IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第四十話~悪友~

 

 

 「おっすおかえり……随分早いな、早くても着くのは午後だと思ってたぜ」

 

 「よぉ久しぶり。留守番ご苦労さん、ご近所でなんか変わったことはなかったか?」

 

 「なんにも。とにかく上がれよ、なんか知らない人もいるみたいだし、待たせとくのも悪いだろ?」

 

 「もうすっかりお前んちって感じだな……まぁいいや。じゃあどうぞ先輩」

 

 鈴と更識先輩を先に向かわせ、俺もホームの下で木に引っかかっていた数馬を拾い二人を追いかけ、時は流れて織斑邸。俺と千冬姉の二人だけの家族構成で、誰もいない筈の家のチャイムを普通に鳴らした俺を見て更識先輩は怪訝そうな顔をしたが、さらにその後家の中からさも自然に現れて玄関を開けた、赤い長髪を後ろで纏めた、一見少しガラの悪そうな俺と同年代くらいの男を見て、さらに目を丸くした。

 

 ……あ、なんかちょっとしてやった感。なんかこの人には会ったときからしてやられてばっかりだったからな。

 

 しかしそんな優越感に浸れたのも束の間だった。

 更識先輩は顔を少し紅潮させると、

 

 「ど、同棲してたの? 彼と?……しかも今の夫婦みたいな会話。一夏君ってさ、もしかして……」

 

 続きを言わずに、顔を隠すように扇子を開く。そこには、『バラの世界の人?』と書かれていた。

 

 「ぶっ!」

 

 思わず噴出す。畜生なんて切り返しだ!

 

 「んな訳ないでしょう! 友達ですよ!」

 

 「な~んだ」

 

 気づけば元のデフォルトニッコリ顔に戻り、扇子を瞬時に開き直す更識先輩。

 次に書かれていた文字は、『残念』の一言だった。この人は一体俺に何を期待しているんだろう。

 

 「……まぁ人ん家の家庭事情に口出しする気はないけどさ、さっさと仲直りしなさいよ?」

 

 「ちっくしょー、こんな広い家に一人暮らしなんて贅沢だよなー。なぁ一夏ー、俺もこっち住んでいい?」

 

 その顔を出した奴を見て、そいつを知ってる友人連中は各々の反応を返しながら、先輩に続いて靴を脱いで家に上がっていく。

 

 こいつは五反田弾。

 二年ほど前に近所の五反田家から家出し、今はこの織斑家に人がいないことをいいことに居ついている小学生以来の悪友だ。

 

 「いかにも不法占拠してるみたいに言うな。お前が使ってくれっつったんだろうが」

 

 まぁな。

 家ってのは、人が住まない期間が長いと悪くなるのが物凄く早い。俺も全寮制の学校に行くことになると(強制的に)決まってから、それが気になって、丁度当時俺のところと鈴の家、バイト先と色んなところを転々としながら寝泊りをしていたこいつに声を掛けたのだ。

 

 色々なバイトを転々としている弾は、ハウスキーパーとしても結構優秀なのはわかっていたので安心して任せられた。実際今もざっと玄関から見渡した家の中の様子を見ても掃除が行き届いているのがわかり、俺は自分の選択が間違いではなかったことに満足する。

 

 「でも鈴も心配してただろ。あんま家族に心配掛けんなよ」

 

 「……二人して説教すんじゃねーよ。兎に角俺は絶対家には戻らねーからな!」

 

 普段は気のいい奴なのだが、相変わらず家族のことになると聞き分け悪い。そっぽを向いてしまう。

 ……ちなみに別にこいつは両親に勘当されたとかではない。学費は普通に入れてくれているみたいだし、特に母親はよく心配して俺に電話を掛けてくる。受験の時も頼み込まれて、高校にはいかないと聞こうとしないこいつをなんとか口説き落とし、勉強させた経緯もあったりする。

 それなのにどうしてこいつが帰ろうとしないかというと、こいつとこいつの祖父、そして妹が徹底的に折り合いが悪いからだ。

 

 二人とも決して悪い人間ではなく、むしろ俺個人としては好きな部類に入る。ただこいつの一個下の妹の蘭は成績優秀で品行方正、人当たりも良く誰からも好かれる絵に書いたような優等生、一方こいつは元々小さいときからガキ大将気質で、ことあるごとに喧嘩を繰り返す、成績も素行も悪い問題児という、昔から正反対の立ち位置だった。

 

 そして、そうでなくとも愛嬌のある蘭をこいつの祖父、厳さんは可愛がっていた。五反田一家の長である人がそんな感じだから、自然と他の家族も蘭をひいきするようになり、こいつは周りの環境という環境全部から蘭と比べられ、ISの生み出した社会風潮もあり『駄目な方の五反田』の烙印を押される内にグレた。周囲からは、気がつけば不良と呼ばれる存在になっていた。

 

 そうして問題行動を何度も起こし家族や友達に迷惑を掛ける兄を、蘭は許さなかった。

 結果、五反田兄妹は最後には殴りあいにまで発展する大喧嘩をしたが、とことん喧嘩慣れしている弾に所詮スポーツ神経が人よりいい程度で碌に喧嘩なんてしたことのない蘭が勝てるはずもなく、終局は感情を爆発させて一方的に蘭を殴る弾を、駆けつけた厳さんが立てなくなるまで叩きのめしたことで決まったという。

 

 そしてその日を境に、弾は五反田家を出た。

 

 「……俺は、お前と千冬さんみたいにはなれねぇよ。人のことをちょっと店頭にならんでる野菜みたいに見比べて、腐ったミカン扱いしてくる奴ばっかの所にいて平気でなんていられない」

 

 「でも、後悔はしてるんだろ?……蘭を、殴ったこと」

 

 「…………」

 

 黙り込む弾。恐らく、その通りなのだろう。こいつは別に、家族を恨んでる訳じゃない。ただ、何かが何処かでずれてしまい、大事な人といることが苦痛になってしまってるだけなんだ。

 気持ちはわからなくもない。むしろこいつの境遇は、俺とよく似ているとも思う。

 違うところを言うなら、そんな自分自身のプライドなんて気にならないくらい、夢中になって追いかけられる目標があったかなかったか、精々それくらいだ。

 

 ……尤もそれも、守ると誓った人を失い。積み重ねてきた自分自身が折れた、あの時に失くして。

 一時期はどうしようもないくらい、千冬姉の元から逃げ出したくなったことは、俺にもあった。

 

 「……ったく、何でお前がそんな暗い顔すんだよ。お前は他人より、自分の心配すんのが先だろうが。ほら、行こうぜ。鈴たちが待ってる」

 

 「……ああ」

 

 少し暗い空気になったのを察したのか、気持ち明るい声でリビングへ俺を促す弾。

 そんな親友に少しだけ救われたような気になりつつ、俺は弾の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 「つーか、さっきから気になってたんだけどよ。数馬、その手どうしたんだ?」

 

 「暴漢にモノレールのホームから突き落とされたんだよ。丁度転落防止の金網がねーところでさ、下に木があったら良かったとはいえ、地上20メートル近くからの自由落下には流石の俺も死を覚悟したぜ」

 

 「アブねー奴もいたもんだな」

 

 「気をつけなさいよ。人間何処でどんな恨みを買ってるかわからないんだから」

 

 「お・ま・え・ら・の・こ・と・だ・よ!!」

 

 取り合えず全員がリビングに落ち着くなり、発せられた弾の問いに対して、びっと俺と鈴を指して絶叫する数馬。うるさいな、ギャグ補正で腕の軽い捻挫くらいで済んだんだからいいじゃねーか。

 

 「いやー、家の生徒会も結構濃い面子だって自覚あったけど、一夏君のお友達も負けず劣らずって感じね、いい人材よ。ねぇ二人とも、この機会に生徒会に入ってみる気ない?」

 

 「いやー、事前にそんなこと言われて入る奴って稀だと思いますよ」

 

 自分達は変人の集まりで、お前も変人だから仲間になろうと言っているようなものだ。

 

 「あんたみたいのが他にもいるの? どんな変態集団よそれ。死んでもイヤ」

 

 当然鈴の態度も素気無い。

 

 「……くすん。仲間が増えなかったよ」

 

 「残念だねたっちゃん!……って違う、一夏テメー! たっちゃんを泣かせてるんじゃあないぞッ!」

 

 いやぜってー嘘泣きだよあれ。つーか数馬お前こそ先輩に馴れ馴れしいぞ。

 

 「……また濃いのを連れて来たな。鈴といい翼といい、お前とことん可愛いけど『変な女』に縁があるのな」

 

 そんな更識先輩の様子を見て、弾がニヤニヤしながら本人に聞こえないようボソリと呟く。

 

 「言うなよ、最近自覚し始めたトコなんだから。大体、その『変な女』に惚れた奴が……」

 

 「わー! わー! 馬鹿野郎、違うつってんだろ! ブチ殺すぞテメェ!」

 

 「おっといけね」

 

 俺の失言に大いに慌て出す弾。

 確かに本人がいるところでこの話題はまずい。話を変える。

 

 「そうだ弾。更識先輩に自己紹介しないと」

 

 「お、おぅそうだな」

 

 妙な勘違いをされたままでは堪らない。まぁ、からかわれただけかもしれないけど。

 そう思って更識先輩に近寄ろうとしたところ、

 

 「…………」

 

 俺は漸く。あのモノレールのホームでのことでギャーギャー言い争う鈴と数馬を余所に、ニンマリとしながらこちらを見ている更識先輩に気がついた。

 それを見て何か猛烈に嫌な予感がしたが、このまま名乗らせないわけにもいかず、結局俺はそれでも弾を先輩に紹介することにした。

 

 「え~と先輩。こちら、小学校からの友人の五反田弾です」

 

 「うっす。一夏がお世話になってます」

 

 「おほっ、近くで見るとこいつはまた一夏君とは別ベクトルのイケメン……まぁお世話するって程でもないんだけどね、今日初対面みたいなモンだし。更識楯無、更識楯無に清き一票を宜しく!」

 

 「お、オス……」

 

 弾はあまり人見知りするような奴ではないが、やはり先輩の謎テンションに押されタジタジになる。しかも、そんなことにもお構いなく、先輩はさらに弾に追い討ちをかける。

 

 「ところでぇ……さっきしてた話、おねーさん凄い気になるんだけどなぁー?」

 

 「な、なんのことッスか?」

 

 「とぼけたってダァーメ。おねーさん聞いてたんだから」

 

 「あー気になります? いやー全然大したことじゃないんですけどね。ただこいつが昔、好きになった娘をつい苛めちゃうシャイで素直じゃない小学生だったってだけの話ですよ」

 

 「ほぉーほぉー! 構わん、続けろ一夏君」

 

 「一夏テメェー!!」

 

 「いいじゃねーか今となっては昔の話だろ……あん時の喧嘩でお前に奥歯三本へし折られたことは絶対に忘れないけどな!」

 

 「そう言うテメェは俺の鼻っ柱文字通りへし折って一週間バ行しか喋れねーようにしやがったじゃねーか! 小学生の喧嘩で顔面狙いの飛び膝なんてかましやがって、あれマジ鼻血止まんなくて出血多量で死に掛けたんだからな!」

 

 「うるせー俺だってあの後、学校に呼び出されて恥じかいた千冬姉の本気折檻で死に掛けてんだよ!」

 

 「俺だって同じだよ! クソジジイに死ぬほど殴られたわ!」

 

 額を突き合わせて至近距離で睨み合う俺と弾。

 ……当時のことはもうお互いに水に流そうと約束したのだが、なんだかんだで引き摺っている俺達なのである。

 結局俺達が夢中で喧嘩するあまり、自覚しないまま喧嘩に割り込んできた連中を血みどろにしてしまい、そのお陰でお互い不完全燃焼で終わってしまったのが大きいかもしれない。こいつは親友ではあるが、同時にいつか何処かで決着をつけておかなければならない相手でもある。

 

 そいつを今ここでつけるか……と考えたのも束の間。

 

 「ククッ……うふっ、うふふふ」

 

 全ての元凶となった人の押し殺すような笑い声が聞こえ、俺と弾は一気にクールダウンした。

 

 「こいつ殺してェ……」

 

 「全面的に支持する。殺ってしまえ弾」

 

 「ご、ごめんなさ、うぷ、うぷぷぷ……ッ!」

 

 なにがつぼに入ったのやら、腹を抱えて笑い転げる更識先輩。

 俺と弾はその様子に一瞬殺気立ったが、やがて顔を見合わせて溜息をついた。

 

 「何がおかしいんですか。今のやり取りにそんな笑えるようなところがありました?」

 

 「い、いや、そういう訳じゃ、ないんだけど……ちょっと、嬉しくなっちゃって。私ってね、男の友情モノっていうか、そういうのが好きで……あ、別に人生バラ色的な意味じゃなくてよ! ほら、川原で殴り合って友情を確かめ合うとか、そういういい意味で汗臭いの。けどさ、ISが出てきてから『喧嘩する男は野蛮』とか訳わかんない理屈でそういうのを表に出してやるところってめっきり減っちゃって。だからさ、実際にまだそういう子達がいるってわかったら、ね」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 言いたいことは何となくわかるが、面と向かって言われると照れる。

 そもそもそういうのって本人たちが意識してやってないからいいのではないだろうか。

 

 「でも、そういうのって好きなんだけど不思議なのよね。男の子って全力で殴り合いなんてして、どうしてその後で友達なんかになれるのかなって」

 

 「それはですね、こいつが喧嘩した三日後くらいに、『お前くらいしか対等で話せそうな奴がいない』とかカッコつけてる癖にこの上なくカッコ悪い相談をバ行語で持ちかけてきまして……」

 

 「……一夏、それ以上言ったら俺はお前が泣くまで殴るのをやめない」

 

 「わはは、めんごめんご。触れられたくない話題ってヤツだったね、弾君。お詫びに……おっぱい触らせてあげるから許してちょ?」

 

 更識先輩は空気を読んだのか追及するのをやめてくれたようだ……って、何?

 

 「おっぱいと聞いて!」

 

 「おわぁ! 数馬お前いきなり湧いて出んな!」

 

 「なんだよぅ~エロい話してるんだろ? 俺も混ぜろよぅ~」

 

 「おお~ぅ! それは私も得意分野だよ!」

 

 「元々あんたが言い出したことッスよ!」

 

 気がつけば鈴もいい加減不毛な言い争いに飽きてきたらしく、こちらにやって来ていた。

 

 「で? どうすんのよ一夏? 家の掃除にきたってのに、ちょっと見てきたけど弾が普段からやってるお陰で殆どすることないわよこれ」

 

 「そもそも予想できたことだしな。遊べばいいんじゃねーの? なんかねーかこの人数で出来んの」

 

 「簡単に出来るトランプとかのゲーム類はあんたに頼まれて全部持ってっちゃったわよ……」

 

 そういやそうだった。う~ん……

 

 「プレコ3があるじゃねーか。これやろーぜ、丁度ISの新作、四人で出来る奴も入ってるみたいだしさ。俺んち兄弟多いからコントローラーあるし、ちっとひとっ走りして取ってくる」

 

 悩んでいると、何処から持ってきたのか数馬が見覚えのあるゲームの筐体を持ってきてテーブルの上に置き、部屋から出て行く。

 ……いや待て、ホントお前これ何処から持ってきたんだ、家にこんなもん前はなかった筈……

 

 「ははは」

 

 ……まぁ心当たりは一つしかないわな。俺は隣で気まずそうに笑っている奴に視線を移した。

 

 「……お前の私物か弾」

 

 そういや見覚えのないポスターや機械の部品のようなものを幾らか見たような気がする。

 

 「少しくらいいいじゃねーか! 誰にも迷惑かけてないだろ?」

 

 「いや別に文句はないけどさ」

 

 むしろこの際助かったかもしれん。まぁ久しぶりにこのまま何もせず昔馴染みで話でもしながらダラダラと過ごすのも悪くないが、それだと折角来てくれている更識先輩が置いてきぼりになってしまう……却って色々引っかき回される可能性も低くないし。

 

 「けど程ほどにしなさいよ、あんたの家ってわけじゃないんだし、タダで間借りしてるんだし。それにあんた、折角高校行ったのに結構サボってるんでしょ?……こんなんで遊んでる時間あったら学校行きなさいよ」

 

 それに、鈴が俺が言いたかったことを大体言ってくれた。

 

 「……なんでお前知ってんだよ」

 

 「数馬から聞いた」

 

 「あのヤロー!」

 

 「もう……あたしは蘭ほどいい子ちゃんじゃないけど、ちょっとあいつの気持ちわかったわ。全く、中学入って一夏が少しガラ悪くなったの間違いなくあんたのせいだからね」

 

 心外だな。確かに日ごとに荒れていく弾を見捨てらんなくてバイトに付き合ったり、一緒に喧嘩に明け暮れたりしてた結果周囲からそういう目で見られるようになっていた時期はあったが、俺自身はそこまで堕ちた気は毛頭ないぞ。

 そんな気持ちが顔に出たのか、鈴は俺を見て呆れたように溜息を吐くと、

 

 「……知らぬは本人ばかり、ってコトか」

 

 「ふーん、流石あの織斑先生の弟さんだけあって、結構波乱に富んだ人生送ってそうね一夏君って」

 

 「実際送ってるのよ……それでいて自分は普通だと思ってるから始末に負えないわ」

 

 苦手な人とどういう訳か息投合して非常に失礼な話を始めた。何なんだ一体。

 

 「持ってきたぜ!」

 

 「早いな、そういや近所だったなお前んち……先輩、ゲームでいいですか?」

 

 「どーぞどーぞお構いなく。それに私は割りとゲームも出来るおねーさんなのだよ」

 

 「むー……こういうコントローラーカチカチする類のゲームって、苦手なのよね……」

 

 一人手先の細かい作業が駄目な奴が難色を示したものの、それ以外からは特に反対も上がらず。

 取り合えず飯時まで、皆でゲームをすることになった。

 

 

 

 

 ……のだが。それにさしあたって問題が発生した。

 筐体に入ってるゲームは四人まで同時プレイが出来るのだが、今の頭数は五人。一人あぶれる。

 

 「だったら♪」

 

 と、そこで更識先輩から提案が。

 ……この時点で嫌な予感しかしないだろう? いや、思っていたよりは幾分マシではあったのだが。

 

 先輩の提案は、所謂簡単な王様ゲーム形式にしようといったものだ。

 このゲームの対戦ルールには、HPこそ無限で撃墜はないが与ダメ、被ダメがそのまま加点、減点方式で計算されて最終スコアを争うものがあり、それによって順位を決めて、ドベの人間はゲームから降り、一位の人間が決めた命令を、次の対戦が終わるまで続けなければならないというものだ。

 

 この提案に、数馬は更識先輩に命令できると大喜びで賛同し、他の面々も負けなければいいかという思考で取り合えず同意、じゃんけんで最初にあぶれる人を決める。

 

 「あらら」

 

 しかし最初の一発目でみんなパーのなか一人だけグーを出し、脱落が決まったのは更識先輩だった。

 

 「あら、運が悪いのね。今からそんなじゃこれから大変よ?」

 

 ここぞとばかりに鈴がニヤリと悪い顔をして更識先輩を見る。

 

 「い、いきなりチャンス到来……! じゃんけんの神よッ!」

 

 そして数馬が降って湧いたチャンスにいきり立つ。だが、二人とも更識先輩に注意を向けすぎるあまり、こちらに対する注意を怠りすぎた。

 フッ、手の内がバレバレだぜ……!

 

 突き出される三つのグー。そしてその中で一つだけ出されるパー。勝敗は、ここに決した。

 

 「なんでよー?!」

 

 「神よー?!」

 

 「……やっぱ俺じゃんけんって公平じゃねーと思うんだよ。動体視力ゲーじゃねぇか」

 

 そして出た結果を嘆く負け犬達。ンッン~勝つというのはやはり実にいい気分だな~。

 

 「あら、一夏君の勝ちね……このおねーさんに、どんなイケナイ命令をする気なのかしら?」

 

 そう言って悩ましげに体をくねらせる更識先輩……ああ、そういうルールだったね、忘れてたよ。

 

 「じゃあ……」

 

 俺は特に命令する内容なんて事前に考えてなかったので、取り合えずこの人に対する自分の素直な気持ちに従うことにした。

 

 「黙っててください」

 

 「…………」

 

 「バッチリです。じゃあ始めようぜ、皆」

 

 「……あんたあの女の弟だけあって、実は結構Sなんじゃないかと思うときが偶にあるわね」

 

 俺の命令と同時に壁に向かって体育座りを始めた更識先輩を余所に、俺達は今度こそゲームを始めた。

 

 

 

 

 「…………」

 

 そして、始まる前からわかりきってる結果が出た。

 

 「り、鈴? ごめん、やりすぎたよな? ほら、泣くなよ、飴ちゃんあげるから!」

 

 「甘いぜ弾。世は盛者必衰弱肉強食、諸行無常である」

 

 「まぁ戦う前から弱みを見せたほうが悪いということで」

 

 HP無限のポイント略奪制ルールの問題点。それは、誰を狙っても当たれば得点になるというルール上、弱い奴が徹底的にカモられてしまうという点にある。

 

 鈴はゲーム開始早々、他男三人による情け容赦のないデルタアタックにより一気にポイントをマイナス域に叩き落され、結局そのまま這い上がれずぶっちぎりのドベで勝負を飾った。

 

 「え~と、総合一位は……俺か」

 

 「また一夏かよ!……ま、好きに出来んのが鈴ならどーでもいーや」

 

 「お、お前等少しはフォローに回れよ! さっきから鈴の反応がないぞ!」

 

 弾に言われ、しょーがないなと重い腰を上げる。王様ゲームって、下手に勝っちまうのも面倒臭いんだな。

 俺はバッグの中から財布を取り出し、鈴の目の前に放り投げると、

 

 「命令。今んとこここ弾が一人暮らししてるだけだからしょうがないけど、人数分のジュースと菓子類がない。買ってきてくれ」

 

 「…………」

 

 鈴は俺の財布を手にとってヨロヨロと立ち上がり、覚束ない足取りで部屋を出て行こうとして、最後にこちらを勢い良く振り返ると、

 

 「……あんた達、絶対、ぜっっったい許さないんだから! それに! あたし泣いてないんだから! こんな、こんな子供騙しのゲームで負けたくらいで、泣いてないんだからぁ! 覚えてろヴァーーーカ! うわあぁぁぁぁん!」

 

 捨て台詞を残し、弾から貰った飴を口の中に放り込むと、全力で走り去っていった。

 

 「……容赦ねーな」

 

 昔から鈴には微妙に甘い弾がボソリと抗議してくる。

 ……実に心外である。泣いちゃいそうだったからここから逃げ出す口実を与えてあげた、俺のさり気ない優しさ溢れる心遣いが何故理解出来ないのか。

 大体一番最初の内は一番容赦なかった奴が何を言う。最初に鈴の心を折ったのは、ほぼ間違いなくお前のラファールの凸撃パイルだぞ。何せ灰色の鱗殻の破壊力はゲームでも健在で、開幕の一撃でHP制限制の対戦なら軽く即死するレベルのポイントが吹き飛んだ。

 

 「し、仕方ねーだろ換装コマンドが上手く出なかったんだよ! パイルオンリーなんてまともにやって当たりそうなの俺らの中じゃあいつぐらいだったからさ……」

 

 「多少上手くなってきたからってカッコつけて、ラファールなんかに安易に手を出すからだ」

 

 確かにアレは上手い奴が使いこなせば相当カッコいいが、素人が扱えばこんなものである。

 そう、上手い奴が、使えば……

 

 「~~~!」

 

 首を振って暗くなりかけた気持ちを追い出す。こんなんじゃ何の為に出てきたのかわからない。

 

 「……いや~いくら罰ゲームとはいえ、女の子をパシりに使う男の子って構図は最近じゃ新鮮ね~」

 

 「俺等の関係は良くも悪くも対等ですからね。『女だから』なんてのは楽していい理由にはなりませんよ」

 

 一ゲーム終わり、沈黙の業から解き放たれた更識先輩がひょっこり顔を出す。この人の前で暗い顔していると、またとんでもない手でからかわれそうで油断できない……だけど今は、それがありがたい。

 

 「そう、なのよね、普通は。一体何処で、何がおかしくなったのやら……」

 

 「?」

 

 「ううん、なんでもない。さあさあ、おねーさんも混ぜてー」

 

 一瞬何かを考え込むような表情でポツリと何かを呟いたものの、すぐにいつもの笑顔を取り戻して、先程まで鈴が握っていたコントローラーを手に取る更識先輩。

 

 「おーし、キタキタ! わかってるな野郎共!」

 

 そして途端に張り切りだす数馬。こいつが俺らに何を求めているかは大体わかるがしかし、

 

 「うんにゃ、先輩なんだかんだで強そうだし、俺は鈴の次点で弱そうなお前を狙う。悪く思うなよ」

 

 「右に同じく」

 

 「き、貴様らー!! ……フ、フフフ、だが甘く見たな、俺はこう見えてもオンラインで常に高レートをマークしている生粋のゲーマー、精々時間のあるときの片手間程度でゲームをしているお前等とは経験も覚悟も違う! むしろここでお前等二人等軽く捻り潰して、たっちゃんに俺のいいところを見て貰うことにしよう! フフ、惚れるなよたっちゃん、俺の雄姿を見――――」

 

 カット。対戦開始。

 

 「一夏貴様アァァァ! 機体兵装から自律兵器まで全部鬼畜ハイレーザーとかふざけてんのかこの変態が! うおおおぉぉぉぉぉ?!」

 

 ふざけてなんかいないさ、至ってマジだ。こんなものを動かして喜んでなにが悪い。

 

 「うわー、また馬鹿なレギュが来たわね。レーザーの火力も弾速も初代を彷彿とさせる壊れ性能。見ろ、数馬君がピーピーボボボ要員のようだ!」

 

 「近づけねーなあれじゃ。つーか強機体テンペスタが形無しじゃねーか、イギリスは制作会社にいくら掴ませたんだよ……キチッてやがる、修正されろ」

 

 うるせーメイルシュトロームは冬の時代が長かったんだ、少しだけ束の間のキチガイレギュを楽しむくらい許されたっていい筈だ!

 

 「おぃ、まじかよ、夢なら醒め……」

 

 「あ、数馬が逆流した。一夏ももう弾ねーだろうし、先輩チャンスッス。殴り放題ッスよ」

 

 「……君達ってホント容赦ないのね」

 

 結果的に瞬間火力こそあるものの、装弾数が少なく総火力が心許ない武装で固めたのが仇となり、最後は心が折れた数馬を弾と更職先輩がタコ殴りにして一気にポイントを稼ぎ、俺は抜かれて三位に終わった……まぁ数馬への命令権なんていらないし、ドベじゃなけりゃなんでもいい。

 

 「俺も別にいらないなぁ」

 

 どうやら俺と同じ見解らしい今回の総合一位にして王様の弾。

 ちなみに奴隷の方は、先程更識先輩がいた壁際で床にのの字を書きながら真っ白になってる。

 

 「だけど決まりだぜ弾」

 

 「だよな……じゃあ数馬、メシ奢って!」

 

 「またかよ……命令じゃなくていつもの定型文じゃねーか。しゃーねー負けは負けだ。もういい時間だし、外に食いにいくか」

 

 弾の命令と同時に何とか復帰し、昼飯を取ることを提案してくる数馬。

 確かに時間は正午を回っている、そこそこ腹も減ったし、時間としては悪くない。

 

 「賛成。五反田食ど……は、弾がいるから駄目か。響子さんのところにしよーぜ、久しぶりにあそこの回鍋肉が食いたい」

 

 「肉系外さねーからなあそこ。おっしゃいこーぜいこーぜ。先輩も行きましょう、中華は駄目ッスか?」

 

 「い、いえ、別に好き嫌いはないけど……」

 

 どういう訳か珍しく歯切れの悪い更識先輩を連れ、家を後にする俺達。

 何かを忘れているような気がしたが、それに気がついたのは目的地についてから更識先輩が発した一言を聞いてからだった。

 

 「ねぇ、一人足りなくない?」

 

 「あ! 俺の財布!」

 

 「……そこは鈴に触れてやろうぜ?」

 

 直後俺の携帯に鈴から着信があり、買い物に出かけたあいつのことを忘れて飯に出かけたことが当然の如くバレて、俺達男三人は修羅と化して凄まじい剣幕で追ってきた鈴に店の前でボコられることになった。

 

 ――――その図はまさに、女尊男卑を絵に描いたような光景だったという。

 

 






 弾がとうとう出せました! 今回の話は一話平均一人のペースで新キャラが登場します。
 ちなみに弾もご覧の通り改変を加えてる要素が多いです。目に付くところでは、

 DQN(笑)
 現時点で好意を抱いてる女の子がいて、原作ほどがっついてない

 といったところでしょうか。主人公の親友ポジで、報われない恋をしてるような男キャラが自分は好きです。まぁ弾が大人しくなった分のおちゃらけ配分が数馬にいってしまった感もありますが。
 ……ACネタはここの他作者様が執筆している作品を読んでいたらついやってみたくなってしまいました。今では反省しています。

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