曰く。
ISの展開には、人によって誤差がある。最も、これは何度も反復を繰り返すことによって短縮が可能である。ISを展開するには、ISスーツと呼ばれる特殊な衣服を纏う必要があり、この衣服を機軸にして「コア」を格納している「本体」から各部の部品が「拡張領域」と呼ばれる量子空間より呼び出され装着される。らしい。
らしい、というのは、
「ウワァー」
俺は今まで一度も「まとも」にISを起動できたことがないからである。
あのセシリアとの決闘の約束から一週間。とうとうやってきたその日。
俺は決闘の舞台となるスタジアムで、千冬姉から腕を覆う白いガントレットのようなものを渡された。
一瞬何かと思ったが、所謂これが待機中のISというものらしい。
なんだかんだで、自分専用のものを貰えるってのは嬉しい物だ。それが馬鹿みたいに貴重な、戦闘用パワードスーツとなれば尚更である。え?そうでもない?なんだかんだで男のロマンじゃないか、へ~んしん!の一言で強くなれるアイテムってさ。
まぁとにかくそんなわけで俺はウキウキしながらISスーツを着るまで待ちきれず、千冬姉から貰ったそれを腕に身につけ、その瞬間
またしても巨大な金属の塊に頭から飲み込まれるという奇妙な経験をした。
上は半分諦めの入ったそのときの俺の断末魔だ。
偶然ピットにいたからISの急展開による周囲の被害こそなかったものの、すぐ近くにいた姉に素手で殴り飛ばされ、俺は鎧を纏ったまま数メートル程空を飛んだ。相変わらず家の姉は人間離れしていらっしゃいます。
「全くお前と言う奴は。まともに展開一つ出来んのか」
いやホント俺もそう思うよ。俺自身急に真っ暗になる感じだから何が起きてるのか客観的に把握できてないんだけどね。
「見ている感じだと先にISのフレームが組みあがってその過程でお前を取り込んでいる感じだな。制服のまま展開したようだが違和感はないか?」
「むしろスーツを着ているときよりいいですね。あれって本当に必要なんですか?」
「必須ではないがシールドエネルギー(以下SE)を消費するので効率的ではない。それにどの道IS展開の際にどの道着ている服は拡張領域に収納されスーツに切り替わるはずなのだが・・・」
なにやら首を捻る千冬姉。あの試験の日の『打鉄』でもこんな感じだったのでこの機体が特別仕様というわけでなく、あくまでもこの展開方式は『俺』の特性らしい。まぁ存在自体が初という男のIS搭乗者なのでこれくらいの特例はありなのだとしても、もう少し心臓にいい方式には出来なかったんだろうか。
「・・・まぁいい。どうだ、お前の専用機『白式』に搭乗した感想は」
「おおよそは『打鉄』と同じですね。手足も普通の体みたいな感覚で動くし、目が凄く良くなったっていうか、頭がクリアになる感じもあります。ハイパーセンサーって凄いな、ずっと装着してたら脱げなくなりそうだ」
言いながら鋭い爪の生えた指を握りこむ。うん、問題はなさそうだ。これなら剣も・・・
「おっと」
そこまで思ったところで、機体の搭載兵装を確認する。『打鉄』には格闘戦用の合金ブレードが搭載されていたが、この機体はわからない。正直射撃には自信がない、出来れば剣か刀が欲しい。っておい・・・
「織斑先生、駄目です」
「む、何か問題があったか?」
「大有り、この機体武装を積んでないっすよ」
「何・・・」
怪訝そうに眉を顰める千冬姉。
そりゃそうだ。試合とはいえ、戦闘を行うことが本分のISに武器が積まれてないっていうのはどうなんだ。
「拡張領域は見たのか?」
「流石にそんくらい習ってますよ。っていうかここが一番訳がわかりません。武装無いくせに容量最大まで使ってやがる。いったいなんに使ってるってんだ」
「しかしそれでは検査時の結果と合わない。確か格闘戦用のブレードを一本搭載しているはずだったが」
「でも実際無いしなぁ」
呟きながら機体のチェックを進める。
へぇ、脚部にスラスターがついてるのか、これは面白いな。後で試してみよう。
あと・・・はぁ?PIC使えないの?なんのためにスラスター付いてんだよ!ホント訳がわからない。
えっ、待てそれって・・・
「織斑先生。オルコットの機体って、飛べるんですか?」
「飛べるも何もオルコットの機体は空中戦をベースにするのを前提に組まれた機体だ。おそらく地上には降りてこないぞ」
「おおう」
「格闘戦に持ち込むのは無理だと言っただろう。空中戦の心得がないお前では肉薄するまでに撃墜されるのが目に見えているからだ」
「心得以前の問題ですって!こいつ『飛べ』ないんですよ!」
PIC、正式名称パッシブ・イナーシャル・キャンセラー。
ISを空間に固定し、翼が無くとも安定した飛行を可能にするISの基本システム。
この『白式』は、どうやらそれが搭載されてはいるものの、休止状態のままロックがかかってしまっているようなのだ。
しかも仮に使えたとしても、白式には殆どのISには基本的に搭載されている背部スラスターが搭載されていない。
背部スラスターは大型の推進装置であると同時にPICを展開するうえで最も重要になる場所だ、それがなくてはどのみち飛行は大変不安定なものになってしまう。
「やはり調査の時と情報が違う、か・・・束め」
「お~いどうするんすかぁ!これ勝負にならないぞ!」
半ばもう錯乱しながら叫ぶ。聞いてはいたが本当に欠陥品もいいところだ。
「いや、いくら奴とはいえお前を傷つけるようなものを造りはしない筈だ。絶対防御とシールドの方はどうだ?」
「そっちは問題ないけど」
「・・・仕方がない。オルコットは既にISを展開して待機している、どのみち機体が万全だとしてもお前に勝ち目はないんだ、防御機構に問題がないなら万が一にも怪我をすることもない。そのまま行ってこい」
千冬姉から玉砕命令が下る。マジかよ。
「えぇ~せめて『打鉄』のブレードくらい持たせてくださいよ!」
「そうしてやりたいのは山々だがアリーナの使用時間は限られている、手配している時間はない」
ち、畜生もう猿回しの猿確定かよ!
そんな感じで俺が己の不幸を嘆いていると、ピットの扉が空いた。整備課の誰かだろうか?
「織斑師範代!失礼致します!」
「『先生』だ、篠ノ之」
「あ、はい。失礼しました、織斑先生」
箒だ。こいつもアリーナの観客席で観戦組のはずだったが、様子を見に来てくれたらしい。
「オルコットはもう外で待機しているぞ。しっかりな、一夏。お前は仮にも私や師範代と同じ『篠ノ之一紋流』の門弟だ、無様な戦いをしたら許さんぞ」
いや違うプレッシャーをかけにきやがった。本人に悪気はないんだろうがこの状況でこの言葉はキツい。
おいこら千冬姉俺から目を逸らすな、こんな情けない気持ちで戦わなくちゃいけないのはアンタにも責任あるんだからな。
「逃げずに出てきたことは褒めて差し上げますわ」
「逃げれるなら逃げたかったさ。空を飛んでな、は、ハハ、ハハハ・・・」
決闘を受けたときの大見得もどこへやら、俺は打ちひしがれながらアリーナに出撃した。歩いて。
そのまま既にPICを展開し空中に浮遊しているセシリアと対峙する。
青。
セシリアの機体から受ける印象はまずそれだ。
ブルーを基調としたカラーリングに、全体的に鋭角的なフォルム。
背部スラスターは遠目から見ると翼のようにも見え、機体を中空でしっかりと支えている。
うん他にも言いたいことは色々あるが、一言で言うとかっこいい。なんで俺の機体はあれじゃない。
「いつまでそこにいるつもりですの?はやく上がっていらっしゃいな。あまりそんなところで案山子のように突っ立っておられては、的と間違えて打ち抜いてしまいそうですわ」
早速売り言葉が飛んでくる。
うるせー、鳥に地べたを這う虫けらの気持ちがわかるか。
そのまま飛べないという事実を伝えるのは流石に癪だったので、買い言葉をお返しすることにする。
「そっちのフィールドでわざわざ戦うわけないだろ、間抜け。降りてくるのはそっちだオルコット。なんならすぐに叩き落としてやってもいいんだぞ」
「・・・いいでしょう。なら地べたに両足をつけたまま、無様に敗北させて差し上げますわ!」
相変わらず沸点が低いな。
そんなことを思っているうちに、どこからともなくセシリア嬢のISの手の中に巨大な銃が握られる。
拡張領域から呼び出したのか。あれって便利だよな、こっちは使えないけどさ。
ぼやいていても仕方がないので武器を解析する。
へえ、新型のパルスレーザーライフル、光速の弾丸を打ち出す銃か。
ハイパーセンサーがいかに優秀とはいえ、相手が光では流石に相手が悪い。知覚も難しい上回避などほぼ不可能だろう。だが・・・
――――!
「うおっと!」
音もなく放たれた弾丸を横っ飛びに回避する。
よし、やっぱりこの体なら対応できる。
見ればセシリアは驚愕に目を見開いている。どうやら初弾から躱されるとは思っていなかったらしい。
確かに、レーザーが『発射』されてから回避することは不可能だろう。それでは遅い。
――――!
そのまま走りながら第2射目も回避。おっと今度は少しきわどかった。
銃は確かにとんでもない代物だ、かすっただけでも致命傷になりうる。
しかし、それを扱ってるのは最先端のパワードスーツを扱っているとはいえ、結局のところは人間だ。
それならば、チャンスはあると考えた。
――――!
それはどうやら正解だったらしい。3射目も4射目もこうして躱せているのだから。
要は、引き金を引き絞る、その瞬間。それを集中して見極め、銃が発射されるその瞬間に射線から体をずらせばいい。
無論簡単に出来ることじゃない、生身だったら絶対無理だ。
しかし、ハイパーセンサーによって強化された知覚と、ISそのものによって圧倒的に向上している身体能力がが不可能を可能にしてくれる。
――――!
次第に次弾の発射までの間が短くなるが、問題ない。
もう引き金が絞られる瞬間のタイミングは覚えた、後は回避しながら肉薄して・・・
ああ、相手が空にいる以上無理なのか。くそう。
そんなことを考えながら俺が脳内で地団駄を踏んでいると、既に射撃は止んでいた。
「何のつもりだ?」
「・・・貴方、いったい何者ですの?この『スターライト』の連射をスラスターの使用もなしに回避するなど、とてもISに乗ったばかりの素人の機動とは思えませんわ」
その顔に浮かんでいるのは、強い困惑と、怒り。
恐らく射撃には絶対の自信があったのだろう、それを素人に覆された故の感情だ。
そもそもその認識は思い上がりでも何でもない。この戦法自体、動き回るこちらを正確に射線上に捉えてくれたからこそ上手くいったのだ。適当に乱射されでもしていたら恐らくこの手合いで戦いは終了していた。
「素人だからこそ必死なんだ、察せよ」
だからこそ、悟られるわけにはいかない。
そもそもそんなに種の難しい手品じゃない、見破られれば容易く対策をとられる。
あくまでも、運、偶然を装うためわざとおどけてみせる。
「・・・成程、運と才能だけはおありのようね。面白いですわ。このまま続けてもいずれは当てて御覧に入れる自信はありますが、少し趣向を変えましょう。この『子』達も、ダンスに加えて頂けるかしら?」
俺の返答に対し、本当に楽しそうに笑うセシリア。
この娘のこういう顔は初めて見るな、なんだか新鮮だ。
しかし直ぐに美少女鑑賞をしている余裕はなくなる。
セシリアのISの背部フィンから2基、羽根のようなユニットが切り離され、中空に漂う。
なんだなんだと解析する間もなく、敵にロックされていることを示す赤いアラートが点灯する。マズ・・・
ガッ!
嫌な音が響き、機体に被弾したことに気が付く。
痛みはないが、機体の戦闘状態を維持するのに必要なSEが削られる。しかしそんなに大した量ではなかった。
どうやら『白式』の展開する防護シールドは、エネルギー兵装に対してはそれなりの耐性があるようだ。
しかしのこのまま立っていてはいずれシールドの上からSEを根こそぎ奪われてしまう。
ロックを外すため走り出すが、2基の自立迎撃ユニット『ビット』は影のようにこちらの背中に貼りつき追尾してくる。
「こちらへの注意がお留守ですわよ!」
「チッ!!」
今度は空から青い光が走る。
危ない、あとコンマ1秒注意を払うのが遅れていたら直撃していた。
こうしている間にも背後から、真横から青い光がこちらを狙い撃ってくる。
こちらは機械による自動ロックによるレーザー照射のため、セシリアの銃と違い前兆を予知できないのが厄介だが、その代わりにこちらのISのセンサーが発射の前兆を感知し、アラートで知らせてくれる。
しかし3箇所からの光速の射撃には、いかにISの高い運動性能を以てしても対応しきれない。
「袋小路だな・・・」
3点からの雨のような光の弾丸から転げまわるように逃げつつも、俺は自分が確実に詰みに向かっているのを
ひしひしと感じていた。
~~~~~~~side「箒」
「先生!なんであいつは反撃しないのです!」
「無理を言うな、篠ノ之。代表候補レベルのIS操縦者でさえあの弾幕を掻い潜るのは容易いことじゃない。奴にはまず無理だ」
アリーナの観客席で、私はイギリスの代表候補生の機体に次第に追い詰められていく一夏をじりじりしながら眺めていた。隣では千冬さんが戦況を冷静に分析している。
他のクラスメイト達は、一夏がライフルの射撃を全弾見切った辺りまでは黄色い声を挙げながらはしゃいでいて正直鬱陶しかったが、今となっては皆そのあまりに一方的な戦いを言葉を無くして呆然と眺めるだけだった。
「しかし空にさえ上がれれば・・・」
「空中は『下』がある分死角が増える。あの『ビット』は本来そういったところに誘導して相手を奇襲するために開発されたものだ。オルコットがそれを弁えていないはずがない」
「くっ・・・」
「むしろあの配置の様子から見ると空に誘い出そうとしているんだろうな。もっとも土台それは無理な話なのだが」
「それでは本当に、一夏の機体は飛べないのですか」
「まだ疑っていたのか。本人がそう言っていたのだぞ」
それはすなわち、一夏には戦う前からほぼ勝算がなかったことになる。
この人は、いくら試合とはいえ、弟にそんな戦いをさせてなんとも思わないのか。
尊敬はしている。その絶対的とも思える強さの裏側で、血の滲むような努力をしてきた人だってことを知っているから。
でも、例えそんな人でも、いや、そんな人だからこそ、間違いは正さなくてはなるまい。
「織斑せんせ・・・」
「お前の言いたいことはわかる、篠ノ之。だがもう少し見ていろ」
「しかし!」
「少し・・・あいつの話をしてやる。篠ノ之、お前、あいつが『変わった』ように感じてはいないか?」
「!」
自分自身は曲げてない。自分自身しか守れない。
何故か、何かに追い詰められるような顔をしながら、そんなことを口にした一夏の顔が浮かぶ。
その言葉で確信こそしたものの、認めたくはなかった。
だから、あの場では問い詰めず、私は逃げた。
あの時、私の手をとってくれたあいつのままだと、信じていたかったのだ。
「それは・・・」
「あいつはな、ある時を境に強さに執着しなくなった。稽古こそ続けているが心をどこかに置き忘れてきてしまったように身が入っていない。昔は強くなるためならどんなに無駄なことでも我武者羅にやったあいつがだ」
「何故です」
「それは言えない。あいつ自身が恐らくお前に知られることを望んでいない」
そうだ。彼は確かに答えられないと言った。
「一つ言えることがあるとすれば・・・あいつがああなった責任は全て私にあるということくらいだ。このことで誰かを恨みたいなら、私を恨め。あいつはただ、巻き込まれただけなのだ」
基より誰かを恨む気なんてない。
そもそも、自分のために千冬さんが恨まれるなんて、それこそ一夏自身が望まないだろう。
千冬さんだって、彼のそういうところはわかっている筈だ、私はむしろ、千冬さんが誰かに責められることを望んでいるように感じた。
「・・・話が見えません。奴が『変わった』のが確かな話だとして、それと今の戦いと何か関係があるのですか?」
かといって、私も理由もわからないのにこの人を責めることは出来ない。
だから、話の腰を折ることにした。
「・・・そうだな。お前はそういう奴か。ああ、関係はある。あいつはな、強さに執着しなくなってから、ある程度周りが見えるようになった。クラスでも上手くやっているだろう?」
「そうですね・・・」
一夏は、ここ数日休み時間や放課後、誰かと一緒にいない時の方が珍しいくらい、クラスメイトと積極的に交流していた。今ではセシリアのような例外もいるにはいるが、クラスメイトの大半を味方につけている。
小学生の時は私同様少し周りから浮いているところがある奴だったので、この変化には驚いた。
最も、これは彼の言った通り「大人になる」ということなんだろう。少し寂しくはあったが、これの変化に関しては受け入れるしかないと思っていた。そもそも彼がこのようなことをしているのは私のためでもあるのだ。
「だからこそ、益のないことは、今のあいつはしないんだ。今回のことにしたってそうだ。なんの結果も残らないと感じていればあいつは今回の決闘自体受けなかったろうし、仮に受けたとしても勝ち目のない機体で出るしかないとわかった時点でプライドを曲げてでも逃げただろう。だがあいつは嫌々ながらも戦うことを選んだ。戦いの結果がどうなるにせよ、あいつはそうすることが一番いい結果を出すと信じた。だから私も、あいつが信じているものを信じてみることにした」
思わず言葉を失う。
このどう考えても一夏に勝ち目のないこの戦いが、彼にとって意味のあるものだと千冬さんは言う。
それがどういうことなのか、私にはわからなかったけれど。
その瞳は、その言葉は、嘘偽りなく、一夏を信じていると言っていたから。
「だから見ていろ、篠ノ之。あいつに勝ち目は確かにないかもしれんが、どうやらあのまま終わる気はあいつ自身にはないようだぞ?」
その言葉に、改めてアリーナで戦っている一夏を見て息を飲んだ。
『白式』が今までと明らかに違う無茶な機動で、セシリアの機体に迫っていた。
~~~~~~~~side「一夏」
「っこいつ!」
既に機体は満身創痍、勝つことなんてとうに諦めている。
だがこのまま削り負けるというのは流石に格好悪い。
せめて一矢報いたかった。そうでもしなけりゃこうしてクラスメイトの前でピエロを演じてる意味がない。
「本当によく踊りますのね!このわたくしと『ブルーティアーズ』を相手に、ここまでもった方は久しぶりですわ」
「そいつはどーも」
セシリアさんは実に活き活きとした表情で手の中の「スターライト」と二機のビットを操りこちらを落としにかかってくる。
いや、この様子じゃ本来の目的はもう達成出来てると言ってもいいかもしれないが、それでも諦めないのは男の子の意地だ。
「ですが・・・いい加減舞台に上がって頂きますわ。ライトの当たらないところで延々と踊られましてもオーディエンスに拍手は貰えなくてよ?」
「生憎と拍手を貰えるような踊りを知らなくてね。降りてきてエスコートしてくれよ、そうすりゃワルツでもタンゴでも踊ってやるさ」
「まぁ、女性にエスコートを頼むなんて随分と恥知らずな紳士ですのね。そんなお誘いじゃわたくしを振り向かせることはできませんわよ!」
そんな会話にも、棘こそあるものの険はない。勝負にもなっていないような無様な試合だが、そんな戦いでも向こうはある程度はこちらのことを認めてくれたらしい。
全く有難いね。後はその期待にどれだけ応えてやれるかだ。
「・・・じれったい!『ブルーティアーズ』!」
セシリアの呼びかけに呼応し、セシリアのIS「ブルーティアーズ」の背部フィンがさらに展開する。
おいおいまだあるのかよ。二機でもうギリギリだってのに。
勝負時だと感じた俺は、追加のビットが本格展開する前に全力でセシリアめがけて駆け出した。
展開済みのビットは当然それを阻止せんがごとくレーザーを乱射するが、構わず突っ切る。
何発かが肩や背中を掠めSEと装甲版を抉りとるが、致命傷には至らない。
「跳べ!」
地面を蹴り、スラスターを起動。
脚部の踵から膝関節にかけて辺りにあるそれに爆発したかのごとく火が入り、俺は弾き出されるように空中に撃ち出される。
「なっ・・・」
セシリアの目が驚愕に見開かれる。読み通りだ、やはりビットの展開中このISは若干無防備になる性質があるようだ。
手にしたスターライトを構えるのも、今からでは間に合うまい。
「先に焦れたのはそっちだったな。一度奈落に落ちて忍耐力を鍛えなおせ、オルコット!」
拳を握りこむ。
流石にパンチ一発でISを沈めることが出来るとは思えないが、地面に叩き落とすくらいなら出来るだろう。
どの道勝てないにしても、そこまでやれれば大金星だ。
ジャキッ!
そう思い勝利を確信したところで、そんな金属音が一気に俺の頭を冷却した。
そしてようやく気が付く。セシリアが、先程の俺と全く同じ、己の勝利を確信したかのような、美しくも冷徹な笑みを浮かべていることに。
セシリアが、スターライトを構えるよりも速く、俺が握りこんだ拳を突き出すよりも早く展開し、作動したブルーティアーズの腰部にあるスカートのようなその武装は、
「ミサイル・・・ポッド」
まだ装備あったのかよ、という俺の抗議の声は、
直後にやってきた白い閃光と轟音に飲まれて消えた。
次回に続きます。