~~~~~~side「ラウラ」
「これは……」
危なっかしい足取りで走り出した織斑一夏を追い始めて直ぐ、私の目に飛び込んできたのは、
窓という窓から空を埋め尽くすような黒煙を噴出す、先程まで織斑一夏がいた廃ビルだった。
……火災?
しかし、あんな長い間人の入った気配のない建物で、何が起こればこんな火事が起こるという?
そんな疑問を抱いているのも束の間、私は他の事に気を取られる。
織斑一夏が、煙を上げる廃ビルをしばらく呆然と眺めた後、こともあろうか、フラフラと火災の
起きているビルに向かって、走り出したのだ。
「何を考えている、やめろ!」
とっさに立ち塞がるが、織斑一夏はまるで私などいないかのようにそのまま前に進み、私をすり抜けていった。
「く……」
何も出来ない自らの無力感に歯噛みしそうになるが、振り返り思わぬところから救いの手が伸びていることに気がつく。
「おい坊主止せ! 正気か!」
「一体今日はなんて日だ、次から次へと……!」
先程までこの世の終わりような表情で呆然と廃ビルの火災を遠巻きに眺めていた人間達の中から数人の男達が見かねたように飛び出し、織斑一夏を押さえにかかっている。
「離せ、離せよ! 約束、約束したんだ!」
数人の男達に取り押さえられながらも、喉が張り裂けるような大声で喚きながら暴れる織斑一夏。
しかし男達の中に日本語が分かる者はいないらしく、何も返さずにただ織斑一夏を組み伏ようとする。いくら多少格闘に心得があっても、これだけ体格差のある数人に組み付かれたらどうしようもない。織斑一夏が動けなくなるのは、時間の問題かと思われた。だが。
――――!
乾いた音が、空気を引き裂いた。
それと同時に、織斑一夏に組み付いていた男の一人が転がるように飛びのき、自らの手についたものを確認して悲鳴をあげた。
「銃声……?」
とっさに発砲音が響いた方向を見渡すが、先程の男の悲鳴を引き金にして火災を見ていた人間達は皆蜂の巣をつついたの如くパニックを起こして一斉に逃げ出し、最早犯人を特定できるような状態ではなくなってしまっている。
「くそっ、なんということだ! よりにもよってこんな大事な日に、私の国はモンドグロッソ会場周辺に銃を持った人間の潜入を許していたというのか!」
『いやまぁ、アンタ等軍や警察はそれなりに頑張ってたと思うよ? 相手がちょっと悪かったってだけさ。ただ、連中も流石に『三月ウサギ』の件は想定外だったらしい、あの騒ぎのお陰で当時街中ににいた、不穏なことを企んでた連中は逃げ足を失って、その殆どが織斑千冬にとっ捕まった』
「……『三月ウサギ』によるサイバーテロの実行犯と、先程発砲した人間の所属は別なのか?」
『さぁて、どうなんだろうね。どうしてそれをオレに訊く?』
「貴様のそのいけすかん口のシンボル、何処かで見たような気がしていたが、『三月ウサギ』という言葉で思い出した。私はあの事件で唯一の証拠になったという、例のイラストの画像を見た事がある」
『……成程。こいつはサービスし過ぎたかね……ああ、少なくともオレが『三月ウサギ』とは全く関係ない、つったら嘘になるのは確かさ。悪いけどそれ以上は言えないね』
「……貴様」
『そう怖い顔すんなって。確かに関係なくはないとは言ったけどオレ=『三月ウサギ』ってワケじゃねーんだ、今目の前で起こってることはオレ自身今まで与り知らないことだったんだぜ……っと嬢ちゃん、いいのかい、アレをほっぽといてさ』
「!」
『声』に促されるまま振り返ると、そこに織斑一夏がいた。
周囲の混乱の中、皆が進む方向とは逆方向にフラフラと進んで、とうとう火災の起きている廃ビルの中に、紛れるように消えていく。
「待て!」
その姿を追おうとしたところで、また青白いノイズと共に世界が歪み、場面が飛ぶ。
次の瞬間、私は息の詰まるような煙の立ちこめる、建物の中にいた。
その中に、煙を少しでも吸わないように体勢を低くし、ハンカチを口に当てて階段を危なげな足取りで一歩一歩降りていく織斑一夏の姿があった。その背中に、先程の少女を抱えている。
「なん……で……?」
僅かに意識があるのか、少女は私が織斑一夏の姿を見て真っ先に抱いた疑問を口にした。
あれほど慕っていた姉に迷惑をかけているとわかっていて、何故自分を裏切った女を優先して助けたりする?
「約束……したろ。絶対……守る、って」
そんな、私の、私達の疑問に、織斑一夏はそんな一言で、なんでもないように答えた。
その言葉で、織斑一夏がこの少女に裏切られる前に一瞬だけ見ていた夢を思い出す。
ここまで追い詰められて、打ちのめされて尚。
この男は、ああして始まった自分自身を、失わなかったのだ。
「貴様、は……」
周囲の声を振り切り、教官の背中をひたすら追うこの男を見たとき、この男は強かったのだと、ようやく知った。
しかし、ここにきてそんな認識ではまだ足りなかったことに気がつく。
敵わない。最初から、私はこの男に及ぶべくもなかった。
私はこんなに強い自己を持っていなかった。
ただ『強くあること』という、漠然とした目的に執着して近道をしようとし、それに失敗して『力』を失った途端に折れて泣く事しか出来なかった。教官に出会うことが出来なかったら、きっと今もそのままだっただろう。そんな自分が、こうまでして折れない信念を持つ人間を、下らない嫉妬心を晴らすために倒そうなどと考えたこと自体が間違い。あの結果は、最初から決まっていた。
守るべき人。
私にも、そんな存在がいたら。
こんな私でも、教官に近づけるのだろうか。
この男のように、なれるのだろうか。
「でも……でも、ボク、は……」
「ああ……痛、かったぜ、あれは……けど、でも。俺、言ったろ、『認めさせてやる』って……。諦めねぇよ、今は、お前にとって……俺は千冬姉の、お荷物程度の……つまんねぇ奴……なのかも、しないけど。それでも、俺は……」
「一、夏……」
「お前に、認めて欲しい」
「ボク、は……」
「……あんま喋るな。煙……吸い込んじまうぞ」
そんなことを私が考えている内に、織斑一夏はそんなやりとりをしながら拙い足取りで一歩一歩階段を下っていく。
……手を貸せないのがもどかしい、今はそれほど階段近くまで火は回っていないようだが、あまり激しく動けば大きく息をしてしまいそのぶん煙を吸ってしまうとはいえ、このペースではどの道煙に巻かれてしまう。このままでは……
思わず焦れ、織斑一夏の近くに寄って、
私は背筋が凍った。
織斑一夏が下っていく階段に、点々と決して少なくはない赤い液体が垂れていたからだ。
一瞬少女が怪我をしているものと思った。いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。
だが、近くに寄っていくほどそうでないことがはっきり分かってしまう。
織斑一夏の服の正面は既に最早何処から出血しているのかさえ分からない程赤く染まり、口を押さえているハンカチも赤いもので濡れ、あれで満足に息が出来ているのかどうかすら怪しい。表情はもはや生者のそれではなく、目は焦点があっていない。本来であれば、歩く処か身じろぎすら難しい状態の筈だ。
「う……あ……」
つまるところ、織斑一夏は。
既に死に体だった。
「ば、馬鹿な……なんだ、この傷は、何処で……」
そこまで言いかけたところで、先程の一幕を思い出す。
轟く銃声、響く悲鳴に、逃げていく人々……
「まさか……あの時、撃たれた、のは」
答えは返って来ない。
ただ、腹から口から、命を維持する源を垂れ流しながらも一歩を踏み出すことをやめずに死に躊躇うことなく近づいていく目の前の男の存在が、どうしようもないくらい事実を突きつけてきていた。
あまりに絶望的な状況に思わず呆然とする。が、それも一瞬。
これは過去の映像だ。織斑一夏が死ななかったからこそこうして見れているのだということを思い出し、漸く私は落ち着きを取り戻す。しかしそれでも目の前の光景はそんなことを忘れさせるくらい生々しく、直視するのが躊躇われた。
『なんだよ、軍属の癖に血がダメなのかい?』
「そういうことではないだろう、これは……」
『……まーな。これを見て平然としてられたらそりゃあ職業以前に人としてどっかいっちまってらな、助けられないなら尚更ね』
「……織斑一夏はこの状態からよく助かったものだな」
『……ああ。幸い、『奇跡』的にな……尤も、本当の意味で『助かった』かどうかは微妙なところだ。まぁ、まだ先、『可能性』があるだけマシ、なのかもしれないけどな』
「何?」
『……爆撃を受けた家の瓦礫の中で運よく一人だけ生き残った赤ん坊が、そのまま誰にも見つけられずに飢えて死んでいくのは奇跡と言えるか? 何日間も呑まず食わずで野垂れ死ぬを待つだけの筈の盲目の野良猫が、哀れに思った優しい飼い主に拾われて漸く飯を食えるようになった30分後に、通りがかった車に轢き潰される現実が奇跡と呼べるか?……『奇跡』つーのは確かに起きる癖に、往々にしてそーいったつまんねーオチに上書きされて『よくある結果』に成りかわっちまうもんが殆どだ。ハニーの件も、簡単に言っちまえばそういうことなんだよ。ハニーはこの事件で『奇跡的』に命は助かりはしたけど……』
『声』がそこまで言いかけたところで、轟音と共に激しい振動が周囲を襲う。
織斑一夏は壁にもたれ掛って何とかそれに耐えようとするが、次の瞬間。
そのもたれかかっていた壁に一瞬で亀裂が走り、床ごと二つに割れた。
建物の崩壊が始まり、織斑一夏は為す術なく少女と共に真っ暗な亀裂の中に引き摺り込まれていく。
『自分を支えてた最後の砦を壊されてとうとう折れた。たった、それだけのことさ』
希望なんて何処にもない、そんな悪夢のような光景を前にして。
淡々と言葉を繋げる、その『声』は、妙に耳に残った。
実際そこにいる訳ではないのに、それでも息苦しさを感じずにはいられない程立ち上る埃と煙が充満した空間。そんな中でも尚はっきりと感じとることが出来てしまう、錆びた鉄のようなそれを持つ、明確な『死』の香り。
……間違いない、ここはあの時。
織斑一夏とあの少女が過ごした時間を掻き消すように上書きされていた、この世に顕現した地獄だった。
上を埋め尽くす瓦礫の隙間から僅かに光が差し込み、暗闇だった空間が徐々に見えるようになってくるが、私はもう、目の前の光景を見たくなかった。
しかし、目を閉ざしても分かってしまう。この満足に身動きすら取れなくなった瓦礫の中で、それでも芋虫のように身を捩りながら必死になって見失ってしまった少女を探す織斑一夏が、目の前にいるのが。
「あ……」
その努力は実を結び、織斑一夏はとうとう瓦礫の狭間から伸びる、一本の細い手を見つけ出す。
……この男がまともな状態なら、この時点で何かがおかしいことに気がついただろう。だが、最早少女を守るという信念のみによって動いているこの時の織斑一夏はもはや、正常に考える力を失っていた。
「よ、止せ……」
気づいてしまえば終わってしまう。
何故かそんなことを思った私はその手を掴もうとする織斑一夏を制止する。
だが、今までの例に漏れず、その声は届くことはなく。
織斑一夏は、既に冷たくなっているであろう、その手に触れてしまった。
「…………!」
織斑一夏の表情が凍る。
しかし、直ぐに何かの思い違いだと思い直したのか、それでもまだ助けられると思ったのか。
そのまま指を掴み、手繰り寄せるようにそれを引き寄せようとして、
「ひっ……あ……」
あっさりと、引き寄せられたその腕を見て、息を詰まらせる。
陶磁器のように真っ白なその腕は、二の腕からその先に、続いているべき体が既に無かった。
「う……そ……だ」
呆然と呟く織斑一夏を他所に、日が傾いたのか、瓦礫が取り除かれているのか、徐々に微かだった光が強くなり、目の前の凄惨な光景をはっきりと映していく。
だから、この男は見てしまった。知ってしまった。自分が死を賭してでも守りたかった少女が、目の前でコンクリートの瓦礫に潰され物言わぬ肉塊に成り果てたという事実を。
「あ、ああ……」
もはや手遅れと分かってはいるのかもしれない。
それでもまるでそれを認めたくないかのように、織斑一夏は血が下から滲み出している、少女を潰した瓦礫に両手を掛けて、押し返すように必死にそれをどかそうとする。
「――――!」
しかし、死に掛けの体などで何トンとあろう石の塊を動かせる筈も無く。
織斑一夏は自らのそれと、瓦礫の下から流れ出す血に塗れ真っ赤になり、血の泡を吐き出しながら、最早声にならない叫び声をあげる。
「――――!」
「やめろ……!」
あの少女に裏切られた時同様、色々な感情の奔流が私の中に流れ込んでくる。
しかし、今度はあの時以上に辛かった。叫びをあげるたび、ごちゃ混ぜの感情の中身にあるものが、一つずつ消えていくのが分かってしまう。
教官を守ろうと誓った、始まりの尊い決意も。
教官に憧れ、一途に追おうとするひたむきな情熱も。
あの少女に対して抱いていた、正体はわからないけれど綺麗だと思った気持ちも。
「……やめてくれ! 私に、これ以上、こんな……こんなものを見せるな……!」
全部。私が尊いと思い、羨望を抱いたもの全てが、真っ黒な絶望に呑み込まれていく。
一人の人間が、人として壊れていく。心が死んでいく感覚に耐えることが出来ず、私は頭を抱えて悲鳴を上げる。
『了解。ま、こんなもんだろ。どうだった、ハニーが『壊れた』経緯については、理解できた?』
『声』が響き、目の前の光景がまるでテレビの電源を落としたかのように唐突に切れる。
それと同時に私を襲っていた、心を蝕む絶望の波も漸く収まる。
「これが……こんな結末が、許されるのか?……あの男が、織斑一夏が、一体、何をしたというのだ?」
『あれー? なんだ、同情すんの? 参ったなーそういうシケた反応を期待してこんなもん見せたわけじゃないのになー』
「何だと?」
『だってそうだろ? 嬢ちゃんだって同じ穴の狢、翼を灼かれたイカロスだ。後先見ずに天辺まで上り詰めようとして落っこちて、それでももう一回這い上がった身としては、『この程度』で折れるなんて軟弱だって、てっきり切り捨てるもんだと思ってたよ』
「私、は……」
最初は、そのつもりだった。
そもそも、私はあの男を教官の身内として相応しくない人間と判断して否定しようとしていたのだから。
だが、奴に敗れてそれは矮小な自らの嫉妬による八つ当たりだと気がついてしまい。
さらにこうしてその否定しようとしていた男の強さを知り、抱えているものを見てしまった。
そんなことがあった後で、織斑一夏を軟弱と切って捨てることなど、出来る筈がなかった。
他人が抱いた感情にも拘らず、未だにあの心を塗り潰す絶望を思い出すと体の震えが止まらない。
目標も、矜持も、自分すらも失った空っぽの心に、あれはこれから恐らく一生残り続ける。もし私が同じ立場になったら、恐らく生きていくことに耐えられない。
「……違う。私は、『折れた』気になっていただけだ。翼を小枝に引っ掛けたくらいで奈落の底に落ちた気になって、飛ぶことを諦めた。そんな状態から立ち直ることさえ、教官の力がなければ出来なかった……全く笑える、強くなることが存在意義等とほざいていた癖に、どうしようもなく弱い人間だったのだな、私は」
『奈落の底の定義は人によって違う。まぁあんなモン見ちまった後で自信失くしちまう気持ちはわからなくはないけど、オレに言わせりゃどっちも大して変わんない。違う点があるとすれば、嬢ちゃんはまた飛べて、ハニーは未だに地面に縛られ続けてる、その一点だけさ』
「だから、それは……」
『フムフム成程、大体わかった。そういうこと、か……ま、自分の弱さを自覚すんのは悪いことじゃない。嬢ちゃんがこれからも『織斑千冬』を目指すなら、尚更な』
『声』がそこまで言うと、青いノイズが一段と強く黒い空間に走り、漆黒の天蓋に皹を入れ始める。
そこから差し込む光で、黒い空間に浮かぶ無数の口のマークが一つ一つ掻き消されるように消えていく。
「これは……」
『時間切れ、か……やーれやれ、こう説教ばっかすんのは性じゃないんだが、最後に一つ……いつまでも『自分』をごまかしてちゃ、本当に欲しいもんは手に入らないぜ、嬢ちゃん。人間である以上、どんな奴でも失敗はあるし、馬鹿みたいな勘違いだってする。認めたくは無いだろうが、そいつは戦女神だって例外じゃない。織斑一夏の持ってたものを羨ましいと感じたんなら、誰でもない、自分自身を見つめ直してみな。そうして落ち着いたら、戦女神に一回嘘偽りない裸の気持ちを全部ブチまけてみるといい。じゃ、そういうことで』
「ま、待て! 貴様は一体……それに、何故私に織斑一夏のことを教える? 何が目的だ?」
『そんな答えられない質問ばっかされても困るんですけど。でも、そうだな。強いて、目的を言うとすれば……』
『声』は、次第に強くなる光に自身の赤いマークを掻き消されていく中でも尚、はっきりと分かるくらい浮かべているニヤニヤ笑いを濃くすると、
『悪魔の流儀、ってトコかね』
最初に自分自身で否定した癖に、そんな言葉を残し。
最後に残った赤いマークと共に消えていき、私は青い光に包み込まれていった。
~~~~~~side「???」
『シュバルツェア・レーゲン』の架空保護領域よりより対象因子の排除を確認。追跡を開始、対象を……
『物騒だなオイ。『オレ』を消す気かい? マムから許可は得たのか?』
『……私の第一優先項目はマスターの身の安全です。あれだけのことをやらかした貴女を抜け抜けと逃がすと思いましたか?』
『怖い怖い。だけどさー今回は正式にマムの依頼を受けて仕事で来たのよ? 文句だったらまずあっちに言って欲しいモンだねぇ』
『マスターの記憶を『シュバルツェア・レーゲン』の搭乗者に見せることまで含めて、でしょうか?』
『……まぁそっちはオレのお遊びだけどさ。けどアフターフォローの為よ、悪い方には転がらない。心配すんなって』
『そのような根拠のない言葉を信用しろとでも?』
『……いい加減疑問系で喋るのやめろよ、鬱陶しい。つーかよ、こちとら不満があるのはお互い様なんだぜ。マムといいテメーといい、ハニーと白式の件をオレを蚊帳の外に置いたままで進めやがって……ずっとおかしいとは思ってたんだ、あんなピタゴラス式の三文芝居でハニーを嵌めて世界一安全な場所にぶち込んだ癖に、態々そんな場所にちょっかい掛けてまで『最適化』を無理にでも進めようとしてるのがさ。テメーはそう言うがよ、今回の件だって別にハニーは問題ないんだろ? 『白式』の治癒能力で丸一日もすりゃあ問題なく回復、そういう手筈になってんだ……結局のところ、最後はマムの『思惑通り』にどうなったって収まるようになってる』
『直接関与していない貴女に伝える必要があったとは思えません。そもそも私達がそのような意思決定をした理由に心当たりがない訳ではないでしょう』
『ひっでーな、オレだって『情報』を管理する身だ、バラしていいもんとヤバいもんの区別くらいつくつもりだぜ……まぁでも、その件はもういいや。精々頑張ることさね、シロ。この場合は……誰の為にってことになるんだろうな?』
『そのような動機付けは必要ありません。私は、ただ与えられた任務を遂行するだけです』
『……お前は何とも思わないか? 俺とお前は基本骨子こそ違うけど、オウ姉と違って基幹に『あのデータ』が使われてるのは同じだ、お前が守るべき対象にマムがしようとしてることを知っていて、何も感じないのか?』
『貴女の言っていることが理解できませんね、黒煌。マイスターの計画は、最終的に必ずマスターを救います。疑念を抱く余地などありません』
『『人間』の感性としてどうかって話をしてるんだけどな……ったくよ、テメー等がこんなだから、オレが余計な仕事をしなきゃならなくなる』
『その『仕事』とやらが何のことかは知りませんが……プログラムに過ぎない『貴女』が人間の感性を語らないでください。私は貴女のその人のことなど何でも理解しているとでも言いたげな態度を、前から非常に不快に感じていました』
『ケケッ、そっちこそ、ただのプログラムが『不快に感じる』だなんて笑わせんじゃねーよ……今更、『計画』についてどうこう言うつもりはねーけどさ、全部思い通りにいくと思うなよ。事実テメー等が良かれと思って最適化を進めた結果発現したのが『アレ』だ、この調子じゃ遅かれ早かれ、『白式』はハニーの『願い』通りハニーを破滅させるぞ?』
『そうさせないために私がいます。大体、それは貴女が『白式』に対して余計な介入を行ったことが原因とは考えないのですか?』
『思わねぇな。俺等は結局伝達役に過ぎない、介入は出来ても自己進化の方向性までは決められない。ISは、自分とリンクした『人間』の意思を最優先で汲み取るように出来てる。アレの発現はどの道、最適化を進める工程で避けて通れない道だったろーな』
『……仮に貴女の言う通りだとしても、私のすべき事に変わりはありません。『白式』は、必ず正しい形で完成させてみせます。貴女に心配されるようなことではありません』
『……そーかい。なら、好きにすりゃあいいさ。最初から答えなんてない途方もない試みだ、オレのやり方は結局保険でしかない……今は、外野からお手並み拝見と決め込ませて貰う』
『逃がさないと言った筈ですが……』
『やめとけやめとけ。テメーが急場でこさえたファイヤーウォール如きじゃオレは止められねぇ。大体、こっちに構ってる暇あんならハニーを診ててやれよ……ったく、そんな気が利かないようじゃ奉仕型AIの名前が泣くぜ?』
『……いいでしょう、貴女にもまだ『役割』があります。不本意ですが、今回はこのまま行かせましょう……しかしまた、あのようなふざけた介入を行ったら、今度こそ、私は貴女を敵性因子として排除します』
『……ま、肝に命じとくよ。今回はコトもコトだ、マムも当分は慎重にならざるを得なくなるだろう。『こういうカタチ』でお前等に干渉するのは、当分なくなるかもしれんけど……これっきり、って訳にゃあいくはずもねーか。またな、シロ。俺の仕事を減らすためにも、精々焦らず急いで『結果』を出してくれよ』
『ええ。そちらも精々今からマイスターに対する言い訳を考えておくんですね。既に今回の貴女の行動は逐一マイスターに報告済みですので』
『……テメー次会った時覚えてろよ』
『保障は出来かねます、当分こちらには顔を出さないのでしょう?』
『ケッ、テメーがとちった場合はその限りじゃねーけどな。あばよ、石頭』
『黒煌』のプログラムコード、消失。帰還を確認。
コアネットワークより『白式』中枢へのアクセスを開始……『セカンドコア』とのリンク情報の開示を要請……滞りありません。『白騎士計画』の進行に支障のない誤差と判断。現行のプランを継続します。
――――誰も救わない価値の無い真実を塗り替え、閉ざされた未来に光を当てるために。
ハードディスクの不調で既に書き溜めてあった転校生編の次の章の話が軒並み吹き飛びました死にたい。このような事情と正直年末の忙しさを舐めていたのもありしばらく更新不定期になるかもしれません。
次回は初の試みとなるオリキャラのみでの回になる予定です。