IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第三十七話~消え失せた陽射し~

 あのクラス対抗タッグトーナメントから、二日目。

 本来であれば一ヶ月は病院から出てくれないくらいの重傷を負った筈である筈の俺は、またしても己がISの素敵性能によって奇跡の復活を遂げていた。

 いや確かに自分でも非常識な回復力だとは思うけど、見舞いに来た千冬姉の言葉には少し傷ついた。

 ……そりゃあ血をくれたのは感謝するけど、いくらなんでも起き抜けに人をトカゲの尻尾呼ばわりはないと思わないか?

 大体流石に切り落とされたりすりゃあまた生えてきたりはしないだろう……そうだよな、白煉?

 

 『えーはい……多分』

 

 周囲に人がいるからか、スマフォの画面に文字で返事が返ってくる。

 ――――えーと、なんでそんな投げやりな返事なんでしょうか。ちょっと、マジで生えてきたりするの?

 なにそれ怖い。

 

 ……じゃない、まぁ、そういうわけで俺は家族以外面会謝絶だった担ぎ込まれた当日には既に一通り回復し、翌日面会時間開始と同時に病室に雪崩れ込んできた一組の愉快な友人達+鈴と一緒に学園に帰る運びと相成った。

 

 「物凄く不本意な括られ方をされた気がしますわ」

 

 「すっごい雑な扱い方をされた気がするんだけど」

 

 ええい煩いぞ一組二組クラス代表共。人のモノローグに一々茶々を入れるな。

 

 「やはり納得がいかん……何故お前は一日で退院できるのだ、私は二週間もここに缶詰だったのだぞ」

 

 で、お前はまだ根に持ってたのかよそれ。

 いいじゃんよ治るのなんて早い分にはさ。それともお前は俺が健康体なことになにか不満があるとでもいうのか。

 

 「誰もそんなことは言っていないだろう! ただ不公平だと思っただけだ!」

 

「何が不公平だ! お前は今回ほぼ無傷だったろーが!」

 

 絶対防御というものは便利なもので、あんだけあの『暮桜』にボコボコにされていた箒とシャルルは無傷とはいかなかったもののどちらもかすり傷程度の軽傷で済んでいたようだ。

 一番の被害者は、加害者でもあるラウラだろう。千冬姉の話によればあいつの機体には何やら違法なシステムとやらが搭載されていたらしく、そいつの暴走の反動であいつは命に別状こそないが、全身の筋肉の所々が断裂し当分は動くのも困難な状態だという。

 

 ……尤も、千冬姉の言葉を額面どおりに受け取った訳じゃない。

 あの『黒煌』がまた乱入してきたことを考えれば、今回の犯人も恐らく『あの人』なんだろう。

 そう思って今度こそ直接問い詰めようと思ったのだが、その矢先に本人から電話が掛かってきてあの人にしては偉く真面目な声で謝られたので調子を狂わされた。それで結局、千冬姉の口添えも在りあの人の本気で反省しているという言葉を取り敢えず信じることになってしまった……千冬姉といい、俺達姉弟はどうもあの人には甘い。なまじ、あの人の昔の人柄を知っているからだろうけど。

 

 「そう、だよな。あの束さんが、本気で誰かを傷つけようとするなんて、そんなこと、あるわけ……」

 

 「……一夏?」

 

 未だに何処か納得できないような表情で唸っていた箒が、俺の様子がおかしいのに気がついたのか顔を覗き込んでくる。俺は一瞬迷ったが、やはり話すことは出来なかった。

 ……こいつは、未だに束さんが昔のように純粋に夢を追いかけていると信じている。あの人がやっていることを疑うような事を言えば怒り狂うかもしれない。それに俺自身も、まだあの人が夢を諦めていないことを信じていたいから。

 

 「……悪い、考え事してた。そうだ箒、そんなに白式の生体回復機能が羨ましいならいつも使ってる『打鉄』に束さんに頼んでつけてもらったらどうだ、あの人ならそんくらいお茶の子さいさいだろう。なにせ……」

 

 「忘れたのか一夏。私とあの人は今は『別人』だ」

 

 「!」

 

 俺の声に被せる様に響いた箒の鋭い声で、俺は自らの失言に気づく。

 

 「……悪い」

 

 「気にするな……不謹慎、勝手かもしれんが、せめてお前と千冬さんには、その認識を失わないでいて欲しい。姉さんにとって、私は枷でしかないのかもしれないが……それでも私は、例え『嘘』でもいいからあの人の妹でいたいんだ」

 

 「……そっか」

 

 聞こえてるか、束さん。あんた、こんな健気な妹ほっぽり出して何処で何してんだよ。

 そんなことを考えながら、空を見上げる。あの人のことだ、もしかしたら今も何処かで俺達を見ていてこの話も聞いているかもしれないと思って。

 

 しかしそんなことをしたのも束の間、直ぐに背後から衝撃を受けて俺は嫌でも現実に引き戻されざるを得なくなった。

 

 「ごふっ……鈴、このっ、俺のセンチメンタルを返せ!」

 

 「うっさい! せっかくあたし達が忙しい中迎えに来てあげたっていうのに、人様ほっぽり出して箒といい雰囲気になってんじゃないわよこの色ボケ野郎!」

 

 いつかのシャルルのように俺の真後ろから腰の入ったタックルをかましてきた鈴が、俺の腰に抱きついたままキッと箒を睨み付ける。するといつもならこんな一方的に敵意を向けられれば張り合う箒が何故か気まずそうに視線を逸らした……なんか箒が変だ。

 

 「違ーよ家族の話してただけだって! どう見たらそう見えるんだよお前そのツインテールで何処か変なトコから電波拾ってきたんじゃねーのか?!」

 

 「人の髪型をアンテナ呼ばわりとはいい度胸じゃない……それに家族の話ですってぇ……! 一体誰と家族になるつもりなのかしらねぇ……!」

 

 ――――色ボケはテメーじゃねぇか、恐るべし毒電波。こいつはもう助からねぇ……ってぐおおぅ! う、後ろから鯖折は止せ! 人の関節はそっち側には曲がらないんだぞぅ……!

 

 鈴からの理不尽な攻撃にもがき苦しみながら俺は箒に助けを求めるが、直ぐに視線で、

 

 ――――すまん、許せ一夏。武士の情けだ。

 

 という訳のわからない返事が返ってくる。馬鹿な、神はいないというのか……!

 いや、ここにいるのは箒だけじゃない。セシリア……!

 

 と、後ろを振り返って手を伸ばしかけたところで、もう締め付けてくる力が大分弱くなっていることに気がつく。そういやこいつ、もう杖なしでも動けるようになったんだな。それにこれだけ近くで見ても、あの酷かった痣も特に後も残らずに治っているのがわかる……良かった。

 

 「……鈴?」

 

 「バカ馬鹿、一夏のばか! また、一人で無茶して! ……心配、したんだから! 怖かったんだから!また、あんたが……」

 

 「!」

 

 気がつけば腰に回された手は小さく震えていて、俺はそれを見て抵抗するのをやめる。

レイシィを失い、どうしようもない状態になった俺を、傍にはいなかったけれどずっと励まし続けてくれたこの親友は、この一年で妙に臆病になったような気がしていた。怖かったなんて、一年前までは、意地でも口にしないような奴だったのに。

 俺のせい……なんだよな。きっと。

 

 「ごめん」

 

 「あんたは、あたしが守るんだから。鉄砲玉みたいに一人で飛び出して、戻ってこないなんて許さない……また、私に何も言わずに居なくなっちゃったりしたら、許さないんだから」

 

 「ああ、ごめんな」

 

 何も言わずにいなくなっちまったのはお前の方だろ、と思いつつも口には出さず、俺は鈴が落ち着くまで謝り続けた。

 

 

 

 

 鈴が落ち着くまで、そう時間は掛からなかった。

 だが鈴は落ち着いたら落ち着いたで、まるで正気を取り戻したかのようにハッとした後茹蛸のように真っ赤になり、セシリアに余計な茶々を入れられたのを凄い勢いで否定すると俺を突き飛ばし転倒させ、クラス代表の仕事が忙しいからとそのまま一足先に帰っていってしまった。何しに来たんだあいつは、俺を迎えにきたのではないのか。

 

 この病院からIS学園まで距離はそうない。本来ならば俺は許可なくIS学園外に出ることが許されず、出るときにも護衛をつけなくてはいけないことになっているのだが、ここだけはIS学園のお膝元、万一のこともそうそうないだろう、といことで、特別に護衛なしで、今まで融通して貰っていた。今回も、俺達は鈴の後を追ってIS学園直通のモノレールに乗り込んだのだが……

 

 「……何があったのか、話していただけませんこと?」

 

 周りが静かになったところで、セシリアから質問が飛んできた。

 

 「観客席で見てなかったのか?」

 

 「ええ、見ていましたけれど……先生方のISが『シュバルツェア・レーゲン』に撃墜されてから、何か黒いノイズのようなものが遮蔽シールドを覆ってしまいましたの。私と鈴さんは、助けに行こうとしたのですけれど……アリーナの遮蔽シールドを突破出来るような兵装を、どちらも所持していなくて……」

 

 そこまで言い掛けて無念そうに唇を噛むセシリア。まぁ元々観客を守るための遮蔽シールド、簡単に突破される代物じゃないよな。こいつらが力不足って訳じゃない、あくまで『零落白夜』が異常なだけだ。相応のリスクはあるんだけれども。

 

 「いや、却って良かったよ。お前これ以上規定破りしたら今度は試合の出場権免除じゃ済まないだろ」

 

 「見損なわないでくださいまし! そんなことを恐れて友人の危機に駆けつけないほど、わたくしは薄情な人間ではありませんわよ!」

 

 「知ってるさ。そういう奴だからこそ、心配なんじゃないか」

 

 値がいい奴だってわかってるからこそ、俺のせいで嫌な思いをさたくないんだ。

 そんなこちらの気を知ってか知らずか、セシリアは尚納得いかないといった様子で頬を膨らませる。

 

 「……一夏さん。まだわたくしの質問に答えてませんわよ?」

 

 「あー……箒には聞いてないのか?」

 

 この件についてはまだ千冬姉から話す許可が出ていない、かといって心配して迎えに来てくれたクラスメイトに何もなしってのも申し訳ない。そう思ってあの場所に居合わせた箒に聞いたのかを聞いたら、本人から返事が返ってきた。

 

 「良くわからんが千冬さんに口止めされていてな。それに私は途中で気を失った、お前が負傷した詳しい経緯までは知らん」

 

 「お前もか。悪いセシリア、聞いての通りだ。申し訳ないけど、話せない」

 

 「そうですの……仕方ないですわね。ですが、ご無事そうで良かった。シャルルさんの様子じゃ、さぞ大変な怪我をされたような印象を受けたので、とても心配してましたのよ」

 

 「そうか、悪いな心配かけて……シャルル? そうだ、あいつはどうしたんだ?」

 

 あいつも代表候補生だ、何かと忙しいのかもしれないが、この面子が揃っていてあいつだけいないというのも少し違和感を感じて、俺は二人にシャルルのことを尋ねた。

 すると二人ともハッしたような表情で顔を見合わせた後、何処か気まずそうに切り出した。

 

 「その……シャルルさんから、何も聞かれていませんの?今日の早朝に、織斑先生に連れられて会いに行かれたと聞いていたのですけれど」

 

 「私も、あいつが自分で話しているものと思っていたが……」

 

 「……はぁ? 知らないぞ、そんなの。何時頃の話だ?」

 

 今日の朝は……確か殆ど正午まで寝てたな、確か。

 IS学園に来てからというもの、深夜まで勉強して早朝鍛錬というスケジュールが続いたもんで一日三時間睡眠とかが当たり前だったため、いざベッドに縛り付けられたら油断してじっくり寝入ってしまったのだ。

 

 「時間まではちょっと……まさかあのシャルルさんが、故国に戻るというときに一夏さんに挨拶もしていかないなんて、考えませんでしたもの」

 

 「ん~朝来たんだよな? なんだよ、来たんなら遠慮なんてしないで起こしてくれりゃあいいのに……って、今なんて言った?」

 

 「……私たちも、事情を良く知ってるわけじゃないんだ。いいか、一夏……」

 

 本当に箒達も戸惑っているんだろう、困惑した表情で、シャルルのことを話し始める。

 俺は……それを全部聞けなかった。箒の発した、最初の一言で、頭が真っ白になってしまったから。

 

 「シャルルは今日……フランスに帰ったんだ」

 

 

 

 

 俺はIS学園に到着するなり、全力で走った。

 箒達の話を、信じたくなかった。そんな話は性質の悪いサプライズで、あの気遣い上手で泣き虫のルームメイトは何事もなかったかのように部屋で俺の帰りを待っていると、そう信じたかった。

 

 けれど、部屋の前でいくらノックしても、扉は一向に開く気配はなく。

 痺れを切らして鍵を使って扉を開けた先にも、あいつの姿はなかった。

 

 「……なんでだよ」

 

 呆然と、そんな言葉を呟きながら部屋を見渡し、テーブルの上に見慣れない手紙を見つける。

 

 『一夏へ』

 

 あいつらしい、綺麗な字で宛名が書かれた手紙だった。

 俺はそれを手に取り、読み始めた。

 

 

 ―――― 一夏、怪我の方はどうかな? 元気な君に、早く会いたいです。今日、様子を見にいきます。でも僕は、直接君に話す勇気がないから、きっとこの手紙が、別れの挨拶になってしまうと思います。助けて貰った君に、まともな挨拶一つ出来なくてごめんなさい。

 

 俺はいてもたってもいられず、手紙を握り潰すと部屋を飛び出した。

 

 ―――― 僕は今日、フランスに帰ります。父さんから連絡がきたんだ……いや、命令かな。

 

 『事情はわからないが、危険な目にあったと聞いた。お前をそんな危険な場所に置いておく事はできない。飛行機を手配するからチケットが届き次第帰国しろ』

 

 だって。僕のこと、役に立つ道具程度としか見てないくせに、良く言うよね。

 きっと、今回のことを口実にして、全部ばれてしまわないうちに、事を片付けたいんだと思う。

 

 そして、たどり着いた部屋のドアを、乱暴に叩く。

 何度かそれを繰り返すと、鍵を開ける音が響いてその部屋の住人が姿を現した。

 

 ―――― 僕は大丈夫。君から、居場所を貰ったから。

 君の元からは離れることになるけど、君が僕のことを必要だって言ってくれたから、それを糧に僕は頑張れます。ありがとう、嬉しかった。僕は――――

 

 それを確認するなり、俺はそいつ……千冬姉の胸倉を、問答無用で掴みあげる。

 いつもだったらそうなる前に十発は殴られて撃沈するが、このときばかりは何故か上手くいって俺は千冬姉の襟首を掴まえた。

 

 「何でだよ! 何でシャルルを行かせた?! あいつが家でどういう扱い受けてたか、千冬姉には話したじゃねーか!なんで……!」

 

 そんなことをしたところで今更どうしようもないとわかっていながらも抑えることが出来ず、そのまま感情を千冬姉にブチ撒ける。

 千冬姉は俺のそんな様子を、襟首を掴まれながら最後まで目の色を変えずに見つめた後、俺の力が弱まった隙を見逃さず俺の手を振り解いた。そして、一言だけ返事を返してくる。

 

 「シャルル自身がそれを望んだ。だから行かせた。それだけだが」

 

 そのあまりに淡々とした、事実を伝える言葉に、俺は納得できずに言葉を荒げる。

 

 「そんなの、俺達に迷惑かけないためとかそんなのに決まってるじゃねーか! あいつは……」

 

 「そうかもしれんな。だが、それがなんだ?」

 

 「!」

 

 が、千冬姉の鋭い声にそれを遮られ、俺は思わず息を飲んだ。

 

 「事実、『シャルル・デュノア』の存在は誰にとっても迷惑だ。あいつの正体がここで露見すれば大きな問題が起こるのは確実だ。最悪、IS学園そのものの存続にも影響を与えるかもしれない。そんな要因が、向こうから出て行ってくれるというのであれば、止める理由はなにもあるまい?」

 

 「あんたは……!」

 

 思わず激昂して拳を振りかぶる。

 が、それは振りぬくことすら許されず、正面から千冬姉の掌で受け止められ、万力のような滅茶苦茶な力で抑え込まれる。

 

 「ぐぅっ!」

 

 「聞け。お前も、最初から勘付いてはいたんだろう? シャルルのことは、自分には手に余ると。だから、私に相談してきた。そうして実際蓋を開けてみれば、やはりその通りだったわけだ」

 

 「……そうだよ! でもだからって放っておけるわけないだろ!」

 

 「だから、何も聞かなかったことにして問題を先送りにするのか?……それこそ、誰の為にもならんよ、それは。あいつは、お前よりもそれをわかっていたんだろう。お前自身、気がついていなかった訳ではあるまい」

 

 ……わかってはいたさ。だけど、あんな素直で寂しがりやなあいつを、誰も見ようとしないところなんかに送り帰そうなんてこと、認められる訳、ないじゃないか。

 前に、勝手に一人でひとりぼっちになったつもりになって縋ってしまって、結果死なせてしまったような、最低な奴が。

 

 「…………」

 

 「……いいか、一夏。例え、私やお前に、シャルルを助けられるだけの力や権限があったとして、あいつを救えたとしても……私はあいつを救わなかったろうし、お前にもさせなかっただろうな。救いを与えるには、その救う相手を背負うだけの覚悟が必要だ。他人の運命を背負うことがお前にとっての『守る』ことなのであれば、そうするのもいいだろうが……無理だよ。たかが人一人の死を背負って既に潰れ掛けているような、『今の』お前にはな」

 

 「っ!!」

 

 痛いところを衝かれ、俺は何も言い返せずに歯軋りする。

 千冬姉は明らかに、力でも言葉でも俺を抑え込んでいるのとは裏腹に表情だけは何処か辛そうで、その様子がますます俺から反論する力を奪った。

 

 「……話は以上だ。怪我は完治しているとはいえ、お前は病み上がりだ。午前中の授業は受けなくてもいいよう話は通してある。今は休め」

 

 俺が何も言わなくなったのを見届けると、千冬姉はさっさと俺の手を解放し、踵を返して部屋に引っ込んでいく。俺は何も出来ないまま、ドアが閉まりオートロックの音が響くまで、千冬姉の背中を見送った。

 

 「畜生……」

 

 結局、最後まで何も出来なかった。あいつはここを出て行くまでで一度でも、心の底から笑うことが、出来たんだろうか。

 そんなことも、今となってはわからない。

 

 「畜生……!」

 

 ―――― 君に逢えて、良かった。

 

 この日。

 短い間だったけれど確かに同じ部屋で過ごした、ルームメイトの優等生は、よりにもよっていつかあいつに良く似た奴がくれた、そんな大事な嘘に似た言葉を残したまま。

 俺の前から、いなくなった。

 

 

~~~~~~side「シャルル」

 

 

 「良かったんだ、これで……」

 

 そう自分に言い聞かせるように独り言を呟きながら、僕は何かから逃げるように飛行機が待つ搭乗ゲートに急いでいた。

 

 ――――織斑先生に無理を言い、飛行機の時間に間に合うよう面会許可の出る前に会いに行った一夏はまだ眠っていた。

 少し残念に思うのと同時に、それ以上に何処かホッとした自分がいた。別れの言葉を告げられないのは嫌だったけれど……面と向かってそれを言ってしまえば、決意が鈍りそうだったから。

 そうして、もう一夏の怪我が完治したことを知った僕は、眠る一夏に精一杯の感謝の気持ちを伝え、病院を立ち去った。

 

 『……私はあいつとは違う、引き止めはしない。が、お前自身の中で納得のいく答えが出るまで待つくらいのことはする。本当に後悔しないか?』

 

 僕の隣で車のハンドルを握りながら、最後に織斑先生はそう言った。

 ……本人は否定したけど、やっぱり姉弟なんだな、と思った。

 とても有難い言葉だったけれど、元々はこんな人達に迷惑を掛けたくないから決めたことだ。僕は織斑先生の問いに、何も言わずに唯一つ頷きを返した。

 

 ……でも正直、後悔しないなんて、嘘だ。

 出来る事なら、もっとあの場所に居たかった。

 僕を『僕』として見てくれる、人達の所、皆の所に。

 一夏の、隣に。

 

 「…………」

 

 駄目だ、と思いながらも、足が止まる。

 そんな事が起こる筈もないのに、期待してしまう。

 あの日。あの夜の時のように、彼が後ろから追いかけてきてくれないだろうか、なんて。

 

 「……!」

 

 考えかけたところでブンブンと首を振る。

 なんのための決意だ、自分可愛さの為にぬるま湯に漬かるのはもう終わりだと自分に言い聞かせ、改めて足を早めようとして……

 

 「……え?」

 

 僕はようやく。

 自分が飛行機の搭乗ゲートを目指すルートでこそあるものの、意識しないうちに酷い遠回りのルートをとっていること。周囲から、まるで示し合わせたように人の影が消え去っていることに気がついた。

 

 ――――コツ

 

 それと同時に、背後から物音が響く。

 皮の靴がコンクリートの床を踏みしめる、硬い音。いつもだったら意識もしないようなその音は、それ以外の音が死んだ今の状況では、嫌に耳に残った。

 

 いきなり放り込まれた今の状況も相まって、無性に嫌な予感がして体が固まる。

 振り返らなければいけないのに、それが出来ない。

 そうしている間に、足音は徐々に近くなっていく。

 

 「……いつもの道を使って帰路に着く時、ふとちょっと違う道を通ってみたくなる時はありませんか? 特に理由もないのに遠回りしたくなることは?」

 

 そんな僕の状態を知ってか知らずか。

 恐らく足音の主が、言葉を投げかけてくる。

 物腰こそ丁寧で柔らかい、男の人の声。それでいて何処か不気味に感じられるのは、この状況だからか、それとも声から一切感情のが感じられないからか。

 

 「天啓、虫の知らせ……と言ったところでしょうか、人、いや、一定の知能のある生物には直感的に『自らにとって不利益になるかもしれないこと』を事前に周囲の様々な要素から合算して予知し、無意識の内にそれを避けようと行動する力が備わっていると昔からいわれていましてね。これは、それのちょっとした応用なんです」

 

 ――――コツ。

 

 足音が止まる。

 声も近い、足音の主は僕のすぐ後ろにいる。

 しかしここまで来ても、僕は後ろを振り返れない。

 近くに来て改めて分かる。今後ろにいる人は、普通じゃない。

 

 「この付近にはですね、貴方以外の人が『なんとなく』、本能的に嫌悪感を感じるように設定された特殊な細工が施されてましてね。。そうやって人払いを済ませた後、私が逆に貴方がこの場所に来るよう、貴方自身が意識しない範囲でこうして後ろからゆっくりと足音で急き立てて、目的地から遠回りになるよう誘導させて頂きました。いや、流石にこちらは露骨過ぎて途中で気づかれるかとヒヤヒヤしていたんですが。どうにも、心ここにあらずと言った様子ですね。お陰でこちらは大分楽をさせて貰いましたよ」

 

 「あなたは、一体……どうして、こんなことを?」

 

 あの昨日の試合で、箒に睨まれて動けなくなった時の状況に近い。

 でも、箒の時はここまで恐怖は感じなかった。箒は、目を合わせなくてもここまで人を震え上がらせるような、禍々しい気配を纏ったりしてはいなかった。

 

 「わかりませんかね? 世界で二番目のIS男性操縦者さん?」

 

 「……!」

 

 嫌な気配が背中で膨れ上がり、僕は耐えられずにとうとう振り返った。

 が、途端にすぐそこにいたはずの人影はそこには影も形もなく、あの嫌な気配も最初からなかったかのように消え失せた。

 

 「え?」

 

 誰も……いない?

 確かに、すぐ後ろまで来ていたはずなのに。気のせいにしては、あの気配は嫌に生々しかった。

 薄気味の悪さを感じた僕は、とにかく何処か、人のいるところを求めて走り出そうとして、

 

 「うわあっ!!」

 

 いつの間にか。

 僕の目の前に回り込んでいた、男の人にぶつかりかけた。

 

 「え……あ……」

 

 「初めまして、ですね、シャルル・デュノアさん。事前に予告もなくこのような真似をして申し訳ありません。ですが、どうかご理解ください。計画上、この空港に貴方が入ってから、誰も貴方を見ていない『空白の時間』がどうしても必要だったんです」

 

 先程までと同じ、流暢な日本語で話しかけてくるその人は、空港の白い内装とは対照的な黒いスーツで全身を固めた、一見何処にでも居そうなサラリーマン風の男性だった。服と同じ色の丸唾帽子を深くかぶっていて、目元こそ見えないものの、口元の造形を見る限り端正な顔立ちをしていることが伺えた。

 

 こうしてある程度目の前の相手を冷静に観察できたのは、先程までこの人が纏っていた嫌な気配がすっかり鳴りを潜めたからだ。

 それでも突然のことに僕は言葉までは引っ張り出せず、その場でしどろもどろしてしまう。

 

 「むむ……そこまで萎縮されてしまうとある程度予見できたこととはいえ罪悪感を感じますね。詳しく説明して差し上げたいのは山々なんですが、生憎今は時間があまりないんです。なので……」

 

 男性はそんな僕を見て苦笑した後腕時計に一瞬視線を落とし、すぐに頭を上げて……

 

 「……あ」

 

 大分混乱していたとはいえ、油断はしていなかった筈だった。

 けれど、男性が少し帽子の唾を指で持ち上げ、視線が合ったと思った瞬間。

 僕は、気づけば床にへたり込んでいた。同時に急に意識が遠のいていく。

 

 「その辺りはまた追々ということで、一番の用件を済ませてしまうとしましょう……『シャルル・デュノア』は本日を以って、悪質な女性至上主義者の暴徒の手に掛かり死亡。まずは、その事実を作らなくてはね」

 

 黒服の男性が近づいてくる。

 逃げなきゃ。頭はそう思うけれど、体のほうはもう梃子でも動こうとしない。それどころか、とうとう床の上に倒れこんでしまう。倒れた衝撃で体に走る筈の痛みも、床に倒れたことで伝わってくる床の冷たさも感じることが出来ない。

 

 ――――助けて、誰か……

 

 口も動かない。周囲の人気もゼロで、助けが来る見込みなんてない。

 でも、死にたくなかった。IS学園に来る前ならいざ知らず、お母さんがいなくなって以来漸く僕を必要としてくれる人に、巡り会えたのに。

 僕はその人に、まだ感謝の言葉さえ、満足に伝えられていないのに……

 

 「……泣く事はない。君はやっと、周りの身勝手な大人達が君に押し付けた『嘘』から解き放たれるのだから」

 

「…………?」

 

 頬に手が添えられる。抵抗できず、そのまま顔が持ち上げられ手の主と目が合う。

 

 「! …………か」

 

 その瞬間、少しだけ安堵してしまったのが致命的だった。

 僕はとうとう意識を保てなくなり、目の前が真っ暗になっていく。

 

 だって、卑怯だ。

 

 「さて……随分遠回りをさせられたが、どうやらまた機会が巡ってきてくれたらしい。この子の次は、今度こそ娘をあの女の『嘘』から解き放ってやらなくては……待っていろ、ち……」

 

 意識が落ちる寸前。

 そんな独り言を呟いた黒服の男性の、帽子の下の素顔は。

 

 今会いたくてたまらない人に、どうしようもない位、似ていたんだから。

 

 




 更新が物凄く怖かった回。兎に角シャルロット好きな皆さんには大変申し訳ない事態になりました。ですが彼女の再登場は約束しますのでもうしばしお待ちください。
 次回辺りで漸く転校生編を締められそうです。その後は若干の息抜き回を挟んだ後、作者待望の臨海学校編に行きたいと思ってます。

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