んでアスファルトに叩きつけ、赤い水風船をブチ撒けたいくらいには。

 

 理由については、もう色々在り過ぎて最早どこから切り出していいかわからないくらいだ。

 敢えて言うなら、この私が『ガキの子守』なんてふざけた仕事でこんな平和ボケした極東の国に派遣されてきたことだ。任務と聞いた時には、久方振りに暴れられるかと喜び勇んだものだが、蓋を開けてみれば肩透かしもいいところ。やっぱりガキ連中に任せちまえば良かったと今更ながら後悔している。

 そして、なにより。

 

 『そこを右だと言っただろう無能。お前はアレか、やはり私達人間の言葉に似た鳴き声をあげることが出来るだけの猿だったのか』

 

 先程から態々イヤホンマイクの向こう側からこちらの神経を逆撫でしてくる、道案内の存在だろう。

 

 「……決めたわ、やっぱテメェ戻ったらブッ殺してやる。手始めにアゴをフッ飛ばしてやるから顔を洗って待ってろよ」

 

 『猿が何か言っているな、どうせ碌でもないことだろうし興味もないが。さっさと仕事を終わらせて帰還しろ類人猿。猿の道案内に時間を割いてやるほど私は暇ではないんだ』

 

 「ざけんな、私だってテメェみたいな乳臭ェガキとは一秒たりとも会話なんてしたくねェんだよクソがァ。マジでふざけろ、よりにもよってなんでテメェがオペレーターなんだよエムゥ! 他に使える人間はいねぇのか!」

 

 『文句なら仕事を放り出してイタリアのヴァイオリンオークションに出かけたあの放蕩女に言え……なにが『ストラディバリウスが呼んでる!』だ、あのクソアマ』

 

 「……スコール」

 

 そういうところも含めて好きになったつもりだが、この時ばかりはあいつの堪え性のなさが恨めしい。兎に角自分の欲求に忠実で『我慢しない』ところはあいつの美点ではあるが、同時に問題点でもあるのだ。

 

 「クソっ……!」

 

 まぁ、どの道この場にいない人間に不満をぶつけてもしょうがない。

 私はイライラを募らせながら、いっそうそれに拍車をかけるクソガキの道案内を頼りに、ことの発端になった、人騒がせな『迷子』を探す。

 

 『近いぞ。お前の節穴のような目でも十分認識出来る範囲に入った、さっさと探し出せ』

 

 「私に命令すんじゃねぇ殺すぞ……っと、見つけた」

 

 『そうか見つけたか。じゃあ切るぞ、二度とかけてくるな。そして死ね』

 

 「オイコラテメェまだ切んな、まだ帰り道が……あのガキぜってーブッッッ殺す!」

 

 交差点を渡り、建物の角を曲がったところで、とうとうトコトコと呑気に歩道を歩くバカの姿が目に入った。私は取り合えず腹いせに振り向き様一発殴ってやろうと歩みを速め、

 

 「よぉ、おっさん! 落し物だぜ!」

 

 『そいつ』の後ろを時計を気にしながら神経質そうに歩いていた、三十から四十前後の、この国ではありふれてそうな冴えない親父に声を掛けると、

 

 「?」

 

 ――――!

 

 無警戒に振り返るのを待たず、その親父の首下に袖に隠してあった得物を手に滑り込ませそのままブチ込む。ものの数秒で親父は動かなくなり、地面に倒れこんだ音で、探していた『迷子』がこちらを振り向く。

 

 「……え? あ、アキさん?」

 

 「オータムだ。変な名前つけんじゃねぇこのダボがァ」

 

 言葉と共に、取り合えず当初の予定通りそいつの頭に一発拳骨を叩き込む。少しスッキリした。

 ……だが程々にしておこう。どういうわけかこいつはスコールのお気に入りだ、チクられたりすると後々面倒なことになる。全く、こんなマヌケの何処がいいんだ。波長は少し似ているところがあるかもしれないが。

 

 「ううっ、ひどぉい……なんでぶつんですかぁ」

 

 「うるせぇ。こっちは態々テメェみてぇな鈍臭ェ奴迎えにこんな場所まで出向いてやったんだ、一発くらい憂さ晴らしに付き合いやがれ」

 

 「うう~、迎えに来てくれたのは感謝しますけどぉ……」

 

 ……本当に鈍臭ェガキだ、私はこれからこんな奴と一緒に、簡単なこととはいえ仕事をしねぇといけねぇのかと思うと吐き気がする。

 そんなことを思いつつ、殴られた場所を押さえて涙目になるガキを尻目に、私は先程無力化した親父を蹴り飛ばす。

 

 「おまけにこんな丸わかりの尾行をつけられやがって。テメェこれから私にこれ以上迷惑掛けてみろ、テメェが勝手に馬鹿やっておっ死ぬ前に私直々にブチ殺してやるからな」

 

 「そ、その人死んじゃったんですか?」

 

 「ケッ、そう出来りゃあ良かったんだけどなぁ」

 

 先程こいつに撃ち込んだのはガスで射出するタイプの麻酔弾だ、くたばってはいない筈。

 本当はこんな生ぬるい上撃った感覚のない銃は持つことすら嫌なのだが、スコールに言われて仕方なくこの国ではこれを持ち歩いている。

 なんでもこの国だと下手に殺すと死体の処理が面倒らしい、全くもってクソのような話だ。

 

 そんなことを考え、親父を人目につかない路地裏に蹴り込むが、ガキはそれに追い縋って行って親父が生きているのを確認すると、安堵した様子で溜息を吐いた。

 

 ――――鈍臭ェだけじゃなくて甘ちゃんかよ、救えねぇ。

 

 スコールに言ってチームを変えて貰うのを、少し本気で考えたほうがいいかもしれないと思いつつ、私はガキについてくる様促し歩き始めた。

 ガキはそれに数歩遅れる形で、慌てた様子でついて来る。

 

 「アキさんアキさん!」

 

 「オータムだっつってんだろこのトンマ! ……あんだよ?」

 

 「むー、それをいったら私だってちゃんとした名前があるんですよぅ。アキさんいつも『ガキ』とか『クソガキ』としか呼んでくれないじゃないですかぁ」

 

 「知るかよ。大体テメェ等『ミッシング・ネームズ』が名前がどうこう拘るんじゃねぇ。エムのクソガキもそうだが、テメェ等の名前なんて私等にとっては識別記号に過ぎないんだからな」

 

 「それでも、です。ちゃんと呼んでください、アキさん」

 

 「しつけぇ……しゃーねーな、テメェが私のことをちゃんと呼べたら考えてやるよ」

 

 「そんなのお安い御用です! あ、あ、おおおおう、おう」

 

 ……マジかこいつ、明らかにわざとじゃなくて本気でどもってやがる。

 ここまでやられると逆に自信がなくなってくる。私のコードネームはそんなにいい辛いだろうか?

 

 「おとうさん!」

 

 「誰がテメェの親父だコラァ。それに『お』しか合ってねぇよ、ふざけてんのかテメェ」

 

 「あうぅぅぅぅ?!」

 

 イラッときたのでバックをとって梅干を喰らわす。

 奇声をあげて悶え苦しむガキを見てまた少しだけ憂さを晴らし、適当なところで解放した。

 

 「うううぅ、酷いです、ちょっと間違えただけじゃないですか」

 

 「ちょっとの定義を勉強し直せ、不合格だアホンダラ」

 

 「う~!」

 

 「唸ってもダメだ。あんましつけぇともう一発かますぞ」

 

 そう言って指の骨を鳴らすと、縮こまって後ろに引っ込むクソガキ。最初からそうしてりゃあいいんだ。

 

 「なんでですかぁ、いいじゃないですか『アキさん』って。後は『ハルさん』か『ハルくん』でコンプリートなんです、だから許してくださいよぅ」

 

 今度は『だから』の使い方がおかしい……ハッ?! 私が、振り回されているだと……!

 本当に相手してると疲れるガキだ、いっそ無視を決め込んでしまおうか?

 

 「むー……でもアキさんが来てくれたということは、いよいよお仕事が出来るんですね! ソラくんの『夢』を、叶えるための」

 

 だがそのように決意を固めた瞬間に話題が変わる。

 引き続き無視してもいいが、今なら『仕事』の話が出来るかもしれないと思い直して口を開く。

 

 「そんな大層なもんじゃない、正確にはくだらねぇ事前準備さ。だがまぁ、それでも今までテメェの持ち回りだった、何の役に立つかわからねぇブリュンヒルデの弟の見張りよかはマシな仕事なのは確かだろうさ。準備無しに『祭り』はできねぇ、こんなつまんねぇ作戦が何より重要ってのが『ドクトルB』の意見だ。あいつの『夢』を守りてぇなら、精々気張るんだな。『マッドティーパーティー』の開催日は、もうすぐそこまで来てんだ」

 

 そこまで言って、ポケットに入れてあった『預かり物』を後ろに放り投げる。

 別に大暴投したわけでもないが、後ろのノロマは案の定一度それを取り落としたのか、金属がアスファルトを叩く音が数秒後に響く。

 

 「アキさん、落し物ですよ」

 

 訂正。私がアレを投げた意味すら、わかってなかった。

 

 「テメェのだよ! 分かれスカタン! ……『シー』がパチってきた新型だ、テメェにゃもったいねぇブツだが、今度の『作戦』には必要になるモンだ。持っとけ」

 

 「はーい……うんしょ、こらしょ。ここをこうやって、こう……! アキさん大変です!」

 

 「何?」

 

 何か、アレに問題があるのか……? 私は動かしたことこそあるが整備については素人だ、故障なら一度拠点に引き返さなくてはならないが……

 

 「つけれません! つけてくださいアキさん!」

 

 畜生こいつ相手に少しでもマジになった私が馬鹿だった!

 

 「知るか一生やってろ!」

 

 「うわーん、そんなこと言われても出来ませんよぅ、こんなのつけたことないんですよぅ! なんとかしてくださいよぅ!」

 

 「うがああぁぁぁぁぁぁァァァァァァァ!」

 

 背中に引っ付いてくるクソガキのあまりの鬱陶しさにとうとう耐えられなくなった私は、勢い良く振り返るとガキから『ソレ』を引ったくり、ガキの耳につけてやる。

 

 「これでいいかよクソがァ!」

 

 「あ、アキさんちょっと怖いです! でも、ありがとうございます!」

 

 私の剣幕に若干押されながらも、満足げに微笑むクソガキ。

 ああくそ、やはりこいつといると調子が狂う。この仕事マジで大丈夫なんだろうな。

 

 「よーし、頑張りますよ! 準備を任されたのなら完璧に仕上げてスーさん達をびっくりさせちゃいましょう! ね、アキさん!」

 

 そんな私の気も知らず、一人気合を入れるクソガキ。

 ……まぁ、スコールに褒められるってのは悪くない。こいつがやる気なら精々使い倒して楽させてもらい、手柄だけ頂いてしまおう。

 

 「あ、アキさんがなんか悪い顔してます……」

 

 「生まれつきだよ。テメェこそいつまでも間抜け面してないでさっさとついてきやがれ……『ティー』」

 

 「あ……」

 

 そうと決めたら態々好き好んで険悪になる必要もない。ここは私が大人になろう。そう思って、最後にこのクソガキの名前を呼んだ。

 ガキ……ティーは一瞬ポカンとした顔で私を見つめた後、

 

 「……はい♪ 今日から翼は『亡国機業』の『ティー』に戻ります」

 

 満面の笑みで私に返事をした。

 そして、まるでその笑顔と声に反応するかのように。

 私がつけてやった、左耳の灰色のイヤーカフスが、こいつのボサボサの黒髪と一緒に風に吹かれて小さく揺れた。

 

 




 副題通り、二人の『T』の話をお送り致しました。
 復讐者たっちゃんは実は投稿開始前の構想の段階で決めていたネタだったり。詳細はまだ明かせませんが、ここら辺の設定変更で簪との仲も若干原作とは変化があったりします……尤も気まずいのは変わらずです、次の! 次も! かんちゃんのぶんだあああーーーーーーッ! これも!これm(自重
 本作における亡国機業は、そうじゃなくてもスコールさんが非常に自由な人になっているのに加えてアパーな娘が追加されたため、オータムさんは必然的に苦労人と化す必要がありました、合掌。ただ登場した以上必然的にこれから敵役として出番がありますので、次回出るときは多分かっこいいオータムさんが見れる……と思います、多分。

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