IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第四十一話~居場所~

 

 

 「……っつ~。畜生、しばらくぶりに会った幼馴染の腕力がモンキーからゴリラに進化してた件」

 

 「人間は……成長するんだな」

 

 「腕力『だけ』な……女子力? まるで成長していない……」

 

 「……OK、あんたらもう一回表出なさい」

 

 店の表で女子が男子三人にヤキを入れるという、半ば営業妨害じみた三文劇が繰り広げられた後。

 いかにも何もなかったかのように、そんな馬鹿な話をしながら店の扉を開けた俺達を迎えたのは、

 

 「あわぁーーー!」

 

 宙をヒラヒラと舞う、大量の皿だった。

 

 「!」

 

 ここは宇宙空間でもなんでもない。当然、浮かんでるわけじゃなく、一度浮き上がった皿は直に重力に負け俺たちのところに落下する。そうなる前に、自然に俺が鈴、弾が数馬を庇うように体が動いた。

 

 ――――割っちまうことになるが、はじき落とすだけなら俺達二人なら出来る。

 そのまま手を構えて落ちてくる皿に備えようと……

 

 したところで、思いもかけないことになった。

 更識先輩が、俺達が立っている位置の間にある、微妙な隙間から飛び込むように前に出て、

 

 「ふんぬ!」

 

 二枚の皿の底を指で支え、そのまま回りながら床に着地。

 その場で踏ん張りながら、落ちてくる皿を全て、手にした皿で受け止めた。

 

 「すげえ……」

 

 まさに神技だった。更識先輩が受け止めた皿は、一枚も割れていない。

 

 「ご、ごめんなさーい!!」

 

 お手伝いさんだろうか、俺達に向けて皿をばら撒いた張本人が、謝罪の言葉を口にしながら駆け寄ってくる。

 

 「もう、危ないぞ。一気にこんなに一杯運ぼうとしちゃダメ。二、三回で分けて運ぶこと!」

 

 そう忠告しながらも、自分はその二、三回で分けて運ぶべき量の皿を両腕で抱えた状態で厨房まで運んでいく更識先輩。鈴を投げ飛ばした時の技の冴えを見た時点で予想はついたことだが、この人も結構人間やめてる部類だと思う。

 

 「ごめんなさいでした……」

 

 俺らの前で俯いて涙目になるお手伝いさんの女の子は、普段IS学園なんていう女の園の中にいて麻痺した目でも尚レベルが高いのが伺い知れる程、可愛い娘だった。あまり気を遣っていないのかクセッ毛なのか、肩の辺りで切り揃えられた黒髪はところどころがあらぬ方向にハネており、何より猫を思わせる大きな琥珀色の瞳が、全体的にのんびり屋の野良猫然とした印象を与えてくる。

 制服とかがある店ではないので、白いワンピースの下に裾のところに青いリボンのついたレギンスを履いた私服を着、その上からそのままエプロンを引っ掛けている。

 

 ――――いや、実はまぁ、知り合いだったりするのだが。

 

 「つ、翼あぁぁぁ?! 何やってんのよ、あたしん家で?」

 

 俺の背後からを顔を出し、その姿を認めた鈴が素っ頓狂な声を上げる。

 

 「まぁビビるよなぁ、入った途端皿をブチ撒けられりゃあなぁ」

 

 「気ィつけろよ翼ー。俺らじゃなきゃ下手すりゃ大怪我してるトコだったぜ?」

 

 事情を知ってる男二人は、挨拶と注意もそこそこにさっさと席の方に移動する。

 薄情な連中だ、さっきから頭に?マークを浮かべてる鈴に少しくらいは状況を説明してやったらどうか。

 

 「いらっしゃーい。ごめんなさいね、家の子が迷惑かけたみたいで……あら、皆? それに鈴じゃない、おかえりなさい。一夏君も。なんだかんだで三ヶ月ぶり位になるかしら?」

 

 「ご無沙汰してます、響子さん」

 

 店主の鈴の母親も、騒ぎを聞きつけたのか厨房から顔を出す。

 見た目は一見鈴の姉と間違えてしまいそうな位若く、親子だけあってやはり似ている。

 ……唯一部、親とは似ても似つかないパーツがあることにはあるんだがぐはっ、やめろ鈴、人の心の声を読んで攻撃してくるな!

 

 「ふんだ、馬鹿にして。いいのよ、親がこれなんだから伸び代はある筈、まだまだここからよ!」

 

 俺を殴って一頻り怒りを発散すると、母親を手伝うため仏頂面で厨房に入っていく鈴。

 後を追うわけにもいかないので、俺達は先にテーブルについて、皿を置いて戻ってきた更識先輩と一息つくことにした。

 

 

 

 

 それからおおよそ十分ほど。注文した品が全員に行き届き、鈴も席に戻ったので、俺達は食事を取り始めることに。

 

 「…………」

 

 その時。手を合わせて『いただきます』と言う俺の隣で、目を瞑り、顔の前で指を組んで祈りを捧げる更識先輩がいた。その姿は元の素材がいいだけに、それこそ聖典に出てくる聖女を思わせるくらいサマにはなっていたのだが、普段扇子なんていかにも和風なものを持ち歩いている先輩とのギャップもあり、俺は思わず声を掛けていた。

 

 「先輩って、クリスチャンなんですか?」

 

 「別に教徒ってわけじゃないよ、日曜日に教会行ってる訳でもないし……ちょっとした、昔の習慣みたいなものね。一夏君のそれと同じ」

 

 そう言って、手を合わせる俺を指す更識先輩。まぁ、他の面子は何も言わずにかっこみ始めてるからな。

 

 「何よ、新しく雇ったお手伝いって翼だったんだ……もう、なんで言ってくれないのよ、いつ行ってもそれらしい人なんていないし、聞いても教えてくれないし」

 

 俺と更識先輩がお互いにどのような形であれ、食事を取れるということに感謝することは大事、という結論で意見を一致させ、食事に戻る傍らで、鈴が俺達グループの中で一人、翼の件で蚊帳の外に置かれたことに対する文句を母親にぶつけ始める。

 

 「あはは、ゴメンゴメン、アンタをびっくりさせたくてさ」

 

 しかし響子さんは悪びれもせずに、八重歯を見せてカラカラ笑う。

 鈴の悪戯好きは、絶対にこの人の遺伝だと思う。

 

 「……でも前に聞いたときは『優秀なバイト』って話だったような気がするけど」

 

 『優秀』という言葉に反応して、得意げに胸を張る翼。

 いやそこは皮肉だということに気づこうぜ、お前らしいけどさ。

 

 火渡翼(ひわたり つばさ)

 それが、やはり小学生の頃からの付き合いの、この猫娘の名前だ。

 

 といっても、出会ったのは俺が五年生の時に知り合った鈴達と比べると少し遅い。

 きっかけも、特に特別なことがあった訳じゃない。六年のクラス替えの時、男女六人の班を作る際のこと。前のクラスで仲の良かった子や、初めての相手でもなんとなく波長の会いそうな子を見つけてクラスの皆が次々と班を作っていく中、こいつが一人だけあぶれて何処からも声が掛かっていないようだったので、定員が足りていなかった俺らの班が手を上げたのが始まりだった。

 

 『今日はもう帰ります。風が呼んでるんです、行かなきゃ』

 

 同じ班になって、仲間外れにされてた理由はすぐにわかった……まぁ、この台詞でわかるように、色んな意味で強烈な性格だったのだ。不思議ちゃんというか、頭が少し残念な子というか。そのお陰で俺達とも特に話が合う訳でもなかったのだが、そういう点を除けば普通に愛嬌が良くて人懐っこい奴だったため邪険にも出来ず、向こうもどういう訳やら俺達のグループを気に入ったらしく寄ってくるようになった。

 

 中学こそ俺達とは違う私立のところに進んだもの交流自体は続いており、きまぐれにこの店に顔を出しては響子さんに可愛がられているのが、この数年は日常となっていた。

 

 「優秀よ? この半年で一夏君がしっかり教育してくれたもの……まぁ、今でも偶に今日みたいに失敗しちゃうけど」

 

 「はい。ナツくんのお陰です」

 

 ちなみにナツくんとは俺のことだ。翼にとって人の名前を覚えるのはちょっとした鬼門らしく、知り合った人間は大抵略称を使ったあだ名のようなものをつけるのが恒例になっている……確かIS学園の知り合いにも、似たような娘がいたような。

 

 「一夏が……?」

 

 「ああ。お前が向こう行ってから二ヶ月くらいだったかな……? お前いなくなって響子さんが大変そうにしてるの見て、翼がここ手伝いたいって言い出してさ。つっても当時のこいつじゃ戦力処か却って足を引っ張りそうだったから、しばらく俺も一緒に手伝いながらコツをちょっと教えたんだ」

 

 高校受験の準備が本格化していた時期にも拘らず、モンド・グロッソのことを引き摺って何をする気力も湧かずに家に引き篭もっていた俺を、外に引っ張り出してくれた出来事だった。当時は小学生からの付き合いのこの友人の空気の読めなさを心から疎ましく思ったものだが、今思えばあれがなかったら未だに立ち直れていなかったかもしれない。

 

 「二ヶ月くらい、か……丁度、一夏が少しだけ持ち直したかな? って思った時期ね、そっか……」

 

 鈴は俺の返事を聞いて、何か考え込むように独り言を呟くと、

 

 「ありがとね、翼。お母さん」

 

 フッっと、笑って。翼と響子さんに、お礼を言った。

 

 「フフッ、はいはい」

 

 「? どういたしまして?」

 

 響子さんは、それに対して何か微笑ましいものを見るような笑顔を返し。

 どうして鈴が自分に礼を言うのかわからないといった様子の翼は、俺と一緒に首を傾げた。

 

 「なぁ、鈴。なんでお前が二人にお礼を言うんだ? それに結果的に翼が使えるレベルになって、ここで響子さん手伝ってるのは俺が手を貸したってのもあるんだし、俺に感謝の言葉があっても……」

 

 「あーありがとありがと」

 

 「……なんか急に言い方がいい加減になった気が」

 

 まぁいいけどな。元々礼が言って欲しくてやったことじゃないし。

 

 「……にしても、我が娘は未だに手をこまいねいている、か。もう、心配でしょうがなくて中国からすっ飛んできたくせに、本人前にすると途端にヘタレるんだから。全く、誰に似たのかしら。しょーがない、ここは親として一つテコ入れを……」

 

 「お母さん、お願いだから絶対に余計なことしないで。事と次第によってはあたしは母親を殴る親不孝者になるわよ?」

 

 「せつないわねー」

 

 そんな俺との会話もそこそこに、親子でなにやらヒソヒソ話を始める凰親子。

 

 「それでさー、やっぱ世の中不公平だと思うんだよ。なんでそうじゃなくてもあんな美人な姉がいて、なんか一年前から急にモテだしてリア充ロードまっしぐらな一夏が、その上IS学園なんて天国に行けるんだよ。おかしいだろ、俺なんて毎日ナンパに繰り出してるのにどういう訳か一向に春なんて来る気配ないんだぜ」

 

 「お前少しは懲りろよ。前になんだか知らんが怪しい女引っ掛けようとして死に掛けたっつってたばっかじゃねーか……大体聞いてる限りじゃうらやましいことばっかでもねーぞ、現に中学ん時は割と成績良かったあいつが今じゃ崖っぷちらしいし、相当勉強キツいんだと思うぜ?」

 

 「そーなのたっちゃん?」

 

 「う~ん、私は特にキツいなんて思ったことはないけど……でも予備知識が何にもなかったら大変かも。君達がやるところの所謂『数学』がなかったり、カリキュラム自体が普通の学校とはちょっと違うからね」

 

 「は……? 数学ないんスか? それ、むしろサイコーじゃねッスか?」

 

 「そうかしら? そもそも教科としてないのは教えてないんじゃなくて、それが『元々知ってて当然の知識』だからよ? 少なくとも数学に関しては高校出れる位の教養がないと、理論の段階で間違いなく躓くわ」

 

 「…………」

 

 向こうの面子は面子で、気がつけば更識先輩を巻き込み飯を食いながら雑談で盛り上がっていた。

 更識先輩は話が上手くて引き出しも多く、一般人に身近な話題からちょっと際どい話まで積極的かつ的確に拾うため、相手を飽きさせない。

 そのため数馬は元より、弾まで夢中で話に花を咲かせていた。よって俺は必然的に翼と二人きりになる。

 

 「ナツくんに会うのは久しぶりです。お元気でしたかぁ?」

 

 「お陰さまでな……お前、遠くの高校行くことになったんじゃなかったっけか? まだ、ここの仕事続けられるのか?」

 

 「残念ですけど、お仕事はもうちょっと厳しいですねぇ。それでも休みの日には今までなんとか出てきてたんですけど、今日が最後の予定だったんです……うふふ、そんな日にこの場所で会えるなんて、素敵な偶然ですね。翼とナツくん達が初めて会った時みたいに、空が引き合わせてくれたのかもしれません」

 

 「そういうところも昔のまんまだなお前は……俺らと違う学校行って、苛められたりしてなかったか?」

 

 「はい。えへへ、強く、なりましたからね」

 

 翼はそう言ってイタズラっぽく舌を出して笑う。

 まぁ、本人がいいなら問題ないか。それにこの少し……電波っぽいところは、今更他人がどうこう言って治るようなものでもないのかもしれない。というか、こいつは本当に声無き声、姿無き意思のようなものを感じることの出来る才覚みたいなものが本当にあるんじゃないかと思わせる時がある。実際本人命名通称『翼予報』というこいつの天気予想は、今まで一度も外れたことがない。

 

 「ナツくんこそ、大変じゃないですか? ISのことって、翼は良くわからないですけど……とっても難しいって、リンちゃんに聞きました」

 

 「なんとかやってるよ、今のところは。確かに簡単ではないけど、面白いところもあるっちゃあるからな。友達も出来たし」

 

 「そうですか……いいなぁ、難しいのはイヤですけど、翼もIS乗ってみたいですねぇ。空飛べるんですよね、びゅーん、って」

 

 「ま、まぁな」

 

 ……言えない。こんなキラキラ目を輝かせてる娘に、実は碌に空も飛べないIS乗ってますなんて。

 

 そんな訳で二の句が次げなくなってしまい冷や汗を流す俺を余所に、翼は自分で口にした『びゅーん』という言葉の響きが気に入ったのか、しばらく一人でびゅーんびゅーん言っていた。

 

 が、俺がそんな姿を見て相変わらず自由だなぁ、なんて思い始めたところで、唐突に元々丸い目をさらに丸くし、体に電気が走ったかのように立ち上がる。

 

 「な、なんだ、どうした」

 

 「……風に呼ばれました、翼は行かなければなりません……」

 

 「またか……」

 

 この状態になった翼はもうどうやっても止められない。俺はフラフラとエプロンをつけたまま店の出口に向かう翼の背中を見送る。

 

 「あら? 翼ちゃん、もう帰るの? ……向こうでも頑張って、おばさん応援してるわ」

 

 「じゃあねー」

 

 「はいっ! ありがとうです、キョウさん、リンちゃん。今まで楽しかったです。また、時間が出来たら遊びにきます」

 

 出て行こうとする翼に気づいて口論を止め、俺同様見送る凰親子に全力で腕を振りながら別れの言葉を告げて、翼はとうとう扉を開けて出て行く。

 

 ――――これからは外に出る機会こそあるが、遠くの学校に行ってしまったあいつにもう一度会える機会は、いつになるかわからない。

 

 連絡先を交換できればいいのだが、このヌケサクは自分の家の電話番号を一向に覚えられない上、携帯を持たせてもすぐに失くすのでそれも難しいのだ。

 別に、特別仲のいい友達って訳でもない。が、そんな友人だからこそ、こんなお互いになんの気負いもなく日常の延長のような形で別れて、気がついたら疎遠になってしまうってのは往々にしてある。あいつとは鈴達ほどではないにせよ、付き合いが長いだけにそうなるのは少し寂しい。

 そんなことを思ったら、俺は自然と、遠ざかる翼の後ろ姿に声を掛けていた。

 

 「また……会えるよな、翼?」

 

 元々自問のような独り言だったので、こちらとしては聞かせるつもりはなかったのだが。

 向こうは大分遠くにいたのに聞こえたようで、後ろで指を組んでピョコピョコ歩いていた足を止め、こちらを振り返る。

 

 「うん。きっと会えます。それも多分近いうちに。だって――――」

 

 翼がそこまで言いかけたところで、急に強い風が吹いた。

 元々お互い離れて会話をしていたので、翼の声は風にかき消され最後までこちらに届かない。

 しかし本人は伝わったと思ったのか、最後にニッコリ俺に笑いかけると向き直り、交差点を曲がって建物の影に消えていった。

 

 「近いうちにまた会える、か」

 

 何の根拠もない言葉だが、そうなると信じておこう。

 天気だけじゃなく、あいつの『勘』は妙に当たるのだ。

 

 「翼行っちまったのか……あいつ、一人で帰れんのかなぁ。東北の方なんだろ、学校」

 

 「遠くから見てるぶんには可愛いんだけどなぁ。昔から一夏が拾ってくる娘はちょっと『一癖』が多すぎんだよ、もっとたっちゃんみたいなせめて会話の成立する娘を要求する!」

 

 食べ終わった男二人が各々俺達に少し遅れる形で翼を見送る。

 ……数馬は後で殴っておこう。翼はちょっと不思議なだけで別に会話が出来ない訳じゃない、相手にしてると偶に少し疲れるだけだ。

 つーかそんな味噌や醤油みたいな感覚で借りて来いみたいに言われても困る、今回にしろ、俺だって好きで連れてきてる訳じゃない。

 

 「…………」

 

 その当の、今回連れてきてしまった本人も、弾達と一緒に翼が消えた建物の方を眺めていた。

 それを見て、俺は漸く碌にあいつを先輩に紹介していないまま行かせてしまったことに気がつく。

 

 「あ~すんません先輩。あいつも俺らの幼馴染の一人で……」

 

 言いかけて思わず言葉を止める。更識先輩が、今まで見たことのない表情をしていたからだ。

 別に特別変な表情をしていた訳じゃない。先輩の顔に張り付いていたのは、一切の感情が窺い知れない無表情だった。

 だが箒とは違い、会った時から感情表現の豊かな人だったので、逆にこの表情は俺に、まるで何か見てはいけないものを見てしまったような、後悔に似た違和感を与えた。

 

 「先輩……?」

 

 「……! そうだよ一夏君! もう、あんな可愛い子を私に紹介してくれないなんてどーいうことなのプンスカ! ことと次第によっては訴訟も辞さない」

 

 「だから謝ってるじゃないですか、勘弁してくださいよ」

 

 そんな更識先輩に戸惑っていたのも束の間、すぐに先輩は最初から何事もなかったかのように先程までの調子に戻る。

 ……いや、さっきのは俺の気のせいだろうか?

 

 「で、一夏。この後どうする? 折角だし先輩交えてどっか遊びにいくか?」

 

 「そうしようぜー、遊び足りねーよ。ボーリングやろうぜ、ボーリング」

 

 が、元に戻ったら戻ったで俺の不手際を怒り出す更識先輩の対応に四苦八苦していると、今度は弾達から遊びの誘いが来た。俺としては構わない、門限まではまだ時間もある。そう思い、更識先輩と鈴にも意見を訊こうとしたところで、

 

 「~~~~~♪」

 

 俺の携帯が鳴った。

 確認すると、『お休み中申し訳ありませんが……』という件名のメールが送られて来ていた。セシリアからだ。

 

 内容を見てみると、文章こそ非常に丁寧だが実質上のヘルプコールだった。

 セシリアには、俺同様少し今回のテストに不安のある箒の勉強の面倒を見てくれないかと打診していたのだが、今日どうやらその要望に応えて箒に付き合ってくれたらしい。

 しかしセシリアはIS学園に首席で入学した、一組処か一年全体で見てもトップクラスの優等生。他にもこのテスト前のラストスパートで助けを求めるクラスメイトは多く、結果多くの生徒があいつの部屋に押しかけていて収拾がつかなくなりつつあるようだ。人が増えたことで箒も次第に気が立ってきているらしく、状況は一刻を争うとのこと。

 

 「……悪いアウトだ。俺はもう学園に戻る」

 

 判断は一瞬。

 そりゃあ俺だって折角の休みだ、遊びたいし、自分から進んで厄介ごとに首を突っ込みたくも無い。だが元々こっちが頼んだことを善意で引き受けてくれた相手の頼みだ、無下には出来ない。

 それにそんな状況になる事自体が許されているということは、今一年の寮監の千冬姉が自由に動けない状況である可能性が高い。そんな時に万一箒がプッツンした場合、抑えられる人間は限られてくる。メールにあるように、急いだほうがいいかもしれん。

 

 「そっか。一夏君が戻るんじゃ、私もだね。せめてモノレールのところまでは送らないとだし」

 

 「え~?!」

 

 俺と一緒に立ち上がった更識先輩を見て、数馬が抗議の声をあげる。

 そんな反応をされても、無理なモンは仕方ない。俺は弾にお前等だけで楽しんでくれ、の目配せを送ると、向こうもしゃーねーな、といった感じの苦笑を返してきた。こいつはこういう時は気が利く、数馬もなんとか言いくるめてくれるだろう。

 

 「鈴はどうする?」

 

 「あんたがそんな顔するってことはどうせ厄介ごとでしょ……私はパス。弾達と遊んでから帰るわ、頑張ってね~」

 

 チッ、顔に出すんじゃなかった。この薄情者め。

 まぁ一々連れて行って二組のこいつに一組の恥部を態々晒すこともないかと思い直し、俺はお勘定を済ませて更識先輩と店を出るが、

 

 「ちょっといいかしら? 一夏君」

 

 響子さんがその後について店から出てきたので振り返る。

 

 「……先輩、悪いですけど、すぐ追いつくんで先行っててください」

 

 「……うん、わかった」

 

 態々後ろ手で扉を閉め、指で押さえて開かないようにしているのを見て、二人で話したいという響子さんの意思を汲み取った俺は更識先輩を先に行かせ、響子さんと向き合う。

 

 「ふぅ……一時期は、大分良くなったと思ったんだけどね。また、何か悩んでいるでしょう?」

 

 「! い、いや、その節はどうも面倒を掛けました。今はそれとは別件ですんで……」

 

 単刀直入に踏み込まれ、心構えは出来ていた筈なのに思わずたじろいでしまう。

 それを見て、響子さんは確信を強めたらしい。俺に歩み寄って来て、俺を下から覗き込むように見つめる。

 

 「どうせ、今回も何で悩んでるかは教えてくれないんでしょ? 意地っ張りなのは大いに結構、突っ張ってこそ男の子だと思うけど……別に私じゃなくてもいい、偶には誰かを頼りなさい。昔の貴方も意地っ張りだったけど、抱え込み過ぎて身動きとれなくなっちゃうところまできてたら遠慮なく誰かの力を借りれる子だったわよ」

 

 響子さんは、そこで一旦考え込むように言葉を切り、

 

 「正直なところ……私、『今の』貴方はあんまり好きじゃない」

 

 「……!」

 

 やんわりと。今の自分を否定した。

 否定されたことそのこと自体は、仕方ないと思った。俺自身、今のままでいいとは思っていない。

 ただ、それ以上にショックで、嫌だったのは。

 

 今まで両親のいない俺に対して親のように振舞ってくれていた、この人のこんな言葉を受けても自分自身の心がちっとも、動かなかったことだった。黒煌は、俺が今のような生き方を選んだ理由を『周りを利用して自分自身を慰めるため』だと言った。

 正直、それもあるのだろう。けれど多分、一番の理由は。

 

 ――――嫌われて、拒絶されて、否定されても。

 何とも思わない。何も感じなくなった自分自身に、気がつきたくなかったからでは――――

 

 「……失礼します」

 

 そんなことを考え出したら響子さんと目を合わせていることに耐えられなくなり、俺は逃げるように店から立ち去った。

 いつか、そうした負の感情以外。今は確かに感じられるものすらわからなくなる日が、くるのかもしれない。そんな不安を、必死に頭から振り払うように。

 

 

 

 

 「今日はありがとうございました。休みの日にわざわざ……」

 

 「ううん、お礼を言うのはこっち。短い間だったけど、今日は楽しかったよ。『護衛』としてついていくのはこれで最後だけど、出来たら今度は『個人的』に誘って欲しいな」

 

 「はは、まぁ考えておきます」

 

 「もう。女の子にここまで言わせたら、そこはお世辞でも『ぜひとも!』くらいは言わないとダメだぞ?」

 

 IS学園行きの、モノレールの改札。

 更識先輩とは、そこで別れることになった。てっきり一緒のモノレールでIS学園に戻るものだと思っていたのだが、彼女もまだ町の方に用事があるらしい。

 

 「じゃあ俺はこのモノレールで帰りますんで、ここで」

 

 「うん。また学園で会いましょう、一夏君。流石に向こうについたらもう危険はないと思うけど、一応モノレールに乗る時に、電話で織斑先生に私とここから別行動になった旨を伝えておいてくれるかしら」

 

 「わかりました」

 

 頼みを引き受け、頭を下げて改札をくぐる。

 更識先輩は俺が階段の影で見えなくなるまで、こちらに手を振ってくれていた。

 

 ――――色々引っ掻き回されはしたが、なんだかんだであの人がいたお陰で今日は退屈しなかった。

 今度学園で会う機会があったら、もう一度ちゃんと今日のお礼を言おう……。

 

 そんな先のことに思いを馳せながら、ホームに停車しているモノレールに乗り込み、ガラガラの座席に座り込んで目を閉じる。どうせIS学園が終点、駐停駅無しの一本道だ。寝過ごすこともないし、ちょっと疲れた。少しこうして休んでいこう。

 

 今日で全部が全部吹っ切れたわけでもないが、やはり気分転換にはなった。きっともう、表面上はいつも通り振舞えるだろう。

 最後の最後で、気がついてしまったことは、もうしょうがない。あの場所で死んだレイシィがもう戻ってこないのと同じように、あの場所で失った自分自身だって、今更取り戻せない。それに――――

 

 これから先、例え何もわからなくなって、生きたまま『中身だけ』死んでいく未来が待っていたとしても。

 『織斑一夏』の周りの世界が……守るべきものが、消えて無くなる訳じゃない。俺はそれを守るための、『織斑一夏』でいることさえ出来ればそれでいいのだから。

 

 






 またしても新キャラ登場です。鈴ママはもう少し出番作りたかったんですが、オリキャラ登場と一緒になってしまったお陰で本当に顔見せ程度の登場に。まぁ鈴一家の話も構想の中ではあったりしますのでまた後程ということで。
 そして新オリキャラの翼ちゃん……こんな娘ですがその実結構色々な意味でスゴイ娘だったりします。何と言いますか、初期構想の段階ではいなかった娘なんですが、本作において自分がやりたいことを詰め込むのにちょっと人手が必要になり、早い段階で出すこと自体は決めてたキャラです。
 次回はたっちゃんと翼の二人の話になる予定です。

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